リニア騒動の真相64JR東海批判の「無責任報道」

井川地区の人たちは早期着工を求めている

 県中央新幹線環境保全連絡会議が27日、県庁で開かれた(タイトル写真)。県地質構造・水資源部会、生物多様性部会、生活環境部会のメンバーが一堂に会して、県当局から県の専門部会の対話と現状、国の有識者会議の議論と現状などについて説明を受けたあと、各委員が意見交換した。座長を務めたのは、岩堀恵祐・宮城大学名誉教授(水処理)。

 地元から、井川自治連合会、井川観光協会、井川漁協、井川山岳会などの代表が出席、発言した。「報道を通してのみ現状を聞くことが多い。上流域の影響は全くゼロではないが、(水問題は)東電の田代ダムを活用して解決できないのか」、「JRが悪い、県が悪いなどと偏った報道が多く、過疎地域に生活する者としては早期に結論付けてほしい」、「井川ダムなどダムの活用によって水問題は何とかなるのではないか。井川地区としては早期に工事をやってほしい」など上流部で生活する人々のそれぞれの切実な発言が続いた。リニア南アルプストンネル静岡工区工事は南アルプスのふもとに住む人たちの生活に大きな影響を与えるのだ。

 上流部と中下流域との経済格差は大きい。大井川の水資源の恩恵を受けて、中下流域の工業、農業、水道等は大きな発展を遂げてきたが、その水資源を守る上流域に生活する人々は公共事業などでつつましい生活を立てている。「南アルプスを守れ!」と声高に叫ぶ人たちは、県最北部の大井川上流から遠く離れた、南アルプスの生活とは無縁の都会に住む人たちが多い。南アルプスのふもとである井川地区の事情をちゃんと理解すべきだ。「南アルプスを守れ!」の最前線では、過疎化が進み、産業は衰退している。観光地はまさに秘境。今回のリニア問題では、中下流域の利水者がJR東海に注文をつけることが多く、井川地区の声を聞くことはめったになかった。

 早期のリニア工事着工を期待している井川地区の人たちは多いのだろう。ちょうど、良い機会だったが、メディアは井川地区の声をほとんど紹介しなかった。

JR東海資料に「大きな矛盾点」?

JR東海の資料を批判した塩坂氏

 この日、有識者会議の議論について問題を指摘したのは県地質構造・水資源専門部会委員の塩坂邦雄・株式会社サイエンス技師長(地質)。塩坂氏は大井川直下の断層について、背斜構造だから大きな影響を及ぼす恐れがあると何度も指摘していた。10月27日開催された国の有識者会議に提出された資料「県境付近の断層帯におけるトンネルの掘り方・トンネル湧水への対応」で塩坂氏は「大変な矛盾点があった」と問題提起した。

右側写真のコアが取れていない部分を指摘

 千石斜坑の西俣川付近の断層について調べた図25のボーリング調査結果と写真8のボーリングコア写真(690m~720m)をそれぞれ示して、ボーリングコア写真にある690mから700mでは、コア採取率約50%であり、断層があると見られるのに、図25の断層があるとされる地点には赤丸(掘進時の湧水増加区間)が付いていないのは矛盾している、というのだ。「このような場所では薬液注入で対処するのは無理だ」などと塩坂氏は述べた。

 この意見に対して、生物多様性部会の増澤武弘・静大客員教授(生物影響)は「(地質構造・水資源部会の)委員すべてが同じ意見なのか?」と疑問を呈した。有識者会議には、県地質構造・水資源専門部会の森下祐一・静大客員教授(地球環境科学)、丸井敦尚・国立研究開発法人産業技術研究所地質調査総合センタープロジェクトリーダー(地下水学)が委員として参加していたが、2人とも10月27日の有識者会議では、この資料についての発言はなく、会議では異論、反論はなかった。

 同部会委員の安井成豊・日本建設機械施工協会施工技術総合研究所部長(トンネル工学)は「690mから700mという深い場所であり、データについて再確認したほうがいい。(薬液等)何かで対応できる。目標をどこに持つかだが、ちゃんと対応できるはず」などと塩坂氏の意見に反論していた。

 安井氏は「資料を一般に分かりやすく作成すると、専門家には疑問点が多いものになり、専門家に向けた資料であれば、専門家同士でちゃんと議論できるが、素人には分からない。現在、JRが行っているのは両方に向けて分かる資料を求められているので非常に難しい。専門家を納得させ、得心できる資料ではない」などとも述べた。

 この会議の前に、塩坂氏に「大変な矛盾点」について有識者会議では異論、反論が出なかったのではと聞くと、同氏は「森下、丸井両氏はボーリング技術が分かっていないからだ」などと述べた。この日の会議で、丸井氏は「上流域の地下水、中下流域の地下水は水循環でつながっている点について、明日の朝まで話すことができる」などと主張していたが、塩坂氏によれば、ボーリング技術が分からない丸井氏がいくら専門性の高い知見を述べることができても、(実務者の)塩坂氏を納得させられないかもしれない。

 つまり、科学的、工学的な議論を行っていると言うが、科学(サイエンス)とは学問であり、それぞれが拠って立つ位置は別のところにあり、それぞれ独自の主張はすれ違い、そのすり合わせは行われていない。毎回、議論のための議論が続き、これではいつまでも結論を得ることはできないだろう。

断層部分に赤丸がついていない?

