リニア騒動の真相52「伝家の宝刀」抜くとき?

県意見書、有識者会議の結論に「待った」

JR東海提出の資料に県が加筆した図。県は意見書で生態系への重大な影響が懸念されるのに影響評価手続きを進めたことを厳しく批判している

 13日、静岡県はJR東海が行った「水収支解析」の疑問点を意見書として、国交省鉄道局長宛に送った。4月にスタートした国の有識会議は、JR東海の提出したデータを基に議論を行ってきた。そのデータの根幹となるのが、「水収支解析」であり、その解析方法が信頼性に欠けると指摘した。JR東海は、水収支解析モデルの精度が高いとして、「トンネル湧水による河川水や地下水への影響」を説明しているが、モデルの適用範囲に限界があることを認めるべきだと県の意見は非常に辛辣だ。

 また、環境省総合環境政策統括官宛にも文書を送り、JR東海の水収支解析によって、南アルプス国立公園の地下水位が300m以上低下するという「環境影響評価書」に示されていない大幅な低下を予測していることに対して、生態系への影響などに、環境省はどのように対応するのか尋ねている。

 25日、第5回有識者会議が開催される。JR東海の説明を基に議論を行ってきただけに、この意見書をどのように取り扱うのか、議論は振り出しに戻る可能性さえ出てきた。また、川勝平太知事は、有識者会議の結論は尊重するが、県専門部会に持ち帰り、流域住民の理解を得ることを求めている。第4回有識者会議で、「中下流域の地下水への影響はほとんどない」という方向に議論が進み、次回の会議でまとめるよう議論は進んでいた。県の意見書は、有識者会議の結論に待ったを掛ける狙いがあるのだろう。

 第1回有識者会議で、金子慎JR東海社長は「南アルプスの環境が重要であるからといって、あまりに高い要求を課して、それが達成できなければ、中央新幹線の着工も認められないのは、法律の趣旨に反するのではないか」、「静岡県の整理されている課題自体の是非、つまり、事業者にそこまで求めるのは無理ではないか、それが達成できなければ、工事を進めてはならないという県の対応について、適切に対処をお願いしたい」など、有識者会議の役割に強い期待をにじませた。

 金子発言は川勝知事らの猛反発を受け、謝罪、撤回に追い込まれたが、実際に「県の対応」を見ると、金子発言を否定できないほど”攻撃的”である。国交省は静岡工区の早期着工を進める立場で有識者会議を設置したが、このままでは有識者会議自体が存在の意味を失う可能性さえある。

 一体、どうすればいいのか?

河川法「許可権限」を県から召し上げる?

 6月26日、金子社長は川勝知事に面会、ヤード(宿舎を含めた作業基地)整備の準備工事再開を要望した。7月10日には、国交省の藤田耕三事務次官も準備工事再開を要請したが、川勝知事は地元の理解が得られないとして、準備工事がトンネル本体工事の一部とみなすなど県自然環境保全条例を拡大解釈、運用することによって、藤田次官の要請を拒否した。

6月26日、県庁到着して検温を受ける金子JR東海社長。このときから結果はわかっていたのだがー

 実際には、約4㌔の輸送用トンネル、導水路トンネル、先進坑、8・9㌔のトンネル本体工事などで、河川法の県知事許可(占用)が”大関門”。準備工事再開を認めたとしても、それほど問題でないのだが、県は”攻撃的”な姿勢を崩したくなかったのだ。ただ、金子社長はその後の記者会見で「静岡県が着工を認めてもらえないので、2027年開業は難しい」など発言しているから、準備工事さえ認めてもらえれば、トンネル本体工事もなし崩しに着工できると、内心、期待していたのだろう。多分、河川法の許可権限が大きく立ちはだかっているのを忘れたかったのかもしれない。

 2018年10月、JR東海幹部が「強行着工」を口にしたことが一部新聞で報道された。当時、JR東海は本体トンネルから導水路トンネルを設置する椹島まで水を戻すことで、100㌔も離れた中下流域への影響はないと強く主張、県との議論はかみ合わなかった。利水者との合意は道義的な問題と考えていた。いまでも中下流域への影響は全くないという姿勢が根本にあるから、今回の県意見書のように矛盾点を突かれることになってしまう。

 静岡工区の着工に向けて、一番手っ取り早い方法は知事の許可権限を国交大臣が召し上げてしまうことである。河川法の許可権限は工事をストップできるが、県自然環境保全条例では何らの規制もできない。許可権限さえなくなれば、県がいくら反対しようが、JR東海は「強行着工」が可能になるのだ。

「法定受託事務」としての河川管理と権限

 1級河川の大井川は、河口から中下流域約40㌔までを国交省、そこから上流域、源流部までの約130㌔を県が管理している。リニア建設予定地の大井川最上流部は県の管理区間となる。県が管理している約130㌔区間は、本来ならば国が管理するところだが、「法定受託事務」(機関委任事務の廃止に伴い、新設された事務区分)として県が管理する。全国63の1級河川は、「法定受託事務」として都道府県の管理区間を持つ。

 本来は、国が直轄管理することになっているのだから、県知事の許可権限を召し上げることが難しいはずはない。今回のようにリニア問題でもめている場合でも、法的に可能なのか?

