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謎の「マンション管理士」に気をつけろ!

「マンションは管理を買え」とは?  マイホームは人生最大の買い物である。35年もの長い住宅ローンを組んで借金を返済していくのが通常だ。ところが、マンション購入に関して、多くの専門家が次のように言う。 「マンションは管理を買え!」  そう言われても、マンションは購入して住み始めないと、マンション管理の重要性は全くわからない。費用、立地、間取り、環境などを見て、ほとんどの場合、マンション購入を決める。しかし、質の高い「管理」こそが重要だと言うのである。そのために、「マンション管理士」という国家資格さえある。  「マンション管理士」と言っても、どのような職業か知る人は非常に少ない。合格率8~9%の国家資格「マンション管理士」(難関度は社会保険労務士などと同じくらいという)とは、委託されたマンション管理組合(区分所有者が全員加入でつくる組合)側の立場でコンサルティングするのが主な仕事のようだ。ほとんどのマンション管理組合は管理会社に任せきりの現状だから、管理会社社員が名刺に「マンション管理士」の肩書をのせて、マンション管理組合の信用を得て、各マンション管理組合の相談などに乗っている。独立して個人事務所を構えるマンション管理士は非常に少ない。  今回、ある「マンション管理士」に出会い、マンション管理士とは何かを考えさせられる事件が発生した。  わたしが理事長をつとめるマンションは8階一棟建てマンション(1階が駐車場)のため、区分所有者は7世帯しかなく、管理会社に管理を丸投げする費用はなく、長い間、自主管理を貫いてきた。いくら居住者が少なくても、マンションにはさまざまなトラブルがつきものだ。  今回のトラブルはまさに、「マンション管理士」であった。 マンション一室がキャバクラ寮に  トラブルの発端は、7世帯のうち、唯一、賃貸に出している3階区分所有者(育英会を運営する一般財団法人H)との問題である。2017年9月末、突然、Hから空室だった3階に居住者が入るという電話連絡が入った。当然、どのような入居者が聞いたが、プライバシーの侵害に当たるので職業さえ言うことができないと説明。翌日、入居のあいさつに来た若い男に聞くと、キャバクラ従業員と名乗った。前日提出された届け出書類にある氏名、電話番号はキャバクラ会社の社長のものだった。  その後、3階居住者によるびっくりするようなさまざまなトラブルが発生した。3階を除く、すべての区分所有者の要請で、昨年9月臨時総会を開催して、Hに対して3階のキャバクラ寮としての契約を解除するよう求めた。  このマンションでは2011年総会で、「事務所、仕事場など」及び「不特定多数の出入りする寮」としてのマンションの使用禁止をするルールを決めていた。Hは管理規約、使用細則で決められていないと言ってきたが、管理規約第63条で「規約、使用細則又は法令のいずれにも定めのない事項について、総会の決議により定める」とあり、当時はHも含めて賛成したルールだった。  昨年9月に臨時総会を開催、キャバクラ寮としてのさまざまなトラブルを挙げて、「不特定多数の寮としての使用はできない」ルールを守るため、即刻契約解除を求めた。理事の一人が次回の更新時に、契約を解除するまで待つという妥協案まで示した。  ところが、Hはこちらの求めをすべて無視したため、何度か書面で求めたが、逆に理事長宛に弁護士名の内容証明郵便などが送られ、契約解除に応じることはなく、総会での決議は無視されたままとなった。  再三再四、「寮としての使用不許可」を求めたが、これまで通り無視されれば、3階のキャバクラ寮は続いていくことになる。さらに、Hからキャバクラ会社との契約は「自動更新」である旨も告げられた。未来永劫、従業員の顔触れは変わってもキャバクラが存在する限り、3階は「キャバクラ寮」として使われることになってしまうのだ。  そんな状況の中、ことし3月総会で「不特定多数の出入りする寮としての使用不許可」を求めたあと、「非居住者の住民活動協力金」をHに求める議案が出され、出席したHの事務局員を除く全員賛成で可決された。この結果、4月から通常の管理費等に加えて、Hには「協力金」の支払いが決まった。Hが3階を賃貸に出しながら、自主管理の業務に全くタッチしていないことが主な理由だった。また「キャバクラ寮」との契約解除が行われるまで、「協力金」を支払えというのが提案した理事の主張だった。 マンション管理士が不公平だと言っている  4月末頃、Hは管理組合宛に「マンション管理士に相談し、このような根拠がなく、また一区分所有者だけの負担が増えるなどの、平等性のない管理費の実質的な値上げ要求に応じらない」と文書で通知してきた。  「非居住者の住民活動協力金」は最高裁の判例でも認められていて、問題ないはずだった。それなのに、マンション管理士が公平公正ではないと言っているという。そのような無責任な発言をするマンション管理士などいないだろうと考え、Hに対して、名前等を教えるよう依頼した。メールでマンション管理士名がTだと告げられた。  Tに面会して、2時間半もマンショントラブルについて、事細かく説明した。Tが一方的にHからの主張を聞いていて、実際の事情等を不承知であることを懸念したからだ。「協力金」の額が一般に比べて高いという指摘には、もしそうでなければ、Hは「契約解除」に応じることはないからだと説明した。Tは中立の立場であり、相互の意見を聞いて、最も良いアドバイスをするのが業務である。Tはマンショントラブルの事情を理解してくれた旨を管理組合員に知らせたが、何らかの解決策を見出すことはできないだろうとも考えた。  ところが、Tは「わたしではなく、別の理事に会いたい」旨を、Hから当該の理事へメールで伝えてきた。わたしの頭越しの話だったので、Tに連絡すると、「マンショントラブルを解決したいのだが、あなたでは妥協点がなく、別の理事に会って妥協点を探りたい」などと話した。理事全員がわたしと同じ意見であり、また管理者はわたしなのに、なぜ、別の理事に会いたいのか不信感を抱き、「なぜ、当マンションのトラブルにそこまで対応するのか」と聞いた。TはHの無料相談を受けたあと、わたしに面会して、マンションの事情等を聴いている。すべて無料であり、別の理事に会うのも当然、無料ということになる。  Tは「相談業務を受けている静岡市に報告義務があるから」と答え、報告実績を重ねることで現在、「無償」の相談業務を「有償」にさせる目的がマンション管理士会にあるのだと説明した。 相手側の意向に沿ったマンション管理士の発言  電話で話していて、前回の対応と違うことを実感した。Tは「区分所有法は共有部分のみを規制できるが、個々人の専有部分には及ばない」と何度も強調したからだ。つまり、「不特定多数の出入りのある寮としての使用禁止」を決めた総会のルール、管理規約、使用細則は法律違反に当たるかの発言を繰り返した。区分所有法は専有部分の規制はできないのだから、管理規約等で専有部分を規制することはできないというのだ。  さらに、「協力金」について、総会で決めた金額が一般的な「協力金」に比べて高いことを問題にした上で、Tは個人的な意見として「違法と思われる(金額)」と何度も繰り返した。あまりに踏み込んだ発言だっただけに、疑問を呈すると、「『違法』であると断定していないのだから、別に問題ない」と言うのだった。前回の話し合いでは、「協力金」を請求することに違法性等はないと断言していたのが、金額が高いことをもって「違法と思われる」と意見を変えたのだ。  これではたと気づいた。もし、別の理事がこの2点の発言を聞けば、どうなるか。「マンション管理士」という専門家による「違法と思われる」という発言であり、自分たちのしたことは「違法」と思い込んでしまうかもしれない。だからこそ、Tはわたし以外の別の理事との面会を求めたのだろう。一般的には専門家の意見は非常に重い。Tのいう「妥協点」とはマンション管理組合側に「非」があるのだから、H側の主張が正しい、と言っているように聞こえた。   本当にそうだろうか? 「違法」かどうかの判断は裁判で決めるしかない  国交省が定めた標準管理規約では、専有部分について「専ら住居として他の用途に供してはならない」と規定している。ペット飼育禁止も専有部分の話である。国交省は専有部分についての規定を許可している。当マンション管理規約でも「専有部分を住居以外の目的に使用することはできない」「ペット飼育はできない」などの規定があり、それについてHは反論していない。区分所有法は共有部分についてのみ規定しているかもしれないが、管理規約で専有部分の使用制限をすることに問題はないのだ。  また、Tに会った当初から、わたしは「協力金」は最高裁判例(2500円)に比べて非常に高い(3万4千円)ことを承知している、と述べた。キャバクラ寮としての賃料をこちらは知らないが、この負担がH側に高いとは思えず、十分対応可能だと説明した。「協力金」の目的はマンションルールに反して、「不特定多数の出入りのある寮」としての使用不許可を続け、マンションの資産価値を下げるなど区分所有者として「共同の利益」を守る原則に反していることへの制裁の意味が強い。  国交省担当課に聞いたところ、専有部分の寮としての規制は「違法とまでは言えないのではないか」と回答した。個々のトラブルの事情まで承知していないから断定はできないとしても、少なくともマンション管理士Tの説明とは大きな違いである。 「嘘」をつくマンション管理士とは?  「キャバクラ寮」については、個人それぞれの見解は違うだろう。そのマンションを平和な終の棲家としている住人たちにとっては大きな問題である。街中にあるマンション生活は便利なことが多いが、どのような管理をしているのか、住民の顔が見えるのかなどちゃんと調べてからマンションを購入することをお薦めする。  マンション管理士に聞いてみるのもいい。しかし、どのようなマンション管理士に聞くのか、十分注意すべきだ。  マンション管理士Tの「静岡市に報告義務がある」発言は、静岡市担当者に確認すると、真っ赤な嘘だと判明した。「嘘」をついてまでわたしたちのマンショントラブルに介入して、相手側(H)の意向に沿うような発言をするのはなぜか?  Hの常務理事は弁護士である。だから、今回のトラブルに関して、さまざまな書面を理事長宛に送ってきている。それが最後には、マンション管理士に相談して、「違法と思われる」発言をするのは全くもって謎である。

