リニア騒動の真相68またまた『不都合な真実』だ!

「クエンチ」で超電導と常電導の違いが分かる

定価1870円の「超電導リニアの不都合な真実」

 JR東海リニア中央新幹線のリスクや課題を紹介する『超電導リニアの不都合な真実』(川辺謙一著、草思社)が昨年12月に発行された。第1章「複雑な超電導の仕組み」、第2章「なぜ超電導リニアが開発されたのか」や第4章「なぜ中央新幹線を造るのか」などの補足的な説明をした上で、標題の『不都合な真実』は、第3章「超電導リニアは技術的課題が多い」が中心となっている。電磁波の影響や大井川の水、南アルプスの環境問題ではなく、リニア走行の技術的課題を取り上げている。その意味では、これまでの『不都合な真実』とは一線を画すだけに、購入時には興味深いと感じた。

 同書が最も大きな問題と指摘したのは、「クエンチの発生」と「ヘリウムの供給不足」の2つである。

 まず、「クエンチ」とは何か?クエンチは超電導状態から常電導状態に遷移してしまう現象を指す。超電導と常電導の大きな違いは、電磁石の種類の違いであり、強力な電磁石を使う超電導は常電導よりも非常に強い磁界を発生させることができる。この強力な磁界で、浮上する高さに違いが生まれる。

 常電導リニアが約1㌢浮上するのに対して、超電導リニアは約10㌢も浮上させることができる。この力で、常電導リニアは時速300㎞走行は可能だが、時速500㎞になると超電導リニアのような安全性を確保できない、この結果、JR東海は世界初となる超電導を選択したのだ、という。

 しかし、超電導では、超電導磁石が強い磁界を発生できなくなり、常電導状態に転移してしまうクエンチが起きるのは避けられない。ウィキペディアでは「クエンチに続いて全面的な常電導化が一気に進むので、電気的、磁気的、熱的、機械的に大きな変化が同時に起こる」と説明する。同書では、クエンチが起きると、電気抵抗が生じることでコイルが急激に発熱し、コイルを冷却していたヘリウムが液体から気体になり、体積が約700倍に膨れ上がる危険な状態になってしまうと説明する。

 一般になじみがある、脳腫瘍、脳血管障害の検査に威力を発揮する断層画像撮影装置「MRI」も超電導磁石を使っている。MRIでもクエンチ事故(気化したヘリウムが充満して、煙がもうもうと出る。場合によっては内部にいる人が窒息する恐れもあるが、日本では人身事故の発表はない)が起きる。それでも、MRIの場合、ヘリウムガスを外に出す排気設備を設けるとともに、冷媒となるヘリウムなどの補充で事故に対応できるようだ。

 一方、リニアの場合、屋外で超高速で走行する輸送機関だから、MRIのような対応はできず、クエンチを完全に回避するのは不可能だと言うのだ。もし、リニアでクエンチが起きれば、従来の鉄道では起こり得ない悲惨なトラブルが起こる可能性があると筆者は警告する。

 1997年山梨実験線に移る前、宮崎実験線では4年間で14件のクエンチ事故が発生している。その後、JR東海は改良を重ね、山梨実験線で「クエンチは一度も起きていない」と説明、2010年のリニア小委員会で国交省担当者が「クエンチ現象は発生していない。技術的に解決したと考える」と太鼓判を押している。つまり、JR東海はクエンチを克服したのだ。

 ところが、1999年9月の山梨日日新聞にクエンチが起きたと伝えているから、筆者は「山梨実験線でクエンチが少なくとも1回起きたことを前提に、超電導リニアの評価を見直し、導入することも改めて検討すべきだ」と主張する。

 ただ、筆者が紹介している山梨日日新聞の見出しは「クエンチで車両停止」となっているが、記事をよく見ると「液体ヘリウムを供給するステンレス製の管の接合部に長さ約1㌢の亀裂が入っていた」とあるから、この亀裂の結果として、クエンチ現象は起きたが、これはクエンチではなく、何らかの他の原因による亀裂の発生がクエンチを招いてしまったと考えるべきだろう。その後、実際の原因が何かは報道されていない。

 筆者は、1999年の事故がクエンチだと思い込んでいるから、JR東海は実際にはいまもクエンチを克服できていない、と判断している。ふつうに考えれば、「亀裂」とクエンチは別のものである。もっと突っ込んで取材をした上で、結論を出すべきだったのではないか。

 同書では、JR東海がクエンチを克服できていない証拠が20年も前の新聞記事のみである。これでは首をかしげてしまう。

「ヘリウム供給」ができなくなる日?

