リニア騒動の真相78国交省の解決策は?

「全量戻しできない」JR東海は信用できない?

  一体、これほどかみ合わない議論の原因はどこにあるのか?

 国の第10回有識者会議が22日、開かれた。トンネル湧水がリニア工事期間中(約10カ月間)山梨県側に流出した場合でも、下流域の河川流量は維持されるなどの「中間報告(素案)」が提示され、静岡県専門部会の2委員を含めて、委員たちは報告案の大筋を認めた。ところが、翌日の新聞各紙の論調は全く違っていた。

 23日付朝刊各紙は、『国有識者会議 湧水全量戻しならず JR代替案「10年~20年かけ」』(毎日)、『国交省専門家会議中間報告巡りJR 副社長「全量戻しできず」 副知事は反発』(静岡)などと伝えた。

 報告案では「JR東海の施工計画では、工事の安全確保等の観点から、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削するため、掘削工事の一定期間中は山梨県側へトンネル湧水が流出し全量戻しとはならない」と明記され、確かに「全量戻しできず」となっている。しかし、そのあとに「トンネル湧水が山梨県側に流出した場合においても、静岡工区で発生するトンネル湧水を戻すことで下流域の河川流量は維持される」と続く。つまり、『全量戻せなくても、下流域への影響はほとんどない』が報告案の趣旨なのだが、記者たちはそう考えなかった。

 会議後の質疑でも、「全量戻しできるかどうか」が再び、焦点となり、宇野護JR東海副社長に確認していた。宇野氏は「元の位置に戻すのはでき得ない話。全量戻すという考えはない」などと述べた。

 『国有識者会議 湧水全量戻しならず JR代替案「10年~20年かけ」』の大きな見出しをつけた毎日は『(中間報告案に)工事中の一定期間、山梨県側にトンネル湧水が流出することから「湧水全量戻しにならない」と記載した』と書いた。『JR副社長「全量戻しできず」 副知事は反発』の1面トップ記事の静岡は「全量戻しできない」JR東海の責任を追及した。

 翌日23日の知事会見で、毎日記者は「リニア静岡工区の最大の問題は影響が大きいとか小さいとか、わかりやすい説明の以前に、山梨から戻す期間の説明に見られるように不都合な真実を積極的に明らかにしない事業主体のJR東海に対する不信感が最大の問題だ。そんな事業主体に影響がないとか、大丈夫だと言われても、一体だれが信じるのか?(川勝平太静岡県)知事はJRを信用できますか?」と質問した。毎日記者は、JR東海は”不信の塊”であることを公言して、知事の同意を求めているのだ。

 さすがに川勝知事でさえ「記者が言われたような不信感を抱かせるような状態になっているのは、JR東海にとって残念なこと」などと逃げていた。(JR東海は信用できないという)予断を持てば、記事がどうなるかは推して知るべしだ。

 「全量戻し」とは何だったのか?それをちゃんと理解していないのだろう。予断を持って取材に当たるのが毎日新聞社の方針としたら、あまりにも残念である。

「全量戻し」と「影響回避」のどちらが重要か?

 2018年8月2日に静岡県中央新幹線対策本部長名で県が出した資料には『大井川水系の水は大井川水系に全量戻すこと。仮にJR東海が「社会的に理解可能で、県・流域市町・利水者が納得できる内容で、河川流量等への影響を特定でき、かつその影響を回避できる方策を提示できる」のであれば、協議会としてはその方策を認める』と書かれている。つまり、原則は「全量戻す」ことを求めるが、河川流量等への影響がなければ、認めるというのが県の姿勢だった。

 「全量戻し」要求に対して、最初、JR東海は県外に流出する毎秒2㎥のうち、「1・3㎥を導水路トンネルから自然流下で大井川に戻し、0・7㎥は必要に応じてポンプアップして導水路トンネル等から流す」提案をしていたが、県は強く反発した。

 両者の協議が進む中で、2019年7月3日の県資料は、2018年10月17日に『JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」ことを表明した』と書いている。その資料を読む限りでは、この時点での「全量戻し」とは、トンネル湧水2・67㎥の全量を戻すことを指していた。つまり、工事後、湧水全量戻しをすることで、問題解決のはずだった。

 ところが、工事中の県外流出が問題として浮上した。

 JR東海は、工事中の県外流出はやむを得ないことを県は承知していたと述べているが、県は、環境影響評価書の知事意見にある『トンネルにおいて本県境界に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近に戻すこと』を遵守するよう求めているだけだ、という。ただ、誰が考えても「工事中に発生した湧水を全て現位置付近に戻すこと」などできるはずもない。そもそもが無理無体な主張だった。

 金子慎JR東海社長は25日の会見で、県が要求する「全量戻し」と大井川下流域の水利用への影響は全く別の問題であることを詳しく説明した。(10年から20年掛かる)県外流出の対応策案を示したのは、県が工事中の県外流出分の全量の水を戻すことを求めているからであり、最も重要なのは大井川の中下流域に影響を与えないことだ、と強調した。

 だからこそ、第10回有識者会議の報告案に示された方策は、県が当初求めた社会的に理解可能で、ふつうであれば、納得できる内容と見るべきである。

有識者会議の中間報告に県は異常なほど反発

 ところが、県にはそんなつもりは毛頭ないようだ。

 23日の知事会見の中で、織部康宏県リニア担当理事は檀上で「JR東海は県外に流出しても、河川流量に影響がないと言っている。確かに工事中は、その時点で影響がないと思われるが、将来的に、地下水は県外に出る分は減るのだから、中下流域の表流水に影響が出てくると県は考えている」と珍妙な理屈で、有識者会議の中間報告に異論を述べた。