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「浜名湖うなぎ」ブランドが消える日

うなぎはどんなに高くても食べる?  先日近くの鰻店「池作」店頭の貼り紙「値上げのお知らせ」を見て、「ああそうか」という深い感動を覚えた。シラスウナギ不漁の影響で、6月からうな丼もうな重も2百円値上がりする。年に数回、この店を利用するのは近くにある他店よりも値段が安いからだ。この店が6月に値上げすると、うな丼2200円、上3000円、特上3700円、うな重3000円、特上3700円。  10月から消費税8%が10%に上げられるから、便乗値上げがなければ2%分の物価上昇だ。うなぎ価格の2百円アップは、6%から10%もの値上げになる。だから、いまのうちに一度食べておこうという気持ちにさせられた。  すぐ近くにある老舗鰻店がこの近辺では値段が一番高い。「ブランドうな重7千円、国産うな重4500円」。この値段だから、わたしはこの店に一度も入ったことがないが、多くの客でにぎわっている。駒形通りにある刺身、天ぷらなども提供する鰻店は「うな丼2300円、うな重3300円、特うな重4000円、棚うな重(2串)5100円」。ちょうど中間くらいの値段で、こちらも決して安くはないが、客入りはまずまずだ。  20年前浅草の老舗高級鰻店で、うな重特2200円~2300円、お安い店では1500円~1700円で食べることができた。浜松の老舗で棚うな重(2串)が2900円だった。デフレが定着した平成時代、すべての商品が安くなった。ところが、うなぎだけは別格である。うなぎは約70%も値上がりしたことになる。うなぎと同じように物価が値上がりすれば、インフレターゲット2%を大幅に超えるから、日本のデフレ脱却も可能だ。もしかしたら、うなぎは日銀政策に大きなヒントを与えるかもしれない。  鰻店の客入りが悪くてつぶれたという話を聞かないから、どんなに高くなっても日本人はうなぎを食べたいのだろう。 シラスウナギの謎は解明できない  20年前に浜名湖うなぎを取材したとき、養鰻業組合の代表が「日本人は年間に1人当たり5匹のウナギを食べている」と教えてくれた。いまも変わりないだろう。  これまでに 吾(われ)に食われし鰻らは仏となりて かがよふらむか  歌人の斎藤茂吉は鰻が好きで好きで仕方がなかった。この歌について「これまでずいぶん鰻を食べた。自分は必ずしも高級上品を要求しない。鰻であればどんなものでもよかった。自分の食べた鰻のことごとくが成仏して天国で輝いている」と説明。茂吉の日記を調べると、年5匹どころではなく、年50回以上も鰻を食べていた。「鰻のおかげで仕事がはかどった」と書いているから、茂吉の業績を鰻が支えたのだろう。そんな茂吉のように1週間に一度、鰻を食べるうなぎ好きも結構多い。  ウナギは初夏に外洋で誕生し、約半年間掛けて体長5、6センチに成長、シラスウナギと呼ばれる稚魚に育つ(タイトル写真が”白いダイヤ”と呼ばれるシラスウナギ)。冬になると、シラスウナギは浜名湖、天竜川、大井川などの沿岸にたどりつく。シラスウナギを網で捕るのだが、「池作」の貼り紙にあったように不漁が続いている。特に今シーズンは大不漁で値段が上がり、その影響で養鰻業者は高い値段でシラスウナギを買わざるを得ないのだろう。  いまから約120年前、浜名湖で養鰻業は始まった。近くでシラスウナギがたくさん捕れたことも理由の1つだった。静岡県水産試験場浜名湖分場が戦前の1934年、ウナギ研究を最大テーマに設立された。シラスウナギの好漁、不漁に左右されることから、浜名湖分場では人工ふ化研究を62年にスタートした。  30年以上を経て、96年浜名湖分場で2万匹以上、大量の人工ふ化成功のニュースが流れた。しかし、ふ化した幼生はすぐに全滅した。浜名湖分場だけでなく、国の研究機関や大学など日本中でこぞってウナギ完全養殖を目指して、大量の人工ふ化技術を競った。しかし、幼生からシラスウナギに成長させることがいまもできない。結局、明治の昔と同じで天然のシラスウナギが頼りで、ことしのような大不漁が続くと、シラスウナギ価格は上がり、うな丼、うな重に大きな影響を与える。  京都市東山区に全国で唯一、ウナギ(水蛇=みずち)を信仰する三島神社がある。平安時代創建の神社の言い伝えでは、神の使者であるウナギが付近の魚をすべて食べてしまい、三島の大神が激怒、ウナギの子縁を召し上げてしまった。このために、ウナギは、子縁が少なく、どこで産卵するのかも不明なのだという。  1200年前から続く謎は、どんなに科学が進歩しても解明できない。 愛知、鹿児島、宮崎産が”浜名湖”に化けた時代  フランス料理には70種類以上のうなぎ料理があるが、日本でうなぎ料理と言えば、鰻を焼いた蒲焼きに決まっていた。茂吉も蒲焼き以外は食べなかった。福岡の「鰻のせいろ蒸し」、京都の「鰻雑炊」などもあるが、やはり日本人は茂吉同様にうな丼かうな重で決まりだ。  江戸時代初めに、香りのよい醤油が生まれ、美酒かみりんに鰻を浸し、醤油の中に突っ込んだ。徳川家康はウナギの天国のような湿地帯だった江戸を切り開いた。江戸城に入り、山を崩し、川を埋め、用水路を掘ったため、住民が増え、江戸は大都会になったが、天然ウナギの宝庫で、うなぎ蒲焼きは日本人の生活に欠かせないものになった。  ウナギ養殖が家康に関係の深い浜松で始まり、江戸だけでなく日本全国で鰻料理が食べられるようになった。戦後、「浜名湖うなぎ」はウナギの一大ブランドに成長した。1961年「うなぎパイ」が誕生したのも、浜松がうなぎ産地だったことと大きく関係している。「うなぎパイ」はウナギ由来の「うなぎエキスパウダー」が含まれ、「夜のお菓子」と呼ばれている。  20年前「浜名湖うなぎ」ブランドにあやかって、愛知、鹿児島、宮崎などのうなぎがいつの間にか「浜名湖うなぎ」に化けて店頭に並ぶこともしばしばだった。ところが、今回調べてみると、「浜名湖うなぎ」を売り物にしているうなぎ店はめっきり少なくなった。浜名湖うなぎに代わり、愛知、宮崎、鹿児島産などのうなぎ蒲焼きがそのまま店頭に並び、中国産に比べ高値で売られている。  駿河湾では、サクラエビ不漁が大きな問題になっている。浜名湖でもアサリ不漁が伝えられる。いずれも駿河湾、遠州灘、浜名湖の環境変化に原因があるのだろうが、これまでの乱獲がその大きな理由であるのは間違いない。  すべては「異変」ではなく、これが自然の本来の姿である。静岡県水産試験場浜名湖分場は50年以上もシラスウナギの謎を追い掛けてきたが、その成果を得られることはできなかった。浜名湖(浜松市西区舞阪)のウナギ養殖池はほとんど埋め立てられ、浜名湖うなぎは風前の灯火だ。いくら科学が進歩しても、自然を人間の力で何とかしようとすることに限界はある。鰻という日本人が大好きで、いくら高くても購入する商品であっても、ブランドを守ることなく、手をこまねいていれば、その運命はおのずと決まる。  約百年間続いた「浜名湖うなぎ」ブランドの消える日はもうすぐである。

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バブル崩壊前夜、マンション購入すべきか?

