ニュースの真相

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リニア騒動の真相22 早期着工の「視界」ゼロ

台風19号で東俣林道は寸断される  昨年10月17日から「リニア騒動の真相」連載を始めて、1年が経過した。この1年間では、JR東海が強く望んできたリニア南アルプストンネル静岡工区の「早期着工」へ向かう兆しさえ見えてこない。「流出する湧水全量戻し」議論は紛糾したままであり、今後もJR東海は静岡県環境保全連絡会議専門部会で理解を求める議論を続けていくしかない。当分、時間は掛かりそうだ。  静岡県との合意を目指す鈍い動きだけでなく、「早期着工」に向けた環境は国やJR東海の思惑とは裏腹に、予期せぬ自然災害の発生によって視界がきかない状況に陥ってしまった。  東日本へ記録的な被害をもたらした台風19号は、10月11日から12日に掛けて、大井川源流部に深刻な影響を与えた。リニア南アルプストンネル静岡工区へつながる静岡市東俣林道約27キロ区間のうち、林道起点の沼平ゲートから4・2キロ地点で道路そのものが崩落、その手前3・8キロ地点では道路が一部損失した。(タイトル写真は3・8キロ地点の道路一部損失現場。クラックが入り、危険な状態=静岡市提供)  それでも、約3週間後の11月5日までに、3・8キロ、4・2キロ地点をう回する、幅4㍍の仮設道路約1・5キロが大井川の河原に設置され、工事用の4トントラックの通過ができるようにした。リニア建設を優先して、静岡市の河川への仮設道路設置について、静岡県は一次占用許可として災害復旧に向けた緊急措置で通行を許可している状態だ。  全崩壊は1カ所だったが、JR東海の工事宿舎につながる千石ヤード付近の林道約2キロ区間でも道路半分が損失してしまった。現在も大型車両は通行できない状況。その他、林道の30カ所の斜面から大量の土砂流出があり、撤去作業に追われている。今回の大雨で地盤が緩んでいるため、少しの雨量で路面、斜面の崩壊が起きる可能性が高い。  7月1日、静岡市は、リニア建設にともなう東俣林道改良工事に関する協定をJR東海と結んだ。リニア南アルプストンネル(静岡工区)建設をスムーズに進めるための措置である。静岡市が林道の「通行許可」「工事許可」を出すことで、今後増える工事車両を安全かつ円滑に通行できるようJR東海独自で林道を整備することを可能にした。  東俣林道は、そのままの状態では大型車両がすれ違うにはあまりに狭隘で、ガタガタの道路は危険な個所が多いから、土砂崩れが発生、通行止めとなることもしばしば。台風19号被害を見れば、一目瞭然だ。  7月の協定締結後、9月までにJR東海は現地の測量、設計を行い、林道工事着手に向けた協議をスタートさせることになっていた。約80億円を掛けて路面舗装、落石対策、道路拡幅、ガードレール新設、橋梁補修、待避所の設置など全面的な改良工事を行うとJR東海は発表。具体的な改良工事に入るためには、それぞれの工事区間で静岡市の許可を得る必要があった。JR東海から工事実施の申請はなく、結局、台風19号の被害で林道改良工事計画そのものが完全にストップしてしまった。 西俣ヤードまでの被害は甚大だ  台風19号による災害復旧を行う主体は静岡市。11月補正予算に国の補助金を見込んだ災害復旧工事費を計上して、12月に国の査定を受けた上で工事に入る予定。工事が順調に進んだとしても完全復旧するのは、早くても2021年3月頃になる見込みという。  災害復旧の期間中に、東俣林道の改良工事に入るのは難しいと見られる。JR東海の林道整備スケジュールは、2019年度中に開始予定だったが、少なくとも1年以上の遅れになることは間違いない。  南アルプストンネル本体工事に入るための準備工事として、千石非常口から西俣非常口まで約4キロの工事用輸送トンネル新設を行う予定だが、工事車両等の安全を考慮すれば、林道整備が終わっていない段階で無理にトンネル掘削工事に入ることはできないだろう。  台風19号の被害は東俣林道だけにとどまらなかった。静岡市管理の東俣林道終点から先へは、特種東海製紙管理の私道につながっている。