ほぼ真ん中の斜め縦線が断層を示す。ボーリングと交差する部分に赤丸が付いていないのが矛盾だと塩坂氏は指摘した

 図25のボーリング調査結果を見てみよう。塩坂氏はほぼ真ん中の右斜めに引かれた断層の上に、赤丸(掘進時の湧水増加区間)になっていないのは、写真8のボーリング写真との比較でおかしい、と指摘したのだ。この図こそ、安井氏が指摘するように、一般にも分かりやすいように単に斜めに線を引いて「断層」としているが、断層は短いセグメント(断片)であり、この図のような真っすぐな線の断層は存在しないかもしれない。塩坂氏の指摘する「断層」部分を赤丸で囲んでいない理由をJR東海はちゃんと説明できるだろうが、今回の会議にJR東海の出席は求められていなかった。

 会議後に安井氏に聞くと、「一滴たりとも地下水を流出させないで工事はできない。どのくらいの目標でやるのか、やってみなければ分からない点のほうが多い」と話す。リニア工事の議論では「一滴の水」と言った素人のことばがまかり通ってしまっているのだ。

11月28日静岡新聞記事。この図では、記事にない大井川直下の断層を問題にしている

 会議翌日(28日)の静岡新聞を見て、驚いてしまった。「大量湧水止める工法限界」の大見出しで、塩坂氏の疑問をそのまま記事にしていた。一番問題なのは、会議でも議論されていない「大井川中下流域の水量減少につながる恐れ」を指摘し、それがそのまま見出しになっていることだ。

 安井氏の発言について『「指摘はもっともだ」と述べ、対策を検討する必要がある』としているが、わたしの原稿を読めばわかるように、安井氏の発言意図は全く違う。安井氏は対応できるとしている。そもそも大変厳しい工事であることはJR東海は認めているが、これをもって、「大井川中下流域の水量減少につながる」と意味もなく飛躍していいはずはない。有識者会議だけでなく、県の専門家会議でも議論はなく、新聞記者がそのような結論を導いてしまえば、ミスリードとなる。「たら」「れば」の仮定の話を見出しにして、事実であると読者は錯覚させたいようだ。新聞記事ではなく、虚構(フィクション)の世界に近いのだ。

 また、24日付静岡新聞1面には『大井川直下「大量湧水懸念」』の見出しで、「JR東海の非公表資料」を問題視した大きな記事が掲載された。記事では『資料に記載されていた「大量の地下水の存在」には(JR東海は)触れず。表流水の減少量も示さなかった』が、そのまま見出しにも取られている。これを受けて、『県担当者は、大井川直下部分のJRの調査は「不十分」だとの認識を示している』と書いている。

 県リニア担当理事に確認したが、『この記事にあるような、「不十分」という回答をしていない』と述べている。このコメントはねつ造か?

 政治部記者として、流域住民の不安を煽ることだけが記事の目的なのだろうか。いくら紙幅の制限があるとしても、事実を正確に読者に伝えようとする科学記者の視点に欠ける。24日の記事内容も塩坂氏の指摘だろうが、どういうわけか、記事に塩坂氏の名前は登場していない。(素人の)政治部記者の視点だけで記事が構成されている。静岡新聞では、科学的な議論についてのチェック機能が全く働いていないようだ。

 そもそも塩坂氏は実務者であって、科学者ではない。実務者となれば、それぞれの現場経験がものを言う世界だが、南アルプスの現場は経験していない。塩坂氏はトンネル工学の実務者でもないから、「大量湧水止める工法限界」などとはっきりと言えるのか。トンネル工学の専門家、安井氏のような意見に慎重に耳を傾けなければならない。24、28日の静岡新聞記事は事実とかけ離れている。「無責任報道」の責任をはっきりとさせるようJR東海は新聞社に申し出るべきだ。

 ※今回は、最後に宣伝をひとつ。11月26日発行の『月刊Hanada』1月若水号(飛鳥新社)に原稿を書かせてもらいました。「地元記者が暴く 川勝平太静岡県知事の正体」というおどろおどろしい題名がついていますが、中身は「菅義偉という人物の教養レベルが露見した」など知事会見で始まる「川勝劇場(激情)」のいくつかを紹介しました。リニア問題を「静岡経済新聞」で取り上げるきっかけなども書いてありますので、ぜひ、ご覧ください。

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