ニュースの真相

ニュースの真相

リニア騒動の真相9「地域振興」とは何か?

「地域振興」ー考えるのはJR東海?  リニア中央新幹線の南アルプストンネル建設工事にからんで静岡県の川勝平太知事がJR東海に対して、「地域振興」を求めたのに対して、JR東海の金子慎社長は静岡県の求める「地域振興」にこたえることはないと切り捨てた。県環境保全連絡会議でのJR東海とのやり取り同様に、両者の主張は平行線のまま噛みあうことはないように見える。  リニアは大井川の水源を横切るために静岡県民の水環境に悪影響を及ぼしかねない。「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあってもメリットはない。(静岡県の)メリットを示してほしい」。6月5日、突然、川勝知事は中部圏知事会議でリニア中央新幹線建設促進期成同盟会への入会を大村秀章愛知県知事に申請した。期成同盟会の目的は、リニア新駅設置と地域振興。当然、静岡県にリニア新駅設置は不可能である。川勝知事の入会目的はJR東海に「地域振興」要請を見えるかたちで示したのだろう。  6月28日の記者会見で川勝知事は「地域振興」についてさまざまな質問を受けた。その中で静岡県が長年、JR東海に求めてきた東海道新幹線「静岡空港新駅」とは関係がないと明言している。それで、記者たちは「地域振興」とは具体的に何かと尋ねると、川勝知事は「JR東海に考えてもらいたい」と謎めいた回答で終えた。  静岡県の求める「地域振興」とは一体、何なのか? 地域振興の象徴ー「日本橋」復活に1兆円  先日、日本橋三越前で友人と待ち合わせた。日本橋を渡り、その周辺を歩くと一帯が美しく様変わりしていることに気づいた。そうか、1999年に設置された「日本橋地域ルネッサンス100年計画検討委員会」による街の振興への取り組みが大きな成果を上げているのか。日本橋に住む友人は「この辺りが銀座以上の繁華街になるのももうすぐ」と自慢げに話した。  20年前、「日本橋」の復活が大きな話題となった。当時、「飲水思源」という中国の諺を教えてもらった高橋裕・東大名誉教授(静岡市清水区興津出身)は「首都高速道路公団に全部地下に入れる工事費を計算してもらったら、1兆円という数字が出た。日本橋川への高速道路の地下化は20~50年でやれば、毎年の経費はそれほどの額ではない」と話してくれた。しかし、50年でも毎年2百億円という巨額の費用が必要となる。(※「飲水思源」については、『リニア騒動の真相4 川勝知事の「飲水思源」』で紹介しています)  1964年、アジア最初の東京オリンピック開催に合わせて「日本橋」を全部高速道路で覆ってしまった。東京オリンピックに間に合わせるために景観への配慮という思想は貧しい日本にはなかった。「日本橋」復活は、2020東京オリンピック後に本格的にスタートする見込みだ。「21世紀は20世紀に失ったものを取り戻す時代だ」と高橋教授が強調した。日本橋というシンボルに合わせて、官民合わせて「地域振興」に取り組んでいる姿は驚くばかりである。  五街道の起点、日本橋復活への力強い動きを見ていて、リニアの通過する大井川の果たしてきた役割に思いを馳せた。 大井川ー東京を支えた地方の象徴  江戸時代、ミカン伝説で有名な紀伊国屋文左衛門(紀文)の実像は諸説紛々で定かではないが、元禄10年(1697)、将軍綱吉から上野東叡山寛永寺の根本中堂建立の命が下り、紀文は一世一代の仕事と請け負った。  戦国時代が終わり、江戸時代に入ると江戸城、駿府城、名古屋城などさまざまな公共工事が行われ、用材調達は困難を極めた。そこで紀文が目を付けたのが手つかずの大井川上流部だった。大井川の寸又川合流点から奥の幕府御用林と隣接山域、さらに井川の奥山まで及ぶという広い範囲で伐採をすることが決まり、現在のリニア工事と同様に当時、最大の大規模プロジェクトとなった。紀文の搬出によって川根から大井川の河口まで材木で埋め尽くされたという記録が残っている。ミカン伝説同様に紀文の大井川材木の伐り出しは諸説紛々というが、ただ、いかに膨大で多量の材木が大井川から江戸に送られたことだけは確かである。  「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」。大井川には明治時代になるまで橋が架けられなかった。その大きな理由は「江戸を目指す軍勢を止めるために幕府は大井川に橋をつくらせなかった」説が一般的だった。  その通説を覆す「大井川に橋がなかった理由」(松村博著、創元社)が20年近く前に出版された。日本橋をはじめとする江戸時代の主要な橋はあまりに高額な費用が掛かり、幕府は公共投資を江戸に集中させる理由から大井川への架橋は見送られたという。当時の架橋がいかに高価だったか、江戸・両国橋の資料を例に上げて、同書では説明してあった。高額な費用とともに、「橋を架けるほどの通行量がなかった」「地域社会や地域経済が橋を必要とするほど発展していなかった」「簡易な橋では流失の可能性が高かった」などの理由には十分な説得力があった。  江戸に大量の材木を送り、華やかな江戸文化を支えたが、川越し人足に象徴される「大井川」は貧しい地方の象徴でもあった。  明治に入ると、大倉財閥の大倉喜八郎が大井川源流部の間ノ岳、農鳥岳をはじめとする南アルプス大半の森林を手に入れ、日露戦争による戦時景気などで巨額の富を得る木材事業に使われ、その歴史が特種東海フォレストにつながる。  戦後になると、東京オリンピック開催で日本橋を全部覆う高速道路建設などが始まり、高度経済成長時代を支えるために、大井川の質の高い砂利が大量に東京へ運ばれた。江戸、明治、大正、昭和と大井川の果たした役割は地元ではなく、すべて日本の中心部発展のためだった。  日本という国の発展のために東京がしっかりとしてくれなければならない。そう地方は考え続けてきた。そのために地方はありとあらゆる資源を人材を東京に送り続けてきた。まさに、大井川はその象徴的な存在だった。 大井川源流部の様変わりを実感  6月13日、川勝知事はリニア建設予定地を視察した。畑薙ダムを抜け、畑薙橋を越えたところで川勝知事の先導車は停止した。川勝知事の隣で、神戸大学の大石哲教授が指し示したのが「赤崩れ」だった。その崩れを止めることはできないから、大井川の河床堆積が続き、いずれ、畑薙橋を埋め尽くす可能性さえ否定できない。  川勝知事は同行した若い記者らに赤崩れの現状を知ってもらいたかったようだ。多分、この地域(断層帯)が地質的に非常に弱いところであり、リニア工事はまさにそのような場所で行われていることの証拠だからだ。  東俣林道は準備工事でも車両の通行が頻繁にあり、本工事がスタートすれば、通行車両は大幅に増える。その狭隘で危険な道路について、川勝知事は「ガタガタ道を立派な道にしてほしい。将来的には観光道路として使え、皇太子時代に訪れたことのある天皇陛下を迎え、喜んでもらいたい」とJR東海に注文をつけていた。静岡市は7月1日付で東俣林道の改良工事についてJR東海と協定を締結、JR東海は80億円の事業費を見込み、詳細設計が9月頃に示される。どのような安全確保をはかるのか課題は大きい。  川勝知事の一行のみが千石宿舎から西俣宿舎まで入った。さらに狭隘な道路が続くために、千石から西俣方向に新たな「輸送用トンネル」が設置される。幅10メートル、高さ6・5メートル、断面積50平方メートルで約4キロもの大トンネルについては民有地を貫通するため、法律的な縛りはなく、県、市とも詳細については知らされていない。計画だけを見ても、秘境とも言える大井川の源流部が様変わりすることだけは実感できた。 20世紀発展のために失ったもの  わが国最大の山地、南アルプスに源を持つ大井川の地下4百メートルを通過する東京ー名古屋、大阪を短時間で結ぶリニア「交通大革命」のために、その自然環境が様変わりすることを確認できた視察だった。   「21世紀の公共事業は20世紀に失ったものを取り戻す時代」(高橋教授)。その思いを川勝知事が共有していることは確かだろう。20世紀には、丹那トンネル開通(1934年)、佐久間ダム完成(1956年)、東名高速道路、東海道新幹線開通(1964年)という静岡県に関係の深い公共事業が続いた。すべての土木技術がリニア工事にも関連するが、その中でも特に「丹那トンネル」について、川勝知事は記者会見等で何度も言及している。  御殿場線の急勾配を迂回していた東海道線は、丹那トンネル開通によって時間も距離も大幅に短縮され、輸送効率は一挙に上がった。しかし、この工事は軟弱地盤や高圧湧水に悩まされ、世界トンネル史上まれな16年にも及ぶ難工事だった。この経験が世界初の海底トンネル、関門トンネルや数知れない鉄道、道路トンネルに生かされたが、その代償とも言える多くの犠牲者をはじめとする負の影響を地元・静岡県に与えた。  高度成長時代には経済効率と機能に徹するだけでよかったが、その代わり失ったものはあまりに大きい。20世紀に失った「日本橋」復活だけでも1兆円が掛かる。リニアは21世紀を代表する公共工事となるのだろう。だからこそ、環境の世紀と言える21世紀、川勝知事はリニアよりも南アルプスエコパークを選ぶと宣言できた。JR東海がどんなに環境に配慮したとしても、静岡県が失うものはあまりに大きいからだ。川勝知事が他県との比較で挙げた「地域振興」の金額など大した額ではないのである。  JR東海は、いま一度、静岡県にふさわしい「地域振興」が何かを考え、そして提案することを期待したい。  ※タイトル写真は、川勝知事のリニア工事現地視察。知事の隣はJR東海の宇野護副社長

ニュースの真相

リニア騒動の真相8 川勝知事、”怪挙”に出る!

