リニア騒動の真相63川勝・安倍面談の〝歪曲報道〟

川勝知事「(安倍氏は)あまりご存じない」?

 18日の定例会見で川勝平太静岡県知事は、13日の東京での安倍晋三前首相との面会に触れた=タイトル写真=。16日付静岡新聞が川勝・安倍面談を記事にして、知事への取材として「(安倍氏は大井川の水問題について)あまりご存じないようだ」とまず、伝えていた。17日にはNHKが、『川勝知事が「静岡県の事情について東京や全国の人は必ずしもご存じないでしょう。1番知っていただきたいのは、このプロジェクトを推進された安倍元首相です」などと述べた』と報道している。

 18日の会見でも「安倍前首相はあまりご存じない、(ご存じ)なかったなって印象を持った」と述べている。一体、何について、安倍氏がよく承知していないのか、これでははっきりとしない発言だったが、この発言は前総理の安倍氏にはあまりに失礼である。ふつう相手を貶めるような発言をするときには誰もが慎重になる。だから、それだけの理由があるのだとみなが思う。本当にそんな理由があったのか?

 読売新聞の記者が「安倍氏があまりご存じないと印象を受けたのはどういう発言からか」と問うと、知事は「これから自民党の(リニアについての)会議があるんですねと言ったが、もう、その会議は終わってますから」などと説明した。知事が答えたのは、それだけである。

 7月22日、自民党本部でリニア特別委員会(古屋圭司委員長)が開かれた。安倍氏は、この会合が開催されたことを知らなかったと知事は考えたのである。だから、安倍氏は(リニア問題について)あまり承知していないと判断したのである。ちょっと考えればわかるが、自民党のリニア会議がこれから開催されるのかどうか、川勝知事には情報が全くない。今後開く会議と過去の会議を混同したのは知事のほうかもしれない。

 18日の会見で、知事は安倍氏と面会した際、7月22日のウエブで参加した自民党リニア会議に触れ、古屋議員との面会を求めたことも明らかにしている。それで、安倍氏が自民の会議について全く知らないと考えるほうがおかしいのではないか?

 危険なのは、知事の挙げた理由だけで「安倍氏はあまりご存じない」が”事実”のように報道され、読者は”事実”と思ってしまったことである。安倍氏は静岡リニア問題についてあまり承知していないが”事実”となってしまうのだ。

 記者は、取材対象者があいまいな答えをすれば、ちゃんと追及して、その発言が事実かどうかをチェックする。読売記者の質問に対して、知事の回答はあまりに不明瞭である。それを”事実”のように報道すれば、”歪曲報道”となってしまう。ファクトチェックに欠けているからだ。

「迂回ルートあるいは部分開通」を繰り返す川勝知事

 今回の訪問は、知事からの働き掛けで、安倍氏が了解して実現した。知事会見では、森喜朗元総理に手紙を書き、安倍氏、森氏と懇意にしている小國神社の内田文博宮司を通じて、安倍氏の面会を求めたのだと明らかにした。内田宮司も川勝知事から依頼があり、安倍氏へ橋渡ししたことを明らかにした。森元総理も内田宮司も川勝知事よりも安倍前首相と懇意な関係であり、当然、リニア問題を解決するための面談と考え、知事からの要請に快く応じたのだろう。

 議員会館での約30分にわたる面会で、知事は雑誌中央公論11月の寄稿文「国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す」の抜き刷りを用意して、「雑誌の論文の要点を示して、静岡県の状況を説明したのだ」と言う。安倍氏はまさか、川勝知事から面会を求められ、リニアに「もの申す(抗議する)」主張を聞くとは思ってもいなかっただろう。もし、そのような面会ならば、安倍氏は断っていたのかもしれない。

 雑誌の最後で『”命の水”を戻すことができないのであれば、リニア・ルートのうち南アルプス・トンネル・ルートは潔くあきらめるべきです。具体的には、国の有識者会議と県の専門部会で、南アルプス・大井川・地域住民の抱えている「命の水の問題」が科学的・技術的に解決できないことが判明すれば―その可能性は高いと言わねばなりません―、迂回ルートへの変更なり部分開業なりを考えるのは「国策」をあずかる関係者の責務でしょう』と結論づけている。

 雑誌の発行日は10月9日であり、すでに安倍氏は総理総裁の座から退いていたが、当然、いまも「国策」をあずかる有力者の一人であることは間違いない。

 知事側から面会を希望して、雑誌の結論に書いたような無理難題を一方的に突き付けたのである。そして、記者会見で述べた面談の内容は、これも知事の一方的な説明のみである。今回の知事会見で、雑誌の抜き刷りを全記者に配布していたから、知事は、安倍氏と面会し、「迂回ルートあるいは部分開通」という持論をとうとうと述べたことは間違いない。

 それで、「安倍氏はあまりご存じない印象だった」と記者会見で”事実”のように述べたのである。その理由は何だろうか?

