リニア騒動の真相4 川勝知事の「飲水思源」

中国・成都郊外の「飲水思源」碑

 「飲水思源」。約2千年前、長江の支流に築かれた都江堰は中国最古、当時最大の灌漑施設だった。その立地、構造に優れた都江堰があったからこそ、成都平原はうるおい、四川省の都・成都が長い間、栄えたのである。「水を飲む者は、その源を思え」。都に住む者たちにとって忘れてはならない大切なことばだった。水は生命の源であり、その水を生み出す遠い、遠い源流の地に思いを馳せよ。成都郊外の都江堰にいまも「飲水思源」碑が建っている。

会議は「ガス抜き」と考えるJR東海

JR東海を交えたリニア環境保全会議

 21日に静岡県庁で「静岡県中央新幹線環境保全連絡会議」の議論を聞いていて、川勝平太知事が唱える「飲水思源」の思想はJR東海出席者の耳には届いていないことだけがわかった。多分、この議論を何度繰り返しても、知事の思想をJR東海に理解させることは非常に難しいだろう。

 「昨年9月に合意協定寸前まで行ったのに、いまになってなぜ、知事がごねているのか、その理由がわからない」と会議後にJR東海社員の一人が正直に話した。会議はガス抜き」と考えているのだ。それは、澤田尚夫JR東海環境保全統括担当部長が会議後、記者の囲み取材で述べたことばではっきりとしている。

 「きょう発表した資料に新しいものはひとつもない」。そう言い切ったのである。

JR東海担当部長の囲み取材

 これは真っ赤な嘘である。JR東海が当日配布した資料「水収支解析で使用した地質調査」で、鉛直ボーリングを実施したのは計画路線上の3カ所しか記されていない。このため、専門委員が「二軒小屋付近でも鉛直ボーリングを行うべきではないか」とただした。これに対して、待っていましたとばかり、澤田部長は新たなスライドを見せて、二軒小屋付近でも3カ所の鉛直ボーリングを過去に実施した、と説明した。

 「澤田部長が使ったスライドは新しい資料ではないか」とわたしが聞くと、「専門委員から鉛直ボーリングをやれ、と言われたから、既にやっていると答えただけだ」と答えた。しかし、そのスライドが「新しい資料」であることをあっさりと認めた。

 なぜ、そのスライドが配布資料に含まれていないのか、本当に鉛直ボーリングを行い、どのような結果が出たのかなど肝心な答えはなかった。何か尋ねれば、新しいものが次々と出てくる可能性だけは否定できなくなった。しかし、JR東海はそのような質問自体が瑣末なことで本質的な議論とは別である、と考えている。だから、「きょうの資料に新しいものはない」とまで言い切っているのだ。

「入口」が全く違う静岡県とJR東海

 静岡県の河川法の許可権限を背景にした、知事の強硬な発言にこたえ、10月末になって、ようやくJR東海は「原則的に全量を戻す」と表明した。これで問題はすべて解決したと見ている。「大井川の中下流の水資源利用に影響はない」とJR東海は主張し、川勝知事の「静岡県民62万人の生命の問題」という発言に首をかしげている。知事の「飲水思源」という思想がそもそも理解できないのだ。

 JR東海は南アルプスリニアトンネルの影響が及ぶ範囲を椹島周辺と考え、知事は大井川の水を利用する中下流域まで影響すると見ている。双方の議論の入口が全く違うのだから、いつまでも平行線で議論は交わらないだろう。

 そもそもリニア中央新幹線南アルプスルートを採用したときに、南アルプス地域の影響は議論の対象となったが、静岡県中下流域への影響などだれも頭に浮かべなかった。関係者すべてが、静岡県など取るに足りない存在と見たのだ。

 そして、いまJR東海を何とか、その議論の入り口まで引っ張り出した。

リニアは静岡県の経済的な停滞状況をつくる

 2005年国交省交通政策審議会新幹線小委員会で南アルプスルート、伊那谷ルートを比較した資料を見ると、東京ー大阪間がリニアで結ばれた場合とリニアが存在しない場合の利用客数を予測していた。

 リニアがない場合、東海道新幹線東京ー大阪間の利用客は936万人(70%)、その他30%は航空や車を使うことになる。リニアが開通した場合、1151万人がリニア(70%)、東海道新幹線は226万人(14%)、残りはその他になる。リニアによって、6百億円以上の地域経済に効果があり、山梨、長野の世帯当たり所得が大幅に伸びると説明している。

 それでは静岡県はどうなるのか?

静岡駅に設置されているリニア説明パネル

 JR東海にリニア開通後、東海道新幹線利用客が大幅に減ってしまう静岡県のメリットは何かあるのか、教えてくれるよう何度もたずねた。回答はJR静岡駅構内のリニア説明パネルにある「ひかり、こだま号が増え、便利になる」というものだけだった。他にはいまのところ回答できるものはないらしい。つまり、静岡県の産業、経済は山梨、長野などに比べて、深刻な”停滞”状況に入ると言うことだ。

リニアによって大打撃の静岡県

 2010年10月、新幹線小委員会は、南アルプスルートが伊那谷ルートに比べて費用、経済効果とも大幅に上回ると上申した。環境的な理由を含めて、多くの経済的なメリットを挙げた。年間約9百億円もJR東海の利益は上回ると見積もった。当然、その利益の一部を、リニアによって極端に利用客減少が見込まれる東海道新幹線振興策へ回すという議論などなかった。

 当時の資料に、伊那谷ルートに53の代表的な湧水があるが、南アルプスルートはゼロであり、湧水をひとつも破壊することのない南アルプスルートが環境的優位性に勝るとしていた。南アルプスエリアのみを近視眼的に見ただけで、中下流域の影響など考慮する資料はひとつもなかった。当時の小委員会メンバーに河川工学や地質工学の専門家は含まれていなかった。

 21日の会議で、静岡県中央新幹線対策本部長の難波喬司副知事が「協議方針」の資料を配布した。そこに「リスク(危険度)」と「ハザード(危険の源)」の説明があった。リニア南アルプストンネルが「ハザード」であり、静岡県民の生命が「リスク」である。知事の「飲水思源」の思想であり、JR東海には無縁のことなのだろう。知事、副知事は、リニアトンネル建設だけでなく、リニア開通後の「リスク」も議論されるべきだ、と見ているのではないか。副知事の協議方針に「リスクコミュニケーション」とあった。お互いの「リスク」を理解した上で、互いに歩み寄れば、成果が生まれる。だから、コミュニケーションを求めている。JR東海はリニア開通によって、さまざまな便益を得る予測をしているが、静岡県は水環境を含めてさまざまな損失をこうむる。そのアンバランスをたださなければならないのだ。

人口減少に歯止めがかからなくなる

 知事も副知事も「河川法の許可権限」を取引材料にしないと重ねて明言した。これはその通りである。しかし、リニア開通後に最も大きな痛手をこうむるのは、島田、掛川、焼津、藤枝などの地域である。静岡市だけでなく、この地域の人口減少に歯止めが掛からなくなるだろう。そのとき、政治が何をできるのか。そこに知事、副知事の戦略がほの見えてくる。

 リニアトンネル建設とともにJR東海にとって東海道新幹線の振興策は大命題だ。JR東海は、静岡県とともに、この問題に汗をかくと表明すればいいのだ。静岡駅構内の説明パネルの「ひかり、こだま号が増え、便利になる」。そんな木で鼻を括ったような回答では、この問題はいつまでも解決しないだろう。

「水の源流を妨げる者たちは、水を生命とする者たちに思いを馳せよ!」

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