すぐそこにある「マンション絶望未来」  タイトル写真の「不動産バブル崩壊前夜」(週刊東洋経済)の見出しはあまりに衝撃的。その少し前の特集は「すぐそこにある、マンション絶望未来」。中国経済の減速、ヨーロッパ経済の不透明などが連日報道され、景気減速による危機的な状況がひたひたと近づいている様子を伝える。平成バブル崩壊とともに、地価は上がり続ける「土地神話」は崩れたが、その後もマンション建設は順調に続いた。2007年アメリカの住宅バブル崩壊、サブプライム住宅ローン危機(日本ではミニバブルが続いていた)、2008年リーマンショックで一挙に大不況の波に襲われた。それからまた10年以上が過ぎた。雑誌タイトルの「バブル崩壊」前夜に不安を持つ読者は多いだろう。いまマンションは買い時か否か?  お先真っ暗な見出しやタイトルは、雑誌購買をうながすための出版社の常套手段かもしれない。そうは言っても、バブル景気をあおってきた2020東京オリンピック開催、”令和”改元の祝賀ムードも終わり、異次元の財政出動の弊害が再来年(2021年)以降に起きてもおかしくない。  思い起こせば、1991年「平成バブル崩壊」を引き金に不動産業界は長い冬の時代に入った、と言われる。わたしは93年に”バブルマンション”を購入した。果たして、その判断は正しかったのかどうか? 東海地震をにらみ地盤の強固さ調査  バブル時代に計画された91年竣工の分譲マンション購入を勧められたのがきっかけだった。住宅ローン返済を考えれば、マイホーム購入を検討すべき年齢を過ぎていた。当時は「年収の5倍」が住宅ローン借り入れ額の目安と言われた。バブル崩壊の実感はさらさらなく、当時サラリーマンの年収はちゃんと増え続けていた。「年収の5倍」を頭に入れれば、借金の不安を感じることはなかった。  静岡市で人気の安東、大岩地区などの戸建て地域ではなく、JR静岡駅の徒歩圏内、映画館やデパートに近い中心部に住むのが希望だった。阪神大震災、東日本大震災も起きておらず、2000年までには東海地震が発生すると信じられていたから、戸建てより鉄骨鉄筋コンクリートマンションのほうが安全であり、地盤の固い地震に強い地域がどこかを探した。最初、中古マンションを回ってみたが、中心部の地価の高い静岡市の土地柄とあいまって、古い割には高値安定傾向で、良い物件は非常に少なかった。  そこで新築の2年落ちマンション、JR静岡駅まで約15分、駿府城公園まで約10分とパンフレットではうたっていた。便利な中心部で周囲の環境も悪くなく、液状化などの心配のない強固な地盤を確認、さらに大幅値引きがその気にさせられた大きな理由だった。  何度かの交渉後、大幅値引きするという営業マンの勧誘にまんまと乗っていた。豪華なマンションのパンフレットに、当時の売り出し価格表が添付されていた。約8518万円から約6122万円、いかに”バブル価格”だったかいまになればわかるが、中古マンションを含めて中心街のマンション供給は少なく、高値の時代だったから、まあそんなものかと考えた。「1千万円程度の値引き」に応じる交渉から始まった。「1千万円」の値引きに驚いた。マンション価格とはどうなっているのか?  「土地代+建設費用+販売管理費(広告費など)+利益」。新築マンション価格は業者が以上の4点を計算した上で、適当なマンション価格をつける。ふつうに考えれば、1千万円もの値引きをすれば、業者の「利益」はゼロに近くなるだろう。ところが、さらなる交渉を重ねると、とうとう値引き額は2千万円となった。本当なのか。それで何かこちらが得した気持ちにさせられてしまった。ついに「買いたい」と言っていた。 年利4%、35年返済で当初の倍額に  マンション購入となると、真っ先に頭に浮かぶのは住宅ローンをいくら借りるかという問題だ。頭金を工面して、結局3500万円を30年間で借りることにした。当時の公的融資は、財形住宅融資と年金住宅融資。2つの公的融資を目いっぱい借りることで、3500万円調達のめどを立てた。  財形住宅融資年利4・1%、年金住宅融資年利4・32%と4・5%。それぞれの「金銭消費貸借契約書」が手元にあるが、返済期限は平成40年(2028年)9月。39歳で契約したから、返済終了は74歳である、70過ぎてローン返済の未来は想像したくもなかった。  35年ローンで毎月15万円程度の返済。3500万円の借金で、当初の年間利子だけで約150万円。もし、35年間で返済していたら、ほぼ倍額7千万円近くを支払う計算だ。97年1月の財形住宅融資償還額は9万9202円(元金分4万5486円、利息2万5636円、団体信用特約料2万7608円、手数料472円)、98年10月の年金融資償還額は7万3811円(元金6万1118円、利息1万1658円、手数料300円、特約料735円)の合計約17万3千円を支払っている。  繰り上げ償還を行い、50歳までを目標に、遅くとも定年の60歳までには住宅ローン完済を目指した。  バブル崩壊で大騒ぎしていたが、サラリーマン収入はその前後で極端に変わっていなかった。実際は、ミレニアムを迎える2000年を境に会社側の給料減額が露骨に始まる。「新入社員は3年で辞める」はこの頃から。辞める最大の理由は、仕事の割に昔のような給料を払わなくなったからだ。政府がデフレ脱却を目標にしても、若い人たちの給料が上がらない、住宅ローンの年利4%時代はもしかしたら、良い時代だったのかもしれない。 賃貸のほうが費用は少ない  現在の金利は当時に比べて極端に低い。年金住宅融資は2005年で新規受付を終了。現在の財形住宅融資は金利0・76%(当初5年間)とある。金利4%に比べれば、夢のような時代を迎えている。  当時の消費税は2%だった。住宅ローン金利は1%前後で限りなくゼロに近づいているが、消費税は10月から10%にアップする。増税を機会に、人生最大と言える”借金”に踏み出そうと考えている人は多いだろう。もし、気に入った住宅(あるいはマンション)があるならば、多額の”借金”を気にするべきではない。グッドタイミングは「買いたい」という気持ちを持ったときだ。  繰り上げ償還の目標を立て、ふだんの生活でなるべくムダな費用を節約、いまの時代ならば副業もOKなのだ。   マンション購入ではなく、賃貸という方法もある。これは非常に難しい問題だ。29階建ての呉服町タワーマンション(2014年竣工)は75平方㍍で賃料月24万円(入居一時金72万円)、27階建て七間町エンブルマンション(2017年竣工)は93平方㍍で同29万円(同87万円)。管理費・修繕積立金、固定資産税などの負担はないが、年288万円から348万円の家賃は決して安くない。  購入よりも賃貸のほうが気は楽なことは確かだが…。 固定資産税額を調べるべきだ  マンション購入で、ほとんどの人が全く考慮外になっているのが、固定資産税額。バブルマンションの場合、建設資材など建築費が非常に高く、その価格が固定資産税額と密接に関係する。  もし、現在、マンション購入を検討しているのであれば、固定資産税課を訪れ、購入を考えているマンションの固定資産税額を確認したほうがいい。5月7日まで縦覧制度を利用、七間町エンブルマンション、呉服町タワーマンションなどの固定資産税額を見ることができる。  購入時のドタバタの中では、固定資産税が高いのかどうかなど考える余裕などない。翌年3月静岡市から固定資産税等通知書が届く。わたしの場合、最初にもらった固定資産税額は年約28万円だった。びっくりしてしまった。年間4回に分割でき、毎回約7万円の支払いは本当に痛かった。  入居から26年を経て固定資産税は下がったが、その後のバブル崩壊後に建設されたマンションに比べて、固定資産税額は非常に高い。その年の建設物価で固定資産税が決まり、その後は係数を掛けるだけだから、安い建設物価時代の固定資産税は安く、バブル時代の固定資産税は高止まり。その年の建設物価を再計算してくれるわけではない、バブル時代の高値の固定資産税額がその後もずっと追い掛けてくる。ところが、マンションの市場評価額は新築マンションのほうがずっと高く、固定資産税額だけはわたしのマンションのほうが高いという不公平が続く。  ここ数年続いたマンション価格の上昇を見れば、建設物価も高値であり、固定資産税額も同じように高いはずだ。七間町エンブルマンション、呉服町タワーマンションなど最近建設された高層のマンション購入を検討する場合、ローン返済計画とともに毎年支払う固定資産税額を調べることを奨める。当然、高層階であれ、低層階であれ、固定資産税額は変わらないことも頭に入れておいたほうがいい。

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よくわかる銀行ー豚の貯金箱との違いは?

