リニア騒動の真相48『ドーダの人、川勝平太』

『私はリニア大推進論者だ』を理解するには?

 今回の標題『ドーダの人』を少しだけ説明する。『ドーダ、ドーダ、わたしのいま言っていることはすごいことだ。ドーダ、参ったか!』。22日にウェブで開かれた自民党リニア特別委員会で、静岡県の川勝平太知事が、20年以上も前、小渕内閣時代、リニア計画に携わったキャリアを詳しく説明した上で、『私は一貫してリニア大推進論者だ』と大見えを切ったのだ。6月26日の金子慎JR東海社長、今月10日の国交省の藤田耕三事務次官との「対談」内容を見れば、川勝知事が『リニア大推進論者』と額面通りに受け取る人はいないだろう。「リニアには賛成」を何度も聞いたが、『リニア大推進論者』は初めてだった。これに対して、自民の国会議員たち誰ひとり、面と向かって「嘘つき」とも何とも言えなかった。つまり、川勝『ドーダすごいだろう』を論破できるはずもなく、内心では「参ってしまった」のかもしれない。

 『ドーダ』を世の中に知らしめたのは、漫画家、東海林さだおとフランス文学者の鹿島茂である。2人のエッセーのファンであれば、『ドーダ』になじみがあるかもしれないが、一般的にはあまり知られていない。東海林が『もっとコロッケな日本語を』(文春文庫)で、『流行作家が銀座のクラブに行って、疲れ切った風に「おれ寝ていないんだ」とひと言、口にする。それが「ドーダすごいだろう」であり、その意味は、「おれ様は寝る時間もないくらいの超売れっ子だ。当然、おカネをいっぱい持っている」。「ドーダ」オーラを理解した上で、「大歓待しろ」となる。また、「ドーダ」自慢が仕事の源にもなる』などと紹介した。

中公文庫の『ドーダの人、西郷隆盛』表紙

 東海林さだおの使った『ドーダ』を理論的に完成させたのが、鹿島茂。『ドーダの人、小林秀雄』『ドーダの人、森鴎外』(いずれも朝日新聞社出版)、『ドーダの人、西郷隆盛』(中公文庫)などで歴史上の有名人が、どのような『ドーダ』心を持ち、その仕事を成功に導いたのかを分析した。鹿島は『ドーダ』の1点を抑えておけば、コミュニケーションや表現行為のあらゆる意味は容易に解けてしまうと説明。『ドーダ』はまさに万能の心理分析のキーワードである。

 『ドーダの人、小林秀雄』の副題は「わからなさの理由を求めて」。『ドーダ』という万能の心理分析を使えば、そのわからなさが少しだけ見えてくるという。

 21日、川勝知事はJR東海が工事を求めている3つのヤード(西俣、千石、椹島の宿舎を備えた作業場)へ続く静岡市東俣林道が7月豪雨による通行止めとなった被災現場を視察した。その翌日には自民党のリニア特別委員会にウェブ参加して、国会議員からの事情聴取にのぞんだ。

 21日の現地視察の囲み取材を聞けば、22日自民党会合後の川勝発言『リニア大推進論者だ』があまりにおかしいことが分かる。川勝知事の理解不能な表現行為を万能の心理分析『ドーダ』で見ていきたい。 

7月豪雨災害の被災地に立って”宣言”した?

6月11日の視察。右上が崩れ落ちた東俣林道、パネルを持って歩いているのが河川内仮設道路

 昨年10月の台風19号の被災によって、東俣林道沼平ゲートから約3・8㌔、4・1㌔の地点で林道が2カ所、崩れ落ちてしまい、大井川河原に約1・4㌔区間の河川内仮設道路が設けられた。金子社長との面会をする前、6月11日川勝知事は仮設道路から崩れ落ちた林道を視察した。リニア工事現場がいかに脆弱な地盤の場所かを記者らに説明した。それから1カ月もたたないうちに、河川内仮設道路が7月豪雨によって、冠水、流されてしまった。

 7月豪雨の被害は、流された仮設道路だけでなく、そこから1時間以上も進んだ林道の一部が崩落、その被害が最も大きかった(※詳しくは『リニア騒動の真相47「解決」するのは誰か?』で紹介)。21日の知事視察は河川内仮設道路が流出した地点まででしか行くことはできない。当然、静岡市HPに写真がUPされているから、被災状況は十分に把握できた。ところが、急きょ、川勝知事は現地視察を決めたのだ。22日の自民党国会議員の聴取にそなえ、静岡県がヤード整備を認めない云々を問うのではなく、自然災害によって、JR東海の作業員すべてが避難して、工事どころの話ではないことを現地から強く訴えるのが目的だと思われた。

左側が仮設道路終点。道路は川になっている

 2027年リニア開業のためには6月中のヤード工事を求めた金子社長、その交渉が不調に終わると、今月10日、藤田次官は7月中にヤード工事を認めるよう国交省提案をした。国の事務方トップ提案を蹴った川勝知事は、被災現場で「JR東海の作業員すべてがヘリで救出された。現場を見てもらえれば工事ができるかどうかは一目瞭然。そんな状況の中でヤード工事を認めろは現実離れした机上の空論」などと訴えた。ここまではシナリオ通りだった。これで目的は十分果たしたと考えた。

 ところが違っていた。この日は、許可の必要な林道視察への集合場所となった白樺荘で、川勝知事は県リニア環境保全連絡会議地質構造・水資源専門部会の森下祐一部会長(静岡大客員教授)と合流、昼食をともにした。地元大西屋のやまめのパピヨットや野生鹿肉の生姜焼きなど井川産の食材による特製弁当に舌鼓を打ちながら、森下部会長も参加する国の有識者会議の話題で盛り上がったようだ。

 昼食後、河川内仮設道路が流された被災現場の前に立った川勝知事は突然、「リニアトンネル周辺の地下水位は3百m以上も低下する。有識者会議で明らかになった重大事であるから、南アルプスで工事をしてはならない」と宣言した。自然災害による工事用道路の被災状況ではなく、この日の現地確認とは全く無関係の話である。

生物多様性問題でリニア工事「ノー」とは?