「期成同盟会」入会は川勝知事の戦略?  あまりに唐突で思い掛けない申し入れだった。  5日静岡市で開かれた「中部圏知事会議」のリニア中央新幹線に関する議題の中で、川勝平太・静岡県知事は「建設促進期成同盟会」へ入会申請したことを明らかにした。  「入っていただくのはいいのではないか」。当日出席していた「期成同盟会」会長の大村秀章・愛知県知事は表面上、そう賛成の意向を示さざるを得なかった。「期成同盟会」は1979年の発足当初からリニアが通過する9県で構成していた。ところが、2011年5月の整備計画決定によって、JR東海は最も採算性の高い直線の「南アルプスルート」を採用、この結果、静岡県もリニア通過県となったのだ。ただし、山梨県と長野県の間、南アルプスの山岳地帯10・7キロを貫通する地下4百メートルに造るトンネル部分のみで、地上部分はない。「期成同盟会」の目的はリニア新駅設置、地域振興であり、整備計画決定以降も静岡県は全く蚊帳の外に置かれていた。  「早期開業を求める会の趣旨に賛同してくれれば問題ない」。大村知事は静岡県の突然の申し出に警戒感を露わにした上で、「他の都府県の意向を聞きたい」と逃げるしかなかった。  川勝知事は「2027年開業はJR東海の企業としての都合」と何度も繰り返してきた。JR東海と静岡県との対立を大村知事は承知しているだけに、どんな思惑で「期成同盟会」へ入会表明したのか、疑問を抱いたのだろう。金子慎JR東海社長が5月30日の記者会見で、静岡区間での未着工を挙げて「2027年開業に影響を及ぼす」と困惑を示したばかりだった。  しかし、リニア通過県の静岡県が「期成同盟会」入会の権利を持つことに疑いをはさむ余地はない。だから、疑問を抱きながらも大村知事は表面上は「賛成」と言い、「他の意向を聞きたい」と判断を避けたのだ。  なぜ、川勝知事は「期成同盟会」入会という思い切った行動に出たのか?  その日の朝、中部圏知事会議の予定を聞いた知事は県庁知事室から富士山の美しい姿に触れていて、突如として「期成同盟会」へ入会すべきという強い閃きを感じたという。だからこそ、”怪挙”とも言える川勝知事の行動だが、優れた政治家としての戦略だったのである。 川勝知事「静岡にメリットがない」  川勝知事の”怪挙”に、理屈で動く県庁職員たちは慌てふためくしかなかった。  通常の場合、事務方が「期成同盟会」事務局と連絡を取り、段階を経て、関係者の合意を取り付けた上で入会申請に持っていく。もし入会となれば、分担金などを含めて予算付けをする担当部局を決める必要もあるが、突然の知事の決断に事務方が追い付けるはずもなく、とりあえず、南アルプストンネル工事の影響解消をJR東海と話し合う環境保全連絡会議担当の「くらし・環境部」に申請依頼書を作成させた。  くらし・環境部にはリニア建設促進の役割を担う課は存在しない。その証拠に、織部康宏環境局長は「大井川の水環境問題について共通理解を求めるため」と期成同盟会の趣旨とかけ離れた入会理由を説明した。  川勝知事名の入会申請書には、リニアの意義を褒めたたえた上で「リニア中央新幹線の整備実現に向けて、本県も沿線に位置する県として、同盟会へ加盟したく取り扱いのほど、よろしくお願い致します」とある。大井川の水環境問題を理解してほしいなど一切、触れられていない。  もし、静岡県が「早期開業」に賛成ならば、大井川中下流域の水環境での基本協定にこだわる静岡県の姿勢に疑問を感じないほうがおかしい。  水環境の保全問題では、最初から入り口の違うJR東海と静岡県の主張は平行線をたどっている。静岡県がJR東海の主張を了解しない以上、両者の溝は埋まりそうにない。「早期開業」を求める愛知県知事、JR東海の願いと静岡県の主張が逆行していると考えるのがふつうである。  リニア進捗遅れの”元凶”静岡県がなぜ、「期成同盟会」に入会したいのか。大村知事にも、川勝知事の行動は”怪挙”に映ったはずだ。  川勝知事は「リニア推進派」であることを公言してきた。しかし、「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあっても、メリットは何もない」。今回の”怪挙”の中で、川勝知事は「リニア建設での『静岡県のメリット』を示してほしい」と初めて言及、水環境問題ではなく、「静岡県のメリット」論をはっきりと展開したのである。 「1県1駅」を約束したJR東海  リニア計画は1970年代に始まり、中央新幹線建設促進期成同盟会がちょうど40年前、79年沿線9都府県(東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知、三重、奈良、大坂)で設立された。リニア計画の当初から静岡県を通過せず、茅野、伊那周辺を通過する「迂回ルート」を長野県などは強く要望してきた。  「期成同盟会」各県の働き掛けが功を奏して、2009年8月、JR東海の松本正之社長(当時)は「期成同盟会」総会の席上、リニア通過県には「1県に1駅ずつ設置するのが適当」と停車駅の設置方針を示した。JR東海は、通過する各県に「1県1駅」設置を約束したのだ。  「期成同盟会」への入会とともに、2011年「南アルプス」ルートを採用したのはJR東海なのだから、通過県の静岡県から見れば、当然「1県1駅」の権利があると考えることはできる。川勝知事もそう考えたのもかしれない。  南アルプス直下約4百メートルのトンネル内に新駅設置はほぼ不可能であり、当初、JR東海の要請を受けた静岡県は、東海道新幹線に余裕が生まれ、静岡空港に接続する新駅構想に追い風になるとの理由だけでリニア支援を決めていた。「静岡空港新駅」は静岡県の悲願の一つと言ってもいい。  しかし、JR東海は「リニア開業後、東海道新幹線に余力が生じた場合は検討の対象」としただけで、実際は、「静岡空港新駅」計画を真っ向から否定してきた。リニア開業に協力することで、JR東海が静岡県の意向に忖度してくれるものと静岡県は大いに期待した。 静岡県の切り札は「河川法許可権限」  2010年12月、川勝知事は東海道新幹線トンネルの西側出口付近に地上駅を整備する費用負担の少ない「静岡空港新駅」構想を提案した。この提案に呼応するように、国交省交通政策審議会はリニア整備の意義の中に、広域防災拠点として「静岡空港新駅」の可能性を初めて盛り込んだ。知事は国交相に強く陳情したが、肝心のJR東海はそれまでの姿勢を崩さなかった。リニア整備が始まったが、静岡県へ協力を求めるJR東海の口から「静岡空港新駅」設置についてはひと言も触れられなかった。「聞く耳を持たぬ」姿勢から一歩でも変化が生まれることを静岡県は期待したが、JR東海の姿勢に変わりなかった。  その期待が見事に裏切られた結果が、現在の静岡県の強硬姿勢につながっているのではないか。  昨年8月、川勝知事は「リニア南アルプス工事での水減量分はすべて戻してもらう。これは県民の生命に関わる問題」と強い姿勢を見せると、JR東海は「減量分すべてを戻す」とあっさりと知事のことばに従うことを表明した。しかし、問題は解決しないのだ。なぜならば、JR東海にとって、大井川の利水者協議会の議論が問題ではない。静岡県の持つ河川法の許可権限こそが厄介な代物なのである。  「リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”」で詳しく紹介した静岡県の唯一、絶対の強みである。JR東海は静岡県にその許可権限がなければ、とうの昔に南アルプス区間の工事に着手していたはずである。  6日午前、静岡県はリニア工事で大井川の水資源や自然環境にどんな影響が出るのか議論した結果を「中間意見書」にまとめ、JR東海に送付した。その同じ日の午後、「期成同盟会」総会が東京で開かれ、JR東海の金子社長は「2027年開業に影響を及ぼしかねない」と再び、静岡の未着工区間を懸念材料に挙げた。そんな中で、会長の大村知事は国による調整を求めた。いずれも静岡県の持つ河川法許可権限に手出しはできないからだ。  期成同盟会総会は川勝知事の「入会依頼書」を棚上げにした。総会へ出向いた担当者は大井川の水環境に関する中間意見書を持参したが、総会への出席は認められず、中間意見書も持ち帰った。大井川の水環境保全を求める中間意見書が配布されれば、期成同盟会の趣旨と異なると静岡県の入会拒否の理由にすることができたかどうか?あいまいなままに「入会依頼書」は来年6月の期成同盟会総会まで棚晒しにされ、何ら議論されることはない。  だからと言って、静岡県の期成同盟会入会への権利を奪うことはできない。 「誠実に対応する」はどんな意味か?  一方、静岡県の中間意見書に対して、JR東海は「中身を確認した上で、これまで通り誠実に対応いたします」とコメントした。  「誠実に対応すべき」は、過去にJR東海が約束した「1県1駅」と川勝知事は言ってくるかもしれない。そのためにこそ、知事は期成同盟会入会の意思を示したのである。リニア通過県の静岡県が「1県1駅」を求める権利も奪われない。ただし、その1駅がリニア新幹線ではなく、「静岡空港新駅」であることをJR東海もそろそろ承知すべきなのだ。大井川の利水者協議会メンバーの島田、焼津、藤枝、掛川、牧之原、多くの企業もこぞって期待しているのだから。  川勝知事が期成同盟会入会の申請という”怪挙”に出たことで、ようやく、JR東海との議論は新たな局面に入り、その中身もはっきりとしてきた。JR東海の誠実な対応を静岡県は求めている。これまで、JR東海への「期待」は裏切られてきただけに、川勝知事のさらなる手腕に「期待」は高まる。 静岡市は140億円トンネルを勝ち取った  「静岡には残念ながらリニア駅は造られない。(ユネスコ)エコパーク指定を受けた南アルプス地域とリニア新幹線なら、静岡はエコパークを取る。なぜならリニアには何のメリットもないからだ」。川勝知事の口調は滑らかとなり、ようやく「静岡県のメリット」論を明らかにして、議論を始めている。  そのためにか、川勝知事は13日、南アルプスエコパーク内のリニア準備工事を視察する。  当然知事は県道189号線(三ツ峰落合線)を通るはずだ。1年前の6月20日、田辺信宏静岡市長がJR東海の金子社長と基本合意書を締結した。当初、JR東海は市道閑蔵線の全線二車線化(約100億円)を提案したが、静岡市は強く県道三ツ峰落合線トンネル(約140億円)を求め、とうとう140億円トンネルを勝ち取った。  ことし4月、静岡市は道路計画課に「中央新幹線関連道路推進室」を設けた。現在、トンネル建設に向けて調査に入っている。すべてJR東海の費用負担である。静岡市の許可権限(東俣林道使用など)に対する「メリット」(補償)が140億円トンネルだとだれもが見ている。  さあ、次は、JR東海は「静岡県のメリット」を川勝知事にちゃんと示してほしい。そうでなければ、いつまでもJR東海は静岡県との議論を続けることになるだろう。  ※タイトル写真は中日新聞6月6日付朝刊。にこやかな川勝知事の左隣が大村愛知県知事。心なしか暗い表情に見える

ニュースの真相

「森は海の恋人」は本当か?

