リニア騒動の真相79静岡工区差止訴訟への疑問

裁判所は「本人訴訟」を丁寧に教える

 マンション管理組合理事長として、原告となり新たな管理組合員に対する管理費等の滞納金支払い請求訴訟を静岡簡裁に起こした。68万円という少額(ただし民事訴訟で「少額訴訟」と言えば、60万円以下の金銭の支払いを争う裁判を指す)のため、最初、訴訟代理人(弁護士)を依頼したほうがいいのか、知り合いの弁護士に相談してみた。弁護士は「いくら少額の訴訟であっても、手間などは同じであり、もし、依頼を受ければ、費用は68万円を超える」と言われた。他の弁護士にも聞いてみたが、100万円以下の訴訟について、よほどのことがない限り、弁護士は引き受けないようだ。

 このため、弁護士に依頼しない本人訴訟を考えた。初めての裁判となるため、何度か裁判所に足を運び、訴訟の手続きについて教えてもらった。

裁判所提供の手書き用訴状

 請求額140万円以下ならば、簡易裁判所に訴えを起こすことができ、簡易裁判所では、訴訟代理人の弁護士に依頼しないことを想定しているのか、懇切丁寧に本人訴訟のやり方を教えていた。訴状の作り方を教える3枚複写の用紙(裁判所、被告、原告に同じものが必要)が用意され、そこにどのように記載していくのか、別紙で事例に沿って詳しく、説明されている。それぞれの項目に、注意事項も丁寧に記されていた。ただ、これだと、ボールペンで書くことになり、もし、間違ったりする場合には、もう一度、最初から書き直さなければならなくなる。また、紛争の要点(請求の原因)や添付書類を説明する欄も非常に狭かった。

 手書きによる訴状ではなく、パソコンを使うことができ、ちゃんと納得いくまで確認した上で、体裁さえ、見本の訴状と同じになれば、問題なかった。紛争の要点についても、裁判官が理解できるようわかりやすく説明すると長くなるから、訴状全体では5枚程度になったが、こちらも、全く問題なかった。訴状に書かれていることが事実であることを示す証拠書類の写しなどを用意して、3月22日に静岡簡裁窓口に訴状を提出した。すぐに裁判期日が決まった。

 これで、被告から答弁書をもらい、5月の第1回の口頭弁論を待つだけになった。実際に裁判を起こしてみてから、大井川流域の住民ら107人がJR東海を相手取った「リニア中央新幹線静岡県内工事差止請求訴訟」(民事訴訟)の訴状を読み返していたら、いくつかの疑問を抱いた。本人訴訟を起こしたことで、初めて気がついた点があり、工事差止請求訴訟に関する疑問を追及したい。

「訴訟物の価額160万円(算定不能)」とは?

リニア差止請求訴訟後の原告団会見

 昨年10月30日に住民らから提起された「リニア静岡県内工事差止請求訴訟」については、11月5日付の東洋経済オンライン『JR東海と県の対立あおる「静岡新聞への疑問」』、また、静岡経済新聞11月14日付『リニア騒動の真相62JRが”重大事実”を隠ぺい?』で記事にしている。2度の記事で、訴状に書かれたいい加減な内容について追及した。ただ、今回、本人訴訟を起こすまで、裁判について全く知らなかったことがあった。

 10月30日、リニア訴訟提起後に原告団は記者会見を行い、参加者に訴状を配布している。また、当日、わたしは原告団の弁護士から同じ訴状をもらっていた。2つの訴状を見返してみると、そこに違っている部分があることに、いまになって気づいたのだ。

 記者会見で配った訴状では、『訴訟物の価額160万円(算定不能) 貼用印紙類 ※空欄だった』であり、弁護士が提供した訴状では『訴訟物の価額1億7120万円 貼用印紙類53万6000円』となっていて、金額があまりにも違うのだ。

 わたしの裁判では、請求額68万円が訴訟物の価額となり、貼用印紙類7000円だった。予納郵便切手5330円とともに用意して裁判所に提出した。貼用印紙類とは、裁判所に支払う申立手数料である。

 100万円までは1万円であり、68万円は70万円までであり、7000円となる。これは非常にわかりやすい。ところが、リニア訴訟の場合、(算定不能)として160万円となっていた。

 最高裁判所のHPでは、「財産上の請求であっても算定が極めて困難なものに係る訴えについては、訴訟の目的の価額は160万円とみなす」とある。リニア差止請求訴訟の訴状にある(算定不能)の160万円はこれを指すのだろう。それでは、弁護士が提供した訴状の1億7120万円は、どのように計算したのだろうか?

 弁護士提供の訴状には、原告団すべての名前等が記されており、その人数は107人だった。人数分107人×(算定不能)160万円で、1億7120万円となる。これで計算すると、申立手数料53万6000円となるわけだ。1人当たり約5000円であり、これでは、わたしの裁判の7000円より安くなってしまう。

 いくら何でも、静岡県内のリニア工事価額が1億7120万円であるはずもない。まず入り口のところで、裁判所はちゃんと、この訴訟が正しいのかどうか確認したのだろうか?