林道終点から約5キロ先に南アルプストンネル本体工事の基地となる西俣ヤード(斜坑トンネル設置予定場所)があるため、特種東海製紙管理の私道をJR東海が大型車両の安全通行のために整備した。  今回の台風被害を調査した静岡県くらし・環境部によると、JR東海が整備した二軒小屋発電所下流仮桟橋2カ所が流出、管理道5カ所で土砂崩落が起きていた。リニア南アルプストンネル建設基地となる西俣ヤードの資材置き場も大きくえぐり取られてしまったようだ。  台風被害を受けた東俣林道を使うことができず、その先に続く特種東海製紙管理の私道まで大型車両や重機を運び込むことができないから、復旧の見通しは立てない状況だ。静岡県との合意を得て、トンネル本体工事の「早期着工」を強く望むJR東海だが、自然災害による準備工事の遅れをどのように取り戻すことができるのか不透明。JR東海広報室は現在、全くわからない状況と回答した。  ことし8月13日付で千石宿舎に電線や水道管を引く大井川の占用許可が静岡県から下りている。いくら許可が下りたとしても、道路が寸断され、思うように使えない状況で、準備工事さえままならない。これから雪のシーズンに入るため復旧工事は困難になる。 流域首長がJR東海と会わない理由?  今月6日の島田、掛川、藤枝、焼津の各市長を皮切りに、国交省の江口秀二審議官が大井川流域の各市町長に面会して、地元の合意を得る努力を始めている。リニア南アルプストンネル静岡工区の早期着工への地ならしとも言える「非公開」会談を行った。7日付中日新聞は、各市長ともJR東海が地元を軽視し、住民へ説明する姿勢が全く見られないという不満を伝えていた。  各市長の意見を踏まえ、JR東海の金子慎社長は13日の定例記者会見で流域市町長に個別に面談して、「大井川の表流水は減少せず、地下水にも影響を及ぼさない」などと水問題の懸念を払拭して、地元の理解を得たい意向を示した。すでに各市町に面会を打診したことも明らかにした。  ところが、藤枝、焼津、菊川、牧之原、袋井、川根本、吉田の市町長はJR東海との面会を断り、島田、掛川の両市長は返答を保留した。各市町長はこれまでのJR東海の対応に不信、不満が強く、金子社長からJR東海の立場をいくらまくしたてられても「聞く耳」を持たないという姿勢を明らかにしたようだ。  この背景に何があるのか?  リニア計画が始まった2014年、JR東海は静岡市の井川地区で第1回の事業説明会を開催している。それから、さらに2回、井川地区で説明会を開き、井川地区と静岡市内を結ぶ「140億円の県道トンネル」地域振興策を全面に出して、静岡市との合意書を交わした。水環境問題の深刻さは最初から分かっていたはずなのに、5年前、JR東海は大井川下流域の市町には一度の説明会も行わなかった。  そんな状況の中で、2017年10月10日の記者会見で川勝平太知事はJR東海の対応について「明確な抗議」を行い、「湧水全量戻し」を前提に「(解決には)誠意を示すことが大事」と厳しく述べた。ところが、知事の「誠意を示すこと」発言にJR東海は何ら反応を示すことなく、そのときにも下流域の市町住民向けの説明会等を開くこともなかった。  静岡県は「湧水全量戻し」を前提にした会議を重ね、JR東海からの説明を受けてきたが、利水者の求める「水の確保」議論は紛糾したまま続いている。2018年8月、JR東海は地元への理解を求める説明に回りたいと、難波喬司副知事に申し出たが、副知事は「利水者や市町と個別に交渉することを控えてほしい」という趣旨の要請をした。今回、JR東海が市町訪問を見合わせていたのは、難波副知事にストップを掛けられたからだと説明している。そんな紛糾している最中に、JR東海が地元の理解を得る交渉に入りたいというのであれば、ふつうストップを掛けるのは当然だろう。  5年前、遅くとも知事の「誠意」発言のあった2年前、JR東海は井川地区同様に下流域の自治体を回り、水減量で迷惑を掛けることになるとなぜ、説明会を開かなかったのか?金子社長はJR東海の主張を述べるばかりで「大井川の表流水に問題はない。地下水に影響はない」と説明しているが、現在の議論から見れば、立場の違いを鮮明にするだけで、何らの説得力を持たない。JR東海の論理を相手に押し付けようとしていると見られるのが落ちである。2年前、川勝知事は「誠意」について説明した。ところが、いまだに、JR東海はその意味さえわからないようだ。  「世界最大の活断層地帯」南アルプスでの工事は、”不確実性”課題の多い難工事になることが分かっている。だから、議論は紛糾している。その上、台風19号によって、大井川源流部がいかに風雨など自然の脅威にもろい地域であることも明らかになってしまった。いくら、JR東海が「大丈夫」と太鼓判を押しても、これではだれも納得できないだろう。  大井川の上流部、下流部ともにリニア工事の早期着工へ「視界」ゼロの状態が続きそうだ。

