リニア騒動の真相49「科学者たちの無責任」?

「データ不足」指摘が繰り返される

 7月31日、静岡県庁で開かれた県中央新幹線環境保全連絡会議「地質構造・水資源専門部会」「生物多様性専門部会」合同会議で、第4回有識者会議(16日、国交省で開催)に提出されたJR東海の新資料などに対する各委員の疑問や意見を聞いていて、デジャビュ(既視感)ではないが、同じ場面を見ているような錯覚に襲われた。

蔵治教授の席もつくられた(右手前)

 今回、蔵治光一郎・東京大学大学院教授(森林水文学)が新たにウェブ参加、表流水、地下水の水源となる降水量について、JR東海の取り扱い方が許容範囲を超えているとして、「データ不足」を指摘した。過去の県専門部会でも、「データ不足」指摘がJR東海側に雨霰(あられ)のように降り注いでいた。蔵治教授同様に、別の専門家が加われば、その研究分野の知見からJR東海の資料は十分ではなくなり、新たなデータを求めるのが必然となる。同じ分野の科学者でも専門範囲は細分化され、その専門分野を追求すれば別の新たな疑問が生まれる。科学の追求は際限がない。

 「リニア騒動の真相49」のタイトルを『科学者たちの無責任?』としたのは、合同会議に出席している科学者たちが「無責任」だと言っているのではない。ある委員の「リニア工事によって動植物は絶滅する」とびっくりするような発言を聞いていて、ずいぶん昔に書いた月刊文藝春秋『東海地震 科学者たちの無責任』(2001年10月号)の記事を思い出したからである。当時といまがそれほど違っているわけではない。

 「東海地震」を知らない人はいないはずだったが、いつの間にか、東海地震は「南海トラフ地震」に吸収され、いまや公文書から「東海地震」の名称が消えた。若い人たちの間では、東海地震と言っても分からない人がいる。リニア南アルプストンネル建設地(静岡、長野、山梨約25㌔)が糸魚川静岡構造線、中央構造線が通る”世界最大級の断層地帯”にあるだけに、「水環境問題」「自然環境問題」だけでなく、リニアトンネル建設が活断層を刺激することで、大地震を誘発する恐れを指摘する声さえある。また、東海地震説の根拠となった、3百年以上前の宝永東海地震では、安倍川源流部の大谷崩など南アルプス地域の大崩壊をもたらした。もし、南海トラフ地震が起きれば、新たな大崩壊を誘発し、リニアそのものにも影響があることも否定はできない。地震と崩れは日本列島の宿命である。

 『科学者たちの無責任』を書いたのは2001年9月。2021年は、2020東京オリンピック開催予定であり、ちょうど20年目を迎える。またぞろ、最近、大地震発生の”臭い”が報道されている。なぜ、当時、『科学者たちの無責任』と批判したのか?

「東海地震」説は否定されたのか?

 2001年4月3日深夜、静岡市で震度5強を記録するM(マグニチュード)5・1の地震が発生した。その後、M4以上の地震が4回続いたため、気象庁は「東海地震とは無関係」の見解を示し、東海地震の兆候を否定した。

 1854年11月4日、M8・4の安政東海地震が東海沖で発生、翌日には、南海沖でも同じM8・4の巨大地震が起きた。東海地震はプレートのひずみにたまったエネルギーが100年から150年の周期で跳ね上がるという「プレートテクトニクス理論」が根拠とされた。これまでの東海地震の間隔は、107年、102年、147年ごとに起こり、2001年は安政東海地震からちょうど147年目を迎えていた。1976年の東海地震説発表から25年も経過、いつ起きてもおかしくないとされた巨大地震への不安は高まっていた。

 静岡県を中心に地震防災対策強化地域とされ、静岡県内では海底地震計など367カ所の地震観測体制が敷かれ、巨額な対策費用が投じられた。観測データに異常が見られると、気象庁は科学者による「判定会」を招集、内閣総理大臣を通じて警戒宣言が出される段取りだった。「判定会」模擬訓練は毎年9月1日の防災の日に大々的に報道されたが、実際の「判定会」が招集されることはなかった。

 2001年9月当時、学会や研究会で東海地震の発生について、数多くの科学者が具体的な予測を発表していた。「2001年11月頃」(富山大学K教授)、「2002年暮れから2004年」(防災科学技術研究所M室長)、「2004・3年±0・8年」(東大大学院I助教授)などであり、東海地震説を唱えた石橋克彦氏は相模トラフによる小田原地震が起きたあと、東海地震発生のシナリオを主張していた。ご存じのように、いまに至っても東海地震の発生はない。

 1905年東大地震学教室の今村明恒・助教授が、東京は50年以内に大地震に襲われると予測、早期に地震対策を取ることを主張した。その18年後に関東大震災が発生、死者約10万人という史上最悪の災害となった。「プレートテクトニクス理論」が確立されていなかった1928年、今村氏は、過去の地震活動を基に将来の地震活動もほぼ同じ場所で、ほぼ同じ周期で起きるとして、東海・南海の大地震活動を予測した。現在の南海トラフ地震説は今村氏の研究が出発点にある。

 最近の報道は、南海トラフ地震の発生ではなく、関東大地震の震源となった相模トラフ地震が近いうちに起きるのではと騒がれている。死者約10万人という巨大地震が近いうちに繰り返されるのか?

