ニュースの真相

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リニア騒動の真相16 「筋違い」議論の行方?

狐につままれたような議論  9月12、13日、リニア南アルプストンネル(静岡工区)の大井川水環境問題を話し合うJR東海と静岡県側の有識者らとの会議が開かれた。JR東海の宇野護副社長、国交省の江口秀二技術審議官(鉄道)という担当責任者が初めて顔をそろえ、何らかの進展が図られるのか期待された。結局、前回の会議同様に静岡県専門部会のメンバーがそれぞれの科学的な知見から、JR東海の回答を批判するだけで全く収穫のない議論で終えた。  『JR東海に批判相次ぐ 県の連絡会議「データ不足」など指摘』(日経新聞13日付)の見出しが会議の様子を正確に伝えていた。12日の会議では「基本的なデータはすべて既存のものであり、新しいものではない」「畑薙山断層での鉛直ボーリング調査をやるべき」(塩坂邦雄委員)、「畑薙山断層西側でも3百メートルの断層がある。そこでも鉛直ボーリングをやるべきだ」「鉛直ボーリングを何本かやれ」(丸井敦尚委員)、「データを取る前に既存データの解析が行われていない」「新しいデータを出せ」(大石哲委員)など委員すべてが、「新たなデータ」を求める議論に終始した。  その要請にこたえるように、JR東海は南アルプストンネル近くの西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリングを行うことを明らかにしている。しかし、通常、鉛直ボーリングを行い、データをそろえるためには半年以上掛かる。となると、当然、委員らが求める科学的議論の場は新しいデータを得た上で行うことになる。この点を専門部会の会議をまとめる森下祐一部会長に尋ねると、「専門部会としては鉛直ボーリングの結果が分からなくても許可を出さないわけではない」。その答えに愕然とした。あれだけ「新しいデータを出せ!」と言っておいて、必ずしも新しいデータを必要としないというのである。「狐につままれた」とはこのようなことだろう。 「田代ダム」議論は「筋違い」  「田代ダム」の議論も同様である。静岡県の中間意見書では「戻し方として、導水路トンネル出口、及びポンプアップによる非常口出口から全量を戻すとしているが、上流部の河川水は、その一部が東京電力管理の田代ダムから早川へ分岐し、山梨県側へ流れている。このことを踏まえた上で、静岡県の水は静岡県に戻す具体的な対策を示す必要がある」。この文章は「田代ダムから山梨県側に流れる静岡県の水を何とかしろ」と求めているように読める。  12日の会議で、JR東海は東電に「取水の制限」を求める権利のないことを前提に、トンネルがない場合の流量を約12・1㎥/秒と想定、トンネルができた場合、JR東海は西俣非常口から約0・4㎥/秒を西俣川(大井川支流)に流して、約11・8㎥/秒を担保できるなどと回答した。  これに対して、静岡県の難波喬司副知事は「数字だけ羅列してある図では全く何か分からない。口頭で回答したことを文章にしてほしい」など求めた。  一体、この議論は何を求めているのかさっぱり分からなかった。「田代ダムから山梨県側に流れる水は静岡県の水だから静岡県に戻す対策を示せ」。中間意見書の主張そのものに無理があり、JR東海のトンネル工事とは全く関係のない話である。JR東海も、その質問の意図が分からないから、数字を入れた図を示したというのが本音だろう。  JR東海に「口頭で回答したことを文書に」と求めるならば、静岡県側は中間意見書の具体的な意味を示さなければ、科学的な回答のしようがない。  田代川第1、第2発電所は大井川から最大取水量4・99㎥/秒の水利権を持つ。富士川水系を含めると、11・34㎥/秒の水利権を有している。この水利権の許可権者は国交省である。東電は田代ダムに貯水される大井川の水を最大4・99㎥/秒使用できる。南アルプストンネル開設後、大井川表流水の減量分0・7㎥/秒のうち、JR東海は0・4㎥/秒を西俣非常口から西俣川に戻すとしている。その戻した水の一部は当然、田代ダムにも貯水されるだろう。  JR東海が戻した0・4㎥/秒の水を田代ダムから山梨県側に流さないようにしろとでも言っているのか?もし、そうならば、戻した水を特定することなど不可能である。  10日の定例記者会見で、川勝平太知事は「(田代ダムの水利権の話をJR東海に求めるのは)筋違い。数年前に田代ダムの現場に入った。(税収の少ない)早川町にとっては(電源立地地域対策交付金、固定資産税収入など)不可欠な施設。第三者のJR東海は何か言うべき立場にはない。JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と述べた。東電は早川町だけでなく、静岡県にも多額の費用(占用料)を支払っている。田代ダム水利権はJR東海ではなく、静岡県の問題であることを知事は十分に承知した発言だった。  知事会見を踏まえた上での会議のはずだったが、なぜか、狐につままれたような議論が繰り返された。 「湧水全量戻す」議論に尽きる  12日の会議で、JR東海の回答は大井川の利害関係者が納得できるものではないとして、「地球温暖化で将来、降水量が12~13%増えると予測されている。この予測に沿った大井川の将来像を示せ」、「水環境のために西俣川に地下ダムを何カ所かつくればいい」などさまざまな専門家の要請に、JR東海は丁寧に答えていたが、これらも「筋違い」ではないか。  さらに、13日の会議でレッドデータブック記載のヤマトイワナについてさらなるモニタリング調査をJR東海に求めた。西俣川支流の広範囲でヤマトイワナ保全を図るのは当然、自然保護を推進する静岡県、静岡市の役割でもある。どこまでの範囲がJR東海の責任なのかはっきりとさせた上で議論すべきだ。  川勝知事が10日の記者会見で、「JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と分かりやすい発言をした。JR東海の技術部門では、工事期間中は山梨・長野側に流出せざるを得ないという認識だったが、金子慎社長らの発言だけを見れば、「全期間、湧水全量戻す」約束と受け取ってもおかしくないだろう。  今回の会議では先進坑が貫通するまでの間、山梨県側へ最大で約0・15㎥/秒(平均0・08㎥/秒)、長野県側へ最大で約0・007㎥/秒(平均0・004㎥/秒)流出することに、難波副知事は「全く受け入れられない」と突っぱねた。今後の会議のテーマは、10カ月で山梨県側2百万㎥、7カ月で長野県側10万㎥の合計210万㎥(大石委員の試算)流出をどうするのかに尽きる。  もし、この問題が解決されれば、リニアトンネルから約130キロも離れた中下流域の地下水にまで影響が及ぶ可能性はほぼないと見るべきだ。「湧水全量戻す」問題の解決で、中下流域へのリスクはないのが通常の科学的な見解だが、これまでの「筋違い」の議論を見ていると、利水者らの理解を得るのは非常に難しいかもしれない。ただ、JR東海は、まず「湧水全量戻す」ことを至上命題として、その解決にさまざまな知恵をしぼるしかないだろう。 「正直」は美徳ではなく、「最善の戦略」  「筋違い」の議論ばかりが目立つ会議はこれからも続くのだろうか?  そうであるならば、地質構造・水資源専門部会は複雑な地質構造を持つ南アルプスで「新しいデータ」を求めるのが科学者本来の仕事と考えているようだから、この地域が糸魚川ー静岡構造線断層帯地域であることをいま一度、思い出してほしい。国立研究開発法人防災科学技術研究所(茨城県つくば市)の全国的な地震観測網「Hinet」は、危険地域として糸魚川ー静岡構造線断層帯地域に集中的な観測点を配備している。  米国で盛んに議論された地震の刺激誘発理論では、長年のうちに断層上の特定の個所に徐々にひずみが蓄積されていって地殻にほんの少しでも力が加わるだけで、蓄えられたエネルギーがいっきに放出され、プレートを動かして地震を引き起こすとされる。人為的な振動を起こし、弾性波を常時測定することで地下の地層状況変化を把握して、オイル資本はシェールガス掘削などに役立てている。  糸魚川ー静岡構造線断層帯地域の断層沿いにひずみが最大限に蓄積されている個所を偶然、ボーリングした場合、プレートを動かして地震を起こしてしまう可能性は否定できないだろう。その場合、南海トラフと連動するプレート上の長野県などに影響が及ぶかもしれない。  難波副知事によると、次の会議にトンネル専門家を招請とのことだが、地震学者も必要だとなるかもしれない。  リスク(将来の不確実性)には管理可能なものとできないものがある。まれにしか発生しないリスクまで予測しようとすれば、すべての開発は不可能になってしまうだろう。  会議のあとの囲み取材で、記者の一人が「これだけ自然破壊になるのに、なぜ、リニア工事を進めるのか」と宇野副社長に尋ねた。  宇野副社長は「失うものと得るものとを秤にかけた上で得るものがずっと大きいから」と答えた。2011年の福島第一原発事故以降、リスク対応のハードルは極端に上がっている。すべての開発は二律背反の関係にあり、リスク対応可能かどうかが分岐点になる。  ことし4月の池袋・母子死亡事故をはじめ年間約5千人のかけがえのない生命を奪う交通事故を解決するには自動車を危険物として、製造・販売・利用を禁止するしかないが、だれもが「得るものが大きい」として、自動車を危険物とは見なさないで、さまざまなリスクに対応している。  実際にはリニア計画には賛成だが、リニア南アルプストンネルは静岡県にとって「得るものはなく、失うものだけ」と川勝知事は発言してきた。立ち位置が違うだけで、「得るものと失うもの」の考え方は全く違う。  「Honesty is the best policy」。雷と電気が同一であることを立証して避雷針を発明した科学者であり、アメリカ独立宣言起草者の政治家ベンジャミン・フランクリンは「正直」は美徳ではなく、「最善の戦略」だと考えた。川勝知事は「Honesty is the best policy」を承知して、「正直」な発言をしている。ぜひ、最も重要な「失うものと得るもの」の議論を宇野副社長と闘わせてほしい。それが解決の糸口となるはずだ。

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リニア騒動の真相15 リニアで「名古屋」衰退へ!