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リニア騒動の真相21 正々堂々の「ちゃぶ台返し」

鉄道局へ強い不信感を示す  前回の「リニア騒動20」で伝えた「『暗闘』が始まった」に対して、川勝平太知事は6日の定例記者会見で、正々堂々の「ちゃぶ台返し」に打って出た。  知事の「ちゃぶ台返し」は、「暗闘」を仕掛けた国交省鉄道局の思惑すべてをコナゴナにくだけ散らせたようだ。国、静岡県、JR東海による三者協議は続けられるが、国の論理を一方的に押し付けることなど川勝知事に通用しないことがはっきりとした。  知事は会見で、10月31日国交省で行われた三者協議を巡る「非公開」の会議内容を明らかにした上で、国交省鉄道局の対応を厳しく批判した。「敬愛する職員が罵倒、叱責された」として、鉄道局長を名指しで強い不信感を示した。鉄道局が調整役(行司役)として積極的に静岡県、JR東海との協議に介入することを受け入れたそれまでの姿勢を一変させ、「鉄道局だけでは仕事の整理ができない。(国交省)河川局、環境省が加わった上で国が関与すべき」と国の新たな体制を断固として求めた。  「鉄道局長が(副知事、担当局長を)罵倒し続けた。彼らは個人ではない。(大井川流域)62万人、静岡県民370万人を代表している。極めてささいなことで、(担当局長に)土下座をさせるような言動まであった。国交省(鉄道局)の仕切りでは器に欠ける。(鉄道局への)信頼は失われた」など厳しい知事のことばが続いた。  「絶対にわたしは許さない」。知事の怒りは頂点に達した。国交省は川勝知事から送られた強烈なシグナルに困惑するしかなかっただろう。 国の立ち位置が明らかになった  「ちゃぶ台返し」にいたった経過を振り返ってみよう。  10月24日、国交省の藤田耕三事務次官が突然、川勝知事に面会して、8月に決めたこれまでの役割(オブザーバー)から、国が積極的に協議にかかわることを説明した。2027年リニア開業を目指すJR東海の強い意向を受けて、国は静岡県に柔軟な対応を求めたいというのが本音である。知事も事務次官からの申し出を受け入れ、国の関与によって、”膠着状態”が打開に向かうことに期待感を抱いた。  その後、31日に行われる三者会議を前に合意文書案のやり取りが行われていた。ところが、その文書案の中身を、第一テレビが協議前日、30日夜に報道した。つまり、内部情報をだれかが漏らしてしまった。  テレビ報道では、当初、国からの文書案には「地元の理解を得る」という文言が入っていなかったため、県が国へ「地元の理解を得る」ことが条件である旨を伝えると、「地元の理解を得ることに努める」という文言が加わったなどと伝えている。ローカル局の第一テレビに情報提供したのは、静岡県のだれかと考えるのがふつうである。  調整中の情報が漏れたことで、国交省は静岡県の「公文書管理」を厳しく批判、「静岡県は信頼できない」として、31日の会議は、鉄道局長による副知事、担当局長への「叱責」「罵倒」に終始したようだ。  国の思惑は、国主導で三者協議を進め、JR東海が求める静岡工区の早期着工につなげる役割を果たすことである。県の「公文書管理」の不手際は、三者協議を国主導で進めていく口実を与えたようなものである。鉄道局長は厳しく不手際を追及することで、国の立場を有利なものにしたかったのだろう。  一方、川勝知事は、これまで行われた議論を国に公正公平な立場で評価してもらい、ちゃんとJR東海に対応させることが国の役割と考えていた。ところが、鉄道局長による「叱責」「罵倒」は、上位官庁の国が主導して三者協議を行うことを表明したに等しい。また、はからずも国の立ち位置がどこにあるかまで明らかになってしまった。