ニュースの真相

ニュースの真相

リニア騒動の真相96”大混乱”生物多様性専門部会

「ハコネサンショウウオ」専門家は?  ハコネサンショウウオ議論を理解できた者はいるのか?  リニアトンネル静岡工区の工事に関係する環境アセスメントの問題を議論するJR東海と県の生物多様性専門部会委員による会議が22日、県庁で開かれた。トンネル掘削に伴う影響と対応についてJR東海が説明する中で、今回初めて、ハコネサンショウウオを取り上げた。ところが、報道関係者にはハコネサンショウウオに関する資料は「希少種に関する情報が記載されているために非公開」として配布されなかった。ハコネサンショウウオは静岡県のレッドデータブックで絶滅危惧種Ⅱ類に入る。ただでさえ、専門的な議論なのに、資料がなければ、JR東海の説明を聞いていても、何を言っているのか全く理解できないのは当然である。(※なぜ、資料を配布しなかったのかはJR東海ではなく、県の考えらしい。その点については、今後、詳しく調べていく)  大体、県の専門部会委員に両生類に詳しい専門家はいない。だから、いくら、JR東海がハコネサンショウウオの説明をしても、それに対する突っ込んだ質問をすることはできない。ほ乳類を専門にする三宅隆委員(元日本平動物園長)が「7年前のハコネサンショウウオについての生息地資料では、現在がどうなっているのか分からない」などと疑問を呈した。それはその通りである。ただ、環境アセスの調査時点と現状が違うのはハコネサンショウウオに限らない。  南アルプスには絶滅危惧種Ⅱ類のハコネサンショウウオ、ヒダサンショウウオが生息する。毎年の自然環境は一定ではなく、大きな変化を伴うから、調査時点と同じ場所にいる可能性は非常に低い。今回も議論の中心となった絶滅危惧種Ⅰ類のヤマトイワナにしても、2018年、2019年の台風で、その生息環境は大きく変わったとされる。ハコネサンショウウオが全く同じ狭い地域に生息しているのを前提に、メディア関係者のみに資料を提供しない意味が分からない。  サンショウウオで言えば、南アルプスには固有の絶滅危惧種Ⅰ類のアカイシサンショウウオが生息する。当然、JR東海の環境アセス調査では、アカイシサンショウウオは発見されていない。だからと言って、リニアトンネル工事の影響を及ぼす地域に全く生息していないとは言い切れない。  アカイシサンショウウオが新種登録されたのは2004年と、最近である。新種と認められるまでにアカイシサンショウウオの個体はわずかしか見つかっていない。最初に新種発見されてから登録まで約30年も掛かっている。長い間、発見された個体数が非常に少ないからだ。  アカイシサンショウウオの発見は、比較的、足を踏み入れやすい静岡市と本川根町の山間であり、今回のリニアトンネル工事が影響を及ぼす地域とは全く違う。その上、小型のサンショウウオであり、両生類の専門家らが必死で探さなければ発見できない。リニア工事関係地域は調査に入ることが困難であり、両生類の専門家が当該の地域に入って調査したとは聞いていない。ハコネサンショウウオ、ヒダサンショウウオは幼生期に水中に生息するとされるが、アカイシサンショウウオは幼生期も陸生であり、落ち葉などの下に生息しているから、一層、発見するのは難しい。  JR東海の環境アセス調査でヤマトイワナを発見できなかった(ニッコウイワナ、混雑種は発見されている)。アカイシサンショウウオとなれば、さらに長期間の丹念で詳しい調査を行わなければ、生息しているのかどうか判断できない。  アカイシサンショウウオ生息の可能性を議論するのは、県地質構造・水資源専門部会でさらに多くのボーリングを行わなければ、断層の正確なことは分からないとの指摘と似ている。実際には採算性の点から、そこまで必要なのかどうか疑問である。しかし、正確を期すことを優先すれば、徹底した調査が求められるのだろう。  JR東海がわざわざ県専門部会でハコネサンショウウオを取り上げて、どうして議論の対象にしようとしたのか頭をひねってしまう。(※資料がないから何とも言えない) キイロホソゴミムシを知っているか?  今回の会議で、ハコネサンショウウオへの影響について議論ができないのは、専門家がいないから、当然である。JR東海が寝た子を起こすようなことをしたから、県側は待ってましたとばかりに反応した。  板井隆彦部会長(専門は淡水魚類)が両生類、爬虫類、昆虫、植物の専門家を専門部会委員に入れることを要望したのだ。難波喬司副知事は、板井部会長の要望を受け入れる姿勢を示した。新たな専門分野の委員が加われば、生物多様性の議論はさらに複雑かつ”怪奇”(専門的すぎてわからないという意味)になるのだろう。  約30年前、絶滅危惧種の取材していた当時、レッドデータブックで絶滅危惧種に指定されている「キイロホソゴミムシ」の保護・増殖のための生息実態調査をしている千葉県立中央博物館を訪れた。世界中で千葉県木更津市の小櫃川河口付近のみに生息し、オサムシ科に属する小型の甲虫で、ごみに集まるうじなどを食べるため”ゴミムシ”という名前を頂戴したのだという。同博物館の昆虫生態学の専門家は「ゴミムシだから要らないのではない。ゴミムシであっても貴重な種である」との発言を忘れない。多分その通りなのだろう。  キイロホソゴミムシの研究者がいなければ、そのゴミムシの存在は誰も分からない。フィールド調査が難しい南アルプス(リニアトンネル工事地域)で昆虫の専門家がどれだけ存在するのだろうか?  脳学者の養老孟司氏から「ヒゲボゾゾウムシ」について聞いたことがある。翅(はね)があるにもかかわらず、千万年単位の歳月が過ぎているのに、糸魚川ー静岡構造線を越えていない虫だという。ヒゲボゾゾウムシの姿かたちもわからないが、そのような昆虫は数多い。  もし、南アルプスの昆虫類を本格的に調べ始めれば、さまざまな新種が発見され、保護すべき対象は増えるだろう。静岡県、静岡市がこれまで南アルプスの調査をどれだけ行ってきたのか疑問は大きい。南アルプスの昆虫を専門にする研究者が静岡県に何人いるのかさえ知らない。  アカイシサンショウウオの生態でさえまだ分からないことばかりである。もし、そうでなくても、現在のレッドデータブックに掲載された両生類、爬虫類、昆虫などを議論すれば、途方もない時間が掛かるだろう。そもそも環境アセスによるフィールド調査がどこまでの精度を求めているのか分からない。県の生物多様性専門部会の議論を聞いている限りでは、1事業者には手に負えないくらいの過度の要求をしている。  いずれにしても、生物多様性の考えで言えば、本当に小さなキイロホソゴミムシやヒゲボゾゾウムシに匹敵する貴重な昆虫類は数え切れない。そのすべての生物に対して議論を行うべきなのだろうか? 「生物多様性」を定義したほうがいい  今回の議論で、板井部会長は「生物多様性」の考えとは異なった意見を述べた。  会議で板井部会長は「重要種(希少種)だけを残したら保全対策はなされたと言えるのか?」という疑問を呈した。ところが、在来種のヤマトイワナを保全するために、ニッコウイワナ、混雑種を駆逐することが影響を回避、低減させるために重要だとも話している。JR東海が提示したヤマトイワナの生息環境整備の効果のイメージでも、板井部会長の考えが反映されている。  この議論を聞いていて、「生物多様性」専門部会という名称はふさわしくないのではないか、と疑問を抱いた。  生物多様性は米国のBIO・DIVERSITY(バイオ・ダイバーシティ)からの造語である。なぜ、米国でバイオ・ダイバーシティの考えが誕生したのかは、デヴィッド・タカーチ著「生物多様性という名の革命」(日経BP社)に詳しい。23人の生物学者にインタビューして、生物多様性について聞いている。その内容は難しく、それぞれ独自の意見を述べていて、生物多様性のはっきりとした定義が存在しないことは明らかだ。生き物にはさまざまな種があり、さまざまな生態があり、それらが複雑な関係を結んでいる。「生物多様性の革命」翻訳者、岸由二氏の解説では、バイオダイバーシティを、バイオの意味からも<生命多様性>と訳したほうが日本語の空間では、より適切ではないかと指摘している。生命全般となれば、さらに範囲は広がってしまう。それこそ、ふつうに考えれば、腸内細菌などがバイオである。  環境省が2002年、バイオ・ダイバーシティ条約を受けるかたちで「生物多様性国家戦略」の国内計画を作成し、閣議決定している。環境省独自の環境保全策だが、当然、絶滅危惧種を保全することだけにとどまらない。  現在、県生物多様性専門部会で議論の中心となるヤマトイワナを絶滅危惧に追い込んだのは、釣り人であり、漁協である。ニッコウイワナを放流したのは、ヤマトイワナの減少に伴い、釣り人誘致のために地元の漁協が積極的に行った。それ以前に行政による河川改修だけでなく、多数の電力ダムがつくられ、ヤマトイワナの好む自然環境を改変してしまった。人間生活を優先すれば、生物多様性保全は至難の業となる。  JR東海のアセス調査ではヤマトイワナを発見できなかった。ニッコウイワナや混雑種しか発見されていない。(※今回の会議ではイワナ類の生息分布図も報道機関には配布されなかった。その理由をちゃんと説明してもらいたい)  ヤマトイワナをそれぞれの地域で絶滅に追い込んだのは、人間の営む生活であり、今さら、過去の状態に戻すことは不可能である。地元の井川地区によれば、リニアトンネル工事の影響があるのは、小西俣の一部の地域だけであり、その地域のみにヤマトイワナは生息する、と述べている。議論はそこにとどまらず、板井部会長ははじめ委員たちは、JR東海に過度の期待を寄せているとしか思えない。  岸氏によれば、バイオ・ダイバーシティは<生きもののにぎわい>がぴったりだと言う。そこには、ヤマトイワナを保全するためだけに、ニッコウイワナや混雑種を駆逐してしまうと言う考えは生まれない。生きものにはすざまじい多様性があるからだ。  人の影響の入っていない純粋な自然の生態系などは存在しない。そもそも移入種が加わった生態系こそ多様性が増したと考えるべきである(人間の世界では混血種をそう見ている)。自然環境は、人間の目には同じように見えても、日々変わっている。板井部会長はじめ委員たちは「生物多様性(バイオダイバーシティ)」のことばの意味を理解せずに、それぞれの過去の経験に沿って議論している。JR東海は委員の意見に粛々と従って、過去の環境を取り戻すような取り繕いの対応策を提案する。そこに正しい答えがあるはずもない。ダイバーシティとは何かを定義しないで、議論していてもお互いの意見はかみ合わない。  県の生物多様性専門部会に目標や期限はないようだが、これでは10年以上議論しても結論らしきものさえ生まれないだろう。つまり、諸行無常の世界である。(※多分、こちらの寿命が尽きてしまう)

