ニュースの真相

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静岡新聞とスルガ銀行の”不可解な絵画取引”?

「ZAITEN」最新号に掲載された記事  10日付日本経済新聞朝刊に月刊誌ZAITEN6月号(5月1日発売、発行・財界展望社)広告が掲載された。何と『静岡新聞「スルガ銀行」との不可解な絵画取引』の見出しとともに、大石剛前社長の写真を見つけて、びっくりした。早速、丸善ジュンク堂書店で「ZAITEN」を購入した。メーン特集『NHK「公共放送」の大嘘』のほか、『テレビ朝日「報道ステ」CMが炎上した理由』などマスメディアに対して厳しい批判記事が掲載されていた。「W不倫」発覚時に「俺、田舎の人間だぞ!田舎の人間追っかけて何が楽しいんだよ」(写真週刊誌フライデー3月5日発売から)という”迷セリフ”で一躍、全国の注目を浴びた大石社長(当時)。またもや”田舎新聞”なのに全国誌から追っかけられたのだ。今度の記事には、一体、何が書いてあるのか?  ことし1月、大石社長(当時)の静岡新聞社がスルガ銀行からフランスの画家ベルナール・ビュフェの作品632点を購入したのだという。スルガ銀行の元頭取岡野喜一郎氏(故人)が創設したビュフェ美術館を巡っては、絵画寄付に不法行為があったとして、岡野一族に約32億円の損害賠償請求訴訟が起こされている。このため、同美術館を管理、運営する財団法人理事長を岡野光喜前会長が退任、前会長と関係の深い大石社長が引き継いだ。シェアハウス問題で苦境にあるスルガ銀行を救済するつもりなのか、大石社長は巨額の絵画取引まで主導したようだ。ただ、これがふつうの取引ではないのだ。  静岡新聞社が絵画を購入しても、絵画はそのままビュフェ美術館から移動することなく、管理、展示は同財団に任せ、他への転売もできない契約なのだという。多額のおカネを払っても、静岡新聞社にはメリットがないようだ。ビュフェ美術館を巡る取引では、岡野一族に資金が還流されていたのだが、今回はどうなのか?また、ビュフェ絵画の譲渡を伝える静岡新聞の記事写真に掲載された『キリストの受難 復活』(銀座・日動画廊の4億円相当の評価だという=タイトル写真)は、スルガ銀行が過去に同財団に寄付したものだという。すでに寄付した絵画を静岡新聞社に売却したことになる。売買に不正があったのかどうか分からないが、この取引には”不可解”なことばかりのようだ。  詳しくは、ZAITEN6月号を読んでもらったほうがいい。  記事の中で気になったのは、『静岡新聞社はこんな不可解な事実を承知の上、譲渡契約を結んだ可能性も否定できない。当然、取締役会を経たが、「大石の独断専行を止められる役員は誰もいなかった」(別の関係者)という。同社は本誌の取材に対し、具体的な譲渡額については「答えかねる」。また、取締役会決議の詳細についても「答えかねる」とした』など、静岡新聞社が経緯を明らかにせず、一切の回答を避けていることだ。  リニア問題では、JR東海や国交省を厳しく追及する静岡新聞社の姿勢とは真逆である。都合の悪いことはシャットアウトでは、新聞の信頼は失われるだろう。同社のリニア問題担当記者は、自社の姿勢こそ厳しく問うべきである。 警察の見立てを報道しても問題ない?  最近の静岡新聞は、フライデーのW不倫報道だけでなく、今回のZAITEN、また8日付の新聞各紙が同紙の報道姿勢を伝えるなど、社会的な話題をメディアに提供する側に回っている。  8日付朝刊では、朝日新聞地方版トップ記事『容疑者住所巡る訴訟 静岡新聞社に賠償命令 「地番秘匿の必要性高い」、原告「最後まで戦う」』、中日社会面記事『容疑者の地番掲載 違法 地裁判決 静岡新聞に賠償命令 「人生台無しに」原告男性 控訴意向 無罪推定が大原則 本紙見解』など同業他社が非常に大きな紙面を割いて、静岡新聞社の報道姿勢を問い質した。  静岡新聞は、2018年7月、静岡県警によって県内在住のブラジル人夫婦が覚醒剤取締法違反などの疑いで逮捕された事件で、夫婦の住所の地番を掲載した記事を掲載した。さらに翌日の紙面では、「夫婦が薬物密売グループのリーダー格」などとする同社だけの独自ネタによる大きな記事も掲載している。ただし、どこの新聞社等も追い掛けていない。  夫婦は逮捕、取り調べを受けたが、嫌疑不十分(検察庁が裁判で容疑を立証するための証拠が不十分として起訴を見送る。限りなく無実に近い)で不起訴となった。夫婦は嫌疑不十分となった逮捕事実(地番を含めた)だけでなく、「薬物密売グループのリーダー格」という警察の一方的な見立てを基にした報道によって、仕事や家族らに深刻な被害を受けた。このため、プライバシー侵害、名誉棄損など訴え、総額約690万円の損害賠償請求と謝罪広告の掲載を求めたのだ。  静岡地裁は「地番まで掲載する必要性が高いとは言い難い」など、夫婦それぞれに33万円(合計66万円)の支払いを静岡新聞社に命じた。  ところが、「薬物密売グループのリーダー格」という警察の見立てによるスクープ記事は、おとがめなしとされた。裁判官は、静岡新聞は警察の見立てをそのまま掲載したのであり、その時点では「新聞記事を掲載する合理的な嫌疑が存在した」などいう理由で夫婦の訴えを退けてしまった。実際には、「薬物密売グループのリーダー格」は何ら確証のない、言うなれば、警察の飛ばしを静岡新聞は報道してしまったのだ。  それでも静岡新聞社は、警察の見立てを鵜呑みにしただけなのだから、責任は問われないことになった。夫婦の代理人弁護士は「警察の見立てを書くのならば、新聞社が独自にそれが正しいのかちゃんと調べるべきである。最高裁判例でもそうなっている」として、夫婦は東京高裁に控訴する方針だ。警察からの情報を基にスクープ報道したのだから、静岡新聞社は記事に責任を持つべきだと主張している。静岡新聞社は、警察の捜査資料を確認した上で報道したのかどうかさえ疑わしい。  静岡新聞社は『当社の主張が一部認められず、遺憾です。判決内容を精査した上で対応を検討します』と他人事のようなコメントしている。中日は、『被告は「静岡新聞には警察の見立てを報じる際に、それが事実か、最後まで確認してほしい」と訴えた』とある。被告夫婦の悔しさが伝わってくる。  地番を掲載しなかった中日は「無罪推定が大原則」の見出しで、同紙はどんな事件、事故でも地番までは伝えないと書いている。それでは、警察の見立ては逮捕事実でもなく、単に警察による憶測に近いのだから、そんな報道をすること自体、適切ではないことになる。  判決後の静岡新聞コメントを読んでいて、報道に責任を持つ姿勢など全くないことがはっきりとした。東京高裁で、被告夫婦の無念を晴らすことができるように期待したい。 「マスコミをやめる」を実行したほうがいい  一体、静岡新聞社に何が起きているのだろうか?  ことし1月11日の同紙は、4面にわたって自社広告を掲載した。『静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。』というびっくりするような見出しが目に飛び込んだ。「かつてマスと呼ばれ一括りにされた大衆はもういない。その大衆に向けて一方的な情報を送り続けたコミュニケーションはもはや通用しない。  静岡新聞SBSは、マスコミュニケーションをやめる。静岡の一人ひとりに、静岡新聞SBS一人ひとりで向かい合うことから、もう一度はじめようと思う。必要とされている情報はなにか。その届け方はどうあるべきか。読者を読み、視聴者を見て、リスナーを聞き、自分で考え、自分で働く。正解はひとつじゃない。静岡県民361万人の数だけある。私たちの新しい価値は、きっとそこから生まれるはずだ」など「ユーザーファスト」というわけの分からない記事が掲載された。次のページを開くと、全2面にわたって全社員の決意が極めて小さな赤字で書かれていた。  その決意の中で、大石剛社長(当時)は「創立以来の危機をチャンスに変える!元々オールドメディアの足元が揺らいでいたところに、COVIDー19が発生し、創立以来の危機に見舞われている。これは逆に大きくrebirth、新生、甦生する好機を得たということだ」と書いた。新聞社社長の文章としては情けないほど幼稚である。「ユーザーファースト」は口先であり、自分たちのことしか考えられないことが「マスコミをやめる」ことらしい。  「創立以来の危機」と大石社長が言うのは、経営の状態であり、広告や部数が減ったことだけを指している。マスコミにとって最も必要な適正な報道をする姿勢とは関係ない。報道機関としての使命が何か全く分かっていない。  ”W不倫”騒動で、静岡新聞、静岡放送社長を辞任したが、顧問代表取締役という肩書で引き続き、大石前社長が実権を握っているという。  ところで、”W不倫”は戦後すぐまで、立派な犯罪だった。大石顧問にそのような自覚があったのだろうか?  1947年削除された刑法183条「夫のあるの女性が、姦通したときは2年以下の懲役に処す」という姦通罪によって、”W不倫”は厳しく罰せられた。約75年前までは、もし、”W不倫”が発覚すれば、まず、女性側の夫が配偶者の妻と相手の男性に姦通罪を訴えることで、姦通罪が成立したのだ。今回の”W不倫”も事実かどうか、警察が調べることになったのだろう。  ただ、刑法183条がなくなったからと言っても、警察の捜査がなくなっただけで、民法上の責任を免れることはできない。つまり、女性の夫は損害賠償請求をすることができる。民法709条「故意または過失により他人の権利を侵害したる者は、これによりて生じた損害を賠償する責任がある」から、”不倫”が事実だと夫側が信じれば、弁護士を通じて慰謝料の請求を行うことができる。  大石顧問は、”W不倫”については最後まで否定していたが、本当にそうなのか?犯罪事実でなくても、メディアに実名で報道されることの痛みを実感したのだろうか?  『「静岡新聞SBSはマスコミをやめる」はただのビッグマウスか、革命者になるか。静岡のみなさん。どうか厳しい目で見守ってください』と自社広告の最後にあった。ブラジル人夫婦は、報道機関としての使命を見失った静岡新聞社は早いうちに、さっぱりとマスコミをやめてほしいと願っているだろう。

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リニア騒動の真相81知事選の前哨戦スタート!

