リニア騒動の真相26「成田」ではなく「流木」に学べ!

「成田闘争」に学べー国交省の真意は?

 国交省鉄道局鉄道課所管の「交通インフラ整備と地域共生に関する勉強会」が12月9日、同省で開かれた。成田国際空港会社の担当者が空港建設にともなう用地買収の事例を説明、JR東海担当者は「地域共生」のヒントを学んだという。会議は非公開で、会議内容は国交省HPに紹介することになっているため、担当課に聞くと、HPでの紹介がいつできるのかはっきりと日時を示すことができないという。一体、どんな会議だったのか?

山梨県のリニア実験線。水枯れなどの問題が生じた

 「現代の成田闘争へ」。これは日経ビジネス2018年8月20日号の特集「リニア特集 夢か悪夢か」の沿線各地で起きている反対運動をまとめた記事の大見出し。神奈川県相模原市でマンション立ち退きを求められた事案で、交渉に当たるのがJR東海ではなく、相模原市の職員であり、最後は「強制収用」に踏み切る方針などに住民の不満や納得できない様子、山間地のリニア計画地で始まった反対派11人が共同登記する「土地トラスト」運動を伝えていた。

 山梨県南アルプス市では地上に高架を建設する区間で、地権者は畑の桑を1本千円で売り、名札を付けた「立木トラスト」運動が始まり、JR東海は約7百人もの同意を得なければならない状況、早川町での残土処分問題、JR東海と工事連携の合意をした静岡市に対する県、周辺自治体の反発なども取り上げた。

 日経ビジネスが伝えた神奈川県の「土地トラスト」や山梨県の「立ち木トラスト」などはリニア反対運動。だから「現代の成田闘争」と見出しを付けたのだろう。成田空港の用地買収や騒音問題は、「成田闘争」と切り離すことはできない空港反対運動である。当然、静岡県の水環境問題はリニア反対運動ではない。

 国交省が成田空港の事例を持ち出してJR東海に何を参考にさせようとしたのか、その真意はさっぱり分からない。

「成田」は”武力闘争”の舞台

 9日の「勉強会」には、JR東海から宇野護副社長、澤田尚夫・中央新幹線建設部次長(環境静岡)、二村亨・中央新幹線静岡工事事務所長らが出席した。この顔触れを見れば、神奈川、山梨、長野などのリニア反対運動に対するものではなく、リニア南アルプストンネル(静岡工区)工事に焦点を絞ったのだろう。

この写真集を見れば、地域の人たちの怒りがどんなものかわかる。川勝知事はこの時代に学生生活を送っている

 1966年6月、成田市三里塚小学校の説明会で地元の人たちは空港計画を初めて知ったが、政府は地元への詳しい説明もなく、突然、成田空港建設の閣議決定をした。用地取得や騒音問題に反発する住民らの反対運動は激化、「成田闘争」や「三里塚闘争」と呼ばれた。現在、香港では大学生など若者たちがデモや投石などで警官らに対する激しい反発を繰り返している。成田闘争は機動隊などと激しく対立、双方に死者が出るなど、香港での”武力闘争”を大きく上回った。左派の運動拠点となり、”武力闘争”は泥沼化した。78年3月、成田空港は開港、その後も反対運動は続いている。

 2018年3月、成田空港第3滑走路建設計画が発表され、2029年3月までの新設を目指して、用地買収や騒音対策などで地元への取り組みが続けられている。第3滑走路計画地で「絶対反対」を貫く地権者の農家への対応など課題は山積する。

 鉄道課によると、成田空港では「共生用地部門」を設け、空港周辺に窓口をつくって、用地取得や騒音などの相談に当たっている。その上で、地域との接し方や議論がかみ合うような取り組みなどの参考事例を取り上げたようだ。JR東海の宇野副社長は「いろいろな角度からコミュニケーションを取り、地域と長期の信頼関係を築いたことをお聞きした。今後地域との連携、事業の推進に生かしたい」というコメントを発表している。

