リニア騒動の真相39「謝罪」と「議論」の行方

JR東海社長が静岡県批判を「謝罪」した?

5月22日付中日新聞

 22日付中日新聞1面「JR社長トップ会談要望 知事に手紙 県批判を謝罪」3段見出しにある「謝罪」の2文字に目が釘付けになった。記事は4月27日の有識者会議で静岡県を批判したことを謝罪するとともに、「直接会って謝罪する意向とみられる」とも書かれていた。調べてみると、中日は21日付夕刊で川勝平太知事に同日朝、直接取材した記事「JR社長から謝罪の手紙 知事に会談要望」(見出し)をすでに掲載していたのだ。21日夕方になって、「中央新幹線南アルプス静岡工区の準備再開について(お願い)」という標題で、川勝知事に宛てた20日付の金子慎JR東海社長文書が公表されたが、そこには「謝罪」の2文字はなかった。それだけに、中日記事にはびっくりした。

 JR東海社長の(お願い)文書には、「トンネル掘削の前段で行うヤード整備等整備を進めるに当たって6月中にも準備工事を再開する必要がある。2027年開業に向けて工程は大変切迫した状況にあり、面談を早い時期に調整してもらいたい」と知事面談の依頼が書かれていた。

 金子社長の面談依頼に対して、同じく21日公表された川勝知事コメントは「大井川流域市町の利水関係者に確認のうえ、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、調整を進める」とあった。これまでのように面談依頼を断るのではなく、「調整を進める」とあるから、面談の手続きを進めるのだろう。しかし、どこにも「謝罪」に関することは書かれていない。

 20日に開かれた県議会5月臨時会で、「新型コロナ」対応だけでなく、リニア問題に触れ、川勝知事は「JR東海の宇野護副社長が(静岡県の抗議を)重く受け止めているとしたが、金子社長が発言を撤回しないのは納得できない」などと不満を述べていた。

 20日県議会で厳しい発言が出たばかりで、21日に金子社長から「謝罪」の手紙が届いたとしたら、絶好のタイミングである。中日記事を読めば、県が21日に公表した『JR東海社長の(お願い)文書』のほかに、「謝罪」したという金子社長の別の手紙があるはずだ。「謝罪」の手紙を教えてもらおうと担当課に連絡したが、担当者は不在だった。

 金子社長は本当に謝罪したのか?

川勝知事、金子発言の「謝罪」求める

 4月27日ウエブ方式による第1回有識者会議で、金子社長が発言した静岡県の対応に関する主な批判は以下の通り。

 「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないというのは、法律の趣旨に反する」

 「有識者会議におかれては、静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないかという点を含めて、ご審議いただければ幸いです。併せて、それが達成できなければ、工事を進めてはならないという(静岡)県の対応についてこれは、事業を所管されるのは国土交通省でありますけれども、こういった趣旨を踏まえて、適切に対処をお願いしたい」

5月13日川勝知事の会見

 上記の2項目を含めて6項目の金子社長発言に対して、静岡県は国交省の水嶋智鉄道局長宛に5月1日付で抗議文を送った。静岡県の抗議を受けた国交省は、金子社長発言が「有識者会議は科学的、工学的な議論の場」を逸脱するとして、赤羽一嘉国交省が「誠に遺憾」、水嶋局長が文書でJR東海に注意した。川勝知事は13日の記者会見で国交省の対応に「感謝する」と述べ、「(金子社長は)厳重に謹んでもらいたい」とも指摘、怒りの矛先を収めた感があった。

 金子社長が川勝知事に面談を求め、謝罪の意向を示すことに何ら問題はない。ただ、担当者に確認したところ、金子社長が「謝罪」したという別の手紙は存在しなかった。中日記事は、20日付JR東海社長(お願い)文書にある「国交省から、発言は会議にふさわしくなく、今後は説明責任者として真摯に取り組むよう指導を頂いたことは、申し訳なく、重く受け止める。真摯に対応することで、地域の心配解消に取り組む」を好意的にくみ取り、静岡県への「謝罪」と受け止めたようだ。

 中日記事「謝罪」が影響したのか、川勝知事は22日にあらためて金子社長宛に20日付文書に対する回答書を送り、その原文を公表した。回答書の最後に「(面談については)次回の有識者会議で発言の謝罪及び撤回を見届けた上で、関係各位と相談する」とあり、21日知事コメントよりもハードルがぐっと高くなった。水嶋局長にも、次回の会議に金子社長の出席を求め、発言の謝罪と撤回で指導の徹底を求めた。つまり、川勝知事ははっきりと「謝罪」を要求したのだ。

 水嶋局長に「謝罪と撤回」で指導の徹底を求めた川勝知事の文書には「金子社長の勝手な発言を許可し、また、有識者会議の目的を全く理解していない事業者トップの不見識ぶりを如実に示した」「(金子社長は)みずからの不徳を恥じねばなりません」など厳しい文言が続いていた。

 さらに、静岡県の抗議文などを有識者会議メンバーにちゃんと回覧するよう求めている。第2回会議の対応で金子発言に対する静岡県の抗議は決着をしたとばかり思っていたが、事はそう簡単に収まりそうもない。

 「リニア騒動の真相38『今は来ないで!静岡県』?」で書いたが、静岡県の怒りの大きさ(wrath=憤怒、激怒レベル)に、国交省はちゃんと気がつくべきだったかもしれない。金子社長に頭を下げてもらはなくては会議が進まなくなった。

JR東海「お願い」は筋違い?

