リニア騒動の真相76”印象操作”にだまされる!

知事発言には”事実”チェックを!

24日の知事会見

 川勝平太知事は24日の会見で、JR沼津駅鉄道高架事業に伴う、原駅周辺の貨物駅移転先での行政代執行(強制収用)で明け渡しを拒否していた地権者の久保田豊さん(81)を、昨日(23日)訪問、謝罪したことを明らかにした。この訪問についての知事の話は、目まぐるしくあちこちに飛び、とりとめがなく、何を言っているのか理解するのは非常に難しかった。それでも、最後に知事は「帰り際に(久保田さんと)ひじタッチをして、にこやかにお別れした。(久保田さんは)ずっと丁重に見送ってくれた」などと敵対していたとばかり思っていた久保田さんと関係修復ができ、久保田さんの信念等をほめたたえ、終始、友好ムードだったことを強調した。

 同行した鈴木俊直秘書課長が知事に代わって檀上に立った。鈴木課長は「これ(行政代執行=強制収用)は知事が悪いわけじゃないんだからというようなお言葉を(久保田さんから)もらった。本当に5分程度の立ち話だったが、このタイミングで会っていただいてよかった」など知事発言を補強をした。この話の通りであれば、”美談”のひとつだったかもしれない。

 ところが、事情は大きく違っていた。翌日(25日)新聞各紙は知事の発言から”美談”記事として取り上げていたが、毎日新聞のみ久保田さんに直接、確認した上で、知事訪問の”真実”を伝えた。

 毎日記事では、【久保田さんは「知事は冒頭、『すいませんでした』と謝ったが、あとはペラペラと勝手にしゃべっただけだ。早口で何を言っているのかよく分からなかった。私がどうこういう暇もなかった。突然、来て5分もいたかどうか」と説明。「『握手しましょう』と言うから、ケンカするつもりはないのでひじで握手した。しかし、知事に対して裏切り者で許せないという思いは今も変わらない」と心情を語った。

 知事の訪問の動機については「会った、顔を見せたという実績づくりのためだろう」と推測した】。毎日新聞を読めば、知事発言は眉に唾をつけたほうがよいことがわかる。

 ただ、各紙の記者たちは知事の一方的な話を鵜呑みにして、そのまま報道した。読者、視聴者は数多くの報道を比べて確かめることはない。ファクトチェックはメディアの責任であるからだ。

 今回の場合、当初、「絶対強制収用をしない」「貨物駅は不要」などとと啖呵(たんか)を切って、反対者から強い支持を得ていた川勝知事が約5年後に豹変、10年以上を経て、とうとう強制収用に乗り出したのだ。強硬な反対派、久保田さんが知事の突然の訪問を歓迎したという話に疑問を抱くのがふつうである。

 知事会見の席では確認しようがない。さらに、秘書課長が知事の側に立って、異例の発言を行ったから、疑問を唱える記者もいなかった。一番気になったのは「知事が悪いわけじゃやない」(鈴木課長)という、久保田さんが知事に許しを与えたかのような発言だった。

 権力者の知事が強制代執行を決めたあと、いずれ元地権者に面会すると記者たちの前で約束していた。久保田さんの指摘通り「会った、顔を見せたという実績づくり」が欲しかったのだろう。両者の話で合致している「5分足らずの訪問」がすべてを物語っている。

 ”印象操作”とは相手に与える情報を取捨選択して、恣意的な伝え方で都合のいいように誘導することだ。メディアはまんまと知事の術中にはまってしまった。リニア問題でも、知事の”印象操作”に注意しないと結局、誤報となってしまうことが多い。

「座長コメント撤廃」を求めた川勝知事

 第8回有識者会議について、2月14日付『リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?』で取り上げた、知事の9日の記者会見での発言をもう一度、振り返ってみよう。

 第8回有識者会議が2月7日開催、会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、県庁で傍聴したした難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などとすぐに反論した。各紙とも難波副知事の発言をそのまま報道した。

 難波発言に呼応したのが、9日の知事会見だった。知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めていた。知事発言を聞いていれば、座長が勝手に「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」と言ったように聞こえてしまう。

 静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」と伝えた。15日に国へ送る文書の素案について、県地質構造・水資源専門部会で了解を求め、22日に難波副知事名で「リニア有識者会議における今後の議論に関する提案」という文書を国交省へ送っている。

 同文書では「トンネル湧水量を大井川に全量戻す時は、椹島より下流側の河川流量への影響はほとんどない。また、トンネル湧水による地下水への影響についても、畑薙第一ダムを超えて及ぶことはほとんどない」というのが(静岡県の評価)だった。難波副知事の「河川流量が維持されることはない。納得できない」という発言は影を潜めた

 まして、川勝知事の「座長コメントを撤廃せよ」は影も形もない。知事会見を受けた10日付各紙は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出し、記事を書いている。知事会見の内容は大きく伝えたのに、県の送付文書を正確に伝えた社はどこもない。知事の発言に比べて、あまりにも分かりにくかったからかもしれない。

 メディアは知事の”印象操作”ばかりを伝える。流域の住民をはじめ県民の多くは新聞、テレビから情報を得ている。「座長コメントの撤廃」を求めた紙面は非常に大きく、読者の思考はそこで止まってしまっている。

第9回有識者会議の座長コメントは?