ニュースの真相

リニア騒動の真相95「物申す」から1年

「国家破産」で何が起きるのか?  月刊文藝春秋11月号の『財務次官、モノ申す「このままでは国家財政は破綻する」』の論文が衆院選を前に、大きな波紋を呼んでいる。財務省の矢野康治事務次官が、与野党各党による赤字国債に頼った「ばらまき合戦」のような選挙公約発表を憂えるかたちで、「まるで国庫には、無尽蔵にお金があるような話ばかり」と批判した上で、「今の日本の状況をたとえれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものだ。氷山(債務)はすでに巨大なのに、この山をさらに大きくしながら航海を続けている。(巨大な)債務の山の存在はずいぶん前から気づいている。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるのかわからない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいる」などと述べている。国の長期債務973兆円で地方の債務を合わせると1166兆円に上るのだという。  日本の財政赤字が深刻であることを承知の上で、コロナ禍の中でばらまきに近い借金を繰り返してきた。矢野氏の主張通り、今回の選挙戦の公約を見れば、大盤振る舞いの現金給付策が並び、無限に借金を続けていくように見えてきてしまう。当然、そんなことはできない。このまま行けば、矢野氏が予言する危機(タイタニック号のように氷山に衝突して、日本が沈没するような状態)はいずれ、現実化する可能性もある。日本は「国家破産」するのかもしれないのだ。(※実際にはMMTはじめ、日本の「国家破産」などありえないと主張する勢力は数多い)  矢野氏の論文は、「国家破産」の不吉な未来は分かるが、一体、わたしたちの周囲に何が起きるのかは書いていない。お隣の韓国をはじめ「国家破産」という経済的な混乱は世界中でしばしば起きている。ただ、その混乱を克服して、「国破れて山河在り」のたとえ通りに、国民はたくましく生き抜いている。特に韓国の状態はそう思える(2018年の韓国映画「国家が破産する日」は、1997年のIMF管理下に入った実際の韓国経済を描いている。当時、韓国民は85%以上が中間層と考えていた、という)。さて、日本の「国家破産」でどんな暗い未来が待ち受けているのか?  国が債務超過に陥る財政破綻を憂慮して、財政規律を重視する矢野氏が「モノ申す」のは、政治家に対してなのだろう。と言っても、中央官僚トップの責任は非常に大きく、中央官僚も公務員(パブリック・サーバント)なのだから、天下国家を論じるとともに、国民の生活、個々人の生活への影響、国民がどんな対応をすべきかもちゃんと説明する責任もあるのではないか。  ”説明責任”を考えていたら、「モノ申す」の字面から、そうか、1年前、川勝平太静岡県知事も「モノ申していた」ことを思い出した。昨年10月9日発行の月刊中央公論2020年11月号に『静岡県知事の「部分開業」案 国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』が掲載された。  「物申す」とは、文句を言う、抗議するなどの意味がある。川勝知事の「もの申す」は一体、誰に、何を言っていたのか? 「命の水」問題は解決したのか?  雑誌論文で「物申す」相手は、国交省鉄道局のようである。有識者会議の運営に不信感を示した上で、『有識者会議での検討結果は、県の専門部会に持ち帰り、専門部会で「全面公開」のもとに地元住民・利水者に再確認し、流域県民の理解を得るという段取り』が知事の考えのようだ。  最後のひと言として、『”命の水”を戻すことができないのであれば、リニア・ルートのうち南アルプス・トンネル・ルートはあきらめるべきです。具体的には、国の有識者会議と県の専門部会で、南アルプス・大井川・地域住民の抱えている「命の水の問題」が科学的・技術的に解決できないことが判明すれば―その可能性は高いと言わねばなりません―、迂回ルートへの変更なり部分開業なりを考えるのは「国策」をあずかる関係者の責務でしょう』と厳しく締め括っている。  ここで最も気になるのは、迂回ルートや(品川―甲府までの)部分開業などいった突飛な提案を止めるのは、有識者会議によって「命の水の問題」を科学的・技術的に解決できたのかにかかっている、と主張したことだ。  9月26日に開かれた有識者会議では、リニアトンネル工事による「中下流域の表流水への影響 」、「中下流域への地下水への影響」について中間報告案が示された。つまり、知事の言う「命の水の問題」に対する解決策が示された。  『リニア騒動の真相93「地域の理解」を得るとは』で詳しく説明したが、「中下流域の表流水への影響」について、『導水路トンネル出口(椹島地点)よりも上流の河川流量は減少する。一方、導水路トンネル出口(椹島地点)より下流側の河川流量は、山体内に貯留されている地下水が導水路トンネル等により大井川に戻されるため一時的に増加し、トンネル掘削完了後はやがて正常に落ち着くことになるが、いずれの段階においてもトンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される』  また、「中下流域への地下水への影響」は『下流域の地下水位は取水制限が実施された年も含めて安定した状態が続いていることや、中下流域の地下水の主要な涵養源は近傍の降水と中下流域の表流水であり、椹島より上流の深部の地下水が直接供給されているわけではないことなどを考慮すると、大井川中下流域の河川流量が維持されることで、トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は河川流量の季節変動や年―年変動による影響に比べて極めて小さい』(『』内は、いずれも中間答申案)  リニア工事による中下流域への水環境の影響はほぼないというのが、有識者会議の結論である。つまり、「命の水の問題」は科学的・技術的に解決されたのであり、議論は次の段階に入るべきである。  ところが、川勝知事は国の有識者会議のまとめる今回の中間報告案を蹴飛ばしてしまった。 「一滴の湧水」も県外流出してはならぬ?  川勝知事は6日の会見で、「掘ったあとプールにためてそれをポンプアップして20年あるいは30年かけて戻す案を受け入れるかと聞いたら、とうてい受け入れられない、と即座に染谷(絹代)島田市長が言われた」、「トンネルを掘るときの3百万㌧、5百万㌧(水収支解析によって数字に違いがある)は(山梨県へ)流出して戻ってこない。トンネルを掘ったあと、プールにためて、それをポンプアップして、数十年かけて戻す、というのが案なわけです。流域の方たちは、これはとんでもない話だと」、「全量戻しの提案、これは戻せません、はい、わかりました(と有識者会議)、トンネルを掘ってから戻すんですね、はい、わかりました(と有識者会議)、有識者会議の人たちはそれ以外の方法はないんですか、ありませんと。それは我々のいう全量戻しではありませんから、これは受け入れられない」と同じことを何度も繰り返し述べた。  川勝知事は、従来の「水一滴の県外流出も許可できない」姿勢を崩さず、それができないのであれば、約束違反だ、受け入れられないと主張する。JR東海の環境影響評価書への知事意見に、トンネル湧水の全量を大井川に戻すよう記したことなどを根拠にしている。  静岡経済新聞で何度も書いているが、JR東海は作業員の安全確保から、静岡県側からの掘削は行わず、山梨県側から掘削するために静岡県の水3百万㌧あるいは5百万㌧が山梨県側へ流出する。トンネル開通後に山梨県内のトンネルで生じた水3百万㌧あるいは5百万㌧をポンプアップして静岡県側に戻し、計画されている導水路を使い、大井川に戻すことを説明した。  どう考えても、知事意見のトンネル湧水の全量を大井川に戻すことに変わりない。  冒頭の「国家破産」で書いたが、もし、国家破産が起きて、最大の関心事は、わたしたちの生活への影響である。リニア問題も同じで、リニアトンネル工事によって、中下流域にどのような影響があるのかが最も重要である。有識者会議は、1年以上にわたって、中下流域への影響について議論を行い、中下流域の表流水、地下水への影響はほぼない、と結論づけた。沖大幹東大教授は科学の限界について話したが、それはどんな分野でも同じである。現在の科学力は万能ではなく、絶対はない。現在の最高の科学水準で水環境には影響はない、と言っているだけだ。  科学的・技術的に問題は解決されたはずなのに、「一滴の水も静岡県外流出は許可できない」は新たな難題を投げ掛けて、駄々をこねているだけだ。有識者会議の議論は専門的であり、流域住民らには理解できていないから、国、JR東海は、わかりやすいかたちで中下流域への水環境の影響がないことを住民に説明していくしかない。(※JR東海の資料をそのまま見せても、ほとんどの人には理解できない) ”命の水”を取り戻す絶好の機会  ちょうど1年前、10月18日付『リニア騒動の真相59”命の水”守る川勝知事の責任』という記事で「田代ダム」問題を取り上げた。田代ダムから、リニアトンネル工事中の水量減量など問題にならないくらい大量の”命の水”が山梨県へ流れているからだ。それもJR東海と違って、ただ、大量流出するだけで、何年たっても戻ってはこない。  田代ダムは1928年建設された大井川で最も古い発電所用のダム。1955年、従来の毎秒2・92㎥から4・99㎥に取水が増量されると、大井川の「川枯れ」の象徴となった。”命の水”が毎秒2㎥以上も山梨県側へ取水され、大井川の放流量が大幅に減ってしまった。高度成長期に入る首都圏での電力需要を優先したから、流域住民たちは「水返せ」運動を始めた。  1975年12月の水利権更新に当たり、当時の山本敬三郎知事は「4・99㎥のうち、2㎥を大井川に返してほしい」と要求。東電は「オイルショックによるエネルギー危機で水力発電を見直す時代に入った。水利権は半永久的な既得権であり、一滴たりとも渡すわけにはいかない」と蹴る。流域住民の”命の水”なのに、東電の姿勢を変えることができなかった。  その後も「水返せ」運動は続き、静岡県は東電と粘り強く交渉、2005年12月、ようやく、0・43㎥から1・49㎥(季節変動の数値)の”命の水”を勝ち取った。水増量が始まってから50年もの歳月が掛かった。それまで30年間だった水利権更新期限を10年間に短縮、今後の交渉の余地を広げたのも大きな勝利と取られた。  川勝知事『国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』に、2014年春、”命の水”を守るために立ち上がったのだと書いてあったが、2015年の田代ダムの水利権更新で知事は何らの働き掛けも行わなかった。そもそも論文に「田代ダム問題」はひと言も触れていない。  “命の水”に色がついているわけではないから、山梨県へ流出する田代ダムの水を取り戻すことは、JR東海との議論とは別に川勝知事の最大の政治課題であるべきだ。  知事の4期目の任期を迎える2025年に田代ダムの水利権更新を迎える。リニア問題で焦点となった”命の水”以上に、流域の住民らの期待は大きく高まるだろう。もうすぐである。  『田代ダム問題に物申す ”命の水”を取り戻す静岡県の使命』。川勝知事の次の論文の題名は決まった。いつから取り掛かるかだけだ。

ニュースの真相

リニア騒動の真相94”宣戦布告”した川勝知事

700対30で自民候補の圧勝?  7日に告示された参院静岡選挙区補欠選挙(24日投開票)は17日間の選挙戦に入った。同選挙は14日解散、19日公示、31日投開票の衆院選挙の前哨戦と位置づけられ、全国的な注目を集めている。  告示日の7日午後1時頃、”時の人”岸田文雄首相がJR静岡駅南口に姿を現し、自民党候補を応援する街頭遊説をした。一方、川勝平太静岡県知事が7日午前9時過ぎ、JR静岡駅北口で立憲民主、国民民主推薦の無所属候補の出陣式に突然、現れ、応援演説を行った。さらに、9日午後6時には、静岡市繁華街で「しんちゃん」「しんちゃん」と候補者の名前を親し気に連呼して、熱い応援弁士を務めた=タイトル写真=。  まず、岸田首相の街頭演説はどうだったのか。当然、VIPであり、多くのSP(要人の身辺警護を務める警察官)を引き連れているだけでなく、静岡県警も大挙して、周辺を固めた。それだけで到着前から、”超大物”の雰囲気が伝わった。駅前大通りを隔てた狭い両歩道には、新聞、テレビのカメラが1時間以上前から撮影のための位置取りをして待ち構え、それを囲むように数多くの市民らが詰め掛けた。長い間、待ち構えていただけに岸田首相が現れたときの市民らの熱狂は大きかった。陣営によると、1500人の市民らが詰め掛けたというが、実際には、その半数以下の7百人程度だった。それも、ほとんどすべて動員によるものである。岸田首相が7日に静岡入りするニュースは報道されたが、いつ、どこで遊説するのかは、前日(6日)夜まで候補事務所には連絡されなかった。その後、動員が掛けられ、集まったのはほとんどが年配者であり、企業からの動員と分かるスーツ姿はちらほらだった。つまり、昔からの熱心な自民党支持者が出迎えたのだ。  この人数を多いと見るかどうかだが、一方、川勝知事は告示日の朝、陣営にも連絡を入れず、突然、現れたせいか、支援者の姿はほとんど見えなかった。そして告示後、初の土曜日となった9日夕方に、東急スクエアという若者が多い静岡市の繁華街に川勝知事が現れた。陣営による支援者への告知や動員もなかったのか、応援の市議ら関係者とメディアだけが目立ち、関係者を含めても周辺には30人ぐらいしかいなかった。それでも川勝知事の「しんちゃん」「しんちゃん」の”熱唱”が、繁華街を通り過ぎる人たちの耳に少しは響いたのかもしれない。(※コロナ禍の中で、いずれの陣営も動員は難しいだろうが、翌日の新聞等で報道される。岸田首相、川勝知事の報道では圧倒的に岸田首相を大きく扱っていた)  「700対30」。組織票だけで選挙が決まるのであれば、自民党の圧勝は間違いない。ただ、選挙はそう簡単には決まらない。  その大きな要因が、岸田首相に対抗するように、これまで国政選挙を支援したことのない川勝知事が”参戦”したことである。知事は相変わらず、リニア問題に絡んだ南アルプスの水を掲げた応援演説を行っている。6月の県知事選に続いて、参院補選も「リニア選挙」の様相を色濃くさせることができれば、選挙結果は違ってくるのかもしれない。 告示前予想は”自民勝利”だった  今回の参院補選は、6月の知事選に立候補、自民現職だった岩井茂樹氏の辞職に伴うものである。このため、岩井氏の残りの任期(2022年7月28日)がそのまま引き継がれる。任期切れとなる約8カ月後の来年7月、再び、参院選が行われる。立候補したのは、自民新人の元御殿場市長、若林洋平氏(49)、元県議で立憲民主、国民民主が推薦する無所属新人の山崎真之輔氏(40)。そのどちらが当選したとしても、いずれも来年の選挙に出馬、再び、争うことが予想される。静岡選挙区は定員2であり、これまでの選挙事情から言えば、両者とも当選する可能性は高い。(※共産党の鈴木千佳氏も立候補していることは後ほど紹介する)  告示前の事前予想では、もともと欠員となっているのが、自民議席だったこともあり、自民候補の楽勝と見られていた。選挙民の関心もそれほど高いわけではないから、組織戦を展開する自民に有利と見るのがふつうである。しかも、任期は1年足らずである。来年7月に参院選が予定されている。今回選で若林、山崎両氏のどちらかが落選しても、落選した候補も来年になれば、晴れて参院議員に就くことになるのだ。大きなアクシデントがない限り、そう決まっている。だから、両候補にそれほどの悲壮感は感じられないのも仕方ないのである。  ところが、周囲はそう見ていない。選挙期間中に任期満了となる衆院選が控えており、自民は議席を失ったときのショック度合いが大きく違うのだ。菅政権から岸田政権に交替したばかりで、参院補選を勝利に結びつけられず、もし、万が一、自民候補の落選となれば、岸田政権への打撃は計り知れない。自民支持の凋落がはっきりとしてしまう。メディアは大騒ぎとなり、衆院選への悪影響は必至である。それだけに力が入るのは、負けられない自民党の側である。  そこに川勝知事が乗り出したことで、ますます自民は負けるわけにはいかなくなった。何しろ6月の知事選で自民候補に約33万票の大差で圧勝した勢いがある。県民に人気のある川勝氏の支援によって、勝敗の行方を左右する可能性さえ出てくる、との見方は間違っていないだろう。  そう、何と言っても、『「命の水」を守れ!』である。 参院補選の最大の争点は「水」ですか?  自民への対決姿勢を強める川勝知事は、告示前日にあった6日の会見で、県議会の知事会派「ふじのくに県民クラブ」に所属していた山崎真之輔氏の支持を旗幟鮮明にした。これまでの選挙戦に対する知事の姿勢とは大きく違っていた。どう考えても、山崎氏を応援すると言うよりも、リニア推進勢力への反対姿勢に見えてくる。  「参院補選の最大の争点は水である。また熱海の土石流でもある。熱海の土石流は盛り土の問題であって、山の破壊が行われた。狩野川、富士川、黄瀬川、大井川、レイク浜名湖これは水の問題であり、これらを山崎君は一緒に協力してやってきた。知事選で静岡県選出の議員がお辞めになられ、参院補選となった。知事選の最大の争点が水であり、リニア問題だった。静岡県の水を守るという政策を出すのが山崎君の姿勢であり、しっかりと支援していきたい」などと力を込めた。  この発言に、記者が、自民候補も水を守るということになったら、特にどちらの味方もしないことになるのか、と尋ねた。  川勝氏は「中身を確認したわけではないが、新聞には新首相が国交大臣にリニアの推進を指示した、とあった。これが自民党の方針であるとしたら、静岡県民の神経を逆なでするとかいきなりぶん殴られたとかです。岸田首相が静岡県の流域の住民に宣戦布告したという激しい表現も承っている。県民の理解が得られないのに、リニア工事を全部推進するんだと言ったら、流域住民が怒り、宣戦布告だ、いきなりぶん殴られた、神経を逆なでする、何ですかこれはという声が起こってくるのは当然のことだ。今回の参院補選は、前回の知事選と連動している、(リニア問題では)一体だから、この点については山崎君はわたしと全く同じであり、わたしは言ってみれば、”県民党”の党首であり、山崎君は幹事長だから、(リニア推進という)国の方策を認めることができない」などと切って捨てた。(※まるで、山崎候補への応援演説と思われた)  当然、岸田首相が静岡入りして、元岸田派事務総長の故望月義夫元環境大臣の墓参をすることを承知した上で、「国交大臣に対して、リニア推進しなさいと言って、はい、わかりましたと言ったとなれば、これは文字通り本当に神経を逆なでするものだ。望月さんのところに、お墓参りになると言っても、草葉の陰で、噛みつかれるじゃないというぐらいの、無理解をベースにした発言である」などと揶揄した。(※岸田首相を挑発し、自民に対する”宣戦布告”としか思えない)  さらに、この日の会見では、国の有識者会議で「リニアトンネル工事が中下流域の水環境に影響はほぼない」とする中間報告をまとめることに、”ちゃぶ台返し”発言も行っている。  川勝氏は「トンネル湧水の全量戻しが約束であり、全量戻しを受け入れないのなら工事をやめるのが約束だ」などと国の有識者会議の議論そのものを否定してしまった。つまり、前回の『リニア騒動の真相93「流域の理解」を得るとは?』に書いた通り、すべて知事選での圧勝が物語っている。選挙に勝つのが民意である。だからこそ、参院補選でも川勝氏は勝利をものにした上で、リニア工事推進を図りたい自民党にひと泡吹かせたいのである。 負けられない自民が負けるとき?  川勝知事は”県民党”を名乗り、今回は、山崎氏の応援演説に初日から駆けつけ、土、日曜日にも時間がある限り、支援するのだという。   果たして、知事選同様に川勝氏は今回の参院補選でも勝利を手にすることができるのか?6月の県知事選で川勝氏は95万票余を獲得、自民の岩井氏に33万票の大差をつけている。  前回の参院選挙(2016年7月)では、自民の岩井氏は約75万票を得票、当時民進党の平山佐知子氏(社民党推薦)が約69万票だった。単純に計算すれば、その差は6万票しかない。33万票の威力がここで通じるかもしれない。  ただ、6月の知事選とは大きく事情が違っている。知事選では共産党が川勝氏を全面的に支援した。参院補選では野党の候補者一本化ができずに、共産党の鈴木千佳氏が立候補している。鈴木氏は2019年に約13万票、2016年に約17万票を獲得した。つまり、川勝氏の95万票に貢献した共産党系の約17万票が、失われるわけだ。当然、鈴木氏はリニア建設そのものに反対を表明している。  6月の知事選では、岩井氏の出陣式に県内選出の国会議員のうち、応援に駆け付けたのは4人だけだった。今回、岸田首相登壇の前、県内議員ほぼ全員が、顔をそろえ、若林氏の支援を訴えた。総理総裁に就いたばかりの岸田首相を出迎えた県会議員ら自民関係者らも、岸田首相に恥をかかせるわけにいかないだろう。知事選で大敗した雪辱戦の意味が強く、もし、負けるようなことがあれば、岸田首相の責任が問われる覚悟をしなければならない。何よりも、衆院議員は自分自身の選挙に直結している。負けられない選挙と言うことだ。  岸田首相をはじめ自民議員らの神経を逆なでして、突然、”宣戦布告”した川勝氏が勝利できるのかどうか、24日夜には分かる。もし、自民が負けるようなことになれば、リニアトンネル静岡工区の着工の前途はさらに暗くなる。まあ、ぜひ、先週の『リニア騒動の真相93』を読み返して、国交省、JR東海とも何をすべきか考えてほしい。