川勝・大村会談は予想通りの結果  未着工のリニア南アルプストンネル静岡工区を巡り、5日愛知県公館(名古屋市)を訪れた川勝平太静岡県知事は大村秀章知事との会談に臨んだが、最初から予想されていたように両者の溝をあらためてはっきりとさせただけで、大村知事の期待した2027年開業を目指すJR東海の早期着工は遠のいた感さえある。  JR東海の早期着工について、水環境問題の現状を説明、将来にわたり安全・安心を確保する基本協定締結の必要を訴える静岡県の立場を川勝知事が説明したのに対して、大村知事は「着工して問題があればそこで立ち止まって考えるわけにはいかないか。一歩でも二歩でも前進してほしい」など、JR東海・金子慎社長から負託された切実な思いを述べたが、川勝知事は「大井川の流量減少問題が解決されない限り、着工は認めない」とこれまでの姿勢を崩すことはなかった。  『川勝知事「計画見直す事態」』(読売)、『川勝氏、27年開業「非現実的」』(日経)、『27年開業「現実的でない」』(朝日)など地方版トップの扱いで、読売、朝日、日経がそろって、リニアに対する川勝知事の主張をあらためて紹介した。  その他各紙は『リニア「国調整を」一致』(静岡)、『リニア工事「国の関与必要」で一致』(毎日)、「国関与希望は一致」(産経)などと大きな見出しをつけた。  川勝・大村会談は全く予想通りの結果だった。今回の最大のニュースは、リニア着工を後押しする中部経済圏の代表の一つ、地元紙の中日があまりに地味な報道だったことだ。  会談が行われた名古屋市に本社、浜松市に東海本社を構える中日は、静岡新聞と並び、静岡県でも地元紙を標榜する。その静岡が1面トップ、社会面で大きく取り上げたのに対して、中日は社会面準トップのみで、内容もあまりに地味だった。「川勝知事 水問題理解深め 大村知事と面会 主張平行線」と他社が紙面を割いて大騒ぎしているのに対して、淡々とした記事で、これまでのリニア記事と比較して拍子抜けするほど小さな扱いだった。  リニア問題は、「考えるリニア着工」という「ワッペン」を付ける特別企画という位置づけで、知事、静岡市長、島田市長、川根本町長らのインタビュー記事を1面トップなどで大きく紹介、リニア問題を熱心に報道してきた。  一体、中日新聞に何があったのか? 名古屋の「暗い未来」予測したのは?   6日付中日1面トップは「京急衝突脱線、33人負傷」事故。準トップは「御前崎町の住民投票条例案可決」だった。1面のもう1本の大きな記事が「厚生年金パート加入促進」という見出しで、政府による規制の解除検討という地味な記事だった。「京急衝突脱線」は横浜市の神奈川新町駅近くの踏切で5日午前11時40分頃に起きた。首都圏の事故であり中部圏での事故ではない、それも5日付夕刊段階から報道されていた。地元紙ならば、注目の大村知事、川勝知事会談がトップに来るのが常識ではないか?  紙面を何度も見直したが、どうもわからない。  そして、1面記事下広告まで丹念に見ていった。「もしかしたら、これが理由かもしれない?」。とある書籍広告に目が釘付けになった。  中日は縦13段で記事を構成している。そのうち、縦3段、横半分の大きな書籍広告に目が止まった。「未来の地図帳 人口減少日本各地で起きること」(講談社現代新書)。「名古屋市」が黒地白抜きで目立つよう真ん中にあり、「リニア新幹線」と「広すぎる道路」が課題、と書いてある。つまり、2045年までに起こる変化の中で「リニア新幹線」が名古屋市にとっては大きな課題であり、人口減少の原因となると読める。  週刊誌の中吊り見出し同様に、これでは何か全く分からない。しかし、77万部のベストセラー「未来の年表」人気シリーズ最新作が、「名古屋市はリニア新幹線が課題」と大きく取り上げた。  新聞社では、当日紙面の広告欄をどこに配置するのかは重要な問題である。翌日の朝刊広告紙面は夕刊段階では決定しており、担当者は広告のみの紙面を編集局に提出、整理(見出しやレイアウトを担当)デスクはそのすべてをチェックしていく。  「名古屋市はリニア新幹線が課題」。「考えるリニア着工」というワッペン付き記事、愛知、静岡県知事の会談ニュースの下に、名古屋市の暗い未来を予測する「未来の地図帳」の書籍広告があれば、あまりに意味深に思えるだろう。当日になって、1面の半3段広告を差し替えるのは非常に難しいだろう。整理デスクは、その書籍広告を見て、リニア記事を1面から外したのではないか?  整理記者は「最後の記者」だからだ。 「最初の読者 最後の記者」とは  5日、「最初の読者 最後の記者」という書籍が届いた。2019年9月1日発行、非売品で2百部限定。著者は東京新聞(中日新聞)で整理部に約20年在籍、整理・校閲担当の編集局次長を5年余、2016年6月定年後からコラム担当の編集委員を務めている。同書は自社だけでなく、他社についても率直な紙面批判を展開したため、一般公開するのは不適切と思われ、「私家版」としたと著者は前書きで説明。そのくらいに内容は刺激的で業界の裏話が多い。  整理記者は「最初の読者」として、読者目線で原稿を読み、ニュースの大きさを判断、分かりやすい見出しとレイアウトを基本姿勢とする。朝刊担当の夜勤(午後4時頃から午前1時頃まで勤務)が多く、内勤記者は読者から見えない地味なポジションだが、外勤記者の活躍を知らせるためになくてはならない存在だ。  当然、さまざまな広告主への配慮も内勤記者ならではの仕事だ。新聞記者がいくら「社会正義」を唱えても、商業新聞である以上、スポンサーへの配慮は欠かせない。その重要な役目を内勤記者が受けている。公官庁を含めてスポンサー依頼の「ちょうちん記事」の絶妙な扱いも内勤記者に任されている。  「最初の読者 最後の記者」では、ある落語家の回想録について紹介している。ある日の新聞に映画通販の全面広告があり、彼の妻が調べてみると、ネットのほうが25%も安いことを発見、落語家は「買い物はよく考えてからするべきだ」という結論。ところが、「広告主は神様です」。広告収入が減少の一途をたどる新聞社にとって通販会社はお得意様であり、そのときも、あす掲載分の回想録を差し替えることは無理だったが、せめて、タイトルを「通販」から別のものに変えてしのぎ、幸い、スポンサーの目に触れず大事には至らなかったと書いている。ストレスのたまる仕事である。  さて、「リニア」を最大の課題とする「未来の地図帳」を早速、読んでみた。「大いなる田舎」名古屋市は現在、人口230万人を超え、さらに堅実に増加傾向にあると分析。ところが、最大の懸念材料が「リニア」。リニア開業後約40分で東京と結ばれると、「ストロー現象」(大都市と地方都市の交通網が整備され便利になると、地方の人口が大都市へ吸い寄せられる)が起きて、若い女性がこぞって東京へ行ってしまう可能性が高いのだという。名古屋市が人口減少に向かう最大の課題が「リニア」と記述している。  現在、東京ー名古屋間は新幹線のぞみ号で約1時間40分、それが1時間も短縮されるから、懸念通りに「ストロー現象」が起きるかもしれない。「リニア」は名古屋地域に大きな経済効果をもたらすとしてきたが、本当は、逆に人口減少による衰退へ向かうというのだ。その主張を「最後の記者」整理デスクは看過できなかったのか?  広告に最大限の配慮をする中日としては、広告とは別の紙面に話題の「リニア」記事を持っていき、地味に扱うしかなかったのかもしれない。 「他力本願」では解決しない  川勝、大村知事会談で「国の関与必要で一致」を毎日、静岡などが大きく報道した。すでに国交省の担当室長は8月中に3日間、JR東海、静岡県の専門家、利水者らとの会議に立ち会ったが、JR東海(愛知県)からすれば、期待外れに終わっている。  菅官房長官が6日の記者会見で「(2027年開業)予定に影響が及ばないよう、両者の間で客観的な議論が進むように国土交通省として必要な調整を行う」など政府として調整に乗り出すことを表明した。  「官邸」がどのように調整できるか興味深いところだ。  「最初の読者 最後の記者」に宗教から出たことばは、なぜか悪い意味に使われるので注意が必要とある。『「他人頼み」のことを「他力本願」と新聞で使うと、必ず本願寺派などの浄土真宗関係者から抗議が来るので、記者の原稿ならデスクは手直しするが、外部依頼原稿や識者談話で出てくると処置に困る』。実際に「他力本願」を「他人頼み」の意味で使った朝日新聞記事を紹介していた。  「他力本願」を辞書で調べると、「他人の力に頼って事をなすこと」は本来的な意味からは間違った用法とある。  川勝知事、大村知事とも両者の思惑はかけ離れている。問題解決の意味も全く違う。そこに官邸が調整に入り、双方が納得できる解決に導くことができるのかどうか?静岡県、JR東海とも「他力本願」で何とかなるなどと考えてはいないだろうが、間違った用法にならぬよう十分な注意が必要だ。  「名古屋市が人口減少に向かう最大の課題はリニア新幹線」。もし、それが真実ならば、2027年開業を急ぐほうが間違っていることになってしまう。本当かどうか”最後の記者”に聞いてみたい。

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リニア騒動の真相14 誤解の根源「高慢と偏見」

「方策(方便、嘘)」と述べたJR東海社長?  29日静岡県庁で、リニア南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題について、利水に関係する市町、団体とJR東海の意見交換会が開かれた。朝9時半から始まり、午後4時終了予定でとことん意見を交換するはずだったが、どういわけか1時間以上も前倒しの午後3時前に閉会してしまった。相互の腹の内を十分に戦わせる「意見交換会」という名称にはほど遠く、市町の利水者があらかじめ用意した質問を口頭で述べ、JR東海は誠実に技術的な側面から回答していた。利水者側の質問者(静岡県の出向者及びOBばかり目立った)は初めから、JR東海の説明を理解して納得するような姿勢ではなかった。東京電力・田代ダムへの不満など、大井川への強い思い入れを利水者の一部が述べたが、直接的にはJR東海の水環境問題との関係は薄く、解決策を見つける糸口にはほど遠かった。  同じ日(29日)東京で開かれたJR東海の金子慎社長記者会見を伝えた30日付中日新聞見出し『JR東海社長「全量戻す提案は問題解決の方策」』に、「本当なのか」と驚いた。  本文記事を読むと、昨年10月「湧水全量戻す」提案は「話が進まないので、利水者の理解を得たいと方向転換した。河川流量の影響を特定し、回避できる方策があるならそれでもということだったが(実際は)なかった。問題を解決しようとした中で出てきた方策」と社長発言を紹介していた。見出し「問題解決の方策」は、JR東海社長の発言から取っているのも間違いない。  この見出し、記事は、「湧水全量戻す提案」は(利水者の理解を得る)問題解決のための「方策」と読める。つまり、できる、できないかは分からないが、とりあえず、利水者の賛同を得るためにJR東海は「湧水全量戻し」の「方策」を打ち出したのだ。「方策」には「計略(はかりごと)」の意味があり、通常、このような「方策」を「方便」と理解する。つまり「嘘も方便である」。中日記事を読む限りでは、JR東海の金子社長は昨年10月に「嘘」をついたことになる。  意見交換会後の囲み取材で、JR東海技術部門を代表する新美憲一リニア推進本部副本部長は「全量戻す」解釈について、想定を超える記者らの厳しい質問にしどろもどろになっていた。その同じ頃に、東京では、金子社長が「嘘」と認めてしまった、これは大変な話である。  なぜ、中日新聞は金子社長発言を1面トップで伝えなかったのか? リニアの電磁波影響は非公開?  中日記事の記者会見内容について、JR東海広報に確認すると、湧水全量戻し提案は「利水者の賛同を得る」問題解決ではなく、金子社長は「河川流量の影響」解決をはかるための「方策」として発言した、という。これは本当にわかりにくい。中日記事は、社長発言の重要部分を省略したのだという。まあ、これが本当ならば、「方策」はそのまま「対策」の意味に近いのだろう。  ただし、この通り「河川流量の影響」解決のためならば、川勝平太静岡県知事、染谷絹代島田市長らが求める「工事中に関わらず、山梨・長野への湧水一滴の流出はまかりならぬ」を守らなければならない。工事中にはできないという技術的な説明を省いてしまったからだ。工事中でも湧水全量戻しを技術的に解決するのは、前回の「リニア騒動の真相13 水一滴も流出させない」で書いた通り、本当にできるのか難しい話だ。JR東海が「湧水全量戻し」を「方策」として提案したとき、技術的にどの範囲まで考えていたのか疑問である。社内の意思疎通が図られていないあまりにお粗末な提案と言っても言い過ぎではないだろう。  先日(8月23日)、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア走行実験を初めて目の当たりにした。時速500キロ走行のリニアが一瞬の間に通り過ぎる。訪れた親子連れらは大きな歓声、シャッター押しが間に合わないと嘆き、そのスピードに本当に驚いていた。  リニアは超電導磁気浮上式による世界最速の陸上交通となるという。そのスピードとともに「キーン」という甲高い騒音を近くに住む人が耐えるのは大変だろう。その騒音を実感しようとリニア見学センターを訪れた。  しかし、「”悪夢の超特急”リニア中央新幹線 増補版」(旬報社、2016年8月)、「危ないリニア新幹線」(緑風出版、2013年7月)は「騒音」問題ではなく、目に見えない「電磁波」問題を大きく取り扱っていた。”リニア反対本”を読めば、多くの人たちはリニア乗車をやめようと考えるかもしれない。その一番の理由が、目に見えない「電磁波」による人体への影響だ。最近、静岡県内でも「電磁波測定」「電磁波対策」をキャッチフレーズにしたセミナーが盛んに開催され、子供たちを持つ親への不安を煽ることで多くの主婦らが詰め掛けている。まさにリニアは危険な「電磁波」の代表かもしれないのだ。  『リニア中央新幹線について、JR東海は積極的な情報公開をしない。なかでも、頑なと思えるほどに公開しない情報の一つが、「時速500キロでの走行中に車内でどれくらいの強さの電磁波が発生するか」』(「”悪夢の超特急”リニア中央新幹線」)。時速500キロのスピードのためにどれだけ強い磁界が発生されているのか、不安になる気持ちは理解できる。  「車内の電磁波」情報を公開しない。これを読めば、JR東海の情報公開は不審な点ばかり目立ち、強い不信はリニア対する「偏見」を生むだろう。 「車内の電磁波」情報を隠している?  リニア見学センターで配布されたリニア中央新幹線建設促進期成同盟会パンフレットには、「リニア中央新幹線から発生する磁界は人体に影響はないのか?」という疑問に、「国の基準であるICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)ガイドラインを大きく下回り、磁界による健康への影響はない」と回答している。しかし、その説明を裏付けるグラフや図はリニアから4メートル、6メートル、また8メートル高架下での測定を紹介しているだけであり、肝心の「車内の電磁波」情報は掲載されていない。  まさか、JR東海は「車内の電磁波」情報を隠しているのか?  JR東海HPを調べると、「磁界への対策」として「健康に影響しない超電導リニアの磁界」とあり、さらに小さな字の「磁界の健康への影響」という項目をクリックすると、「リニア車両内」について2013年12月調査時点の「超電導リニアの磁界測定データ」を得ることができる。  ICNIRPのガイドラインが400mT(ミリテスラ)以下に対して、車内で最も高い値が0・92mTだから、「磁界による健康への影響はない」説明は間違いないかもしれない。しかし、「リニア、電磁波」を検索すると、JR東海HP以外は「磁界による健康への大きなダメージ」ばかり数多くヒットする。JR東海HPが正しければ、それ以外はすべて「嘘」の情報となるのだがー。  JR東海は「磁界」という難しいことばを使う。「磁界」、「電磁波」を理解している人がどのくらいいるのだろうか?さらにガウス、テスラという単位が登場するが、それでは一般的な周波数の単位Hz(ヘルツ)とどう違うのか?「電磁波」の単位を理解するだけで頭が混乱して、「電磁波」イコール「健康への大きなダメージ」のみインプットされてしまうだろう。  身近にある危険「電磁波」を考えてみればわかる。「電磁波」の代表選手・電子レンジは生卵をたった30秒でゆで卵にしてしまう。便利だが、非常に危険な「電磁波」発生機械の一つだ。もし、大きな電子レンジの中にだれかが座っていれば、一瞬の間に大変なことが起こりそうなことだけは分かる。「磁界の健康への影響」がいかに世間の大きな関心であり、その1点のみでリニア反対に参加している主婦らも多い。それを考えると、JR東海HPはあまりに不親切である。  なぜ、JR東海は「電磁波」問題を丁寧にわかりやすく説明しないのだろうか? 「誤解」を解くことの難しさ  JR東海広報に聞くと、「いまのところ現在のHP説明で十分であり、2027年開業の近くなれば、さらに詳しいHP、パンフレットなどを用意するかもしれない」と説明した。多分、JR東海は「電磁波」問題に対する世間の関心を小さく見ているのだろう。もしかしたら、そのようなばかげた電磁波への「偏見」を軽視しているのかもしれない。つまり、「プライド(高慢)」がじゃましているのだ。  まさに、それは大井川の水環境問題と同じ姿勢だ。いま、まさに多くの人たちが関心あるテーマに丁寧にわかりやすく回答しなければ、ますます「誤解」が生じてしまう。時間がたてばたつほど、その「誤解」を解くことが難しくなる。  30日付中日新聞社長発言は単なる「誤解」だろうか?「湧水全量戻す」問題でJR東海に対する「偏見」が生まれ、金子社長発言に注視の目が向けられていた。「湧水全量戻す」がいかに難しいか、JR東海の技術者たちは最初から承知していたはずだ。その中で、あのような発言をすれば、「湧水全量戻す」とさえ言えば、「南アルプストンネル(静岡工区)の着工を認めてもらえる」と軽く考えていただろう、と邪推してもおかしくない。「方策」の裏側にそんな意図があったとしたら、あまりに「高慢」である。JR東海はプライドの高い企業かもしれないが、「わが社を信じてすべて任せてくれ」と言う時代はとうの昔に終わっているのだ。  英国の女性作家ジェイン・オースティン「Pride and Prejudice(高慢と偏見)」は「結婚」というハッピーエンドに絡みてんやわんやの大騒ぎが起こる小説。いくら時代が変わっても、プライド(高慢、尊厳)とプレジュディス(偏見、先入観)といった人間心理にじゃまされれば、ハッピーエンドにたどり着くことはなかなかできないだろう。 ※タイトル写真は山梨県リニア見学センターからのリニア実験線車両。車体が薄黒く汚れているのが気になった