「流木」はシラス漁船の大敵  タイトル写真は用宗漁港で、生シラスではなく流木の大漁を撮影したもの。安倍川河口部はほとんど閉鎖された状態だが、出水時には大量の土砂とともに流木が駿河湾に吐き出される。流木はシラス漁船の網に掛かり、シラス漁ならぬ”流木漁”となり、シラス網が使い物にならなくなるだけでなく漁船エンジンなどに影響を与え、大きな被害をもたらす迷惑な存在。だから、洪水時のあと、駿河湾に押し寄せた大量の流木に向かい用宗漁港の漁師らは総出で集める作業に汗をかかざるを得ない。  大量の流木は駿河湾の生物たちには森の植物プランクトンを運ぶ「贈り物」かもしれない。ただ、安倍川上流部の森が荒廃して、「流木」の発生原因となっていることをご存じない方が多い。  1944年、終戦の前の年から、唱歌「お山の杉の子」が日本全国で歌われた。戦時中に供用され、全国いたるところで丸裸になった山々の杉、檜の植林が奨励された。ことし70回目を迎え、新天皇、皇后両陛下の初仕事となった愛知県での全国植樹祭は、戦後の復興を目指す象徴的なイベントとして始まった。  しかし、明治大正期から現在までの日本列島の環境変化を見ると、現在ほど森林が豊かな時代はない。山を植林で守ろうという考えを持つのは日本人だけだが、戦後の燃料革命、化学肥料などの多用によって、日々の生活は森林から得られる資材に頼ることなく、またパルプなどの原料は安い輸入材を使うことで豊かになった日本の森林は放置されるままになった。  全国植樹祭は70回目を迎えたが、いまや林業は一部地域を除き、「業」として成り立たない。静岡県庁でも林業を担当する課は大幅に縮小され、森林整備課の役割は三保の松原の保全などであり、林業に対する役割は極わずかである。除間伐の行われない森林が安倍川上流にも数多く見られ、そこから発生する「流木」が駿河湾の漁業などに深刻な影響を与えている。  用宗漁港のシラス漁師らは「森は海の恋人」などとは呼べない。 安倍川の「濁流」が流木を運ぶ  安倍川は静岡、山梨の県境の大谷嶺(標高1999・7メートル)に源を発する、流域面積567平方キロ、流路延長は51キロしかなく、大井川の168キロ、富士川の128キロなどに比べ非常に短い河川だが、日本屈指の急流河川であり、高低差約2キロの急こう配を一気に流れ下る。それだけに、洪水時の土砂供給は半端ではなく、森林荒廃による大量の流木も駿河湾に流れ込む仕組みだ。   1707年10月宝永地震が発生、安倍川源流部の「大谷崩れ」の大崩壊が始まった。その1カ月後に富士山は宝永噴火を起こした。記録に残る宝永地震は倒壊家屋6万棟、死者2万人以上とされ、大谷崩れによっても約5キロ下流の赤水の滝まで一気に流下し、大きな土砂災害をもたらした。約1億2千万トンもの土砂が崩壊したと推定される。  フォッサマグナの西側である糸魚川静岡構造線に位置し、並行する2本の断層に挟まれ、2本の断層の横ずれ運動などで風化しやすく崩れやすい地層で水分を含みやすい。上流域の年間降水量は2800ミリを超える多雨地帯だから、日本三大崩れの一つに数えられる大谷崩れなどから大量の土砂が駿河湾に流れ込んでいる。  安倍川上流に行けば、大谷崩れだけでなく、五色崩れ、大ナギ崩れ、ヨモギの頭崩れなどさまざまな崩壊地を見ることができる。大雨、特に豪雨があった時、安倍川上流の山々では耐え切れずに新たな崩れが起きて、川には濁流が押し寄せている。用宗漁港に打ち上げられた大きな流木によって安倍川の濁流の勢いを想像することができるだろう。  洪水のたびに堆積と移動を繰り返しながら駿河湾に土砂を吐き出すことで静岡海岸、清水海岸、さらに「白砂青松」で知られる三保の松原を形成してきた。「濁流」は、このような自然の大きな恵みでもある。 サクラエビ不漁は「濁り」が原因?  静岡県は、サクラエビ不漁と富士川支流の濁りなどの因果関係を究明するために、南アルプスから駿河湾沿岸までの生態系の循環構造について研究する「森は海の恋人」研究会を近く、設立する。委員長に東海大学海洋学部の鈴木伸洋・元教授、顧問に秋道智弥山梨県富士山世界遺産センター所長(非常勤、人類学)のみ知事の直々の指名で決まっているが、他の委員らは未定のようだ。  記者会見で川勝知事は「豊かな森林は駿河湾を豊穣な海にする。サクラエビの不漁の原因を探りたい」と述べたが、担当課に聞いても、何をどのようにやっていくのか全く決まっていない。「森は海の恋人」は1989年から気仙沼湾に注ぐ大川上流の地域で、カキ養殖の漁民らの広葉樹の植林活動に付けられた名前だ。広葉樹の多い森からの養分は鉄分が多く、それがプランクトンから始まる食物連鎖に重要で、カキは植物プランクトンを食べて育つから森林の働きは欠かせないという理由だった。  三陸海岸には気仙沼湾だけでなく、釜石湾、大船渡湾、石巻湾など大小12もの湾、それぞれの湾に注ぎこむ河川があり、駿河湾との規模は全く違う。駿河湾の場合、東から狩野川、富士川、安倍川、大井川、天竜川の5大河川をはじめ多くの河川がある。  「漁民は山を見ていた。海から真剣に山を見ていた。海から見える山は、漁民にとって命であった」(畠山重篤著「森は海の恋人」)。  気仙沼湾の漁師にとって命の山は、安波山(標高239メートル)、川は二級河川大川(流路延長29キロ)のことである。駿河湾のサクラエビ漁師から見える山は浜石岳(標高707メートル)、二級河川由比川(4・8キロ)、和瀬川(2・5キロ)が駿河湾に流れ込んでいる。  サクラエビ漁師たちは3千メートル級が連なる、はるかに遠い南アルプスの山々、川は大井川、富士川を思い描くのだろうか? リニア工事とサクラエビ不漁の因果関係は?  当初、川勝知事は「早川の上流でリニアの工事をしていて、濁りをなくすための凝集剤を使っている」ことを挙げ、リニア工事の「濁り」とサクラエビ不漁の因果関係を調べると発言していた。当然、JR東海は「排水処理は基準を守っている」など早川の濁りとリニア工事は無関係と明言した。  そもそも「濁り」は地表の粘土性物質、土壌粒子、有機性物質、プランクトン、微生物などを含む駿河湾への森からの「栄養」成分を含んでいる。  静岡河川事務所によると、洪水時の濁流によって河口から排出される土砂量を調べることはできないが、シミュレーション予測で、安倍川の場合、過去33年間で24万トン程度、大井川では過去15年間で40万トン程度が駿河湾に排出されたと推測する。洪水時に大量の土砂とともに多くの流木などが駿河湾に流れ込んでいる。早川支流の濁流などはるかに超える量である。  南アルプスから駿河湾までの生態系の循環構造を調べると言っても、これだけ大量の土砂、流木を駿河湾へ供給する安倍川を除外しては正確な調査にはならないだろう。「豊かな森林は駿河湾を豊穣にする」と言うが、気仙沼湾の養殖漁業と駿河湾深海に生息するサクラエビでは全く事情が違う。豊かな森林は大井川、安倍川にもあり、その恵みがどのようになっているのかの調査となれば、大規模で何年も掛けなければならない。駿河湾の濁流による土砂量調査が国交省でも簡単にできていないから、静岡県がどこまで「濁り」を調査できるのかハードルは非常に高いだろう。  もしかしたら、川勝知事はその辺の事情をすべて承知した上で、担当課に「森は海の恋人」研究会設立を指示したのかもしれない。  昨年8月の日経ビジネスで、リニア新幹線南アルプス工事の影響で川勝知事は「おとなしい静岡の人たちがリニアの線路に座り込みの反対をする」などと、リニア工事による影響の不透明さを訴えた。  大井川、富士川などに比べて、非常に短い安倍川上流部でもさまざまな自然の現象が起こり、駿河湾に大きな影響を与えている。駿河湾は世界でもまれな豊穣な海と言われ続けてきたが、何らかの変動が起きているのかもしれない。川勝知事は、南アルプスで始まるリニア工事は東海道新幹線などとは比較できない大規模開発であり、思い掛けない災厄が起きる予兆をサクラエビ不漁に見たのかもしれない。川勝知事の呼び掛けに、記録的な不漁に見舞われるサクラエビ漁師たちはリニア工事に筵旗を持って抗議へ行くときがあるかもしれない。  国の未来へ警告を発することは、優れた政治家が行うべき使命なのだろう。ただ、理屈に慣れている県庁職員たちは川勝知事の真意をはかるのに時間が掛かるだろう。

ニュースの真相

静岡市民は”レプリカ”でいいのか?

