リニア騒動の真相82「命運」決まる選挙戦だ!

「リニア推進」vs「反リニア」の戦い

 自民対全野党の激突となる静岡県知事選(6月3日告示、20日投開票)の前哨戦がスタートした(公明は自主投票となる見込み)。「リニア」を争点にする川勝平太知事に対して、前国土交通副大臣の岩井茂樹・前参議院議員はJR東海を指導する国の有識者会議を重視する姿勢を示している。その上で、流域住民の理解と協力を得ることが最大の解決策として、県の姿勢と大きな違いのないことを強調した。つまり、「リニア」を争点から外したのだ。

 川勝氏は4月28日の出馬表明の会見で、岩井氏を“国交省の顔”になぞらえ、「リニア」を知事選の最大の争点に挙げていた。「国交省に堂々と正論を吐かないといけない」「県民が水問題に関する見解を表明する良い機会になる」などと発言、リニア工事による大井川の下流域の水問題について政策論争する構えで岩井氏を挑発した。

 ところが、岩井氏は「国交副大臣というが、確かに鉄道も担当だったが、水の担当者でもあった。水をどうやって有効的に使っていくのかが仕事だったので、国交省だからと言ってリニア推進派ではない」などと述べ、大井川流域の理解と協力を最優先する姿勢は知事と同じだと「リニア」論争から逃げた。

 「リニア」論争から逃げる岩井氏の気持ちも理解できる。リニア問題については、「湧水の全量戻し」のひとつを取っても、一般の人たちが理解できるように説明するのは非常に難しいからだ。

 2013年9月、JR東海は環境影響評価書の中で大井川の流量が毎秒2㎥減るという予測を示し、2年後に、毎秒1・3㎥を戻し、残りの0・7㎥は必要に応じて戻す案を示した。これに対して、静岡県は「全量戻せ」と主張した。結局、JR東海が「湧水全量(毎秒2・63㎡)戻し」を約束したことに対して、今度は、知事は「全量戻しであるならば、工事中の水一滴を含むすべて」と切り返した。いつの間にか、工事期間中の山梨県、長野県への流出分すべてを戻せ、という議論にすり替わってしまった。

 JR東海は「作業員の人命安全」を最優先して、山梨県外、長野県外への流出はやむを得ないとしている。その背景には、たとえ、流出したとしても、湧水全量戻しによって、大井川の流域への影響はほぼないからと説明する。これに対して、県は山梨県外、長野県外に流出することで、静岡県全体の地下水へ影響が及ぶとしている。一般の人たちはこの議論についてこられるのか?(※この「リニア騒動の真相」で何度も詳しく紹介しているので、時間のある方はご覧になって、ちゃんと理解してほしい)

 岩井氏は、リニア問題の争点を説明するのではなく、分かりやすく、大井川流域の理解と協力を最優先すると表明した。ただ、これは単なる選挙戦略である。岩井、川勝の両氏が「リニア」に同じ姿勢で臨むなど関係者の誰ひとりとして夢にも思わないだろう。

 結局のところは、岩井氏が当選すれば、「リニア」推進であり、川勝氏であれば、「リニア」凍結であると承知している。つまり、岩井氏が当選しなければ、リニア着工の道は開けないのである。

菅首相から手渡された「自民党推薦」証の威力は?

岩井氏の事務所入り口の様子

 コロナ禍の中、外出自粛などを要請されているから、ふだんの選挙戦とは事情が大きく違う。投票率を読むことができない。だからと言って、選挙戦略が変わってくるわけではない。岩井氏は静岡、浜松、沼津に後援会事務所を開設、川勝氏も事務所を静岡に設けた。どんな選挙であっても、1票でも相手側より多く取れば、勝ちとなるから、政策論争よりも、どのようにしたら、相手側よりも票を1票でも上積みできるかのほうが重要である。

 岩井氏は14日、静岡市七間町通りに開いた選挙事務所で出馬表明を行った。田辺信宏・静岡市長が2019年4月の市長選挙で使った同じ場所であり、それまで2年間もシャッターが閉まっていた。

岩井氏の事務所前に貼られた上川陽子法相のポスター

事務所入り口には、岩井氏の写真が掲示され、上川陽子法相(前県連会長)と並んだポスターも掲示されていた。ポスターを見ると、知事選が終わったあと、上川法相が来る衆院選挙で、この事務所を使うことがわかる。上川法相の時局講演会が知事選の投開票日の翌日、6月21日午後4時から、この事務所で開催されるという告知が記されているのだ。入管法、少年法改正など喫緊の法務行政で忙しい上川法相としては、知事選で多くの人が訪れる認知度の高い場所だから、選挙事務所にするのは都合がいいのだろう。ただ、「二兎を追う者は一兎をも得ず」のたとえにならなければいいのだが、本当に大丈夫か?