ニュースの真相

リニア騒動の真相93「流域の理解」を得るとは?

金子JR東海社長の初の意見交換会  JR東海の金子慎社長と大井川流域9市町(焼津市は欠席)の首長との意見交換会が9月18日、静岡市内で開催された=タイトル写真は、意見交換会冒頭の金子社長あいさつ=。国の第12回有識者会議が9月26日、国交省で開かれた。国の有識者会議では、JR東海がほぼ望んでいた通り、リニア工事による中下流域の水環境に影響はないとされる中間報告書が提出される見通しとなった。JR東海、国ともリニア静岡工事の着工にこぎつけ、絶望的となった2027年開業の遅れを1日でも取り戻し、品川―名古屋間の開業に向けて、何とか一歩を踏み出したい意向であることははっきりとわかる。  金子氏は今後も意見交換会を開催したい意向のようだが、熱意の点で評価できても、相互が理解し合うような意見交換の場にはならない。金子氏が理解できているのと同じ科学的・工学的なレベルで、流域の首長たちはリニア水問題を理解しているわけではない。首長たちは、あくまでも、政治家として、この問題に向き合っているだけに過ぎない。  6月20日投開票の静岡県知事選で、リニア問題を焦点に立候補した川勝平太氏が圧勝したことで、リニア問題の解決は、川勝県政の任期4年間、前に進まないとの見方が大筋である。4期目の任期切れとなる2025年6月の知事選がどうなるのか、そこにいまから、注目せざるを得ない。つまり、現在のところ、解決の糸口さえ見えないのだ。流域市町の首長たちは、リニア問題に関して原則的に知事一任の姿勢を取る。いくら大掛かりな会議を重ねたとしても、無駄な努力でしかない。  2018年10月に静岡経済新聞ウエブサイトを立ち上げ、『リニア騒動の真相』コーナーを設けて、川勝知事や県の専門部会、国の有識者会議、JR東海の取り組みなどを報道してきた。はっきりと言って、3年前と現在で何も変わっていない。議論は平行線をたどり、その中身の本質は全く同じである。県の専門部会、国の有識者会議など茶番に等しいが、それを言ってはおしまいだから、知事をはじめ担当者は会議の中身を評価したふりをする。それぞれの会議に多額の費用を掛けているが、それだけの価値はないということだ。  26日の国の有識者会議に出席した静岡県の難波喬司副知事が「JR東海から資料の提示や分かりやすい説明がされるようになった」「今後対話を進められるようになった」などと発言した。本音(皮肉?)もいくぶん交じった社交辞令であり、もともと議論を複雑にして、一般の人たちに分かりにくくしてきたのは、県専門部会であり、難波氏本人である。難波氏の発言の肝は、国の有識者会議による中間報告が出たとしても、はい、分かりましたと了解するわけもなく、JR東海との対話はこれからも続いていく、それだけのことである。  川勝知事の意向に沿って、議論を進めている以上、難波氏らのJR東海に対する姿勢は厳しいものにならざるを得ない。 「中流域の水環境に影響なし」が国の有識者会議結論   国の有識者会議で中間報告案が示された。これまでの議論は、リニアトンネル工事による「中下流域の表流水への影響 」、「中下流域への地下水への影響」の2つが大きなテーマである。  中間報告案では、「中下流域の表流水への影響」について、『導水路トンネル出口(椹島地点)よりも上流の河川流量は減少する。一方、導水路トンネル出口(椹島地点)より下流側の河川流量は、山体内に貯留されている地下水が導水路トンネル等により大井川に戻されるため一時的に増加し、トンネル掘削完了後はやがて正常に落ち着くことになるが、いずれの段階においてもトンネル湧水量の全量を大井川に戻すことで中下流域の河川流量は維持される』  また、「中下流域への地下水への影響」は『下流域の地下水位は取水制限が実施された年も含めて安定した状態が続いていることや、中下流域の地下水の主要な涵養源は近傍の降水と中下流域の表流水であり、椹島より上流の深部の地下水が直接供給されているわけではないことなどを考慮すると、大井川中下流域の河川流量が維持されることで、トンネル掘削による中下流域の地下水量への影響は河川流量の季節変動や年―年変動による影響に比べて極めて小さい』  つまり、リニア工事による中下流域への水環境の影響はほぼないという結論である。JR東海は、3年前と同じ主張をしてきた。国の有識者会議のメンバー(県専門部会の2委員含む)によって、JR東海の主張が権威づけされた。国の有識者会議に諮り、1年以上掛けて、ようやくJR東海の主張が認められた、と言ってもいい。  問題なのは、メディアの報道である。静岡新聞は「表流水への影響」については、「工事期間中と工事完了後にトンネル湧水量の全量を大井川へ戻せば導水路出口(椹島)より上流域の減少量はトンネル湧水量によって補われ、中下流域の表流水は維持される」、「地下水量の影響」については、「上流域から流れてくる表流水量が維持されれば、表流水量の季節変動による影響に比べて減少量は極めて小さい」と国交省の”悪文”よりさらに分かりにくい。記事内容は、一般の読者に不親切で、理解するのは非常に難しい。あるいは、それが記者の意図なのかもしれない。(※新聞記事がこんなに分かりにくくても誰も文句を言わないのは、専門家の議論は難しいという先入観があるからだろう)  さらに、静岡新聞の記事本文で『中心的な議題としてきた「トンネル湧水の全量を大井川に戻す方法」は、同日時点の報告案には具体的に明記していない。トンネル湧水が県外に流出する工事期間中に関しては、報告案はJRの流量予測通りになれば中下流域の表流水の量は維持されるとした。これに対して、沖大幹委員(東大教授)は「想像できないリスクがあり、分かっているリスクだけで議論しても安心しないのではないか」と指摘』などと、”疑問符”ばかりついた記事となっている。沖委員は、科学的・工学的議論を繰り返したとしても、現在の科学水準の限界についてリスクを述べただけである。  実際に、一般県民に提供すべきは、『現在、最高レベルの科学的な議論の結果、リニア工事による中下流域への影響はほぼないとする結論が示された』である。中間報告案が奥歯に物が挟(はさ)まるような表現(悪文の典型)だからと言って、恣意的に記事の中身を分かりにくくしている。  科学とはそんなもので、絶対的な確信を得た結論を与えることはできない。今後もそのような議論が続き、メディア報道も続くのだろう。 静岡市との基本合意が流域市町に与えた影響?  それでも、今回の意見交換会で鈴木敏夫川根本町長は、リニア問題を解決させる方向を示す発言をした。鈴木発言で、3年前の事件をはっきりと思い出させた。  金子社長は2018年6月20日、静岡市役所に赴き、田辺信宏市長と「リニア南アルプス静岡工区内の建設と地域振興に関する基本合意」を結んだ。JR東海と静岡市の基本合意が、大井川流域市町とJR東海のあつれきを生む原因の1つとなった。  基本合意には、第1に、県道三ツ峰落合線にJR東海の全額負担(約140億円)でトンネル(約5キロ)新設すると明記された。つまり、JR東海が静岡市の地域振興にカネを出して汗をかくことをはっきりとうたっている。  第2が、JR東海は、静岡市からの要請を踏まえ、環境保全措置で大井川中下流域にも配慮して誠実に対応する。これは、静岡市が大井川流域市町の一員であり、他の市町のことも考えているポーズを示す一項と見られている。中身はなく、表面的であり、具体的には何も言っていないからだ。川勝知事らはそのように受け取り、激しい怒りに火をつけた。  第3が、静岡市はJR東海のトンネル工事に必要となる許認可を含む行政手続きを速やかに対応することだ。JR東海の地域振興に対する静岡市の見返りである。東俣林道の通行許可、トンネル掘削土360㎥の盛り土を認めるなどを含んでいる。  地域振興から見れば、田辺市長は井川地区住民の悲願とも言える県道トンネルを勝ち取ったように見える。ところが、この基本合意が、大井川流域の市町に冷や水を浴びせる結果となり、田辺市長に対する厳しい評価を決定的なものにした。  川勝知事は前日の19日、「リニア工事による大井川の流量減少への影響について、オール静岡の態勢でJR東海と交渉していく」と発言したばかりだった。当然、田辺市長は知事発言を承知していた。静岡市は、県や流域市町に対して、JR東海との基本合意を事前に報告して、了解を取るべきだった。それまでは、静岡市は流域市町の一員として、国やJR東海への働き掛けを行ってきたからだ。  何よりも、静岡市は合意書で、大井川の流量減少対策について、流域にも配慮して環境保全措置を取るようJR東海に求めている。これはいくら何でもバカにしているように見えた。「流域にも配慮しろ」は上から目線であり、流域市町の怒りを買った。  リニア静岡工区は静岡市葵区に位置し、リニアトンネル工事現場は大井川の源流部にある。あらゆる環境問題は、静岡市の所管する法律、条令が関係する。県同様に、静岡市がリニア工事の”生殺与奪権”を握っていた。他の流域市町には何らの権限もないから、「流域にも配慮しろ」と上から目線になったのかもしれない。  大井川流域市町は、静岡市だけが抜け駆けして、地域振興につなげた”裏切り行為”と取り、川勝知事はじめ流域市町の首長は田辺市長を厳しく批判した。金子社長は、地元の反発など理解せずに、静岡市との基本合意締結後の会見で、「大井川の水利権者に直接、説明をしたい」などと呑気に述べた。当然、流域の首長らはそっぽを向いたまま、JR東海の説明に耳を傾ける姿勢を示すことさえなかった。  そして、ようやく今回の意見交換会にたどりついた。 「市道閑蔵線トンネル」の持つ意味とは?  鈴木町長の発言が、なぜ、3年前のJR東海と静岡市の基本合意書に結び付いたのか?  鈴木町長は意見交換会で、「静岡市道閑蔵線トンネル建設」をJR東海に要望したからだ。川勝知事は21日の知事会見で鈴木発言を取り上げて、「もともとJR東海が作業する上で安全に井川の奥に行けるよう閑蔵線のトンネルを掘ると言われていた。それは今後のことを含めても掘るべきではないか」などと述べた。  「市道閑蔵線トンネル」は、JR東海が静岡市に提案した。  静岡市道閑蔵線は、新東名高速道路島田金谷インタチェンジからリニア工事の拠点となる静岡市井川地区を結ぶ、唯一、大型車通行不可で狭隘な道路が続く約5・8キロの区間。  2017年12月、井川地区で開かれたリニア検討状況説明会で、JR東海は、閑蔵線に約2・5キロのトンネル整備を提案した。このトンネルによって、リニア関連の工事車両が安全かつ安定的に通行できるだけでなく、新東名高速道路島田金谷インタチェンジから南アルプス地域までのアクセスが飛躍的に改善され、南アルプスエコパークへの観光誘客に寄与できるなど多大な効果があると説明した。JR東海の説明通り、南アルプスと大井川流域を結ぶのに、閑蔵線トンネルは重大な意味を持つ。  意見交換会では、鈴木町長だけでなく、染谷絹代島田市長も閑蔵線トンネルの必要性を述べた。3年前に、JR東海が流域市町の意見を聞く機会を設けていれば、”地域振興”についてもっと違う方向で話が進んでいたのかもしれない。(※この件については、近く、公開される東洋経済オンラインの記事をご覧ください)  国の有識者会議でも「地域の理解」を得ることがテーマになっていた。沖教授の言う通りに、科学には限界がある。だからと言って、「地域の理解」を得るために、意見交換会を何回繰り返したとしても、結論は得られない。  リニア問題解決のために何をすべきか?この3年間はムダに過ぎたと断言できる。JR東海はちゃんと足元を見て、地域の理解を得るための取り組みを行うべきである。

