「本人訴訟」入門②「弁護士」肩書の威力

滞納金68万円の内訳とは?

 廣田育英会常務理事に、「弁護士」の肩書をわざわざ入れた2通の「通知」がTから送られてきた。速達、書留による弁護士からの「通知」とあれば、重大用件である。こんな手紙をもらえば、法曹界の人間でもない限り、緊張しない人はいないだろう。こちらが重大な間違いをしているのではとびびってしまい、速達、書留を開封することさえためらわせる。

 弁護士の「権威」をかさに着るTだけでなく、息子のHも法律家のように専門用語を使い、もっともらしい理屈の問題に置き換えて、入居者の無断駐車をわたしが許可したなど一方的な主張を内容証明や書留で送ってきている。こうなると、穏便な解決の道は遠くなってしまう。紛争事をなるべく避けて、お互いの妥協点を探るのが社会の常識である。一方的な主張にも関わらず、相手側はこちらの理屈に従うべきだというのがT弁護士、Hの強引な手法だ。それがいままで通用してきたのかもしれない。

 廣田育英会には社会の常識が通じるメンバーはいないのか?Hには何度も代表者たる理事長Sとの面会を要請したが、回答は全くない。「T弁護士の娘も廣田育英会職員だ」と、元の不動産会社担当者が教えてくれた。

 一度、理事長Sの自宅に電話すると、Sは「すべて事務局(H)に任せている」と話していた。それでは困るのだ。廣田さんの莫大な財産を有する財団法人を、T弁護士とその息子、娘の家族総出で運営に携わっている。HPはあるが、毎年度の収支報告や事業報告を開示していない。すべて「弁護士」ならではの特権なのか。

 今回の問題は、「弁護士」とは何かを考えさせるきっかけとなった。

「非居住者の住民協力金」議決される

 「3階キャバクラ寮の契約解除」を主要議題とする2019年3月30日の管理組合総会を前に、あらためて廣田育英会理事長Sに出席を求めた。直接、Sの自宅及び財団法人事務所に書留で総会へ出席するよう依頼の手紙を送った。

 結局、総会に出席したのはS理事長ではなく、事務局員のHだった。Hは何かの議題がある度に、「廣田育英会は個人ではなく、法人であり、持ち帰って理事会に諮って回答する」などと述べてきた。このため、Hがこのまま総会に出席するのならば、「廣田育英会を代表する責任者である」と自書するよう求めた。Hは求めに応じた。

 総会では、3階キャバクラ寮の契約解除が進まないことを見極めた上で、7階所有者が「すでに半年以上、管理組合の要請であるルールを守らない。現行の管理費17000円に、3階には親族でない者が少なくとも3人が居住しているから、2人分の34000円を加え、51000円とする値上げ」を提案した。Hからは3階に2人居住の報告があったが、普段の生活実態から3人が居住しているのは確実だった。

 わたしから、3階に「管理費ではなく、非居住者の住民活動協力金」を徴収することを提案した。3階キャバクラ寮の状態が続く限り、「住民活動協力金」34000円を廣田育英会に負担してもらうことを、廣田育英会を代表する責任者Hを除く、全会一致で議決した。

 その後は、廣田育英会理事長のS宛、3階キャバクラ寮の契約解除とともに滞納金の支払いを求めることになった。「住民活動協力金」が奏功したのか、廣田育英会は3階を売却したのである。その結果、2019年4月分から2020年12月分までの「住民活動協力金」68万円の滞納金が未払いとなった。

 区分所有法第8条では、管理組合は新しい所有者(譲受人)に対して滞納金の請求ができる。新しい所有者は旧所有者(譲渡人)の滞納分といえども支払わなければならない。この滞納金をどちらが負担するかは、譲受人と譲渡人の当事者間の約定で決まり、管理組合の請求権とは関係ないはずだ。

 ところが、12月に新たな区分所有者となったKは、廣田育英会から「債務は法的に存在していないから無効」という説明を真に受けて、管理組合への支払いを拒否した。

 Kはあくまでも、滞納金は管理組合と廣田育英会との問題であると主張していた。新たな所有者であるKには、全く関係のない問題と勘違いしていた。だから、わたしは何度もKに対して、滞納金の請求を行った。

 2月16日にKからもらったメールには、廣田育英会に相談に行ったところ、「債務(滞納金)は法的に存在していないから無効」と主張する「弁護士先生」が2度、登場する。このメールを読んでから、電話で「弁護士先生」とは誰かと尋ねたが、Kは弁護士の名前さえ言えず、当然、名刺ももらっていなかった。

 「弁護士先生」はTである。名前はちゃんと知らなくても、弁護士はKには、とてもエライ、恐れ多い「肩書」であり、「弁護士先生」と呼ぶべき存在なのだ。これが社会一般の見方なのだろう。

「権威=弁護士」に従いやすい人間の心理状況

 3月2日のメールで、Kは「訴訟という手荒な選択をしたくなく、まずは公平な立場である裁判所に意見を伺うために調停申し立てをした」「問題解決のために時間をいただきたいので理解してほしい」などと書いてきたから、当然、K(譲受者)は廣田育英会(譲渡者)を相手取って、調停を行ったものとばかり思ってしまった。

 3月13日の管理組合総会の席で、Kはわたし(管理組合代表)を相手取って調停を起こしたことを明らかにした。これまでの経緯をよく理解せず、また、新たに管理組合の一員として、マンション管理規約や管理組合総会の議決を遵守しなければならない立場なのに、Kは「弁護士先生」(廣田育英会)を頭から信用してしまい、管理組合を相手取って調停を申し立てたのだ。