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リニア騒動の真相13 「水一滴」も流出させない

JR東海「湧水全量戻せず」は”公約”破り?  リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題で静岡県の専門部会メンバーとJR東海との公開協議が8月20日開かれた。21日付の中日新聞、静岡新聞ともそろって1面トップで『JR「湧水全量は戻せず」 副知事反発』(中日)、『「湧水全回復一定期間困難』JR認識、県は反発』(静岡)とほぼ同じ内容の記事を大々的に報じた。品川ー名古屋間の2027年リニア開業を推進する国交省鉄道局から調整役を期待される担当者、森宣夫環境対策室長が出席、会議後に感想を求められた森室長は「科学的知見に基づいた議論。期待は大きい」など紛糾した議論とはかけ離れた意見を述べた。  専門部会メンバー、森下祐一静岡大学教授との意見交換の中で、JR東海が山梨側からのトンネル工事中に湧水が流出することに触れたのに対して、オブザーバーで、意見を言うべき立場にない難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。利水者は納得できない。その発言は看過できない」など厳しく反発した。その後の囲み取材でも、JR東海が工事中の湧水は一定期間、静岡県側から流出することを正直に認めた。その上で取材を受けた、難波副知事は「湧水全量が返せないことが明らかになった」などと述べたことから、”公約”破りを記者たちが確信したのだろう。日経、読売とも同じ内容を伝えている。JR東海が”公約”を破ったとしたら、当然、利水者たちも黙っていないだろう。  23日の記者会見で川勝平太静岡県知事は「湧水全量戻すことを技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すのがJR東海の約束だ」など「(静岡県の)水一滴」でも静岡県側から流れ出すことを容認できない方針を示した。  果たして、トンネル工事に際して、湧水の一滴でも山梨県側に流れ出さないことなど可能なのか?そもそも、「湧水全量戻せず」はJR東海の”公約”破りなのか? JR東海は毎秒0・32㎥流出を文書回答  7月12日、JR東海の宇野護副社長から難波副知事宛に提出されている「中間意見書に対する回答案」では、すでに「湧水全量は戻せない」ことを詳細に記している。  「中間意見書」の1水量「全量の戻し方」イとして「既に着手している山梨工区と長野工区におけるトンネル工事が先行することにより、静岡県内の水が県境を越えて山梨・長野側に流出する可能性がある。これについての評価と対策を示す必要がある」とあるから、当然、静岡県は山梨・長野へ流出する可能性を承知していた。  これに対して、トンネル掘削工事を山梨、長野工区で先行して掘削しなければならず、JR東海は「これまでも環境保全連絡会議でも説明したように、山梨県側で毎秒最大約0・31㎥、長野県側で毎秒約0・01㎥の湧水量流出を想定している。この湧水量をできる限り低減していく」などと回答案に記した。  トンネル湧水は毎秒2・67㎥流出するとJR東海は見込み、当初毎秒2㎥を導水路によって大井川に戻すと説明していたが、静岡県の厳しい反発を受けて、昨年10月17日に「トンネル湧水の全量を戻す」とJR東海は表明した。JR東海「湧水全量を戻す」は、工事後のことであり、工事中には合計毎秒最大0・32㎥流出することを環境保全連絡会議で説明していた。  静岡県は、山梨・長野へ湧水が流出する可能性を承知して、JR東海の見解を求めたのだ。JR東海は、流出する湧水量を毎秒最大0・32㎥と見積もり、その対応策を回答案で述べた。ただ、静岡県はJR東海の回答案について、「ほぼゼロ回答」などと低い評価をつけ、難波副知事は「これではダメだということで意見交換したほうがいい」とJR東海に改善を求めている。まさに”ダメ”なのが、この工事中の湧水流出を指しているのかもしれない。  しかし、冷静に見て行けば、工事中の湧水流出について静岡県、JR東海とも承知した上で、静岡県の中間意見書に対して、従来と同じかもしれないが、JR東海は毎秒0・32㎥の回答案を示した。  21日の会議では、JR東海側から工事中の湧水流出について唐突な発言があったため、オブザーバーの難波副知事が「看過できない」とイレギュラーな発言をした。当然、すべての会議に出席する難波副知事は毎秒0・32㎥を承知していて、その発言をしているはずだ。どう考えても、JR東海が”公約”を破ったわけではないが、難波副知事の発言で、あたかも”公約”破りのような印象が持たれ、中日、静岡などが翌日の新聞紙面で大騒ぎし、記者会見での川勝知事の「JR東海は湧水全量戻す約束を守れ」につながった。  本当にこれが「科学的な議論」(森室長)なのか。科学的な議論などではなく、単にレトリック(詭弁)を使った戦術ではないのか。  ああそうだ。この議論は、シェークスピア「ヴェニスの商人」の有名な裁判の場面とそっくりではないか。 「ヴェニスの商人」を彷彿させる戦略  「ヴェニスの商人」アントーニオはユダヤ人の金貸しシャイロックから3カ月、3千ダカットの金を借りる。返済できなかった場合、自分の肉1ポンドを切り取らせる契約をする。ところが、アントーニオは嵐で所有する貿易船が沈み、全財産を失い、借金を返すことができなくなってしまう。シャイロックは強硬に契約の履行を求め、ついには裁判となる。  そこに登場するのは、アントーニオの親友バサーニオの婚約者ポーシャ。彼女は裁判官として法廷に立ち、シャイロックの言い分通りにアントーニオの肉1ポンドを切り取ることを認める。だが、そのためには「血の一滴も流してはならぬ」と詭弁的弁論が始まり、「証文にないから、1ポンドに髪の毛一本の違いがあっても許さぬ」と言い渡した。  「血(水)の一滴も流してはならぬ」。ポーシャのセリフが難波副知事の発言と重なってしまった。  JR東海の「湧水全量戻す」は、果たして「(静岡県外に)水の一滴も流してはならぬ」となってしまうのかどうか。昨年11月21日静岡県庁で開かれた会議で、JR東海は「湧水全量を戻す」として、ポンプアップ設備で対応することなどを説明した。これはトンネル工事後のことであり、当然、工事中については「湧水全量を戻すことはできない」前提での説明だった。JR東海の認識は工事後を想定していた。  つまり、JR東海「湧水全量戻す」は工事中であっても守らなければならない”公約”ではなかった。ところが、21日の会議で唐突に、静岡県側から「湧水の一滴」も山梨、長野県外に流出することはまかりならんとさらなる難題を突き付けられた。「湧水全量返す」だけを聞けば、すべての場面で適用されるのかもしれない。ただ、実際には静岡県もそれが非常に難しいことを承知していたはずだ。  そもそも、本当に科学的にそんなことができるのか? 「人命の安全確保」を優先すべき  地質構造が複雑な南アルプス静岡工区を貫通するトンネルは長さ約10・7キロ、約4百メートルの大深度地下を通過する。弾性波試験、電気探査、湧水圧試験、水平ボーリングなど数多くの調査方法を駆使するだろうが、地層の大雑把な性格をつかむことができても、事前調査には限界がある。20日の会議で、JR東海は西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリング調査を実施することを初めて明らかにした。それで、さらに多くの情報が期待できるが、鉛直ボーリング1カ所で得られるのは”点”の情報でしかない。  地質工学、岩盤工学など先端的トンネル調査技術をもってしても、山岳トンネルの工事は何が起こるのかすべてを事前に予測できない。大地溝帯、中央地溝帯などと呼ばれる大構造帯(フォッサマグナ)では造山運動が常時進行し、糸魚川静岡構造線が通る南アルプス地域の地質構造は異常なほど複雑だからだ。  南アルプス静岡工区を施工するゼネコン『大成建設「トンネル」研究プロジェクトチーム』による「トンネル工法の”なぜ”を科学する」(アーク出版)では、褶曲(地層に横からの力が加わった場合、地層が波型に変形すること)によるグチャグチャに乱れた地層を指す「褶曲じょう乱帯」、褶曲作用や地殻に割れ目ができる断層作用によって岩盤が破壊され、それが帯状になった部分が「断層破砕帯」は水を通さない遮水層となることがあり、そこを突き抜けると「帯水層」に当たり、突然大出水する。「特殊地山」と呼ばれる山岳で、まさに南アルプスは「特殊地山」である。  映画「黒部の太陽」(日活配給)は黒部第四ダム建設のために、同じ大地溝帯にある北アルプスを貫通する関電トンネルに挑んだ実話をもとにしている。しかし、断層破砕帯、褶曲じょう乱帯の「特殊地山」の大破砕帯に挑み、大出水で多くの犠牲者を出した。リニア南アルプストンネルには関電トンネルとまさに同じ「特殊地山」が待ち構えている。掘ってみなければ、分からない難工事だ。そんなところで、どのような方法を取れば、湧水一滴も静岡県外に流出させずに済むのか。  静岡県では、掘削を静岡県側からも行い、山梨県境近くでいったんストップして、山梨県側からの掘削との距離を大幅に近づけた上で一挙に双方から貫通すれば、静岡県の湧水が山梨側へ流出するのを防ぐことができるのではないか、と考えているようだ。  静岡、山梨県境には「畑薙断層」が通っている。そのために山梨県側から掘削しなければ工事の安全を確保できないのがJR東海の立場だ。静岡側から掘削したら、断層破砕帯の大出水に見舞われたとき大量の水の貯留ができないからと回答した。川勝知事は23日の記者会見で「畑薙断層」がいかに厄介かを説明、「JR東海は大きな課題に直面している」と述べた。  JR東海は「人命の安全確保」と「湧水一滴の流出」を秤にかけた上で、工事中の湧水全量戻しはできない、と正直に話してきた。時速500キロのリニア実用化を成し遂げた技術力を持つのだから、工事中の湧水全量戻しも不可能ではないかもしれない。ただ、費用さえ掛ければできる簡単な話ではない。 リニア見学センターに沿線の着ぐるみ勢ぞろい  JR東海が工事中の湧水流出分を毎秒0・32㎥と想定したのは科学的な水収支解析の結果に過ぎず、実際には、掘削してみなければ分からない。施工は「大成建設」だが、掘削するのは”トンネル屋”と呼ばれる専門下請け業者である。いくらトンネル技術が進んでいるとしても、いまの段階で水環境のためとは言え、静岡県の要請にすべてをこたえていけば、トンネル工事に携わる技術者たちを危険な目に遭わせることになりかねない。この点を「大成建設」に質問書を送ったが、JR東海との守秘義務契約で一切回答できないと返ってきた。   毎秒0・32㎥程度、一定期間の湧水流出想定ならば、大井川の水がめとされる多目的ダム・長島ダム貯水量7800万㎥で調節できる手段を考えてもいいのではないか。また中部電力、東京電力、特種東海製紙など発電のための水利権を持つ企業は毎秒676㎥も使用できる。現在の議論からすれば、不思議な話である。  ところで、23日、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア建設促進期成同盟会加盟の神奈川、山梨、長野、岐阜などの着ぐるみが勢ぞろい、それぞれを宣伝するブースが登場した。はるばる奈良県のセントクンまでやってきた。残念ながら、「期成同盟会」入会を求める静岡県のふじっぴーは今回、仲間に入れてもらえなかった。  「期成同盟会」はリニアを中心に「地域振興」で手をつないでいる。川勝知事はそのことを承知して、「期成同盟会」入会を求め、リニア沿線駅同様の「地域振興」策をJR東海に求めたのだろう。その求めに応じたところで、長島ダムなど別の議論が始まるのかもしれない。  「血の一滴も流してはならなぬ」。詭弁的弁論でシャイロックは財産の半分を没収されてしまう。「ヴェニスの商人」は喜劇に分類されるが、シャイロックの立場からは悲劇である。静岡県、JR東海はそれぞれの立場で科学的な議論を続けるだろうが、国交省鉄道局はポーシャのような裁判官役を果たせないことが明らかになった。 ※タイトル写真は8月20日の専門部会メンバー森下祐一部会長とJR東海との意見交換会