「静岡市歴史博物館」の目玉がレプリカの理由  静岡市歴史博物館に展示される”目玉”はレプリカである。静岡市民はレプリカ展示の博物館だと承知しているのだろうか?  昨年11月の記者会見で川勝平太静岡県知事が、静岡市が計画を進めている歴史博物館建設について「一時、棚上げすべき」という意見を述べた。その意見を受けて、本サイトでは「川勝VS田辺 静岡市歴史博物館建設は棚上げを!」という記事をUPした。川勝知事の意見に賛成するとともに、展示の目玉が家康所蔵の歯朶具足(国重要文化財、久能山東照宮)及び紅糸威腹巻(県指定文化財、静岡浅間神社)のレプリカであったからだ。  静岡市担当課はレプリカではなく、「復元模造」と呼んでいるが、要するに本物ではなく「複製品」。約7千万円も掛ける、本物みたいなレプリカだという。しかし、事業費約60億円もの博物館建設でレプリカがその目玉では、市民すべての賛同は得られない。  調べていくと、静岡市は10年ほど前に歴史博物館基本構想の策定とともに、展示品についてさまざまな検討を始めていた。その結果、鉄舟寺に伝わる国宝・久能寺経を博物館の”目玉”の1つにするために交渉していた。  家康を祀る東照宮のある久能山は、平安時代、久能寺として繁栄、大小7百もの塔頭が築かれた。繁栄の歴史を語るのが厳島神社に伝わる平家納経(国宝)と並ぶ、華やか装飾経として知られる久能寺経。久能寺は東照宮建立後、現在の鉄舟寺の場所に移され、久能寺経も守られてきたが、国宝を保存管理するために東京国立博物館に預託された。現在17巻が鉄舟寺所蔵。温度、湿度管理などの最先端設備を有する静岡市博物館開設とともに、久能寺経は本来の場所に里帰りすれば、博物館建設に大いに意義があるのだろう。  ところが、目玉になるはずだった久能寺経は静岡市へ戻ってこない。 静岡市歴史博物館は文化庁ルールに対応できない  いくら久能寺経所有が静岡市の鉄舟寺であっても、国指定文化財となると文化庁がルールを決めて、移動を含めた保存管理まで細かく指導している。国宝、重要文化財の移動(現状変更)は文化庁の許可が必要となる。通常、国宝、重要文化財のダメージを配慮して年間60日のみ展示が許可される。展覧会の会期中に国宝、重要文化財の展示替えをするのは、文化庁の”60日間ルール”を守るためである。  久能寺経と並行して、新たな目玉の文化財も探したはずだ。しかし、そのやり方に問題があった。  2021年秋頃と静岡市博物館のオープン予定は決められているが、実際にはどのように運営していくのか、その中身は全く決まっていない。本来ならば館長、学芸員などの運営スタッフを決めて、その収蔵品をどのように展示、保存管理するのかなど早い段階で準備を進める。それがいまだ白紙に近い状態では、文化庁は久能寺経だけでなく、どんな指定文化財であっても静岡市歴史博物館への現状変更を許可するはずもない。  これでは、国宝、重要文化財を所蔵できないから、歯朶具足、紅糸腹巻のレプリカ展示でお茶を濁したと批判されても仕方ない。担当課長は「『駿府と家康、今川氏と東海道のつながり』をストーリーにして目玉にするしかない」と述べた。この発言の背景は10年近くさまざまな検討、交渉をしてきたが実を結んでいないからだが、レプリカならば、文化庁許可など全くなく自由にやることはできる。  それでは一体、そのストーリーはどのようなものであり、どんな展示をするのか。ところが、レプリカをどのように使うのか、肝心なところが全く見えてこない。 「家康朱印状」レプリカの意義  レプリカであっても感動を与えることは数多い。著名な例は、戦後すぐの貧しい時代、評論家小林秀雄が東京近代美術館を訪れ、ゴッホの「烏の群れと麦畑」複製画を見て感動したことをきっかけに、「ゴッホの手紙」という長編評論を出版したことだ。小林の随筆によって、多くの読者がゴッホ作品に親しみを持ち、理解を深めることができた。感動するのに、本物である必要はないかもしれない。それだけでなく、レプリカをつくる意義が重要な場合もある。  久能山東照宮では家康没後4百年記念事業で朱印状レプリカを作製した。1613年英国初の使節団が駿府城を訪れ、家康はオランダに続き、英国との通商を許可、その記念に英国王ジェームズ一世へ甲冑などを贈るとともに、朱印状をサーリス大使に手渡している。  家康の渡した朱印状は英国オックスフォード大学ボドリアン図書館日本研究図書館に現存する。関税の免除、日本国内の港への往来など7項目の通商許可が記され、その朱印状は4百年前以上に交わされた初の日英通商条約の証拠と言える。  当時はスペイン、ポルトガルが日本でキリスト教布教を熱心に進めていたが、その背景には植民地化して日本をカトリック国にしようという意図が隠されていた。家康はプロテスタント国のオランダ、英国との交流を優先して、カトリック国と決別することを決め、1614年キリスト教禁令を発布した。その転換点となったのが英国使節団の駿府城来訪であり、オックスフォードに残る朱印状は日本をめぐる国際情勢を物語る重要な証拠である。  東照宮からの依頼に、日本研究図書館のイズミ・タイラー館長は実物データを無償で貸与した。川勝知事がオックスフォード大学留学当時、イズミ館長との交流があったことで、その交渉がスムーズに進んだ。  朱印状に使われていた大高檀紙(岡山県)は廃業してなくなっていたが、その和紙に近い、土佐手漉き和紙を使い、静岡県内では唯一の大型校正機による印刷で本物に近いレプリカが出来上がった。2013年久能山東照宮では「日英交流4百年特別展」を開催、朱印状レプリカを展示した。最終的には、朱印状レプリカは2013年11月ティム・ヒッチンズ英国大使(当時)に寄贈、大使公邸の玄関に展示され、新たな交流が生まれている。  ストーリーとはいまにつながることであり、静岡市がどのようなストーリーを考えているのか、残念ながら大きな期待はできないかもしれない。 川勝知事の力を借りたほうがいい!  ことし3月、静岡県は経営管理部長名で「静岡市歴史文化施設の建築計画に関する意見」を静岡市に手渡した。「歴史博物館を整備すること自体を否定しないが、現行の計画をいったん棚上げ、駿府城公園内の発掘調査を踏まえ、利活用を再考すべき」などとしている。さらに、「本物の遺構と近距離にある博物館の建設は二重投資になるリスクがある」とも強調した。  田辺市長は「着々と整備を進める」として、予定通りに歴史博物館建設を進めることを明言した。再度、静岡県の意見に耳を貸さなかった。  実際の静岡市歴史博物館の進捗状況(窮状)を、田辺市長は承知しているのだろうか?この際、川勝知事の意見に耳を傾けたほうがいい。知事は単に批判的な意見を述べるだけにとどまらないはずだ。歴史博物館の窮状をちゃんと承知して、手を貸す準備をしているだろう。知事の人脈を使えば、歴史博物館にふさわしい人材を探してくれるかもしれない。博物館の目玉も考えてくれるかもしれない。英国最大の観光スポット・ロンドン塔に展示される家康がジェームズ一世に贈った「元茶糸威胴丸具足」(英国王立武器博物館蔵)を長期貸与させてもらうなどいくつもの方法が考えられる。  「拙速に施設の建設に着手すべきでない」。知事の批判はその通りであり、静岡県、静岡市の両者が手を携えるきっかけにしたほうがいい。  建物は著名な建築事務所によって、その概容は決まった(タイトル写真)。しかし、肝心なのはその中身である。いましばらく開館が遅れたとしても、市民だけでなく、静岡県民すべてが納得できる”目玉”を用意した歴史博物館を期待したい。

ニュースの真相

静岡県立病院に「老年センター」設置を

「健康寿命」87歳が死傷事故起こす  「健康寿命」延伸を目的に、静岡県は「社会医学健康」研究のための大学院大学開設を進めている。「ふじのくに型人生区分」を提唱、76歳までを「壮年」とし、社会で元気に活躍する世代と位置づけている。従来の区分では高齢者に含まれる「壮年熟期(66~76歳)」を「健康寿命」現役世代として活躍してもらい、「支えられる」側から「支える」側へ転換する機運を盛り上げるというのだ。  先日東京・池袋で、東大卒の元通産省キャリア官僚がアクセル操作を誤り、百キロ以上のスピードで暴走、31歳の母親、3歳の女児の自転車に衝突、2人を死亡させ、8人に大けがをさせる痛ましい事故を起こした。アクセルとブレーキペダルの踏み間違えではなく、ブレーキペダルのことは全く語られていない。彼は87歳だった。高齢ドライバーが重大な事故を起こすリスクは若いドライバーの3倍を越える。いまや高齢者は道路で最も危険な存在だ。  「ふじのくに型人生区分」では、老年は77歳からであり、87歳を「中老」と呼ぶ。87歳ドライバーは自分自身をまさに「健康寿命」世代と過信して、ハンドルを握っていた。アクセルとブレーキペダルの踏み間違え、逆走など「健康寿命」高齢者の事故が毎日のように報道される。「健康寿命」高齢者が「老化」を免れていない証拠だ。そこをちゃんと把握して、県は施策を進めるべきである。「健康寿命」とは何かの定義をあいまいにして、莫大な事業費を投じることは県民にとってあまりに不幸だ。 「老化」には勝てない  高齢者の脳は萎縮する。30歳で脳は1・4キロあり、頭蓋骨にぎりぎり収まるぐらいの大きさである。40歳ころから灰白質(脳の表面の神経細胞の集まるところ)が喪失しはじめ、70歳になると、脳と頭蓋骨の間には2センチ以上の隙間ができてしまうほど灰白質は失われている。頭蓋骨の中で脳がゴロゴロと回ってしまうから、頭部への衝撃で、高齢者が脳出血を起こしやすい大きな原因となる。  最初に萎縮を起こす脳の部分は一般的には前頭葉である。前頭葉は判断と計画を司るところ。次が記憶を整理する海馬だ。高齢になると、作業記憶が失われる。いくら若いときに優秀だったとしても、悲惨な死亡事故を起こした87歳男性ドライバーの脳は昔のようには働いてはいない。彼は「アクセルが戻らない」と事故後に訴えたが、アクセル機能には何ら問題はなく、実際は前頭葉、海馬の機能に大きな問題があったことがうかがわれる。  87歳男性は足の関節を痛め、1年ほど前から病院へ通院していたという。老化の問題はパーツごとに起きる。骨や歯が軟化するのに合わせて、血管や関節、筋肉、心臓だけでなく、肺までもカルシウムが蓄積して柔軟さを失っている。40歳ごろから筋肉量と筋力が低下しはじめ、80歳になると筋肉の重量は若いときのほぼ半分に減ってしまう。  手足の関節は変形関節炎による破壊を受けて、関節の表面はガタガタになり、すり切れた状態になっている。「アクセルが戻らなくなった」という主張こそ、自分自身に起きている老化による運動神経の喪失結果(当然、脳にも及んでいる)を自覚できていなかった証拠だ。右足の不調というサインが出ていたが、「健康寿命」を過信して車を運転した。  この87歳男性のように「健康寿命」を過信した高齢者ドライバーが増えた場合、いくらテクノロジーが進歩しても、今回のような悲惨な事故が繰り返される結果を招くだろう。「健康寿命」が「老化」に勝てるはずもないのに、いつまでも若いという幻想だけを想起させることになる。 老年科医の役割こそ重要だ  衰えはすべての人の運命である。  わたしの母は80歳を過ぎてから、睡眠不足、食欲不振、ふらつきなどを訴えた。クリニックへ行っても、自律神経失調症と診断され、さまざまな薬を投与されるだけだった。このため、母の不調は改善されず、静岡県立総合病院をはじめ多くの病院を渡り歩いた。母の状態は一向によくならなかった。  浜松で開業する「老人」を専門にする医師を受診した。日本では珍しい老年科部門のクリニックである。  「今日はどうされましたか」。医師は彼女にちゃんとあいさつをしたあと、優しく質問していった。お互いの会話はにこやかに続き、母の顔には医師を信頼している表情が浮かんだ。血圧を調べたら、正常範囲。目と耳を調べ、開口させ、聴診器を出して心音と呼吸音を聴診した。母からすべての事情を聴いた。医師は、母に投与されていた5種類以上の処方薬をやめるよう指示した。それぞれが有用なことは間違いないが、有用性よりもふらつきの副作用を生じさせる原因だった。健康によいからと低カロリー・低コレステロールと銘打った健康食品を食べていたが、きょうからは高カロリーの食事をするよう勧められた。  医師はたっぷりと時間を取って話をするとともに、何と丁寧に母の耳垢を掃除してくれ、母が靴下を脱ぎ、爪を切り、そのあと、片足ずつどのように靴を履くのかなどを注意深く見た。医療の目的は特定の個別の問題-認知症、がん、高血圧、膝関節症、糖尿病など、それぞれに対して何かをすることは得意だが、老人の基本的な生活機能障害についてケアしていないのだ、と医師は話してくれた。  薬をシンプルにして、もし関節炎があるならばそれが収まっているのかどうか、足爪が切られているのか、耳垢をちゃんと掃除しているのか、どのような食事をして、食べる量が体力を維持するのに適しているのかなどをチェックする。老年科医の役割は患者が生活機能障害に陥らないように目配りすることのようだ。  人は余分な腎臓、余分な肺、余分な生殖腺、余分な歯を持ち、細胞はたびたびダメージを受けても修復を繰り返す。しかし、時間がたつにつれて、どんな優秀な修復システムでも全体を止めてしまうときが来る。老年科医の役割はそれをいくらか遅らせることである。  調べてみると、日本では老年科医の数は非常に少ない。もし、まじめに老年科医の使命を果たそうとすれば、病院のもうけはなくなるからだ。高血圧の薬をやめさせ、さまざまな処方をしなければ診療報酬を得られず、病院経営が成り立たないからだ。 「老年科医」の育成ならば理解できるが…  静岡県立総合病院に必要なのは「社会健康医学」研究のための大学院大学ではなく、高齢者にちゃんと対応する「老年センター」である。  「社会健康医学」研究の大学院大学有識者委員会委員長は、2018年ノーベル医学・生理学賞受賞者の本庶佑氏(77)。がんの免疫治療薬「オプジーボ」開発のきっかけとなるタンパク質を発見した。現在、小野薬品工業と「オプジーボ」の特許対価が低すぎるとして厳しく争っている。いくら有名人であっても、「老化」問題の専門家というわけではない。本庶氏自身が「老化」についてどのように考えているのか聞いてみたい。  大学院大学は疫学、医療統計学、環境科学などの教育を行い、県内の病院で働く医師、看護師らに社会健康医学修士を授与するというのだが、これで県民の「健康長寿」に役立つのか全く不明である。また、本庶氏は記者会見で「大学院大学は大きな投資であるが、将来静岡県の医師不足の解決につながる」と話した。本庶氏自身が静岡県の施策に疑問を抱いていることは確かだ。優先すべきは社会健康医学修士を育てることではなく、早急に医師確保をしていくための施策をすべきだと分かっているようだ。  静岡県立総合病院にはさまざまな診療科があるが、残念ながら老年科はない。最も多い患者は高齢者であるが、老年科の専門医が患者を診ていないのは、経営の点からというよりも、老年科医の役割が知られていないからだろう。  タイトル写真は、静岡市内でアクセルとブレーキを踏み間違えてコンビニに突っ込んでしまった高齢女性による事故直後の様子だ。今後、「健康寿命」高齢者が増加すれば、このような事故は増えていくのだろう。「健康寿命」と「老化」は、全く別のものであることをちゃんと説明できる老年科医こそが必要である。  静岡県立総合病院に必要なのは「大学院大学」ではなく、老年科医の育成も目指す「老年センター」であることを「壮年熟期」の川勝知事は理解すべきなのだろう。