20万円では利子のつかない時代   タイトル写真は、小学校高学年から中学生を対象にしたPHP研究所「よくわかる銀行」(2018年2月時点の情報)の「貯金箱と銀行の違いは?」に使われた図で、「銀行の口座に預金してお金をふやすことを『貯蓄』といいます」と説明されていた。  果たして、この図は正しいのか?  先日静岡銀行呉服町支店へ行き、NPO法人の普通預金通帳に記帳しようとした。2度やっても「取引はありません」と表示。2018年2月から記帳していない。「休眠口座」の制度が始まった。毎年1回通帳記帳すれば、取引をしたことになるのだろう。ATMに通帳を通せば、利息が印字され取引成立のはずだ。それなのに3度目の正直でも「取引はありません」という画面。約20万円も残高があるのに、利子がつかないはずがない。そう考えて、窓口へ行った。  説明によると、普通預金金利0.001%だから10万円あれば、1年間の利子は1円。ところが、利子は半年ごと(2月、8月)2回つくから、利子も半分になるという。半年ごとの20万円の利子計算は次の通り。  20万円×0.001%×半年(1/2)=1円  しかし、これでも1円の利息はつかない。税金が20.315%掛かるから、税引き後1円ではなく、80銭弱となる。銀行利子は1円以上だから、80銭では利子はつかなくなると説明。つまり、20万円の普通預金では利子がつかなくなる。計算では、残高25万円以上ないと利子1円さえ獲得できない。(25万円の場合、半年ごとに1円、年利2円)  ちょっと複雑だが、こんな簡単なことさえ知らなかった。 銀行は預金者の味方か?  それで静岡市立図書館へ行って、「お金」「銀行」を書名に入れて調べると、300冊以上がヒットした。その中から、なるべく簡単な子供向けに書かれた最近の本を探した。「よくわかる銀行」(PHP研究所)「池上彰のはじめてのお金の教科書」(幻冬舎)「新しい時代のお金の教科書」(ちくまプリマー新書)の3冊を借りた。  そこで、タイトル写真に使った「よくわかる銀行」の「貯金箱と銀行のちがいは?」の図に出くわした。10000円を銀行に預けると、1年後には10001円(金利が年0.01%の場合)。普通預金(年利0.001%)ではなく、一般的な定期預金なのだろう。ただ、定期預金でも税金は掛かるのだから、この場合、1円を獲得できないはずだ。静岡銀行で聞いたことが事実ならば、1万円の定期預金では金利1円はつかない。PHP編集部に連絡を入れた。  それに対して、担当者は「税法では、1円未満の端数は税金が掛からないことになっている。だから、1円の利子はそのまま預金者が受け取るはずだ」と説明。約20%の税金も預金者に代わって、銀行が支払っているにすぎない。その税金が掛からないのならば、1円はそのまま預金者の所得になるという論理だ。銀行の説明が違っているのか?  それで、都市銀行の三菱UFJ銀行静岡支店に確かめた。担当者によると、1円の利息は80銭弱、税金は約20銭で両方とも端数になり、端数は切り捨てることになる。つまり、静岡銀行と同じで1万円の定期預金では1円はつかないことになる。1万3千円の定期預金でないと、1円はつかないわけだ。PHP担当者の「預金者の利益」となる説明通りにはいかず、「銀行の論理」が優先する。つまり、利子はつかないから、豚の貯金箱も銀行口座も同じというわけで、「よくわかる銀行」の図は間違っている。  普通預金だと、ようやく25万円で1円、100万円で約8円、1千万円で約80円。本当に本当か?と目を疑いたくなる。1千万円を預けて、たったの年80円。それに比べて、ATM時間外(PM6時以降、AM9時まで)手数料は108円だから、1千万円の利子よりも手数料のほうが高いことになる。  お金をふやす「利子」の面だけを見れば、豚の貯金箱と銀行は同じだ、というわけだ。 0.35%もの高金利の銀行とは  利子をふやしたい場合、どうするのか?  静岡市内でいま、最も金利の高い定期預金を出しているのは、横浜幸銀信用組合静岡支店(静岡市葵区黒金町)のファースト定期預金(3月29日まで。5年間、年利0.35%、税引き後0.280%)。ちょうど、知人から百万円の定期預金が満期になるが、高金利のところはないか聞かれ、紹介した。100万円で利息年3500円。一般的な定期預金金利(0.01%、利息年100円)に比べると、35倍ものずば抜けて高い金利だ。  その話を友人にしたあと、ネット銀行(通帳はなくカードのみで、スマホなどで取引)のソニー銀行を調べてみた。ソニーのキャンペーンは、紹介者に1500円、100万円預け、条件さえ満たさば4千円を翌々月にプレゼントするという。さらに、カードを2カ月間コンビニなどで5回使えば、1千円をプレゼント、合計5千円が3カ月後に預金者の口座に入ってくる。横浜幸銀に1年間預けるよりも、2倍近くの現金が3カ月間で稼げる。  ドル預金の金利は2.2%。1ドル111円として計算すれば、100万円の預金で1年後に約1万7000円の金利(為替手数料15銭)。為替リスクをちゃんと頭に入れて取引できれば、はるかに高い金利を得る。最初横浜幸銀に行こうかと迷った友人は、結局、最初から5千円得になるソニーを選んだ。  PHP研究所「よくわかる銀行」のサブタイトルは「仕事の内容から社会とのかかわりまで」。それでは、図に書かれたような預金者の1円(約20銭が税金、約80銭が利子)はどこに行ってしまったのか?子供のときから、正確な情報を与えなければ、わたしたちと銀行のかかわりはとうてい理解できない。

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美術品「継活」のススメ

32万円の浮世絵の価値は?  加島美術(東京・京橋)という画商の創設した日本美術継承協会主催の「美術品の無料相談会」が静岡市の駅ビルで開かれた。美術品を次世代へ継承していく「継活(けいかつ)」を提唱、美術品の売却、処分、査定、修復など美術品全般の相談を受けるのが協会の業務のようだ。各家庭に眠っている「お宝」を見てもらう良い機会で、多くの人が詰め掛けていた。  35年前、亡父が静岡伊勢丹(当時の田中屋伊勢丹)から購入した安藤広重の浮世絵「古歌六玉川」(天保14年頃)を鑑定してもらった。Richard Lane博士というアメリカ人の鑑定書、32万円の高額領収書が残っていたから、売却できるならば、半分の値段でもいいな、と期待は高まった。USBメモリの写真を見ていた担当者が「版画の周囲(縁の部分)を見たい」と言う。額に入って、マット(白い紙)で装飾してあるから、縁の部分に気づかなかった。説明では、そこに版元などの情報が刷られているという。  戻ってから、額を外してマット(白い紙)を取ってみると、縁の部分は見事に切除。言うなれば、オリジナル作品に傷を付けたことになる。結局、査定は限りなくゼロに近かった。32万円という値段は何だったのか。  当時の領収書に書かれた伊勢丹に電話した。美術担当者は「販売したときに品質について説明したはず。一度売却したものは、こちらで買い取りはしない」と説明。当然、担当者は鑑定書を基に「すばらしい作品」と説明したのかもしれない。結局、その言葉を信じて、購入を決めた亡父の責任であることは間違いないが、周囲が切り取られ価値はゼロに近いと説明されたら、購入などしなかっただろう。「品質の説明をした」と言うがー。  そもそも美術品の価値とは何だろうか? 20万円の版画の価値は?  20年以上前、ある仕事を手伝ったお礼に友人から藤田嗣治の木口木版画「小さな職人たち―ガラス屋」を贈られた。相談会の席に、その写真も持っていき鑑定してもらった。画廊HPなどで、「小さな職人」シリーズが20万円前後で売りに出されていた。ところが、いくら藤田が人気作家でも、実際に売却しようとすると、値段は売値の10分の1以下となってしまうようだ。新聞広告を出して、静岡駅ビルの一室を借り、専門の担当者派遣など多額の費用が掛かる。もし、作品を引き取って売却しようとしても”塩漬け”になる可能性さえあるから、10分の1以下は仕方ないかもしれない。  好きな美術品は、自宅のインテリアとして飾り、生活に潤いを与えてくれる。あるいは、好きな作家の作品を所有する満足感かもしれない。この作品もしまい放しになっているから、本当は大きな壁面を持つ人に飾ってもらったほうがいい。そのために「継活」という流通も良い手段だ。現在では一般参加のオークションなどさまざまな方法もある。  亡父の場合、浮世絵コレクターでもないから、将来は「お宝」になると信じて購入したのだろう。まさか、評価ゼロとは思っていない。「お宝」と考えるならば、美術品はあまりにリスクが大きいようだ。 バブル景気の頂点を彩った絵画  静岡市美術館で開催中の「起点としての80年代」に欠けている視点は、当時がバブル景気だったことだ。1982年1月熱海にMOA美術館、86年4月静岡県立美術館など美術館開館ブームが到来。80年代のバブル景気で世界中の美術品を買いあさった。MOAが10億円超でレオナルド・ダヴィンチの絵画購入というニュースが流れた(結局取りやめたようだ)。  バブル景気の頂点は1990年5月、大昭和製紙の斎藤了英氏が当時の史上最高額8250万ドル(約125億円)でゴッホ「医師ガシェの肖像」、同2位7810万ドル(約119億円)でルノワール「ムーラン・ド・ギャレット」を購入したときだ。「亡くなったら2枚の絵画を棺桶に入れてくれ」と言ったとか。物議をかもした話題だが、合計約245億円が斎藤氏の個人財産なのか不思議だった。もしそうならば、遺族は相続税を払うことなどできないだろうから、手放すしかなくなる。  2枚の絵画に比べて、あまり話題にならなかったが、91年斎藤氏は県立美術館にロダン「考える人」を寄贈、ロダン館に展示されている。こちらの値段は明らかにされなかった。  あまりに目立ったことが災いしたのか、斎藤氏は93年ゼネコン汚職に絡んだ宮城県知事へ1億円贈賄の疑いで逮捕、95年に執行猶予つき有罪判決。翌年80歳で亡くなった。バブルは崩壊していた。  亡くなる前、ゴッホ、ルノアールを県立美術館へ寄贈したいという話が流れ、取材をしたが、結局真偽のほどは分からぬまま話は消えた。  その後、ゴッホ、ルノアールとも売りに出され、斎藤氏の購入額を軽く上回る値段で海外の個人コレクターの所蔵となった。その個人コレクターの名前は伏せられている。斎藤氏は銀座のK画廊でアンパンを食べながら、好きな絵画に囲まれている時間が一番楽しいと言っていた。(写真はいずれも斎藤了英氏が関係者に配ったオレンジカード)  美術品の「価値」を決めるのは値段だ。国内では、富山県高岡市在住の伊勢彦信氏によるイセコレクションが有名。シャガール、ピカソ、中国陶磁器など所蔵品すべての評価で百億円超と言われる。  それに比べると、ゴッホ、ルノアールのたった2枚の245億円がいかに桁外れだったのか。バブル崩壊後も日本の個人金融資産は増え続け、現在、約1829兆円と膨大な額だ、1人当たり1600万円くらいか。株式、預貯金が大半を占める。美術品も金融資産に見合ったものをひそかに所有しているのだろう。日本人は亡くなったときが一番の金持ちと揶揄される。  ぜひ、美術品を死蔵せずに「継活」することをおススメする。静岡市でもオークション会が開かれ、どんな美術品があるのかみんなで楽しめれば、なおいいだろう。

