リニア騒動の真相37「コロナ」と「リニア」の間に

ウイルスも「生物多様性」に含むのか?

 2020東京オリンピックの来年7月への延期を受けて、静岡県庁本館正面でオリンピックムードを盛り上げていた大看板の掲示が入れ替わっていた。

静岡県庁本館前の大看板

 突然の延期であり次回の計画も決まっていなかったせいか、閉会間際にも関わらず、ふじのくに地球環境史ミュージアム(静岡市駿河区)の企画展「大絶滅 地球環境の変遷と生物の栄枯盛衰」(4月5日まで)を急きょ採用したようだ。同展は、気候変動や隕石落下によって滅びたティラノサウルス、スピノサウルス、トリケラトプスなど子供たちに大人気の恐竜の歴史などを追っている。「大絶滅」と記されたタイトルの右横にあるキャッチフレーズに目が釘付けとなった。

 『いま私たちは、その(絶滅の)境界に立っている』

 WHO(世界保健機関)がパンデミック(世界的流行)を宣言、「COVID-19」と名付けられた新型コロナウイルスは世界中にまん延、5日現在120万人以上が感染、6万4千人以上が亡くなるなど猛威を振るい続けている。いまや、人類全体を「絶滅の境界」に追い込もうとしている。静岡県庁本館前の看板キャッチフレーズは、まさに、新型コロナウイルスの影響を受けるわたしたちの世界を物語っていた。

 隕石落下や気候変動ではなく、新型ウイルスの脅威が襲った世界を見ていると、新型ウイルスがリニア問題に深く関係していることに気づいた。

 細菌など目に見えない生物を微生物と規定する。細菌よりさらに微小なウイルスは果たして、生物なのかどうかという議論と関係しているのだ。ウイルスを生物とするか無生物とするかは長年、論争の的だった。その論争はまさに生命とは何かに答えることであり、リニア議論のテーマ「生物多様性」とつながるのだ。

JR東海作成のイワナ類食物連鎖図

 静岡県の「生物多様性」専門部会では、リニア工事による大井川の沢涸れ、河川流量の減少による希少種を含む生態系への影響を議論する。JR東海が作成した食物連鎖図では、大井川上流部の絶滅危惧種を象徴する「ヤマトイワナ」を頂点に餌となるカメムシ、コウチュウ、ハエ、ハチ類の流下昆虫、その餌となるカゲロウ、トビケラ類や流下昆虫などを支える藻類、微細粒状有機物、さらにミズナラ、コメツガ、カラマツなどの豊かな森林、植物など複雑な連鎖が続いている。

 頂点のヤマトイワナだけではなく、その生存に関わるすべてを守ることが「生物多様性」ならば、JR東海作成の食物連鎖図は不十分であり、数えきれない微生物にまで及ばなければならない。どこまで調べるのかという問題であり、そもそも「生物多様性」とは何かという疑問につながる。

「病原体」は生物ではない?

SARSコロナウイルスの電子顕微鏡写真

  コロナウイルス自体はありふれたウイルスで、典型的な風邪などの疾患を引き起こす。2002年に問題となったSARS(重症急性呼吸器症候群)のような特殊な新型コロナウイルスは「特定病原体」と呼ばれ、人々の生命を脅かす存在に分類される。実際、香港、中国などで多くの生命を奪ったため、WHOは感染拡大の防止を世界中の医師らに呼び掛けた。SARSの日本上陸は阻止された。

 SARSは中国広東省のキクガシラコウモリが感染源となった可能性を指摘されたが、流行が始まった地域で捕獲されたハクビシンからSARSと似たウイルスが発見されたことで、中国政府は1万頭以上のハクビシン、アナグマ、タヌキを処分した。2018年サウジアラビアで現れたMERS(中東呼吸器症候群)はSARSに似た病気だったが、致死率は40%にも達した。MERSはヒトコブラクダからの感染が疑われ、コウモリの持っていたウイルスがラクダに広がった可能性が指摘される。

 「COVID-19」新型コロナウイルスも食用のコウモリが感染源と疑われるが、キクガシラコウモリなのか、他の種類なのかいまのところ明らかにされていない。ただ、ウイルスを最初に媒介するのは小動物であることに間違いない。

ペストをテーマにしたブリューゲルの「死の勝利」部分。右隅には快楽にふける人たちがやはりいる

 COVID-19と同様に世界に惨禍をもたらしたペストは従来ネズミが運んだと考えられていたが、現在ではネズミなどのげっ歯類の動物からノミ、シラミがペスト菌を運んだ可能性が高いとされる。「黒死病」と恐れられたペストは世界全体で7500万人から2億人の生命を奪ったとされる。北里柴三郎らがペストの病原体となる細菌を発見し、感染経路をつきとめ、ヨーロッパで大流行したネズミが関与するペストは終息していった。

 ペストなどの細菌に比べ、ウイルスはその何十分の一から何百分の一という小さな存在で、1930年代以降に登場する電子顕微鏡が使われるまで世界はウイルスという存在そのものを知らなかった。