 織部理事に確認すると、『2月22日に難波副知事名で国交省に提出した「提案」別紙に、県外流出による地下水の減少で、将来、中下流域への影響が説明されている』というのだ。 

県提案資料「別紙」の図

 別紙には、静岡県の評価として『「導水路トンネル出口(椹島)では河川流量は工事前より少し増える。その下流では、地下水の地表流出量が少し減少し、河川流量の増分が相殺される」という現象が発生する影響があると思われる。それにもかかわらず、この現象を無視して「(トンネル湧水を山梨県側に流出させても、解析結果によれば)大井川の流量は増える」との説明には、同意できない』としている。

 これが、「将来的な中下流域の表流水の影響とつながる」のか、さっぱりわからない。県の地下水の動きの評価は、15km下流の畑薙第一ダム下流まで及ばないとしているのに、織部理事はどのような根拠で中下流域まで影響が及ぶとしているのか?

 また、JR東海資料では、静岡工区内のトンネル湧水は、河川流量の減少量よりも約2~3割程度多くなると予測している。有識者会議の報告案でも、静岡工区に発生するトンネル湧水によって、河川流量の減少が補われていることに留意が必要などと書いている。だから、中下流域の表流水が増えるのだろう。

 会見で織部理事らの意見を聞いたあと、知事は有識者会議の中間報告案に強く反発した。とうとう福岡捷二座長を悪しざまに『御用学者』とまで批判した。約1時間半の会見時間の半分以上が、JR東海への批判一色に染まっていた。

 翌日の24日朝刊では、読売のみが『知事「福岡氏は御用学者」 リニア有識者会議座長 交代にも言及』と伝えた。他紙は、『知事「工事に黄信号」 湧水全量戻し困難で』(静岡)、『工事自体極めて厳しい。黄信号 知事 湧水戻し案批判』(中日)などと知事の主張をそのままに報道していた。

いくら理屈で正しくても解決しない

 山梨県外への流出分を500万㎥と想定して、JR東海が10年から20年掛けて戻す代替案はどうか?難波喬司副知事は3月9日の県議会委員会で「山梨県側は大量湧水が想定される(静岡県側の)県境付近と比べて湧水があまり出ない区間」と指摘していた。もし、静岡県に水を戻すとすれば、長期のスパンとなることを副知事は承知していたはずだ。初めて聞いて驚いているのは理解不足の記者たちだけである。

 リニア山梨工区の工事の実績として、副知事の指摘通り湧水がそれほど出ていないことをJR東海は有識者会議で説明している。だから、計算上は10年から20年掛かってしまうと正直に話したのだ。毎日記者の言うように「不都合な真実を明らかにしない」というならば、わざわざ記者たちに説明することもしなかっただろう。単なる計算式による答えだから、不確実性を伴うが、記者の求めに応じてJR東海は丁寧に説明した。

 22日の有識者会議、23日の知事会見、25日のJR東海社長会見と続き、その議論(囲み取材)が本質から遠く離れてしまい、虚しさがただよっていた。これではいつまでも無駄な議論が続くだろう。何か解決方法はないものか?

 ああ、そうだ。最近、読んだ2冊の新書が大きなヒントを与えてくれた。『「年収1400万円は低所得」の真実』を訴える『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(中藤玲著、日経プレミア新書)、片や、コロナ恐慌下での節約生活を伝授する『年収200万円でもたのしく暮らせます』(森永卓郎著、PHPビジネス新書)。

 『安いニッポン』では、デフレで物価や給料が上がらず、世界で一番安い日本経済は停滞し、人材流出、高まるリスクの中で成長や発展が望めない日本を憂える。一方、『年収200万円』では、長期のデフレが続くから、お金を使わない生活が可能となり、100円ショップや回転ずしなどで十分幸せと大喜びだ。

 一体、どちらが正しいのか、それは単に立ち位置や見方によって変わってくるだけである。日経新聞の購読者層は、上級国民や経営者らであり、成長を続ける世界の中で日本だけが置き去りにされ、大変なことになると不安でいっぱいだ。一方、大多数の下級国民たちは、いくら給料が少しばかり上がっても物価ははね上がり、生活物価がバカ高いサンフランシスコ並みになってしまうよりもいまの日本がずっといいに決まっている。

 さて、リニア静岡問題はどうか?有識者会議の議論が続けば、中下流域に影響を与えない結論が示されるだろう。しかし、水問題の”主役”中下流域の人たちは、リニアができても、何のメリットも見えないから、理屈ではなく、万が一を想定して、織部理事のように反対を主張するだろう。

 国交省がJR東海を指導してほしいのは、中下流域に影響がないという理屈の説明だけではなく、リニア工事再開を認めることによって、中下流域の人たちに何か素晴らしいメリットが生まれるという夢を与える話ではないか。

 つまり、理屈ではいくら正しくても、全く別の立場から見れば、その理屈が違ってしまう。だから、理屈だけでは解決にはならないのだ。リニア静岡問題を一度、そういう視点から国交省は考えるべきではないか。

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