それで、知事の怒りは頂点に達したのだ。  「リニア騒動20『暗闘』が始まった」では、国が官邸の意向を受けて静岡県へ働き掛けを強めることを伝えた。鉄道局長の「叱責」「罵倒」もその意向を受け、国の役割を果たすためのものだったのかもしれない。 国土交通大臣の「意見書」尊重求める  知事は会見で、国からの文書案が「『地元の理解を得た上で』ではなく、『地元の理解を得つつ』にする」だったことを明らかにした上で、2014年環境影響評価書に太田昭宏国土交通大臣(当時)がつけた意見書は「地元の理解と協力を確実に得る」だったことを挙げて、「地元の理解を得つつ」は、太田大臣の意見書に相反していると2度にわたって指摘した。  三者協議の合意文書は太田大臣の意見書(国の基本的姿勢)を尊重するのが当然であり、「地元の理解と協力を確実に得る」の文言以外では静岡県は受け入れないことを知事ははっきりさせたのだ。また、文言の修正に関わる漏洩情報そのものが「極めてささいなこと」であり、「メディアは(限られたスペース、時間で)編集するから、事実と違うことなど多々あり、メディア報道を問題にするほうがおかしい」と自分自身の経験に即した”メディア論”まで披露、「非公開」の秘密会議ではなく、三者協議はオープンにすべきだと結論づけた。  知事会見と同じ日(6日)に、国交省の江口審議官が島田、掛川、藤枝、焼津の4市長と面会、会談している。知事はこの会談が、まさに、「地元の理解と協力を確実に得る」ことを国が初めて実践しているのだと指摘した上で、「(いままで何もしてこなかった)JR東海は反省すべきだ」と厳しく批判した。  川勝知事の怒りの記者会見と軌を一にするように、各市長もそれぞれの立場で厳しい意見を述べている。  江口審議官との会談を伝えた新聞報道では、「JRが国から認可を受けるときには『地元住民の理解を得て』という文言があった。静岡市では住民説明会があったが、(島田市を含めて)他地域では一度もない。過去に何度もJRに求めたが、実現していない」(染谷絹代島田市長)、「JRは考えを地元に説明する努力をしてほしい。上から見ているだけではなく、私たちの目線に立って進めてほしい。国交省が音頭を取り、JRが説明する機会を設けてほしい」(松井三郎掛川市長)などJR東海が地元説明会を怠ってきたことに不満を述べている。  「リニアは日本に好景気をもたすかもしれないが、この地方が衰退すれば、結果として日本全体に大きくマイナスの影響を及ぼす。JRは地元に入って信頼関係を築く努力をすべき」(北村正平藤枝市長)、「浜当目トンネル工事で一部の地域の水に影響が出ている状況から、リニアのトンネル工事への不安が上がっている。JRから地下水に関しての話をこれまで直接に聞いたことがない」(中野弘道焼津市長)など、すべての市長がJR東海の対応に疑問を呈した。  奇しくも、知事、地元市町の発言が「一致団結」したのである。 シナリオが狂う恐れ?  6日の「ちゃぶ台返し」知事会見後、読売新聞は8日付3面全国版で「リニア27年開業『黄信号』 静岡未着工」の大きな記事を掲載した。「国交省は年内に(静岡県とJR東海の合意)決着させる方針だったが、川勝知事の反発は予想外でシナリオが狂う恐れがある」と伝えている。  8日までに、鉄道局から提案された三者協議の文書案の合意を経て、新たな枠組みの「三者協議」が今月中にはスタートする予定だった。その三者協議は入り口でつまずいただけでなく、知事の「ちゃぶ台返し」ですべてご破算になったが、国は積極関与して「三者協議」から始める方針に変わりないだろう。ただし、ハードルは大きく上がってしまった。  知事は、これまでの静岡県、JR東海との環境保全連絡会議専門部会協議について、国としての評価、見解を示すことを求めた。三者協議を始めるに当たって、積み重ねてきた議論を台無しにするような、鉄道局の「暗闘」にくぎを刺したかたちである。24日に面会した藤田事務次官に同じことを求めたが、藤田次官は回答しなかった。しかし、今回の「ちゃぶ台返し」を見れば、一歩も譲らないだろう。知事は、まず、国の評価を文書でもらわない限り、三者会議を開催することを認めない姿勢である。まず、その文書をもらった上で、三者協議の合意がスタートするしかなくなった。  