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お金と仕事と健康とー作家橋本治さん

棺の仏様を見ると「羨ましい」  『他人の葬式に行って、棺の中に横たわっている仏様を見ていつも思う。「ああ、もう頑張らなくていいんだなァ」と。「死ぬとゆっくりと出来る」と私は思っているから、安らかに眠っている仏様を見ると「羨ましいな」と思う。』(橋本治著「いつまでも若いと思うなよ」新潮新書、2015年10月)  橋本治さんは1月29日71歳になる2カ月前、「羨ましい」と思っていた仏様になり、天国に旅立った。2017年の日本人平均寿命は男性約81・1歳、女性約87・3歳。平均から比べれば、71歳は死ぬには早すぎる。新聞等には「肺炎」のために亡くなったとある。  橋本さんはアルコールを口にしない。大量の喫煙、長時間の机仕事、運動不足だったが、長い間、病院と無縁の生活を送っていた。62歳のとき、脚が赤い斑点だらけになり、ふくら脛の付け根が締め付けられるように痛くなり、大学病院を受診。そこから、いままでのツケを支払わされる。  さまざまな検査が行われ、肺がスカスカの状態で慢性閉塞性肺疾患を疑われたが、肺がんの兆候はなかった。心臓の動悸が異様に速く、動脈硬化が進んでいた。痛みの原因となった赤い斑点症状は、毛細血管が炎症を起こしてただれる「顕微鏡的多発血管炎」という難病だとわかる。自己免疫異常が背景にあるが、原因不明。  入院中に微熱が続いたことで「カリニ肺炎」(本人の申告だが、以前はカリニ肺炎と呼ばれていたニューシモチス肺炎のことで免疫低下時に起こる日和見感染症でエイズの末期症状。実際は他の肺炎ではないか?)と診断され、肺炎は約3週間で収まった。当初から心臓の状態が悪いことがわかっていて、検査で冠動脈2本が詰まっている心筋梗塞と判明。心臓カテーテル手術を受け、血管炎、肺炎、心臓病で約4カ月間の入院生活を送ることになった。体重は約20キロ減り、別人のように痩せてしまう。長年の不摂生で体はボロボロの状態だとはっきりした。  退院したあと、「大腿骨の先が折れてギザギザになったのが、虫歯みたいになった股関節にグサッと突き刺さるみたいな痛み」(橋本さん)で脊柱管狭窄症と診断され、歩行困難となり、杖なしで歩けない状態にもなる。当然、病院通いが続き、医者から処方された薬を毎日20錠以上服用。脊柱管狭窄症の激しい痛みは収まったが、しびれは続き、脚の筋肉と末梢神経に受けたダメージに苦しみ、慢性貧血状態が続いていた。  ところが、足がしびれて歩行困難で貧血状態であろうとも仕事はどんどん引き受けていた。否、仕事をせざるを得なかったのだ。 借金5億円のための作家生活  『平成30年の間に、俺は5億円以上の金を銀行に払ったぞ。70までローン返すのに躍起になっていた人間だ』(「九十八歳になった私」講談社、2018年1月)  68歳のときに書いた、30年後も作家を続けている自分をモデルにした小説。70歳まで30年間、借金を支払っていたのは事実のようだ。だから、どんなに体がボロボロでも、机仕事に向かわなければならなかった。  「本を書く、原稿を書くのは今時儲かる職業ではない。そういうところに属していながら、私は結構な借金を背負っています。その返済をしながら、生活を成り立たせるのは楽じゃありません」(「乱世を生きる市場原理は嘘かもしれない」2005年11月、集英社新書)。  本書のまえがきには「この本のテーマがなんなのかは、今のところよく分からない。この三部作(『「わからない」という方法』『上司は思いつきでものを言う』)のテーマも分からない」。これでは読者も著者が何を言おうとしているのかはっきりと分からなくなってしまう。当時の橋本さんの仕事を見れば、さまざまな出版社から発行された大量の著作物が並んでいる。  なぜ、そんな借金生活を送らなければならなかったのか?  1億8千万円の買い物をする  『新潮社の駆け出し編集者として初めてお目にかかって以来、事務所のテーブルをはさんで話をうかがうことが、原稿をいただくに等しい喜びだった』(朝日新聞2月1日朝刊、「橋本治さんを悼む」松家仁之氏)  そのころ、橋本さんは新宿の都庁近くにあったマンションの一部屋を賃貸していた。松家氏はそこで橋本さんの原稿をもらい、おしゃべりを楽しんだようだ。その事務所が借金の原因になるとは思いもしなかっただろうが。  バブル経済に浮かれていた時代、家主から事務所の部屋(30坪)を坪単価6百万円、計1億8千万円で「買わないか」と持ち掛けられた。銀行に相談すると、1億6千万円分を70歳までの30年間、毎月約百万円ずつ、残りの2千万円を毎月50万円4年間で返済するプランを提示され、その計画を受け入れたのだという。1988年40歳のとき、借金生活がスタートした。  いま考えるとあまりに無謀な話だが、橋本さんによると、その前に1億円以上の額を稼いでいたから、そのくらいの返済ならば大丈夫だと考えたのだろう。多額の借金と連動した団体信用生命保険に強制加入させられ、こちらは毎月20万円の支払いがあった、という。  銀行の返済プラン百万円に生命保険20万円が含まれていたのかどうかわからないが、毎月百万円を30年間払い続けると、3億6千万円。62歳で”病気のデパート状態”となった頃には、百万円から『半額近い60万円超の支払い』と書いているから、小説「九十八歳になった私」の『5億円以上支払った』はちょっと大げさなのかもしれない。  ただ、マンションを購入すれば、区分所有者として管理組合に加入、管理費、修繕積立金を毎月支払わなければならない。それがいくらだったのか分からないが、そのようなマンション支出を含めれば、30年間で5億円も満更大げさではないかもしれない。  いくら仕事をしても、稼ぎは借金でなくなってしまう。こんな自転車操業の状態が続けば、健康に悪影響が及ぶのは間違いない。 原因不明の上顎洞がん  亡くなる7カ月前、昨年6月26日ころ、上顎洞がんステージⅣと診断される。鼻の横のへっ込んだ部分の上顎洞にできる原因不明の癌。慢性腎不全で抗がん剤は使えず、外科手術を受けている。『左の髪の生え際から横に一直線、眼の下を切って、そこから鼻に沿って切り下げます。その直角部分をベロンと開いて中の肉を取り出します』。約16時間もの手術だった。  『「闘病」とは、医者が病に対してするもので、患者はおとなしく言うことを聞いていればいいのです。「気を失う」は究極の言いなりで、だから私はその通りになっていましたが、面倒なのはその後です。十六時間かけて切り刻まれたものを前のように復旧させるのが私の仕事』(いずれも「遠い地平、低い視点」筑摩書房ウェブページから)。「前のように復旧させる」のは簡単な仕事ではなかった。12月26日退院したが、再び入院、1月29日に「肺炎」で亡くなった。喪主は母親だった。  『七十歳と言えば「古稀」の年で、「人生七十、古来稀れ」なんだから、人間の寿命が七十であってもいいんじゃないかという気がする』(「いつまでも若いと思うなよ」)。40歳から多額の借金に追われ、自己破産を選択せず、昨年30年間を無事に迎えたから、すべて返し終えたはずだ。そのことをちゃんと書いてほしかった。  『「この人生は仕事だけということにして、死んで生まれ変わったら遊んでいるということにしよう」と思った』(「いつまでも若いと思うなよ」)。多分、仕事がいちばん好きだったのだろう。

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保険2 保険に加入しないが「基本」だ!