野口清作は21歳で「英世」と改名した

 千円札に描かれる野口英世(1876~1928)は、黄熱病研究のためにガーナのアクラに滞在していたが、病原体を突き止めたとされる黄熱病で亡くなった。狂犬病や黄熱病など数々の病原体の正体を突き止めたという野口の論文は、いまではほとんどすべて間違ったものとされている。1915年まで3度にわたってノーベル賞候補とされ、日本では紙幣に登場するほど高い評価のままだが、欧米では彼の業績を完全に否定、ノーベル賞を授与しなかったことが逆に、評価されている。野口の研究成果が単なる錯誤だったかねつ造だったかは分からないが、当時、野口の使っていた光学顕微鏡では微小すぎるウイルスの存在を確かめることができなかった。

 黄熱は黄熱ウイルスを持った生息環境の異なる2種類の蚊に刺されて発病する。黄疸のために皮膚が黄色くなり、ひどい苦しみをともなうため、黄熱におかされた野口はパニック状態となり、助手に「私にはわからない」と告げて亡くなったという。野口は自分の生命を奪うことになったウイルスの存在を「わからない」ままこの世を去った。

 全く目に見えないウイルスは生物だろうか?

 黄熱ウイルス、ジカウイルス、SARSやCOVID-19新型コロナウイルスなどに直面したとき、「人間の生命を守る」が大原則となる。たとえウイルスが生物だとしても、人間が守るべき「生物多様性」の一部分と見なさない。危険ウイルスを媒介する小動物を徹底的に駆除することにもつながる。食物連鎖の最上位にヒトがいるからなのだろう。

 2月に開かれた静岡県主催の「ふじのくに生物多様性地域戦略」シンポジウムでも、結局、『「生物多様性」とは非常に分かりにくい概念』が結論だった。

 リニア議論でもまず、「生物多様性」とは何であるのかはっきりとさせたほうがいいのではないか?大井川の象徴ヤマトイワナを守ることだけが決まっているが、なぜ、それほどまでに重要なのかは説明されていない。

多額の費用を掛けて守るものとは?

 大井川の支流西俣川のさらに奥深い支流、人々が踏み入ることさえない場所でモニタリング調査をすることが決まっている。この調査で「生物多様性」の名の下に何を守ろうとしているのか、理解できない。

西俣川のさらに奥にある沢の地図

 リニアトンネル工事の基地となる西俣ヤードを過ぎて、さらに奥に踏み入っていくと蛇抜沢、新蛇抜沢、小西俣沢、上岳沢、瀬戸沢、魚無沢、内無沢などへつながっている。タイトル写真は西俣ヤードを過ぎたばかりの場所だが、すでに林道は消えてなくなってしまい、人が踏み入れることはない魚無沢や内無沢などそのずっと先にある。とうの昔に林業はすたれてしまったから、昔のカーブミラーもいつか朽ち果てるだろう。当然、禁漁区であり、イワナを狙った渓流釣りの人たちが入ってくることはできない。そんな場所にJR東海は監視カメラを設置、それぞれの沢の流量を計測するのである。

 大井川上流部は夏になれば毎日夕立ちがあり、一挙に水嵩は増える。昨年10月の台風19号のように沢自体が激変する可能性もある。リニアトンネル工事期間中の影響と自然環境の変化で起こることをどこまで区別できるのだろうか?

 そして、そこまでの費用を掛けて守るものとは何だろうか?もし、それほどまでに重要なものであるのならば、なぜ、静岡県、静岡市はこれまで手をこまねいてきたのだろうか?「生物多様性」議論を聞いていて、一体、何を守ろうとしているのかさっぱり見えてこない。

 豊かな生態系がなければ人間の存在が脅かされるから「生物多様性」を守らなければならないと言うが、初めから、そこに人々は住んではいない。南アルプスのニホンジカやキツネ類は害獣として駆除されている。長い間、人間の都合で多くの野生動物を追いやって来た。どこまで何を守るのか、最初に議論すべきである。

デジタル革命が加速、リニアの役割に変わりはないのか

4日付静岡新聞の写真

 新型コロナウイルスの影響を受けて、3日に行われた静岡県と国交省鉄道局との「事前協議」はオンラインを使うネット会議に変わった。2月6日以来何度も、東京、静岡を往復する面倒な移動はあっさりと省かれた。書類のやり取りをした上で不明な点があれば、画面を見て質疑応答をすればいいのだ。直接対面するのではなく、バーチャルなネット会議に移行、コスト節約の効果は非常に大きい。新型コロナがさらなるデジタル革命を加速させるはずだ。皮肉なことに、テレワークが進むことでリニアへの期待は小さくなる。鉄道局は新型コロナ収束後の世界をいまから検証すべきである。

 さて、10日までに静岡県は公募の委員候補を絞り込んだ上で、鉄道局に委員候補リストを送るのだという。鉄道局は静岡県が忌避する委員を検討した上で何らかの回答を寄せるのだろう。その後に静岡県の候補リストを検討しなければならない。そのやりとりを含めて、4月中旬の第1回有識者会議開催は絶望的だ。この先もだらだらと「事前協議」が続くのだろう。

 鉄道局はあらためてちゃんと「戦略」を立て直したほうがいい。新型コロナ収束後の世界では、リニア議論にもドラスティックな変化が起きるだろう。そこで、肝に銘じなければならないのは、人間のごう慢さについてである。「生物多様性」議論からはそれがはっきりと見えるのだ。ぜひ、わたしたち市民にも理解できるような説明をお願いしたい。

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