財投を「国税」と間違う知事の不見識

 まずは、知事会見での事実関係を確認してみる。

 会見では「(リニアに)一番コミットされた首相であり、何しろ3兆円もの国税を財投として、財政投融資として投入された、一番の中心人物であるというふうに思っていた」などと述べた。リニア静岡問題をあまり承知していないとされる安倍氏がリニアに一番コミット(関係)した、と知事は考えているのだ。この発言では、安倍氏がリニアについて非常に詳しいと言うのだから、聞いているほうが混乱するだろう。

 知事は、安倍氏に「財政投融資」とは何か、ちゃんと聞いて教えてもらったほうがよかったのではないか?知事発言の「何しろ3兆円もの国税を財投とした」は明らかな間違いである。

 財政投融資、財投とは税負担に頼ることなく独立した手続きで、財投債(国債)を発行して資金を調達、大規模・長期プロジェクトに活用される。無担保で30年間も元本返済が猶予されると言っても、平均0・8%の金利は支払っていかなければならない。コロナ禍の中で、3兆円の金利0・8%返済はなかなか厳しいだろう。

 いくら何でも、財投を「国税」と勘違いするのは知事としての資格に欠ける。ところが、知事の「国税」発言に記者の誰ひとりとして疑問を呈さないのだ。何がまずいかと言えば、安倍氏が「国税」3兆円をJR東海に使ったような印象を持たれてしまうからだ。知事発言をまねれば、「川勝知事は(財投)についてあまりご存知ない印象である」となるのだ。ただ、この場合はそう書かれても仕方ないだろう。

 川勝知事は、以前から品川ー大阪間の早期開業を望んでいると言っていた。だから、3兆円の財投によって、品川ー大阪間の開業が8年前倒しになって、2037年開業を視野に入れている。安倍氏は、この件について、知事が話を持ち出すのかと思ったのかもしれない。しかし、膠着状態が続く静岡区間の問題が解決できないから、品川ー名古屋間の2027年開業も危ぶまれている。

 ふつうに考えれば、安倍氏も、静岡問題でリニア開業に赤信号が灯っているのは承知して、心配している。だから、川勝知事の面会に応じたのだろう。

 それなのに知事は「迂回ルートへの変更あるいは部分開業」を突き付けたのである。学者としていくら知識があったとしても、菅首相に対する「教養のレベルが露見した」発言同様に、社会人としての「教養」には欠けている。そして、「安倍氏はあまりご存じない印象だった」という発言につながっていくのである。

自民党の会議を知事は安倍氏に伝えている

 知事会見でも、7月22日の自民党会議については、安倍氏との面談でも話題になったことを明らかにした。記者から「ウエブ会議で話した古屋議員と面会する予定か」と聞かれると、川勝知事は「何も決まっていない。安倍元総理には、古屋さんは、リニア委員会の委員長をされており、ウエブ会議で話をしたこと」などと説明した上で、「古屋さんに面会するつもりだと言うと、(安倍氏が)連絡しておきますというありがたい言葉をいただいた」と述べている。

 こんな話をしていて、安倍氏は自民リニア特別委員会のウエブ会議について承知していなかったことにしてしまい、知事は「安倍前首相は(リニア問題について)あまりご存じないという印象を持った」と言うのである。

 そもそも、古屋議員との面会で連絡してもらうのに、ウエブ会議のことを持ち出したのは知事本人である。知事の頭にある「自民党の会議」とは、7月22日の「ウエブ会議」しかありえない。それに対して、安倍氏は、情報の疎い知事に自民党がリニア会議開催を準備していることを教えてくれたのではないか。

 こんな曖昧な知事の一方的な発言のみがメディアの記事になってしまうのだ。ファクトチェックは記者の務めである。

”命の水”の認識はあまりにお粗末

 安倍氏に進呈した記事の抜き刷りについても同じことが言える。これまでも、何度も取り上げたが、川勝知事の”命の水”問題の認識は「あまりにもご存じない」レベルで、単に感情的であり、学者としての科学的知識はお粗末である。

 雑誌には『専門部会では、リスク管理や”命の水”に対する流域県民の思いに対し、JR東海は認識不足を露呈し、かつデータを出し渋りました。たとえば「涵養された地下水が大量に存在している可能性があり、高圧大量湧水の発生が懸念される」と記されたJR東海の「非公表資料」の存在が分かったのはつい最近(2020年9月)です』と知事は書いた。

 これは、9月10日付静岡新聞1面トップ記事『大井川直下「大量湧水の懸念」 JR非公表資料に明記』を指している。

 11月14日付『リニア騒動の真相62JRが”重大事実”を隠ぺい?』で、リニア静岡工区差止訴訟の訴状に静岡新聞記事が登場していることについて、「スクープを装った衝撃的な記事が一人歩きして、いろいろなところに大きな影響を及ぼしている。ほとんどの読者は新聞記事を事実と鵜呑みにしてしまう。これほど危険なことはない」と書いた。県のリニア担当者たちが”事実”を正確に知事に伝えていないのか、あるいは、知事は承知していて静岡新聞記事を取り上げたのか、どちらかである。あまりに危険であり、この記事を基にした文章を安倍首相に手渡しているのだ。

 知事は、東洋経済オンラインで10月2日付『静岡リニア「JR非公表資料」リークしたのは誰だ』、11月5日付『JR東海と県の対立をあおる「静岡新聞」への疑問』をしっかりと読むべきである。このままでは、静岡県は全国からの信頼を失うだろう。

 安倍氏はリニアに一番、コミットしてきた。当然、2027年開業が静岡問題で遅れることを心配している。それで、知事の言う「安倍氏はあまりご存じない」とは一体、何を指すのか?単に、知事の主張については知らないというだけではないか?”命の水”とか「部分開通」とか、あまりにも感情的で荒唐無稽の一方的な主張を知らないだけではないか。

 7月22日の自民党リニア特別委員会で、また、雑誌中央公論でも「水問題解決で有識者会議の結論に従う」と知事は述べている。これはちゃんと守ってもらわなければならない。今回のように自分の都合に合わせた発言だけをしていると、世論をすべて敵に回すことになる。

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