8日付読売新聞「リニア27年開業『黄信号』」の記事では、川勝知事の「待った」を中心にまとめているが、「残土・用地も難航」という見出しの記事(中部支社発)は静岡県以外の地域の「深刻な課題」を紹介した。長野県で残土の引受先が決まっているのは全体のたった2%しかないこと、さらに、名古屋駅での土地取得も計画通りでないことも明らかにした。「川勝知事の反発でシナリオが狂う恐れがある」と書いた当の読売が、静岡県だけでなく、他の地域でも課題山積を伝え、”シナリオ”狂いを伝えているのだ。  10月23日付静岡新聞でも長野、山梨、神奈川、岐阜の地方紙がリニア工事を巡るさまざまな課題を紹介した。特に、静岡県とつながる南アルプストンネル長野工区では作業用トンネル(斜坑)工事に2年近くの遅れが出て、工程表の完成を「未定」にしてしまい、本線トンネル着手など全く見えてこない深刻な現状を伝えた。  「世界最大級の活断層地域」南アルプスだからこそ当然の結果であり、国、JR東海の早期着工だけを目指す議論に、静岡県がそう簡単に乗ることはできない理由を長野区工事で明らかになっているのだ。  国が「暗闘」を仕掛け、「風雲急を告げる」事態になったが、知事の「ちゃぶ台返し」によって、逆に、国は静岡県、JR東海の議論を評価するという面倒な作業を迫られている。しかし、この作業を着実に積み重ねない限り、議論は決して前に進まない。

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リニア騒動の真相20「暗闘」が始まった

難波副知事が謝罪した?  「リニア 国交省、主導権狙う 議論打開は見通せず」(静岡)、「リニア工事問題、国主導で協議へ」(日経)、「合意文書まとまらず 『国交省論点整理を』」(中日新聞)など、11月1日付各紙の見出しは全くバラバラで、10月31日国交省で行われた国、静岡県、JR東海の三者協議を新聞記事だけで読み解くのは非常に難しい。  これまでの「静岡県対JR東海」(国はオブザーバー)という構図から、「静岡県対国、JR東海」という新たな構図を決める会議は「非公開」で行われた。約30分の会議後、国交省の江口秀二審議官、静岡県の難波喬司副知事、JR東海は宇野護副社長が囲み取材に応じた。当然、3人とも通り一遍の表面的な話に終始したから、実際の会議の内容を伝えていなかった。  静岡新聞だけが記事の最後で「会談では地元テレビ局による確認文書案の報道を巡り、難波喬司副知事が『信頼関係を損なう』として陳謝する場面もあった」と書いた。難波副知事が謝罪した?それが会議の中身を伝える唯一の記事だった。  一体、何があったのか? 「地元の理解を得ることに努める」?  調べていくと、会議の前日、30日夜、静岡第一テレビが「県が求める『地元の理解』という文書が一時消えていたことがわかった」と”独自ネタ”を伝えたことが、難波副知事の謝罪の理由だった。(中日は後追いで、31日朝刊にその内容を伝えた)  第一テレビの”独自ネタ”は、10月30日に国から届いた三者の合意文書案についてだった。文書案には、県が求めていた「地元の理解を得ることが条件」の文言がなかった。県は「地元の理解」を条件としてきたから、国の対応に疑問を持ち、問い合わせたのだろう。その結果、国から届いた修正案には「地元の理解を得ることに努める」という文言が加わっていた。当然、その文言にはJR東海の強い意向がにじんでいる。  「努める」とは、「地元の理解を得ることが条件」ではないから、ハードルははるかに低い。県の満足できる文言にはほど遠かった。その不満を交え、文書案の経緯を県の誰かが第一テレビ記者に話したのだろうか。  もし、「合意文書案」の中身を話したとしたら、地元だけのニュースであり、国交省の目にとまることなど考えなかったのかもしれない。  結局、三者による「非公開」の会議は、国、JR東海の「地元の理解を得ることに努める」、静岡県の求める「地元の理解を得ることが条件」の文言案修正の議論は消えてしまい、国からの情報が流出した静岡県の「公文書管理」だけに焦点が当てられた。 「手強い存在」難波副知事をつぶせ!  国は、責任者の難波副知事を厳しく問い質したのだろう。その結果、難波副知事は「信頼関係を損ねる」と謝罪しなければならなかった。