リニア騒動の真相56オオカミが南アルプス救う?

オオカミ再導入は解決策になるのか?

 修禅寺の吉野真常住職から会報「如去如来(NYOKONYORAI)」第47号をいただいた。吉野住職の巻頭言「新型コロナウイルスの感染拡大の中で思う事」に続いて、日本オオカミ協会の丸山直樹会長「日本を救うオオカミの復活」の寄稿文があり、その最後に、吉野住職が「環境保護・生物多様性の保護はなぜ必要なのか、ぜひ、丸山先生の著書を読んでください」と薦めていた。

 オオカミが絶滅した?「オオカミ復活」については、全く知らなかった。そんな活動があることを初めて聞いた。早速、丸山会長の寄稿文を読んでみよう。

 『日本はいまや獣害列島と化しています。シカ、イノシシ、サルなど中・大型ほ乳類が増えすぎて、その対策に困っています。特にシカの被害ははなはだしく大きく、オオカミ復活でしか、その解決はできません。

 日本中に増えすぎたシカが田畑を荒らし、森林や草原を破壊し続けています。増えすぎたシカの食害で尾瀬や霧ケ峰、釧路などの各地の美しい湿原、草原は姿を消し、知床半島や屋久島といった貴重な森林はボロボロになってしまっています。北海道の道東だけでシカに衝突する自動車事故は毎年1千件にも上っています。

 シカは4つの胃を持つ反芻動物であり、植物だけでなく、樹皮まで食べつくしてしまいます。どんなに防止柵や網を張っても増えすぎたシカにはかないません。狩猟や駆除が一番の対策ですが、ハンターは1970年代に50万人、現在10万人台で減少傾向が続いています。また、高齢化していますから、とても増え続けるシカを止めることはできません。

 シカを捕食していたオオカミを絶滅させてしまったのが最も大きな原因の一つです。

 もう一度、オオカミを復活させることがシカ対策の唯一の希望です。ヨーロッパでは2万頭、北米には5万頭のオオカミが生息しています。オオカミが昔から生息する中国、モンゴル、ロシアなどで犬と違って、人を襲うことはありません。日本にオオカミを復活させるためには、オオカミが怖いものだという偏見をまず取り除くことが必要です。

 日本の国土を救うためには、オオカミに対する偏見と誤解をなくし、正しくオオカミとの関係を持つことが大切です。自然生態系の保護のためには、食物連鎖の頂点に立つオオカミの存在が欠かせません』(※寄稿文を要約して、シカの被害について焦点を当てて一般読者向けに書き直してあります)

 9月13日付『リニア騒動の真相55「南アルプス」最大の問題は?』で「南アルプスの自然を食べつくす」ニホンジカの被害について紹介した。全国で毎年50万頭のシカ駆除をしても追いつかない状況に対して、「オオカミ復活」は最良の解決法となるのかもしれない。

現在の対策ではシカ急増を止められない

 日本オオカミ協会の所在地は南伊豆町伊浜であり、丸山会長は東京からここに移り住んでいる。1943年、新潟県生まれ、東京農工大学を卒業後、新潟県林業試験場勤務を経て、同大学に戻り、自然保護学講座で一貫して野生動物保護の研究に従事している。シカの生態・保護・管理を研究するうちに、オオカミの重要性にたどり着き、93年に同協会を設立、会長に就いた。著書に『オオカミが日本を救う!』(白水社)『オオカミ冤罪の日本史―オオカミ人食い記録は捏造だった―』(日本オオカミ協会)などがある。

 早速、『オオカミが日本を救う!』を手に取ってみた。何と南アルプスのことがたくさん書いてあった。

 『南アルプスでは西暦2000年頃から、多くのシカが、夏季、高山地帯にまで出現するようになりました。シカによる植生の破壊が原因でライチョウが急減していると報告されています(増沢武弘編著「南アルプスの自然」静岡県、2007)。植生を破壊されたことでライチョウの幼鳥が隠れ場所を失い、猛禽類のチョウゲンボウの攻撃に曝されるようになっただけでなく、食物を失ったからであると説明されています。』

南アルプス・塩見岳のシカが食べてしまった裸地で高山植物復活に乗り出している。復活しても、また食べられてしまうのか?(鵜飼一博さん提供)

 『伊豆半島の天城山系や神奈川県の丹沢山地、南アルプスや北アルプスなどの高山帯、四国の剣山、屋久島では、シカの過度の摂食によって、裸地が広がっています。こうした地域では、環境が荒廃している割にはシカの姿はまばらです。シカは食べ物を求めて、周辺部のまだ植生の破壊が進んでいない地域に移動したからです。このように「爆発的振動」は周辺部へと、まるで水紋の輪のように広がっていきます。何年かすると、シカが少なくなった中心部から植生が復活し、その復活に応じてシカは戻ってきて再び増加します。シカがすぐに戻ってくると、環境収容力は以前ほどに回復しませんから、最初のような「爆発的」な激しい増加は起きません。しかし、回復した植生を食い尽くせば、再びシカは姿を消してしまいます。そしてまた植生の回復が始まります。そしてまた……。

 昔からこのようであったのなら、日本の生態系はシカが食べない植物だけが繁茂し、山々の多くは土壌を失い岩山になっていたことでしょう。(略)シカに影響されて、大昔から生物多様性が低下し続けてきたことになります。しかし、私たちが目にしている自然はそうではありません。これまで高い生物多様性を擁してきた生態系は、今まさに破壊が進みつつあるところなのです。』

 つまり、県などが支援して行っているヤシ・マットを使う高山植物の復活では根本的な解決にはならないようだ。南アルプスへハンターを派遣して、シカ駆除に乗り出すしかないが、予算は確保できるだろうか?