ニュースの真相

「成年後見制度」のなぞ1 家裁の役割とは

親族後見人は不正を働く?  朝日新聞19日付1面トップ記事に『成年後見「親族望ましい」』『選任対象 最高裁、家裁に通知』『専門職不評利用伸びず』という3本見出しの長い記事が掲載された。その記事は、ことし1月、最高裁が全国の各家裁に送った通知を基に書かれた。その通知「制度の利用促進を図るため、できる限り親族等身近な支援者を後見人に選任することが望ましい」を最高裁で確認した。使い込み不正のため、親族後見人は毎年右肩下がり、2018年では子供などの親族による後見人が23%にすぎない状況を改善する狙い。  朝日記事によると『後見人の選任は各裁判官が個々の事案ごとに判断するため「あくまで一つの参考資料」』(最高裁家庭局)の見解も示している。これでは、利用促進策の趣旨を反映させるのは難しい。それだけ難しい事案が多いのだろうか。  後見人等による不正報告件数は2013年662件、ピークの2014年は831件、約56億7千万円。その不正のほとんどが親族によるもので90%を超えていた。ああ、そうだったのか、最初に会った静岡家裁書記官(女性)のわたしに対する不審に満ちた視線の意味をようやく納得できた。 静岡家裁から突然の「照会書」  2013年7月10日、突然、静岡家庭裁判所から封書が届いた。返信用封筒と「平成25年(家)第✖✖✖号 後見開始の審判申立事件」と記され、姉が母の後見開始の審判を求める申し立てについて、審理の参考にするため、以下の4点についてアンケート記入して返送を求める「照会書」が入っていた。  1、あなたは、今回の申立を知っていますか。  2、ご本人に後見等開始の手続きをすることについて、どう思われますか。  3、ご本人の後見人に、裁判所が選んだ第三者(弁護士、司法書士、社会福祉士等)を選任することについて、どのように考えますか。  4、その他、ご意見等があればお書きください。  ここで言う「ご本人」とは母のことだ。たったこれだけのアンケートでも簡単に理解するのが難しい。とにかく詳しい説明を受けようと、家庭裁判所に出向いた。そこで、担当する女性書記官に会ったのだ。  ところで、「照会書」アンケートには最後まで、何も記入しなかった。 成年後見人は母の希望?  静岡家裁で事件番号✖✖✖号の「後見開始申立書」をじっくりと閲覧、指示したページをすべてコピー(有料)してもらった。  とにかく難しい用語が多い。「後見・保佐・補助」のうち、「保佐」は「補助」とどう違うのか分からない。「後見」に手書きで〇印が入れてあった。島田市の弁護士が申立代理人だった。当時、母(当時87歳)は実家(島田市)から介護付き有料老人ホーム(静岡市)に入所して、2カ月もたっていなかった。  びっくりしたのは、弁護士が書いたと思われる「申立ての理由及び事件の実情」の(特記事項)だった。 「現在、本人(母)の預貯金、保険等の金融資産はすべて長男(わたし、申立人の弟)が管理中であり、申立人は無論のこと、本人は一部を除きその内容を全く把握していない。本人の希望としては、自らの財産を長男にすべて開示してもらった上で、実子のいずれかではなく、弁護士等の専門職(第三者)に管理を委ねたいと思っている」とあった。  これでは、母の財産をわたしがすべて恣意的に独占して、場合によっては使い込む可能性があり、姉は成年後見制度に「正義」を求めたとしか思えないだろう。  本人(母)が希望?その日も、自宅近くの施設へ出向き、母に会っていたが、こんな話は出なかった。母が何も言わないはずがない。  家裁から送られた「照会書」を見てすぐに、やって来たのは後ろめたさのためであり、わたしに向けられた書記官の視線は「いまさら何を言っても遅いですよ」と冷ややかに諭しているように見えた。 医師と弁護士の相対立する主張  その約1年前に父が亡くなり、母、姉との遺産分割協議書をわたしが作成した。そのときも姉は弁護士を立たが、今回の弁護士は全く別人だった。なぜ、弁護士を変えたのだろうか?  申立書に添付された診断書(成年後見用)をじっくりと読んだ。母に付き添い何度も面会した、島田市の脳神経外科医が担当していた。それですべてがようやくわかった。認知症の長谷川式検査19点、その検査日付は5月13日となっていた。  その2か月前、自宅から静岡市の有料介護施設へ母はお試し入所した。体験入所(1週間)を経て、1週間ほど自宅に戻り、姉が母を正式に施設へ連れてきた。その1週間で脳神経外科医院、その近くにある弁護士事務所へ連れて行ったのだ。  診断書の「本人の能力に関する事項」で「制度や申立ての意味を理解して意見を述べることは不可能である」にチェック、さらに「言葉・筆談等で周囲の者と意思疎通ができないか、できるようにみえても意味が通じない、または通じないことが多い」にレ点が入れてあった。  まてよ、これでは弁護士の(特記事項)と矛盾するではないか。そこで、わたしは「『本人の希望として、弁護士等の専門職(第三者)に管理を委ねたいと思っている』と(特記事項)に書いてあるが、医師の診断書では『制度や申立ての意味を理解して意見を述べることは不可能』としてある。診断書は、母を心神喪失の状態としているのに、弁護士は『希望する』などの会話ができるなど全く正常な識別能力があると書いている。これは全く信用できない申立書ではないか」と書記官に疑問を述べた。  わたしの意見に、書記官は何も応じず「もし、この申立書に何か意見があるようでしたら、別の文書で提出してください」などと話した。裁判所書記官は何らかの判断をしてはいけないのかもしれない。  しかし、こんな矛盾した申立書をおかしいと裁判所が判断できないようではムダな時間と費用が掛かるだけになる。 死ぬまでにお金を使い果たす  2カ月前、母が入所した施設の個室には現金、通帳等を置かないことが規則。近所のファミレス、食堂や移動販売のパン屋、雑貨、衣類など購入も施設がすべて立て替えてくれ、月末に母の口座から引き落とす仕組み。施設の美容室、鍼灸マッサージなど希望で何度も受けられ、週1回の主治医往診などもすべて口座払いだったから、現金は全く不要だった。  当然、わたしが通帳類を管理していた。また、銀行の本人確認は年々厳しくなり、わたしが勝手に現金を引き落とすことなどとうてい無理だった。  10年以上前の両親との会話を思い出した。父から財産管理の相談を受けた際、「生命保険」など不要だからやめるようアドバイスした。  経営コンサルタント、大前研一さんは「日本人は死ぬ瞬間が一番金持ち、イタリア人は生きている間に使い果たす」と言っていた。「貯めたお金はなるべく自分たちの人生のために使い切ったほうがいい」とアドバイス。両親たちの貧しい苦労した時代をよく知っているだけに、生命保険などすべて解約して、それでどこかに旅行するよう話した。  2人は厚生年金で十分すぎるほど生活できていた。田舎暮らしであまり使わないから、預貯金は増える一方だった。父は車を乗り換えるのが趣味だったが、突然、亡くなってしまい大切な財産を使い果たすなどできなかった。 家裁調査官を派遣してほしい!  当時、母は大声でないと聞こえず、その上、補聴器を嫌うから、他人との会話はスムーズにできなかった。加齢による物忘れもしばしばあった。ただ、長年経理の仕事をしてきただけに数字には強く、特に財産管理について正常な判断ができた。父が亡くなったあと、介護保険認定を受け、介護度1に認定された。「後見」対象となる「判断能力が全くない」認知症であろうはずもなかった。(詳しくはニュースの真相「認知症のなぞ1 家庭裁判所の『診断書』」をご覧ください)  後見開始申立書に本人以外の申立の場合、申立付票1、2が付いていた。そこに「家庭裁判所調査官が本人のところへ面接調査へ行く場合がありますが、留意点(訪問可能な時間帯、訪問する際の本人の精神面への注意等)があれば記載してください」とあった。  何だ、簡単だ、家裁調査官に母の施設へ行ってもらい、母の状態を確認すればはっきりとするだろう。そうすれば、母が成年後見を望んでいないことがはっきりする。成年後見がどのような制度か母には理解できていないだけだろう。母はたとえ弁護士でも赤の他人が自分の財産を管理することなど望んでもいない。調査官が大きな声で、わかりやすく言ってもらえれば、母にも十分理解できる。そうすれば、ムダな時間と費用を使わなくて済むだろう。  「まず、調査官の派遣をお願いします」。書記官にそう言ったのだが、やはり、先ほどと同じで「申立書に何か意見があるならば、別に文書で提出してください」と言った。当時は全く知らなかったが、国の方針で制度の利用促進が重要だったから、書記官はその方針に従っていたのかもしれない。  成年後見制度って一体何なのだ?裁判所が話をわざわざ難しくしているのではないか?もし、申立が増えたら、本当に対応できるのだろうか?  次回は事件の当事者としてではなく、静岡家裁で取材してみた成年後見制度とは何かを紹介していきたい。