最低でも1億5000万円の申立手数料となる

 訴状では、『被告は、静岡県内トンネルの約83パーセントの工事区間8・9キロを「静岡工区」とし、それよりも東側の工区を「山梨工区」、西側の工区を「長野工区」とする。しかし、被告が「山梨工区」及び「長野工区」とするものうちの一部は静岡県内における工事が含まれる。そこで、この「山梨工区」及び「長野工区」でありながら静岡県内である工区を含め、静岡県内で行われる中央新幹線工区を「静岡県内工区」とする(図1)』とあり、静岡工区8・9キロに山梨、長野工区の静岡県分を足した10・7キロを工事差止請求の対象としている。

 また、「鉄道施設工事のうちの路線を構成する橋梁やトンネル、軌道など(通称「土木構造関係物」)に関する工事計画、電気設備や運行管理システムの電気設備を中心とする工事実施計画に基づいた静岡県内における全ての工事」を対象としている。

 JR東海は、電気設備などの工事を抜いた線路延長285・6キロの工事費を4兆158億円を見込んでいる。これを単純に割ってみれば、1キロ当たり140・6億円が算出される。静岡県内工区10・7キロを掛けてみれば、約1504億円と計算される。電気工事設備は入っていないし、当然、リニア工事の最難関とされる南アルプスを貫通する工事なのだから、さらに多額の費用が掛かることは明らかである。「1504億円」は最低限の費用の目安と言える。

 また、JR東海はゼネコンの大成建設に静岡工区8・9キロを発注しているのだから、裁判所の職権で静岡工区の請負工事額がいくらか調べることはできるだろう。まさか、1504億円などという少額ではないはずだ。工事用道路として使うためにJR東海の費用負担で整備している県道三峰落合トンネル工事は約140億円、市道東俣林道整備約80億円である。それだけの費用を本体工事とは別の準備工事に使うのだから、訴額の1億7120万円がいかに少額かはっきりと分かる。

 原告団としては、支払う手数料が安く済むほうがよいから、山梨工区、長野工区の静岡県内工事を含めてしまえば、正確な算定できないと考えたのかもしれない。しかし、ある程度までの費用ならば算定可能である。裁判の入り口となる訴額なのだから、ちゃんと調べるべきではないか。

 最低限の1504億円を訴額と仮定すれば、申立手数料は1億5642万円となる。原告団107人は一人当たり約146万円を支払うことになる。1人当たり5000円で起こした裁判と146万円を支払う裁判では重みも違ってくる。

 「財産上の請求であっても算定が極めて困難なもの」かどうかと言えば、それほど算定が困難とは思えない。JR東海に資料を提出させれば、概算の数字は出るはずだ。

 なぜ、裁判所は最も重要な訴額について調べた上で、訴状を受理しなかったのか?当然、いまからでも遅くないのではないか?

立証責任は原告にあるのでは?

 もうひとつの疑問は、わたしの起こした訴訟では立証責任はこちらにあり、訴状にある事実を立証するための証拠書類の写しを裁判所に提出するところから始まった。リニア差止請求訴訟では、いまのところ、原告団が調べて明らかにした証拠書類等は提出されていない。

 今回の訴状では「本件工事によって被るおそれのある原告らの不利益は広範かつ深刻なものである」として、「大井川の水量が大幅に減るおそれがあり、これによって大井川の水を生活用水や農業用水等として利用し生活してきた原告ら大井川流域の住民の生活に多大なる不利益が生じるおそれがある」などとしている。この他、南アルプスの普遍的な価値を毀損するから、自然を享受する利益が失われる、一方、リニアによって得られる利益はわずかな利便性であり、原告らに不利益を強いてまで進めるほどの公益はない、などしている。

 不思議なことに、原告団から訴状を立証する証拠書類等は全く提出されていないのだ。南アルプスの地下400mを貫通するトンネル工事であり、住民側が不利益となる原因を立証することが困難を極めるのはわかる。そこでJR東海に不利益がないことを立証するよう求めているのかもしれない。

 裁判とは別に、国の有識者会議、県の専門部会ではJR東海に中下流域への水の影響がないことなどの資料等を提出、説明させている。疑問点等を洗い出し、それぞれの分野の専門家で議論している。国の有識者会議でも中下流域への水への影響はほとんどないとしているが、それに対して、県は意見書を提出して、説明がわかりにくいなど反論している。そこには、訴状に書かれている事実がすでに過去のものとなり、新たな知見等が加えられている。

 裁判所という司法の場でリニア問題の是非を判断してもらうならば、まずは、訴額の1億7120万円が適正なのか、そこから始めるべきではないか。実際の工事費とはかけ離れているのは、誰の目にもはっきりとわかるからだ。

 リニア事業の是非までを、いくら優秀だとしても、わずか3人の裁判官がこれだけの訴状で判断するのはあまりにも難しい。多分、不可能だろう。原告団は本当に不利益を被ると考えるならば、少なくとも、申立手数料2億円程度を支払い、裁判所としてできる限りの調査を行い、判断をしてもらったほうがいいのではないか。

(※タイトル写真は静岡地裁、静岡簡裁の入り口)

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