2050年年金はもらえない  静岡グランシップで開かれた講演会「お金について考えてみよう タイゾーの金融経済超入門」(金融庁、日本銀行、静岡県などの主催)の中で、元政治家、タレント杉村太蔵(39歳)は「2050年に70歳になるが、わたしは年金をもらえない」と嘆いた。その前段で、60年前に制定された国民皆年金法の制度設計が間違っていたことも指摘。つまり、いまから30年後、国のミスもあって年金を受け取ることができないひどい時代が到来する、それが「タイゾーの金融経済超入門」の趣旨だった。「歴史的にいま、わたしたちは大転換点の時代にいる」と自虐的なギャグを交え、会場の若い人たちをステージに呼んだりして「大転換点の時代」を説明。軽妙なおしゃべりは詰め掛けた多くの人の笑いを誘っていたが、30年後?に年金受給者入りする若い人たちが、「2050年の未来」をしっかりと実感できたのかどうか。  2009年厚生労働省は「2031年に厚生年金積立金が枯渇し、年金制度が破綻する」と試算、さらに2050年までに厚生年金だけでなく、国民年金も積立金が枯渇すると予測した。2050年は65歳以上の年金受給者1人当たりを現役世代(20~64歳)1・2人で負担する人口割合となる。年金積立金が枯渇、現役世代が支払う年金保険料を65歳以上に回すこともできず、年金財源を新たに確保しなければ、70歳のタイゾーは年金を受け取ることはできないわけだ。  そんなに暗い時代が到来する話なのにエンタテインメントに徹した「タイゾー」ショーは大笑いが続いた。年金制度の破綻など誰も信じていない? 「年金」保険に入れば、将来安泰か?  先週知人の独身女性A子さん(53歳)から6通もの保険証券を預かって中身を吟味してほしい、と依頼された。保険はすべて日本社のみで、義理がらみで頼まれ加入したものばかり。リストラで会社を移り、年収がほぼ半減したため無駄な出費を減らしたい、できれば、整理したいのだが、自分では理解できていないという。計算すると、年間約60万円も保険料を支払っている。これでは整理したい気持ちはよくわかる。  6通のうち、「年金」保険は3通もあった。1通目が「個人年金保険10年確定」。1990年24歳のときに加入、60歳まで36年間、毎年8万8千円支払い、60歳から10年間80万円ずつ合計8百万円を受け取る。掛け金の合計317万円だから、約2・5倍の保険金を受け取る。最後の受け取りは69歳だが、この保険を”お宝保険”と他社の営業社員が言ったとのこと。いまの時代から見れば、確かにそうなのだろう。  2通目は「年金払い積立傷害保険」。1996年30歳のとき加入、60歳まで毎月1万円(年12万円)支払う。30年間合計360万円、60歳から64歳まで5年間、毎年約110万円ずつ合計550万円を受け取る。傷害保障が約1千万円あるため、その分年金額が少なくなる仕組みだ。  3通目は豪ドル建て無配当個人年金保険。2年前、51歳で加入、65歳まで毎月1万5千円総額252万円を支払う。契約時積立利率2・5%とあるが、小さな字でいくつもの(注)がつき、肝心の70歳から10年間受け取る年金額は会社の定める方法で計算する金額とあるだけ。金融庁が外貨建保険への監督強化を打ち出したニュースが流れたばかり。本サイト「保険1 積立利率3%のなぞ」で指摘したように為替手数料、為替リスクなど考慮した上で加入すべきだが、保険証券には何ら記されていない。なぜ、最近になってこんな危ない保険に加入したのか? 保険に入っても大損する  2001年8月号の「文藝春秋」に『生保破綻で大損した筆者が教える「賢い保険術」』を書いた。当時、千代田生命加入当時5・5%の予定利率の生命保険を「転換」するように勧められたのを機会に、千代田と交渉した記録を紹介した。1997年の日産を皮切りに、東邦、第百、大正、千代田、協栄、東京の7つもの生保が破綻したことなど懐かしい記憶である。  わたしの場合、千代田破綻後の保険金は6割カット、予定利率も1・5%に引き下げられた。魑魅魍魎のうごめく保険会社を回り、保険の基礎知識を得ることができたのは貴重な財産になった。現在も保険会社の体質は変わっていない。20年が過ぎて、A子さんの”お宝保険”のように過去の予定利率の高い保険はお荷物だろう。最近の保険は1・5%に遠く及ばないのだから、大損する仕組みははっきりしている。  はっきり言えるのは、「保険はできるだけ入らない」がすべての基本だ。保険会社が儲かる仕組みの保険ばかりで、加入者にとって得になる保険など皆無。やはり相談を受けた自営業者のB子さんを年金保険に加入させたのは、税制上の利益(年間8万円の保険料で4万円の所得税控除)を受けられるからだ。10年間支払い、元金が戻ってくるのは15年も先のことだが、それでも税制上のメリットは大きい。  生命保険が必要なのは子育て期間中のみで、年間10万円以内(年8万円で4万円所得税控除)×20年間程度の死亡保障が高い定期保険がお薦め。がん保険も医療保険も不要である。 「金を稼ぐ」パワーが必要  さて、タイゾーの講演会で厚生年金、国民年金もひどいことがわかった。こちらも「保険はできるだけ入らない」を実践できるのか。会社に勤めていれば、いやでも給料天引きで厚生年金保険料が引かれる。まるで税金である。ほとんどのサラリーマンの場合、「年金保険料=税金」のようだ。  厚生年金、国民年金が保険である理由は、将来の生活保障(タイゾーの説明通り当てにならない)とともに、病気やけがなどの障害認定を受けたときに受給できる障害基礎年金や被保険者の遺族に支払われる遺族年金の役割を有しているからだ。それを考えるとますます、民間の保険に加入する必要がなくなってしまう。  講演会で、タイゾーは「元本保証」で利率20%、30%という投資詐欺が横行しているので注意をするよう呼び掛けていた。日本人の好きな「元本保証」につけこんでいる、という。くれぐれも厚生年金、国民年金が「元本」割れにならないことを祈るが、タイゾーは大丈夫なようだ。   タイゾーは「悲惨な世代」に向けて政府広報のスピーカーを務め、全国津々浦々に出掛けて2百回以上を超える「タイゾーの金融超入門」講演会でギャラを稼いでいる。年金が破綻しようが、「金を稼ぐ」パワーがありさえすれば全く問題ないことを訴えていた。会場に詰め掛けた若い人たちは、タイゾーの年金に頼らず生きる「パワー」に共感していたが、本当に大丈夫か。保険会社破綻や旧社会保険庁のずさんな年金をめぐるさまざまな事件を見てきただけに、将来、年金制度に何が起きるのかわたしにははっきりと見える。  ところで、静岡県金融広報委員会が取材に訪れたわたしに「注意」することがあると言って会場の外につまみ出された。結局、何らの「注意」もなかった。それが一体何だったのかぜひ、知りたいものだ。書いてはならないことを書くな、ということもかもしれない。それは何だろうか?

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「金のなる木」はどこにある?