自民岩井茂樹氏の出馬はどうなった?  18日付『リニア騒動の真相80自民候補はどうなった?』で、自民党の岩井茂樹参院議員が21日にも出馬表明すると予測した。結局、自民静岡支部や浜松支部など岩井氏出馬を求める署名提出など表面的な政治手続きのみで、岩井氏本人の立候補会見につながらなかった。派閥など水面下での調整が続き、ようやく週末までに党内でストップを掛ける動きはなくなったようだ。週明け早々、29日から始まるゴールデンウイーク前までに岩井氏が出馬表明する観測が流れている。  それぞれの思惑とは別に、与野党一騎打ちの知事選(6月3日告示、20日投開票)前哨戦はすでにスタートしている。  JR東海を相手取って、大井川流域の住民107人がリニア工事の差止を求める訴訟の第2回口頭弁論が23日、静岡地裁で開かれた=タイトル写真、地裁構内では写真撮影禁止=。「静岡県リニア工事差止訴訟の会」に、大井川の水とリニアを考える藤枝市民の会、大井川の水を守る62万人運動を推進する会、南アルプスとリニアを考える市民ネットワーク静岡、リニア新幹線を考える静岡県民ネットワークなど実態のよく分からない団体がリニア工事差止訴訟に加わっている。これだけ見ても、地域の住民運動というよりも、政治的な色彩が非常に強いことがわかる。  もうひとつの見方をすれば、リニア問題で国、JR東海と「闘う」川勝平太静岡県知事を支える「政治運動」といっても過言ではない。23日午後の口頭弁論に先立って、支援者らは2時間以上も前から、20人以上の一団が静岡市繁華街で工事差止訴訟に参加するようチラシを配り、署名を求める活動を行っていた。その勢いで、静岡地裁へ数多くの支援者が詰め掛け、気勢を上げた。知事選が始まれば、署名をした人たちに働き掛け、川勝支援の輪を広げる狙いもあるのだろう。  昨年9月静岡市で開かれた訴訟準備会では、「住民側を貫く川勝平太静岡県知事」という資料が配布され、参加者らは現職の知事支援を旗幟鮮明にした。  23日の静岡地裁周辺で異様だったのは、遠くから公安と思われる警察関係者が支援者らの動きをチェックしていたことだ。著名な政治活動家が加わっているのかもしれない。「リニア問題」は、まさに、政権与党に厳しい批判の刃を突き付けるかっこうの材料となっている。与野党激突となれば、急進的な勢力が「闘い」の象徴・川勝当選に向けて積極的な支援活動を展開するだろう。  反原発、反リニアを声高に叫ぶ川勝知事を中心に、すべての野党がまとまるのだろう。川勝県政も、差止訴訟の第2回口頭弁論に合わせたように、「リニア問題」にさらなる火をつける動きを行った。 全く意味のない県意見書の真意とは?  難波喬司副知事は23日、国交省の上原淳鉄道局長にリニア有識者会議へ疑問を述べる意見書を送付した。翌日の静岡新聞は煽情的な見出しで国の有識者会議の中間報告(案)に大きな欠陥があるよう指摘した。  静岡新聞見出し『科学的正確性欠く』があまりにも印象的だった。実際の意見書では、『科学的・工学的な議論が深まり、大井川水系の水循環の全体構造がだんだんと明らかになった』、『科学的・工学的に深い議論が行われていると認識しているが、このような形で「中間報告」が取りまとめられることを憂慮する』など有識者会議の議論が『科学的・工学的』であることを大筋では認めている。ある一部分を除いて、有識者会議が『科学的・工学的正確性欠く』という静岡新聞見出しにはつながらない。  意見書の中身を見れば、『20年間に22回、水不足の状態が発生、慢性的な水不足に悩まされている』とあり、『大井川の水利用の実態を理解していない』と言及している。しかし、静岡県内では、四国や九州、関東地域のような水不足に悩まされた経験は非常に少ない。過去に、大井川流域の深刻な水問題があったのは、利用者の過剰利用によるものだった。  有識者会議の中間報告(案)は『中下流域の河川流量は上流域のダムにより利水の安定供給のためにコントロールされ、扇状地内の地下水は、取水制限が実施された年を含めて扇状地内全体として安定した状態が続いている』と、利水者の非常に恵まれている状況を指摘している。ことしの計画的な取水制限でも、『水不足状態』があった場合に、利水者からの要請によって、水供給を行うのが多目的ダム・長島ダムの役割なのだが、その出番はなかった。まさに扇状地内全体は安定した状態にあるのだ。  県は、有識者会議の指摘に反論できるような大井川流域の『水不足状態』を明らかにしていない。それなのに、有識者会議が「大井川の水利用の実態を踏まえていない」という不満を述べているが、その理由は明らかではない。  静岡新聞が見出しに採った『科学的正確性欠く』のは、どの点なのか?『トンネル掘削完了後の恒常時には、トンネルがないときには下流に地下水として流れ地表流出していた地下水の全量を、トンネル湧水として上流の地中深くで集め、それをポンプアップして導水路で大井川に流すため、導水路トンネル出口(椹島)では河川流量は工事前よりも少し増える。その下流では、地下水の地表流出が少し減少し、河川流量の増分が相殺される』という現象を重要視していないから、『科学的・工学的に正確性を欠く』と指摘した。  しかし、一体、誰がこの複雑怪奇な記述を理解できるのだろうか?一般読者は何が書いてあるのかさっぱり分からないだろう。  『地下水の地表流出が少し減少する』下流域とはどの地点を指すのか、また、どのくらい量であり、椹島下流のどこまで影響を及ぼすかなど何ひとつ明記されていない。また、そのような現象が見られる『科学的・工学的』根拠も示されていない。たとえそのような現象があったとしても、井川ダム下流の中下流域への影響はないと、県も認めている。それなのに、わざわざ「地下水の地表流出が少し減少」という曖昧な現象を取り上げ、疑問点として挙げたのだ。  有識者会議の議論を聞いていない読者らには、静岡新聞見出し『科学的正確性欠く』のみがダイレクトに伝わり、それを鵜呑みにしてしまう。一方的な内容の意見書は、知事選を想定した地元対策ではないか。それならば、意図は十分に理解できる。  まさに愚民政策を地でいくようなものである。しかし、それだけ川勝知事の危機感が強いのだろう。 「72歳」という年齢に危機感を抱く  今回の知事選で、川勝知事が危機感を抱く大きな理由は「年齢」である。ことし8月で知事は73歳となる。2年後には後期高齢者に突入する。4期目の終了で、満77歳となるのだ。  昨年12月、井戸敏三・兵庫県知事は75歳を区切りに次期出馬を取りやめることを表明、引退する。ことし2月、小川洋・福岡県前知事はがん治療を理由に71歳で辞職した。それぞれの健康状態は違うから、何とも言えないが、70歳(古稀)を過ぎたところで、ふつうは老年期に入る。  72歳の川勝知事は、違った意見を持っている。県独自の「ふじのくに型人生区分」をつくり、56歳~65歳を壮年盛期、66歳~76歳を壮年熟期にして、老年期ではない、と主張する。知事は「壮年熟期」の後半にいるから、まだまだ社会で元気に活躍する世代であり、知事職を担う年齢にふさわしいようだ。ただ、この「ふじのくに型人生区分」は健康寿命延伸のための目標であり、現在、静岡県の健康寿命では男性71・68歳、女性75・32歳と記されている。  平均の健康寿命から見れば、川勝知事の健康寿命は終えている。ちなみに、知事選出馬を予定する岩井氏は52歳で「壮年初期」としている。  毎日、1159段の階段を登って出勤する久能山東照宮の神職たちの定年は65歳、権宮司は70歳、宮司は75歳である。百歳まで現役の宮司や寺院住職もいるかもしれない。しかし、神職や学者らと違い、激務の知事職はなかなかそういうわけには行かない。どんな人間であれ「年齢」には勝てない。知事の不安のひとつが、「年齢」にあることは間違いない。  田辺信宏静岡市長が23日の会見で「(岩井氏は)若いのでよりよい県政を目指すという胆力で訴えてもらいたい」と述べ、川勝知事の「年齢」に暗に触れて、自民候補への支援を鮮明にしたことが印象的だった。  前回の2017年知事選では、静岡市を廃止する「静岡県都構想」をぶち上げて、川勝知事は田辺市政を批判した。今回のリニア問題でも折に触れて、田辺市長を批判、やり玉に挙げている。 「井川地区はほったらかしだ」を忘れていない  「年齢」を含めて、川勝知事は13日の出馬表明会見で、自身の健康状態などにひと言も触れなかった。知事は「オリンピックパラリンピックの成功」「コロナを機に医療産業を育てていく」「リニア問題を見据えて命と環境の世紀にふさわしい地域づくり」など「オリパラ」「コロナ」「リニア」の3つを公約に挙げていた。  知事選公約で忘れてはならないのは、静岡市を廃止、特別区を設置する川勝独自の「静岡県都構想」である。前回の2017年知事選では、知事は「静岡市は政令指定都市としては失敗事例。人口は70万人を切った。葵区は広く、(田辺市長は)南アルプスの裾野にある井川地区はほったらかしだ」などと痛烈に批判した。現在でも、川勝知事と田辺市長との関係は最悪状態だ。その最も大きな理由は、リニア問題に対する姿勢である。  田辺市長は2018年6月、リニアトンネル建設に全面的に連携・協力、JR東海は地域振興のために約140億円の県道トンネル建設を進めるなどとした基本合意書を金子慎JR東海社長と結んだ。田辺市長が知事への報告を無視したため、「寝耳に水」の川勝知事は激怒、田辺市長を”悪者”扱いをして、徹底的に批判した。リニア問題を議論する流域自治体から地元の静岡市を外してしまう。  ただ、考えれば分かるように、もし、田辺市長が知事に相談を持ち掛ければ、JR東海との基本合意を結ぶことはできなかっただろう。前年度の知事選で、川勝知事が「井川地区はほったらかしだ」と批判したことに反発、JR東海から過疎地域の振興を勝ち取ったから、井川地区の住民らは田辺市政を大歓迎した。  昨年11月27日、県リニア環境保全連絡会議が開かれ、地元の井川地区自治会、観光協会、漁協、山岳会の4団体代表が出席、意見を述べている。「田代ダムから山梨県に行く水問題もあり、ダムを使うなど知恵を使って解決してほしい」「JR東海が悪という報道は偏っている。過疎高齢化が急速に進んでいるので何とかしてほしい」「いまの技術ならば解決できるのではないか」「ダムによって、下流域の人たちは灌漑用水を受けている」などの意見が出ている。いまのところ、県は井川地区の意見をすべて無視したかっこうだ。  そもそも知事の「静岡県都構想」は掛け声だけで、「二重行政の解消」に取り組むと言うが、実際、全く何もやっていない。「井川地区はほったらかしだ」と言うならば、知事は、一体、何をすべきなのか?  井川地区では過疎高齢化が進む。そこに住む人たちが何を望んでいるのか?72歳で選挙戦にのぞむならば、知事は同じ高齢者の意見に耳を傾けてみてはいかがか。

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リニア騒動の真相80自民候補はどうなった?

