リニア騒動の真相41「県益」を考えた対応を!

100キロ離れた中下流域の影響はない!

第3回有識者会議(国交省提供)

 「核心に触れてきた」。6月2日国交省で開かれた第3回リニア中央新幹線静岡工区有識者会議をまとめた福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のことばがすべてを物語っていた。福岡座長発言は、沖大幹東京大学教授(水文学、水資源工学)、徳永朋祥東京大学教授(地下水学、地圏環境学)らの発言を受けたもので、静岡県関係者を慮ってか、結論的な物言いはしていないが、議論の全体を聞いていれば、有識者会議の方向性がほぼ決まったことが分かる。

 要するに、トンネル内の湧水全量を戻すことで中下流域の地下水に影響はないことを静岡県民にどのように説明していくのか、そのために、JR東海には各種データをよりわかりやすく工夫するように求めたのだ。

 有識者会議は「中下流域の地下水への影響」、「工事期間中の湧水県外流出」を2大テーマとしている。この2つのテーマは密接に関連しているように見えるが、実際は全く違う。少なくとも、沖教授らはそう考えていることがわかる。

 「湧水全量戻してもらう。これは県民62万人の生死に関わる」。「日経ビジネス」(2018年8月20日号)誌上に掲載された静岡県の川勝平太知事発言は、「大井川表流水」の問題だった。それがいつの間にか、「中下流域の地下水への影響」問題にすり替わった。

 静岡県の専門家会議は、トンネル工事によって地下水の流れを切断、または流れを変える可能性、重金属等の有害物質が地下水に流出する可能性を指摘、百㌔も離れた中下流域の影響を問題にした。それを受けて、川勝知事は2つの違う問題を全く同じ視点で発言するようになった。川勝発言を受けてか、百㌔離れた中下流域の市町長らは過去にあった「水返せ運動」と同列で騒ぎ立てた。

 JR東海は一貫して中下流域の地下水への影響は生じない、としてきた。今回の会議でも、宇野護副社長、澤田尚夫中央新幹線建設部次長は「中下流域の地下水は掘削される南アルプストンネルから約百㌔離れており、影響は生じない」を説明、沖教授らがこれを支持する発言を行った。

 有識者会議に出席する静岡県専門部会の森下祐一静岡大学客員教授、丸井敦尚国立研究開発法人産業技術総合研究所地質調査総合センタープロジェクトリーダーも沖教授らの発言に「異論」を唱えなかった。水循環基本法フォローアップ委員会座長で、世界的な水の権威の発言を否定するのは難しいのだろう。

中下流域で問題が起きれば、「ブラックスワン」

 大井川地域など県中部地域の地中に蓄えられている地下水賦存(ふぞん)量は58・4億㎥、そのうち地下水障害を発生・拡大させることなく利用できる地下水量は3・4億㎥。1960年代後半から焼津、吉田などで盛んに行われた養鰻業によって地下水の減量が顕著になったことから、71年に地下水の採取に関する県条例を制定、77年に改正、さらに2018年にも改正されている。

 地下水採取を公的に管理する静岡県は、中下流域の15本の井戸によって、地下水の経年変化を調べている。有識者会議では、最上流部にある新東名付近の島田市島から下流域の吉田町川尻、焼津市藤守、牧之原市細江などの井戸15本の地下水位(常時計測)10年間の結果を別冊データとして専門家委員に示した。毎年の最大、最小、平均とともに、月平均水位など詳しい地下水の水位がひと目でわかるようになっている。条例制定後、現在まで大井川地域の地下水はほぼ同じであり、大きな減少などは見られない。

第3回有識者会議のリニア静岡工区工事概念模型(国交省提供)

 大井川は間ノ岳(3189㍍)を源流に駿河湾まで約168㌔の長さ、流域面積1280㌔平方㍍の大河川。間ノ岳だけでなく、大井川の水源は日本第2位の白根北岳(3192m)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千m級の南アルプス13座の山々が連なり、中下流域まで百㌔の間に不連続の断層帯が続き、南アルプスの地下水が中下流域まで伏流水のように流れていく仕組みは見られない。

 リニアトンネル建設地の下流域には数多くの支流があり、豊富な水が本流に流れ込み、中下流域への利水の役割を果たす国交省の長島ダムに水を供給している。

 中下流域の地下水量に大きな影響を及ぼすのは、それぞれの地域の雨量や工場などの取水量である。百㌔も離れた河川上流部の水の変化が地下水にどのような影響を及ぼすかという調査研究が行われないのは、JR東海の主張通り、大井川の場合、表流水として、そのほとんどが流れているからであり、南アルプスに降った雨が下流域の湧水となるわけではないからだ。川勝知事が「62万人の生命に影響」と言うのは、大井川広域水道を利用する島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原7市を合計した人口であり、まさしく「表流水の問題」である。

 「リニア騒動の真相35『ブラックスワン』が起きる?」で、地下約4百mに建設される南アルプストンネル(約8・9㌔)が百㌔以上離れた地域の地下水に影響を与えてしまうとすれば、科学的な常識を超えた現象である、と書いた。つまり、「ブラックスワン」(常識を覆す大変化が起きること)が大井川の中下流域で起きる可能性はゼロではないが、限りなく、ゼロに近いことも確かである。そのためJR東海は期間無制限の「補償」にも言及している。

 地下水を大量に使ってきた養鰻業は廃れてしまったが、生活用水を地下水に依存する吉田町はその影響には強い関心を持つ。「想定外の事態(地下水の枯渇)に対し、誰も責任を取り続けることができない。JR東海は100年、200年、300年、400年と責任を取り続けてくれない」(吉田町長)発言は政治家としては理解できるが、「科学的、工学的な議論の場」では相手にされない。つまり、もし何か万一のことがあったらという「ブラックスワン」を取り上げるのは、「政治的な議論の場」であるからだ。その役割は川勝知事に任されている。

非公開は「本県に厳しい結論を出すため」?