 もう1つの問題は「ヘリウム」の供給不足である。

 超電導状態を維持するためには、コイルをマイナス269℃の極低温に冷却する必要があり、液体ヘリウムと液体窒素を冷媒として使用している。そのヘリウムについて、世界的に価格が高騰し、供給が不安定になり、入手が困難だと筆者は指摘する。全世界のヘリウム生産量はアメリカ約6割、カタールが約3割で、日本は100%輸入に頼っている。もし、ヘリウム不足によって供給できなくなれば、超電導リニアの走行ができなくなる恐れが高いという。

 ところが、インターネットで「ヘリウム不足 超電導磁石」を調べると、ヘリウムを使用しない「高温超電導磁石」開発が日本で盛んに行われている記事が多く出てくる。「高温超電導磁石」では、コイルの素材を変えることで、液体ヘリウムではなく、電動の冷凍機によって冷却(マイナス255℃)を可能にする。この技術が実用化されれば、クエンチの発生についても対策を取る必要がなくなってしまうのだ。

 JR東海、鉄道技術研究所はリニア用高温超電導磁石の開発を進め、リニアでもすでに一部の試験車両に搭載され、走行試験が行われている。現在、長期耐久性能を確認している最中なのだという。しかし、同書にはそのような記述は全くない。

 JR東海によると、リニアに使うヘリウムは何度も使い回しができるから、ヘリウム使用量は年間に国内輸入の1%に過ぎないという。いまの段階でも、リニアにとって、ヘリウムの供給不足は考えられない、というのがJR東海の回答のようだ。『不都合な真実』筆者はJR東海への取材をしていないようだから、逆に、その点が「不都合な真実」となる恐れがある。

 同書にはクエンチ、ヘリウムが何度も登場し、その結果、「リニア計画の中止」が結論となっていくのだが、全体的に見て、クエンチ、ヘリウムについての取材不足は否めない。

 南アルプスの環境問題やコストやエネルギー消費量など、他の反リニア評論家らも指摘している問題に紙面を割くのをやめて、「クエンチ」「ヘリウム」だけに焦点を絞って、さらに詳しい取材をするべきだった。わたしのような素人の疑問に答えることで、本当にリニアにとって『不都合な真実』だったのかどうかが明らかになったかもしれない。

 同書が指摘する技術的な課題は『不都合な真実』と言えるほどのものではない。ただ、JR東海がクエンチやヘリウムについて非常に労力を使っていることだけは理解できた。

川勝知事『不都合な真実』は言行不一致

 同書では、2020年はJR東海はコロナの影響で「東海道新幹線の利用者急減」と静岡県などの反対で「中央新幹線の開業延期」のダブルパンチを受け、リニアに対して懐疑的な意見をメディアが報道されるようになり、ネットでも同様の意見が散見されることになったことで、筆者は「リニア計画の中止」を提案している。

 コロナ禍の中にいると、コロナ後のことは全く見えてこない。コロナ前、インバウンド(訪日外国人)が日本の観光をけん引していたが、コロナ後にそういうこともなくなるのかどうか。もし、インバウンド需要がないとすると、静岡空港はじめ日本経済の行方は真っ暗である。

 さて、『不都合な真実』を読んでいて、昨年8月に朝日新聞地方版に3回にわたって掲載された川勝平太静岡県知事の手記を思い出した。知事もクエンチやヘリウムのことを書いているのだろうか?当然、そのような記述はない。近いのは、超電導コイルに必要な希少金属(ニオブ、チタン、タンタル、ジルコニウム等)は世界中で取り合いであり、原料を確保できるのかと疑問を呈している。次回は、クエンチやヘリウムも取り上げてみてほしい。ただ、反リニアの評論等に書いてあるものを鵜呑みにしないでちゃんと調べてほしい。

 各新聞社は新年紙面で知事インタビューを掲載している。朝日以外はすべての新聞が知事にリニア問題を聞いていた。

 1月1日付の中日編集局長インタビュー記事に『今動けば県民に迷惑』という大きな見出しがあった。今夏の知事選で、4期目の意欲を問われると、知事は「今の危機はリニアとコロナだ。リニアで水が失われかねない、人類共有財産のエコパークが傷つけられるかねない。コロナも今は第三波の真っただ中。選挙運動はできない。県民のために働くのが知事。県民に迷惑をかけてはならない。ここで選挙のことを言うのは不適切だと思っている」。

 4日の産経新聞などが川勝知事が年末に「不要不急の帰省は我慢して」と県民に呼び掛けておきながら、26日から1月3日まで長野県軽井沢の自宅に”帰省”していたのは不謹慎だと批判していた。暮れのインタビューで「今の危機はリニアとコロナだ」と言いながら、実際は、知事自身がそれほどコロナに対して危機感を持っていないことが明らかになった。ことしも川勝知事の「言行不一致」が始まったのである。

 2020年に一番感じたのは、川勝知事の「言行不一致」である。菅首相批判をすると思えば、暮れには菅首相宛に飴のおまけをつけた手紙を送ったようだ。その中身は、「リニア工事凍結」だと言うが、手紙の中身は明らかにされていない。もし、菅首相が知事の手紙を公開すれば、またまた『不都合な真実』が見えてくるかもしれない。12月31日に自分で投函したことも明らかにしているから、「軽井沢からの手紙」は公的なものではなく、私信であり、年賀状のようなあいさつなのかもしれない。どうも、私的な部分と「リニア工事凍結」という公的な部分がはっきりとしない。

 今夏の知事選まで、政治家として言行不一致の『不都合な真実』が続くかもしれない。4期目出馬の回答も同じだが、これは次回紹介したい。

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