ニュースの真相

川勝VS田辺3 静岡市長選での戦い方

77歳天野氏の出馬、70歳川勝知事が称賛  静岡市長選(4月7日投票)に難波喬司副知事(62)擁立に動いた天野進吾県議(77)が立候補表明、田辺信宏市長(57)と戦うことになった。びっくりしたのは、何よりも20歳も違う年齢差だ。昔、77歳は喜寿と呼ばれる長寿を祝う年齢だった(いまもそうかもしれないがー)。  江戸270年の平和時代の礎を築き、75歳(数え年、満73歳)の長寿を全うした家康公が「目は霞(かすみ)耳は蝉鳴りは歯は落ちて雪をいただく年の暮れかな」(「校合雑記」四)という狂歌をつくり、晩年の感慨を読んだのは遠い昔か。ベストセラー小説「終わった人」(64歳の男性が主人公)につづく、「すぐ死ぬんだから」(いずれも内館牧子著)は元気いっぱいの78歳女性が主人公だ。  「よく決断された」。川勝平太静岡県知事(70)は、30年前に旧静岡市長だった天野氏の出馬を絶賛した。知事が天野氏を支援する構図がはっきり見える。  川勝知事が肝入りする「健康寿命の延伸」を目的とした「社会健康医学大学院大学構想」の人生区分では、77歳を「初老」、知事の70歳を「働き盛り」としているから、天野氏出馬は、まさに静岡県の「健康寿命」モデルにぴったりと考えたのだろう。ことし1月1日現在で、静岡市の天野氏と同じ77歳人口は9085人、田辺氏の57歳人口は8593人でこちらも天野氏が圧倒。静岡市には寝たきりの77歳はいないだろう(多分?)。  もし、天野氏が市長就任すれば、県庁所在地市長の最高齢(現在は佐賀市長の76歳)となり、全国から大注目を集めるのは間違いない。  「60、70鼻たれ小僧おとこ盛りは百から百から」(平櫛田中)。年齢ではとうていかなわない田辺氏はどのように巻き返すことができるか。 静岡市の課題は若い女性の流出  当然、選挙戦はそれぞれの年齢や健康を競うものではない。静岡市の未来を決める政策を競い、その政策実現に期待、投票するのが選挙である。  昨年9月、日本銀行の黒田東彦総裁(74歳)が静岡市を訪れ、「人口が全国に比べて高い率で減少し、特に若者や女性が首都圏に流出している」と分析、まさにその若い女性の人口減少が静岡市の最大の課題である。  「静岡市、推計人口70万割れ 政令市で初か」(2017年4月7日日経新聞)。各紙一斉に静岡市の人口が70万を割り69万9421人と大々的に伝えた。全国に20ある政令指定都市で70万人を切ったのは静岡市だけだから、一大事、市民に衝撃を与えた。静岡市は東京・有楽町に移住相談窓口をつくり、学生の新幹線助成を行うが、残念ながら、人口減少を止められない。  静岡市人口は30歳を境に、男女の違いがはっきりとする。30歳超はほぼ平均して男女の人数は同じだが、30歳以下の若い世代になると、各年齢の女性数が男性よりも2百人から4百人も少ないのだ。つまり、黒田総裁の分析通り、若い女性が首都圏などに流出してしまっている。  静岡市は、若い女性たちが住みたい街になっていない? 解決策は「女性活躍」と「コンパクトシティ」  黒田総裁の課題分析に対して、当然、日銀は処方箋を考えているはずだ。日銀静岡支店を訪れ、竹内淳支店長に聞いた。竹内氏は人口減少を止める対策として、「女性活躍」と「コンパクトシティの重要性」の2つのキーワードで対処することを奨めた。  昨年3月、竹内氏は前任の甲府支店から身延線に揺られて静岡へ赴任した。身延線の山並みの景色から、富士市から静岡市へと入ると「光あふれて都会を感じた」という。自転車で静岡市内を回ると、「非常ににぎわっていて活気ある街並み」と評価は高い。駅前から呉服町通りの歩行者天国は歩きやすく、週末ごとのイベントに若い家族連れなども詰め掛ける様子も魅力的。それならば、若い女性にも気に入られるはずだが?  何かが足りないのだろう。  「にぎわいのあるエリアとその影響を受けているエリアのギャップの問題」と分析。たとえば、空き店舗や空き家がそのままになっているエリアが中心部にも広く分布し、その所有者らと街づくりのデベロッパーなどと橋渡しし、開発の妨げになる規制緩和を含めて手助けする役割を行政が担い、コンパクトシティ創設につなげるのが解決策に近づくようだ。  にぎわっている中心繁華街をどのように拡大していくか。そこに交通弱者となる高齢者や若い女性の生活する場所をもたらすことができるのかなど、田辺市政も推進してきたが、なかなか効果は見られない。  竹内氏提供の資料に、平均賃金の男女格差を示す統計調査で静岡市は全国ワースト2位だ。「給料の高い女性向きのビジネスが地域の好循環を生んでいく」というが、東京並みの女性の給料を支払う企業を増やすにはどうするか。  いずれにしても、静岡市長はどのような政策を示すことができるかだ。 人口70万超を死守できるか  人口70万の政令市というブランドは極めて重要だ。2017年4月に70万割れと大騒ぎしたが、人口を知る統計数字は推計人口だけでなく、住民基本台帳(世帯ごとに住民票を基に作成した台帳)がある。  こちらの数字では「70万1937人」(2月1日現在)。かろうじて70万を維持している。住民基本台帳は1月1日住所で個人住民税の課税対象や選挙人名簿となるから、個々人には重要な届けである。ただ、住民票を家族の元に置いたまま、東京の学校に進学していたり、あるいは逆に東京から単身で静岡に赴任、住民票はそのまま東京に置いてあったり、個々人の事情で住民票の移動なしで転出入している場合も多いから、住民基本台帳の数字が正確に人口に反映されていないのは確かだ。  人口について議論するとき、国勢調査による推計人口と住民基本台帳人口の2つがあり、両方とも決して間違った数字ではない。国勢調査による数字は各戸を調査員が回って確認するから、信頼性が高いと言われるが、外国人や夜間に働く人たちなど国勢調査員を避ける場合も多々ある。  国会での統計不正にかかわる審議を見ていて、統計数字はひとつの重要な指標だが、正確性を欠くのはやむを得ない場合もある。  静岡市人口は現在「70万1937人」。この数字は70万を割っていないから非常に響きがよい。ただし、何もしなければ今年中に70万を割るのは確実だ。 70万割ったら、政令市返上を!  静岡市のピーク人口は1990年の73万9300人(人口推計)。当時の旧静岡市長を天野氏が務めている。静岡県の人生区分では、平均寿命を超える88歳以上を「長老」としているが、さすが静岡市でもその年齢になるとぐっと少なくなる。亡くなる人も多く、それが減少の一番の理由だ。  ところで、静岡市は、高齢の家康が過ごした”隠居の場所”で、若者ではなくお年寄りの街のイメージが強い。それは大間違いである。  家康は将軍職を2代秀忠に譲ったあと、駿府(静岡市)に移り、オランダ、英国との通商条約を締結する外交、金座・銀座など金融財政の実権を握り、江戸と二元政治を行った。家康は駿府に隠居したわけではない。当時の江戸人口15万人、駿府は10万人超、現在発掘が行われている駿府城天守閣は江戸城の規模を上回り、駿府は江戸、京都、大坂と並ぶ日本の大都市だった。  政令市の指定要件は法律上では「50万以上」と書かれているが、実際は「大都市性の面において大阪、横浜など既存の指定都市とそん色がないこと」を求められている。「70万を割るようなことがあれば、政令市を返上する」。両候補には、そんな覚悟を示す政策を示してほしい。70歳知事が支援する77歳天野氏は、全国から若い女性を呼び込み「77万都市」となる奇抜な公約を打ち出すに違いない。それに対して現職の田辺氏は守りではなく、びっくりするくらいの積極策で対抗してほしい。駿府城の家康公も若い女性が大好きだったという記録があるから、たくさんの若い女性が定住したい街づくりを2人の公約としてほしい。 ※タイトル写真は、田辺氏の七間町に設けた後援会事務所。1987年に天野氏が市長に就任しているから、「起点としての80年代」展も何か意味深である。

