リニア騒動の真相31 「無期限に補償」も”方策”?

水枯れ「無期限に補償」とJR東海が明言?

朝日新聞2月8日付朝刊

 『「水枯れ発生なら補償」 JR副社長「期限設けず」』(中日)、『リニア工事で水枯れ JR「無期限に補償」』(朝日)、『JR東海「期限設けず補償」リニア工事水資源問題』(日経)と2月8日付朝刊各紙に大きな見出しが並んだ。

 JR東海の宇野護副社長がリニア南アルプストンネル工事による大井川の流量減少について水枯れなどが発生した場合、「工事完了から期限を設けずに補償する」と初めて明言したのが各紙の記事内容。「無期限に補償」というJR東海の”大英断”に地元関係者らはびっくりしただろう。

 2月7日、宇野副社長は静岡県議会の最大会派、自民改革会議の県議約30人との「非公開」勉強会のあと、記者らに「無期限に補償」表明の趣旨を「(下流域の地下水に)影響が出ることはまずないが、(地元の)懸念が強いということだったのではっきりと申し上げた」と述べた。「初めての表明」を強調したから、川勝平太知事、難波喬司副知事らは全く知らされていなかったはずだ。

 中日は「県とJRの協議が前進する可能性がある」と評価したが、果たしてそうなるのかどうか。

 それどころか、2018年10月、JR東海の「湧水全量戻し」表明が真っ先に頭に浮かんだ。「湧水全量戻し」表明から1年もたたない2019年8月、『「湧水全量戻し」は工事中はできない』と述べ、利水者らの強い反発を呼び、いまだに、その問題は解決されていない。

 今回も同じことの繰り返しになるのではないか?

「期限設けず補償」とは言っていない

 中日、朝日、日経以外の他紙はどのように報道したのか?

毎日新聞2月8日付朝刊

 『リニア工区「補償申請 期限設けず』(毎日)、『水補償 請求期限設けず リニア工事影響でJR』(静岡)、『リニア問題 水量減少補償 JR表明』(読売)。各紙見出しを見ただけでも、記事内容は全く違っているのが分かるはず。中日、朝日、日経が「誤報」とまでは言わないが、他紙を読めば、少なくとも言葉足らずは一目瞭然である。

 『補償申請 期限設けず』(毎日)と『期限設けず補償』(日経)の意味は全く違う。JR東海は、流域の地元が「期限を設けない補償申請」を認めたに過ぎない。

 それも『従来は「費用請求は工事の完了から1年を経過する日までとした国交省の基準に基づき対応する立場」から、1年以上過ぎたあとにも「補償請求は可能」』と毎日が説明した通りであり、朝日は勉強会で県議が『中下流域の利水者の「数年後に影響が出たらどう補償されるのか」という不安を解消するよう求めた』と書いているから、「1年以上」は単に「数年後」程度を意味しているようだ。

 それで、静岡の『補償を受けられる期間は公共事業の基準に沿って30年間に限定するとしていたが、宇野副社長は「今後の話だ」と述べた』を読むと首をかしげるだろう。「数年後」ではなく、「30年間の補償期間」後を担保しなければ、「無期限の補償」とは言えないのに、『リニア工事で水枯れ JR「無期限に補償」』(朝日)は正しいとは言えない。

 国交省の「公共事業の水枯渇等損害要領」は30年間を損害補償期間に限定、JR東海も「要領」に従い、31年目からは自治体で水対策を行ってほしいという姿勢だったはず。「申請」期限を「1年以上」にしても、損害補償期間を「無期限」にはしていないようだ。

 少なくとも、中日、朝日、日経が書いたように、JR東海は「(水枯れなどの)無期限の補償」を表明をしたわけではない。「期限設けず補償」するならば、30年後に地下水の影響が明らかになっても「申請」可能で、かつ「補償」するはず。宇野副社長は、「1年以上過ぎたあとの申請は可能」としただけで、31年目からの「補償」については「今後の話」という。それでもJR東海にとっては大きな”譲歩”らしい。

 流域市町は「遠い将来」(30年後以降)の水枯れを懸念する。宇野副社長表明ではその不安を払拭できない。今後、静岡県の専門家会議で議論のテーマになり、「湧水全量戻し」同様にあいまいな物言いに厳しい注文が入るはずだ。

「3者協議」から「新有識者会議」へ

 宇野副社長の「無期限の補償」表明は、「湧水の全量戻し」で、金子慎JR東海社長が「利水者の理解を得たいための方策」と述べたのと変わりないかもしれない。「リニア工事で約百㌔離れた下流域の地下水への影響はない」と断言するJR東海だが、30年後以降の「遠い将来」の補償まで約束したくないのだろう。

 議論が停滞して、国交省が本格的に乗り出すきっかけとなった10月4日の静岡県有識者会議に戻ってみよう。あの日から、すでに4カ月以上が過ぎている。「早期着工」を望むJR東海だが、まるで自分で自分の首を締めているようにさえ見える。

 10月4日の会議で、JR東海は「工事中にトンネル湧水の一部が流出しても大井川の流量は減らない」と発言した。県側委員が「水が減らないとはどういうことか」と問いただすと、「県境付近の地下水はどちらに流れているのかわからない」と答えた。難波副知事は「リニア工事で大井川水系に影響は絶対に出る。分からないなら調査してください」と厳しく注文を付けた。

