リニア騒動の真相53安倍首相辞任と「静岡問題」?

『安倍「お友だち」融資 3兆円』とは?

 28日夕方、安倍晋三首相が突然、体調を理由に辞意表明した。表明と同時に政治の主導権争いが始まった。JR東海の葛西敬之名誉会長と安倍首相との関係は深く、リニアは着工前から政治的な色彩が強かった。総工費9兆円の工事費のうち、3兆円は財政投融資を活用した資金が投入されたからだ。JR東海にとっては、安倍路線をそのまま継承してもらえる政治家が新首相に望ましいだろう。コロナ禍の中、苦境に立たされているJR東海に強い支援を差し伸べる新首相が登場するかどうか?

日経ビジネス2018年8月20日号リニア特集掲載の図(雑誌静岡人でも「リニアの謎」で使用)

 葛西会長と安倍首相との深い関係にメスを入れたのは、2018年8月20日号日経ビジネスのリニア特集。パート2『安倍「お友だち融資」3兆円 第3の森加計問題』は題名通り、衝撃的だった。『森友学園、加計学園の比ではない3兆円融資。(略)安倍と葛西は頻繁に会合を重ねていた』の太字の前文から、『第3の森加計問題』を詳しく伝えていた。

 安倍首相は2016年6月、「新たな低利貸付制度で、リニア計画を前倒しする」と発表した。日経ビジネス記事は、『日本政策金融公庫の幹部が(異常な融資スキームに)首をかしげる。「そもそも、30年後から返すって、貸す方も借りる方も責任者は辞めているでしょうし、生きているかどうか分からないですよね」』と財投融資に疑問を投げ掛けた。静岡県の一般会計予算が約1兆2千億円、3兆円は県予算の2倍以上の膨大な金額である。日本政策投資銀行は、「相手先が倒れたら、銀行も一緒に死んでしまう。大手銀行は1社2千億円がぎりぎりのライン」として貸し出しをしなかった。森友学園や加計学園の問題とはケタ違いの”疑惑”である。

 鉄道建設・運輸施設整備支援機構から無担保、金利は平均0・8%を支払い、元本返済30年猶予という破格の条件を問題にした。安倍首相は新低利貸付制度の発表前、懇意の葛西会長と頻繁に会合を重ねていることから、安倍首相の”忖度”があったのではないかと日経ビジネス記事は推測している。2016年度に5千億円、17年度に2兆5千億円の計3兆円の融資がすでに実行された。3兆円となると、金利0・8%と言っても半端な額ではなくなる。どのように支払っていくのか不明だが、単純に計算すれば、毎年240億円支払わなければならない。

 安倍首相を巡る”疑惑”を取り上げた日経ビジネス記事を、他の大手メディアはどこも追い掛けなかった。まあ、”疑惑”があったとしても、リニアが順調に開通して、JR東海がちゃんと3兆円を返済すれば問題ないからかもしれない。しかし、リニア開通には暗雲が立ち込めている。「静岡県が着工を認めてもらえないので、2027年開業は難しい」(金子慎JR東海社長)とメディアが伝える「静岡問題」が最大の暗雲らしい。「静岡問題」が「3兆円融資」に大きな影響を与えるはずだ。

 「静岡問題」を解決できずに辞任するのは、安倍首相にとって内心忸怩たる思いだろう。

コロナ禍の影響で苦境に立たされるJR東海

 「静岡問題」に追い打ちを掛けるのがコロナ禍である。日経ビジネス2020年8月17日号は、リニア「静岡問題」を再び、取り上げている。「不信の連鎖、リニアにブレーキ」というタイトルだが、最初にコロナ禍による悲惨な数字を挙げている。ことし4~6月期の連結最終赤字726億円となり、大幅な最終赤字は避けられず、21年3月期の業績予想を見送った、とJR東海の窮状を伝えた。

 2027年品川ー名古屋間開通後、大阪までの開通を当初2045年を計画していたが、3兆円の借り入れで最大8年間の前倒しを見込んでいた。ところが、JR東海収入の約7割を稼ぎ出している東海道新幹線が赤字に転落してしまった。この苦境が長引けば、前倒し計画にも影響が出てくる。前倒しどころか、2027年開業が「静岡問題」で絶望的である。

 金利分の毎年平均240億円返済だけでなく、2027年開業が遅れれば、総工費は毎年千億円単位で膨らみ、一方でリニアによる収入は一銭も入ってこないのだ。「静岡問題」やコロナ禍の影響で当初の計画は大きく狂っている。2年前の日経ビジネスのリニア特集は、金子社長に「3兆円返済」について問い質していた。その最後の問いは、「JR東海はちゃんと返せるから借りたのか?」だった。

 『金子:はい。』(「いいえ」と答えるはずもない。元本返済が始まるのは2046年から。金子社長は90歳を超える。誰もそんな先のことはわからないだろう)

 もし、現在、同じ質問を受けたとしても、金子社長は「はい」と答えるだろう。この2年間、JR東海は「静岡問題」の解決の糸口さえつかめない。2年前と違い、「静岡問題」を解決して、リニア工事を無事着工するという、現社長としての責任を明確にしなければ、「はい」と回答しても説得力はない。

 昨年10月から、国交省が「静岡問題」に介入している。だから、政府を挙げて「静岡問題」を解決してくれることに金子社長は期待しているのかもしれない。

有識者会議は期待に応えているか?

 金子社長はことし4月、国交省の有識者会議の役割に強い期待をにじませ、「静岡問題」を解決してくれるよう要請した。有識者会議は金子社長の期待にこたえられているのか?