川勝知事は4期目の知事選出馬を表明  川勝平太知事は13日の定例会見で4期目の知事選(6月5日告示、20日投開票)出馬を明らかにした。報道各社に出馬表明を予告していたから、通常は代表のテレビカメラなど2台のみだが、テレビ各社は独自取材のためにカメラを用意、また新聞各社は、複数の記者とは別にカメラマンを配置したから、会見場は大にぎわいの状態だった=タイトル写真=。  知事はコロナ、リニア問題は6月以降も長期的な対応が必要であり、各界各層からリニア問題に関して応援のメッセージが届き、6日には1千通余の署名を持って女性ファンたちの出馬要請があったのだという。また、県内各地あちこちで早く出馬表明をしてほしい、という声を聞いたことなど『リニア問題でそう簡単にわたしに代わる人がいないのであれば、自分がやるべき』として、出馬を決意したと説明している。  さらに、きょう(13日)届いた女性の手紙を紹介した。『川勝平太様、リニア問題などでさまざまな意見がある中で6月に行われる県知事選の前に、どうしても知事に伝えておきたいと思い、お手紙を書かせていただきました。国とJRだけのためのリニア中央新幹線。静岡の環境の未来のために川勝知事の今の強い姿勢をとり続けてほしいです。中途半端で不明確で利益しか考えていないJRに負けないでください。実はわたしは10年前に川勝知事に何度かお会いしたことがあります。そのころから県や国の政治について興味を持つようになりました。  18歳になった今、わたしは選挙権があります。まことに僭越ながら、知事は6月の県知事選に出馬してほしいと願っております。静岡を守るのは川勝知事しかいないと思っております』などと紹介した。  公職選挙法では「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的とし、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為をしてはならない」と定めている。もし、他の候補者が名乗り出る可能性を知っていれば、いくら何でも、このようなあからさまな自己宣伝はできなかっただろう。  会見に出席しているほとんどすべての記者はこの時点(13日)で他の立候補の動きをつかんでいないから、知事の自己宣伝に何ら疑念を抱かなかったのだろう。その証拠に、川勝知事の4期目はほぼ決まりと考えた記者の一人は「もし、このまま立候補がなければ県政史上初めての無投票の可能性がある。それについてどのように考えるのか」とまで質問したのだ。  知事は『静岡県の抱えている問題は日本の全体の問題に関わる。被選挙権、被候補者になる人が、政策論争をしているときではない、(他の立候補がないのは)そう考えているのでは』と回答した。このあと、1期目の2009年知事選で、7月5日投票の1カ月前の6月5日に出馬表明をしたことを紹介した上で、『これからやっていくために夢を持っている人がいることを知っている。わたしはうまくバトンタッチできればいいなと思っている』など(すでに4期目以降の)新たな知事への期待にまで話が行ってしまった。  ところが、翌日(14日)静岡新聞1面トップ記事が、自民の候補者擁立の動きがあり、「与野党激突の構図」を伝えたことで一変した。  自民県連が、国交省副大臣、岩井茂樹参院議員の擁立へ向けて最終調整を行っているのだという。前日のあまりに平和な知事会見を見ていたから、その驚きは人一倍、大きかった。 20日に岩井茂樹氏は立候補表明?  14日付静岡新聞の抜きネタを各社とも一斉に追い、15日付新聞各紙は『自民、岩井氏擁立へ 国交副大臣 現職と一騎打ちか 県幹部「勝算ある」』(朝日)、『リニア争点 与野党対決へ 岩井氏擁立、自民県連で急浮上』(産経)など1日遅れで報道した。取材に応じた岩井氏は「現段階ではコメントできない」など出馬の意向を避けた。  一方、15日付静岡は『知事選2021出馬の舞台裏』(下)で、上川陽子自民県連会長と中沢公彦幹事長が10日、岩井茂樹国交副大臣を擁立することで話し合いを行い、12日に本人に打診、13日に党本部に報告したという時間的な推移の舞台裏を明らかにしている。つまり、急転直下の擁立だったというのだが、「(自民県連は)不戦敗を含め川勝知事に3連敗中の自民はすでに臨戦モード」に入ったようだ。  前回の2017年知事選で、自民静岡支部などが支援に回った元五輪銀メダリストの溝口紀子氏が56万票だったのに対して、川勝氏は83万票だった。岩井氏は前回参院選で74万票の得票だから、勝機は十分などとの自民県連の”皮算用”まで紹介していた。15日に自民県議会議員全員、その夜には自民国会議員全員も岩井氏擁立を支持を決めて、岩井氏本人の立候補表明への準備は着々と進んでいた。  ところが、その動きはピタリと止まってしまった。18日になっても、岩井氏の立候補表明は行われていない。一体、何があったのか?  一部報道で派閥(竹下派)に反対の動きがあるのだというが、実際は、15日から訪米した菅義偉首相の帰国(18日)を待っているのだろう。自民党総裁でもある菅首相に裁可を仰ぎ、県連だけでなく、自民一丸で知事選に臨む体制をつくるのが筋である。自民が現職知事に負けられない選挙戦と位置づけるのならば、表明するのは、遅くとも、投開票日の2カ月前となる20日(大安)となるだろう。  静岡新聞では『リニア絡み官邸の影』という大きな見出しで、官邸が川勝知事のリニア対応に不満を募らせていると伝えたが、昨年10月17日の会見で、川勝知事が日本学術会議問題をきっかけに痛烈に首相批判したことを本人だけでなく、菅首相の周辺は決して忘れていないだろう。そちらの影響が大きいことは間違いない。  つまり、『官邸の影』があるとすれば、まずは『菅義偉という人物の教養レベルが図らずも露見した』『夜学に通い、単に単位を取るために大学を出た。学問をされた人ではない』などという、侮辱発言に対する個人的な恨みをどう晴らすのか、その返り討ちを岩井氏に託すのが、これまた政治家としての筋なのだろう。 知事交代がない限り、リニア問題は進展しない  リニア問題を取材していれば、今回の知事選が大きな転換点になる可能性を持つことがはっきりわかる。  昨年暮れ、川勝知事はリニアトンネル静岡工区で「工事凍結」宣言を表明するようJR東海に迫った。昨年6月にはJR東海社長、7月に国交省事務次官が県庁を訪れ、トンネル本体工事とは無関係の準備工事再開を要望したが、知事はトンネル工事の一部とみなして拒否した。知事がトンネル設置のために必要な河川法の占用許可権限を有しているから、彼らは知事に要望した。しかし、中下流域の「利水上の支障」を盾に認めない姿勢を崩さないから、手も足も出なかった。  その後、有識者会議が繰り返され、中下流域の表流水や地下水への影響はほぼないとの結論を出しても、県専門部会に諮り、地元の理解を得ることを知事は求める。水問題が決着しても、南アルプスの自然環境に問題ないことをすべて示せと要求する。中下流域への水の影響はほぼないと分かっていても、水一滴でも県外流出はまかりならぬという主張をメディアがこぞって報道すれば、有識者会議の結論などどこかに飛んでしまう。  川勝知事は、甲府までの部分開業や長野県への迂回を求める。  つまり、知事の座が変わらない限り、リニア問題の進展はないだろう。県職員たちは知事の意向に従っているだけに過ぎない。 「リニア工事」が選挙の争点か?  17日の国の有識者会議を傍聴していて、川勝県政であれば、今後、さらに4年間、有識者会議そのものが続いていくのも間違いないとわかる。  第11回有識者会議は「トンネル掘削に伴う大井川表流水への影響」がJR東海の想定するトンネル湧水量であれば、中下流域での河川流量は問題なく維持される、「トンネル掘削に伴う地下水への影響」は河川流量が維持されれば、中下流域の地下水への影響は、河川流量の季節変動や年変動に比べて極めて小さい。国交省作成の中間報告案に委員から異論、反論等は出なかった。今後も細部の修正のみが行われるのだろうが、大筋は変わらないはずだ。  今回の一番の山場は、静岡県地質構造・水資源専門部会長を務める森下祐一委員が、有識者会議の議論に異論を唱えたことだ。森下氏は上流域の水収支解析を行ったように、中下流域でもシミュレーションをつくり、同様の解析モデルをつくるべきではないか、と投げ掛けた。これに対して、他の委員からは、有識者会議の議論が中下流域への影響を問題にしているのであり、そこに悪影響が出ないと判断されたのだから、さらなるパラメーターを与える面倒な作業を伴う、新たな評価システムをつくる必要性はないなどと退けられた。  県専門部会であれば、森下氏の意見がそのまま通るのだろうが、地下水や水文学のトップレベルの専門家らによる有識者会議では、科学的、工学的な見地から森下氏の提案は完全に否定された。県委員でもある丸井敦尚氏も大勢についたから、森下氏以外はすべて徳永朋祥東大教授の意見に従ったことになる。ことばを変えれば、科学的、工学的な議論と言っても、専門家によっては意見は大きく違うのであり、客観的な物差しはトップレベルの学者たちがつくるのだ。だから、有識者会議の結論を県専門部会に諮るというのは順序から言っても、全くおかしいことになる。  有識者会議の議論は、その目的に沿って健全な意見が交わされていることがわかる。ただ、知事の十八番である「命の水」とされる中下流域の水環境への影響について、問題がないと有識者会議の結論が出たとしても、川勝県政は別のいちゃもんをつけることはすでに書いた。  県政記者クラブだからか、知事意見を鵜呑みにする記者も多い。有識者会議後の記者ブリーフィングでは、あまりにも恣意的な質問が飛び交い、有識者会議の議論とは遠く離れてしまい、質疑応答の時間も非常に長い。有識者会議で問題にならなかった異論、反論が続くのだから、翌日(18日)の新聞各紙は有識者会議の結論とは全く違い、国及びJR東海への批判一色に染まっている。  その根底に、JR東海のリニアトンネル工事は自然環境にとって「悪」という記者たちの思い込みがあるようだ。  『JR東海は約束だった湧水全量戻しを反故にした』、『リニアトンネル工事は大井川の水環境に影響を与え、南アルプスの自然環境破壊につながる』、『JR東海は利益だけのために工事を進めようとしている』、『公共工事(国家的プロジェクト、財政投融資3兆円を投入)はコロナ禍の中、ムダな事業となる』などJR東海は「悪」という思い込みで記事が作成されている。  自然環境に影響を与えない開発事業などありえない。だから、開発する側は「悪」とみなされる場合も多い。その利便性を享受して生活しているのも批判に立つ同じ人間たちである。ただ、今回のリニア工事の場合、静岡県への利便性は全くない。  川勝県政がこれだけ批判を繰り返す「リニア工事」が選挙の争点となって、もし、岩井氏が立候補するとしても、その対応は難しいことになる。政治家ならば、有権者の感情にどのように訴えるのか心得ているのだろうが、開発事業の推進者と見なされれば、女性たちからは強く反発を受けるだけだ。  政治とは科学的、工学的な議論をする場ではなく、県民の感情に訴える場である。岩井氏がどのような政治家なのか、大いに期待したい。

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芸術家・藤枝静男を知ってもらうために

藤枝静男が墨書した平野謙の愛唱詩「冷やかに」  昭和60年(1985)7月だった。『冷やかに水を湛へてかくあればひとは知らじな火を噴きし山のあととも』。藤枝静男さん自身が墨をすり、何度か新聞紙に試し書きをしたあと、わたしの持参したマット紙にさっと書き上げた。「詠 亡友平野謙愛唱詩」と添え書きした。自刻した印で落款を済ませれば完成だ。同じ詩を特製の原稿用紙に愛用の万年筆で何度か書いてもらっていた。墨書をお願いすると、何らためらうことなく受けてくれた。藤枝さんにとって、書くことも芸術創作のひとつだった。旧制高校時代からの親友、評論家平野謙の病床へ見舞った話もそれまでに何度も話題になった。  当時、藤枝さんは78歳で、わたしは30歳が目の前だった。まだ若く未熟であり、酒を飲んでは、大声を出して、けんかをしたり、毎日が『火を噴いている』状態だった。まさに自分にふさわしいことばであり、すっかり気に入ってしまった。おカネでは買えないわたしの宝物のひとつとなった。  詩の作者は生田長江という初めて聞く名前であり、翻訳、評論、小説などで明治、大正、昭和期に活躍、平塚雷鳥ら女性たちの支援者だったという。  7月初め、浜松支社から沼津支社への転勤内示(8月1日異動)を受けてから、ほぼ毎日、仕事の合間をぬって、藤枝静男さんの自宅を訪ねていた。表通りの眼科医院の裏側で、藤枝さんは奥様が亡くなられてからは、母屋にただひとりで住んでいた。玄関で大きな声で訪問を告げてから、2階に上ると、いつでも「ああ、君か、また来たのか?きょうは何の話だったかな?」が決まり文句だった。時どき、お手伝いの女性が現れて、お茶を出してくれたりしたが、ほとんどは藤枝さんと2人だけの時間が流れていた。  それまでの人生の中で、他人の話を聞くのが、こんなに楽しいと思えたことはなかった。こんなに素晴らしい経験と教養にあふれる人が世の中にいるんだなあといつも感心していた。  奈良の志賀直哉宅をはるばる訪れ、書画骨董好きの志賀さんのために購入したばかりの玉舟和尚の書を持参した話は文化欄の記事にした。せっかくの書を志賀さんからけちょんけちょんにけなされてしまい、差し上げるつもりだったのに、仕方なく、情けなく、浜松に持ち帰ったのだ。浜松在住の俳人、相生垣瓜人さんに上げたら、瓜人さんは大喜びされたのだという。記事では瓜人さんが玉舟のお礼に何かを贈ったことを書いたはずだったが、それが何だったのか、すっかり忘れてしまった。  当時、藤枝さんが書いていた原稿の題名に『今、ここ』とあった。『今、ここ』とは、時間を止めることはできない、どんなに大切な時間でも限りがある。出会いのときめきもあるが、必ず、別れのときが来ることをテーマにしていた。  平野謙愛唱詩も同じで、『火を噴いた』過去があり、いずれ、冷たい水をたたえる『今、ここ』の境地にいる。そして、この年になって気がついたのは、そのすべてが泡のように消えてしまうことだ。 「近代文学」の仲間たちとサワガニ  もうひとつ、とにかく、藤枝さんは気前がよかった。  その年の6月、舞阪町の弁天島で開かれた「近代文学」の仲間たちの会を取材した。長編小説「死霊」の埴谷雄高さんも出席していて、難解な思想小説の作者をイメージしていたから、とても怖い人かと思ったら、そんなことはなく、まだまだ『火を噴いている』最中のエネルギーに満ちた酔っ払いだった。藤枝さんより2歳若かったから、仲間たちの中でも人一倍元気だったのかもしれない。弁天島での年1回の仲間たちの会もすべて藤枝さんが提供していた。  その年限りで、弁天島の旅館が閉めてしまうから、会を休止すると藤枝さんは言っていた。ただ、休止する本当の理由は、藤枝さんの健康状態だった。「すぐにいろいろなことを忘れてしまう」と藤枝さんは正直に話していた。写真では、埴谷雄高の後ろで、藤枝さんは旧友の本多秋五と話しているが、友人らとの会話で古い記憶は確かでも、最近のことになると危なげだった。ぼけてしまい何もかもわからなくなることを一番、恐れていた。  藤枝さんはそれから、8年後に神奈川県の療養所で亡くなった。亡くなってから3年後に毎週1回、『浜名湖の恵み』という連載特集を担当、そのとき、再び、「近代文学」仲間の会と引佐町伊平地区のサワガニを紹介した。藤枝さんは「近代文学」の仲間たちと、伊平辺りまでドライブをして、たくさんのサワガニを捕まえ、空揚げにしてビールを飲んだことを随筆にした。藤枝さんが再び、10年後に訪れて、探してみたが、サワガニは見つからなかった。  当時(1996年)、いまから25年前、少なくなったと言ってもサワガニは捕獲されて、東京の料亭などにたくさん送られていた。わたしの写真でも、いっぱいのサワガニが映っている。現在、若い人たちで、サワガニを食べたことがある人はほとんどいなくなった。『浜名湖の恵み』では、ドウマンガニ(大きな泥ガニ)、ズガニ(上海ガニの一種)も紹介したが、サワガニは食べておいしいわけではなく、鮮やかな甲羅の赤を彩りとして楽しむものだったから、すっかりと消えてなくなっても話題にならないようだ。  多分、時間がたつとはそういうことで、周囲の自然も変わってしまっている。サワガニはまだ見ることはできても、食べる文化は忘れられるのも仕方ないことだ。  わたしたちが承知している自然環境の常識が若い世代には全く分からない場合も増えている。逆に、情報機器の急激な進歩にわたしたちはついていけない。だから、新しい世代によることばの意味がわからない文学作品が次から次へと生まれている。果たして、いまの学生たちが藤枝さんたちの「近代文学」を読んで理解できるのだろうか。 日本近代文学館に資料を寄贈  藤枝さんの書『冷やかに』と「近代文学の会」の写真などを公益財団法人日本近代文学館(東京・駒場)に寄贈した。渋谷駅から井の頭線で駒場東大前駅を降りて、住宅街に沿って5、6分歩くと、駒場公園があり、その一角に近代文学館があった。  近代文学館はその名の通り、明治以来の「近代文学」を収蔵しているそうだ。パンフレットを読むと、「収集・整理・保存」を業務に挙げ、「展覧会、講座・講演会」を開催している。  2018年開催した没後10年「小川国夫展」の立派な図録をもらった。そう言えば、静岡市の会社に入社したばかりのとき、小川さんの謡曲講座に通っていた。歌舞伎と違って、謡曲はちゃんと筋立てがわかっていないと見ていても何が何だかわからない。謡曲の舞台よりも、小川さんの話はとてもわかりやすく楽しかった。最後に小川さんを取材したのは、富士山世界遺産特集でインタビューしたときだった。小川さんの『新富嶽百景』(岩波書店)を読んで、初めて、若山牧水「富士よゆるせ今宵は何の故もなう涙はてなし汝(なれ)を仰ぎて」を知った。酔っ払って、ただ富士山を仰ぎ見ているだけで泣けてくる牧水がそこにいて、それが日本人の心情だと小川さんは教えてくれた。富士山を見ていて、突然、泣けてくるのが、日本人であり、だから富士山は、世界遺産などという他人様の称号がなくても、日本の象徴であり、霊山なのだ。小川さんにとって、富士山とは親しみであり、おーい、お富士さんと呼び掛ける存在だとも話してくれた。  小川さんの写真を探していたら、1996年、裾野・総在寺が創建されたとき、お祝いに訪れた立松和平さんの写真が出てきた。小説「遠雷」の自筆抜粋が刻まれた石碑の前に立っている立松さんを撮影した。最後に立松さんに会ったのは、2004年6月で、立松さんが堂主を務めた北海道の知床毘沙門堂建立10周年を祝う法要だった。  総在寺を建立した浦辺諦善さん(沼津・光長寺南之坊)、歌人の福島泰樹さんとの交流の中で、立松さんにもしばしば会う機会があったが、2010年、62歳で亡くなってしまった。法隆寺で修行中だったと浦辺さんから聞いたが、真偽のほどはわからない。  なぜ、こんな話に飛んでしまったかと言えば、浦辺さんが熱心な法華経信者だった宮沢賢治の資料を収集していたからだ。総在寺境内には「遠雷」文学碑とともに「雨ニモマケズ」詩碑が建立されている。  文学者の展覧会には人があまり入らないだろうが、宮沢賢治だけは違うようだ。「宮沢賢治展」には数多くの人が訪れる。 藤枝静男展を期待しています  2005年4月に、浦辺さんが手に入れた丸善特製の原稿用紙に書かれた賢治の手紙とはがきを賢治全集の編纂に携わる大学教授2人が沼津の光長寺で鑑定した。当然、肉筆に間違いなかった。   新発見の手紙は、盛岡中学の5年先輩から送られた手紙に対する賢治の返事だった。昭和3年(1928)に先輩は新興宗教の行者を気取って、賢治にいろいろアドバイスをしたようだ。手紙の最後には4行詩が書かれていた。『暑曇連日 稲熱続発 諸君激昂 迂生強奔』。やはり賢治を研究してきた大平宏龍・法華宗専門学校教授によると、「仏典などからの引用ではなく、賢治の創作の可能性が高い。毎日暑い日が続き、稲はイモチ病にかかり、農民らは怒り、(私は)農業指導のために走り回っている」と教えてくれた。  もうひとつの新発見のはがきは東京の詩人大木実に宛てたもので、やはり、昭和3年に起きた三陸沖地震への見舞いに対する返礼で、病床にあった賢治は地震の惨状も伝えている。  浦辺さんは高校を卒業すると、大阪で法華宗僧侶の修行に入るとともに、古書店で宮沢賢治の『グースコブドリの伝記』初版本を購入したのを皮切りに、『風の又三郎』『銀河鉄道の夜』などの初版本を集め、自筆書簡まで4千点余もの資料を集めている。  「世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない」。浦辺さんは賢治のことば通りの思想を広めるために「賢治文庫」を開設した。ただ、「賢治文庫」は一般に公開されていない。文学資料を公開して、多くの人に見てもらうのはなかなか大変なことなのだろう。  昨年6月から9月、熊本市現代美術館で「谷川俊太郎展」が開催、そのパンフレットが送られてきた。文学を展覧会として鑑賞させようという試みで、パンフレットを見る限りではおもしろく思えたが、コロナ禍の中、どれだけの人たちが鑑賞したのか、心配だった。文学を読むのではなく、楽しんで見せるのは非常に難しい。  小川国夫展に続いて、いつの日か藤枝静男展が開催されるのを期待したい。ぜひ、日本近代文学館を訪れて、藤枝さんの『冷やかに』を鑑賞していただければ幸いである。 ※タイトル写真は日本近代文学文学館事務局に寄贈した藤枝静男関係の資料など。電話03(3468)4181です。