ニュースの真相

コロナ後の世界3眞子さまの『パレートの法則』

いまのために生きるとは?  『君たちに明日はない4』=タイトル写真は表紙です=のファイル4「リヴ・フォー・ツゥディ」(「小説新潮」2012年1月号掲載)はシリーズ連載でもひと際、興味深く、「コロナ後の世界」を考えるのに役立つ『パレートの法則』はこの回に登場する。「パレード」ではなく、「パレート」。『パレートの法則』とは何か?  いまから約10年前の不景気な時代である。リストラ請負会社の面接官、村上真介が担当したのは、巨大外食産業グループの一角、大手ファミレスチェーンで新宿エリア10店舗を束ねる総店長兼エリアマネージャーの森山透、35歳。森山は東京生まれ。都内でも有数の中高一貫校から、早稲田大政経学部を卒業、入社後、9年目である。  この小説のお決まりのように、ファミレス系外食産業の状況が語られる。低価格路線が影響して、店舗収益率は2%から3%であり、最も金の掛かる人件費にシビアな判断が必要となり、ファミレス系飲食店社員の8割がリストラの対象となった。(※ファミレスは牛丼チェーン、回転ずしほどの安さを売り物にしていない。中間層を対象にしていたから、バブル崩壊後、中間所得層の激減でシェアを落とした。『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(中藤玲著、日経新書)は、回転ずしは海外に比べ、日本だけが最安値の100円で消費者に提供、日本の人件費の安さがその背景にあると指摘する。それだけ日本は低所得者層ばかりとなったのだ)  今回、村上が面接する森山は、全社員のうち上位5%の優秀な人材であり、村上の使命は外食産業グループ他部門へ転籍誘導することだった。それならば自主退職勧告の対象から外せばいいようなものだが、日本では分別解雇(いわゆる指名解雇)は正当な理由がない限り違法。表面的には業績不振による他の自主退職勧告者と同じ面接を行う。  有利な条件の自主退職者募集の案内が社内に回ると、真っ先に辞めようとするのは森山のような上位20%の優秀な人材だという。辞めたあと、優秀な人材は引く手数多(あまた)のようだ。そうさせないのが、面接官、村上の腕の見せ所。  森山の優秀さが紹介される。高校入学した15歳で最初のバイトを始めた。牛丼界ナンバー1のチェーン店に午後5時から零時まで働き、1年後にバイト身分のまま店長となる。(※本当にそんなことがあるのか?)  大学入学後は、牛丼屋のバイトと並行して、現在のファミレス系飲食店で働き、1年後の19歳で大学在籍のまま契約社員待遇、店長代理となり、牛丼屋を辞めて、ファミレス系飲食店一本のバイト生活、20歳で正式な店長に昇格。26歳で大学卒業後に同社に正式入社、30歳で本部次長に昇格したが、リーマン・ショックで景気が底を打った年に、自ら希望して現場に戻った。最初に紹介したように、新宿エリア10店舗を束ねる総店長兼エリアマネージャーで3年連続、全国最優秀店長として表彰されている。16歳でバイトのまま店長という管理職となり、それ以来、”現場の星”であり続けているわけだ。  父親は大手文房具メーカー本社営業次長であり、生活に困っていたわけではない。大学卒業後、ほとんどの者(文科系)は企業へ入社すれば、いやでも40年近く、働かなければならない。大学の4年間(森山の場合は、8年間)は、それまでの受験勉強から解放され、自由を楽しむことができる貴重な時間である。国家試験などの目標に向かって、さらなる勉強や麻雀などに明け暮れる学生もいるが、それぞれの決断である。  わたしは大学時代、家庭教師以外に朝日新聞社系旅行会社の添乗員、ホテル・ニューオータニの客室係(夜間から朝8時まで)のバイトをやった。当時は添乗員資格などなかったから、応募即面接、すぐ採用された。就職のことは大学4年の夏頃まで考えなかった。バブル崩壊以前、学生の仕事に対する意識は、そんなふうではなかったか。  社会全体がアバウトだったような気がする。(多分、いまよりも余裕があったのだろう)  時代が変わり、小説の時代(いまから約20年前)森山のような、高校生から責任ある立場でバイトに明け暮れるハードな生活が出てくる。大学4年間だけで疲れてしまいそうだ。 20対80の法則とは?  リストラ面接で森山が口にしたのが、『パレートの法則』。「『パレートの法則』をご存知ですか?」の問い掛けに、村上は首を横に振る。  森山の説明によると、ある利益集団の中では必ず、2割の優秀者と、残る8割の可もなく不可もない層に分類され、その2割の優秀な人材だけが、組織全体を実質的に動かし、利潤の8割を稼いでいるという。  電子辞書(スーパー大辞林)では、パレート(1848~1923)はイタリアの経済学者。一般均衡理論を無差別曲線を用いた消費者選択の理論の上に発展させ、パレートの法則など最適な経済分析の概念を創出し、近代経済学の発展に貢献したとある。『パレートの法則』は「経済社会における8割の富を、2割の高所得者が占有する状態」とあった。森山の説明とはちょっと違うようだが、「2割の高所得者が8割の富を占有する」は、日本の現状をあらわしている。  ウエブで調べると、『パレートの法則』は応用され、マーケティングなどさまざまな分野で使われている。全商品の上位20%の商品が売上の80%を占める、全顧客の上位20%の顧客が売上の80%を占める、といった法則となり、森山の言う「企業利益の8割は2割の従業員が生み出している」もあった。20対80の法則、ニハチの法則と呼ばれる。  森山は「上位2割の優秀な人材だけを集めて、新たな営利組織を作っても、そこでは本来は優秀だったはずの人材が平凡な層(8割)に落ちていき、全体としての2割の比率は変わらない」と説明する。  会社側がいくら優秀な人材2割を残したとしても、結局、本来、優秀だった人材が平凡な8割になってしまうから、優秀な人材確保はムダ、と言いたいようだ。(※逆に言えば、平凡な8割が別のところへ行って、優秀な2割になるかもしれない。なかなか難しい)  森山が教える20対80の法則は多くのことにあてはまる。 基数の少ない「パレートの法則」では  静岡経済新聞で、マンション管理組合理事長として滞納金訴訟を起こしたてん末を紹介する『ニュースの真相「本人訴訟」入門⑧』は現在、わたしの「当事者適格」を被告側が問題にしている。毎年、理事長の選任手続き決議を行わないで、25年間、理事長職に就いているのは管理規約違反であり、理事長としての当事者適格に欠けると被告は主張、訴訟の却下を求めている。  裁判所は、わたしを理事長と決議した総会の議事録を提出せよと求めている。総会で、理事長選出決議を行ったのは最初の1回限りで、その後は一度も理事長選出決議を行っていない。わたしが選出された総会の議事録さえ存在しない。議事録を作らなかった手続きに問題があるからと言って、裁判官はわたしを理事長の「当事者適格」に欠けるとして訴訟を却下するのか?  たった6世帯(被告を除く)しかない管理組合で、理事長を務めることができるのは、わたし以外にはいない。他の居住者は共稼ぎ(昼夜勤務)などであり、夫婦ともに忙しい。まず、物理的に無理である。当然、自主管理のマンション管理組合理事長としての適性も必要である。  50世帯のマンションであれば、費用の面で余裕があり、管理会社を使うことができ、理事長職は誰がやっても問題ない。『パレートの法則』の2割から言えば、10人くらいは理事長にふさわしい人がいて、マンション管理業務の見識がある。30世帯で6人、20世帯でも4人程度は理事長にふさわしい人材がいる。  7世帯しかないマンションの2割は1・4人。ふさわしいのはたった1人(たまたま、その1人にわたしがいた)。適性以前に個々の事情から理事長職を務めることができない。だから、毎総会で理事長候補を出して議論すること自体がムダである。そんなことは考えれば、すぐにわかるはずだ。理事長の報酬は、最初の5年間無報酬、その後19年間、月5千円、裁判に至るトラブルが始まった2019年から月1万円と安いから、ボランティアと考えなければやっていけない。  現在、5世帯の各組合員に理事長を受任できない理由をそれぞれ書いてもらった。そんな個々のプライバシーを開示しなければ、裁判官は理解できないらしい。  裁判官が『パレートの法則』を承知していれば、こんな簡単なことはすぐに分かったはずだ。 男女関係に「パレートの法則」をあてはめる  男女の関係も『パレートの法則』があてはまる。100人いれば、そのうちの20人はお互いに意中の人となる。学生時代、職場、サークルなどのつきあいの中から、相対的に相手を選ぶことになる。絶対的にたった1人の選択は、単なる思い込みである。100人いれば、20人は同じようなものである。恋は盲目という錯覚は数多い。  『パレートの法則』は、秋篠宮家長女の眞子さまにもあてはまる。なぜ、眞子さまは小室圭氏を伴侶に選んだのか?  眞子さまの周囲に、伴侶にふさわしい若い男性が少なかったのだろう。ICU(国際基督教大学)時代、つきあった男性は何人いたのか?『パレートの法則』を使えば、100人の男性が身近にいれば、そのうち、20人前後、結婚してもよいと思われる好みのタイプがいる。その中から、さまざまな条件を基に選べば、20人程度は同じようなもので、今回のような騒ぎにはならなかった。  眞子さまの周囲に若い男性は10人もいなかったかもしれない。10人いれば、2割は1人か2人。当然、男性側も好みがある。皇族の女性を恋人にしたい男性はなかなかいない。眞子さまがつきあえる男性は限られる。ICUという狭い範囲の中で、眞子さまは恋人を1人に絞り、ついに伴侶に決めた。小室氏は特異の人物である。  『パレートの法則』を使えば、わたしのマンション管理組合理事長同様に選択肢が少なく、眞子さまは小室氏以外に選ぶ相手がいなかったことが分かる。限られた選択肢とはいえ、小室氏が眞子さまの好みならば、他の誰かが文句を言う筋合いではない。小室氏の打算にとやかく言う筋合いでもない。世間がこれだけ騒ぐのは、眞子さまの将来が幸福かどうか心配だからだ。眞子さま本人は将来の不安など抱いていないのだろう。  『パレートの法則』を教えてくれた森山の登場する小説タイトルは「リヴ・フォー・ツゥデイ」。「きょうのために生きる」が一番大事と教える。きょうのために森山は会社を退職する。眞子さまも全く同じで、コロナ禍の中、いま現在が一番大事で、皇族の身分を離れ、結婚してアメリカへ行く。  眞子さまの『パレートの法則』は、選択肢が少なすぎて、ふつうならばうまく行かない可能性が高い。結婚生活は経済分析だけでは解明できない。その行方は「コロナ後の世界」で、最も注目すべき事件だろう。