 この会議の様子を聞いた国交省の藤田耕三事務次官らが静岡県庁を訪問、国主導で、静岡県、JR東海との会議を調整する「3者協議」設置が決まった。

 その後、いろいろあって、国交省は今年になって「新有識者会議」を提案した。その提案に対して、静岡県は「新有識者会議」受け入れの前提として、5条件(①会議の全面公開②議題は県の求める47項目③会議の目的はJR東海への指導④委員は中立公正を旨として、県の専門家部会長も参加すること⑤会議の長は中立性を確認できる者)を求めた。

「新有識者会議」から「事前協議」へ

 「新有識者会議」について、静岡県が5項目の条件を付けたことに対する「事前協議」が6日、水嶋智鉄道局長と難波副知事らによって「非公開」で行われた。終了後、記者会見が行われ、7日付中日新聞は「事前協議」の長期化の可能性を指摘した。いつになったら「新有識者会議」が発足するか見通せない状況なのである。

中日新聞2月7日付朝刊

 7日付中日は、分かりやすいように「リニア着工までの流れ」を図解した。この図によると、「事前協議」が終わると、JR東海と県の専門家による「有識者会議」で最も議論の的になっている「トンネル湧水の全量戻し」「大井川下流域の地下水への影響」を評価する「国交省の新有識者会議」が方向性を見つける。

 その後、国、県、JR東海の「3者協議」で着地点を見つける取り組みを行うことで、静岡県の「有識者会議」が納得するような結論が得られるようだ。静岡県は大井川中下流域の市町長らに諮り、合意が得られれば、JR東海と「基本協定」を締結、川勝知事はJR東海から提出される大井川地下約4百㍍のトンネル設置について河川法に基づいた許可を出す段取りだ。これでようやく、JR東海はリニア南アルプストンネル静岡工区の建設に「着工」できる。

 「3者協議」がとん挫したままであり、「新有識者会議」は「事前協議」の段階である。

 中日は「事前協議も長期化する可能性がある」と書いた。県は14日までに国交省の提案を受け入れるのかどうか回答するが、難波副知事は環境省など他省庁の参加、47項目すべてを議論対象に求め、「ゼロ回答ではない。全然ダメな内容でもなかった」などと述べたから、中日の予測通り「長期化」も考えられる。

 「事前協議」が長期化すれば、何のための「新有識者会議」なのか、やはり、屋上屋という批判が出てきそうだ。

「シンプルに問題を考えてほしい」

静岡新聞2月6日付朝刊

 県、鉄道局の「事前協議」が行われた6日、静岡新聞朝刊は昨年10月の「3者協議枠組み案」での国交省”地元軽視”を取り上げた。「地元の理解を得るのが条件」という文言を「地元の理解を得るのに努める」に変えたことで紛糾した経緯を蒸し返している。

 よりよって、「事前協議」の日に国交省が”公平公正”ではない疑問を抱かれることになった「3者協議枠組み案」を話題にしたのである。

 「新有識者会議」設置のための「事前協議」もいいが、国交省が設置を求めた「3者協議枠組み」の合意書はどうなってしまったのか?県は「地元の理解を得るのが条件」を決して譲ることはないだろう。合意書案のまま宙に浮いている。国交省はJR東海側で早期のリニア着工へ向けてさまざまな打開策を講じたいのだが、その思惑通りに行っていない。

川勝知事と10市町長の意見交換会

 そんな中で、1月20日、リニア問題に関して川勝知事と10市町長の意見交換会が静岡県庁で開かれた。冒頭のみ「公開」で、川勝知事は①(大井川の)水一滴も失われてはならない、②47項目の論点について公開の場で納得いくまで議論していく、③国交省から提案のあった新有識者会議についてどのように返事をするのか意見を聞きたいなどと話した。その後は「非公開」だったため、各首長のどんな意見が出されたのか知らされていない。

 1月28日の知事会見で、川勝知事は牧之原市の杉本基久雄市長、吉田町の田村典彦町長の印象的な話を紹介した。吉田町は地下水にすべて依存しているので、もし、地下水に何かあれば吉田町は全滅するという意見だった。田村町長から直接、聞いた話では、地下水に影響が出てくるのは30年後の可能性もあるという。遠い将来、孫子の世代に笑われないような政治家でありたい、と田村町長は述べていた。地下水の影響は30年後を想定しているのだから、JR東海とはかみ合わないのだろう。

 たった2週間のリニア問題を巡る動きを見ても、何が何だか分からない方向で議論が進んでいる。「事前協議」「3者協議」「県の有識者会議」「国の新有識者会議」を追うだけでも大変だ。田村町長は知事との意見交換会で「シンプルに問題を考えてほしい」と注文したという。「もし、水を全量戻すことができないならば、トンネル工事はやるべきではない。う回すればよい」。そう考えれば、何だか分からない「無期限に補償」が出てくる余地はなくなる。

※タイトル写真は、静岡新聞2月8日付「水補償請求期限設けず」の写真

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