 米国の心理学者スタンリー・ミリグラムによる有名な「ミルグラムの実験」から、権威者の指示に従いやすい人間の心理状況が実験で明らかにされている。権威への服従という人間の性向は誰でも心の中に潜んでいるようだ。T弁護士から届いた速達、書留の「通知」を開けるのを躊躇させるのも、「権威」への恐れがあるからだ。また、Kのように盲目的にT弁護士を信用することにも通じる。

 法律はいわば一般の人にとって見れば「権威」であり、弁護士はその権威の代弁人である。Kは、わたしがいくら説明しても「聞く耳」を持たない。それは、「弁護士先生」のことばすべてが真実であり、それだけで、管理組合が請求する68万円が間違っている理由になるからだ。

 だから、恐れ多い「弁護士先生」が後ろ盾なのに、まさか、法律とは全く無関係の管理組合が、Kを被告として「本人訴訟」を起こすとは思ってもみなかったのかもしれない。

静岡簡易裁判所のびっくりする対応

 ただ、社会はKと同じような性向にあることを思い知らされる。

 まず、静岡簡裁に電話を掛けて、1998年に導入された「少額訴訟」について教えてもらった。そもそも請求額が60万円以下でもあり、また少額訴訟で対応できるような事件ではないとの判断を聞いた。それで、静岡簡裁に出向き、「本人訴訟」の手続きを聞くことにした。簡易裁判所への訴状は、裁判所の用意したテンプレートを参考に作成すればいいらしい。証拠書類についてもちゃんと聞いておかなければならない。

 訴訟の相談に行くと、びっくりするような経験を味わうことになった。ひと通り、わたしが訴訟の内容を説明したところ、担当者は「新たな所有者に請求する根拠となる法律はあるのか、それがなければ訴訟を起こせないよ」などと言ったのだ。まさかの問い掛けに、わたしは首をかしげてしまった。

 裁判所に入ったところで、「素人のお前はちゃんと法律を分かっているのか」と言われたようなものだった。「権威」である弁護士でなく、マンション管理組合理事長だから、裁判所を初めて訪ねて、何か聞けば、そのような対応をするのがふつうなのかもしれない。

 わたしは「裁判所が競売物件に出している熱海などのマンション価格が1万円だったりしている。そんなに安いのは、滞納した管理費等が莫大な金額になっているからではないか。莫大な管理費等を支払うのは物件を購入した新しい所有者のはずだが―」とただした。区分所有法第8条ではなく、熱海のマンションなどの競売物件でおなじみの問題だから、裁判所職員はそのくらいのことは承知していると考えた。

 この経験は、「本人訴訟」のハードルが非常に高い印象を与えた。”素人”に対する裁判所の姿勢が見えたからだ。これでは、T弁護士に散々な目に遭わされるかもしれない。

弁護士業もビジネスでしかない

 すぐに弁護士事務所に電話を入れた。これまで「3階キャバクラ寮の契約解除」について、何人もの弁護士に相談していた。「法律は社会常識を基にしている」「キャバクラは反社的な存在だから、出て行ってもらうのが筋だ」などのアドバイスを得たが、矢面に立って相手側に交渉を申し出る弁護士はいなかった。損害賠償請求のようにお金が絡んでいる問題ではないから、弁護士に依頼する場合、いくら支払うのか非常に難しいからだろうと考えていた。今回の場合、68万円が請求額である。

 名刺を探して、「キャバクラは反社的な存在だ」と断言した弁護士に面会を求めて事務所に電話を入れた。女性事務員に問われるまま、68万円の滞納金請求訴訟について簡潔に話をした。夕方になって、事務員から「現在、忙しいので会うことはできない」と断ってきた。

 旧知の弁護士を訪ねて、正直に話してもらった。68万円であっても、最終的に80万円から100万円を支払ってもらわなければ、面倒な作業量などから見て、割りに合わないのだという。相談を受け、アドバイスをするから、「本人訴訟」でやるよう勧められた。相談料は10万円だという。

 2年ほど前、著作権法違反事件で静岡県知事宛に「申入書」を提出した。申入書を作成したあと、最終的には弁護士名で知事に提出した。これも弁護士という「権威」を重く見た結果だ。弁護士には、名義料として「5万円」を支払った。その後、記者会見、裁判等を行うのであれば、50万円から100万円の費用を請求すると言われた。街中に事務所を構え、2人の弁護士、数人の事務員を雇っているから、わたしと個人的な付き合いがあってもボランティア仕事はできないのは理解できた。

 もし、弁護士費用80万円支払って、滞納金68万円を勝ち取ったとしても、管理組合員たちから文句が出ることは言うまでもない。ある組合員は「とりあえず、キャバクラ寮の状態は解消されたのだから、それでいいとすれば」とまで話していた。わたしは「Kが68万円を少しまけてほしい、と言ってくるならば、それに応じるのは構わない。ただ、滞納金は法的に存在しないをそのまま受け入れるわけにはいかない。管理組合総会で議決したことを守ってもらう。ちゃんとけじめをつけなければ、同じことが必ず起きてしまう」と説得した。

 68万円の滞納金請求は、「本人訴訟」でやるしかない。もし、本当にT弁護士が出てくるならば、この複雑な事情を最もよく知っているのはわたし以外にはいない。法的手続きについては、弁護士からアドバイスを受ければいいのだ。

 3月22日、静岡簡裁に管理費等滞納金請求事件の訴状を提出した。

※タイトル写真は静岡県法律会館(通称が静岡県弁護士会館らしい)。T弁護士は東京第一弁護士会所属であり、静岡県弁護士会所属ではない

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