ニュースの真相

コロナ後の世界2”君たち”に明日はない

コロナ後、「ブラックスワン」が現れる?  9月5日、中国・北京の天安門広場にブラックスワンが現れた。  ことし1月、共産党政治局集団学習会議で、習近平主席が「ブラックスワン」に触れ、今後起こり得る危機に備えるよう警告していたから、たった1羽のブラックスワンが中国で大きな話題となった。ブラックスワン(黒鳥)はオーストラリア・パースに生息する=タイトル写真=。17世紀末までヨーロッパ人は、スワンは白鳥と信じて疑わなかった。ところが、オーストラリアへ渡った英国人らがたった1羽のブラックスワンを見たことによって、西洋の常識が根底から覆されてしまった。  現在では予見が困難で、実際に起きる確率は非常に低いが、発生すると甚大な影響を巻き起こす現象を「ブラックスワン」と呼ぶ。特に、経済現象で「ブラックスワン」と言えば、管理不能なリスク(交通事故など管理可能な確率的リスクは保険に組み込まれる)であり、マーケット(市場)に衝撃的な大混乱をもたらす不確実なリスクを指す。世界経済成長のけん引役である中国の習近平が、「ブラックスワン」の可能性に触れ、中国の発展に害を及ぼさないよう有利な環境を整え、大きな変化に備えることを警告した。  コロナ下の中、世界中で史上例を見ない大規模な金融緩和が際限なく続いている。財政赤字というのは、収入(税収)に対して、支出(公共サービス)が大きすぎることだ。現在の政策(無料のコロナワクチン提供をはじめとする医療などの社会保障、最低1日4万円の飲食店への休業補償などさまざまなコロナ経済対策)を見れば、際限のない借金に頼り、公共サービスの大盤振る舞いしていることがわかる。  2012年12月から始まった「アベノミクス」で、大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資の喚起を3本の矢とする経済政策に舵を切り替えた。大規模な金融緩和策で「強い日本経済を再生させる」幻想を持たせ、民主党政権の暗い時代を一変させることに成功した。10年ほど前から、日銀は大量のマネーを市場(マーケット)に供給し続けてきた。  2020年に始まったコロナ対策によって、日銀の過剰なマネー供給に歯止めがなくなった。さまざまな業種で危機的な状況が続くから、政府の補助金と助成金供給もとめどなく続く。赤字国債発行によるもので、MMT(現代貨幣理論)に基づく”錬金術”に見えるが、いまのところ、日本でインフレは起きていない。巨額の財政赤字を先送りすることで、何か破綻するきっかけが起きたとき、その副作用は大きな痛みをともなう可能性が高い。コロナ禍の中、財政規律重視の財務省も目をつむるしかない。  習近平に言われなくても、現在のコロナ禍の世界情勢はあまりに異常である。未曽有の経済的な大混乱が、コロナ後の世界に起きる確率は非常に高い。最終的な破綻リスクを引き受けるのは政府だが、各企業への影響は計り知れない。いまのところ、誰にも見えない「ブラックスワン」が、いずれ、姿を現すだろう。  コロナによる死亡者は、累計(9月18日現在)で約1万7千人を数える。バブル崩壊後、1998年からアベノミクスが始まる2012年まで14年連続で、毎年3万人以上の自殺者があった。当時の自殺者数を見れば、コロナ関連の死亡者数があまりにも少ないように感じてしまう。  ”コロナバブル”崩壊後に必ず起きるのは、アベノミクス以前と同じような大規模なリストラである。企業で働くサラリーマンが対象となる。それだけは確実である。 バブル崩壊後、リストラの嵐が訪れた  バブル崩壊後の企業社会を描いた垣根涼介著「君たちに明日はない」(新潮社)シリーズ5作(第1作目が2004年、第2作目が2006年、第3作目が2008年、第4作目が2011年、第5作が2014年前後)を読み返しながら、当時、どのようなリストラが行われていたかをもう一度、味わった。わたしが地元の新聞社を辞めたのが、2008年だから、小説で描かれたリストラの時代と重なる。  「君たちに明日はない」は、企業からリストラを請け負い、対象者に辞職を促す専門会社の面接担当官、村上真介(第1作当時、33歳)が主人公。クビを切られるのは、東証1部あるいは東証2部など上場企業で働く主に30代から40代のサラリーマンたちである。それぞれの巻は4、5作の短編に分かれ、さまざまな企業でクビを切られる4、5人が、その短編の一方の主人公になっている。  第5作の「オン・ザ・ビーチ」(2014年2月号「小説新潮」掲載、以下同じ)では、2020東京オリンピックを7年後に控え、日本の構造的不況に執行猶予がついたとして、クビ切りの使命を終えたリストラ請負専門会社社長は会社を畳むことを決めた。2013年の最終回の時点で、村上はリストラ請負専門会社に10年間勤め、38歳の新たな人生へ踏み出すことになる。さて、2020東京オリンピックも終わり、執行猶予期間も終わり、もう一度、リストラ請負専門会社が必要となる時代がやってくる。  第1作収録の「旧友」(2004年12月号)は、リストラ面接官、村上が卒業した北海道にある高校の同級生が一方の主人公。一橋大卒後、東証1部の大手都銀に勤める。配偶者のいる33歳で年収約850万円、マンションのローンを抱える。旧財閥系の2銀行が合併後、30代の行員120人のうち、60人のクビ切りがリストラ専門会社に託される。小説ながら、対象企業の状況をほぼ正確にリサーチ、それぞれの企業事情を紹介している。  第2作収録の「二億円の女」(2006年5月号)では、新宿に本店を置く東証1部のデパートで働く、マンモス私大出身の51歳の本店外商部係長がターゲット。年収約850万円で妻、大学、高校の息子2人がいる。このままデパートにいても、3年後に年収約750万円、5年後に600万円以下だと村上から宣告される。  第2作収録の「女難の相」(2006年7月号)は、東北大文学部卒で、大手の生命保険会社勤務の36歳のシステム・ネットワーク部門係長が主人公。年収約1050万円で、独身。貯金と退職金(約1600万円)で約3000万円を確保でき、自由を求めて、勧奨退職を選んだ。3000万円を利率年7%のニュージーランド国債あるいはオーストラリア国債に運用、年210万円の収益を得て、当分の間、中央アジアや南米を旅行する胸算用を行う。(※金利の上では良い時代だった!)  第3作収録の「やどかりの人生」(2009年11月号)は、東証1部の大手旅行代理店支店で働く、九州大文学部出身の33歳が主人公。上司である42歳の団体法人営業課長の年収が約530万円、33歳だと300万円ちょい。ただでさえ給料が安いのに、朝8時半出社、夜9時まで実質労働時間は12時間前後という厳しい労働環境が旅行代理店らしい。(※インバウンドが消え、コロナ禍の中で、旅行代理店は休業状態。コロナ後、いくつかの会社は消えてなくなるかもしれない)  第4作収録の「勝ち逃げの女王」(2011年4月号)は、日本を代表する航空会社の40代ベテランCA(キャビンアテンダント)の女性が主人公。今回、村上はリストラではなく、会社への引き留めを請け負う。指導者として残ってもらいたいCAの年収は、約400万円。リストラを請負う村上は、35歳で年収約750万円、CAの給料がいかに安いのか嘆いている。”スチュワーデス”と呼ばれていた時代とは隔世の感がある。(※LCCの登場だけでなく、コロナ禍に見舞われた航空業界はさらに厳しい状況下にある) おカネも大事だが、生き方はもっと大事だ   リストラ面接官、村上は「特別退職金の支払い規定は、社内規定分にプラス、勤続年数×基本給の1カ月分、通常退職金の約2倍で約1600万円です。今まで溜まっていた有給休暇の買い取り、再就職活動の援助金100万円などが加算されます」(第2作「女難の相」の36歳係長のケース)など、被面接者に有利な退職条件を提示する。小説だからか、退職条件は大体、どこでも同じで、通常退職金の約2倍を支払うことになっていた。  わたしがちょうど30年間勤めて、地元の新聞社を辞めたとき、早期退職制度もないから、通常の退職金2200万円(※いま考えると本当に安かった!)を受け取った。実際に提示された金額が正しいのかどうかも計算しなかった。30年間に有給を取ることもなく、休日出勤分の未消化の休みが1年以上もたまっていた。未消化休日の2カ月分だけ、有給で休む条件を提示、会社は承諾した。まあ、いろいろな意味でおカネに困っていなかったのか、「君たちに明日はない」に比べて、ささやかな条件で退職する道を選んでしまった。  わたしの場合、勧奨退職ではなく、自主退職。わたしの辞職の申し入れに入社同期の人事部長(※現在、某放送局の社長)は大喜びだった。彼は翌年から社内に早期退職制度を創設、社内規定の1・5倍の退職金を示して、40、50代の早期退職を呼び掛けた。(※わたしが、そのくらいの条件を出しても、受け入れたわけだ)  小説「君たちに明日はない」の各エピソードで、作者垣根涼介は、おカネは生きていく上で大事だが、それ以上に、今という時間を納得して過ごしていくことの大切さを奨める。時間は有限だから、いまの会社から「不要だ」と言われた場所ではなく、自分の望む人生の場所で時間を有効に使うべきだ、と説いている。その通りなのだろう。多分、辞めることを考えたとき、この小説を読んでいたからだ。おカネは重要だが、おカネを死んでから使うことはできない。会社を辞めて10年以上たつが、辞めてよかった。  しかし、当時は若い人たちには生活しにくい環境だった。わたしは、辞めた後、2009年4月、雑誌静岡人vol2「久能山東照宮」特別号(静岡旅行記者協会発行)を発刊した。その中で、「家康を旅する」特集で京都・伏見を旅して、坂本龍馬ら幕末ヒーローを取り上げた。  幕末の閉塞感と当時の閉塞感が似ていると考えたからだ。  当時は、就職できない若者の怒りがいろんなところに渦巻いていた。『定職はなく、低賃金で働かされ、既に10年以上がたつが、社会は逆に、若者たちにやる気がないからだと罵倒し続けている。派遣、フリーターという低賃金の格差社会が改善される見込みはない。このままでは「勝ち組」が「負け組」を支配する社会が続いていくしかない』と雑誌に書いた。フリーター赤木智弘氏の論文「『丸山真男』をひっぱたきたい―31歳、フリーター。希望は戦争」が、多くの若者の共感を得ていた。そんな時代だった。  それだけ、自殺者が多く、毎年3万人を超えていた。  アベノミクスが功を奏してか、当時より自殺者は1万人以上、減っている。コロナ禍が社会を襲ってはいるが、社会生活はいまのところ、政府の借金政策で何とか回っているように見える。ただ、”コロナバブル”はいずれ、終焉、リストラが始まることは誰もが承知している。そのターゲットが、30代なのか、40代なのか、50代なのかは分からない。  ”コロナバブル”終焉後に、「君たちに明日はない」最新章が始まるかもしれない。  だから、”君たち”は次に何をやりたいのか、いま給料をもらって会社にいる間に考えておいたほうがいい。  会社を辞めたからといって、それぞれの人生の主役である”君たち”に明日がないわけではない。リストラ面接官を辞めた村上は、音楽業界のリクルーティングをやることを考えていた。最終回から8年を経て、46歳になった村上真介は、リストラ請負会社を起業するときと考えているかもしれない。ただ、昔ほどの好条件を出す会社は少ないだろう。

ニュースの真相

「本人訴訟」入門⑧異様な「準備書面」!

