リニア騒動の真相96”大混乱”生物多様性専門部会

「ハコネサンショウウオ」専門家は?

 ハコネサンショウウオ議論を理解できた者はいるのか?

 リニアトンネル静岡工区の工事に関係する環境アセスメントの問題を議論するJR東海と県の生物多様性専門部会委員による会議が22日、県庁で開かれた。トンネル掘削に伴う影響と対応についてJR東海が説明する中で、今回初めて、ハコネサンショウウオを取り上げた。ところが、報道関係者にはハコネサンショウウオに関する資料は「希少種に関する情報が記載されているために非公開」として配布されなかった。ハコネサンショウウオは静岡県のレッドデータブックで絶滅危惧種Ⅱ類に入る。ただでさえ、専門的な議論なのに、資料がなければ、JR東海の説明を聞いていても、何を言っているのか全く理解できないのは当然である。(※なぜ、資料を配布しなかったのかはJR東海ではなく、県の考えらしい。その点については、今後、詳しく調べていく)

 大体、県の専門部会委員に両生類に詳しい専門家はいない。だから、いくら、JR東海がハコネサンショウウオの説明をしても、それに対する突っ込んだ質問をすることはできない。ほ乳類を専門にする三宅隆委員(元日本平動物園長)が「7年前のハコネサンショウウオについての生息地資料では、現在がどうなっているのか分からない」などと疑問を呈した。それはその通りである。ただ、環境アセスの調査時点と現状が違うのはハコネサンショウウオに限らない。

 南アルプスには絶滅危惧種Ⅱ類のハコネサンショウウオ、ヒダサンショウウオが生息する。毎年の自然環境は一定ではなく、大きな変化を伴うから、調査時点と同じ場所にいる可能性は非常に低い。今回も議論の中心となった絶滅危惧種Ⅰ類のヤマトイワナにしても、2018年、2019年の台風で、その生息環境は大きく変わったとされる。ハコネサンショウウオが全く同じ狭い地域に生息しているのを前提に、メディア関係者のみに資料を提供しない意味が分からない。

 サンショウウオで言えば、南アルプスには固有の絶滅危惧種Ⅰ類のアカイシサンショウウオが生息する。当然、JR東海の環境アセス調査では、アカイシサンショウウオは発見されていない。だからと言って、リニアトンネル工事の影響を及ぼす地域に全く生息していないとは言い切れない。

 アカイシサンショウウオが新種登録されたのは2004年と、最近である。新種と認められるまでにアカイシサンショウウオの個体はわずかしか見つかっていない。最初に新種発見されてから登録まで約30年も掛かっている。長い間、発見された個体数が非常に少ないからだ。

 アカイシサンショウウオの発見は、比較的、足を踏み入れやすい静岡市と本川根町の山間であり、今回のリニアトンネル工事が影響を及ぼす地域とは全く違う。その上、小型のサンショウウオであり、両生類の専門家らが必死で探さなければ発見できない。リニア工事関係地域は調査に入ることが困難であり、両生類の専門家が当該の地域に入って調査したとは聞いていない。ハコネサンショウウオ、ヒダサンショウウオは幼生期に水中に生息するとされるが、アカイシサンショウウオは幼生期も陸生であり、落ち葉などの下に生息しているから、一層、発見するのは難しい。

 JR東海の環境アセス調査でヤマトイワナを発見できなかった(ニッコウイワナ、混雑種は発見されている)。アカイシサンショウウオとなれば、さらに長期間の丹念で詳しい調査を行わなければ、生息しているのかどうか判断できない。

 アカイシサンショウウオ生息の可能性を議論するのは、県地質構造・水資源専門部会でさらに多くのボーリングを行わなければ、断層の正確なことは分からないとの指摘と似ている。実際には採算性の点から、そこまで必要なのかどうか疑問である。しかし、正確を期すことを優先すれば、徹底した調査が求められるのだろう。

 JR東海がわざわざ県専門部会でハコネサンショウウオを取り上げて、どうして議論の対象にしようとしたのか頭をひねってしまう。(※資料がないから何とも言えない)

キイロホソゴミムシを知っているか?

 今回の会議で、ハコネサンショウウオへの影響について議論ができないのは、専門家がいないから、当然である。JR東海が寝た子を起こすようなことをしたから、県側は待ってましたとばかりに反応した。

 板井隆彦部会長(専門は淡水魚類)が両生類、爬虫類、昆虫、植物の専門家を専門部会委員に入れることを要望したのだ。難波喬司副知事は、板井部会長の要望を受け入れる姿勢を示した。新たな専門分野の委員が加われば、生物多様性の議論はさらに複雑かつ”怪奇”(専門的すぎてわからないという意味)になるのだろう。

 約30年前、絶滅危惧種の取材していた当時、レッドデータブックで絶滅危惧種に指定されている「キイロホソゴミムシ」の保護・増殖のための生息実態調査をしている千葉県立中央博物館を訪れた。世界中で千葉県木更津市の小櫃川河口付近のみに生息し、オサムシ科に属する小型の甲虫で、ごみに集まるうじなどを食べるため”ゴミムシ”という名前を頂戴したのだという。同博物館の昆虫生態学の専門家は「ゴミムシだから要らないのではない。ゴミムシであっても貴重な種である」との発言を忘れない。多分その通りなのだろう。

 キイロホソゴミムシの研究者がいなければ、そのゴミムシの存在は誰も分からない。フィールド調査が難しい南アルプス(リニアトンネル工事地域)で昆虫の専門家がどれだけ存在するのだろうか?