ニュースの真相

新聞記者「正義」の話をしよう

朝日記者の「書かずに死ねるか」  朝日新聞政治部記者野上祐氏の「書かずに死ねるか 難治がんの記者がそれでも伝えたいこと」(朝日新聞出版)にはうんざりするほど「記者」あるいは「政治記者」の表記が登場する。亡くなるまで「記者」であり続けようとする筆者の思いなのだろう。だからか、「記者」としての過去の業績も自慢げに語っている。  『世のありように「ひっかき傷」をつけることができたと今も誇りに思う「調査報道」が沼津時代に二つある』。野上氏は20年前の支局時代の”手柄”をそう書いた。  『一つは、ある市長選の取材を通じて、改正公職選挙法の「抜け穴」に迫ったものだ。候補者の中に、ほかの選挙で陣営から違反者を出した男性がいた。市長選への立候補は合法だが、グレーな印象はぬぐえない。なぜこうした立候補を許す抜け穴ができたのか。法改正に関わった総務省や当時の担当閣僚の証言を積み重ねると、こうした候補者が現れるのを誰も想定していなかった実態が明らかになった。  男性の当選を受け、自民党の森喜朗幹事長(当時、後に首相)、民主党の羽田孜幹事長(元首相)がともに「釈然としない」と述べた。抜け穴対策は一時、国政の課題と位置づけられた。  この件で恐ろしいのは、過去に同じような立候補例が1件あったことだ。だが、その地元の記者が反応せず、それきりに。すべては「おかしい」と素朴に感じる目玉の働きだ』  ずいぶんあいまいで具体性に欠ける説明である。これでは何のことか、読者には理解できないだろう。  1999年12月に行われた三島市長選挙の資料を引っ張りだしてきた。 20年前、三島市長選は全国ニュースに  野上氏が書く「抜け穴」とは、改正公職選挙法で拡大連座制(対象が秘書や運動員などに拡大)の適用を受けた候補の制裁が限定していることを指す。連座制の制裁範囲は「立候補禁止の期間は連座に関わった対象の選挙に限定している」  98年4月から三島市では特別養護老人ホーム開設にからむ汚職事件で逮捕者が続き、関与の疑いの濃かった市長が病気入院、辞職した。これに伴う市長選に、96年の衆院選に出馬、落選した寺院住職、小池正臣氏が立候補した。県議から国政選挙に打って出たが、伊豆半島の郡部での運動員が買収で逮捕、小池氏は拡大連座制適用となり、5年間衆院静岡7区への出馬を禁止された。  小池氏の三島市長選へ立候補を「抜け穴」として、「法の精神に反する」と野上氏は厳しく批判した。地方版で何度も報道した記事を全国版にリライトして、夕刊1面トップ記事に仕立て上げたときにはびっくりした。この報道に対する反響は大きく、翌日には読売が追い掛け、朝日、毎日は社説でも「立法の精神に違反する」など批判、極めつけは写真週刊誌「フォーカス」が朝日の夕刊を持って取材に訪れ、「連座制失格でも市長選に出馬する坊主の厚顔」という記事を掲載、地方の市長選挙が一躍、全国レベルの話題になった。批判の渦の中で”連座制失格”候補は、大差で敗れるだろうとだれもが予測した。  反小池候補の最有力としてO県議が出馬すると、朝日は「連座制適用の小池氏を選ぶ良識を疑う」という記事を連日のように載せ、O氏支持を鮮明にした。前市長の後任と目された元市幹部、共産党女性候補による4人の激しい選挙戦が展開された。汚職の逮捕者が続いた街の再生ではなく、”連座制失格”候補への批判が選挙戦のテーマになった。  朝日の推すO氏優勢のまま終盤戦を迎えたが、候補者アンケートが地方紙に掲載されると形勢は一挙に逆転した。中心街のビル跡地活用について、O氏は「跡地活用は考えていない」と素っ気なく回答。圧倒的にO氏優勢が伝えられていたが、あまりの無責任さに市民の怒りを招いた。奇跡的な大逆転で、小池氏が3候補を大差で破り見事当選を果たした。  野上氏は翌日朝刊で『三島市長選「連座」元県議当選』(1面)、『連座再出馬 批判は埋没 制度の改善図る時期』(社会面)と全国版で報道、街の再生ではなく「連座制再出馬」批判をつらぬいた。  野上氏が著書に書いたように、総務省(当時は自治省)は本当に「このような候補を想定していなかった」のか? 朝日の「良識」と社会「常識」の違い  95年愛媛県議選で拡大連座制を適用され失職した元県議が98年4月に市議選に出馬して当選した。野上氏が「地元の記者は反応せず、それきりに。」と書いた過去の事例である。  当時の自治省選挙課を取材すると、「本人の罪と違い、拡大連座制による制裁を限定的にして、連座制を免れる方法を設けているのは憲法違反に問われないためにも必要」と説明した。最高裁の判断を含めて自治省の見解は合理的だったが、なぜか、朝日は「このような候補を想定していなかった」と書いた。  「抜け穴対策は国政の課題」(野上氏)だったはずだが、2003年民主党の都築譲代議士は連座制を適用され失職、その3年後、愛知県一色町長選に当選したのをはじめ、同じような立候補は数多く続いた。なぜか、朝日は2006年の都築氏出馬を含めて”抜け穴”立候補について、大々的な報道は行わなかった。  三島市長選での大騒ぎはマスコミによる地方選挙戦への介入に見えた。そんな逆風の中、なぜ、小池氏が当選したのか野上氏は取材しなかった。 「圧力感じたようだ」記事の裏側  「圧力を感じたようだ」。3段見出しの大きな記事が2000年3月3日朝日新聞地方版に掲載された。  三島市長選の翌年、1999年11月、場外舟券売り場建設計画にからみ伊豆長岡町長が百万円収賄の疑いで逮捕された。町長は一貫して否認、町には「町長を支援する会」が設立され、町民の7割を超える1万人以上の署名が集まり、議会の町長不信任案は大差で否決されるなど異常な事態が起きていた。  2月の初公判で町長は「全く身に覚えがない」と争う姿勢を見せ、拘留は3カ月に及んでいた。読売新聞によると、3月2日の第2回公判で贈賄側の会社役員の妻が出廷して、検察側の尋問で「(町長逮捕後に)『証言を変えろ。変えないと損害賠償請求する』というようなことを言われたことはないか」と質問。妻は「証言を変えろとまでは言われていないが」と否定した上で、✖✖(わたし)から「電話で『(町長の妻が経営する)旅館が暮れのかき入れ時なのに客が減り、損害が出ている。賠償請求すると言っている』と言われた」など証言した。  この公判後、野上氏は妻ではなく、代理人弁護士を取材、「証人威迫にあたるほどではないが、圧力は感じたようだ」と証言を得た。それで、最初に書いた「圧力感じたようだ」という大見出しが出来上がった。  当然、野上氏は知らなかっただろうが、贈賄側会社役員と逮捕の1年以上前から交流があり、わたしは何度も妻やその息子(町職員)とも会っていた。「お父ちゃんは町長に現金など渡していない」と最初に言ったのは、米屋を営む、その妻だった。伊豆長岡町の旅館が得意先であり、わたしよりも旅館の内情に通じていた。5月には町長夫妻が仲人で、息子の結婚式も予定されていた。  極めつけは、贈賄側が町長の旅館を訪れ、現金百万円を渡したという警察、検察の特定した日にちについて、数年前の手帳を探してきて、「お父ちゃんはその日は京都のお寺の会合に行っていた。寺の坊さんに確認してくれれば分かる」とその妻が教えてくれた。わたしは京都にあるその寺に出向き、同じ証言を得た。  「このまま、お父ちゃんが出てこないと、3千万円の仕事がダメになる。ごめんなさい」。それが妻からの最後の電話だった。否認すれば拘留が続くのは、カルロス・ゴーン氏の場合でおなじみだ。”自白”さえすれば、保釈され、なおかつ、贈賄事件の被告人は執行猶予付きの”微罪”判決を得る。第2回公判直前に会社役員は保釈された。  その後、現金授受の日に会社役員と一緒にいたと証言した京都の住職、同じ会合にいた他の僧侶らも証言を簡単に変えてしまった。会社役員の妻同様に彼らの都合で証言を変えたことをわたしが批判する術はない。  考えてもみてほしい。なぜ、検察側はその妻に「証言を変えろと言われたことはないか」などという不思議な質問をわざわざ法廷でしたのか?わたしが京都へ行ったことを検察官は妻から聞いていたはずだ。多くのことを知っているわたしを排除しなければあとあと面倒になると考えたのだろう。わたしは地方新聞社のサラリーマン記者であり、裁判に名前が出たことで汚職取材を一切禁じられ、直後の3月異動で本社内勤となった。その後町長は自ら辞職、町の支援ムードも一気に潮を引くように消えていった。  元町長は最高裁まで争ったが、贈賄側の証言を覆すことはできなかった。最高裁で有罪判決を受けたあと、元町長から送られてきた裁判の全記録に、唯一の頼みが、京都の寺院住職らの証言だったと書かれていた。野上氏の『すべては「おかしい」と素朴に感じる目玉の働き』では事実を見通せたはずもない。 「できる記者」とは?  「書かずに死ねるか」は、「できる記者っていうのはね」ということばから始まる。社内の交流人事で営業から記者になった入社4、5年目のことだという。「大事な話を聞いても、目が動かない」のが「できる記者」と書く。  今回、「書かずに死ねるか」を読んでいて、野上氏にとって「できる記者」であることが最優先だったことがわかる。もし、たった百万円の贈収賄事件の真実がどこにあるのか野上氏が突き止めたとき、「書かずに死ねるか」どうかは知らないし、書いたとしても元町長の有罪がひっくり返るどうかもわらかない。ただわかるのは、政治家を含めてすべての取材先が求めているのは、都合のよい「媒体(新聞紙面)」であり、「できる記者」かどうかは関係ない。贈賄側の会社役員、その妻、京都の僧侶たちなど個々の都合で「事実」は変わっていく。野上氏が属していた政治部記者の世界も都合によって「事実」そのものが変わるだろう。歴史にさまざまな見方があるように、「事実」はひとつではない。  「書かずに死ねるか」を読んで、新聞記者の「正義」とは何かをあらためて考えるきっかけになった。  野上氏は2016年1月ステージⅣのすい臓がんが見つかり、2018年12月28日に亡くなった。行年46歳だった。心からご冥福をお祈りする。