ニュースの真相

リニア騒動の真相12 政治力による「トンネル」

「100億円の負担」をチャラにした!  8月4日付中日新聞の「考えるリニア着工」ワッペンの付いた田辺信宏静岡市長インタビューで、「当初、総工費140億円のうち100億円の負担を求められた」と水面下でのJR東海との交渉を明らかにした。「政治とは利害調整。それができるのが政治家」などと述べ、何と「100億円の負担」をチャラにしたと言うのだ。「政治の力」には驚くべきものがあるようだ。  昨年(2018年)6月20日、田辺市長は、JR東海の金子慎社長とリニア南アルプストンネル(静岡工区)建設の円滑な推進と「地域振興」に寄与するための基本合意書を取り交わした。  その合意書に書かれた「地域振興」の目玉が、県道三ツ峰落合線の京塚橋付近(標高約690メートル)と県道南アルプス公園線の大沢戸橋付近(標高850メートル)の約4キロを結ぶトンネル。JR東海は、140億円事業費すべてを負担することに合意した。トンネル新設によって、井川地区と静岡市街地の距離が約10キロ短縮、約25分間掛かっていた山道を20分も短縮、5分で通過できる。「地域振興」策の代わりに、静岡市は、リニア工事に関わるあらゆる行政手続きを速やかに対応することを約束した。  その合意の約半年前、2017年12月6日の井川地区説明会で、JR東海は県道トンネルではなく、市道トンネル構想を約70人の地元住民らに示し、「50億円」の負担をすると表明している。  不思議な話である。当時は「100億円のうち、50億円負担するので理解してほしい」と述べたが、その後の交渉で、県道トンネルならば、JR東海「40億円」、静岡市「100億円」と負担額を下げてしまったようだ。事務方は一切承知していないし、地元への説明もない。いつ、どこで、そのような話し合いがあったのだろうか? 市道トンネルのほうが「地域振興」に寄与?  2017年12月井川地区の説明会で、JR東海は地元の要望する「県道トンネル」に触れ、時間帯が違うので工事車両が一般車両の通行に影響を与えない、またトンネルではなく一部拡幅など改良を行えば大きな支障はないなどの理由で「県道トンネル」の代わりに、井川地区と川根本町を結ぶ市道閑蔵線の約2・5キロトンネル新設を提案した。  こちらの費用が「100億円」。このトンネルによって、新東名島田金谷ICまで町道閑蔵線をはじめ国道362号、国道473号など二車線の高規格道路と接続、非常に便利になり、費用対効果が高いと力説した。  JR東海は、県道の改良工事とトンネル新設費用の半分「50億円」を負担するので、この提案を受け入れてもらえるよう求めた。しかし、「もし、静岡市が市道閑蔵線を整備するのであれば、半分を負担する」と仮定形であいまいな提案だった。住民から厳しい意見が続いた。静岡市との調整もできていないことも判明、JR東海担当者は「理解を得られるよう議論を引き続き行いたい」と言い、引き上げた。  そして、半年もたたないうちに、50億円「市道トンネル」から、一挙に3倍近い、大盤振る舞いとも言える140億円を負担する「県道トンネル」という、まさに地元住民が求めた「地域振興」に化けてしまった。JR東海は「市道トンネル」新設こそが、リニア工事を進めるのに大きな効果があると言っていたのだが、驚くべき「政治力」に屈したのだろうか?  一体、その半年間に何があったのか? 自民静岡市議団の「環境保全が絶対条件」  2013年9月、JR東海はリニアに関わる「環境影響評価準備書」を公開した。その公開を受けて、自民党静岡市議団は11月、工事予定地となる南アルプスを視察、井川地区の住民たちの意見を聞き、「南アルプスの保全が図れない工事計画は認めることができない」とする提言書をまず、田辺市長に提出している。  その提言書をもとに、2014年2月議会で「リニア中央新幹線建設事業に関する決議」を議員提案した。決議は全会一致で採択。その決議には「南アルプスの自然環境の保全、ユネスコエコパークの整合を図ることが絶対の条件」としている。「環境保全が絶対条件」と、まるでリニアに反対するような勢いである。  さらに、JR東海は環境影響評価書では「本事業による水資源への影響の程度は小さい」としているが、「毎秒2トンの水量減少が、流域全体の生態系や居住する住民生活にどのような影響を及ぼすのか、より詳細で多面的な調査・検討を行うべき」と、こちらは、いままさに静岡県とJR東海で行われている議論を彷彿させる。  このような決議で、自民党を中心とする市議会が全会一致でリニアへの強い懸念を表明したのは全国初だった。自民党を中心に超党派の国会議員が「リニア建設促進議員連盟」をつくっているだけに、リニア建設へストップを掛けるような異例な決議ととらえられてもおかしくなかった。  「環境保全が絶対条件」自民市議団は2017年12月の説明会後に、井川地区連合自治会長らとともに井川地区に向かう県道を視察した。自治会長は「国家プロジェクトとして進めるならば、JR東海は地域貢献についてよく考えてほしい」と要望、自民市議団はその要望実現のために粘り強く交渉することを約束している。  2018年3月7日、JR東海の柘植康英社長(当時)は名古屋市で開いた定例記者会見で井川地区から要望のあった県道トンネル整備に触れ、「折半ではなく、JR東海は一定の工事費を負担する。(トンネルを整備するかどうかは)静岡市が判断すべき」と述べた。3月の時点では、JR東海は全額負担で、県道トンネル整備を決めていなかったようだ。  3カ月後、急転直下、県道トンネル140億円全額負担というJR東海の「地域振興」策が示され、静岡市と合意書が結ばれたのである。  その3か月間にどのような交渉が行われ、どのような綱引きがあったのか?田辺市長が中日新聞インタビューで明らかにしたように、JR東海「40億円」、静岡市「100億円」負担が最初の提案であれば、その交渉は難航するのがふつうであり、そんな簡単に決着するはずがない。  その交渉過程に水面下で、「環境保全が絶対条件」自民市議らが名古屋に出向き、JR東海幹部と強硬に談判したといううわさが流れた。その仲裁に官邸も間に入ったというのだ。田辺市長の話同様に、水面下の話を確かめることはできないが、うわさといえ、まことしやかに取りざたされた。 「3兆円財投」の国家的プロジェクト  2027年開業を目指すリニア中央新幹線整備は国家的プロジェクトであり、その象徴が「財政投融資3兆円」のJR東海への貸し付けである。無担保で30年間元本返済を猶予という破格の条件なのだから、安倍総理の官邸がいかにリニア計画を後押ししているかはだれもが承知しているところだ。だからと言って、国が地方自治体にJR東海の要望通りにすべて協力しろと求めるわけではない。  静岡市は東俣林道の通行許可権限を有している。その通行許可、また工事許可がなければ、JR東海はリニア南アルプス静岡工区のトンネル工事だけでなく、その準備工事にさえ入ることはできない。「切り札」の許可権限をどう使うかが、「政治力」の背景にある。  JR東海は「国家的プロジェクト」なのだから、黙っていても静岡市が協力すると見ていたようだ。説明会の配布資料で「市道閑蔵線を工事用ルートとして使用可能にしたい、市道整備は、当社としてのメリットが大きい」とJR東海側の都合を述べている。だからこそ、「市道トンネル」新設が必要とはっきりと書かれていた。その上で「静岡市に相応の費用を負担するので、早急に市道閑蔵線の整備をお願いすると伝えた」。  JR東海の都合なのに、静岡市に市道整備の要請(折半の50億円負担)は上から目線でもある。この文書からは国家的プロジェクトだから、静岡市が協力するのが当然というニュアンスを読み取ることができる。その国家プロジェクトに、地元の強い抵抗に遭うなど思ってもみなかったのだろう。あまりにも甘く見ていたとしか思えない。  「環境保全が絶対条件」は、当然、自民市議団の駆け引きである。JR東海が高飛車な姿勢に出れば、自民市議団をはじめ市議会は一枚岩で戦える。2017年12月の地元説明会で、「当社のメリット」や「相応の費用の負担」など奥歯に何かが挟まったような言い方をしないで、「100億円の『市道トンネル』整備をすべてJR東海の負担で行うので、ご理解をしてほしい」と頭を下げれば、その時点で話は大きく違っていただろう。  JR東海は駆け引きに慣れていないのかもしれない。自分たちの主張をあくまでも通そうとするのは、静岡県との議論を見ていてもわかる。 静岡県民も「地域振興」求める  先日、静岡市街地から国道362号を使い、市道閑蔵線を使ってみることにした。新間トンネルを抜けると新東名静岡SAスマートICが左折方向すぐにあるので、362号は南アルプスエコパークに向かうのに便利な道路である。県道川根寸又峡線まで一部狭隘な区間もあるが、山道は県道三ツ峰落合線よりもはるかに短い。川根本町に入ると、長島ダム建設のおかげか周辺の道路は非常に広く、しごく快適である。  さて、新接阻峡橋の真ん中、川根本町と静岡市の境に到着した。ほんのしばらく行くと、大井川鉄道閑蔵駅付近から市道は急に狭隘な道の連続となった。約4キロ区間は対向車とすれ違うのさえ困難な場所が連続する。JR東海がどのようなトンネルを新設する計画だったのか明らかにされていないが、「市道トンネル」の必要性は十分理解できた。  JR東海の説明通り、市道トンネルによってSLの終点、千頭駅、寸又峡、接阻峡など川根本町の一大観光地と結ぶのだから、観光面では「市道閑蔵線トンネル」のほうが地域振興にふさわしいのだろう。しかし、井川地区の住民たちは生活道路として「県道トンネル」を強く要望、JR東海は「地域振興」の位置づけで地元の意向にこたえた。  ところが、静岡県がJR東海に「地域振興」を求めると、JR東海は「そのような要求は一切受け付けない」と切り捨てる。静岡市とどこが違うのか?  静岡県の場合、驚くべき「政治力」とつながっていないことは確かだ。  JR東海の金子社長と合意書を取り交わしたあと、田辺市長は「(毎秒2トンの水量減少を導水路トンネルによって戻すのは)現実的に対応可能な最大限の提案」とJR東海を褒めたたえ、蚊帳の外に置かれた川勝知事らが厳しく批判した。140億円県道トンネルを勝ち取った「政治力」を見せつける舞台だっただけに有頂天になったのだろう。実際には、140億円県道トンネルを実現した真の功労者がだれかは分からない。大きな「政治力」が水面下で働くのが国家的プロジェクトということだけは分かった。  JR東海が静岡県と決着するためには、静岡県民が納得できる「地域振興」を提案したほうが早道となるだろう。  ※タイトル写真は、8月4日付中日新聞の田辺信宏静岡市長インタビュー

ニュースの真相

リニア騒動の真相11 南アルプスを世界遺産に!