今度は「補助参加の申出」だ?  第1回口頭弁論(7月21日)で、裁判官から8月末までに被告に求められていた管理組合総会決議の有効性などについて、被告訴訟代理人弁護士Tの「準備書面」が9月1日にようやく送られてきた。A4判用紙、20枚にわたる、あまりにも長い文書であり、本当に驚かされた。最初の「本件訴えは早急に却下されるべきである」に続く本文は、だらだらと読点ばかりが続き、2ページ目になって、「原告の本件訴訟提起は訴訟要件を欠くので、速やかに却下されるべきであると改めて主張する」でようやく句点となった。こんな文章を読むのはひと苦労であり、その内容を理解するとなると、”疲労困憊”は間違いないだろう。  冒頭の被告Kの氏名の下に、「補助参加人」一般財団法人廣田育英会とあり、これまで被告訴訟代理人とあったT弁護士には「補助参加人訴訟代理人」の肩書が加わっていた。何だ、これ?「補助参加人」を調べてみると、民事訴訟法42条(訴訟の結果について利害関係を有する第三者は、当事者の一方を補助するため、その訴訟に参加することができる)で規定されていた。またまた新たな民事訴訟法条文の登場である。  他人間に係属中の訴訟の結果について、利害関係を有する第三者が当事者の一方を勝訴させることにより自己の利益を守るために、訴訟に参加する形態を補助参加というらしい。例えば、ある会社の取締役会の意思決定が違法であるとして、株主代表訴訟が起こされた際、その株式会社は訴訟に補助参加ができるのだという。要は、取締役会と会社といった相互に密接な関係があれば、補助参加できるわけだ。  翌日(2日)静岡地裁に行くと、廣田育英会S理事長名で提出された「補助参加の申出書」(タイトル写真)を書記官から渡された。こちらもA4判用紙、14枚に及ぶ長い文書だった。  と言うのも、「補足的事情」として、わたしが廣田育英会の事務局Hに対して執拗な嫌がらせを続け、横暴な状況がわかる会話を隠し録音した記録の文字起こしがつけてあり、別紙11枚に及ぶ原告(わたし)の”非道ぶり”が綿々とつづられている。(※実際は、執拗な嫌がらせや横暴な状況は全くないが、Hはそう主張している。この「補足的事情」は、今回の訴訟とは全く無関係である。裁判官は真実がどこにあるのかわからない、こんなどうでもいい文書まで読んでいるのか?)  「補助参加の申出書」には、廣田育英会が補助参加したい経緯がつらつらと記され、最後のところで「判決が、将来、申出人に対し影響を及ぼすおそれがある」と理由らしきものがあり、「申出人は、訴訟の結果につき利害関係を有する」と書いてあった。「利害関係を有する第三者が当事者の一方を勝訴させることにより自己の利益を守る」となっていた筈だが、この説明では廣田育英会の「利益」が何かが、全くわからない。  廣田育英会は被告Kに、当該のマンション3階を「滞納金は法的に存在しないから」と申し伝え、1300万円で売却、利益を得ている。もし、管理組合に負けた場合、廣田育英会がKになりかわって滞納金68万円の全額あるいは一部を支払うのであれば、利害関係人と認めることができる。しかし、そのようなことはひと言も書かれていない。具体性は一切、ないのに、廣田育英会を補助参加人と認めるわけにはいかない。  申出書を読む限りでは、この補助参加は、わたしへの誹謗中傷を行うためのものであり、敗訴の場合、Kへの債務支払いを廣田育英会が担保するものではない。  さて、一体、どうすべきか? 補助参加への異議申立書を提出へ  民事訴訟法44条(当事者が補助参加について異議を述べたときは、裁判所は、補助参加の許否について、決定で、裁判する。この場合においては、補助参加人は、参加理由を疎明しなければならない)を使えばいいようだ。早急に「異議申立書」を静岡地裁に提出しなければならない。  と言うのも、民事訴訟法44条2項(前項の異議は、当事者がこれを述べないで弁論をし、又は弁論準備手続において申述した後は、述べることができない)とあるから、9日の弁論準備手続期日が「異議申立書」提出の期限となる。さあ、6日までに異議申立書を作成して、提出しよう。(※こちらの異議申立書の件については、後日、報告する)  異議申立書提出と言えば、今回の件で2度目となる。前回の『「本人訴訟」入門⑦「調書」に異議申立』では、T弁護士から提出された異議申立書について、こちらの「準備書面」で”粉砕”できたのかどうかを書いた。その折、第1回口頭弁論調書をじっくりと読んでいて、原告の陳述に関わる「誤記」を発見した。すぐに裁判所に連絡を入れたところ、明らかな「誤記」についても裁判所が訂正を判断するのでははなく、原告が異議申立書を提出しなければならない、と教えてくれた。「調書」への異議申立は、民事訴訟法160条2項(調書の記載について当事者その他の関係人が異議を述べたときは、調書にその旨を記載しなければならない)にある。裁判所が間違えたのだから、裁判所の責任で訂正すればいいようなものであるが、しち面倒な手続きが必要である。  それで、8月26日、原告の「調書の異議申立書」を提出した。『令和3年7月21日第1回口頭弁論期日において原告がした「同年4月1日以降3階居住者」との主張は、「同年4月1日以降3階所有者に」の誤記であり、訂正するよう申し立てる』。当時の「3階居住者」は、キャバクラ店長らであり、管理組合は「3階所有者」の廣田育英会に非居住者の住民活動協力金を求めた。  「所有者」を「居住者」としたのは書記官の勘違いであり、単なる誤記だろう。もし、被告代理人のT弁護士が、調書の「誤記」に気づいて、何らかの主張をしてきた場合、思わぬ問題を出来(しゅったい)するのではないか、と心配した。どうでもいい細かな原告の訴状や準備書面の”誤記”を鬼の首を取ったように指摘するのが、T弁護士である。「居住者」と「所有者」の違いは明らかである。とりあえず、先手を打つつもりで、「異議申立書」を提出した。  9月1日に受け取った「準備書面」では、T弁護士は「誤記」に気づいていなかったようだ。ひと安心だ。  9月2日に書記官に聞くと、裁判所は「誤記」の訂正をすることなく、民事訴訟法160条2項に基づいて、T弁護士の異議申立書同様に、調書に原告の異議申立があったことのみを記したという。  どうも一般社会の常識とは違うようだ。今後も、T弁護士が調書の「誤記」を問題にすることをあまり心配していないようだ。不思議な世界である。 内容のない被告代理人弁護士の回答  被告代理人T弁護士の「準備書面」の最初の10ページは、わたしの理事長としての当事者適格を問題にして、バカだチョンだといった誹謗中傷のオンパレードである。  こちらにとって一番重要なことは、裁判官が被告に対して、「令和3年8月31日までに、上記総会決議(2019年3月の管理組合総会で3階所有者に対して非居住者の住民協力金を支払いの管理規約改訂の決議)の有効性、同総会決議が有効である場合の支払い義務の有無について準備書面を提出する」よう求められていたことだ。被告訴訟代理人による回答は(1)から(5)で、以下の通りである。(※この「準備書面」の文章は非常にわかりにくいため、こちらで簡潔に要約してある) (1)被告は、2019年3月時点で管理組合員ではないから、総会決議の効力は本来及ばない。原告が被告に請求する法的根拠が訴状の「請求の原因」には欠落している。(※訴状の「請求の原因」には、『区分所有法第8条は、マンション管理費等の滞納があった場合、管理組合は新しい区分所有者に債権を行使できるとしている。従って、新区分所有者の被告は旧区分所有者の滞納金を支払わなければならない』と書いてあるから、請求の法的根拠は示している) (2)総会決議をしたことは否認乃至争う。(※これは回答ではない) (3)そもそも非居住者協力金なる債務自体が存在しない、合計68万円の債務も存在しない。(※これも回答ではない) (4)原告が管理規約に基づき、被告に未払の非居住者協力金の支払いを求めるとの点は争う。(※これは、(2)と同じことを繰り返しただけで回答ではない)。そもそも原告に非居住者なるものの支払いを求める権利は全くない。(※これも、(1)の繰り返しであり、管理組合に請求権があるから、原告は訴訟を起こしている。なぜ、請求権がないのかを回答していない) (5)平成22年1月26日最高裁判例と本件訴訟で原告が主張するものは似て非なる内容のものであることは間違いない。(※これも回答ではない)   要は、廣田育英会が「滞納金は法的に存在しない」と言って、被告Kに3階を購入させた法的根拠を示すことができなかったのだ。 大笑いの「準備書面」とは?  「第3 被告の主張」とあり、「5 仮定的主張」には、驚いた。『百歩、否、万歩譲って、万が一総会が有効に成立し且つ当該総会で本件のような「非居住者協力金」なるものに関する規約の変更につき決議が有効になされたものと仮定した場合を想定した』としている。(1)から(3)を回答している。(※この文章を書いたのはHのようだ) (1)区分所有法第31条1項後段「規約の変更が一部の区分所有者の権利に特別の影響を及ぼすべき時はその承諾を得なければならない」ので、規約の改訂は無効である。(※まさに、この点を注意して規約改定を行った。総会でも31条を説明した上で、「すべての規約改正等について区分所有者の承諾を求める必要性はない、規約改正、使用規則の必要性が高く、内容が合理的でそれによって影響を受ける当該区分所有者の承諾なく行われた規約改正等も有効」(法務省民事局)として決議を行った。「3階区分所有の責任者である」Hも出席していて、その旨を聞いており、当時は何らの反論もしなかった。これは理由にならないはずだ) (2)総会招集通知に「非居住者協力金」が議題になっていないので無効である。(※通知には、不特定多数の出入りする3階キャバクラ寮を議題とするとあり、Hがキャバクラ寮の契約解除に応じない姿勢であることを確認した上で、7階組合員が管理費等の値上げを提案した。当然、3階キャバクラ寮の契約解除に向けた手段であるから、有効な議題である) (3)「非居住者協力金」の内容について原告の主張がなく、不当である。(※「滞納金が法的に存在しない」との廣田育英会の主張は、総会決議の有効性を論じることであり、「非居住者協力金」を原告が説明することではない)  以上、今回の準備書面には目新しいことはなく、単にわたしへの誹謗中傷をすることで、わたしが”悪い奴”であるかの裁判官の心証をつくろうとしているようだ。社会常識では、そんなことをすれば、逆効果になるのが、なぜ、分からないのか、不思議でならない。  今回の「準備書面」で笑ってしまったのは、わたしを理事長として認めていないなど書いた上で、『T(当然、実名)氏は弁護士であり且つ会社法に精通している弁護士である。法人の運営を知悉している同人が、総会の決議を経ずして理事長となるなどということを容認するようなことがあろう筈がないのである。論外である』。自分で自分の名前に氏の敬称をつけ、さらに会社法の専門家などと威張っている。おれ様は弁護士様でエライんだから、素人の主張は間違っている、と言っているようなものだ。  1995年3月の総会でわたしが理事長に選ばれた決議の議事録は残っていないからと言って、当時の3階居住者もわたしを理事長に選任する決議に賛成している。3階を管理しているのはT弁護士だから、当然、報告を受けたはずだし、もし、報告を受けていないとしても、疑問があるならば、すぐにわたしに問い合わせるべきだろう。1995年から2020年まで、いつでも異議を唱えることはできたが、一度もなかった。  さあ、明日(6日)、廣田育英会の補助参加への異議申立書を提出しよう。

ニュースの真相

「本人訴訟」入門⑦「調書」に異議申立?