今回の会議は、「国からの情報流出」「静岡県の公文書管理」に絞られ、三者よる新たな会議の進め方など全く議論されなかった。  国、JR東海とも、修正案の「地元の理解を得ることに努める」だけで十分だと考えている。静岡県の求める「地元の理解を得ることが条件」を飲むことは承服できないだろう。「公文書管理」問題で難波副知事を“古巣”の国交省(旧運輸省)に呼び、県よりも国のほうが上位官庁である”ムラの常識”を思い出させた上で、今回の情報流出があまりにひどい”失態”だと叱責した。何度もパンチを浴びせれば、今後、国の立場を有利に働かせることができる。だから、第1回の三者会議は会議の具体的な内容に入らず、県の”失態”だけをテーマに絞る戦略を立てたのだろう。とすると、リークしたのは、本当に県なのか?という疑問さえ浮かんできてしまう。  そんな推量をするのは、国交省の藤田耕三事務次官が川勝平太知事に面会した大きな理由のひとつに「難波副知事の存在」があったからだ。  国交省事務方のトップが24日、突然、静岡県庁を訪れた。藤田事務次官は、2027年開業に間に合うよう、リニア南アルプストンネル静岡工区の着工を急ぐJR東海側に立って、国が積極的に関与することを川勝知事に説明、静岡県の柔軟な対応を求めたい意向を伝えた。国の責任で、静岡県の合意を早急に勝ち取りたいのだ。  この訪問に至った経緯の背景には、難波副知事という「手強い存在」が大いに関係があったらしい。藤田事務次官の静岡県庁訪問を伝えた25日付中日新聞の記事は「10月4日、JR側が湧水と地下水の関連は『分からない』と発言し、難波副知事が声を荒らげ、けんか別れという場面があり、それが今回(藤田次官の訪問)の呼び水になったとの見方がある」と書いている。  これには驚いてしまった。まるで、静岡県の会議運営に問題があり、これでは「決着が図れない」と国は判断した、という意味である。国主導で会議を運営し、何とか「地元の理解を得ることに努める」程度の文言に落としてしまい、合意のハードルをぐっと低くしたい。そのために、「手強い」難波副知事の存在が邪魔である、と考えたとしてもおかしくはない。  難波副知事はこれまで何度も、『いまの発言は看過できない』という決めゼリフでJR東海との議論の最中にかみついた。それは、「地元の理解を得るのが条件」という静岡県の姿勢を厳しく見せることに大きな効果があった。余人をもって代えがたい。難波副知事の役割を、吉林章仁副知事、県庁職員が代わることなどとうていできない。  「難波副知事をつぶせ」。これが国交省の戦略だとしてもおかしくない。  それを如実に現わしていたのが、三者会談後の囲み取材での難波副知事の表情である。いままでとは全く違い、あのタフな難波副知事がうなだれ、意気消沈した様子を見せていた。「非公開」の会議で何があったのか? 政府は本気で静岡県へ攻勢  昨年10月の「湧水全量戻し」表明から一転して、ことし9月、工事期間中の「湧水全量を戻すことができない」とJR東海は明言した。その結果、「湧水全量戻し」議論で攻勢に立ち、静岡県は厳しく追及の手を緩めなかった。しかし、こんなどうでもいいところに”落とし穴”があった。  藤田事務次官が川勝知事に面会を求めたのは、官邸の指示だという噂が流れた。その数日前、JR東海の葛西敬之名誉会長が安倍晋三首相に面会したことから、葛西会長の用向きは「静岡県での早期着工に向けて政府の積極的な関与を求めた」という観測である。リニアに3兆円の財政投融資を安倍首相が指示したことは間違いないのだから、政府としても黙っているわけにはいかない。  政府が本気になって、静岡県へ攻勢を仕掛けてくる。まずは、「手強い存在」難波副知事をつぶすために、からめ手から攻めてきた。  国交省は、一体となって矢面に立つ難波副知事を攻めてくるだろう。逆に、静岡県、流域自治体が一丸となって、国、JR東海の攻勢をかわせるのかどうか。すべて三者協議の枠組み、進め方(どこで開催し、だれが司会をするか、公開か非公開など)に関わってくるだろう。  「三者協議」によって、「静岡県環境保全連絡会議」を消滅させてしまいたい。そうなれば、静岡県の主張は骨抜きにされる可能性が高い。 