知事”腹案”は南アルプスの「世界遺産」登録?  「考えるリニア着工」というワッペンの付いた中日新聞インタビュー(7月9日付)に、川勝知事は「リニア開業と南アルプス保全を両立させる腹案がある」と明かしたことで、7月26日の記者会見でも、その中身を明らかにするよう何人かの記者が求めた。2016年7月川勝知事が提唱した「環南アルプス・エメラルド・ネックレス構想(静岡、山梨、長野3県の10市町村の連携的な地域振興)」が、その腹案かという問いには「別個の脈絡で、リニアとは全く関係ない」と否定、”腹案”について「万機公論に決すべし」と述べるにとどめた。  川勝知事は「南アルプスとリニア新幹線なら南アルプスエコパークを選ぶ」と、6月静岡市で開かれた中部圏知事会議で述べ、強い決意を示した。その席には、リニア開業の遅れを懸念して静岡県の対応に不満を述べ続ける愛知県の大村秀章知事も出席していた。さらに、中日新聞インタビューで「(求めるのは)南アルプスの保全以上に具体的なものはない」と述べた。このような発言から、知事の”腹案”に「南アルプス」の世界自然遺産登録推進があるのではないか?  「ユネスコエコパーク」は日本国内のみの通称で、実際は「Biosphere Reserve(生物圏保存地域)」を指し、ユネスコMAB(人間と生物圏)計画の一事業。MAB国際調整理事会の審査・登録は、世界遺産委員会の審査・登録に比べるとはるかに緩やかであり、世界的な知名度も低い。リニア南アルプストンネル静岡工区は、ほぼMAB計画の移行地域(自然と調和した地域発展を目指す地域)に当たり、県自然環境保全条例のみで担保している。つまり、ほとんどの規制が掛からない地域である。  日本で最初に世界自然遺産に登録された、屋久島(鹿児島県)、白神山地(秋田、青森県)とも保護、保存に対する地元の自然保護家、研究者らの強い危機感がきっかけとなり、「世界遺産」運動が始まった。富士山の場合も同じで、1994年「世界一汚い山」を何とかしたいという数多くの人たちの熱意から世界遺産運動がスタートしている。(※「現場へ行く」7月21日「『世界一汚い山』富士山は変わったのか」で紹介)  南アルプスの場合はどうか? 静岡市などの世界遺産運動は消滅  2007年2月、静岡市、川根本町など静岡、山梨、長野3県の10市町村長が「南アルプス世界自然遺産登録推進協議会」を設立、行政主導型の世界遺産運動がスタートした。2010年3月研究者らで構成された「学術検討委員会」が自然景観・共生、地形・地質、生物多様性などさまざまな南アルプスの魅力を紹介する冊子を作成した。この冊子をきっかけに世界遺産登録に向けて学術的価値を高めるとしたが、2014年ユネスコエコパーク登録で所期の目的を達成したのか、南アルプスの「世界遺産」運動は消滅したようだ。  静岡市に問い合わせると、南アルプス世界遺産登録推進協議会はすでに存在せず、世界遺産運動は全く行っていないという。屋久島、白神山地、富士山などと違い、当時、南アルプス地域では保護、保全を求める動きそのものがなかった。  なぜ、南アルプスは世界遺産にならなかったのか?  簡単に言えば、富士山のように「過剰利用」による危機感もなく、また世界遺産登録に関わる専門家が推進協議会に参加していなかったからだ。当時の10市町村長らは「世界遺産」というブランドによって、南アルプスの魅力を高め、地域振興を図りたいという意向だけが強く、南アルプス地域をどのように保全していきたいのかコンセプトに欠けていた。 世界遺産レベルの保存管理のために  2013年9月JR東海が「リニア」に関わる環境影響評価準備書を公開、南アルプスを貫通する「リニア」によるさまざまな問題が明らかになると、山梨、長野、静岡3県で南アルプス地域の保全がいかに重要か、目に見えるかたちではっきりとした。  世界遺産運動はこのようなときに有効なのだ。「リニア」が南アルプスの地下を貫通したとしても、南アルプス本体の価値を損なわなければ、当然、世界遺産登録は可能だ。しかし、世界遺産レベルの厳しい保全管理計画が必要であり、それこそが川勝知事の求めているものではないか。  自然遺産の登録基準のハードルは文化遺産に比べて非常に高い。  自然遺産の場合、世界で一番高いとか、世界唯一の貴重な動植物が存在するとか、その基準は他との比較で、世界中でここだけという主張をしなければならない。当然ハードルが高いことが分かっていたはずだが、2010年当時、南アルプス学術検討委員会の冊子には、世界で一番とか唯一とかいう登録基準が話し合われた痕跡もなく、世界遺産運動にどのように取り組んでいくのか戦略も示されていない。単に南アルプスの魅力を日本人の目で紹介したにすぎない。  1996年富士市で富士山の「文化的景観(富士山が日本人に与えた文化的影響)」を話し合う「富士山国際フォーラム」を開催した。その席にベルトン・フォン・ドロステ世界遺産センター所長、IUCN(国際自然保護連合)のジム・ターセル世界遺産担当責任者、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)のジョアン・ドミッセル副会長ら主要メンバーを招請した。日本からは版画家の池田満寿夫氏らが出席した。  その席で、ドロステ氏はじめ出席者全員が、コニーデ型の美しい火山は世界中にあるにも関わらず、富士山の世界遺産としての価値を認め、いかに保護、保全するかが重要な課題、すべて日本の国内問題だと指摘した。環境庁、文化庁の担当者らは世界遺産を審査するメンバーの意見を聞き、どのように取り組むべきか理解した。「過剰利用」富士山の保全について地元の理解を得るのに、それから15年以上も掛かり、紆余曲折を経て、2013年6月世界文化遺産に登録された。 世界遺産運動のために専門家結集を!   「リニア」との関係で南アルプスの保全がいかに重要か、いま全国から注目されている。もう一度、世界自然遺産運動に乗り出すことで南アルプスの価値とその保全の重要性をはっきりと内外に示すことになる。JR東海は世界遺産運動に全面的に協力することで、「リニア」の価値そのものを高めることができるはずだ。  南アルプスの場合、世界遺産の資格は十分にあるが、それが何かを世界に向けて分かりやすいことばで訴えていかなければならない。  ジョアン・ドミッセルICOMOS副会長は、なぜ、「ウルル・カタジュタ国立公園」が世界遺産として、すべてのオーストラリア人に大切かを話してくれた。悲しいことに、「ウルル」をいまでも日本人の多くが「エアーズロック」と呼んでいる。現地でその名前を使うことは非礼であり、恥ずかしいことである。エアーズとは当時の南オーストラリア統治者の名前だからだ。ウルル、カタジュタとも原住民アボリジニたちの聖地。植民地時代、各地で虐殺があり、信仰の土地だけでなく、その大切な名前さえ奪われた歴史をアボリジニの人々は忘れない。現在も「ウルル・カタジュタ」近くの特別区に居住するアボリジニは昔ながらの生活を守る。アボリジニの尊厳を守るために「ウルル・カタジュタ」を世界遺産(自然、文化の複合遺産)として、ドミッセルたちは大切に保全しているのだ。  ネパールのエベレストも同じで、英国人ジョージ・エベレストにちなんでいるため、世界遺産登録名は「サガルマータ国立公園」。過去の植民地時代の歴史に、日本人だけが無頓着では済まされない。  一方、「南アルプス」は明治時代初め、英国人ウィリアム・ガウランドが「Japanes Alpes」と呼んだことから、赤石山脈の通称として使われ始めた。北アルプス(飛騨山脈)は「中部山岳国立公園」が正式名称。ところが、南アルプスはそのまま、南アルプス国立公園だ。アルプスと言っても、ヨーロッパ・アルプスと区別して考えることができるのは日本人だけである。「南アルプス(英語名:Minami Alpes)」という呼称自体が世界遺産登録の際、大きな障害になるだろう。  ニュージーランドのトンガリロ国立公園(自然、文化の複合遺産)を取材したとき、マオリ族酋長のツムテ・ヘウ・ヘウ氏は「世界遺産はヨーロッパ人のヒューマニズムから生まれた。彼らの心に訴えるのが重要だ。わたしはその地域がマオリにいかに大切かしっかりと話した」と教えてくれた。  だからこそ、最も大切な地域を外国人の付けた通称で呼ぶことなどありえない。  もし、世界遺産登録を目指すならば、南アルプスの場合、日本人として本当にその名前でよいのか、議論するところから始めなければならなかった。静岡市などが取り組んだ世界遺産運動にはその分野の専門家が欠けていたようだ。  「『森は海の恋人』水の循環研究会」設置も、川勝知事の南アルプス保全への強い気持ちの現れだろう。ただ、その議論を聞いていると、「富士山の海底湧水に注目」(秋道智弥さん)、「富士山に降った雨が地下水となって、富士川となって駿河湾に流れ込む」(畠山重篤さん)など南アルプスの保全とかけ離れている。南アルプスの保全に軸足を置かなければならない。  JR東海が南アルプスの世界遺産登録推進に全面的に協力するならば、川勝知事の求める「地域振興」にもかなうのではないか。ぜひ、世論喚起を行い、川勝知事の”腹案”に沿うようにしたい。  ※タイトル写真は「大井川の源流(間ノ岳山頂近く)」(鵜飼一博さん提供)