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リニア騒動の真相79静岡工区差止訴訟への疑問

裁判所は「本人訴訟」を丁寧に教える  マンション管理組合理事長として、原告となり新たな管理組合員に対する管理費等の滞納金支払い請求訴訟を静岡簡裁に起こした。68万円という少額(ただし民事訴訟で「少額訴訟」と言えば、60万円以下の金銭の支払いを争う裁判を指す)のため、最初、訴訟代理人(弁護士)を依頼したほうがいいのか、知り合いの弁護士に相談してみた。弁護士は「いくら少額の訴訟であっても、手間などは同じであり、もし、依頼を受ければ、費用は68万円を超える」と言われた。他の弁護士にも聞いてみたが、100万円以下の訴訟について、よほどのことがない限り、弁護士は引き受けないようだ。  このため、弁護士に依頼しない本人訴訟を考えた。初めての裁判となるため、何度か裁判所に足を運び、訴訟の手続きについて教えてもらった。  請求額140万円以下ならば、簡易裁判所に訴えを起こすことができ、簡易裁判所では、訴訟代理人の弁護士に依頼しないことを想定しているのか、懇切丁寧に本人訴訟のやり方を教えていた。訴状の作り方を教える3枚複写の用紙(裁判所、被告、原告に同じものが必要)が用意され、そこにどのように記載していくのか、別紙で事例に沿って詳しく、説明されている。それぞれの項目に、注意事項も丁寧に記されていた。ただ、これだと、ボールペンで書くことになり、もし、間違ったりする場合には、もう一度、最初から書き直さなければならなくなる。また、紛争の要点(請求の原因)や添付書類を説明する欄も非常に狭かった。  手書きによる訴状ではなく、パソコンを使うことができ、ちゃんと納得いくまで確認した上で、体裁さえ、見本の訴状と同じになれば、問題なかった。紛争の要点についても、裁判官が理解できるようわかりやすく説明すると長くなるから、訴状全体では5枚程度になったが、こちらも、全く問題なかった。訴状に書かれていることが事実であることを示す証拠書類の写しなどを用意して、3月22日に静岡簡裁窓口に訴状を提出した。すぐに裁判期日が決まった。  これで、被告から答弁書をもらい、5月の第1回の口頭弁論を待つだけになった。実際に裁判を起こしてみてから、大井川流域の住民ら107人がJR東海を相手取った「リニア中央新幹線静岡県内工事差止請求訴訟」(民事訴訟)の訴状を読み返していたら、いくつかの疑問を抱いた。本人訴訟を起こしたことで、初めて気がついた点があり、工事差止請求訴訟に関する疑問を追及したい。 「訴訟物の価額160万円(算定不能)」とは?  昨年10月30日に住民らから提起された「リニア静岡県内工事差止請求訴訟」については、11月5日付の東洋経済オンライン『JR東海と県の対立あおる「静岡新聞への疑問」』、また、静岡経済新聞11月14日付『リニア騒動の真相62JRが”重大事実”を隠ぺい?』で記事にしている。2度の記事で、訴状に書かれたいい加減な内容について追及した。ただ、今回、本人訴訟を起こすまで、裁判について全く知らなかったことがあった。  10月30日、リニア訴訟提起後に原告団は記者会見を行い、参加者に訴状を配布している。また、当日、わたしは原告団の弁護士から同じ訴状をもらっていた。2つの訴状を見返してみると、そこに違っている部分があることに、いまになって気づいたのだ。  記者会見で配った訴状では、『訴訟物の価額160万円(算定不能) 貼用印紙類 ※空欄だった』であり、弁護士が提供した訴状では『訴訟物の価額1億7120万円 貼用印紙類53万6000円』となっていて、金額があまりにも違うのだ。  わたしの裁判では、請求額68万円が訴訟物の価額となり、貼用印紙類7000円だった。予納郵便切手5330円とともに用意して裁判所に提出した。貼用印紙類とは、裁判所に支払う申立手数料である。  100万円までは1万円であり、68万円は70万円までであり、7000円となる。これは非常にわかりやすい。ところが、リニア訴訟の場合、(算定不能)として160万円となっていた。  最高裁判所のHPでは、「財産上の請求であっても算定が極めて困難なものに係る訴えについては、訴訟の目的の価額は160万円とみなす」とある。リニア差止請求訴訟の訴状にある(算定不能)の160万円はこれを指すのだろう。それでは、弁護士が提供した訴状の1億7120万円は、どのように計算したのだろうか?  弁護士提供の訴状には、原告団すべての名前等が記されており、その人数は107人だった。人数分107人×(算定不能)160万円で、1億7120万円となる。これで計算すると、申立手数料53万6000円となるわけだ。1人当たり約5000円であり、これでは、わたしの裁判の7000円より安くなってしまう。  いくら何でも、静岡県内のリニア工事価額が1億7120万円であるはずもない。まず入り口のところで、裁判所はちゃんと、この訴訟が正しいのかどうか確認したのだろうか? 最低でも1億5000万円の申立手数料となる  訴状では、『被告は、静岡県内トンネルの約83パーセントの工事区間8・9キロを「静岡工区」とし、それよりも東側の工区を「山梨工区」、西側の工区を「長野工区」とする。しかし、被告が「山梨工区」及び「長野工区」とするものうちの一部は静岡県内における工事が含まれる。そこで、この「山梨工区」及び「長野工区」でありながら静岡県内である工区を含め、静岡県内で行われる中央新幹線工区を「静岡県内工区」とする(図1)』とあり、静岡工区8・9キロに山梨、長野工区の静岡県分を足した10・7キロを工事差止請求の対象としている。  また、「鉄道施設工事のうちの路線を構成する橋梁やトンネル、軌道など(通称「土木構造関係物」)に関する工事計画、電気設備や運行管理システムの電気設備を中心とする工事実施計画に基づいた静岡県内における全ての工事」を対象としている。  JR東海は、電気設備などの工事を抜いた線路延長285・6キロの工事費を4兆158億円を見込んでいる。これを単純に割ってみれば、1キロ当たり140・6億円が算出される。静岡県内工区10・7キロを掛けてみれば、約1504億円と計算される。電気工事設備は入っていないし、当然、リニア工事の最難関とされる南アルプスを貫通する工事なのだから、さらに多額の費用が掛かることは明らかである。「1504億円」は最低限の費用の目安と言える。  また、JR東海はゼネコンの大成建設に静岡工区8・9キロを発注しているのだから、裁判所の職権で静岡工区の請負工事額がいくらか調べることはできるだろう。まさか、1504億円などという少額ではないはずだ。工事用道路として使うためにJR東海の費用負担で整備している県道三峰落合トンネル工事は約140億円、市道東俣林道整備約80億円である。それだけの費用を本体工事とは別の準備工事に使うのだから、訴額の1億7120万円がいかに少額かはっきりと分かる。  原告団としては、支払う手数料が安く済むほうがよいから、山梨工区、長野工区の静岡県内工事を含めてしまえば、正確な算定できないと考えたのかもしれない。しかし、ある程度までの費用ならば算定可能である。裁判の入り口となる訴額なのだから、ちゃんと調べるべきではないか。  最低限の1504億円を訴額と仮定すれば、申立手数料は1億5642万円となる。原告団107人は一人当たり約146万円を支払うことになる。1人当たり5000円で起こした裁判と146万円を支払う裁判では重みも違ってくる。  「財産上の請求であっても算定が極めて困難なもの」かどうかと言えば、それほど算定が困難とは思えない。JR東海に資料を提出させれば、概算の数字は出るはずだ。  なぜ、裁判所は最も重要な訴額について調べた上で、訴状を受理しなかったのか?当然、いまからでも遅くないのではないか? 立証責任は原告にあるのでは?  もうひとつの疑問は、わたしの起こした訴訟では立証責任はこちらにあり、訴状にある事実を立証するための証拠書類の写しを裁判所に提出するところから始まった。リニア差止請求訴訟では、いまのところ、原告団が調べて明らかにした証拠書類等は提出されていない。  今回の訴状では「本件工事によって被るおそれのある原告らの不利益は広範かつ深刻なものである」として、「大井川の水量が大幅に減るおそれがあり、これによって大井川の水を生活用水や農業用水等として利用し生活してきた原告ら大井川流域の住民の生活に多大なる不利益が生じるおそれがある」などとしている。この他、南アルプスの普遍的な価値を毀損するから、自然を享受する利益が失われる、一方、リニアによって得られる利益はわずかな利便性であり、原告らに不利益を強いてまで進めるほどの公益はない、などしている。  不思議なことに、原告団から訴状を立証する証拠書類等は全く提出されていないのだ。南アルプスの地下400mを貫通するトンネル工事であり、住民側が不利益となる原因を立証することが困難を極めるのはわかる。そこでJR東海に不利益がないことを立証するよう求めているのかもしれない。  裁判とは別に、国の有識者会議、県の専門部会ではJR東海に中下流域への水の影響がないことなどの資料等を提出、説明させている。疑問点等を洗い出し、それぞれの分野の専門家で議論している。国の有識者会議でも中下流域への水への影響はほとんどないとしているが、それに対して、県は意見書を提出して、説明がわかりにくいなど反論している。そこには、訴状に書かれている事実がすでに過去のものとなり、新たな知見等が加えられている。  裁判所という司法の場でリニア問題の是非を判断してもらうならば、まずは、訴額の1億7120万円が適正なのか、そこから始めるべきではないか。実際の工事費とはかけ離れているのは、誰の目にもはっきりとわかるからだ。  リニア事業の是非までを、いくら優秀だとしても、わずか3人の裁判官がこれだけの訴状で判断するのはあまりにも難しい。多分、不可能だろう。原告団は本当に不利益を被ると考えるならば、少なくとも、申立手数料2億円程度を支払い、裁判所としてできる限りの調査を行い、判断をしてもらったほうがいいのではないか。 (※タイトル写真は静岡地裁、静岡簡裁の入り口)

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リニア騒動の真相78国交省の解決策は?