 赤羽一嘉国交大臣は「JR東海は地元の皆さんへの理解を深めていく汗をかかなければならない。地元に丁寧に説明し、理解を得るのが大事という認識をするための勉強会」と話した。いずれも表面的なコメントであり、わざわざ”武力闘争”の舞台を持ち出した真意にはほど通く、静岡県に間違ったメッセージを発することになりかねない。

 「勉強会」に、全く別の意図があるのかもしれない。今後、現地視察も予定しているようだが、国がJR東海を指導するのではなく、JR東海の自発的な取り組みを期待しているとのこと。一体、JR東海にどんな取り組みを期待しているのか?

「絶対反対」を覆した安倍川の事例

 リニア南アルプストンネル計画にからむ大井川下流域の水環境問題について聞くために、国交省静岡河川事務所の川上哲弘所長を訪ねたが、静観の構えのようだ。鉄道局と違い、いまのところ、JR東海へ何らかのアドバイスをする用意もないとのこと。

 地域と連携、地域を理解するための「勉強会」であるならば、東京ではなく、地元で行うべきではないか。それだけははっきりとしている。

 2003年11月、第1回安倍川流木クリーンまつりが開かれた。翌年には第1回大井川流木クリーンまつりが開催された。「地域連携」の意味をその2つのまつりで考えてもらいたい。

流木被害でシラス漁に打撃を受けた静岡漁協

 流木クリーンまつりを提案したのは、静岡河川事務所の境道男所長(当時)。荒廃する森林や川の中にできた林から流れ込む流木は河川事務所が管理する安倍川、大井川の大きな問題となっていた。ただし、流木クリーンまつりを境所長が提案したのには別の大きな理由もあった。

 昭和30年代の高度経済成長、東京オリンピック開催などが続き、安倍川の砂利は大量に清水港から東京へ運ばれた。最盛期にはダンプトラック30万台分が採取され、1967年までの13年間に約1400万㎥もの砂利が採取された。機械掘りによる過剰な砂利採取が、静岡、清水海岸の浸食をもたらし、景観を全く変えてしまった。

 このため、1968年建設資材用の砂利採取が禁止された。68年から始まった砂利採取禁止は35年間にも及んだため、逆に安倍川の河床は大幅に上昇した。2002年アユ漁はほぼ全滅、洪水を引き起こす可能性まで指摘されていた。静岡河川事務所は年間10万㎥の建設資材向けに砂利採取解禁へ方針を転換せざるを得なかった。そのためには、地元の理解を得るのが条件となった。

 砂利採取に「絶対反対」を唱えていた漁協、水防団は容認の方向へ傾いていた。「絶対反対」を貫いたのは、清水海岸浸食対策期成同盟会だった。海岸侵食をもたらした最大の原因は過剰な砂利採取であり、砂利採取業者に強い不信と敵意を捨て去ることはできなかった。

 「同盟会」の山本義光会長(当時)は境所長らの説明に全く聞く耳を持たなかった。激しい口調で砂利採取業者を非難し、砂利採取に「絶対反対」の姿勢を崩さなかったのだ。

NPO法人の果たした役割

 山本会長ら「期成同盟会」のメンバーは海岸後退が続く羽衣の松、三保の松原まで及ぶ清水海岸の白砂青松を取り戻すことに一生懸命だった。毎年、源流部の大谷崩れの状況を視察するとともに、海岸復活ために、政治家、官僚らに何度も談判に出掛けた。ごまかしは通じなかった。いったん約束をしておいて転勤してしまった官僚の赴任地まで出向き、ちゃんと約束を守るよう詰め寄った山本会長の逸話は数多い。

 だから、砂利採取解禁で山本会長らの気持ちを翻意させるのは非常に難しかった。

 境所長提案の流木クリーンまつりのために、NPO法人「水の国」しずおかフォーラムが立ち上げられた。新聞記者、静岡大学農学部、東海大学海洋学部の教員らを中心に安倍川、大井川の環境保全をテーマに活動することを目的に、森、川、海にかかわる団体の参加を呼び掛けた。