「金のなる木」のご利益は  「『金のなる木』」はどこにあるのか?」そう電話が掛かってきた。2010年に出版した雑誌「静岡人 久能山東照宮」を最近、読んだ男性から静岡旅行記者協会事務所へ問い合わせがあった。雑誌では、家康の大きなお墓のすぐ近くにある「大杉」を「金のなる木」として紹介した。ああ、そうか3年前の10月に伐採されたため、雑誌の大杉を探したが、見つけられなかったようだ。現在は、斜め後ろの大楠を「金のなる木」2代目としているが、初代の大杉に比べて地味な存在でわからなかったのかもしれない。  さて、家康の「金のなる木」にご利益があるのだろうか? 時価1兆円の遺産を残した家康  家康は「お金の神様」だった。「金・銀・銅の日本史」(岩波新書)の著者村上隆氏は、家康の遺産を94万両(金換算で2百万両)とし、「まさに人類史上、まれに見る資産家だった」と驚嘆した。40年前、歴史家樋口清之氏は2百万両を時価5千億円と推定。いまならば時価1兆円になっているだろう。そんな莫大なお金をどのように貯め、家康は何に使ったのか?  家康の「歯朶具足」(重要文化財)のレプリカについて取り上げ、このレプリカが”目玉”では観光客の誘致は期待できないと指摘した。さらに「『甲冑の値段』から考える幸せ」(「お金の学校」)で本物とレプリカの価値について取り上げた。本当はレプリカでも構わない。レプリカでも価値の高いものは多い。しかし、歯朶具足は大黒頭巾形の兜に、黒漆塗の地、黒糸威の胴丸、全身が真っ黒で、あまりに地味なイメージで、家康の質素、倹約、吝嗇の象徴とも言える。前立の金の大きな弦月がトレードマークの伊達政宗、大河ドラマで一躍有名となった「愛」の字を模した直江兼続ら戦場に向かう武将たちの派手で個性的な甲冑に比べ、歯朶具足は実用一点張りで、あまりに地味だ。  さらに、悪いことに、歯朶具足を「腹黒具足」と呼んだのは、アンチ家康、太閤秀吉贔屓や淀君、秀頼母子を守る真田幸村、猿飛佐助、霧隠才蔵ファンである。大坂の陣で、豊臣一族を滅ぼしたことを「家康の人生最大の失敗」と評価する歴史学者が多く、大坂の陣に着用したとされる歯朶具足は家康の「腹黒」の象徴であり、「狸おやじ」などと家康が呼ばれる、大きな理由になっているようだ。そんなレプリカが本当に”目玉”になるのか。 「億男」と「1億円のさようなら」  幕末の尊王討幕家、尾高藍香は「家康は金1両とする定位貨幣をつくり、貨幣制度を確立したことが最大の功績だ」と高く評価した。幕府が通貨の一元的な発行権を握り、財政の安定を図るために家康には莫大な金銀が必要だった。家康の遺産によって260年の平和は続いたが、幕末の動乱で開国したあと、金が大量に国外に流出したことで貨幣制度そのものが崩壊、狂乱物価を招く原因となり、大パニックに陥り、江戸幕府は破滅した。  最近、お金と幸せを考える2つの小説が発刊された。「億男」(川村元気)は映画化に伴って、文庫化された。もう1冊は「1億円のさようなら」(白石一文)。3億円の宝くじで当たった男、もう一方は妻に34億円の遺産があることを長年知らされなかった男がそれぞれ主人公で、多額のお金で人生の幸せが得られるのか、回答を探し求めていくストーリー。お金に悩んでいる万人に推薦できる2冊だ。  「1億円以上の宝くじの当せん者は年間5百人、この10年間で5千人以上だから、特別なことではない」(「億男」)。宝くじの当せん確率1千万分の1の世界は、特別な世界だから、宝くじを買い続けている、ほとんどの人が一生の間に当せんする確率はない。34億円の遺産を妻がもらう確率はさらに低い。遺産1兆円の世界となれば、全くありえない話だ。しかし、面白いことに、家康は駿府城で75歳で亡くなり、遺産1兆円を残してしまった。これは紛れもない事実だ。 ビスカイノの真の目的は金銀発見  家康の時代、日本ではゴールドラッシュが続いていた。伊豆金山、安倍金山が発見され、佐渡金山、岩見銀山、黒川金山など各地で金銀の産出量が急激に伸びていた。金山奉行大久保長安が豪勢な屋敷を駿府に構え、日本中すべての金銀山を支配下に置き、駿府城金庫へ金銀を運んだのだ。  ちょうど、その頃駿府にやって来たのはスペイン初の大使セバスチャン・ビスカイノ。ビスカイノは駿府城で家康に面会、偉大な国王フェリペ2世の愛用した西洋時計を海難救助のお礼として家康に贈った。この時計が久能山東照宮に現存しているが、表向きの答礼使ではなく、秘密の勅命をビスカイノは帯びていた。  その密命が日本の島にある莫大な金銀発見だった。スペイン宮廷は日本近海の北緯29度に金富島、35度に銀富島が実在するという極秘情報と探検命令をビスカイノに与えた。西洋世界は日本こそジパング(黄金の島)であると固く信じていた。そのように信じられるくらい金銀が豊富だったのだ。 駿府城跡発掘で金銀発見の夢  伏見城から運んだ金銀で駿府城の床が落ちたという記録が残っている。1608年駿府城焼失後に焼け焦がれた金銀を一度、久能城に運んだ記録や亡くなった後の「久能御蔵金銀受取帳」には家康の遺産2百万両が記される。駿府城は金銀の宝庫だったから、現在行われている駿府城の天守台跡発掘で金銀が発見される可能性をまったくゼロとは言いきれない。  なぜ、そんな観点から歴史博物館を考えられないのだろうか?  みんな自分自身が大金持ちになる夢を見る。家康はそんな夢をみんなに見せてくれる存在だ。多額のお金があれば幸せになれるかどうかは小説の世界に回答を求め、お金の夢を見ることの幸せは現実の世界であり、とても楽しい時間となる。そんな夢を見せてくれる歴史博物館は素晴らしいのではないか。  「金のなる木」のご利益は、みなに夢を見せることだ。家康の縁起のいい初夢「一富士、二鷹、三茄子」にならって、駿府城跡地から金銀が発掘される夢を見て、それが博物館の”目玉”になる可能性を期待してはいかがか。

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「甲冑の値段」から考える幸せとは?

「歯朶具足」のお値段は?  今回のタイトル画像は、2011年9月13日に放映されたテレビ東京の人気番組「開運!なんでも鑑定団 諸国鑑定巡りIN久能山東照宮」で、家康所用の「歯朶具足」(重要文化財)を澤田平さんが鑑定した後、値段が発表される最後のドキドキする場面である。  果たして、澤田さんはいくらと値段をつけたのだろうか?  このサイトの最新ニュース「川勝VS田辺 ”歴史博物館”建設は棚上げを!」で静岡市が発注した甲冑レプリカの値段7千万円が高いのではないか、と指摘した。  担当者は「時代考証をした本物に近いものだ」と胸を張っていた。 歴代将軍18領の「歯朶具足」写形  「甲冑の値段」と言っても、ガソリンやビールなどの日常とはかけ離れた世界だから全くわからないものの一つだろう。レプリカでも7千万円と言えば、「ああ、そうか」と納得してしまうかもしれない。静岡市は臨済寺所蔵の今川義元彩色木像のレプリカを合わせて3点で約1億円を支払うのである。約1億円のレプリカを鑑賞するために歴史博物館を訪れる観光客はどのくらいの人数になるのか?それが評価の基準だ。  1869年駿府城主だった徳川家達(徳川宗家16代)は静岡潘知事となり、その13年後に江戸城紅葉山武器庫から徳川家に安置されていた甲冑類を久能山東照宮に寄進している。現在、63領もの甲冑が久能山東照宮博物館に所蔵されている。その中でも「歯朶具足」は徳川将軍家の守護神と呼ばれ、歴代将軍は御写形具足を製作、久能山には18領の「御写形具足」が伝わっている。残念ながら、この18領のほとんどがぼろぼろで修理をしなけければ、展示できない状態だ。久能山の甲冑はすべて江戸時代の幕府御用達甲冑師岩井与左衛門が製作した逸品である。久能山東照宮では2012年から「将軍の甲冑」調査プロジェクトがスタートした。  当時、静岡市博物館構想を聞いて、御写形具足の調査、修理、保存、展示での支援を求め、落合偉洲宮司が提案書を静岡市に持参した。修理した甲冑は静岡市に「無償貸与」し、歴史博物館に展示すれば”目玉”になるのではないか、と提案した。しかし、静岡市の回答は「ノー」だった。それだけに、歴史博物館の”目玉”は何になるのか、高い関心を呼んでいた。 七代家継の写形具足を修理  2014年10月に開催された「国宝・久能山東照宮展」では、歴代将軍のうち、6歳9カ月で亡くなった七代家継の遺品は唯一、ぼろぼろの御写形具足しかなく、実行委員会の民放テレビ局から受け取る作品貸出料を修理費用にあてることを考えていた。  この甲冑修理を請け負ってくれたのは、東京在住の甲冑師三浦公法、弟子のアメリカ人アンドリュー・マカンベリの両氏。2012年5月、両氏が久能山を訪れ、二代秀忠(箱書き)、七代家継、九代家重の甲冑を調査した。そのあと、三浦氏から届いた修理見積書では、1領「4百万円」だった。1年間に1領ずつ行い、3領を修理してもらえれば1200万円。しかし、久能山は50年に一度の社殿大修理で多額の借り入れを行っており、結局、展覧会の貸出料をあて、修理できるのは1領のみだった。2015年4月、七代家継の御写形具足は修理を終えて、久能山に運ばれた。数多くのメディアの前で、三浦氏の自信作を披露した。なぜ、久能山は、三浦氏に徳川家の重宝である御写形具足を依頼したのか? ロンドン塔の家康甲冑を修理  1613年初代英国大使サーリスは駿府城の家康を訪ね、初の日英通商条約を結び、家康はその友好を示すため英国王ジェームス1世に2領の甲冑を贈っている。3百年以上を経て、ロンドン塔に保管されていた2領の甲冑のうち、1領はぼろぼろの状態だった。1975年、英国王立武器博物館は甲冑修理を三浦氏に依頼した。さまざまな資料を丹念に調べた上で、1年半を掛けて三浦氏は見事に修理を成し遂げた。  現在もロンドン塔に展示され、数多くの観光客の目を楽しませている。案内板には家康からジェームズ1世に贈られ、日英の交流を示す重要な証拠だと説明されている。この甲冑も家康お抱えの甲冑師岩井与左衛門の作であり、リーズ市にある英国王立博物館に家康寄贈の別の甲冑も常設展示、現存している。三浦氏は「青森県櫛引八幡宮の国宝、赤糸威・白糸威の大鎧をはじめ名品甲冑レプリカ30領以上を製作しているが、江戸名人の息遣いを伝える将軍甲冑の修理はさらに重要で大きな仕事である」と話してくれたのだ。現代の名人である三浦氏の製作した30領のレプリカはすべて値段がついて、売却されている。 「本物」と「レプリカ」の違いは?   「レプリカ」7千万円に比べると、「修理」4百万円は桁が違うのであるが、その価値は値段通りの違いではない。  テレビ鑑定団で、澤田さんは「歯朶具足」の値段をつけるのに、しばらく思案した末、「鑑定不能」としてしまった。その理由を「1億円でも2億円でも買うことのできない貴重なお宝」と説明した。3百年以上を経て、「歯朶具足」は昭和の時代に、三浦氏の師匠森田朝二郎氏が修理を行っている。いくら修理されていたとしても「本物」の価値は全く変わらない。お金には換えられないのだ。  三浦氏が「4百万円」で修理してくれた七代家継の御写形具足が一体いくらなのか、澤田氏に聞いてみたい。市民、観光客はレプリカを見たいのか、本物を見たいのか、静岡市は調査すべきだ。  さて、あなたは博物館に入館して、レプリカと本物を見て、どちらに幸せを感じますか?質問は簡単明瞭だ。