「全量戻しできない」JR東海は信用できない?   一体、これほどかみ合わない議論の原因はどこにあるのか?  国の第10回有識者会議が22日、開かれた。トンネル湧水がリニア工事期間中(約10カ月間)山梨県側に流出した場合でも、下流域の河川流量は維持されるなどの「中間報告(素案)」が提示され、静岡県専門部会の2委員を含めて、委員たちは報告案の大筋を認めた。ところが、翌日の新聞各紙の論調は全く違っていた。  23日付朝刊各紙は、『国有識者会議 湧水全量戻しならず JR代替案「10年~20年かけ」』(毎日)、『国交省専門家会議中間報告巡りJR 副社長「全量戻しできず」 副知事は反発』(静岡)などと伝えた。  報告案では「JR東海の施工計画では、工事の安全確保等の観点から、県境付近の断層帯を山梨県側から掘削するため、掘削工事の一定期間中は山梨県側へトンネル湧水が流出し全量戻しとはならない」と明記され、確かに「全量戻しできず」となっている。しかし、そのあとに「トンネル湧水が山梨県側に流出した場合においても、静岡工区で発生するトンネル湧水を戻すことで下流域の河川流量は維持される」と続く。つまり、『全量戻せなくても、下流域への影響はほとんどない』が報告案の趣旨なのだが、記者たちはそう考えなかった。  会議後の質疑でも、「全量戻しできるかどうか」が再び、焦点となり、宇野護JR東海副社長に確認していた。宇野氏は「元の位置に戻すのはでき得ない話。全量戻すという考えはない」などと述べた。  『国有識者会議 湧水全量戻しならず JR代替案「10年~20年かけ」』の大きな見出しをつけた毎日は『(中間報告案に)工事中の一定期間、山梨県側にトンネル湧水が流出することから「湧水全量戻しにならない」と記載した』と書いた。『JR副社長「全量戻しできず」 副知事は反発』の1面トップ記事の静岡は「全量戻しできない」JR東海の責任を追及した。  翌日23日の知事会見で、毎日記者は「リニア静岡工区の最大の問題は影響が大きいとか小さいとか、わかりやすい説明の以前に、山梨から戻す期間の説明に見られるように不都合な真実を積極的に明らかにしない事業主体のJR東海に対する不信感が最大の問題だ。そんな事業主体に影響がないとか、大丈夫だと言われても、一体だれが信じるのか?(川勝平太静岡県)知事はJRを信用できますか?」と質問した。毎日記者は、JR東海は”不信の塊”であることを公言して、知事の同意を求めているのだ。  さすがに川勝知事でさえ「記者が言われたような不信感を抱かせるような状態になっているのは、JR東海にとって残念なこと」などと逃げていた。(JR東海は信用できないという)予断を持てば、記事がどうなるかは推して知るべしだ。  「全量戻し」とは何だったのか?それをちゃんと理解していないのだろう。予断を持って取材に当たるのが毎日新聞社の方針としたら、あまりにも残念である。 「全量戻し」と「影響回避」のどちらが重要か?  2018年8月2日に静岡県中央新幹線対策本部長名で県が出した資料には『大井川水系の水は大井川水系に全量戻すこと。仮にJR東海が「社会的に理解可能で、県・流域市町・利水者が納得できる内容で、河川流量等への影響を特定でき、かつその影響を回避できる方策を提示できる」のであれば、協議会としてはその方策を認める』と書かれている。つまり、原則は「全量戻す」ことを求めるが、河川流量等への影響がなければ、認めるというのが県の姿勢だった。  「全量戻し」要求に対して、最初、JR東海は県外に流出する毎秒2㎥のうち、「1・3㎥を導水路トンネルから自然流下で大井川に戻し、0・7㎥は必要に応じてポンプアップして導水路トンネル等から流す」提案をしていたが、県は強く反発した。  両者の協議が進む中で、2019年7月3日の県資料は、2018年10月17日に『JR東海は「原則としてトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」ことを表明した』と書いている。その資料を読む限りでは、この時点での「全量戻し」とは、トンネル湧水2・67㎥の全量を戻すことを指していた。つまり、工事後、湧水全量戻しをすることで、問題解決のはずだった。  ところが、工事中の県外流出が問題として浮上した。  JR東海は、工事中の県外流出はやむを得ないことを県は承知していたと述べているが、県は、環境影響評価書の知事意見にある『トンネルにおいて本県境界に発生した湧水は、工事中及び供用後において、水質及び水温等に問題が無いことを確認した上で、全て現位置付近に戻すこと』を遵守するよう求めているだけだ、という。ただ、誰が考えても「工事中に発生した湧水を全て現位置付近に戻すこと」などできるはずもない。そもそもが無理無体な主張だった。  金子慎JR東海社長は25日の会見で、県が要求する「全量戻し」と大井川下流域の水利用への影響は全く別の問題であることを詳しく説明した。(10年から20年掛かる)県外流出の対応策案を示したのは、県が工事中の県外流出分の全量の水を戻すことを求めているからであり、最も重要なのは大井川の中下流域に影響を与えないことだ、と強調した。  だからこそ、第10回有識者会議の報告案に示された方策は、県が当初求めた社会的に理解可能で、ふつうであれば、納得できる内容と見るべきである。 有識者会議の中間報告に県は異常なほど反発  ところが、県にはそんなつもりは毛頭ないようだ。  23日の知事会見の中で、織部康宏県リニア担当理事は檀上で「JR東海は県外に流出しても、河川流量に影響がないと言っている。確かに工事中は、その時点で影響がないと思われるが、将来的に、地下水は県外に出る分は減るのだから、中下流域の表流水に影響が出てくると県は考えている」と珍妙な理屈で、有識者会議の中間報告に異論を述べた。  織部理事に確認すると、『2月22日に難波副知事名で国交省に提出した「提案」別紙に、県外流出による地下水の減少で、将来、中下流域への影響が説明されている』というのだ。   別紙には、静岡県の評価として『「導水路トンネル出口(椹島)では河川流量は工事前より少し増える。その下流では、地下水の地表流出量が少し減少し、河川流量の増分が相殺される」という現象が発生する影響があると思われる。それにもかかわらず、この現象を無視して「(トンネル湧水を山梨県側に流出させても、解析結果によれば)大井川の流量は増える」との説明には、同意できない』としている。  これが、「将来的な中下流域の表流水の影響とつながる」のか、さっぱりわからない。県の地下水の動きの評価は、15km下流の畑薙第一ダム下流まで及ばないとしているのに、織部理事はどのような根拠で中下流域まで影響が及ぶとしているのか?  また、JR東海資料では、静岡工区内のトンネル湧水は、河川流量の減少量よりも約2~3割程度多くなると予測している。有識者会議の報告案でも、静岡工区に発生するトンネル湧水によって、河川流量の減少が補われていることに留意が必要などと書いている。だから、中下流域の表流水が増えるのだろう。  会見で織部理事らの意見を聞いたあと、知事は有識者会議の中間報告案に強く反発した。とうとう福岡捷二座長を悪しざまに『御用学者』とまで批判した。約1時間半の会見時間の半分以上が、JR東海への批判一色に染まっていた。  翌日の24日朝刊では、読売のみが『知事「福岡氏は御用学者」 リニア有識者会議座長 交代にも言及』と伝えた。他紙は、『知事「工事に黄信号」 湧水全量戻し困難で』(静岡)、『工事自体極めて厳しい。黄信号 知事 湧水戻し案批判』(中日)などと知事の主張をそのままに報道していた。 いくら理屈で正しくても解決しない  山梨県外への流出分を500万㎥と想定して、JR東海が10年から20年掛けて戻す代替案はどうか?難波喬司副知事は3月9日の県議会委員会で「山梨県側は大量湧水が想定される(静岡県側の)県境付近と比べて湧水があまり出ない区間」と指摘していた。もし、静岡県に水を戻すとすれば、長期のスパンとなることを副知事は承知していたはずだ。初めて聞いて驚いているのは理解不足の記者たちだけである。  リニア山梨工区の工事の実績として、副知事の指摘通り湧水がそれほど出ていないことをJR東海は有識者会議で説明している。だから、計算上は10年から20年掛かってしまうと正直に話したのだ。毎日記者の言うように「不都合な真実を明らかにしない」というならば、わざわざ記者たちに説明することもしなかっただろう。単なる計算式による答えだから、不確実性を伴うが、記者の求めに応じてJR東海は丁寧に説明した。  22日の有識者会議、23日の知事会見、25日のJR東海社長会見と続き、その議論(囲み取材)が本質から遠く離れてしまい、虚しさがただよっていた。これではいつまでも無駄な議論が続くだろう。何か解決方法はないものか?  ああ、そうだ。最近、読んだ2冊の新書が大きなヒントを与えてくれた。『「年収1400万円は低所得」の真実』を訴える『安いニッポン 「価格」が示す停滞』(中藤玲著、日経プレミア新書)、片や、コロナ恐慌下での節約生活を伝授する『年収200万円でもたのしく暮らせます』(森永卓郎著、PHPビジネス新書)。  『安いニッポン』では、デフレで物価や給料が上がらず、世界で一番安い日本経済は停滞し、人材流出、高まるリスクの中で成長や発展が望めない日本を憂える。一方、『年収200万円』では、長期のデフレが続くから、お金を使わない生活が可能となり、100円ショップや回転ずしなどで十分幸せと大喜びだ。  一体、どちらが正しいのか、それは単に立ち位置や見方によって変わってくるだけである。日経新聞の購読者層は、上級国民や経営者らであり、成長を続ける世界の中で日本だけが置き去りにされ、大変なことになると不安でいっぱいだ。一方、大多数の下級国民たちは、いくら給料が少しばかり上がっても物価ははね上がり、生活物価がバカ高いサンフランシスコ並みになってしまうよりもいまの日本がずっといいに決まっている。  さて、リニア静岡問題はどうか?有識者会議の議論が続けば、中下流域に影響を与えない結論が示されるだろう。しかし、水問題の”主役”中下流域の人たちは、リニアができても、何のメリットも見えないから、理屈ではなく、万が一を想定して、織部理事のように反対を主張するだろう。  国交省がJR東海を指導してほしいのは、中下流域に影響がないという理屈の説明だけではなく、リニア工事再開を認めることによって、中下流域の人たちに何か素晴らしいメリットが生まれるという夢を与える話ではないか。  つまり、理屈ではいくら正しくても、全く別の立場から見れば、その理屈が違ってしまう。だから、理屈だけでは解決にはならないのだ。リニア静岡問題を一度、そういう視点から国交省は考えるべきではないか。

ニュースの真相

リニア騒動の真相77国交省はダムの話をすべきだ!