 河川法は、「1級河川の管理は国交大臣が行うが、国交大臣が指定する区間(指定区間)を都道府県知事が管理を行うことができるとしている。指定区間を指定しようとするときは、あらかじめ関係都道府県知事の意見を聞かなければならない、これを変更し、又は廃止しようとするのも同様とする」などと定めている。

 つまり、赤羽一嘉国交大臣が川勝知事の意見を聞いた上で、大井川の指定区間(県管理の区域)を国管理に変更すればいいだけである。知事の同意を必要としないから、いくら川勝知事が反対意見を述べようが、手続きさえ踏めば、河川法の許可権限を召し上げることができる。

「水が生む」長島ダムの役割が重要

 第4回有識者会議で、長島ダムが果たす下流域約62万人への「水道用水の供給」役割に注目が集まった。1989年着工され、2002年に完成した長島ダムは、国が直轄で管理している。89年以前には、県の管理区間だったが、長島ダム建設に伴い、国から「法定受託事務」として管理を任されていた区間が県知事の意見を聞いた上で国の管理に戻ったのである。

 河川法施行規則で、ダムなどの施設がある場合は都道府県の指定区間とならないと定められているから、長島ダムが県から国に移管されたのは、非常にわかりやすい事例である。

 リニアトンネルの静岡工区に関わる河川区域では、どのような理由を挙げられるだろうか?

「貴重な自然環境保全」を理由に国の直轄に

 河川法施行規則に「水系における貴重な自然環境、優れた景観等その整備又は保全を行うことが特に必要と認められる河川環境が存する区間」は国が直轄で行うとしている。

 県生物多様性部会は、南アルプスエコパークの自然環境保全が重要なテーマ。つまり、「水系における貴重な自然環境」を有している地域であり、その保全を国が行うことが特に必要と認められる、と理由を挙げることができる。

 国の有識者会議では「中下流域の地下水への影響はない」という結論が出るだろう。工事期間中、長野、山梨両県への湧水流出問題もJR東海側に立って解決が図られることは予測できる。有識者会議で最も難しい議論は、この「貴重な自然環境の保全」である。いくら議論しても、解決できるはずがないからだ。人による開発が入れば、自然環境が損なわれることを避けることはできない。全長約25㌔にも及ぶリニア南アルプストンネルを建設して、自然環境保全対策が十分と考える研究者は一人もいない。どれだけ、ダメージを抑えられるかだけである。つまり、リニア(開発による経済効果)を取るか、自然環境の保全を取るかは、選択でしかない。

 自然環境の保全を理由に、国は南アルプスエコパークの区域内(静岡市、川根本町)に限って、指定区間の変更を求めることができる。しかし、実際には、南アルプスエコパークを保全する役割を国交省は持たないから、そのような理由では変更できないかもしれない。

 環境省は国立公園区域内のみ保全を担当する。エコパーク内の自然環境の保全の役割を担うのは静岡市である。静岡市が大井川の河川管理をすることができるのか?

静岡市の実力を見せるチャンスだ

 2003年、静岡市の政令指定都市移行で県の権限移譲の調整が進められている最中に、1級河川の管理を県から市へ移譲する議論が激しく交わされた。当時の石川嘉延知事は県議会等で「財源、人的支援も惜しまないので全国のモデルケースとなるよう1級河川の管理を行うことを勧める」と静岡市へ権限移譲する姿勢を示した。ただし、これは大井川ではなく、安倍川を念頭にした発言だった。結局、流木処理費用などの財政負担がネックとなり、静岡市は首を縦に振らなかった。

 大井川(南アルプス地域は静岡市葵区)ならばどうか?

 河川法では「政令指定都市の区域内にある指定区間について、国交大臣は、都道府県知事が行うものとされている管理について、河川法の規定に関わらず、1級河川の部分の存する指定都市の長が行うこととする」と定めている。つまり、静岡市は源流部から井川地区までの大井川の管理を行うことができるのだ。

 河川法施行令では、国が定める整備基本方針を変更することで可能だから、静岡市が手を挙げれば、大井川の河川管理が移譲され、河川法の許可権限も静岡市長に移ることになる。流木問題は、畑薙、井川などのダム湖で処理されているから、静岡市の財政負担は非常に少ないだろう。

 河川管理は流木処理だけでなく、災害復旧、維持管理、草刈りなどが主な仕事であり、静岡市が手を挙げるかどうかは田辺信宏市長の判断に任せられる。川勝知事は田辺市政に厳しい批判を繰り返してきただけに、静岡市の実力を見せるのにはよい機会かもしれない。

 2年以上にわたって、「リニア騒動の静岡問題」を取材してきたが、県とJR東海の膠着状態はますますねじれ、県の”攻撃的”対応で国交省の思惑はすべて外されている。

 国は、県の権限を召し上げるという「伝家の宝刀」を抜くときが来たのか?鉄道局が有識者会議をまとめているが、いまのところ、河川担当部局と何らかの話し合いを持っているとは思えない。旧建設省、旧運輸省の寄り合い世帯の国交省が一枚岩ではないことも確かであり、「伝家の宝刀」を抜くのも容易ではないかもしれない。

 もし、国交省が強硬策に出れば、「やられたら、やり返せ」のゲーム理論が展開されるはずだ。コロナ禍でますますリニアの必要性が色褪せつつある中、何とかしなければならないことだけは確かである。

※タイトル写真は、静岡県庁を訪れた国交省事務方トップの藤田耕三事務次官。7月に退任したが、リニア問題では何の成果も上げられなかった。次回は、国交大臣が乗り出すのか?

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