ニュースの真相

川勝VS田辺2「劇場型選挙」は不発に

難波副知事の市長選撤退  4日県庁で、難波喬司副知事が静岡市長選に「出馬しない」ことを宣言した。また川勝平太知事に辞表願を提出したが、知事は受け取らず、引き続き、難波氏は副知事として県政にあたることも明らかにした。当初の予想通り、会見内容は「市長選不出馬」と「副知事職の継続」の2点のみだったが、テレビ、新聞の取材陣は驚くほどに多く、また、翌日の新聞報道でも中日新聞の1面準トップ、社会面トップ、中面トップの破格の扱いをはじめ各社とも大きな紙面をさいて、このニュースを伝えた。  記者会見前に「予想に反して、副知事が出馬宣言すれば大きなニュースなる」と記者の一人が冗談めかして言った。1月25日中日新聞は朝刊準トップで「難波氏 事実上の出馬表明」と顔写真入りで大きく伝えた。前回の市長選でも、田辺氏の対立候補が川勝知事の出席した出版記念会の翌日、出馬表明している。自著の出版記念会後に難波氏は「近いうちに出るか出ないか決める」と述べただけだったが、発言や会の盛り上がりなどから中日記者は「出馬の意向」と受け止めた。その報道は支援団体らの期待を膨らませた。  どう考えても、情勢を正しく分析すれば、難波氏の出馬がいかに困難か予想できた。出馬を望む川勝知事、市民団体らの声がどんなに大きくても、ほとんどの政財界メンバーは田辺氏を推薦する側に回っていた。  選挙に不可欠な3要素をたとえた「3バン」の「ジバン(地盤=支援組織など)」「カンバン(看板=容姿、知名度など)」「カバン(鞄=選挙資金など)」を見ても、地元出身、小中高時代からの友人も多く、難波氏よりも5歳年下で見た目も若い田辺氏に軍配が上がる。すぐれた政策や資質ではなく、選挙では3バンが重要であり、何よりも現職の後援会組織は大きな強みである。 「静岡県型県都構想」が争点  「信条の『共創』で、みんなと課題解決することを訴える選挙戦にできるのであれば、立候補したいと思っていたが、劇場型の選挙に出馬するのは公務員としての私の信条に合わない」。また、「相手方を徹底的にたたく」劇場型選挙は「望ましくない」と述べた。すべての新聞が「劇場型選挙を望まない」と報道している。  「劇場型選挙」とは、2005年小泉純一郎首相が「郵政民営化」の賛成か反対かという単純明快なキャッチフレーズで国民の信を問うた衆院選挙で使われた。「小泉劇場」「刺客」などが新語、流行語となり、小泉氏率いる自民党圧勝の選挙戦略となった。  2014年の大阪府知事・市長選では「大阪都構想」、また東京都知事選で「原発反対か賛成か」で同じような「劇場型選挙」が戦略として使われている。  多分、難波氏はわかっていて「劇場型選挙」を使ったのだろうが、もし、難波氏が立候補していれば、川勝知事が繰り返し述べていた「静岡型県都構想」が選挙の争点になっていたのではないか。法律的には「県都構想」は難しいが、川勝知事の意向を受けて静岡県、静岡市が連携して相互に補完し取り組む新しい行政スタイルを「静岡型県都構想」として訴え、冷え切った静岡県との良好な関係を築くかどうかが選挙の争点になったはずだ。そうなれば、多くの市民は「静岡型県都構想」に期待しただろう。  ただ、いまのままでは単に「川勝VS田辺」は一種のけんかにしか見えない。何度か「川勝VS田辺」の応酬があったが、表面的に仲の悪いことは見えても、その応酬の中身がどちらが正しいのか、また、自分たちにどんな利益があるのか市民には見えないからだ。「静岡型県都構想」で、事業整理や行革などが進み、法人、個人の住民税、国保税、水道料金などが大幅に減少できるところまで提案しなければ、市民には「劇場型選挙」同様にちんぷんかんぷんで争点にはならないだろう。 虎視眈々と知事選狙う細野豪志氏  「知事と副知事はともに静岡市政批判を口にしてきた」(毎日)、「一連の騒動で知事と田辺氏の確執は修復しようがなくなった」(読売)など今回の出馬騒動で、県と静岡市との関係は完全に冷え切ったとの見方が大勢を占める。  また、難波副知事の慰留について「知事が自らの批判を回避したとの見方がある」(静岡)、「田辺氏の対抗馬を擁立できない上に『右腕』を失うことになり、自身の求心力の低下を招きかねない事態」(読売)と見られ、さらに「市長選で『不戦敗』になった後、過剰に市政批判を重ねれば県政に対する民意は離れかねない」(毎日)と厳しい指摘もあった。  そこで登場するのが細野豪志代議士である。自民二階派の特別会員となり、党入りを目指す動きが連日伝えられる。当然、自民県連、5区支部とも入党拒否要請を本部に申請しているが、細野氏の狙いは2021年7月の知事選だとすれば、全く問題ない。京都府出身の細野氏が静岡に降り立ち、三島地域を選んだのは、全国をマーケティングして「ここならば勝てる」と踏んだからであり、生まれたばかりの赤ちゃんともども選挙区を回り、20代だった細野氏は大学生ら若者を味方につけ、圧勝。その後の活躍はご存じの通りである。  いまは風見鶏として厳しい批判を受けているが、2021年10月の衆院選ではなく7月の知事選となれば、5区支部も関係なく、川勝知事の対抗馬に悩む県連も受け入れ、田辺氏は応援に回るだろう。そこまで計算して、細野氏は自民党入りを目指している可能性が高い。川勝知事が4選に出馬すれば、今回の騒動は大きな失点となるかもしれない。  「知事と市長ではうまくいかない県との間の懸案が難波さんのおかげでうまく解決できてきた。とどまってよかった」(朝日)と市幹部の談話を紹介、副知事が県と市との接点の役割を果たしている。「実務家公務員の技術力」(発売元・静岡新聞社、1800円+税)に「60代は、実務家公務員として積み上げた技術力が社会問題の解決のための重要資源となる」と書かれている。「リニア環境問題」など静岡県の将来に向けて最善の方向で解決する「技術力」を60代の難波副知事が発揮してくれることを大いに期待したい。 ※タイトル写真は中日新聞4日朝刊1面準トップです。

ニュースの真相

リニア騒動の真相7 「不確実性」のバトル

JR東海「”不確実性”解消できない」  リニア南アルプストンネルにかかわる静岡県とJR東海との連絡会議が1月30日に県庁で開かれた。JR東海の澤田尚夫・環境保全統括部長は「前回の会議(25日)でアセス(環境影響評価)のやり直し、あるいはアセスの追加措置を求められた。南アルプスは厳しい地形にある難所で、どんなアセスをやっても”不確実性”を解消できない。いまの段階でアセスの追加措置などを求められるのは心外であり、アセス法の趣旨にそぐわないのでは」と述べたあと、「これではいつまでたっても工事着手ができない。湧水の全量を戻すことで中下流域の利水者の不安は取り除かれたのでは」と強調した。  これに対して、会議を主宰する難波喬司副知事は「会議でアセスの不備について委員の意見は出たことは事実だが、アセスのやり直しや追加を求めた発言はしていない」と、逆に澤田部長の表明が誤解に基づいていることを厳しく追及した。  JR東海は「2027年までの工期に間に合わせる」ために、一日でも早い着工を望んでいる。そのために、現地で試掘してデータを取りながら、再度計算し直して、”不確実性”を取り除いていくのが最善と考えている。  これに対して、静岡県はJR東海と協定を結び、着工を容認してしまえば、あとはJR東海にすべて一任する危険性を承知している。このため、大井川水系の水資源確保、南アルプスの自然環境保全の2つの専門部会による”不確実性”解消に取り組む議論を重視する姿勢を貫いている。  どちらの主張が正しいのだろうか。 ”不確実性”こそ議論の対象にすべき  先日、健康寿命延伸のための「社会健康医学」大学院大学設置推進委員会の会合を取材。静岡県の健康寿命は男性72・15歳、女性75・43歳と全国ベスト3の健康寿命だが、男性約9年間、女性約12年間、健康上の問題で日常生活が制限される。その期間を縮めることが設置目的という。  それで、担当者に「健康寿命」とは何かを問いただしたが、的確な回答をもらえなかった。  英国ニューカッスル大学のコホート(年齢や地域を同じくする集団)研究で、1991年から2011年の20年間に、65歳時点の高齢者の平均余命が男性4・7年、女性4・1年増加したが、同増加分の期間で「自立」は男性36・3%、女性に至ってはわずか4・8%であり、残りは介護を必要とする状態だった。医学・医療が進歩すれば平均寿命は延びる。しかし、その結果、介護を必要とする期間も延びていくという疫学調査の成果である。(「ランセット」2017年8月24日)  1990年、米国で「科学的根拠に基づく医療」(EBM)は医療の”不確実性”を解消するための概念として提唱された。30年を経て、エビデンスということばが医療現場でふつうに聞かれるようになった。  いくらEBMが普及しても、認知症に関して言えば、高血圧や糖尿病を防ぐという時間のかかる、しかも”不確実性”をぬぐえない予防法しかないことを医療者は承知している。高血圧、糖尿病は認知症リスクを高めるが、高血圧症や糖尿病患者すべてが認知症になるわけではないからだ。  認知症を完全に予防することはできない。認知症ひとつ取っても、「健康寿命の延伸」とは一体、何なのか全く見えてこない。  認知症の最大の原因は加齢である以上、さらに高齢化が進む日本で認知症が増えることは避けられない。究極を言えば、「健康寿命の延伸」とは「平均寿命を下げる」ことしか方法はないのだ。それを本当に目的とするのか?  2つの議論を聞いていて、リニア環境問題では”不確実性”を問題にしていることで相互の姿勢が理解できた。しかし、一方の大学院大学推進委員会という最も”不確実性”を問題にしなければならない会合で、”不確実性”を無視した議論を進めることは、果たして、この施策が県民のために大きな効果をもたらすのかという疑問が見えてくる。つまり、大学院大学設置の目的をごまかしていることがはっきりする。 ”確実”に静岡県は衰退する  もう一度、リニア環境問題に戻る。この”不確実性”の問題は相互の入り口が違うことをJR東海が自覚せず、目先の方法論のみに終始していることで解決を遅らせている。結局、相互の入り口が違う”不確実性”を問題にする以上、それを取り除くための議論は続いていくしかない。  川勝平太知事はリニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」と述べ、「ルートを変えることを考えたほうがいい」とまで提案した。この議論は「静岡県民62万人の生命の問題」から始まっている。  62万人には高齢者もいれば、子供たちもいる。リニア新幹線の南アルプス通過によってそのだれもが恩恵を被らない。逆に、貴重な南アルプスの自然環境は開発の危機にさらされ、JR東海が湧水の全量を戻すと表明した水環境問題でも実際には工事に取り掛かってみなければそのリスクははっきりとしない。川勝知事の言うように「62万人の生命」が危機にさらされる可能性がないとは言い切れない。  この地域はお茶を中心とした農水産業に適した温暖な気候、東名阪に連なる太平洋ベルト地帯の一角にあり、観光産業、企業立地も活気があった。食べ物がおいしく、所得水準もまあまあだった。しかし、ほとんどすべての産業は衰退傾向にあり、人口流出が続く。過去の栄光の歴史を振り返っても仕方はないのだ。2000年を境に、静岡県は大型公共事業を積極的に展開してきたが、将来の展望は明るいとは言えない。  JR東海との関連で言えば、毎日百本以上の「新幹線のぞみ号」が素通りしていく。静岡空港の真下に新幹線新駅の計画をもくろんだが、JR東海は「東海道新幹線に新駅などまったくあり得ない」と一蹴した。  リニア中央新幹線はまさに、静岡県の衰退を推進する国家プロジェクトとなる可能性が高い。JR東海は川勝知事の「静岡県民62万人の生命の問題」の背景に思いを馳せることで、ようやく相互の対話が始まるのだ。JR東海がちゃんと理解しなければ、この”不確実性”の議論は続き、再び「いつまでたっても工事着手できない」(澤田部長)との不満をもらしかねない。