 川勝知事の回答書を読むと、金子社長の依頼する6月中のヤード整備等再開へも異議を唱えている。これでは、たとえ金子社長が川勝知事と面談できたとしても、JR東海にとって首尾よい結果が得られるのか疑問は大きい。

 回答書には、「当面は有識者会議の検討を見守るのが筋だ」と記した上で、1、静岡市と約束した県道三峰落合線のトンネル工事の早期着工がどうなっているのか、その完成見通しをはっきり表明してほしい。2、JR東海が「静岡工区の準備再開」を強く訴えるのであれば、畑薙から西俣へ通じる作業道の静岡市東俣林道整備を早急に進めるべきだ。危険な林道整備のほうが作業員の安全確保のために急務などと書かれている。

 川勝知事は、JR東海が求める西俣ヤード整備等の準備に入る前に、1、2の懸念事項について明らかにするよう求めているのだ。いずれも静岡県ではなく、静岡市が対応する問題である。それなのに、『それ(約束した工事)を放置したまま「お願い」とは筋違いである』とまで書いている。JR東海がトンネル建設と林道整備を約束したのは、田辺信宏静岡市長に対してであり、当然、川勝知事ではない。

JR東海建設の県道トンネル付近

 2018年6月20日、田辺市長と金子社長は静岡市の東俣林道をリニア工事作業道として使用の便宜を与える代わりに地域振興(県道三峰落合線トンネル建設)に関する基本合意書を結んだ。この合意書に対して、静岡県、大井川流域の8市2町は「抜け駆け」などと厳しく批判した。トンネルについては現在、静岡市が地権者との合意を結ぶ作業をしているとされる。ただ、2年も経過するのに、井川地区の期待が大きいトンネル工事についてその後、静岡市は何ら発表していない。一体、どうなっているのか、と考えるのは川勝知事だけではない。

東俣林道の決壊個所。この写真は静岡県の情報公開によるが、被害はあまりに大きいが?

 東俣林道についても、何ら発表していない。唯一、10月12日から13日の台風19号による東俣林道の大きな被害について田辺市長は発表、沼平ゲートから3・8キロ地点の路肩決壊個所写真をメディアに提供した。12月になって、ゲート近くの舗装をJR東海は行うとしたが、これも静岡市は発表していない。だから、現在どうなっているのか全くわからない。

 いずれの工事も主体はJR東海であり、静岡市は許可権限等を有し、管理監督する立場だ。川勝知事ではなく、静岡市が本来、JR東海に一体、どうなっているのか質すべきだが、静岡市にとっては全く他人事のようである。JR東海から何らかの申請が出れば、それを許可していくというスタンスを取っている。少なくとも、川勝知事のように作業員の安全確保にまで考えは及んでいない。

 もし、金子社長が求めた川勝知事との面談が行われるならば、2つの懸念事項もテーマになるのだろう。静岡市の問題なのに、田辺市長は蚊帳の外に置かれてしまうのか?

 いずれにしても、なぜか、静岡市の懸念事項について川勝知事がJR東海に回答を求めているのだ。

もっと早い段階で金子社長は面会すべき?

静岡県の有識者会議会場。ここも報道陣のみのではなく、全面公開なのか?

 国交省に静岡県は合意5項目のうち、「会議の透明性」が履行されていない、と有識者会議の「全面公開」を求めている。「地域住民ならびに国民は、国費を使って行われる会議の内容を知る権利がある」などとして、「委員の自由な発言を阻害する恐れがあり、公開を限定する」という鉄道局の挙げた理由を退けている。

 それでは、果たして、静岡県はすべての審議会、委員会を全面公開しているのか?

 静岡県によると、県主催の会議はすべて原則、全面公開されているという。県表彰審査委員会、県総合計画審議会、県行政不服審査会、県情報公開審査会、県特別職報酬等審議会、県固定資産評価審議会、県感染症審査協議会などそれぞれの担当課に確認しなければならないが、「地域住民ならびに国民は、国費、県費を使って行われる会議の内容を知る権利がある」ことが守られているようだ。

 金子社長とのトップ会談について、川勝知事は3月13日の会見で「金子さんが来られるとすればもっと早い段階で、社長が代わられたときに、すぐに来られる筋のものではなかったか」、「全部の地域住民の意見を尊重するべきなのに、そうした形がなかったのは残念だ」などと述べている。これが川勝知事の本音なのだろう。 

 JR東海は東俣林道の使用許可権限も持つ静岡市には早い時期から働き掛けを行っている。自民党静岡市議団が「南アルプスの保全が図れない工事を認めない」など厳しい姿勢でのぞんでいたこともあり、最終的に140億円の三峰バイパストンネルをJR東海の全額負担で行うという合意書を結んだ。当然、金子社長は早い段階で田辺市長と面談の機会を持ったのだろう。川勝知事になぜ、そのような面談を求めなかったのか?

 それは、今回の金子社長発言から想像できる。国家的な優先度の高いプロジェクト・リニアについて、静岡県が大井川の水環境問題などで高いハードルを課すのはおかしいが見え隠れしている。(あまり知られていない)河川法の許可権限がなければ、JR東海は強行着工していたかもしれない。

 この半年は、川勝戦略の”土壺”にはまったまま身動きできない。コロナ後の日本で、リニアが以前と同じ優先度の高いプロジェクトであるのかどうか?「謝罪」で「議論」が先に進むのか、全く見えてこない。

※タイトル写真は、20日に開かれた県議会5月臨時会。当局の人数も非常に少ない

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