「暗闘」はすでに始まっていた  この仕掛けを読み解いていくうちに、日経ビジネス特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」(2018年8月20日号)が再び、頭に浮かんだ。リニア推進のために、今回のような「暗闘」をJR東海は辞さないからだ。  パート1「速ければいいのか 陸のコンコルド」、パート2「安倍『お友だち融資』3兆円 第3の森加計問題」「名誉会長激白 どうにも止まらない葛西敬之インタビュー」、パート3「『平成』の終焉 国鉄は2度死ぬ」。タイトルだけ読んでも、日経ビジネス特集がリニア問題にいかに切り込んでいるのかわかるだろう。JR東海の”終焉”まで予測しているのだ。  現在、静岡旅行記者協会は雑誌「静岡人vol4 なぜ、川勝知事は闘うのか?」特集号の発刊準備中である。ニュースサイト「リニア騒動の真相」を読めばわかるが、問題があまりに複雑怪奇になっていて、一般読者には難解なようだ。静岡県の問題に絞って、なるべく、わかりやすいかたちで紹介したい、静岡県民が「リニア騒動」問題を基本から理解できるようにしたい、それが雑誌発刊の理由である。  また、何よりも、日経ビジネス特集冒頭に登場した川勝知事の「全量戻してもらう。これは県民の生死に関わること」という厳しい発言に、しびれてしまったからだ。  リニアトンネル工事の着工を認めない知事の姿勢は非常にわかりやすい。いままで、こんなかっこういい発言をした静岡県知事はいなかった。静岡県は国の指示に黙って従う「模範生」だったから、まさか、川勝知事がリニアトンネル工事ストップの旗頭になるなど考えてもいなかっただろう。  昨年8月の日経ビジネス特集は大反響を呼んだ。いまや、さらに激しい応酬を繰り広げているから、バトルの広がる現状を日経ビジネスが紹介するのがふつうであり、さらなる取材を進めている最中だろうか。こちらは日経ビジネス特集に触発されて雑誌発刊まで決めたのだから、ぜひ、日経ビジネス記者も取材したい。  それで、まず、日経ビジネス記者に会おうと思った。日経BPに連絡を入れると、驚いたことに、担当記者は日経BPを辞めてしまっていた。大反響を呼んだ、高い評価の特集をまとめることのできる優秀な記者が社から離れてしまったのだ。その裏側に何があったのか?  まさにこちらも「暗闘」だろう。目の上のたんこぶとなる「手強い存在」を排除したのだろう。日経BPは日経本社の意向に従ったのかもしれない。日経新聞であれば、まさか、日経ビジネス特集のような「危険な記事」は掲載しなかっただろうから。  まず、担当記者は編集部門から外された。それが退社に至るきっかけになったのだろう。どのような「暗闘」があったのか、担当記者に話を聞かなければ分からないが、いまのところ、消息はつかめない。 静岡県はどのように攻勢するか  さて、「暗闘」に静岡県は持ちこたえられるのか?  三者による「合意文書」に静岡県の意向をちゃんと盛り込めるか、「地元の理解を得ることが条件」は最低限の約束だろう。今回のような「非公開」ではなく、正々堂々とすべて「公開」を求めるべきだ。綱引きに勝つためには、川勝知事の働きに期待するしかない。矢面に立つ難波副知事を支援できるのは川勝知事しかいないのだから。  「突然踏み込んできて『トンネル掘るぞ』と来た感じ」(川勝知事)の表現通り、あまりに甘くみられてきた「静岡県」だから、「おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座り込みますよ」(日経ビジネスリニア特集の川勝知事発言)。どのような取り組みに出るべきか。まずは「おとなしい静岡の人たち」が一致団結しなければならない。 ※雑誌「静岡人 なぜ、川勝知事は闘うのか?」特集号の表3(裏表紙裏)の広告がいまのところ、決まっていません。ご希望であれば、なるべく早くおっしゃってください。11月末頃に県内書店で販売される予定です。詳しくは、編集部へ連絡ください。 ※タイトル写真は日経ビジネス特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」からです。

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リニア騒動の真相19「急がば回れ」の意味は?