 と言うのも、14日の岩井氏の出馬会見を仕切った自民県連は、県政記者クラブ以外の記者を締め出してしまった。わざわざ、東京から取材に訪れたフリーの記者はかんかんに怒っていた。選挙とはイメージを大切にするものであり、気に入らない人間を排除する戦略では、岩井氏に好意を持つ他のメディアも離れてしまう可能性がある。

 出馬会見の翌日(15日)、事務所を訪れ、菅義偉首相から岩井氏に手渡された自民党の「推薦書」を見せてほしい、と頼んだ。事務所によると、記者会見前には飾ってあったが、公職選挙法の関係もあって、報道陣の要請ですべての掲示物を外してしまったのだ、という。菅首相、二階俊博幹事長の「必勝」の色紙を含めて、再び、掲示されたのは16日になってからだった。(タイトル写真は「自民党推薦」の証書など)

 事務所正面の神棚の下に「自民党推薦」が仰々しく飾られていた。今回の知事選で、「自民党推薦」はどのくらいの威力があるのか、聞いた。誰も納得できる回答をしてくれなかった。18日付静岡新聞が公明党が自主投票とする方向で、党本部に上申するとあったから、党本部の力では公明党を動かすことはできないようだ。

 前回の参院選挙で、広島選挙区の河井案里氏に1億5千万円の選挙資金が送られた経緯が問題になっていた。今回の知事選では岩井氏側にいくらくらいの選挙資金が回されるのか、そんなおカネの話題が飛び交えば、知事選にはマイナスになってしまうかもしれない。

 自民党推薦を得るために、上川法相は何度も党本部を訪れていた。県連推薦ではなく、党本部推薦に格上げされることで、どのくらい、知事選挙で有利に働くのか、わかりやすく教えてほしい。自民党が一丸となるとどのくらい強力なパワーが発揮されるのか?果たして、自民党推薦によって、岩井氏の当選は確実なのか?

川勝氏事務所は選挙事務所には見えない

川勝氏の選挙事務所

 一方、川勝氏の選挙事務所は16日に事務所開きを行った。ふじのくに県民クラブの県議、連合静岡代表らが集まった。一番、びっくりしたのは、外からは何の事務所か分からなかったことだ。「東京時代から静岡時代へ! 世界に輝くSDGsモデル県を共に創ろう!」という何だかわからないスローガンの書かれた看板があった。事務所に数多くのテレビカメラが集まっていたから、通行人たちは興味深げに室内をのぞいていたが、川勝氏の選挙事務所だとは誰も気がつかなかったようだ。

 この空き店舗は、もともとは婦人服のブティックがあった場所という。事務所に入ると、大きな鏡があって、しゃれたつくりであり、奥には岩井氏の事務所と同様に神棚があった。川勝氏の写真がついたチラシや名刺などが置かれていた。川勝氏「レインボーマニフェスト」の一番最初にやはり、赤字で「リニア問題」とあった。「令和時代に求められている環境と経済の両立を図ることで、本県をSDGsのモデル県にします!」と小さな字で説明があった。SDGsがリニア問題とどのようにつながるのか理解するのは難しい。

 さて、双方の陣営が目標得票数を、前回知事選で川勝氏が獲得した83万票台に設定しているのだ、という。そんな低い得票数で本当に当選が可能なのか?

83万票台が当選ラインは間違い?

 川勝氏は2013年の知事選で知事選史上最多の108万票を獲得している。前回知事選では、自民党は対立候補を擁立することができず、自民静岡市支部などは元県教育委員会委員の女性候補支援に回ったが、大きな争点もなく、それでも83万票を川勝氏は獲得している。

 今回選は「リニア」を争点に、岩井氏に自民党推薦を出しているのだから、自民県連は各支部に号令を掛けて大車輪で票の上積みを図っているだろう。自民県連は、2017年衆院選で県内8選挙区の自民党候補が獲得した合計得票85万3千票をにらんで、当選ラインを83万票台としたようだが、今回選で85万票を岩井氏が獲得したとしても、川勝氏の得票には及ばないだろう。

 「リニア」を争点に大きな掛け声で「命の水」と「自然環境」を訴える現職の川勝氏へ支援の輪は広がっているからだ。108万票を超える勢いである。外向きには、両方の陣営は当選ラインを「83万票台」としているが、実際のところは分からない。コロナ禍の中、投票率は大きく落ち込む恐れもあるが、川勝氏の100万票超えはまず、間違いはないだろう。

 いずれにしても、「リニア」の命運を握ることになる。もし、川勝県政の継続となれば、4年間は「リニア」着工は遠のくことははっきりとしている。それがたった1カ月間で決まる。「自民党推薦」がどれだけの威力を持つのか、どのような大物政治家が静岡を訪れるのか、虚々実々の戦いとなる1カ月弱の選挙戦がスタートしている。

 JR東海にとってこそ、さまざまな意味で「命運」の決まる選挙となるだろう。

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