原因不明の「異臭」が続く三浦半島地域

 6月4日、三浦半島の横須賀市などで「ゴムが焼けるようなにおいがする」などの異臭騒ぎが起こり、約5百件もの苦情が消防署などに寄せられた。警察、消防で原因を調べたが、現在も不明のままで、7月17日にも同じような異臭騒ぎが起きた。この異臭騒ぎと相模トラフを結び付けたのは、立命館大学の高橋学教授(災害史、環境考古学)。高橋教授は「三浦半島周辺は活断層が非常に多く、活断層が動いたことで『異臭波』がつくられた可能性がある」と指摘、1995年の阪神淡路大震災でも少なくとも1カ月前から同様の異臭が複数回確認されたという。

 2011年3月の東日本大震災以降、日本列島では地震が頻発、活動期に入っている。このため、今回の異臭騒ぎが大地震の前兆だとする科学者も高橋教授だけではない。ただし、2001年『科学者たちの無責任』で批判したように、もし、大地震を予測するのであれば、科学者はその良心に従って、即刻、2021東京オリンピックの中止を求めるべきである。世界中からアスリート、観光客が集まっている最中に大地震に見舞われれば、コロナ禍どころではなくなる。

 2001年当時、5百万人以上の人出を予想した「しずおか国際園芸博覧会」が浜名湖の広大な埋め立て地で開催準備が進んでいた。大地震が起きれば、浜名湖周辺を大津波が襲い、園芸博を訪れるほとんどの人は亡くなる可能性が高かった。もし、科学者たちが自信を持って東海地震予測をするならば、園芸博中止を求めるべきだと書いた。

 結局、科学者たちの予測はすべて外れた。つまり、予測には科学的根拠が欠けていただようだ。さて、リニア建設に対する科学者たちの予測はどれだけ信頼できるのか?

県との「対話」はいつまでも終わらない?

 県は7月16日JR東海提出の水収支解析についての疑問点を詳細にまとめ、専門部会委員に対して、「事務局」提案をした。

 1、「水収支解析によれば、中下流域の地下水は変化しない」という説明は適切ではない。2、トンネル湧水量の推定精度は検証が必要である。3、トンネル掘削による付近の河川流量への影響について、より詳細なデータ開示を求める。4、地下水位の大幅低下による生態系への影響を評価するためのデータを開示を求める、としている。

 この提案は、16日の第4回有識者会議で、水文学の専門家らが「大井川の渇水時に取水制限したとしても中下流域の地下水は減っていない」「大井川下流域扇状地の地下水はそのほとんどは降水で涵養されている」などとして、JR東海提出のデータを基に、「中下流域の地下水への影響はない」という方向が会議でも大勢を占めたことに対するアンチテーゼ(反対の主張)と言える。

 JR東海は環境影響評価(環境アセスメント)の手続きを行ってきた。環境アセスメントは出来るだけ影響を小さくするための手続きであり、一般的にはその手続きは通り一遍であり、すべてを網羅することはできない。

県作成の今後の進め方

 県は、「今後の進め方」として国の有識者会議と県の専門部会との関係を図で示した。有識者会議は「方向性」を提示し、国交省はJR東海に「方向性」を指導する。その指導を受けたJR東海はあらためて県専門部会で説明を行い、すべての疑問が解消された上で、環境アセス調査結果を踏まえた具体的な「施工計画」「環境保全の計画」「発生土置き場の管理計画」を提出する。続いて、県自然環境保全条例に基づく協定を結び、さらに、河川法に基づき県知事がトンネル工事を許可していくという段取りである。事務局「提案」を見れば分かるが、県リニア会議専門部会は国の有識者会議の「方向性」さえ容認していない。国交省はこの「方向性」でJR東海を指導できないわけだ。これでは、生物多様性の議論までにどれほどの時間が掛かるのか、全く見えてこない。

 7月26日付『リニア騒動の真相48「ドーダの人、川勝平太」』を紹介した。川勝知事が「ドーダ、参ったか!」と、JR東海、国交省、自民党議員団らを前に静岡県の主張を堂々とするためには、中下流域市町の団結だけではなく、県専門部会の科学的な主張は欠かせない。

 国有識者会議の科学者は解決のための「方向性」の議論を求められているが、県専門部会の目的はそうではないから、科学者たちの疑問点はさらに増えていくだろう。国の有識者会議の設置目的、県専門部会との関係が、県の作成した図式の通りであるならば、たとえ、リニア開業を2030年に延長したとしても、その実現が難しいことくらい関係者ならば誰でも分かるだろう。この議論は1年や2年で終わるはずもないからだ。

 昨年10月の台風19号、ことし7月の豪雨の影響で準備工事さえ完全にストップしている。それにコロナ禍が追い打ちを掛け、リニアの必要性に疑問を投げ掛ける意見も多くなっている。そこに、巨大地震でも起きれば、東京オリンピックだけでなく、リニアにも決定的な打撃となる。「東海地震」同様に「科学者たちの無責任」を祈ったほうがいいのかどうか。

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