28日の有識者会議(国交省提供)

 第9回有識者会議が2月28日、開かれた。座長コメントはどうなったのか見てみよう。3時間近くに及ぶ会議後に、今回も座長コメントにまとめられた。座長コメントと会議の中身を確認してみよう。

 中下流域の河川水量の減少(水質への悪影響)、中下流域の地下水量の減少(水質への悪影響)について、a、地盤、b、気象、c、設備、d、施工の4つの要因から、どのようなリスクがあるのか顕在化させ、そのリスクへの対処について、JR東海が説明した。東日本大震災のような顕在化されない千年に一度のハザード(偶然性の強い危険要素)については話し合っても、解決策は見い出せないが、顕在化できるリスクについては対応できることが明らかになったのだ。

 座長コメントでは『トンネル湧水を大井川に戻すにあたり、設定されるトンネル湧水量や突発湧水量等が不確実性を伴うことから、地盤状況の差異、気象や災害、設備故障等のリスク要因と、水量や水質に対するリスク対策の考え方について議論した』となっている。まさに、その通りだが、新聞記者の頓珍漢な質問を聞いていても、これだけを読んで理解できる流域の首長はいないだろう。

 今回の会議で注目したのは、静岡、山梨県境の断層帯での工事法についてである。県は、山梨県側から上向き掘削で恒常湧水だけでなく、突発湧水を想定した上で、5百万㎥(10カ月間)流出と推定しているのだから、静岡県側から下向き掘削でもできるはずだ、と主張してきた。

 JR東海はNATM工法で静岡県側から下向きに掘削する工法について、山梨県側への湧水流出はなくなるが、作業員の安全性を図ることができず、経済性にも疑問点が多いこと、また、TBM、シールド工法など最新の掘削機械を使った場合には、技術的に実現可能性が低いことを説明した。

 座長コメントでは『山梨県境付近の断層帯のトンネル掘削については、JR東海により複数の工法について施工上の安全性等の観点からの評価が行われ、事業主体としては静岡県側からの掘削は難しいことが示された』となっている。この通りであるが、会議後に質問する記者は、座長コメントは誤解を招く恐れがあるなどと指摘していた。

 座長コメントとは、議論の概略を簡単に記したものだから、もともと専門知識のない首長はじめ流域住民は当然、誤解を招くどころか、理解できないかもしれない。だから、会議を傍聴した記者がかみ砕いて、内容を説明すべきなのだ。その後の質疑もそのために取られている。知事の座長コメントへの疑問をそのままに述べているのでは、何のために会議を傍聴したのか全く分からない。

 反対のための反対をしていたのは、静岡県専門部会から有識者会議に出席していた委員である。

”印象操作”に立ち向かうには?

 「トンネル掘削に伴う水資源利用へのリスクと対処」について、JR東海の説明のあと、森下祐一委員は東日本大震災のような想定外のリスク対応はどうなるのか、と聞いていた。これには、沖大幹委員がリスクとハザードの違いについて説明した上で、顕在化できないリスクには対処できないことを指摘した。

 静岡県側からの下向き掘削について青函トンネル工事などで作業員の人命安全の観点から問題があったことをJR東海が指摘したのに対して、森下委員は「第2青函トンネル計画があると聞いている。この計画でも下向きでしか掘れないのか」などの疑問を投げ掛けた。第2青函トンネル計画(計画だけで実現性の根拠はない)ではシールド工法が採用されると言われるから、JR東海がシールド工法について簡単に否定したことへ釘を刺したのかもしれない。実現性に根拠のない第2青函トンネル計画についての施工技術を持ち出すことに何らかの意味があったのだろう。

 さらに、地下水涵養量や表流水とともに大井川の伏流水についてカウントしろ、と森下委員はJR東海に求めた。この要請に対して、沖委員が伏流水は河川法上、表流水としてカウントされているなどと一蹴した。

 国交省は有識者会議としてのこれまでの議論をまとめる方向で素案を作成したが、森下委員はJR東海に「アドバイス」をするための会議であると主張、国交省が素案をつくることに否定的な姿勢を示した。今回の会議を聞く限りでは、森下委員は「アドバイス」をするどころか、JR東海に難くせをつけているような印象があった。

 もし、県専門部会の席であれば、森下委員の主張はそのまま通るのだろう。その結果、JR東海は屋上屋を重ねる作業を強いられる。科学的な”事実”を重んじる有識者会議ではそうはいかない。今回は、森下委員の質問を聞いた記者たちはJR東海への疑問としてそのまま報道するのかもしれない。

 3時間にも及ぶ議論だったが、記者の質問は的外れのものばかり。”印象操作”川勝知事の影響が大きいのだろう。国交省は”印象操作”にどのように立ち向かうべきか、それを考えないと有識者会議そのものが有名無実となってしまうだろう。

Leave a Reply

Your email address will not be published.