大井川最大の水問題を語ろう!  大井川最大の水問題とは何か?  「生命の水を守れ」ー川根本町、島田市の一部(旧川根町)の人たちの熱い思いを原稿にしたい。そう、ずっと考えていたところ、2019年3月末が期限だった中部電力の川口発電所(最大使用量毎秒90㎥)の国の水利権更新で期限切れから2年経過するのに、いまだ許可が下りていないことがわかった。河川法では更新許可に当たって、知事意見を求めることになっている。国からの書類が県に届いていないから、それ以前の審査がいまのところ続いているようだ。  事業継続は認められているから、これまで同様に発電所は稼働しているが、県は現在のままで「正常流量」にふさわしいのか、ちゃんと調べているのか?リニア問題で流域住民の理解が重要だと言っているのだが、県は、大井川の恩恵を受ける利水団体の下流域ではなく、水源涵養に取り組み、「水返せ」を求める中流域の住民の意見をちゃんと聞いているのか?  いまのところ、県は全く手をつけていない。  80年代、大井川で行われた全国初の「水返せ」運動を知る人たちも少なくなった。大井川には数多くの水力発電所が建設され、各ダムが導水管で結ばれている。当時、塩郷えん堤から川口発電所までの下流域は、年間約210日間も表流水がほとんど流れていない悲惨な”河原砂漠”の状況が全国に伝わり、大きなニュースとなった。流域住民と歴代知事が一緒になって、「水返せ」に取り組み、1989年3月、塩郷えん堤からの河川維持流量毎秒3㎥から5㎥を勝ち取った。それで、少しは改善したかもしれないが、昔の大井川を知る人たちからすれば、豊かな清流が戻ったとは決して言えない。  それから30年はあっという間に過ぎた。ようやく、新たな河川維持流量を議論する川口発電所の水利権更新の時期を迎えたのだ。更新期限となる2019年3月が過ぎてしまったから、住民たちは川勝平太知事は何も動いてくれなかったのか、と半ばあきらめていた。最近になってようやく、住民たちは水利権更新がストップしていることを知らされた。  21日東洋経済オンラインにアップされた『「静岡リニア」川勝知事、ダム取水になぜ、沈黙? 中部電力川口発電所、国の許可得ず稼働続ける』が記事化されたから、流域住民だけでなく、多分、知事も読んでくれただろう。  さあ、これで、「生命の水を守れ」川勝知事の新たな出番となるのか?鈴木敏夫川根本町長をはじめ全町民が知事に期待しているのだ。 導水管で「河川流量」維持は全く問題ない  東洋経済オンラインの記事を読めば、「水返せ」が大井川最大の水問題だとわかってもらえるだろう。それなのに、リニア問題を伝える報道はダム問題に全く触れようとしない。それでは、読者は「河川流量」の本当の意味を理解できないだろう。  21日静岡新聞朝刊1面『中下流域の地下水 表流水維持で「影響小」』という大きな見出しの記事を読んでみれば、それがはっきりとわかる。大井川の表流水のほとんどは、導水管を流れていく。「水返せ」をちゃんと理解していれば、表流水は維持され、下流域の利水に影響ないこともはっきりとわかるはずだ。  記事は、第8回、9回の国の有識者会議で福岡捷二座長が「中下流域の河川流量が維持されれば、中下流域の地下水量への影響は極めて小さいと考えられる」との見解を示したことに触れている。リニア工事との関係で議論されているが、当然、導水管で川口発電所までつながっているから、河川流量は維持され、下流域の利水は担保されている(詳しいことは、東洋経済オンライン記事)。  沖大幹東大教授が一度、長島ダムの役割に触れていた。井川ダムから奥泉ダム、大井川ダム、塩郷えん堤、笹間川ダムを経て川口発電所に導水管で結ばれている。長島ダムで貯水された水は、井川ダムの水位が下がり、大井川広域水道などに影響の可能性があると思われるとき、放水される。導水管で川口発電所まで運ばれ、いざという時、長島ダムが下流域の利水ための役割を果たすのだ。  静岡新聞記事は、ただ単に会議での生の議論をそのまま伝えるだけだから、一般読者にはチンプンカンプンで、一体、何を言いたいのか、さっぱり分からない。これでは、JR東海の工事で河川流量に大きな影響が出るという印象操作をしたいだけなのか、と疑ってしまう。  記事の最後に、『難波喬司副知事が「河川流量が維持されるとの前提条件付きだ。維持されなければ中下流域の地下水がダメージを受けると言っているのと同じ」と指摘した。改めて、トンネル工事に伴う湧水全量戻しの議論が重要になるとの考えを示している』となっていた。副知事は立場上、「山梨県境の湧水全量戻しは重要」と発言するだろうが、下流域の地下水等に影響はほとんどないことを承知している。  そもそも、中下流域の水問題への影響が、リニアトンネル掘削工事で最大0・05億㎥から0・03億㎥(10カ月間の工事期間中)の山梨県外流出と関係するなど有識者会議で一度も議論されていない。川勝知事の「水一滴も県外流出はまかりならぬ」発言に対応するため、JR東海は県外流出対策を有識者会議に提案している。  記事では、JR東海が提出した、1つの水循環図を使っているが、肝心の川口発電所を削除していた。また、井川ダムから長島ダム、大井川ダム、塩郷えん堤、笹間川ダムを経て、川口発電所を導水管で結ぶ、別のわかりやすい2つの水循環図(1つは拡大図)をJR東海は資料として提出している。なぜ、こちらを使わないのか不思議である。  この2つの水循環図を使い、読者に説明すれば、中流域と下流域の水問題が全く違うことを分かってもらえただろう。印象操作とともに、話を複雑化しようとしている。  国交省鉄道局が複雑怪奇にしている  専門性が高く、ある程度、わかりにくいことは仕方ないが、リニア問題をこれだけこじれさせているのは、問題を整理して、シンプルに解決の方向に導く”必殺仕分け人”のような人材に欠けているからだろう。国交省がその役割を果たすはずなのに、もしかしたら、話をさらに複雑怪奇にさせているのは、当の国交省かもしれない。  3月14日、島田市で開かれた国交省と大井川流域10市町の意見交換会(非公開)の後、上原淳国交省鉄道局長、江口秀二審議官が会議の内容を説明した。続いて、島田市、牧之原市、藤枝市、吉田町の4首長が相次いで囲み取材に応じた=タイトル写真=。記者たちの質問を聞いていて、何だか話がおかしい方向に進んでいると強く感じさせた。  会議の趣旨は、第9回有識者会議の福岡座長コメントについて、国交省が分かりやすく説明することだった。今回の会議のために資料を作成、江口審議官らが10首長に中身を詳しく解説した。  ところが、国交省が作成した資料の中で「解説3:工事期間中のトンネル湧水の県外流出に対する対応策」を読んで、首をかしげてしまった。「流出量の全量を大井川に戻す代替措置として、先進坑貫通後に県外流出量と同量の山梨県内のトンネル湧水を時間をかけて大井川に戻す方策」を図に示して、説明している。  「これらの方策の実施に関しては、今後、JR東海が静岡県や流域市町等との間で協議されるものと考える」。これが国交省のコメントである。わざわざ「流域市町等」と書いてある。流域市町とは、当然、意見交換会に参加している10市町を指すのだろう。  有識者会議の議論では、JR東海が想定した「流域市町」とは、山梨県の自治体だったはずだ。それなのに、国交省の資料は「大井川中下流域の10市町」を指していた。「水一滴」問題までJR東海は、大井川流域市町と協議しろということになっている。  流域市町との話は「中下流域の河川水量の減少」「中下流域の地下水量の減少」に限定すべきだ。そのテーマに沿って、ちゃんとわかりやすく説明をして、流域市町にほとんど影響のないことを理解してもらえばいい。山梨県外へ工事中の10カ月間、最大0・05億㎥から0・03億㎥の湧水が流出しても、「中下流域の河川水量の減少」に影響はほとんどない、という有識者会議の結論をちゃんと説明すればいい。  会議後の囲み取材に応じた4首長に「有識者会議では下流域の地下水への影響はほとんどない、という結論の方向だ、みなさんは知事と同じで水一滴の流出も容認できないのか?」と聞いた。染谷絹代島田市長が「そういうことではない」と答えていたが、回答は曖昧であり、さらに「下流域の水問題への影響だけでなく、南アルプスの自然環境も問題」など生物多様性にも触れていた。県と同じスタンスであることを強調したかったのだろう。「水返せ」の川根本町の立場が最もわかりやすいが、各市町とも事情は全く違う。  ダムの導水管問題、水利権許可は利水団体にも関係してくる。鉄道局だけでなく、中部整備局担当者も流域市町との意見交換会に出席してもらうべきである。  単に、有識者会議の議論を説明する意見交換会では前に進まない。国交省はダムの問題をテーマにすべきであり、そうすれば、解決への糸口も見えてくる。 「飲水思源」の思想に立ってみよう  流域10市町長は20日、静岡市で「流域住民の理解と協力を得ることなく、リニア工事着工をしないよう」求める要望書を宇野護JR東海副社長に手渡した。要望書の内容は県と打ち合わせた通りなのだろう。  しかし、これは一体、何なのか。もし、南アルプスの自然環境保全までJR東海に求めるならば、大井川の水の恩恵を受ける下流域の自治体は、水源涵養などで応分の負担もすべきである。  静岡市井川地区の人たちは、早期のリニア工事着工を要望している。上流と下流の経済格差や過疎の貧しさを十分に承知しているのは、中流域の川根本町の人たちかもしれない。JR東海は当然、流域のための地域貢献べきである。ただ、単にリニア工事の説明に訪れても、流域の住民たちは聞く耳を持たないかもしれない。  知事は何度も、川根本町千頭と井川地区を結ぶ市道閑蔵線トンネル建設をJR東海に求める発言をしていた。県、静岡市、JR東海が3分の1ずつの費用を負担して、閑蔵線トンネルを建設することが望ましいが、流域10市町は一体になって、閑蔵線トンネル建設を要望すべきではないか。水の恩恵を受ける人たちは、その源流を守る人たちに感謝しなければならない。「水返せ」を理解することも同じように重要である。  国交省が主体となって、シンプルに解決の方向に話を持っていくべきである。JR東海を指導するとはそういうことではないか。

ニュースの真相

”W不倫報道”静岡新聞社長「創業以来の最大危機」

静岡放送社長辞任の意向は”藪蛇”だった  3月5日発売の週刊誌フライデー(発行部数約25万部)は、『平日昼間から一緒に酵素風呂、手をつないでディナーへ その後、「別宅」で密会し、週末にはゴルフ旅行ー「静岡放送社長と女子アナがW不倫」の衝撃写真』をスクープした。前日(4日)夕方からヤフーニュースが内容の一部を紹介すると、紙媒体の雑誌をはかるかに上回る百万超のアクセスとなり、静岡新聞、静岡放送の大石剛社長(51)は全国的な注目を集めることになった。  翌日(6日)には、静岡新聞は「お詫び」を掲載した。『(大石社長は)「報道されたような不適切な関係は一切ありませんでしたが、今後は誤解を与えないような行動を取るように注意してまいります」とし、責任を取って静岡放送社長を辞任する意向です』と書かれていた。  「W不倫」という不適切な関係は一切なく、行き過ぎたスキンシップで誤解を与えただけだと言うのだ。”密会用”マンションや一泊二日のゴルフ旅行などが事実とすれば、そんな言い訳が通用するとは思えない。  朝日、毎日などの一般紙も一斉に、大石社長が8日にも静岡放送社長辞任を発表すると伝えた。当然、「W不倫」報道がきっかけだとも書いている。実際には、「W不倫」報道に対する批判があまりにも多かっただけに、静岡放送社長辞任で何とか”火消し”を図りたかったのだろう。逆に、一般紙が報道するきっかけをつくってしまった。”火消し”どころか、全く事情を知らない県民にもあまねく知らせることになり、静岡放送社長辞任の意向は”藪蛇”だった。  「お詫び」は、静岡放送社長辞任の意向のみを伝え、静岡新聞社長辞任を否定した。フライデーは新聞社社長ではなく、放送会社社長、アナウンサーの「W不倫」のほうが読者が食いつきやすいと考えただけだろう。  静岡放送は、静岡新聞と管理、営業部門等すべて一体で、新聞記者が突然、放送記者となったり、垣根のない同じ会社である。静岡放送社長を辞任しても、大石社長の強大な権力はそのままである。静岡県外の読者は静岡新聞、静岡放送の特殊な事情を知らないだろう。静岡放送社長辞任を正式発表しても、大石社長に何らのペナルティもない。放送、新聞とも同じ会社なのだから、記者たちは、なぜ、静岡新聞社長辞任をしないのかを、尋ねるべきだ。  大石社長は、昨年12月1日の創立記念日(静岡新聞の創立記念日だが、ラジオ、テレビの静岡放送も同じ日を共有する)に新聞、放送の全社員に向けたメッセージで『創業以来の最大危機』を訴えた。  「W不倫」報道で事情は一変した。「不適切な関係」や「行き過ぎたスキンシップ」といった「W不倫」報道の中身ではなく、社員たちが、雑誌フライデーにリークしたことを『創業以来の最大危機』と呼ぶべきだろう。  フライデーの誌面では『(大石社長が)社員に「てめえ、トバしてやる!」と言い放ったのは有名な話。社長のパワハラのため、ここ数年、どんどん社員が辞めています』などと書かれている。  静岡新聞、静岡放送の社内でひどいことが起きていることだけが分かる。一体、何が起きているのか? 静岡新聞の改革は「待遇の改悪」  2020年10月10日の週刊ダイヤモンドが特集『地方エリートの没落』で、静岡新聞を取り上げた。ツイッター上にアカウントを開設した「静岡新聞 リニア大井川水問題を解説!」の静岡県庁「御用新聞」批判から始まり、オーナー会社(大石家が静岡新聞、静岡放送の株の大半を有する)の社風を揶揄(やゆ)している。  昨年9月20日の週刊サンデー毎日では、下山進の「2050年のメディア」連載第26回で、静岡新聞を取り上げた。こちらは、『NYT(ニューヨークタイムズ)と静岡新聞イノベーションリポート 何が違うのか』のテーマで、大石社長をインタビューしている。  「静岡新聞が今、日本全国の地元紙から注目をあびている」と期待を抱かせる始まりだったが、中身は違っていた。NYTの調査リポートをまねてつくった『静岡新聞イノベーションリポート』に、下山はずっこけてしまい、意味がよく分からないと嘆いているのだ。  <「紙かデジタルか」という話をするつもりはありません。私たちは「デジタルファースト」になるのではない。「ユーザーファースト」になるのです>という新聞社らしくない難解な文章は、読者を混乱させるだけで全く無意味だとインタビューの中で、下山は暗に批判している。  具体的に何をやりたいのか、全く分からないと首をかしげる。2ページ連載で、大石社長の写真説明の、「執務の服装もシリコンバレー風。スーツではない。役職定年とそれに伴う給与の引き下げを実行する」だけが具体的だった。要は、「待遇の改悪」を図ることが「静岡新聞イノベーションリポート」だと、におわせている。「給与の引き下げ」はすでに行われたのだろう。  これでは、社員たちが怒るのもやむを得ないだろう。 『泥船に乗ってもらう』と社員を脅す社長  「W不倫」報道の原田亜弥子アナウンサー(40)が、イノベーションリポートに関する一文を書いていた。  『Fail Fast Fail Often 早く失敗しろ! たくさん失敗しろ! 職業柄失敗は許されない精神で来た私にとっては衝撃的な言葉でした。でも失敗していないということは、裏を返せば、毎日言われたことしかやっていない、出来ることしかやっていないということ。一瞬聞けば当たり前のような言葉ですが一つ一つの講義を重ねていくと今までの自分の生き方、仕事のやり方全てにおいて考えさせられました。今変化しようとしている会社と共に自分自身も変わりたい。失われた時間をやり直すことは出来なくても、取り戻すことは出来るのではないかと確信しました』  「自分自身も変わりたい」。昨年9月、掛川で5日間、行われた「ブートキャンプ」に参加した原田アナが成果をつづった感想である。「ブートキャンプ」とは、アメリカの軍隊式訓練だが、静岡新聞、静岡放送が「ブートキャンプ」と呼んでいる意味は不明。原田アナと大石社長が懇意になったのも、「ブートキャンプ」がきっかけだとすれば、今回の報道が結果であり、原田アナの生き方、仕事のやり方すべてが変わるだろう。  とにかく、「ユーザーファースト企業」をはじめ、「ブートキャンプ」など何をしたいのか、分からないのが、静岡新聞、静岡放送の企業改革のようだ。  昨年12月1日の創立記念日に、大石社長は現在、『我々は未曽有の危機、創業以来最大の危機』にあり、『もし、この危機を全社員一丸で乗り越えなければ、「泥船に乗ってもらう」選択しかなくなるだろう』と述べていた。それに続いて、1月11日の新聞では、『静岡新聞SBSは、マスコミをやめる。』というセンセーショナルな全面広告を4ページにもわたって掲載した。それが一体、何なのか、読者には全く伝わらなかった。  下山進のように部外者ならば、「分からない」と言っても許されるが、社内で、「分からない」「意味不明」と言えば、「トバされる」のだろう。  『泥船に乗ってもらう』と社員たちを脅す社長はあまりいない。だから、社員の有志が、大石社長に静岡放送、静岡新聞の社長を辞めて、訳の分からない企業改革から手を引いてもらいたいと願い、フライデーにリークしたのだろう。 創業者大石光之助はかっこういい新聞人だった  わたしは2008年まで、30年間、静岡新聞社に勤務した。大学時代のゼミ「1930年代の思想の研究」で、地方の新聞人、桐生悠々(1873~1941)をゼミ論のテーマにした。一番有名な論説「関東防空大演習を嗤う」で、悠々は信濃毎日を追われるが、生きざまとしてはかっこいい新聞人の理想を貫いた。  静岡新聞社を辞めたあと、2009年に雑誌「静岡人」第2号「久能山東照宮」特集号を発刊した。その中に、静岡新聞創業者の大石光之助(1896~1971)を取り上げた。桐生悠々ほど知られていないが、全国一の安売り新聞をつくった大石光之助もかっこういい言論人だった。  13歳で徳富蘇峰の書生に入った大石光之助には数えきれないエピソードがある。合理主義者であり、名目を軽蔑し、名声という空虚な飾り物に反発したから、一般にはほとんど知られることはなかった。  そんななかで、東條英機の家族への物心両面での厚い支援、東京裁判のA級戦犯、拘置中のB、C級戦犯らがひもじい思いをする中で、さまざまな物資を送り、弁護団長の清瀬一郎を支えたことは特筆に値する。敗戦後、一夜にして逆賊になった東條は無謀な戦争の元凶、国を亡ぼした罪人とされ、マスコミは国民感情をあおりたて、東條らに憎しみと非難を集中させた。大石は正義心と反骨から、敢然として援助の手を差し伸べている。  勝者が敗者を断罪するのが東京裁判だったため、国際法、国際正義は無視され、A級戦犯のみに責任を押しつけた。東條の弁護を引き受けようとする弁護士がいない中で、日本を弁護するという立場で引き受けた清瀬の弁論を一貫して静岡新聞は掲載している。現在とは違い、静岡新聞の論調はマスコミ一般の傾向とは正反対を貫いていた。東條未亡人は大石の死後、雑誌婦人公論に東條一家を守った大石の「陰徳」を発表している。  東京裁判のあと、戦後の三大冤罪事件とされる、静岡県の幸浦、二俣、小島の3事件では、清瀬が弁護団長を務め、大石の静岡新聞は全面的に清瀬の弁護を支持する論調を掲げ、無罪を勝ち取るために戦った。  ユニークなのは、その経営だった。他の新聞社と違い、専売店を持たず、販売を中央紙の専売店に任せた。中央紙がカルテルを結んだルールに逆らい、1千円以上もの安売りで部数を伸ばしたが、業界の”ギャング”と呼ばれ、各社に嫌われた。30年ほど前、わたしは中央官庁の記者クラブに加入するために、地方紙の東京支社にあいさつに回ったが、安売りの静岡新聞はクオリティーペーパーではないと、何度も非難された。   わたしが静岡新聞社にいた時代、大石イズムはほんの少しだけ残っていた。幹部役員は他の社員たちよりも早朝に出勤して、他の目に見えないところで働くよう指示されていた。幹部役員が早朝、清掃を行い、偶然の来客者はその姿を見て驚いたという話をよく聞いた。  静岡新聞は給料等すべて男女同権であり、印刷、工務など現業の職場の人々と大卒の新聞記者との給料格差のない(年齢で同じになる)現在では考えられない会社だった。家族主義と呼ばれ、協同組合的な観念で社員を大切にするのが大石イズムのモットーだった。(※いまは違います)  「まことに空しきものは名なり、真に大切なものは実体なり」と大石は日ごろ言っていた。『創業以来の最大の危機』が何かは分からないが、もう一度、大石イズムをちゃんと理解すべきだ。 ※タイトル写真は、2020年12月1日の静岡新聞創立記念日で、全社員にメッセージを送る大石剛社長(静岡新聞の@エスのHPから)