せっかくのシラスも流木などのごみで売り物にならない

 山本会長らの「期成同盟会」は説得に応じて、NPO法人加盟に合意した。NPO設立会合で、安倍川、大井川が東京という大都会の発展のためにやせ細り、それに伴い、美しい清水海岸が消えたことを振り返った。日本で初めて開催された東京オリンピックのために安倍川の砂利がどれだけ大量に都会で必要だったか、地方は東京へ資源、おカネ、人を送り続けることで日本という国の発展を支えた歴史に触れた。

 何度かのNPOの会合で、漁協などそれぞれの団体が抱える課題などに触れ、山本会長らも砂利採取もやむなしという姿勢に転換していく。地域エゴをむき出しにして相互が反目しあうのではなく、NPOを起点に安倍川流域で一致団結して何をすべきかを理解した。

 境所長提案の「流木クリーンまつり」は地域の人たちを結び付ける役割を果たした。第1回の流木クリーンまつりに山本会長がにこにこ笑いながらやってきて、安倍川骨材事業協同組合の市川一郎理事長と固い握手を交わしたことが印象的だった。

事態打開は難しいが、まずは地元へ

 さて、大井川流木クリーンまつりである。

大井川流木クリーンまつりの準備会合

 第1回大井川流木クリーンまつりは島田市で行われた。準備のための会合に流域の自治体、各種団体が島田市に集まった。源流部から河口まで約52キロの安倍川と違い、全長168キロの大井川では自治体、各種団体ともそれぞれが抱える問題が全く違っていた。大量に流木の発生している場所で、流木拾いを行ったあと、さまざまな啓発イベントで親交を深めることが「まつり」の目的だったが、どこで開催するかによって参加者は限られてしまうから、まず、開催場所を決めることが大きなテーマになった。

 静岡河川事務所の裁定によって、第1回は島田市、第2回は大井川町(現在の焼津市)で行うなどとしたが、結局、それぞれの地域の限られた団体等が参加するだけで、安倍川のような「地域連携」が難しいことがわかった。

 結局、大井川流木クリーンまつりは3回行っただけで、開催継続を断念した。地域の事情が、全く違っていたことが大きな理由だ。地元の理解を得るために何をすべきかは地元の人たちに聞くことが重要だが、どのように「地域連携」を図るのかは非常に難しい。

 リニアトンネル工事による大井川の水環境問題で、利水自治体は「一致団結」しているというが、その中身は全く違うのだ。川根本町長、島田市長、掛川市長の本音を聞いていても、それははっきりとしている。地元の理解を得るために何をすべきかは地元の人たちに聞くのは重要だが、これは簡単なことではない。 

静大、常葉大、東海大の学生による流木アートの制作風景(安倍川河原)

 環境アセス法に基づいてリニア工事実施計画を認可したのは鉄道局であり、主体となるのは鉄道局だが、大井川の水環境問題で地域の連携や理解となれば、静岡河川事務所をはじめとした河川局の果たす役割は大きい。旧運輸省、旧建設省という組織の違いで相互の連携が難しいことはわかるが、「成田闘争」の成田国際空港会社を持ち出して、JR東海が現地視察を行えば、静岡県、流域自治体などに悪いシグナルを送ることになりかねない。

 東海道新幹線静岡空港新駅建設を検討するために、成田国際空港に何らかの情報を得る「勉強会」ならば、大きな意味があるだろうから、はっきりとそう言えばいい。まあ、いまのところそんな気配もなさそうだがー。

 事態打開のヒントを得るためならば、まずは地元の人たちの意見を積極的に聞く姿勢を持ったほうがいい。「勉強会」も地元で開催すれば、「地域連携」に向けてさまざまな知恵やアイデアが生まれてくるはずである。

※タイトル写真は「流木」の向こうに富士山(塩津治久カメラマン撮影)

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