 脳学者の養老孟司氏から「ヒゲボゾゾウムシ」について聞いたことがある。翅(はね)があるにもかかわらず、千万年単位の歳月が過ぎているのに、糸魚川ー静岡構造線を越えていない虫だという。ヒゲボゾゾウムシの姿かたちもわからないが、そのような昆虫は数多い。

 もし、南アルプスの昆虫類を本格的に調べ始めれば、さまざまな新種が発見され、保護すべき対象は増えるだろう。静岡県、静岡市がこれまで南アルプスの調査をどれだけ行ってきたのか疑問は大きい。南アルプスの昆虫を専門にする研究者が静岡県に何人いるのかさえ知らない。

 アカイシサンショウウオの生態でさえまだ分からないことばかりである。もし、そうでなくても、現在のレッドデータブックに掲載された両生類、爬虫類、昆虫などを議論すれば、途方もない時間が掛かるだろう。そもそも環境アセスによるフィールド調査がどこまでの精度を求めているのか分からない。県の生物多様性専門部会の議論を聞いている限りでは、1事業者には手に負えないくらいの過度の要求をしている。

 いずれにしても、生物多様性の考えで言えば、本当に小さなキイロホソゴミムシやヒゲボゾゾウムシに匹敵する貴重な昆虫類は数え切れない。そのすべての生物に対して議論を行うべきなのだろうか?

「生物多様性」を定義したほうがいい

 今回の議論で、板井部会長は「生物多様性」の考えとは異なった意見を述べた。

 会議で板井部会長は「重要種(希少種)だけを残したら保全対策はなされたと言えるのか?」という疑問を呈した。ところが、在来種のヤマトイワナを保全するために、ニッコウイワナ、混雑種を駆逐することが影響を回避、低減させるために重要だとも話している。JR東海が提示したヤマトイワナの生息環境整備の効果のイメージでも、板井部会長の考えが反映されている。

 この議論を聞いていて、「生物多様性」専門部会という名称はふさわしくないのではないか、と疑問を抱いた。

 生物多様性は米国のBIO・DIVERSITY(バイオ・ダイバーシティ)からの造語である。なぜ、米国でバイオ・ダイバーシティの考えが誕生したのかは、デヴィッド・タカーチ著「生物多様性という名の革命」(日経BP社)に詳しい。23人の生物学者にインタビューして、生物多様性について聞いている。その内容は難しく、それぞれ独自の意見を述べていて、生物多様性のはっきりとした定義が存在しないことは明らかだ。生き物にはさまざまな種があり、さまざまな生態があり、それらが複雑な関係を結んでいる。「生物多様性の革命」翻訳者、岸由二氏の解説では、バイオダイバーシティを、バイオの意味からも<生命多様性>と訳したほうが日本語の空間では、より適切ではないかと指摘している。生命全般となれば、さらに範囲は広がってしまう。それこそ、ふつうに考えれば、腸内細菌などがバイオである。

 環境省が2002年、バイオ・ダイバーシティ条約を受けるかたちで「生物多様性国家戦略」の国内計画を作成し、閣議決定している。環境省独自の環境保全策だが、当然、絶滅危惧種を保全することだけにとどまらない。

 現在、県生物多様性専門部会で議論の中心となるヤマトイワナを絶滅危惧に追い込んだのは、釣り人であり、漁協である。ニッコウイワナを放流したのは、ヤマトイワナの減少に伴い、釣り人誘致のために地元の漁協が積極的に行った。それ以前に行政による河川改修だけでなく、多数の電力ダムがつくられ、ヤマトイワナの好む自然環境を改変してしまった。人間生活を優先すれば、生物多様性保全は至難の業となる。

 JR東海のアセス調査ではヤマトイワナを発見できなかった。ニッコウイワナや混雑種しか発見されていない。(※今回の会議ではイワナ類の生息分布図も報道機関には配布されなかった。その理由をちゃんと説明してもらいたい)

 ヤマトイワナをそれぞれの地域で絶滅に追い込んだのは、人間の営む生活であり、今さら、過去の状態に戻すことは不可能である。地元の井川地区によれば、リニアトンネル工事の影響があるのは、小西俣の一部の地域だけであり、その地域のみにヤマトイワナは生息する、と述べている。議論はそこにとどまらず、板井部会長ははじめ委員たちは、JR東海に過度の期待を寄せているとしか思えない。

 岸氏によれば、バイオ・ダイバーシティは<生きもののにぎわい>がぴったりだと言う。そこには、ヤマトイワナを保全するためだけに、ニッコウイワナや混雑種を駆逐してしまうと言う考えは生まれない。生きものにはすざまじい多様性があるからだ。

 人の影響の入っていない純粋な自然の生態系などは存在しない。そもそも移入種が加わった生態系こそ多様性が増したと考えるべきである(人間の世界では混血種をそう見ている)。自然環境は、人間の目には同じように見えても、日々変わっている。板井部会長はじめ委員たちは「生物多様性(バイオダイバーシティ)」のことばの意味を理解せずに、それぞれの過去の経験に沿って議論している。JR東海は委員の意見に粛々と従って、過去の環境を取り戻すような取り繕いの対応策を提案する。そこに正しい答えがあるはずもない。ダイバーシティとは何かを定義しないで、議論していてもお互いの意見はかみ合わない。

 県の生物多様性専門部会に目標や期限はないようだが、これでは10年以上議論しても結論らしきものさえ生まれないだろう。つまり、諸行無常の世界である。(※多分、こちらの寿命が尽きてしまう)

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