ニュースの真相

リニア騒動の真相76”印象操作”にだまされる!

知事発言には”事実”チェックを!  川勝平太知事は24日の会見で、JR沼津駅鉄道高架事業に伴う、原駅周辺の貨物駅移転先での行政代執行(強制収用)で明け渡しを拒否していた地権者の久保田豊さん(81)を、昨日(23日)訪問、謝罪したことを明らかにした。この訪問についての知事の話は、目まぐるしくあちこちに飛び、とりとめがなく、何を言っているのか理解するのは非常に難しかった。それでも、最後に知事は「帰り際に(久保田さんと)ひじタッチをして、にこやかにお別れした。(久保田さんは)ずっと丁重に見送ってくれた」などと敵対していたとばかり思っていた久保田さんと関係修復ができ、久保田さんの信念等をほめたたえ、終始、友好ムードだったことを強調した。  同行した鈴木俊直秘書課長が知事に代わって檀上に立った。鈴木課長は「これ(行政代執行=強制収用)は知事が悪いわけじゃないんだからというようなお言葉を(久保田さんから)もらった。本当に5分程度の立ち話だったが、このタイミングで会っていただいてよかった」など知事発言を補強をした。この話の通りであれば、”美談”のひとつだったかもしれない。  ところが、事情は大きく違っていた。翌日(25日)新聞各紙は知事の発言から”美談”記事として取り上げていたが、毎日新聞のみ久保田さんに直接、確認した上で、知事訪問の”真実”を伝えた。  毎日記事では、【久保田さんは「知事は冒頭、『すいませんでした』と謝ったが、あとはペラペラと勝手にしゃべっただけだ。早口で何を言っているのかよく分からなかった。私がどうこういう暇もなかった。突然、来て5分もいたかどうか」と説明。「『握手しましょう』と言うから、ケンカするつもりはないのでひじで握手した。しかし、知事に対して裏切り者で許せないという思いは今も変わらない」と心情を語った。  知事の訪問の動機については「会った、顔を見せたという実績づくりのためだろう」と推測した】。毎日新聞を読めば、知事発言は眉に唾をつけたほうがよいことがわかる。  ただ、各紙の記者たちは知事の一方的な話を鵜呑みにして、そのまま報道した。読者、視聴者は数多くの報道を比べて確かめることはない。ファクトチェックはメディアの責任であるからだ。  今回の場合、当初、「絶対強制収用をしない」「貨物駅は不要」などとと啖呵(たんか)を切って、反対者から強い支持を得ていた川勝知事が約5年後に豹変、10年以上を経て、とうとう強制収用に乗り出したのだ。強硬な反対派、久保田さんが知事の突然の訪問を歓迎したという話に疑問を抱くのがふつうである。  知事会見の席では確認しようがない。さらに、秘書課長が知事の側に立って、異例の発言を行ったから、疑問を唱える記者もいなかった。一番気になったのは「知事が悪いわけじゃやない」(鈴木課長)という、久保田さんが知事に許しを与えたかのような発言だった。  権力者の知事が強制代執行を決めたあと、いずれ元地権者に面会すると記者たちの前で約束していた。久保田さんの指摘通り「会った、顔を見せたという実績づくり」が欲しかったのだろう。両者の話で合致している「5分足らずの訪問」がすべてを物語っている。  ”印象操作”とは相手に与える情報を取捨選択して、恣意的な伝え方で都合のいいように誘導することだ。メディアはまんまと知事の術中にはまってしまった。リニア問題でも、知事の”印象操作”に注意しないと結局、誤報となってしまうことが多い。 「座長コメント撤廃」を求めた川勝知事  第8回有識者会議について、2月14日付『リニア騒動の真相74「座長コメント」撤廃する?』で取り上げた、知事の9日の記者会見での発言をもう一度、振り返ってみよう。  第8回有識者会議が2月7日開催、会議後に出された福岡捷二座長(中央大学研究開発機構教授)のコメント「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」に、県庁で傍聴したした難波喬司副知事が「河川流量が維持されることはない。納得できない」などとすぐに反論した。各紙とも難波副知事の発言をそのまま報道した。  難波発言に呼応したのが、9日の知事会見だった。知事は「これまで座長コメントに厳しい批判があるにもかかわらず、座長コメントが相変わらず出されている。今回のコメントは要らない。蛇足だと言うこと。座長コメントは明らかに事務官が書いている。だから、座長コメントはなしにする。座長コメントはやめなさい。事務官奴隷になるような座長というのは、福岡さん、今までの学業は泣きますよと申し上げたい」などと厳しく批判、「座長コメント」撤廃を求めていた。知事発言を聞いていれば、座長が勝手に「山梨県側へ流出しても、椹島よりも下流では河川流量は維持される」と言ったように聞こえてしまう。  静岡新聞は「県は近く、国交省に座長コメントの撤廃を要請する文書を送付する」と伝えた。15日に国へ送る文書の素案について、県地質構造・水資源専門部会で了解を求め、22日に難波副知事名で「リニア有識者会議における今後の議論に関する提案」という文書を国交省へ送っている。  同文書では「トンネル湧水量を大井川に全量戻す時は、椹島より下流側の河川流量への影響はほとんどない。また、トンネル湧水による地下水への影響についても、畑薙第一ダムを超えて及ぶことはほとんどない」というのが(静岡県の評価)だった。難波副知事の「河川流量が維持されることはない。納得できない」という発言は影を潜めた  まして、川勝知事の「座長コメントを撤廃せよ」は影も形もない。知事会見を受けた10日付各紙は、『知事「座長談話」ずさん 国交省の運営を批判』(毎日)、『座長コメント撤廃を 国交省会議巡り 全面公開も要求』(静岡)、『県「流量維持 撤回を」 座長コメント巡り見解 国交省送付へ』(中日)などの見出し、記事を書いている。知事会見の内容は大きく伝えたのに、県の送付文書を正確に伝えた社はどこもない。知事の発言に比べて、あまりにも分かりにくかったからかもしれない。  メディアは知事の”印象操作”ばかりを伝える。流域の住民をはじめ県民の多くは新聞、テレビから情報を得ている。「座長コメントの撤廃」を求めた紙面は非常に大きく、読者の思考はそこで止まってしまっている。 第9回有識者会議の座長コメントは?  第9回有識者会議が2月28日、開かれた。座長コメントはどうなったのか見てみよう。3時間近くに及ぶ会議後に、今回も座長コメントにまとめられた。座長コメントと会議の中身を確認してみよう。  中下流域の河川水量の減少(水質への悪影響)、中下流域の地下水量の減少(水質への悪影響)について、a、地盤、b、気象、c、設備、d、施工の4つの要因から、どのようなリスクがあるのか顕在化させ、そのリスクへの対処について、JR東海が説明した。東日本大震災のような顕在化されない千年に一度のハザード(偶然性の強い危険要素)については話し合っても、解決策は見い出せないが、顕在化できるリスクについては対応できることが明らかになったのだ。  座長コメントでは『トンネル湧水を大井川に戻すにあたり、設定されるトンネル湧水量や突発湧水量等が不確実性を伴うことから、地盤状況の差異、気象や災害、設備故障等のリスク要因と、水量や水質に対するリスク対策の考え方について議論した』となっている。まさに、その通りだが、新聞記者の頓珍漢な質問を聞いていても、これだけを読んで理解できる流域の首長はいないだろう。  今回の会議で注目したのは、静岡、山梨県境の断層帯での工事法についてである。県は、山梨県側から上向き掘削で恒常湧水だけでなく、突発湧水を想定した上で、5百万㎥(10カ月間)流出と推定しているのだから、静岡県側から下向き掘削でもできるはずだ、と主張してきた。  JR東海はNATM工法で静岡県側から下向きに掘削する工法について、山梨県側への湧水流出はなくなるが、作業員の安全性を図ることができず、経済性にも疑問点が多いこと、また、TBM、シールド工法など最新の掘削機械を使った場合には、技術的に実現可能性が低いことを説明した。  座長コメントでは『山梨県境付近の断層帯のトンネル掘削については、JR東海により複数の工法について施工上の安全性等の観点からの評価が行われ、事業主体としては静岡県側からの掘削は難しいことが示された』となっている。この通りであるが、会議後に質問する記者は、座長コメントは誤解を招く恐れがあるなどと指摘していた。  座長コメントとは、議論の概略を簡単に記したものだから、もともと専門知識のない首長はじめ流域住民は当然、誤解を招くどころか、理解できないかもしれない。だから、会議を傍聴した記者がかみ砕いて、内容を説明すべきなのだ。その後の質疑もそのために取られている。知事の座長コメントへの疑問をそのままに述べているのでは、何のために会議を傍聴したのか全く分からない。  反対のための反対をしていたのは、静岡県専門部会から有識者会議に出席していた委員である。 ”印象操作”に立ち向かうには?  「トンネル掘削に伴う水資源利用へのリスクと対処」について、JR東海の説明のあと、森下祐一委員は東日本大震災のような想定外のリスク対応はどうなるのか、と聞いていた。これには、沖大幹委員がリスクとハザードの違いについて説明した上で、顕在化できないリスクには対処できないことを指摘した。  静岡県側からの下向き掘削について青函トンネル工事などで作業員の人命安全の観点から問題があったことをJR東海が指摘したのに対して、森下委員は「第2青函トンネル計画があると聞いている。この計画でも下向きでしか掘れないのか」などの疑問を投げ掛けた。第2青函トンネル計画(計画だけで実現性の根拠はない)ではシールド工法が採用されると言われるから、JR東海がシールド工法について簡単に否定したことへ釘を刺したのかもしれない。実現性に根拠のない第2青函トンネル計画についての施工技術を持ち出すことに何らかの意味があったのだろう。  さらに、地下水涵養量や表流水とともに大井川の伏流水についてカウントしろ、と森下委員はJR東海に求めた。この要請に対して、沖委員が伏流水は河川法上、表流水としてカウントされているなどと一蹴した。  国交省は有識者会議としてのこれまでの議論をまとめる方向で素案を作成したが、森下委員はJR東海に「アドバイス」をするための会議であると主張、国交省が素案をつくることに否定的な姿勢を示した。今回の会議を聞く限りでは、森下委員は「アドバイス」をするどころか、JR東海に難くせをつけているような印象があった。  もし、県専門部会の席であれば、森下委員の主張はそのまま通るのだろう。その結果、JR東海は屋上屋を重ねる作業を強いられる。科学的な”事実”を重んじる有識者会議ではそうはいかない。今回は、森下委員の質問を聞いた記者たちはJR東海への疑問としてそのまま報道するのかもしれない。  3時間にも及ぶ議論だったが、記者の質問は的外れのものばかり。”印象操作”川勝知事の影響が大きいのだろう。国交省は”印象操作”にどのように立ち向かうべきか、それを考えないと有識者会議そのものが有名無実となってしまうだろう。