わたしの発言を切り取ったT弁護士の曲解  8月6日、「わたしが管理組合理事長ではない」とする被告代理人T弁護士の答弁書に対する再反論、第1回口頭弁論(7月21日)で裁判官から求められた「理事長に就任した当時の議事録」を管理会社アイワマネジメント(静岡市)に問い合わせた結果を記載した「準備書面」を静岡地裁に提出した。その際、書記官に口頭弁論の議事録はあるのか尋ねた。  「被告代理人の答弁書は被告(K)の本来の主張と違うでのはないか」とわたしが質問したのに対してに、T弁護士が「うるさい、黙れ」と法廷で怒鳴った発言を正確に知りたかったのだ。(わたしはメモ書きをしていたが、ICレコーダー使用は禁止されている)  書記官は「調書」ができていると教えてくれた。調書とは、民事訴訟法160条(裁判所書記官は、口頭弁論について、期日ごと調書を作成しなければならない)に基づいた裁判の記録である。調書は非常に簡潔に要点のみが記され、T弁護士が怒鳴ったことなどは一切、記されていなかった。  原告に対して、「令和3年8月31日までに、原告代表者が理事長に初めて選任された際の議事録を確認の上提出する」、被告に対して、「令和3年8月31日までに、上記総会決議(2019年3月の管理組合総会で3階所有者に対して非居住者の住民協力金を支払いの管理規約改訂の決議)の有効性、同総会決議が有効である場合の支払い義務の有無について準備書面を提出する」と調書に記されていた。  調書によると、被告の「わたしが理事長ではないから、訴えを却下すべき」主張は認められず、Kが滞納金不払いの理由とした「滞納金は法的に存在しない」根拠をT弁護士は主張しなければならない。  ところが、T弁護士は8月6日付(裁判所到着は7日)で、『口頭弁論期日調書の記載に対する異議申立書』(タイトル写真)を送ってきたのだ。裁判所の「調書」への異議申立は、民事訴訟法160条2項(調書の記載について当事者その他の関係人が異議を述べたときは、調書にその旨を記載しなければならない)に基づいている。  異議申立書は『原告は、従前、規約に基づき、訴状に対する代表者理事長と記載された「✖✖✖✖(わたしの氏名)」を選任する決議をしたことはなく、議事録もない』という原告の陳述が記載されていないので、これを調書に補充するよう求めている。  マンション管理組合は法人ではないが、民事訴訟法29条(法人でない社団又は、財団で代表者又は管理人の定めがあるものは、その名において訴え、又は訴えられることができる)で、裁判を起こすことができるとしている。ただ、その訴えに必要な「代表者又は管理人」である当事者適格がないことを、わたし自身が裁判で認めているので、その旨を「調書」に記載すべきだとT弁護士は主張している。わたしが、第1回口頭弁論で自ら当事者適格がないと発言している経過や、異議申立の理由を民事訴訟法や最高裁判例などを駆使して、長々と書いている。もし、それが事実ならば、訴えを却下する要件となるのかもしれない。  異議申立書によると、裁判官はわたしに対して、「規約に基づき理事長に選任されたという決議がなされているか、議事録があるか」との質問に、わたしが「理事長に選任する決議をしたことはなく、議事録もない」と陳述した、となっている。ただ、これはわたしの発言の一部を切り取って、都合よく使っているだけである。全く正確ではなく、こちらからすれば”虚偽”に当たる。  「当初(1995年3月)から私を理事長に選任する決議をしたことはなく、議事録もない」を、わたしが認めているはずもない。当然、そんな発言はしていない。1995年3月、わたしが理事長に選任された決議について、わたしの手元には当時の議事録はない、と述べたに過ぎない。その後、毎年の理事長を選任する決議は省略され、その後、ずっとわたしは理事長に就いている、とも述べた。  わたしの発言の一部を切り取れば、T弁護士の書いた通りになる。異議申立書だけを見れば、当初から、わたしを理事長に選任した決議がないから、わたしの理事長としての当事者適格がないとなる。T弁護士の曲解なのか、”虚偽”なのか分からないが、法律、判例を都合よく使うために、わたしの発言の一部を切り取ってしまった。ただ、これでは、わたしは自分勝手に理事長に就いたのか、あるいは、誰かがわたしを無理やりに理事長に就かせたかのいずれかになってしまう。(いくら何でも、そんなことはありえない。被告はこれを証明しなくてもいいのか?)  当事者適格は、裁判所が職権によって調査することになっている。裁判官は、T弁護士が「答弁書」で主張した「わたしは理事長ではない」を採用せず、わたしの当事者適格を認めている。これに、T弁護士は不満だった。それで、わたしの発言を都合よく切り取ることで、調書の異議申立書を作成したのである。  T弁護士の異議申立には、どのような狙いがあるのか? 準備書面で”再反論”を提出済みだった  わたしは、T弁護士による異議申立書の日付と奇しくも同じ8月6日に、『被告の答弁書中、「✖✖✖✖(わたしの氏名)は、アクシス91管理組合理事長ではない」に対する再反論』という標題の準備書面を提出した。わたしの準備書面が、T弁護士による異議申立書の曲解をこなごなに粉砕する威力が十分、あったのかどうか検証してみる。わたしの準備書面は、8月10日にはT弁護士の手元に届いている筈である。  T弁護士が「わたしは理事長ではない」と主張してきたことは、ある意味、都合のいいことだった。莫大な財産を残した3階所有者の廣田さんの遺言執行者であり、現在、廣田育英会常務理事となったT弁護士が、息子の理事Hを事務局責任者にすえて思うがままに運営をしていることにわたしは疑問を抱いている。廣田育英会のS理事長に、今回の3階キャバクラ寮の契約解除について電話で問い合わせたところ、Sは「すべてHに任せている」と発言している。廣田育英会の”真実”が少しでも社会に出れば、廣田育英会の運営に疑問を抱く人が増えてくるだろう。  わたしが理事長に選任された1995年3月当時、3階は、故廣田さんの遺言執行者T弁護士が管理、廣田さんの介護人だったIが居住していた。わたしを理事長とする選任決議がなされたあと、Iを含めた組合員から、わたしの都合のつく限り、なるべく長く理事長を続けてほしいとの強い要望が出された。このため、毎年の総会で理事長の選任手続きを省くことになった。今後、わたしの代わりに理事長職を引き受ける者がいれば、遠慮なく言ってほしい旨も話したが、そんな奇特な人は、当分、誰もいないことも承知していた。  7世帯のみの管理費等で管理会社に委託すれば、収支がマイナスとなる可能性が高く、自主管理に変更したため、理事長職は、毎月の会計管理、マンション全体の維持、修繕、公共機関との交渉など煩雑な日常的な仕事を引き受ける役割であり、他の組合員が面倒な理事長職を引き受けられる状況ではなかった。総会に出席したIは、T弁護士の委任を受けていたから、1995年3月の総会でわたしが理事長に選任されたことは、T弁護士は当然、承知していなければならない。  翌年1996年12月27日に行われた管理組合臨時総会でT弁護士からIを代理人とする委任状がわたしに提出された。わたしは1996年3月の総会で選任手続きを経ていないが、被告代理人のT弁護士はわたしを理事長として認めていたことになる。(証拠として、1996年12月に提出されたT弁護士の委任状写しを添付した)  2003年、突然、居住者のIが3階を退去させられた前後から、3階管理費等の滞納が続いたため、わたしはT弁護士の東京・新橋にある弁護士事務所に電話で滞納金の支払いを督促、理事長の立場でT弁護士と話をしている。(証拠として、T弁護士への督促を書いた2003年管理組合総会の報告書写しを添付した)  その後、T弁護士に依頼された不動産会社が3階の入居者を募集、2005年4月、T弁護士名の「第三者使用に関する届け出事項」がわたしに届けられた。(証拠として、この届け出事項の写しを添付した)  ここまでは、T弁護士が亡くなった廣田さんの遺言執行者の時代であり、わたしを理事長に認識していた事実を証拠とともに述べた。廣田育英会常務理事となってから、T弁護士が、管理組合理事長のわたし宛に送ってきた郵便物をすべて保管している。 T弁護士はわたしを理事長として認めていた  「3階キャバクラ寮の契約解除」を管理組合が廣田育英会に何度も求めたことに対して、T弁護士は2018年12月、2019年2月にそれぞれ、速達、書留で2通の郵便物を送ってきた。まず、封筒、文書の宛先には、わたしの氏名の前に、「アクシス91管理組合理事長」の肩書をつけてある。つまり、T弁護士はわたしが理事長であることを前提に、さまざまな批判、中傷を行ってきている。  2018年12月の文書は、わたしが理事長Sの自宅に「3階キャバクラ寮の契約解除」を求めたことについて、不適切な行為だと批判している。さらに、2006年8月に「(亡くなった廣田さんから廣田育英会への)所有者変更届」をわたし宛に送ったとし、その変更届が手元にないのは「理事長として重要書類の管理能力に疑問がある」などと書いてきた。  わたしには、「所有者変更届」を受け取った記憶はないが、2006年8月から2018年12月まで、T弁護士がわたしを管理組合理事長として認識していたことは疑いのない事実となってしまう。  2019年2月の文書では、3階キャバクラ寮の入居者がマンション内の駐車場に3カ月余、無断で不法駐車していた問題を取り上げ、わたしが許可したという3階キャバクラ寮の入居者の一方的な主張のみを利用して、「居住者が嘘をつく理由は見当たらない」「当財団が嘘を都合よく使ったなどという事実などあり得ない」などと述べ、わたしの一連の対応について、「当財団としてはマンション管理者及び理事長としての貴殿の資質を問う方針」と記している。つまり、T弁護士はわたしを理事長として認めていた。(証拠として、T弁護士からの2通の文書写しを添付した)  1996年から2020年まで管理組合総会では、理事長の選任手続きを行っていないが、T弁護士の委任を受けた3階出席者から、理事長選任手続きに何らかの疑問等は一切、出されていない。T弁護士の息子で、事務局責任者とされるHは、管理組合総会に出席しているが、理事長の選任手続きに一度も疑義を述べたことはない。  これらの事実を基に、今回の訴訟で、T弁護士がわたしを理事長ではないと主張するのは、あまりのご都合主義であり、弁護士法第1条「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする」に反している、と「準備書面」の結論に記した。  「準備書面」を作成したときには、「毎年の総会で理事長の選任手続きを省いた」ことが問題であり、理事長としての当事者適格に欠けるとT弁護士が主張している、と考えていた。ところが、異議申立書を読むと、T弁護士は、第1回口頭弁論のわたしの発言の一部を切り取り、そもそも初めからわたしが総会決議なしで理事長に就いていた、と曲解している。 T弁護士の狙いは東京高裁への控訴か?  わたしの「準備書面」によって、T弁護士の異議申立書の曲解をこなごなに粉砕することができたのかどうか?   まず、1995年当時の議事録は存在していない。  当時、アイワマネジメントが管理会社だったが、ずさんな管理であり、わたしが選任された議事録等を作成していない。だから、1995年3月、わたしの理事長選任決議がなされたこともちゃんと「準備書面」に記載するべきだった。また、遺言執行者のT弁護士が区分所有者として居住者Iに委任していたから、わたしが理事長に選任されたことを承知していたはずだ、と主張すべきだった。  最も重要なのは、T弁護士の「異議申立書」の狙いが、どこにあるのかである。  私見だが、T弁護士は静岡地裁で敗訴となったことに備え、東京高裁へ控訴することを考えているのではないか。わたしの陳述に問題があることを強調することで、高裁裁判官がT弁護士の異議申立書にある主張を事実だと信用してしまう恐れは十分にある。  そうならないようにするためには、今回のT弁護士の主張を踏まえて、8月6日提出した「準備書面」を補正する必要がある。経験の乏しい「本人訴訟」では、被告代理人弁護士がどのような狙いでこちらを攻撃してくるのか、全く予測がつかない。その上、民事訴訟法、判例を駆使されれば、思わぬダメージをこうむる。  ただ、今回は、T弁護士が異議申立書を送ってきたのと同じ日に、T弁護士を”攻撃”する「準備書面」を提出したことが、裁判官の心証をつくるのに強力な材料を与えたはずだ。

ニュースの真相

「本人訴訟」入門⑥”嘘”まかり通る?

「理事長ではない」を争うとは!  第1回口頭弁論は7月21日に開かれた。  静岡地裁には審理開始の15分ほど前に到着、3階の書記官にあいさつをすると、「時間になったら、法廷に入ってください。同じ時刻に3件ほど別の事件の判決があり、そのあと、原告席に座ってください」と教えられた。  静岡簡裁の調停期日呼出状では、出頭する場所に「相手方待合室」と書いてあったので、そう書かれた部屋でずっと待っていたが、音沙汰がないので、簡裁書記官室へ行くと、担当書記官から「あなたを待っていた」などと言われた。「本人確認」のために、まずは書記官室に顔を出さなければならないのだろう。  このあと、原告の席は、裁判官に向かって、左側であり、被告席は右側だと教えてくれた。刑事事件では、右側が検察官、左側が被告人の弁護人席で、被告人は正面に座る。訴状を提出した原告が右側の席とばかり思っていたので、聞いてよかった。初めての「本人訴訟」だから、あらゆることが初めてであり、何か重大な失態を起こさないよう、できるだけ何でも聞いておくべきである。新たなことを知る度、緊張感が増してくる。  第203号法廷のある2階に降りて、法廷の場所を確認してから、エレベーター前のソファに座っていると、廣田育英会の理事、事務局Hが姿を見せ、隣には彼とよく似た背格好の年配男性が目に入った。その年配男性がHの父親であるT弁護士だろう。20年近く前、管理費等の滞納金督促で事務所に何度か電話を掛けた。声だけだが、相手の印象はよくなかった。当然、お互いにあいさつすることもなく、そのまま視界に入らなかったように無視した。  もう一度、準備書面を読み返してみた。「わたしは理事長ではない」を争うのは、民事訴訟法に基づいて手続きの不備を突く弁護士テクニックなのかもしれない。しかし、この”戦略”は被告Kと協議した結果なのかしら、と疑問を抱いた。  7月7日、裁判所に提出した準備書面に「もし、これから長くマンション管理組合という共同体に生活するのであれば、わたしが理事長ではないという、とんでもない主張が、新たな所有者となったばかりのKの管理組合内の立場や信用を失うことにつながる」と書いた。民事裁判だからと言って、どんな方法であれ、勝てばよいわけではない。これまでの3階キャバクラ寮の契約解除問題で廣田育英会による社会常識とかけ離れた対応と重なり、何か怒りにも似た思いが胸にふつふつと沸いてきた。  定刻の5分前に法廷に入ると、広い傍聴席にはT弁護士とHだけでなく、離れたところに男性3人が座っていた。当然、その3人は、別の裁判の判決を聞くために来たのだろう。時間通りに裁判官(女性)と書記官が法廷に現れ、書記官が事件番号を読み上げて、判決が下されていく。緊張と興奮のせいか、わたしの耳に入ってこなかった。  すぐに書記官に呼ばれて、わたしは原告席に座った。被告席にはT弁護士のみで、Hは傍聴席に座っている。どういうわけか、被告Kの姿は見えなかった。  これからいよいよ裁判が始まるのだ。 「住民活動協力金」決議に不備はない?  民事裁判の通例通りに訴状、答弁書、準備書面を「陳述」したこととして、「陳述」手続きは簡略化される。このあと、裁判所に提出した管理規約、2018年度管理組合臨時総会、2019年度管理組合通常総会、2020年度管理組合通常総会、2021年度管理組合通常総会の原本を見せろ、というT弁護士の求めに応じた。  この裁判後に、橘玲著『臆病者のための裁判入門』(文春新書)を読んでみると、口頭弁論では書面の陳述(実際は読んだものとして省略)のあと、提出された証拠が原本と相違ないかを裁判所が確認する、とあった。「証拠の原本を見せろ」は、T弁護士のわたしに対するいやがらせかと思っていたが、裁判では通常の手続きである。証拠を提出する度に、必ず裁判官が原本を確認するのか、書記官に聞いておいたほうがいい。  その後、裁判官がわたしに求めたのは、わたしが理事長に就任した1995年当時の議事録である。当然、前理事長から引き継ぎはなく、わたしは「当時の管理会社だった株式会社アイワ不動産(管理会社はアイワマネジメント)に問い合わせてみます」と回答した。あまりに古いことで記憶になかった。  この議事録は、T弁護士が争点にする「わたしは管理組合理事長ではない」に関連しているのは間違いない。原告としての適格性に問題がないことを当時の資料を証拠として裁判官が確認したいのだろう。  そう考えていたところ、ひとつ思い出した。  わたしが何度も、3階のキャバクラ寮の契約解除を廣田育英会に求めたことに対して、廣田育英会は合計8通の内容証明などの文書を送ってきた。そのうち、2通はT弁護士(廣田育英会常務理事)からである。当然、わたしを理事長であることを前提に、さまざまな批判や中傷をしていた。  この件を持ち出して、「廣田育英会常務理事のT弁護士から何度も理事長として認める文書をもらっている」とわたしが述べると、T弁護士は「そんなものは書いていない」と即座に否定した。証拠が目の前にあるわけではないから、わたしが何を言っても、裁判官に真実かどうかはわからない。後日、T弁護士の送ってきた文書を証拠として提出することにした。  裁判官は2019年3月の管理組合総会で「非居住者の住民活動協力金」を管理規約に入れる決議に不備があるのならば、その点を明らかにするようT弁護士に求めた。手続きに不備のない総会で決まった管理規約を遵守するのは、管理組合員の責務である、と裁判官は言ったようだ。(これは正確でないかもしれない。実際に、裁判官が正確にどのように言ったのか、自信がない。当事者のわたしはメモ書きに集中できる状態ではなかった。裁判所はICレコーダーの持ち込みを禁止している)  覚えているのは、裁判官の求めに、T弁護士は不満を表明するために立ち上がった姿だ。わたしの訴状に民事訴訟法上の不備がある「答弁書」の主張を繰り返しているようだが、発言の意図は理解できなかった。裁判官はT弁護士の主張を却下して、8月末までに管理組合総会の手続きに不備があるのかどうか準備書面で提出するよう求めた。 「うるさい黙れ」と怒鳴ったT弁護士  裁判官は次回期日が9月9日に決まったことを告げた。コロナ禍の中、T弁護士には東京・新橋の事務所からリモート参加できることを伝えていた。  わたしは裁判前から最も気になっていた「準備書面」に書いたことをT弁護士に問いただした。  「被告(K)の主張は、滞納金に法的根拠があるかどうかだった。わたしが理事長かどうかを被告は主張していない。被告の主張と違うのではないですか?」  これに対して、T弁護士は「うるさい、黙れ」と法廷内で怒鳴った。これにはびっくりとした。さらに、閉廷したあと、被告席を離れて、傍聴席を通過する際、原告席のわたしに向かって「お前は理解力がない」など捨て台詞を吐いた。一体、どうなっているのか、首を傾げた。老練な「弁護士先生」からこのようなきつい脅しを受ければ、ふつうの人であれば、いたたまれなくなってしまうだろう。T弁護士の対応は、自分の思い通りの理屈で裁判が進んでいないことが原因なのかもしれない。  ところが、裁判が終わって、三浦和義著『弁護士いらず』(太田出版)をもう一度、読み返して、ああ、しまったと思った。やはり、失敗しているのだ。  「法廷では、裁判長に答える時、あるいは質問する時、または、発言する時は必ず起立します」とあったからだ。「必ず起立する」。それなのに、わたしは裁判中、一度も起立することがなかった。すべて、偉そうに座って受け答えしてしまった。  T弁護士への質問も座ったまま、裁判官の許可を取らない不規則な発言だったため、T弁護士は「うるさい。黙れ」と怒鳴ったのかもしれない。知らないとは言え、これは法廷では失礼なことだろう。民事裁判は、原告、被告の言い分を裁判所に聞いてもらい、お互いの主張したことだけに基づいて裁判官の心証で審判する。だから、このような初歩的な点こそ注意すべきである。  細かいところを書記官に確認してみよう。裁判官から発言を求められた場合は、すぐに起立すればいい。それでは、被告代理人に対して質問を行う場合、挙手して、裁判官の了解を得た上で発言するのだろうか? 被告KとT弁護士の利害関係は?   第1回口頭弁論を終えたあと、7月24日夕方にアクシス91管理組合臨時総会を開催した。「わたしは理事長ではない」について、Kから説明を受けた上で、その主張が被告代理人のT弁護士だけでなく、Kの主張であれば、管理組合としてどのような対応するのかが主要議題だった。  自主管理組合へ加入した(つまり、当マンションを購入した)Kもマンション管理の責任を組合員として負わなければならない。そもそもKは、T弁護士らから「滞納金は法的に存在しない」と聞いて、滞納金の支払いを拒否した。もし、滞納金不払いの理由を「わたしは理事長ではない」としてしまえば、Kは”嘘”をついたことになってしまう。いくらお金を払いたくなくても、社会生活の中で、嘘をつくことは許容されない。  総会前日夜になって、Kは「欠席」通知をポストに入れてきた。「先日、訴訟代理人より裁判内容の報告を受けた。今回の招集内容にある理事長であるかどうかの疑義は裁判官により解消された」などと書いてあった。従って、「被告であり欠席する」。これはある意味、嘘つきであることを認めたことになる。  T弁護士からKがどのような説明を受けたのか分からないが、Kの書いた”疑義”がすっかりと解消されたわけではない。裁判官は、わたしが理事長に就任した当時の議事録(アイワマネジメント作成)を求めている。新たな証拠を提出して、T弁護士の疑いを払拭するよう求めているのだ。  「被告であるから欠席する」。管理組合員でないならば、それで問題ないが、組合員として「わたしが理事長ではない」について発言する義務をKは持っているのだ。再度、3階ポストに組合員としての義務を果たすよう要請する手紙を入れた。「欠席するのは、そちらの都合が悪い場合はやむを得ないが、今回の総会で議決したことは遵守してもらう」と書き添えた。「理事長ではない」を争点にするのが、Kの本意でなければ、KはT弁護士に指示して、本来の主張をするよう求めればいいのだ。泥仕合を演じるのはKの希望ではないだろう。  Kが問題の本質を理解しようとしない無責任さにあきられるばかりだ。実際に、T弁護士がKにちゃんと説明したのかどうかも分からない。KはT弁護士らから「滞納金は法的に存在しない」と聞いて、このマンションを購入している。現在、T弁護士は「わたしは理事長ではない」を問題にしてしまった。  「滞納金は法的に存在していない」と言ったT弁護士はKの訴訟代理人としては、”異例の存在”であることを理解すべきだ。  もし、管理組合の主張が認められ、Kが滞納金を支払ったあと、Kは廣田育英会に損害の返済を求めることができるからだ。利害相反する可能性のあるT弁護士が被告訴訟人であるのは、原告(管理組合)を敵に回しているときだけである。だから、Kはちゃんと裁判を傍聴して、自分の目と耳ですべてを確認すべきだった。  T弁護士は8月末までに「準備書面」を提出して、原告の主張が間違っていることを証明しなければならない。  裁判所作成の第1回口頭弁論「調書」に、「被告は2019年3月の総会決議の有効性、同総会決議が有効である場合の支払義務の有無について準備書面を提出する」と書いてあった。  「滞納金は法的に存在しない」根拠をT弁護士が主張してくるはずだ。Kはすでにその内容を承知しているのか?