 「地下水位が3百m以上も低下する?」

静岡市調査の地下水位低下量分布。赤点線がリニア、青が50m地下水位低下場所

 知事の”爆弾発言”に一瞬、その意味を理解するのが不可能だった。16日に開かれた第4回有識者会議の議論は、中下流域の地下水への影響について、ほとんどの委員は「影響はほとんどない」とJR東海の主張に沿った合意が図られた。リニアトンネル周辺の地下水位の低下については、委員らの議論にはなかった。そもそも「地下水位の低下」は県生物多様性部会での議論であり、JR東海は、静岡市の南アルプス環境調査による解析結果を提示していた。地下水位の低下によって、沢枯れが起こり、水生生物などに大きな影響を与える可能性が指摘され、JR東海は専門委員の提言などを受けて、「代償措置」を行うなどという回答のまま、生物多様性専門部会は再開されていない。当時は地下水位50mのはずだった。

 それが「3百mもの低下」となれば、トンネル建設地周辺の水生生物への影響は甚大である。しかし、だからと言って、「南アルプスの工事はしてはならない」という結論では、『リニア反対』となってしまうだろう。どんなトンネル工事でも、地下水位の低下を避けることはできない。だから、事業者はさまざまな方策を取るのがふつうであり、JR東海もそのような主張を続けてきた。「62万人の生命の問題」という中下流域の「利水」ではなく、南アルプスエコパークの「生物多様性」が失われるかどうかの問題である。南アルプスエコパークを管理する静岡市と連携して、対応しなければならない。そのような疑問をそのまま知事に投げ掛けたが、「生物多様性」問題で肝心の静岡市と連携するという答えは知事の頭にないようだ。

22日付毎日新聞朝刊

 生物多様性についての議論は有識者会議でも行われる。水環境問題の方向性が決まったあと、メンバーが入れ替わるはずだ。その上で議論が始まるだろうが、川勝知事は「南アルプスのトンネル工事を行うべきではない」と発言した。翌日の毎日新聞は「生態系に大きな影響」という見出しで知事発言を大きく取り扱った。この記事を読めば、『リニア反対』と考えるのがふつうである。ところが、単に川勝『ドーダ』発言と考えれば、『リニア反対』ではない。翌日の『リニア大推進論者』発言と同様である。

 視察後、第4回有識者会議資料を確認すると、JR東海が実施した水収支解析の中に、「地下水位(計算上)予測値の低下量」があり、「トンネル周辺の山の尾根部であり、局所的に300m以上低下する結果となっている」という初めての予測値を示していた。静岡市の予測値と違うのは、解析モデルが違うためらしいが、「局所」とはどの辺りを指し、どのような影響が考えられるか、JR東海から説明を受けなければ、この低下量がどのような意味を持つのか理解できない。

 21日の知事”爆弾発言”「3百m以上の地下水位低下だから工事をしてはならない」が、翌日の自民党リニア特別委員会に提起されるかどうか、『リニア反対』派から大きな注目を集めてしまった。

リニア反対派も大喜びの知事”爆弾発言”

狭い車に大荷物で乗り込んだ赤旗記者

 21日の現地視察では、県のバスがJR静岡駅に用意された。12人乗りのマイクロバスには、県職員2人、メディア4人が乗り込んだ。東京からフリーのY記者、名古屋から赤旗記者(もう1人は不知)の2人は『リニア反対』派である。赤旗記者の大きなトランクとパソコン、カメラなどの入った2つの手荷物だけでも2人掛けの座席を占領した。大きなトランクにはヘルメット、長靴などの重装備が入っているとのこと、『リニア反対』派にとって、知事視察がいかに重要な取材かが分かるのだ。

Y記者も参加した22日の記者会見

 初めての知事視察同行で、”爆弾発言”も飛び出したから、『リニア反対』派には大収穫だったかもしれない。Y記者は知事視察だけでなく、一泊して22日の知事会見にも出席した。「コロナによる社会状況の変化でリニアの必要性が過去とは違う」「3百m以上の地下水位低下によって生態系に大影響を及ぼす。南アルプスでの工事を行うべきではない」の2点を自民会合で発言したかどうかストレートに投げ掛けた。当然、『リニア大推進論者』の『ドーダ』発言をした川勝知事が、「コロナ後の変化」や「3百mの地下水位低下」など余分な話をするはずもなく、Y記者に「鋭い良い質問だ」とお褒め『ドーダ』で返した。

 「国の有識者会議の結論に従いたい」という川勝知事発言について、自民リニア特別委員会委員長の古谷圭司議員(岐阜5区選出)は、「知事発言の意義は非常に大きい」と高く評価したが、単に川勝『ドーダ』を理解していなかっただけである。すべては川勝『ドーダ』の世界である。

 川勝『ドーダ』のもう一つの特徴は『環南アルプスエメラルドネックレス構想』、『文化力の拠点』など新たなネーミングで周囲を煙に巻くことである。また『万機公論に決すべし』は大体、どんなときでも使っている。『ドーダ』を使い、川勝知事はリニア問題をどのような解決に導くのか?川勝『ドーダ』はメディア戦略も兼ねるが、果たして、仕事の成功に結び付くのか、いまのところ、全く見えない。

※タイトル写真は、川勝『ドーダ』が炸裂した東俣林道下の河川内道路被災現場での知事会見

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