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リニア騒動の真相10「問題の本質」無視する報道

「不当」に審査期間を延ばしている?  7月26日に開かれた川勝平太静岡県知事の記者会見ライブ映像を見ていて、静岡県とJR東海の溝がますます広がっていることが分かった。  6月13日川勝知事の現地視察に同行、椹島だけでなく千石宿舎ヤードに数多くの宿舎が建設されていることを確認した。しかし、千石ヤードの宿舎が使われていないことは一目瞭然だった。各部屋からのエアコン室外機ケーブルが窓から垂れ下がっていたからだ。なぜ、宿舎として使われていないのか疑問に思い、宇野護JR東海副社長の囲み取材が終わったあと、作業員に尋ねた。数多くの作業員がいたが、誰も教えてくれなかった。  24日(JR東海)、26日(静岡県庁)の記者会見でその詳細がはっきりとわかった。  24日名古屋市で開かれたJR東海の会見で金子慎社長が「電線や水道管の敷設など手続きの上で必要な許可が下りていないので支障が出ている」(読売新聞)、「千石地区から40キロ離れた井川地区から現場に通い、作業の能率が落ちている」(中日新聞)など千石宿舎を使うことのできない不満を述べた。ああそういうことだったのか、そんな思いとともに、せっかく現地まで出向いたのに、南アルプストンネル工事に関してJR東海が「情報提供」に熱心でないことをあらためて痛感した。  5月22日JR東海は電線敷設などのために河川法の占用許可申請をした。JR東海側は通常審査の平均28日程度で許可が下りると考えたが、静岡県は2カ月たっても許可を出していない。金子社長はその遅れが本体工事に影響することを危惧した。  26日知事会見で、記者たちは金子社長の危惧をそのままに追及した。河川法を担当する責任者が「作業員宿舎に使われるのか、本体工事に使われるものかなど慎重に審査している」など説明したが、県が「不当」に審査期間を伸ばしているとの疑問を抱いたようで、まるでJR東海の立場を代弁するような質問が相次いだ。「宿舎の電気や水道 県から許可されず」が翌日の中日新聞の記事見出しだった。 「静岡包囲網」ができたのか?  2018年12月4日「リニア騒動の真相5 富士山『情報戦』スタート」を紹介した。最近の報道を見ると、ついに「南アルプストンネル」を巡る本格的な情報戦が始まったかのようだ。  中日新聞は「考えるリニア着工」というワッペン付き記事を断続的に掲載(川勝知事、鈴木敏夫川根本町長、染谷絹代島田市長へインタビュー)、7月9日付川勝知事インタビューは「大村秀章愛知県知事が『オールジャパン事業』として27年開業は譲れない姿勢を強調するなど、石井啓一国土交通相や沿線知事らも含めた静岡包囲網はできつつある」と締めくくった。  静岡県が置かれた状況はまるで「四面楚歌」と中日新聞は言っているようだが、本当か?   「リニア2027年開業に暗雲 工事認めない静岡県の狙い」(週刊東洋経済7月8日号)、「リニア中央新幹線トンネル工事にストップをかける静岡県」(週刊新潮7月18日号)、「リニア建設を阻む静岡県ー川勝知事の『禅問答』がもたらす、これだけの弊害」(ITmediaビジネス、7月23日)など次から次へと、リニア中央新幹線を推進する立場から、週刊誌、ネットメディアなど南アルプストンネル着工に「待った」を掛ける川勝知事への一斉批判が続いた。  これら報道の裏には何かの力が働いているのではないかと疑いたくなる。いずれの報道も「大井川水系の水資源確保や水質の保全等に関する」中間意見書には触れていない。静岡県がゴネることで何か莫大な利益を得ようとしているのではないか、そんな”ゴネ得”を追及することで静岡県の不当な対応を非難、リニア問題の本質から遠く離れてしまった。 「80億円」の根拠ー静岡市は分からない  川勝知事は6月13日の現地視察で東俣林道があまりにガタガタ道で同行した車両1台がパンクした状況などを見て、作業員らの安全にも問題が出ているのではないかと疑問を抱いた。林道整備は昨年8月スタートする計画ではなかったのか、わたしも不思議に感じた。知事は将来的に皇太子時代に訪れた天皇陛下を迎えて喜んでもらえるほどの立派な観光道路にしてほしい、と宇野副社長に注文をつけた。  知事発言をどのように考えるのか、宇野副社長に聞くと、「そこまでのことは考えていない」と答えた。JR東海にとってあくまで作業道路であり、”地域貢献”とは無関係なのだろう。ただし、東俣林道は非常に狭隘で危険な個所が多く、本格的な工事に入れば、大量のトラックが行き交う。どこまでJR東海が安全確保を図るのかいまのところ見えてこない。  7月1日静岡市、JR東海は東俣林道改良工事に関する協定を結んだ。新聞報道だけでなく、12日に宇野副社長名で提出された中間意見書回答案にこの林道について「道路舗装、斜面の落石対策の設置」など「約80億円」で整備すると記されていた。  静岡市治山林道課に本当にこれで安全確保できるのか聞いたが、いまのところ具体的には知らされておらず、9月に詳細設計書が提出されてから、JR東海と協議するという。それで「80億円」はどのように計算したのか根拠を教えてほしいと尋ねたが、「静岡市ではなく、JR東海の試算であり中身は全く分からない」と答えた。つまり、静岡市に「80億円」の根拠は示されていないのだ。協定によって「通行許可」「工事許可」を出してしまえば、JR東海が全面主導で林道整備を行い、静岡市の意見に耳を傾ける必要はない。「80億円」だけが一人歩きして、最初から最後まで静岡市は蚊帳の外である。実際に「80億円」使うのかどうかさえ分からないのだ。  昨年6月20日、「中央新幹線(南アルプス静岡工区内)の建設と地域振興に関する基本合意書」が田辺信宏静岡市長、JR東海の金子社長の間で結ばれた。「地域振興」のための140億円トンネルを建設する代わりに、静岡市はリニア工事に関わる許認可で速やかに対応することを約束した。言い方を変えれば、”140億円トンネル”でゴネるようなことを何も言わないと約束したのだ。当然、静岡市に「140億円」の根拠は示されていない。  河川法の占用許可で静岡県が慎重に審査するのにはそれ相当の理由がある。26日の記者会見で、川勝知事は「千石ヤードから西俣ヤードにトンネルを掘って落盤事故が起きたらどうするのか」と新たな懸念を口にした。この3・9キロ輸送用トンネルについて静岡県、静岡市とも何ら許可権限を持たないから、詳細については承知していない。河川法の占用許可が下りれば、JR東海はトンネル工事に入ることができるのだ。  椹島までの林道で安全確保が図られていない現状で、トンネル掘削が始まり、もし、知事の懸念通りに落盤事故が起きた場合、消防等が救援に向かうのは非常に困難である。そのためにも、静岡県は審査に十分な時間を掛けて、JR東海の方針を聞いているのだろう。  東俣林道は静岡市の問題だが、川勝知事は「安全確保」でくぎを刺すかもしれない。これは現地視察のときと同様に、いつもの”川勝流”で、静岡県知事として「意見」を述べる立場にあるからだ。 「燕沢」置き場は危険と指摘されたがー  今後、大きな問題になるのは発生土の計画案であるが、この計画案についてJR東海と議論できる権限を静岡県は持ち合わせていない。  JR東海は、リニア南アルプストンネルに最も近い、標高約2千メートルの扇沢に発生土置き場を計画していたが、「山体崩壊を招く恐れがある。植生を壊す影響も大きい」など専門家らの批判が続き、扇沢の代わりに下流域の畑薙橋近く、すり石を新たな置き場にした。  ところが、問題は扇沢だけではない。千石宿舎ヤードの近く、燕沢(つばくろさわ)発生土置き場には東京ドーム3個分、高さ約70メートル、奥行き500メートル、約360万㎥もの大量の工事残土が積み上げられる。  昨年12月31日付中日新聞は、南海トラフ巨大地震などが起きれば、燕沢置き場で土石流が発生、天然ダム湖を造り、大雨などで決壊し下流域に大きな被害をもたらす恐れや残土にヒ素やセレンなどの重金属が含まれる可能性などを報道した。「燕沢は残土置き場としては災害面でも、生態系の面でも相当まずい。見直しが必要」など専門家の指摘を紹介している。  「見直しが必要」とした中日新聞の取材に、JR東海は「判定試験や遮水シート工での封じ込め、地下水のモニタリングなど対策を徹底する」と回答した。  森林法による指導権限を持つ静岡市治山林道課は、具体的な計画が提出されれば、リニアに関わる静岡市の環境影響評価協議会開催を求めるだろう。しかし、もし、そこでさまざまな意見が出たとしても、静岡市治山林道課は「JR東海に何らかの対応を要望するにとどまる」と話した。そもそも森林法には発生土置き場を規制する権限がないからだ。  リニア工事に対する最後の橋頭保は静岡県なのかもしれない。  積極的な「情報提供」こそ打開策だが  静岡県の難波喬司副知事は愛知、三重、岐阜に続いて、7月19日山梨県の若林一紀副知事に面会して、JR東海との協議状況を説明、若林副知事は「JRと静岡県が課題の解決に向けて互いに真摯に話し合うことを願う」とコメント、静岡県のリニアトンネル影響にはっきりと理解を示した。23日から富山県で開催された全国知事会議で川勝知事は長野、山梨、岐阜などの知事に静岡県とJR東海の「協議状況」を説明、各県知事ともそれぞれ立場の違いを越えて理解している。中日新聞の伝える「静岡包囲網」はいまのところ存在しないようだ。  「協議状況」とは、静岡県の提出した「中間意見書」に対するJR東海の回答案のやり取りだ。もともとの前提も違い、両者の主張は大きく食い違う。具体的な根拠を示さず、単に「環境に対して精いっぱいのことをやる」(金子社長)など主張し、静岡県の求める回答にJR東海が真摯に向き合わなければ、専門家会議を開催しても同じことの繰り返しになる。  お互いが理解し合う前提は「信頼」であり、その信頼の上に立ってお互いの考え方を述べ、意見を戦わせて少しずつ共有する部分を広げていくのだが、JR東海の対応だけでなく、取り巻く周囲(メディア)がますます難しい状況をつくりだしている。リニア南アルプストンネルの議論はそう簡単に「善✖悪」や「正しい✖間違っている」と判断できる問題ではない。だから、さらなる議論が必要と静岡県は考えている。ところが、はっきりとした「善と悪」を提供する週刊誌やネット情報は多くの読者に支持されがちだ。  週刊新潮は「ベラボーな値段で『南アルプスの水』を売りつけられるJR東海の打開策は?」と書いた。もしかしたら、各メディアを使ってさまざまな情報戦を展開、静岡県のかたくなにも見える姿勢を変えさせる「打開策」の一つとJR東海は考えたのかもしれない。  JR東海が本当に打開策を打ち出したいのであれば、積極的な「情報提供」を行うべきだ。  ※タイトル写真は千石宿舎ヤード、後方にトンネル建設で掘削する山々が連なる

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リニア騒動の真相9「地域振興」とは何か?