第5回有識者会議(国交省提供)

 第5回有識者会議が25日、国交省で開かれた。今回も、JR東海は分厚い資料を用意、限られた時間の中で丁寧な説明をした。用意したのは、資料2「大井川水資源利用への影響回避・低減に向けた取り組み(素案)」、資料2(別冊)データ。資料3-1「大井川流域の現状(素案)」、資料3-2「当社が実施した水収支解析について(素案)」、資料4「畑薙山断層帯におけるトンネルの掘り方・トンネル湧水への対応(素案)」。新たな資料4は、トンネル掘削によって、山梨、長野両県への湧水流出を想定したものだった。

 第4回会議で、「大井川中下流域の地下水への影響はほとんどない」という議論が進んでいた。第5回会議は、「地下水への影響」問題の決着が図られるのかどうかが最も大きな関心だった。ところが、第4回会議からの進展は全く見られず、単にJR東海がトンネル掘削についての新たな資料について説明したことにとどまった。4回から5回への議論で何ら収穫はなかったのだ。

 資料はちゃんとそろえられているのだ。なぜ、もっとじっくりと議論して、ひとつ、ひとつ結論を得るような方向にもって行かないのか?

地下水が上流から中下流へ流れていかない地層を示した図(JR東海資料)

 「中下流域の地下水への影響はほとんどない」。JR東海は「水収支解析」によって、トンネル掘削に伴う地下水位の低下は、上流部の椹島以北の範囲にとどまっている、と説明。さらに、①上流域の岩盤内の地下水の多くは、中下流域に達するまでに河川に流出している、②地質モデルでは、「南アルプスは付加体と呼ばれる地質構造であり、鉛直方向の連続性が卓越していることから、上流域の帯水層が中下流域まで伸びているとは考えにくく、地下水が下流域へ流れていかない」と専門機関の見解をもらっている、③中下流域の地下水は、降水と大井川の表流水が地下に浸透することにより涵養されているから、「中下流域の地下水への影響はない」と、図を含めて、非常に分かりやすく説明していた。当然、説得力もある。

 「概括的に」「相対的に判断すれば」「おおむね」などの言葉を使い、福岡捷二座長は「地下水への影響はない」という結論に誘導しようとしたが、森下祐一静大客員教授は県地質構造・水資源専門部会長の立場で、さまざまな反論を試みた。

 結局、会議の結論は「座長コメント」でまとめられた。「地下水への影響は概括的に問題ないと言えるのではないかとの複数の意見があった。これを確かにするために、今後、化学的なデータや静岡市による解析結果等を用いて、追加の検討を行うよう指示があった」。何だ、これ。結論をまとめるどころか、これではいつまでたっても結論に到達しないだろう。

 「中下流域の地下水への影響があるのか、ないのか」を徹底的に議論すべきだった。賛成か、反対かを問えばいいのだ、まず、結論を得た上で、それぞれが専門家としての矜持をかけて、意見をぶつけ合うべきだ。今回の議論でその片鱗が見られたのは、たった一度、沖大幹東大教授が森下氏に直接、何が納得できないのか質問したときだけである。焦点ボケの議論をいつま続けていても結論を得ることはできないだろう。

「静岡問題」議論に終わりが見えない

 28日、川勝平太知事は「水環境だけが問題ではない。水環境問題が解決すれば終わりではない。(残土処理、生物多様性など)47項目すべてを議論しなければならない」と述べた。これでは、いくら時間を掛けても、議論の終わりは見えてこない。

 さらに、28日、難波喬司副知事名で江口秀二鉄道局審議官宛に「座長コメント」に対する意見書を送った。13日、有識者会議の議論の基となっているJR東海の「水収支解析」批判を意見書として、上原淳鉄道局長宛に送ったのに続いて、「会議の運営について、地域住民に不信感を与える恐れがある」など、今回は国交省を批判している。国交省主催の会議に関わらず、これだけ県が疑問を投げ掛ければ、会議そのものの存在について県民の多くが不信を抱くだろう。

 川勝知事は「有識者会議の検討結果は尊重するが、専門部会に持ち帰り、流域住民の理解を得ることを優先する」としている。さまざまな県のプレッシャーからか、第5回有識者会議で福岡座長は、はっきりとした方向を示すことができず、あいまいなままで議論を終えてしまった。有識者会議に過度の期待は掛けない方がいい。

「静岡問題」が長引いていることを伝える日経ビジネスの記事(8月17日号)

 第5回有識者会議を終えた27日、金子社長は会見で「議論はある程度の時間が掛かるので、これは必要な時間だ」などと会議が長期化するのを容認する発言をした。「ある程度の時間」や「必要な時間」がどれくらいを指すのか分からないが、川勝知事の発言や難波副知事の意見書を見れば、1年や2年というスパンでは無理だろう。「議論(線路)は続くよ、どこまでも♪」で、本当にいいのか?

 さて、安倍首相辞任に戻る。慢性の潰瘍性大腸炎は完治しないが、寛解(症状が治まる)と再燃(症状が悪化)を繰り返し、平均寿命を全うできるようだ。新首相は、総裁選への出馬を明らかにした菅義偉官房長官にほぼ決まりか?菅長官が来年9月までの安倍首相の任期を全うし、静養後、元気を取り戻した安倍首相が再々登板するシナリオが一番、JR東海にとってはよさそうだ。白血病で長期休養した競泳の池江璃花子の復帰が、安倍首相辞任の日と重なったのも偶然ではないだろう。

 「お友だち」安倍首相のおかげで3兆円もの融資を受けているのだから、JR東海は国交省に頼らず、「静岡問題」を自らの手で解決したほうがいい。そのためには、地元の人たち(首長を指していない)と虚心坦懐に話をすることである。

※タイトル写真は、安倍首相の辞任を伝える28日静岡新聞号外から。首相としての再々起を期待したい。首相退任後、安倍氏は72歳になった元気な川勝知事に会いに来静したほうがいいだろう

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