ニュースの真相

「本人訴訟」入門⑤「答弁書」が来た!

補正しなければ、訴えは却下?  7月3日、T弁護士から「答弁書」が届いた。中身を読んで驚いた。最初、何が書いてあるのかよく理解できなかったからだ。「弁護士先生」が登場するというのは、多分、こういうことなのだろうとだけ理解できた。  「答弁書」を想定して、本人訴訟に関するいくつかのマニュアル本を読んで、「答弁書」の知識を得た。特に、名誉棄損で裁判を争い、マスメディア相手に1億数千万円の損害賠償金、和解金を勝ち取り、「本人訴訟」を一躍有名にさせた三浦和義著『弁護士いらず』(太田出版)は懇切丁寧に説明していた。  最高裁のHP「裁判所」でも答弁書を、『訴状等に記載された「請求の趣旨」及び「請求の原因」の項目のひとつひとつについて、認めるか否か、反論や希望があれば、それも記載する』と説明する。マニュアル本は、この説明通りに、「答弁書」の書き方などを教えていた。  一番の肝は、「原告の請求を棄却する」「訴訟費用は原告の負担とする」など被告の主張(否認、認める、不知)をはっきりと明示することだ。その上で、否認する場合など、相手の主張のひとつひとつに反論の具体的な理由を記載していく。   ところが、T弁護士の「答弁書」はマニュアル本と全く違い、被告の主張(当然、否認である)以前の問題で、『訴状の補正を求める』から始まっていた。訴状が補正されなければ、民事訴訟法133条2項(ウエブで調べると、「訴えの提起前における照会に関する」条項とある)に違反しているという。補正しなければ、裁判長は命令で訴状を却下しなければならない規定の民事訴訟法137条2項に基づき、「却下されるべき」と脅している。ここまでくると、”素人”には全く分からない。  まず最初に書いてあった「被告Kは自然人であるから個人であることは明らか」から意味不明だった。調べると、「自然人」は法律用語で、生まれてから亡くなるまで完全な権利能力を認められる主体(個人)。民法では法人に対する個人を指すのだという。  管理組合の住所が、わたしの部屋番号のついた住所では、当事者の原告が「自然人(個人)」なのか「法人(組合)」なのか不分明だから、「訴状の不備は看過できない」とT弁護士は怒っている。7世帯しかないマンションに管理組合用の部屋も郵便ポストもないから、すべての郵便物などは理事長の住所がそのまま管理組合の住所として通用している。T弁護士は、それではダメだと言っている。  管理組合がわたしの個人住所になっていることで、原告の主体が「自然人(個人)」なのか「法人(組合)」(管理組合は人格なき社団、みなし法人)なのか不分明と言うのだ。地番だけでは部屋番号のない郵便物はどこかへ行ってしまうという現実的な問題ではなく、訴状の体裁としてT弁護士には看過できないのだ。  裁判という法律の世界に未熟な”素人”が入ってきたから、まずは、「弁護士先生」が上から目線でご高説を垂れているように見える。こんな重箱の隅をつつくのが「弁護士先生」の仕事かもしれない。  また、「答弁書」は、「アクシス91管理組合」が、わたしの訴状では「アクシス91マンション管理組合」とあり、どちらの名称が正しいのか明示すべきだと指摘している。わたしは「マンション」を入れたほうが分かりやすいと考えたが、固有名詞だから厳密でなければならないというのだ。  はいわかりました。T弁護士の言う通りに、「アクシス91管理組合」に直せばいい。「弁護士先生」の指摘を踏まえ、「訴状を補正」すべきなのだろう。  裁判をスムーズに進行させることが重要である。どのように訂正すればいいのか、親切な書記官に率直に相談することにした。 「管理組合理事長ではない」で、訴え却下?  さらに「答弁書」を読んでいくと、「本件訴えにおける原告が、わたし個人ではなく、法人でない団体であるとした」場合、「本件訴えを却下する」とあった。何だ、これ?どういう意味か全く理解できない。  しかし、その理由に、そもそも、わたしが、「アクシス91管理組合の理事長ではない」と書かれていた。つまり、原告としての当事者適格を否定しているのだ。  「本案前の答弁」とあるから、わたしの請求した内容への否認、反論ではなく、そもそも、原告としての当事者適格がないということだけで、訴えを却下させようとしている。  わたしが理事長でない理由に管理規約の規定、管理組合総会などの手続きの不備を挙げていた。どうやら、T弁護士は毎年度の総会で、理事長の選任をしていないから、わたしは理事長ではないのだという。わたしは1995年から管理組合理事長を務めている。7世帯しかないから管理会社へ委託すれば収支がマイナスになる可能性が高く、自主管理組合であり、理事長の仕事は毎月の会計管理、マンションの維持修繕、公共機関との交渉など多岐にわたる仕事を一人でやっている。当初から、なるべく長くやってほしいという要望に応えてきたから、毎年の選任を行っていない。別の誰かがやってもらえるのならば、喜んで理事長を引き受けてもらうつもりだった。  何よりも、もともと3階所有者(廣田育英会の起源となる廣田さん)の遺言執行者だったT弁護士は、わたしが長年、理事長を務めていることを承知していた。詳しくは、『「本人訴訟」入門①民事紛争の発端から』で紹介した。「本人訴訟」入門①民事紛争の発端から? | 静岡経済新聞 (shizuokakeizaishimbun.com)  2番目として、わたしが2月15日に送信した「管理組合総会告知」メールに訴訟案件が議案になっていないから、「決議自体が無効」とあった。この時点では、3階Kは滞納金を支払ってくるものとばかり思っていた。ところが、2月16日のメールで、Kは廣田育英会から「法的に存在していないから支払わない」と伝えてきた。その後、何度もKに支払うよう求めた。  3月2日のメールで、Kは「訴訟という手荒な選択をしたくなく、まずは公平な立場である裁判所に意見を伺うために調停申し立てをした」「問題解決のために時間をいただきたいので理解してほしい」などと書いてきた。当然、K(譲受者)は廣田育英会(譲渡者)を相手取って、調停を行ったものとばかり思ってしまった。  それでも3月2日のメールで、「7日の入居までに滞納金を支払われない場合、訴訟を早急に起こす」と記し、電話で総会の議題とすることもKに伝えている。当然、全組合員にも徹底している。T弁護士が被告のKにちゃんと事情を聞いていないことが明らかだ。3月14日の総会の席で、初めてKからわたしを原告とする調停申立を行ったと聞かされ、Kを被告とする訴訟を議題として取り上げた。Kに反対意見もなく、全会一致で議決した。本当に、T弁護士はKと十分に話し合っているのか、疑問が多い。  最後に、民事訴訟法15条で「法定代理権又は訴訟行為をするのに必要な授権は、書面で証明しなければならない」と定めているのに、「添付書類」に代表権、授権を証明する必要書類がないから、わたしは「組合のための代表者乃至管理者でもなく、原告となる権限を授権されてもいない」と追及していた。  そして、「答弁書」には「原告の請求を棄却する」「訴訟費用は原告の負担とする」とあり、「主張の整理及び訴状の補正がなされた後に、被告は答弁する」と書いてあった。  こうなると、静岡地裁に求められた「資格証明書」を提出したことは非常に大きな意味があった。被告の3階を除く、管理組合員全員の自署、押印のある「資格証明書」を作成したから、「原告となる権限を授権されている」必要書類のはずだ。T弁護士はその事実を知らなかったようだ。静岡地裁から「事務連絡」をもらった際、「資格証明書」提出がT弁護士の要請と勘違いしていたが、T弁護士の答弁書で事実関係がはっきりとした。  静岡地裁判事に感謝しなければならない。 「答弁書」に反論する「準備書面」提出  「わたしが管理組合理事長でない」。本当に、そんなことを裁判で争うのか?そもそも被告Kの主張とは全く違う。  廣田育英会(T弁護士は常務理事)とは「3階キャバクラ寮の契約」解除を管理組合が求めたことでいろいろな文書のやり取りがあり、T弁護士からもさまざまなイチャモンをつけられた。しかし、これまで、「わたしが理事長ではない」と言ってきたことは一度もなかった。  被告だが、管理組合員でもあるKはこの「答弁書」を承知しているのか?  わたしは、7月7日、「理事長ではない」に反論する「準備書面」を静岡地裁に提出した。  『3月17日、被告から原告に届いた調停申立書には、廣田育英会から「住民活動協力金なる債務は存在していない」、「専門家の意見も取り入れた上で判断しているので、請求自体が無効で債務はない」などと聞かされた上で、気に入った物件であり、購入したなどとあった。  当然、被告は購入までに、原告に対して滞納金の存在について確認する時間が十分、あった。今回の訴訟は被告が注意義務を怠ったことが大きな原因である。  このような状況の中で、被告代理人(T弁護士、廣田育英会常務理事)から送付された答弁書には、被告が原告に送ってきた調停申立書とは全く別の主張をしている。  被告は「アクシス91の新区分所有者として他の区分所有者と良い関係を築いていきたい。協力金の問題解決を早急にしなくては」と書いている。「管理組合理事長かどうか」を争うのであれば、裁判ではなく、管理組合員として総会開催を提案して、この疑問をはっきりとさせるべきであり、これまでの主張と違う。  被告がこれから長くマンション管理組合という共同体の一員として生活していくことが予測される中で、管理組合内の立場や信用を失うことにつながる可能性が高い』(「準備書面」抜粋)  T弁護士が勝手に「答弁書」をつくり、Kの承諾を得ていないのではという強い疑問を抱いた。   7月7日に「準備書面」を提出したあと、「わたしが理事長ではない」を議論するためにマンション管理組合臨時総会を24日に開催することを決めた。  マンション管理組合の一員となったKが、わたしを管理組合理事長ではない、と考えているならば、当然、管理組合員全員の問題である。区分所有法はマンションの区分所有者全員が、管理組合員になると定めている。すべての所有者は管理組合員としての責務を果たさなければならない。「わたしが理事長であるのかどうか」の疑問があるならば、総会の席で発言してもらう。  「準備書面」とともに、「訴状訂正の申立書」を提出した。住所は地番のみとして、わたしの部屋番号を除き、肩書を「アクシス91管理組合 同代表者理事長」と訂正した。  第1回口頭弁論は7月21日午後1時10分、静岡地裁203号法廷で開かれることになった。