「地域振興」ー考えるのはJR東海?  リニア中央新幹線の南アルプストンネル建設工事にからんで静岡県の川勝平太知事がJR東海に対して、「地域振興」を求めたのに対して、JR東海の金子慎社長は静岡県の求める「地域振興」にこたえることはないと切り捨てた。県環境保全連絡会議でのJR東海とのやり取り同様に、両者の主張は平行線のまま噛みあうことはないように見える。  リニアは大井川の水源を横切るために静岡県民の水環境に悪影響を及ぼしかねない。「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあってもメリットはない。(静岡県の)メリットを示してほしい」。6月5日、突然、川勝知事は中部圏知事会議でリニア中央新幹線建設促進期成同盟会への入会を大村秀章愛知県知事に申請した。期成同盟会の目的は、リニア新駅設置と地域振興。当然、静岡県にリニア新駅設置は不可能である。川勝知事の入会目的はJR東海に「地域振興」要請を見えるかたちで示したのだろう。  6月28日の記者会見で川勝知事は「地域振興」についてさまざまな質問を受けた。その中で静岡県が長年、JR東海に求めてきた東海道新幹線「静岡空港新駅」とは関係がないと明言している。それで、記者たちは「地域振興」とは具体的に何かと尋ねると、川勝知事は「JR東海に考えてもらいたい」と謎めいた回答で終えた。  静岡県の求める「地域振興」とは一体、何なのか? 地域振興の象徴ー「日本橋」復活に1兆円  先日、日本橋三越前で友人と待ち合わせた。日本橋を渡り、その周辺を歩くと一帯が美しく様変わりしていることに気づいた。そうか、1999年に設置された「日本橋地域ルネッサンス100年計画検討委員会」による街の振興への取り組みが大きな成果を上げているのか。日本橋に住む友人は「この辺りが銀座以上の繁華街になるのももうすぐ」と自慢げに話した。  20年前、「日本橋」の復活が大きな話題となった。当時、「飲水思源」という中国の諺を教えてもらった高橋裕・東大名誉教授(静岡市清水区興津出身)は「首都高速道路公団に全部地下に入れる工事費を計算してもらったら、1兆円という数字が出た。日本橋川への高速道路の地下化は20~50年でやれば、毎年の経費はそれほどの額ではない」と話してくれた。しかし、50年でも毎年2百億円という巨額の費用が必要となる。(※「飲水思源」については、『リニア騒動の真相4 川勝知事の「飲水思源」』で紹介しています)  1964年、アジア最初の東京オリンピック開催に合わせて「日本橋」を全部高速道路で覆ってしまった。東京オリンピックに間に合わせるために景観への配慮という思想は貧しい日本にはなかった。「日本橋」復活は、2020東京オリンピック後に本格的にスタートする見込みだ。「21世紀は20世紀に失ったものを取り戻す時代だ」と高橋教授が強調した。日本橋というシンボルに合わせて、官民合わせて「地域振興」に取り組んでいる姿は驚くばかりである。  五街道の起点、日本橋復活への力強い動きを見ていて、リニアの通過する大井川の果たしてきた役割に思いを馳せた。 大井川ー東京を支えた地方の象徴  江戸時代、ミカン伝説で有名な紀伊国屋文左衛門(紀文)の実像は諸説紛々で定かではないが、元禄10年(1697)、将軍綱吉から上野東叡山寛永寺の根本中堂建立の命が下り、紀文は一世一代の仕事と請け負った。  戦国時代が終わり、江戸時代に入ると江戸城、駿府城、名古屋城などさまざまな公共工事が行われ、用材調達は困難を極めた。そこで紀文が目を付けたのが手つかずの大井川上流部だった。大井川の寸又川合流点から奥の幕府御用林と隣接山域、さらに井川の奥山まで及ぶという広い範囲で伐採をすることが決まり、現在のリニア工事と同様に当時、最大の大規模プロジェクトとなった。紀文の搬出によって川根から大井川の河口まで材木で埋め尽くされたという記録が残っている。ミカン伝説同様に紀文の大井川材木の伐り出しは諸説紛々というが、ただ、いかに膨大で多量の材木が大井川から江戸に送られたことだけは確かである。  「箱根八里は馬でも越すが越すに越されぬ大井川」。大井川には明治時代になるまで橋が架けられなかった。その大きな理由は「江戸を目指す軍勢を止めるために幕府は大井川に橋をつくらせなかった」説が一般的だった。  その通説を覆す「大井川に橋がなかった理由」(松村博著、創元社)が20年近く前に出版された。日本橋をはじめとする江戸時代の主要な橋はあまりに高額な費用が掛かり、幕府は公共投資を江戸に集中させる理由から大井川への架橋は見送られたという。当時の架橋がいかに高価だったか、江戸・両国橋の資料を例に上げて、同書では説明してあった。高額な費用とともに、「橋を架けるほどの通行量がなかった」「地域社会や地域経済が橋を必要とするほど発展していなかった」「簡易な橋では流失の可能性が高かった」などの理由には十分な説得力があった。  江戸に大量の材木を送り、華やかな江戸文化を支えたが、川越し人足に象徴される「大井川」は貧しい地方の象徴でもあった。  明治に入ると、大倉財閥の大倉喜八郎が大井川源流部の間ノ岳、農鳥岳をはじめとする南アルプス大半の森林を手に入れ、日露戦争による戦時景気などで巨額の富を得る木材事業に使われ、その歴史が特種東海フォレストにつながる。  戦後になると、東京オリンピック開催で日本橋を全部覆う高速道路建設などが始まり、高度経済成長時代を支えるために、大井川の質の高い砂利が大量に東京へ運ばれた。江戸、明治、大正、昭和と大井川の果たした役割は地元ではなく、すべて日本の中心部発展のためだった。  日本という国の発展のために東京がしっかりとしてくれなければならない。そう地方は考え続けてきた。そのために地方はありとあらゆる資源を人材を東京に送り続けてきた。まさに、大井川はその象徴的な存在だった。 大井川源流部の様変わりを実感  6月13日、川勝知事はリニア建設予定地を視察した。畑薙ダムを抜け、畑薙橋を越えたところで川勝知事の先導車は停止した。川勝知事の隣で、神戸大学の大石哲教授が指し示したのが「赤崩れ」だった。その崩れを止めることはできないから、大井川の河床堆積が続き、いずれ、畑薙橋を埋め尽くす可能性さえ否定できない。  川勝知事は同行した若い記者らに赤崩れの現状を知ってもらいたかったようだ。多分、この地域(断層帯)が地質的に非常に弱いところであり、リニア工事はまさにそのような場所で行われていることの証拠だからだ。  東俣林道は準備工事でも車両の通行が頻繁にあり、本工事がスタートすれば、通行車両は大幅に増える。その狭隘で危険な道路について、川勝知事は「ガタガタ道を立派な道にしてほしい。将来的には観光道路として使え、皇太子時代に訪れたことのある天皇陛下を迎え、喜んでもらいたい」とJR東海に注文をつけていた。静岡市は7月1日付で東俣林道の改良工事についてJR東海と協定を締結、JR東海は80億円の事業費を見込み、詳細設計が9月頃に示される。どのような安全確保をはかるのか課題は大きい。  川勝知事の一行のみが千石宿舎から西俣宿舎まで入った。さらに狭隘な道路が続くために、千石から西俣方向に新たな「輸送用トンネル」が設置される。幅10メートル、高さ6・5メートル、断面積50平方メートルで約4キロもの大トンネルについては民有地を貫通するため、法律的な縛りはなく、県、市とも詳細については知らされていない。計画だけを見ても、秘境とも言える大井川の源流部が様変わりすることだけは実感できた。 20世紀発展のために失ったもの  わが国最大の山地、南アルプスに源を持つ大井川の地下4百メートルを通過する東京ー名古屋、大阪を短時間で結ぶリニア「交通大革命」のために、その自然環境が様変わりすることを確認できた視察だった。   「21世紀の公共事業は20世紀に失ったものを取り戻す時代」(高橋教授)。その思いを川勝知事が共有していることは確かだろう。20世紀には、丹那トンネル開通(1934年)、佐久間ダム完成(1956年)、東名高速道路、東海道新幹線開通(1964年)という静岡県に関係の深い公共事業が続いた。すべての土木技術がリニア工事にも関連するが、その中でも特に「丹那トンネル」について、川勝知事は記者会見等で何度も言及している。  御殿場線の急勾配を迂回していた東海道線は、丹那トンネル開通によって時間も距離も大幅に短縮され、輸送効率は一挙に上がった。しかし、この工事は軟弱地盤や高圧湧水に悩まされ、世界トンネル史上まれな16年にも及ぶ難工事だった。この経験が世界初の海底トンネル、関門トンネルや数知れない鉄道、道路トンネルに生かされたが、その代償とも言える多くの犠牲者をはじめとする負の影響を地元・静岡県に与えた。  高度成長時代には経済効率と機能に徹するだけでよかったが、その代わり失ったものはあまりに大きい。20世紀に失った「日本橋」復活だけでも1兆円が掛かる。リニアは21世紀を代表する公共工事となるのだろう。だからこそ、環境の世紀と言える21世紀、川勝知事はリニアよりも南アルプスエコパークを選ぶと宣言できた。JR東海がどんなに環境に配慮したとしても、静岡県が失うものはあまりに大きいからだ。川勝知事が他県との比較で挙げた「地域振興」の金額など大した額ではないのである。  JR東海は、いま一度、静岡県にふさわしい「地域振興」が何かを考え、そして提案することを期待したい。  ※タイトル写真は、川勝知事のリニア工事現地視察。知事の隣はJR東海の宇野護副社長

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リニア騒動の真相8 川勝知事、”怪挙”に出る!

「期成同盟会」入会は川勝知事の戦略?  あまりに唐突で思い掛けない申し入れだった。  5日静岡市で開かれた「中部圏知事会議」のリニア中央新幹線に関する議題の中で、川勝平太・静岡県知事は「建設促進期成同盟会」へ入会申請したことを明らかにした。  「入っていただくのはいいのではないか」。当日出席していた「期成同盟会」会長の大村秀章・愛知県知事は表面上、そう賛成の意向を示さざるを得なかった。「期成同盟会」は1979年の発足当初からリニアが通過する9県で構成していた。ところが、2011年5月の整備計画決定によって、JR東海は最も採算性の高い直線の「南アルプスルート」を採用、この結果、静岡県もリニア通過県となったのだ。ただし、山梨県と長野県の間、南アルプスの山岳地帯10・7キロを貫通する地下4百メートルに造るトンネル部分のみで、地上部分はない。「期成同盟会」の目的はリニア新駅設置、地域振興であり、整備計画決定以降も静岡県は全く蚊帳の外に置かれていた。  「早期開業を求める会の趣旨に賛同してくれれば問題ない」。大村知事は静岡県の突然の申し出に警戒感を露わにした上で、「他の都府県の意向を聞きたい」と逃げるしかなかった。  川勝知事は「2027年開業はJR東海の企業としての都合」と何度も繰り返してきた。JR東海と静岡県との対立を大村知事は承知しているだけに、どんな思惑で「期成同盟会」へ入会表明したのか、疑問を抱いたのだろう。金子慎JR東海社長が5月30日の記者会見で、静岡区間での未着工を挙げて「2027年開業に影響を及ぼす」と困惑を示したばかりだった。  しかし、リニア通過県の静岡県が「期成同盟会」入会の権利を持つことに疑いをはさむ余地はない。だから、疑問を抱きながらも大村知事は表面上は「賛成」と言い、「他の意向を聞きたい」と判断を避けたのだ。  なぜ、川勝知事は「期成同盟会」入会という思い切った行動に出たのか?  その日の朝、中部圏知事会議の予定を聞いた知事は県庁知事室から富士山の美しい姿に触れていて、突如として「期成同盟会」へ入会すべきという強い閃きを感じたという。だからこそ、”怪挙”とも言える川勝知事の行動だが、優れた政治家としての戦略だったのである。 川勝知事「静岡にメリットがない」  川勝知事の”怪挙”に、理屈で動く県庁職員たちは慌てふためくしかなかった。  通常の場合、事務方が「期成同盟会」事務局と連絡を取り、段階を経て、関係者の合意を取り付けた上で入会申請に持っていく。もし入会となれば、分担金などを含めて予算付けをする担当部局を決める必要もあるが、突然の知事の決断に事務方が追い付けるはずもなく、とりあえず、南アルプストンネル工事の影響解消をJR東海と話し合う環境保全連絡会議担当の「くらし・環境部」に申請依頼書を作成させた。  くらし・環境部にはリニア建設促進の役割を担う課は存在しない。その証拠に、織部康宏環境局長は「大井川の水環境問題について共通理解を求めるため」と期成同盟会の趣旨とかけ離れた入会理由を説明した。  川勝知事名の入会申請書には、リニアの意義を褒めたたえた上で「リニア中央新幹線の整備実現に向けて、本県も沿線に位置する県として、同盟会へ加盟したく取り扱いのほど、よろしくお願い致します」とある。大井川の水環境問題を理解してほしいなど一切、触れられていない。  もし、静岡県が「早期開業」に賛成ならば、大井川中下流域の水環境での基本協定にこだわる静岡県の姿勢に疑問を感じないほうがおかしい。  水環境の保全問題では、最初から入り口の違うJR東海と静岡県の主張は平行線をたどっている。静岡県がJR東海の主張を了解しない以上、両者の溝は埋まりそうにない。「早期開業」を求める愛知県知事、JR東海の願いと静岡県の主張が逆行していると考えるのがふつうである。  リニア進捗遅れの”元凶”静岡県がなぜ、「期成同盟会」に入会したいのか。大村知事にも、川勝知事の行動は”怪挙”に映ったはずだ。  川勝知事は「リニア推進派」であることを公言してきた。しかし、「リニアには賛成だが、静岡県にデメリットはあっても、メリットは何もない」。今回の”怪挙”の中で、川勝知事は「リニア建設での『静岡県のメリット』を示してほしい」と初めて言及、水環境問題ではなく、「静岡県のメリット」論をはっきりと展開したのである。 「1県1駅」を約束したJR東海  リニア計画は1970年代に始まり、中央新幹線建設促進期成同盟会がちょうど40年前、79年沿線9都府県(東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知、三重、奈良、大坂)で設立された。リニア計画の当初から静岡県を通過せず、茅野、伊那周辺を通過する「迂回ルート」を長野県などは強く要望してきた。  「期成同盟会」各県の働き掛けが功を奏して、2009年8月、JR東海の松本正之社長(当時)は「期成同盟会」総会の席上、リニア通過県には「1県に1駅ずつ設置するのが適当」と停車駅の設置方針を示した。JR東海は、通過する各県に「1県1駅」設置を約束したのだ。  「期成同盟会」への入会とともに、2011年「南アルプス」ルートを採用したのはJR東海なのだから、通過県の静岡県から見れば、当然「1県1駅」の権利があると考えることはできる。川勝知事もそう考えたのもかしれない。  南アルプス直下約4百メートルのトンネル内に新駅設置はほぼ不可能であり、当初、JR東海の要請を受けた静岡県は、東海道新幹線に余裕が生まれ、静岡空港に接続する新駅構想に追い風になるとの理由だけでリニア支援を決めていた。「静岡空港新駅」は静岡県の悲願の一つと言ってもいい。  しかし、JR東海は「リニア開業後、東海道新幹線に余力が生じた場合は検討の対象」としただけで、実際は、「静岡空港新駅」計画を真っ向から否定してきた。リニア開業に協力することで、JR東海が静岡県の意向に忖度してくれるものと静岡県は大いに期待した。 静岡県の切り札は「河川法許可権限」  2010年12月、川勝知事は東海道新幹線トンネルの西側出口付近に地上駅を整備する費用負担の少ない「静岡空港新駅」構想を提案した。この提案に呼応するように、国交省交通政策審議会はリニア整備の意義の中に、広域防災拠点として「静岡空港新駅」の可能性を初めて盛り込んだ。知事は国交相に強く陳情したが、肝心のJR東海はそれまでの姿勢を崩さなかった。リニア整備が始まったが、静岡県へ協力を求めるJR東海の口から「静岡空港新駅」設置についてはひと言も触れられなかった。「聞く耳を持たぬ」姿勢から一歩でも変化が生まれることを静岡県は期待したが、JR東海の姿勢に変わりなかった。  その期待が見事に裏切られた結果が、現在の静岡県の強硬姿勢につながっているのではないか。  昨年8月、川勝知事は「リニア南アルプス工事での水減量分はすべて戻してもらう。これは県民の生命に関わる問題」と強い姿勢を見せると、JR東海は「減量分すべてを戻す」とあっさりと知事のことばに従うことを表明した。しかし、問題は解決しないのだ。なぜならば、JR東海にとって、大井川の利水者協議会の議論が問題ではない。静岡県の持つ河川法の許可権限こそが厄介な代物なのである。  「リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”」で詳しく紹介した静岡県の唯一、絶対の強みである。JR東海は静岡県にその許可権限がなければ、とうの昔に南アルプス区間の工事に着手していたはずである。  6日午前、静岡県はリニア工事で大井川の水資源や自然環境にどんな影響が出るのか議論した結果を「中間意見書」にまとめ、JR東海に送付した。その同じ日の午後、「期成同盟会」総会が東京で開かれ、JR東海の金子社長は「2027年開業に影響を及ぼしかねない」と再び、静岡の未着工区間を懸念材料に挙げた。そんな中で、会長の大村知事は国による調整を求めた。いずれも静岡県の持つ河川法許可権限に手出しはできないからだ。  期成同盟会総会は川勝知事の「入会依頼書」を棚上げにした。総会へ出向いた担当者は大井川の水環境に関する中間意見書を持参したが、総会への出席は認められず、中間意見書も持ち帰った。大井川の水環境保全を求める中間意見書が配布されれば、期成同盟会の趣旨と異なると静岡県の入会拒否の理由にすることができたかどうか?あいまいなままに「入会依頼書」は来年6月の期成同盟会総会まで棚晒しにされ、何ら議論されることはない。  だからと言って、静岡県の期成同盟会入会への権利を奪うことはできない。 「誠実に対応する」はどんな意味か?  一方、静岡県の中間意見書に対して、JR東海は「中身を確認した上で、これまで通り誠実に対応いたします」とコメントした。  「誠実に対応すべき」は、過去にJR東海が約束した「1県1駅」と川勝知事は言ってくるかもしれない。そのためにこそ、知事は期成同盟会入会の意思を示したのである。リニア通過県の静岡県が「1県1駅」を求める権利も奪われない。ただし、その1駅がリニア新幹線ではなく、「静岡空港新駅」であることをJR東海もそろそろ承知すべきなのだ。大井川の利水者協議会メンバーの島田、焼津、藤枝、掛川、牧之原、多くの企業もこぞって期待しているのだから。  川勝知事が期成同盟会入会の申請という”怪挙”に出たことで、ようやく、JR東海との議論は新たな局面に入り、その中身もはっきりとしてきた。JR東海の誠実な対応を静岡県は求めている。これまで、JR東海への「期待」は裏切られてきただけに、川勝知事のさらなる手腕に「期待」は高まる。 静岡市は140億円トンネルを勝ち取った  「静岡には残念ながらリニア駅は造られない。(ユネスコ)エコパーク指定を受けた南アルプス地域とリニア新幹線なら、静岡はエコパークを取る。なぜならリニアには何のメリットもないからだ」。川勝知事の口調は滑らかとなり、ようやく「静岡県のメリット」論を明らかにして、議論を始めている。  そのためにか、川勝知事は13日、南アルプスエコパーク内のリニア準備工事を視察する。  当然知事は県道189号線(三ツ峰落合線)を通るはずだ。1年前の6月20日、田辺信宏静岡市長がJR東海の金子社長と基本合意書を締結した。当初、JR東海は市道閑蔵線の全線二車線化(約100億円)を提案したが、静岡市は強く県道三ツ峰落合線トンネル(約140億円)を求め、とうとう140億円トンネルを勝ち取った。  ことし4月、静岡市は道路計画課に「中央新幹線関連道路推進室」を設けた。現在、トンネル建設に向けて調査に入っている。すべてJR東海の費用負担である。静岡市の許可権限(東俣林道使用など)に対する「メリット」(補償)が140億円トンネルだとだれもが見ている。  さあ、次は、JR東海は「静岡県のメリット」を川勝知事にちゃんと示してほしい。そうでなければ、いつまでもJR東海は静岡県との議論を続けることになるだろう。  ※タイトル写真は中日新聞6月6日付朝刊。にこやかな川勝知事の左隣が大村愛知県知事。心なしか暗い表情に見える