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生命保険1 「積立利率3%」のなぞ?

「生保の世界」は難しい   「90日間でお金に強くなる」。そんなキャッチフレーズで、自らの判断で金融商品とつきあうための基礎知識、セールストークに惑わされないポイントをアドバイスする会社(「bookee」)が創業された。専任コンサルタントが、各人の個人能力に合わせたカリキュラムをつくり、複雑怪奇となった金融の世界を“情報弱者”の素人でも理解できるよう指導するのがコンセプトらしい。このパーソナルトレーニングは3カ月で費用29万8千円(税別)。それだけ支払えば、さまざまな誘いに騙されることはないかもしれない。ただ、お金に十分な余裕がないと手は出せないかもしれない。  この会社の創業者は「貯蓄と掛け捨てが複雑に入り組んだ生命保険商品が理解できなかった」ことを嘆き、数十冊の本を読んで勉強し、それが会社をつくるきっかけとなった、という。  本当に「生保の世界」は難しい。そんな事例を1つ紹介しよう。 静岡市の外資系保険会社を訪問  「積立利率は最低保証3%」。生保のパンフレットに記された「積立利率3%」は非常に難しい表現だ。舞台は、静岡市の外資系保険会社支社である。  「将来に備えて貯蓄をしていきましょう。そういうお考えでこの保険に入ってもらいました」。シニアコンサルタント高村啓子さん(仮名、年齢40歳)。友人のA子(43歳)が昨年入った「積立利率変動型終身保険(米国通貨建)」を説明してもらっている。  「この保険は、おカネに保険を掛けていることにもなります。米国通貨建、ドル資産を持っていることがどんなに安全かを考えてください。この保険に加入していれば、どんなに円安ドル高になっても大丈夫です」とつけ加えた。啓子さんのセールストークは立て板に水だが、A子にはちんぷんかんぷんで全く理解できない。  啓子さんの名刺には、「シニアコンサルタント」だけでなく、「トータル・ライフ・コンサルタント(生命保険協会FP)、AD認定プロデューサー」とも書いてある。カタカナばかりで立派な専門家に見える。  A子は啓子さんの主催する食事会に参加、そこで啓子さんに勧められて保険に加入した。加入したのはいいが、彼女は内容が全くわからないので、わたしに助けを求めてきた。 19年目で利息がつく保険  啓子さんは“貯蓄”と言っているが、将来、どんなふうに貯まっていくのか、A子のためにつくられた運用実績例表を見た。  掛け金を年間約2800ドルずつ60歳まで18年間支払っていく。18年間で支払う保険料は合計約5万ドル(1ドル100円として計算で5百万円。以下、同じ計算)。その時点で解約した場合、返戻金はマイナスだが、19年目には5万8百ドル(508万円)、19年目になって、8百ドル(8万円)の利子がついてくる計算だ。  70歳で「6万1千ドル=610万円」、80歳で「7万5千ドル=750万円」、90歳で「8万7千ドル=870万円」になっていくから、年をとればとるほど貯まってくる。啓子さんの言う“貯蓄”とは、このことらしい。払い込んでいる期間中は貯まることはなくマイナスだが、70歳で110万円、80歳で250万円、90歳で370万円貯まるわけだ。  啓子さんのいう「将来」は、少なくとも30年先、40年、50年もあとのことだ。 為替手数料は別途支払う  「脳梗塞で倒れて全身麻痺になった場合、両手がなくなった場合、両足がなくなった場合、両目が見えなくなった場合など考えたことがありますか?死んでしまえば、そのすべてに当たりはまりますが、この保険では、どれか1つでも障害があればいいのです。このような状態を高度障害と言います。死ななくても、このうち、どれか1つでもあれば、保険金すべてがもらえる保険機能が付いています」  何かひどい状態になったら、保険金10万ドル(1千万円)がもらえる。最後に「人生にはいろいろなリスクがあるから安心ですね」と、啓子さんはきっぱりと言った。  A子はこの辺りのことを聞いて、加入を決めたらしい。さて、わたしが質問してみる。  「為替手数料はいくらですか?」「初回のTTSは50銭、2回目からは1円です」  「18年間で5万ドル支払うから、手数料約5万円。戻ってくる場合、同様に5万円を支払うから、約10万円が為替手数料ですね」 為替リスクは非常に高い  「為替リスクのことを話しましたか」 「当然、お話しました」  「たとえば、1ドル=120円でドルを買っていけば、5万ドルの保険料では6百万円支払うことになる。もし、19年目に解約した時、レートが1ドル=80円だったら、戻ってくるのは4百万円にしかならないから、差し引き2百万円も損してしまう」 「そんな極端なことはありません。ドル・コスト平均法ですから、平均値となるはずですが―」  「それはだれもわかりません」。為替リスクが高いことを頭に入れておく必要がある。ところが、A子は為替手数料や為替リスクについて、全く理解できていなかった。 保険の受取人は父親だった?  「そもそも、この保険がいちばんおかしいのは、保険金の受取人が彼女の父親になっていることでは?」  「他に適当な人がいなかったからです。結婚されて、子供が生まれれば、そちらに変えればいいのです」と啓子さんはきっぱりと言った。ただ、43歳のA子に、そんな予定はなく、いまのところ、これからも独身を貫くのだろう。  「じゃあ、保険もその時入ればいいのでは?」「早く入っていたほうが、保険料が安くなります」  「彼女の亡くなった時、父親が彼女の死亡保険金を必要と思いますか?ふつうに考えれば、70歳を過ぎた父親のほうが早く亡くなってしまう」  「他に受取人がいなかったから、仕方ありません」。啓子さんもこの点はおかしいと考えていたようだ。だから、啓子さんはA子に“貯蓄”として勧めていた。 ”貯蓄”がマイナスの場合も  彼女の保険は、払い込み期間中は貯まることなく、19年後の61歳になって、ようやく8百ドル貯まる。しかし、そこから為替手数料を引けば、まだマイナスだ。  もし、ドルを円に交換するとき、円高になっていたら、支払った保険料より受取額が少なくなってしまうこともある。何十年間ずっと“貯蓄”しても、マイナスになる可能性も高い。 保険の世界の「積立利率3%」  積立利率3%について啓子さんに聞いた。  「毎年積立ててくれれば、3%の利息がつくということです」  「毎年3%ずつ利息がついていくということですか」  「保険はそんな簡単じゃあありません。いろいろな費用が掛かりますから」  「それじゃあ、3%とうたうことがおかしくありませんか?」  「アメリカの国債を運用して、3%の積立利率がつくような保険です。現在では3・5%で運用されていますから、非常にお得なのです」  「でも、19年たって、8百ドル(8万円)しかついていないのはなぜですか」  「それは保険を運用するために、いろいろな費用が掛かるからです」  「3%の利率と大きく書いてある意味がわからないのですが」  「将来は最低3%の積立利率がつくのです」  やはり、頭を抱えてしまう。計算してみると、60歳までは利息はつかないが、70歳で610万円になる。原資500万円の2%強の利息か?さらに80歳で250万円、90歳で370万円が積立利率3%の根拠かもしれない。しかし、これも為替変動を考慮に入れていない。そして、30年も先の未来はだれにもわからない。  A子は、1年間支払ったが、この保険を解約してしまった。返戻金は非常に少なかったから、A子は20万円超の損失を出した。「死んだときがいちばんのお金持ちだと言われたくない」とその理由を言った。  「長期的に見れば、わたしたちはすべて死んでいる」(ケインズ「貨幣改革論」)。ケインズのことばをA子は知るずもない。しかし、その通りであり、A子が保険をやめた理由は正しい。「積立利率3%」という数字に惑わされないよう、くれぐれもご注意を!