リニア騒動の真相44 川勝×金子対談の「裏側」

キツネにつままれた「対談」成果

まるで人気スターの記念撮影を思わせた

 静岡県庁にこれほどの数のマスコミが集まるのは本当に珍しい。本館玄関前に到着する金子慎JR東海社長を川勝平太知事が出迎えた。撮影等の場所を規制するなどメディア対応に県は職員を総動員していた。先週16日の大井川流域10市町とのウエブ会議で県の結論は決まっていたはずだが、金子社長は26日、一縷(る)の望みを掛けて「ヤード整備」への了解を求めて対談にのぞんだ。県庁2階まで階段を上ると、川勝知事に促されて、金子社長は立ち止まり、しばらく何か上のほうを見ていた(※タイトル写真)。この間に県職員が規制線の位置を変えると、2人はカメラのほうに振り返った。まぶしいカメラの放列が続いたあと、「対談」の幕は開いた。

 マスコミの数の多さはこの「対談」の持つ意味の大きさなのか、それともメディア向けの単なる”茶番劇”なのか?テレビ、新聞で報道されなかった「対談の裏側」を見ることで、その真相が見えてくるはずだ。

川勝、金子対談はユーチューブで配信された

 午後1時半から川勝、金子対談は始まり、予定の1時間を20分ほど過ぎて終了した。午後3時前から10分ほど金子社長の囲み取材を経て、その後、川勝知事の囲み取材が行われた。金子社長は「ヤード整備について川勝知事には前向きな話をしてもらった。(「条例をクリアすればよい」という)川勝知事の真意がつかめず心残りだ」と、何度か「心残り」を繰り返した。

 「対談」最終盤に入り、金子社長が「ヤードの件は水環境問題ではない。それ以前の問題だと理解してもらいたい」と述べると、川勝知事は「県自然環境保全条例では5㌶以上であれば、協定を結ぶ。県の権限はこれだけである」などと答えた。川勝知事がヤード整備で県条例を口にしたのは初めてであり、これまで東俣林道の安全確保を最優先にするなどといった対応とは全く違った。本当に、県自然環境保全条例をクリアすれば、ヤード整備に問題ないのか?

 県自然環境保全条例は川勝知事が何度も繰り返す南アルプスエコパークの動植物保全などを担保する法的根拠だが、強制力を持たない。この条例では、業者が協定締結を怠った場合、業者名を公表する程度の罰則規定しかない。県が求める自然環境保全協定締結のハードルは非常に低い。念のため、「対談」直後に担当する自然保護課に連絡を入れて、県自然環境保全条例についての認識をもう一度、確認した。その結果、先週の市町との結論を覆し、”川勝知事はヤード整備を認めた”と理解するしかなかった。

 金子社長退出のあと、川勝知事は囲み取材で「ヤード工事は明確にトンネル工事ではない。5㌶以上の開発であれば、(県自然環境保全)条例を締結すれば、問題ない。条例に基づいてやっているので、協定を結べばよい。活動拠点を整備するのであればそれはよろしいと思う」などとはっきりと述べた。条例が求める協定について担当部局から説明させるとも付け加えた。

 「協定を結べばよい」と言う川勝発言からは、事務手続きさえ進めれば、問題はないと受け取るのがふつう。”ヤード整備を認めた”という判断を誰もがするはずだ。しかし、そうではなかった。

 キツネにつままれたとはこんなことを言うのだろうか?

静岡県の”ダブルスタンダード”対応とは?

報道陣の後ろに県幹部らが顔をそろえた2度目の川勝知事囲み取材

 「対談」後、両者の囲み取材を終えて1時間以上経過した午後4時50分になってから、川勝知事は報道拠点となった県庁4階特別会議室に姿を現した。再び、記者らの囲み取材に応じたのだ。2度目の囲み取材には、ヤード工事対応の責任者である県中央新幹線対策本部長の難波喬司副知事や担当部長ら県幹部が報道陣の後ろで川勝発言に慎重に耳を傾けていた。その結果、県自然環境保全条例そのものがいままでとは違う色彩を持つことになった。つまり、「県自然環境保全条例を根拠にヤード整備を認めない」を明らかにしたのだ。

27日付中日新聞

 翌日の新聞紙面は『知事 ヤード整備認めず JRリニア延期表明へ 初のトップ会談物別れ』(27日付中日1面トップ)、『リニア27年開業延期へ 静岡知事、着工認めず 「JR東海の環境対策不十分」』(同読売1面トップ)、『リニア27年開業延期へ JR東海社長と静岡県知事 会談で平行線』(同日経1面準トップ)など。2度目の知事囲み取材を経て、金子社長が「心残り」と何度も述べた川勝知事の「真意」がはっきりとメディアにも伝わり、各紙の見出しを飾った。

 中日「会談後の一問一答」では川勝知事と金子社長の談話の食い違いがはっきりと見えた。知事発言に期待を寄せた金子発言に対して、1度目ではなく、2度目の知事発言が記事に反映されたからである。

 「条例をクリアすればOKとのことで、クリアの仕方は詰め切れなかった」(金子社長)に対して、「本体工事と一体であり、(ヤード整備を)認められない」(川勝知事)となっている。知事発言は1度目の囲み取材であれば、「条例をクリアすればヤード整備はOK」のはずだった。2度目の囲み取材で、川勝知事はJR東海の一縷の望みを見事に打ち砕いてしまった。