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リニア騒動の真相75流域自治体の「同床異夢」?

国と流域市町との意見交換会は「完全非公開」  JR東海のリニアトンネル工事を巡り、大井川流域の島田、焼津、藤枝、掛川、袋井、御前崎、牧之原の8市、川根本、吉田の2町の首長らと国交省との意見交換会が21日、島田市役所で開かれた。昨年12月20日に同様の会議を開催、10市町は、問題解決に当たって、地元の理解を得るよう求める要望書を国に提出していた。今回は、その要望にこたえるかたちで、2回目の会議が開かれた。川勝平太知事はリニア会議の「全面公開」を原則としているが、今回の会議は、報道関係者に対しても冒頭あいさつのみ写真撮影が認められただけだった。  知事が「全面公開」を強く求める国の有識者会議は、報道関係者はもちろんのこと、各市町や利水者団体、県専門部会委員、県議、市町議員ら広い範囲で傍聴できる。終了後に速やかに座長コメントが示され、後日、議事録も公開されている。  21日付中日朝刊1面は「流域市町 議事録作らず 国交省と意見交換会 要約のみ発言者なし」という見出しで、会議の”非公開”を批判する記事を会議当日にぶつけた。中日は、昨年12月20日の意見交換会について議事録、音声データ、文字起こししたもののいずれかを情報公開するよう求めた。ところが、開示されたのは、A4判4枚の箇条書きの要約のみで、約1時間半の会議内容にはほど遠かった。ざっくばらんに意見を交わす会議であり、非公開ということだが、議事録まで作らないとなると、”秘密会議”のイメージが強くなり、会議後の囲み取材で話す首長たちが、実際の中身をどこまで明らかにしているのか全くわからないことになる。(タイトル写真は会議後に囲み取材に応じた、右から藤枝、島田、吉田、牧之原の4首長)  ”全面公開”川勝知事と10市町の首長と意見交換会も毎回、首長の要請で非公開である。10市町首長は全員一致でリニア問題の解決を知事一任という姿勢だが、”全面公開”に関して言えば、首長たちは自分たちの都合を優先しているのだから、国の有識者会議に求めることはできないだろう。有識者会議委員のざっくばらんな意見交換のために、国は限定的な全面公開としてきた。「完全非公開」に比べれば、ずっとましである。国に全面公開を求めるならば、首長たちも知事と同じスタンスで臨むべきである。  22日付の各紙朝刊は、「(工事着工は)住民の理解を得ることが前提」など同じ見出しが並んだ。「住民の理解」とは名ばかりのことがわかる。住民が問題を理解するためには、国交省とどのような話し合いが持たれたのかちゃんと知る必要があるからだ。会議内容が非公開で、各首長らが約20分ほど囲み取材で話しただけで、理解が得られるはずもない。  中日の開示請求で公開された会議の要約の中に、氏名不詳の首長が「信頼を構築するには、このような会議・議論を積み重ねることが一番ではないか」という意見が登場していた。「信頼の構築」とか「住民の理解」とか、耳障りのよい抽象的なことばばかりが並ぶが、具体的には全く何もわからない。  また、島田市担当者が「誰の発言かより、流域としての発言内容が大切」と中日記者に答えていたが、”流域”と言っても、それぞれ自治体の事情は全く違うのだ。 「水利権」が各自治体の違いを鮮明にする  第8回有識者会議で実際に大きな問題となったのは、座長コメントではなく、沖大幹・東大教授(水文学)による厳しい批判だった。この批判の中身については、東洋経済オンラインの記事で紹介する予定だが、沖教授は「(JR東海作成の水循環の概念図で)神座地点では年間19億㎥流れているとされているが、その変動幅は9億㎥である。平均値の5割の変動があり、これは非常に大きい。これは水利権量という人間が使用する方を優先しているので、川に残る流量が減ってしまうということだ」などと述べていた。  『水利権量』ということばは非常に難しい。この難しい水利権量を調べていけば、流域の事情が全く違うことがはっきりと見えてくる。  現在、大井川下流域にある中部電力の川口発電所(最大出力58000kw)の最大使用量は毎秒90㎥である。発電を終えて、表流水に還元された水は、川口発電所直下の2つの取水口から広域水道、農業用水、工業用水として毎年約9億㎥が取水されている。これが大井川流域の利水のための「水利権量」となる。リニアトンネル工事によって、10市町は水利権量に影響が及ぶと考えているようだ。  県が作成した「大井川水系用水現況図」によると、川口取水口から唯一、民間の新東海工業用水(新東海製紙株式会社)が毎秒2㎥と非常に大量に利用する権利を持つ。公共では、島田市上水道が同0・173㎥、東遠工業用水同0・072㎥、大井川農業用水が季節変動で同約14・4㎥から同35・1㎥の水利権量を有している。  長島ダムが完成したことによって、新たに新川口取水口が設けられ、大井川広域水道は季節変動で同約2㎥の水利権量を持つ。  毎秒2㎥と言えば、トンネル工事に当たって、JR東海はトンネル内の湧水は、何も対策をしなければ、大井川流量は毎秒2㎥減少すると予測した。  JR東海の毎秒2㎥減少予測に対して、川勝知事は「62万人の”命の水”が失われるから2㎥の全量を戻せ」と主張した。当初、62万人とは、大井川広域水道を利用する市町の人口62万879人(2016年12月現在)を指していたはず。知事は雑誌中央公論2020年11月号に『国策リニア中央新幹線プロジェクトにもの申す』と題する論文を掲載、「”命の水”と流域県民」という見出しをつけた章で、「流域10市町の62万人が利用しています」と書いている。これはどう考えても、勘違いである。  大井川広域水道の利用自治体は、島田市、焼津市、掛川市、藤枝市、御前崎市、菊川市、牧之原市の7市で2016年当時約62万人だった。現在では、人口減少に伴い、約60万7千人となっている。この疑問を県水利用課に投げ掛けたところ、地下水利用を含めた2018年度水道統計調査の結果を示して、地下水を揚水する吉田町の上水道人口を含めて62万809人になると教えてくれた。  ただし、これでも7市1町であり、知事の書いた「10市町」ではない。つまり、袋井市と川根本町は、知事の言う”命の水”とは関係ないことがわかる。袋井市では農業用水を使っているから、9市町の全人口となれば、72万人を超えてしまう。62万人の”命の水”にこだわるならば、8市町である。  特に、吉田町は上水道をすべて地下水に頼っているから、他の自治体とは全く事情が違う。 県の文章は複雑怪奇だ  国の有識者会議では、下流域の地下水にはほぼ影響はないという方向性を確認している。県は難波喬司副知事名で国交省の上原淳鉄道局長宛にリニア有識者会議へ今後の議論に関する提案を22日、送付した。  提出書類の1枚目に鏡があり、(参考)が裏表2ページ、(資料1)が13ページ、(別紙1)が15ページ、(参考資料1)(参考資料2)。どこが肝心の提案なのか非常にわかりにくい構成である。担当理事によると、(参考)が「考察と提案」のポイントであり、それを読めばわかるのだという。  その中に、「中下流域の地下水の涵養構造」という項目がある。そこには『全体的に、「トンネル湧水量を全量大井川に戻せば中下流域の河川流量は維持される」という内容は、専門家による分析としては理解できる』と書かれていた。「中下流域の地下水の涵養構造」と「中下流域の河川流量は維持される」とがどのようにつながるのか、全く分からない。標題と中身が全く違うのである。日本語の文章としてつながらない。「座長コメント」を批判するのであれば、県は誰が読んでも分かるようにちゃんとこなれた文章にすべきである。  流域自治体の事情の違いを念頭に読めば、大井川広域水道を利用する7市は「中下流域の河川流量は維持される」に強い関心を持つ。「中下流域の地下水の涵養構造」には吉田町は特に強い関心を示すだろう。  県の文章は、”流域”全体を意識したために非常にわかりにくくなっているのかもしれない。  (資料1)と呼ばれる文章には、「4、中下流域の地下水の涵養構造」とあり、「県の考察」として『「中下流域の地下水は上流域の地下水によって直接供給されている可能性は低い」と確認されているが、地下水学的には、「上流域の深層地下水によって…」の方が正確な表現である』と書かれている。  つまり、「吉田町の地下水」にはあまり影響が及ばないことを県も認めているようだ。とすれば、知事の「62万人の”命の水”」から、吉田町民は外したほうがいい。吉田町長は意見交換会後の囲み取材に臨んでいたが、この事実を理解していたようには思えなかった。  また、県の考察には「地下水学的」という複雑な地下水の問題を簡単に表現したことばが登場している。今回、県が国に送付した文章は、難波副知事でなければ、理解できないような表現が非常に多い。  県の文章は有識者会議の事務局宛に送付しているが、これでは有識者会議委員も理解するのに苦労するだろう。14日付『リニア騒動の深層74「座長コメント」撤回する?』に書いたように難波副知事を有識者会議に招請したほうがいい。これほど一方的で難解な文章を公開されても、「流域の住民」は全く理解できない。 大井川の本当の水問題とは何か?  「水利権」問題で利水とは全く無関係なのが川根本町である。  大井川は上流部の井川ダム直下の奥泉ダムから、長島ダム、笹間川ダムなどを水路管で結んでいる。表流水のほとんどが水路管を流れている。川根本町のある中流域の河川流量は非常に少ない。県は国に送付した文書で「中下流域の地下水の涵養構造」について「非専門家が理解できるような、よりわかりやすい説明とする必要がある」と書いているが、県は中流域をつなぐ水路管によって河川流量が維持され、また、地下水は涵養されていない事実について全く触れていない。水路管によって、中流域の地下水は表流水に戻っていないはずだ。  1980年代の「水返せ」運動は、水路管で流れてしまう表流水を大井川に戻せ、という運動だった。大井川は”河原砂漠”となり、生物は生息しない場所となり、茶の栽培に必要な川霧が立たないことで川根筋の多くの住民らが運動に参加、全国的な注目を集めた。  川根本町の塩郷堰堤からの維持流量をさらに増やしてほしい、と地元の人たちは願う。川口発電所まで運ばれる水路管の大量の水は、いずれ下流域の利水に使われる。少しでも多くの水を河川に戻すことをどう考えるかのか、意見交換会後の囲み取材で4首長に尋ねた。  結局は、下流域の利水団体の水利権量は絶対に減らさないというのが回答だった。  川根本町の住民らは「川口発電所のための水路管の末端から大量の上水道、農業用水に直接、取水され、困っていない」現状をちゃんと理解している。だから、中流域の正常流量について議論すべきなのだ。  沖教授が莫大な「水利権量」を口にしたことで、何が最大の問題か明らかになった。  今回の会議の出席者は、上原淳鉄道局長、江口秀二審議官、嘉村徹也中部運輸局長で鉄道担当者ばかりだった。これでは、リニアトンネル工事推進のための説明はできても、大井川の水利権量を巡る状況を語ることはできない。ぜひ、次回の会議には大井川の水利権を説明する中部整備局担当者を出席させるべきだ。そうすれば、リニア静岡問題は解決の方向に近づくはずだ。