 有識者会議を伝える3日付新聞各紙を見て驚いた。ほとんどすべてが会議開催を伝えるだけで、各委員発言を紹介したのは中日のみだったからだ。静岡は『データ不足 JRに指摘 委員「事実、推定分けて」』の見出しで、委員たちの議論の中身に触れず、JR東海のデータ提示をより分かりやすくという委員らの指摘を紹介しただけだった。中日は有識者会議各委員の主な発言をまとめた。

 「トンネル湧水を全量戻すなら下流に影響しないはず。大井川の平均流量・毎秒74㎥と比べれば、先進坑掘削時に(山梨県側に)流出する毎秒0・08㎥が受忍限度かは受け手の気持ち次第。JRは住民が何に不安なのかをしっかり理解して、影響の比較対象を考えるべきだ」(沖大幹東京大学教授)、「技術者の感覚として(JRが提示した掘削予定地付近の水の浸透しやすさを示した数値からは)上流域の地下水はある程度河川に流れ出ている可能性が高く、中下流域の地下水の影響は大きくないとみられる」(徳永朋祥東大教授)など各委員の主張の”肝”をわかりやすく伝えていた。

 新聞紙面が何をどのように伝えるのかは、それぞれの編集方針があるのだろうが、これでは中日以外の読者は有識者会議の議論内容を理解できないだろう。やはり、関心のある向きは国交省が公開する議事録を読むべきだ。

6月6日付静岡新聞

 6日付静岡は、県議が有識者会議傍聴ができないことを問題視という記事を掲載した。取材すると、共産党、ふじのくに県民クラブの県議が傍聴を希望していた。静岡の記事では、県議の一人(匿名)が「専門家会議が委員名を伏せるのは、本県に対して厳しい結論を出そうとしているからでは」と伝えている。「本県に対して厳しい意見」とは何か?中日を読めば、どの委員がどんな主張をしているかの一端は理解できるだろう。「中下流域の地下水に影響はない」が「厳しい結論」だと考えるならば、県議は会議の趣旨を誤解しているのか、全く分かっていないかだ。

 第1回会合のJR東海金子慎社長発言が問題になり、金子社長は正式に謝罪した。「科学的、工学的な議論の場」に自社の都合とも言える政治的な発言をしたからである。川勝知事は金子社長が面会を求めたのに対して、「有識者会議の検討を見守るのが筋だ」と回答している。

 「会議の結論を県議会で検証するためにも傍聴は必要だ」と県議(匿名)は訴えたらしいが、会議の結論は議事録を読めば十分わかるだろうし、福岡座長がまとめるはずだ。どの委員がどんな意見を言うのかをチェックするのは「筋違い」である。

 傍聴を許可されている新聞、テレビ報道が期待外れだとしたら、県議らは報道機関に厳しい意見を言ったほうがいい。

国交省全体と事を構えるのか? 

 前回の「リニア騒動の真相40」では、川勝知事が記者会見で水嶋智鉄道局長を批判した記事を書いた。静岡県はいまだに「全面公開」を求めている。1日付で難波喬司副知事は、赤羽一嘉大臣が「静岡県が求めている会議の全面公開との要件は、基本的に満たしているものだと考えている。こうしたことについては、静岡県の担当者の方とは事前に調整して、異論はなかったものと承知している」と発言したことに対して、『県はこれまで一貫して全面公開を求めており、「異論がない」と発言したことはない』と抗議した。

 国交省に確認すると、ことし3月6日に「報道関係者の傍聴、会議後の記者ブリーフィング、議事録の速やかな開示」による「透明性の確保」について県側に説明、そこで「異論は出なかった」という。そのときに県側が「『異論がない』とは発言しなかった」とは言っているから、どちらの主張が正しいのか分からない。このような「闘い」は意味がなく、こじれれば、静岡県は鉄道局だけでなく、国交省全体と事を構えることになる。

 静岡県は県民のために県土を発展させる役割を持つ。静岡県は長い間、公共事業のシェアが低く、そのために一般道路などの社会資本がお粗末だと批判されてきた。愛知、神奈川、山梨へ行ってみれば分かるが、静岡県の一般道路は各県と比較してあまりに貧弱である。国の公共事業を獲得できなかったからだ。必然的に県民は費用を支払い、東名、新東名など有料道路を使うことになる。歴代の政治家(知事、国会議員ら)が本県の公共事業をおろそかにしてきた結果は明らかである。

 「国益」があると同様に「県益」もあり、各都道府県知事、地元選出国会議員らは今回のコロナ対策でも競っている。川勝知事は赤羽大臣と面会する目的を、「全面公開」を求めるだけでなく、来年の東京オリンピックなどでの支援を求めることを挙げていた。

 「包帯のような嘘を見破ることで学者は世間を見たような気になる 時の流れを止めて変わらない夢を見たがる者たちと戦うため」(中島みゆき「世情」)。沖教授は自著「東大教授」(新潮新書)でこの歌をうたっていた。

※タイトル写真は2日開かれた「第3回有識者会議」(国交省提供)

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