 担当部局の説明に、「なぜ、JR東海だけ県自然環境保全条例による協定のハードルが高いのか?」を聞いた。担当理事によれば、これはアセス(環境影響評価)の続きであり、環境影響評価書の国交大臣意見にある地元の理解を得ることが必要となる、現在、議論をしている県環境保全連絡会議生物多様性専門部会の結論が前提になる、JR東海もそれを承知しているのだという。

 現在認められている宿舎整備などのヤード整備に加え、トンネル坑口周辺の樹木伐採、斜面補強や濁水処理施設、沈砂池などが加わると、トンネル工事全体としての保全協定締結が必要になり、そのための手続きに生物多様性専門部会で納得できる説明を求めるというのだ。もし、そんなことを承知しているのであれば、そもそもJR東海はヤード整備の了解を求めるはずもないだろう。

 これは行政のダブルスタンダード(二重基準)ではないのか?

「戦略」通りに進めた静岡県

 21日付『リニア騒動の真相43「正直」こそ最善の戦略!』で、16日に開かれた流域10市町との意見交換会をシナリオに沿った”茶番劇”と批判した。静岡県が権限を有する河川法許可の審査基準に、「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」とあり、本体工事について中下流域9市町の意見を聞くのは理解できるが、今回の「ヤード整備」については河川法の「対象外」と難波副知事は明言した。水環境問題について各市町長はさまざまな意見を述べたが、ヤード整備とはかけ離れ、的外れそのものだった。

 ヤード整備工事の可否を決めるのに、水環境ではなく、県は条例に基づく「自然環境保全協定」締結に求めることはできる。その結果が”ダブルスタンダード”になろうが、JR東海へのハードルを上げて、要望を拒否する方向に転換したのだろう。1971年の条例制定以来、このような運用は初めてである。当然、担当の自然保護課を超える高度な意思決定が行われたのだろう。こんな無理なことを強行すれば、いずれ静岡県行政への批判につながる恐れさえある。

27日静岡新聞朝刊。「対談」の趣旨が違うのだから当たり前の話を大きく取り扱った

 今回の「対談」で、県でもJR東海と水環境問題の議論を行う意図はなかった。単に本体工事へ入るためのヤード整備をテーマにしただけである。それでも、マスコミ報道が水環境問題とヤード整備をごちゃまぜにしているから、中下流域の市町長らの出番となってしまったのだろう。

 「利水者の声を聞け」。中下流域の自治体、団体はJR東海に求めるものはその一言に尽きるが、今回の「対談」の趣旨とは遠くかけ離れている。県条例の自然環境保全協定は利水者とは無縁の問題である。静岡県はようやく、県の権限に沿ったかたちで対応する戦略を立てたが、リニア担当の難波副知事らの思惑と川勝知事の理解はかみ合わず、「対談」の席で金子社長を十分に納得させることができなかった。

 「ヤード整備」さえ認めない静岡県の立ち位置はどこにあるのか?

静岡県「リニア反対」の証拠とは?

県庁前での「リニア反対」運動

 金子社長訪問の1時間以上前から、びっくりするような横断幕が県庁玄関前に現れた。「リニア反対」を連呼する市議や運動家らがマイクを握って、金子社長の到着を待った。メディア対応に県職員は当たっていたが、このような派手な横断幕や「リニア反対」連呼にどうして対応しなかったのか?県庁敷地を管理する担当課長に聞くと、大々的に報道されていたので、「リニア反対」の人々が来る恐れはあったが、度を越えなければ問題ないと考えていた、と回答。警備員による注意等もなかった。派手な横断幕はまさに、静岡県が「リニア反対」を許容しているかのように映った。

 「対談」の中で、川勝知事は「仮に水が戻せない場合、どうするのか?」「もしダメならばリーダーとしてどうするのか?」などリニア計画の変更または中止する事態を想定して、金子社長の対応を求めた。

 さらに、3人の大学教授の名前を挙げて、リニアそのものが不要である識者意見を述べた。川勝知事が「水野和夫法政大学教授」を挙げたのは、23日付中日新聞を読んだからだろうか?『経済成長見込めず不要』『「より速く」は時代遅れ』の大見出しで、水野氏は『川勝平太知事がせっかく止めてくれている。ここで突っ走れば、後世になって誰も乗らないものを造ったということになるだろう』と予言していた。

 リニア中央新幹線建設促進期成同盟会(沿線9都府県)は1979年に設立されたから、すでに40年超を経過、時代は大きく変わってしまった。今回の「対談」だけでなく、さまざまな席で川勝知事が必ず口にする「万機公論に決すべし」(「五箇条の御誓文」、国家の政治は世論に従って決定すべしの意味)からすれば、いまや「世論」はリニアに対して味方とは言えない。「鉄道大国」「技術大国」日本の威信が掛かっているのだろうが、それこそ時代遅れかもしれない。

 今回の「対談」で明らかになったのは、金子社長が調整型の人物であり、川勝知事の圧倒的な迫力に押されていたことである。金子社長周辺に川勝知事、沿線の市町や大井川に詳しいブレーンが存在しないからだろう。そもそも静岡県は御しやすいとなめていた結果だが、JR東海はすべて受け身で何らの”戦略”も見られなかった。

 これでは何度、「対談」を行っても結果は同じになる。「リニア反対」に屈するのかどうかは、すべて”戦略”に掛かっている。

Leave a Reply

Your email address will not be published.