米国ではオオカミ復活で自然生態系が戻った!

 オオカミ復活は米国のイエローストーン国立公園で大成功を収めたようだ。オオカミの絶滅した米国では、エルクジカが急増して、南アルプス同様に森林や灌木林などの植生が破壊されたため、1995年から31頭のオオカミが再導入され、十数年後には90頭以上まで増加した。その結果、エルクジカは4分の1に激減し、それまで後退していた植生が回復、姿を消していたビーバーや鳥類など、いろいろな動物の復活が見られるようになった。

 丸山会長は、イエローストーン国立公園で頂点捕食者オオカミの果たした役割を日本へ持ち込もうとしているのだ。

 『高山地帯までシカが出現しライチョウが絶滅に向かって減少しつつある南アルプスの場合、適地は50万㌶、約100頭の生息が可能です。もっともこの生息推定数は、獲物であるシカやイノシシの頭数によって大きく変動しますし、地形や土地利用など他の条件によっても変動しますから、あくまでも目安にすぎません。』

 ここまで来ると、どうしてオオカミ復活はできないのか、数多くの疑問でいっぱいになった。オオカミに対する偏見と誤解を取り除くためにどのような活動をしているのか、直接聞いてみることにした。

環境省はオオカミ復活に反対だ!

日本オオカミ協会の広報誌

 日本オオカミ協会は丸山会長を中心とした一般社団法人であり、南伊豆町の本部のほか、北海道、千葉、神奈川など14の支部で講演会などの活動を行っている。本部で「フォレスト・コール」という題名の年刊誌を発行、丸山会長の新書「オオカミ冤罪の日本史」などを使い、一般の人たちにオオカミに対する誤解と偏見をなくすための活動に取り組んでいる。吉野住職とは地元のライオンズ・クラブ主催の講演会で面識を得たようだった。「地元の人たちはよく理解してくれていて、近所の方たちには、『先生、いつになったらオオカミを伊豆に導入してくれるのか』という声ばかりを聞きます。先日も地元選出の国会議員と話しましたら、オオカミ復活は大賛成であり、環境省等へ積極的に働き掛けていくと話してくれました」。それでもオオカミ導入の道のりは遠いようだ。

 なぜ、オオカミ導入が難しいのか?「安易にオオカミを導入することは、生態系へのさまざまな影響が懸念され、家畜を襲う事例もあることから、人々の安全に対する不安などの社会的な問題がある。過去に捕食性の外来生物を野外に放った結果、さまざまな生態系や農作物の被害などが確認された。現在生息していないオオカミ導入は慎重に考えるべきであり、人の手による捕獲を進めることが有効である」が野生生物を所管する環境省の姿勢で、これは長い間、一貫してきた。オオカミ復活に舵を切り替えるつもりはないようだ。

 シカなどの野生動物の被害に悩む英国、ニュージーランドは羊の国でもあり、オオカミの再導入に反対している。

 WWF(世界自然保護基金)日本支部、日本自然保護協会、日本野鳥の会など自然保護団体は反対している。

 どうしたらいいのか?「万機公論に決すべし」。静岡県の川勝平太知事がよく使うフレーズである。「国家の政治は世論に従って決定せよ」の通り、世論を盛り上げることが一番の早道のようだ。丸山会長によると、電車内、週刊誌や新聞への意見広告などを出稿して、なるべく多くの不特定多数の人たちに「オオカミ復活」を知ってもらうために会費や寄付金を使っている、という。長野県支部では「オオカミ復活」意見書を県などの行政機関に提出、回答が戻ってこなければ、再提出をするなどして地方からの声を挙げてもらおうとしている。

 リニア問題に揺れる南アルプスへ「オオカミ復活」を川勝知事に要望したほうがいいのかどうか?とりあえず、オオカミ復活は「生物多様性」とは何かを考えさせるきっかけにはなるだろう。

 吉野住職の巻頭言には「自然界の調和が取れている中、ある種類の生き物が異常に増殖した場合、必ず伝染病が起こり、その種の数は減少すると言われる」として、シートンが北極平原で経験した話を紹介していた。ニホンジカの増加は異常かどうか?

 1990年9月、IUCN(国際自然保護連合)総会でIUCN総裁のエジンバラ公フィリップ殿下が「2020年には全生物の4分の1が地球から姿を消す。人口の爆発的な増加が地球上の生物の存在を危うくしている」と警告していた。30年がたち、その予言は当たったのか?

 30年前、50億人だった世界人口は、昨年77億人を超えた。新型コロナ禍による死者(現在、百万人弱)は、77億人からすれば微々たるもので、人口減少どころか、ことしも世界人口は大幅に増える。4分の1の生物を絶滅に追いやる「人口爆発」からすれば、南アルプスのニホンジカ急増など大した問題ではない。「人を襲わない」オオカミは日本を救うかもしれないが、世界を救うことはできないようだ。さて、どうするか?

※タイトル写真は、白水社発行の「オオカミが日本を救う!」の表紙からです。

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