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「森は海の恋人」は本当か?

「流木」はシラス漁船の大敵  タイトル写真は用宗漁港で、生シラスではなく流木の大漁を撮影したもの。安倍川河口部はほとんど閉鎖された状態だが、出水時には大量の土砂とともに流木が駿河湾に吐き出される。流木はシラス漁船の網に掛かり、シラス漁ならぬ”流木漁”となり、シラス網が使い物にならなくなるだけでなく漁船エンジンなどに影響を与え、大きな被害をもたらす迷惑な存在。だから、洪水時のあと、駿河湾に押し寄せた大量の流木に向かい用宗漁港の漁師らは総出で集める作業に汗をかかざるを得ない。  大量の流木は駿河湾の生物たちには森の植物プランクトンを運ぶ「贈り物」かもしれない。ただ、安倍川上流部の森が荒廃して、「流木」の発生原因となっていることをご存じない方が多い。  1944年、終戦の前の年から、唱歌「お山の杉の子」が日本全国で歌われた。戦時中に供用され、全国いたるところで丸裸になった山々の杉、檜の植林が奨励された。ことし70回目を迎え、新天皇、皇后両陛下の初仕事となった愛知県での全国植樹祭は、戦後の復興を目指す象徴的なイベントとして始まった。  しかし、明治大正期から現在までの日本列島の環境変化を見ると、現在ほど森林が豊かな時代はない。山を植林で守ろうという考えを持つのは日本人だけだが、戦後の燃料革命、化学肥料などの多用によって、日々の生活は森林から得られる資材に頼ることなく、またパルプなどの原料は安い輸入材を使うことで豊かになった日本の森林は放置されるままになった。  全国植樹祭は70回目を迎えたが、いまや林業は一部地域を除き、「業」として成り立たない。静岡県庁でも林業を担当する課は大幅に縮小され、森林整備課の役割は三保の松原の保全などであり、林業に対する役割は極わずかである。除間伐の行われない森林が安倍川上流にも数多く見られ、そこから発生する「流木」が駿河湾の漁業などに深刻な影響を与えている。  用宗漁港のシラス漁師らは「森は海の恋人」などとは呼べない。 安倍川の「濁流」が流木を運ぶ  安倍川は静岡、山梨の県境の大谷嶺(標高1999・7メートル)に源を発する、流域面積567平方キロ、流路延長は51キロしかなく、大井川の168キロ、富士川の128キロなどに比べ非常に短い河川だが、日本屈指の急流河川であり、高低差約2キロの急こう配を一気に流れ下る。それだけに、洪水時の土砂供給は半端ではなく、森林荒廃による大量の流木も駿河湾に流れ込む仕組みだ。   1707年10月宝永地震が発生、安倍川源流部の「大谷崩れ」の大崩壊が始まった。その1カ月後に富士山は宝永噴火を起こした。記録に残る宝永地震は倒壊家屋6万棟、死者2万人以上とされ、大谷崩れによっても約5キロ下流の赤水の滝まで一気に流下し、大きな土砂災害をもたらした。約1億2千万トンもの土砂が崩壊したと推定される。  フォッサマグナの西側である糸魚川静岡構造線に位置し、並行する2本の断層に挟まれ、2本の断層の横ずれ運動などで風化しやすく崩れやすい地層で水分を含みやすい。上流域の年間降水量は2800ミリを超える多雨地帯だから、日本三大崩れの一つに数えられる大谷崩れなどから大量の土砂が駿河湾に流れ込んでいる。  安倍川上流に行けば、大谷崩れだけでなく、五色崩れ、大ナギ崩れ、ヨモギの頭崩れなどさまざまな崩壊地を見ることができる。大雨、特に豪雨があった時、安倍川上流の山々では耐え切れずに新たな崩れが起きて、川には濁流が押し寄せている。用宗漁港に打ち上げられた大きな流木によって安倍川の濁流の勢いを想像することができるだろう。  洪水のたびに堆積と移動を繰り返しながら駿河湾に土砂を吐き出すことで静岡海岸、清水海岸、さらに「白砂青松」で知られる三保の松原を形成してきた。「濁流」は、このような自然の大きな恵みでもある。 サクラエビ不漁は「濁り」が原因?  静岡県は、サクラエビ不漁と富士川支流の濁りなどの因果関係を究明するために、南アルプスから駿河湾沿岸までの生態系の循環構造について研究する「森は海の恋人」研究会を近く、設立する。委員長に東海大学海洋学部の鈴木伸洋・元教授、顧問に秋道智弥山梨県富士山世界遺産センター所長(非常勤、人類学)のみ知事の直々の指名で決まっているが、他の委員らは未定のようだ。  記者会見で川勝知事は「豊かな森林は駿河湾を豊穣な海にする。サクラエビの不漁の原因を探りたい」と述べたが、担当課に聞いても、何をどのようにやっていくのか全く決まっていない。「森は海の恋人」は1989年から気仙沼湾に注ぐ大川上流の地域で、カキ養殖の漁民らの広葉樹の植林活動に付けられた名前だ。広葉樹の多い森からの養分は鉄分が多く、それがプランクトンから始まる食物連鎖に重要で、カキは植物プランクトンを食べて育つから森林の働きは欠かせないという理由だった。  三陸海岸には気仙沼湾だけでなく、釜石湾、大船渡湾、石巻湾など大小12もの湾、それぞれの湾に注ぎこむ河川があり、駿河湾との規模は全く違う。駿河湾の場合、東から狩野川、富士川、安倍川、大井川、天竜川の5大河川をはじめ多くの河川がある。  「漁民は山を見ていた。海から真剣に山を見ていた。海から見える山は、漁民にとって命であった」(畠山重篤著「森は海の恋人」)。  気仙沼湾の漁師にとって命の山は、安波山(標高239メートル)、川は二級河川大川(流路延長29キロ)のことである。駿河湾のサクラエビ漁師から見える山は浜石岳(標高707メートル)、二級河川由比川(4・8キロ)、和瀬川(2・5キロ)が駿河湾に流れ込んでいる。  サクラエビ漁師たちは3千メートル級が連なる、はるかに遠い南アルプスの山々、川は大井川、富士川を思い描くのだろうか? リニア工事とサクラエビ不漁の因果関係は?  当初、川勝知事は「早川の上流でリニアの工事をしていて、濁りをなくすための凝集剤を使っている」ことを挙げ、リニア工事の「濁り」とサクラエビ不漁の因果関係を調べると発言していた。当然、JR東海は「排水処理は基準を守っている」など早川の濁りとリニア工事は無関係と明言した。  そもそも「濁り」は地表の粘土性物質、土壌粒子、有機性物質、プランクトン、微生物などを含む駿河湾への森からの「栄養」成分を含んでいる。  静岡河川事務所によると、洪水時の濁流によって河口から排出される土砂量を調べることはできないが、シミュレーション予測で、安倍川の場合、過去33年間で24万トン程度、大井川では過去15年間で40万トン程度が駿河湾に排出されたと推測する。洪水時に大量の土砂とともに多くの流木などが駿河湾に流れ込んでいる。早川支流の濁流などはるかに超える量である。  南アルプスから駿河湾までの生態系の循環構造を調べると言っても、これだけ大量の土砂、流木を駿河湾へ供給する安倍川を除外しては正確な調査にはならないだろう。「豊かな森林は駿河湾を豊穣にする」と言うが、気仙沼湾の養殖漁業と駿河湾深海に生息するサクラエビでは全く事情が違う。豊かな森林は大井川、安倍川にもあり、その恵みがどのようになっているのかの調査となれば、大規模で何年も掛けなければならない。駿河湾の濁流による土砂量調査が国交省でも簡単にできていないから、静岡県がどこまで「濁り」を調査できるのかハードルは非常に高いだろう。  もしかしたら、川勝知事はその辺の事情をすべて承知した上で、担当課に「森は海の恋人」研究会設立を指示したのかもしれない。  昨年8月の日経ビジネスで、リニア新幹線南アルプス工事の影響で川勝知事は「おとなしい静岡の人たちがリニアの線路に座り込みの反対をする」などと、リニア工事による影響の不透明さを訴えた。  大井川、富士川などに比べて、非常に短い安倍川上流部でもさまざまな自然の現象が起こり、駿河湾に大きな影響を与えている。駿河湾は世界でもまれな豊穣な海と言われ続けてきたが、何らかの変動が起きているのかもしれない。川勝知事は、南アルプスで始まるリニア工事は東海道新幹線などとは比較できない大規模開発であり、思い掛けない災厄が起きる予兆をサクラエビ不漁に見たのかもしれない。川勝知事の呼び掛けに、記録的な不漁に見舞われるサクラエビ漁師たちはリニア工事に筵旗を持って抗議へ行くときがあるかもしれない。  国の未来へ警告を発することは、優れた政治家が行うべき使命なのだろう。ただ、理屈に慣れている県庁職員たちは川勝知事の真意をはかるのに時間が掛かるだろう。