「みんな違って みんないい」  10月4日に開催されたリニア南アルプストンネル(静岡工区)の水環境問題で、静岡県とJR東海の会議を傍聴していて、なぜか、金子みすゞの詩「みんな違って、みんないい」の一節を思い出してしまった。  「わたしが両手をひろげても お空はちっとも飛べないが、とべる小鳥はわたしのように 地面をはやく走れない(中略) みんな違って、みんないい」  静岡県、JR東海は「わたしと小鳥」のように、全く別次元の世界で別々のことばで議論を交わしているようだ。ふつうのことばでは理解し合えない。ただし、だからといって「みんな違って、みんないい」と気楽な感想を述べたいわけではない。  今回の会議では、静岡工区のトンネル掘削は山梨、長野両県とも上り勾配で施工するため、先進坑が貫通するまでの間、山梨県側へ最大で約0・15㎥/秒(平均0・08㎥/秒)、長野県側へ最大で約0・007㎥/秒(平均0・004㎥/秒)流出することがトンネル工法上、やむを得ないのかを議論することだった。10カ月で山梨県側2百万㎥、7カ月で長野県側10万㎥の合計210万㎥流出してもいいのかが焦点だった。  静岡県は「トンネル湧水の全量戻し」を前提に、静岡県側からの下り勾配で掘削ができないのか、もし、上り勾配の工法しかないならば、湧水流出をおさえる代替工法の検討をしたのかどうかの説明を求めていた。そのために、トンネル工法の専門家を招請すると難波喬司副知事は明らかにしていた。  ところが、静岡県が出席を要請したトンネル工学の専門家、安井成豊・施工技術総合研究所部長の存在は、会議ではほとんど無視されてしまった。安井氏が発言を続けようとしても、さえぎられてしまう場面さえあった。  静岡県の思惑はどこにあるのだろうか? 「ルート変更」は「急がば回れ」?  9月30日静岡県庁で開かれた川勝平太知事の記者会見で、3人の記者がそれぞれに「知事はJR東海にルート変更を求めるのか」などと確認した。知事は「JR東海が直面しているのは、不測の事態、想定外の事態であり、そんな事態にあるのに現状のままでいいのかを求めた。『急がば回れ』の意味。ルート変更を求めたのではない」と否定した。  今月初旬、吉田町で開かれた会合で、知事が「JR東海はルート変更をしたほうがいい」などと述べたことに反応して、新聞、テレビは「知事がルート変更の必要性に初めて言及」などと報じた。それで、記者たちはあらためて、記者会見の席で知事の意向を確認したかったようだが、3人もの記者が同じ質問をするとは驚いた。  そもそも、昨年8月日経ビジネス「リニア特集」でも川勝知事は「もうルートを変えた方がいい。生態系の問題だから。水が止まったら、もう戻せません。そうなったら、おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座り込みますよ」という発言をしている。それ以来、知事は「JR東海はルート変更を考えたほうがいい」と何度も繰り返し発言してきた。  知事の発言が変わったり、同じ発言を強調して繰り返すことがしばしばある。行政の長ではあるが、政治家でもある。記者たちを煙に巻くこともあり、真実がどこにあるのか、見えない場合も多い。過去の発言を踏まえて、発言の真実がどこにあるのか、押さえておき、知事自身が説明した「急がば回れ」のメタファー(暗喩)はどんな意味があるのか、明らかにしなければならない。少なくとも、読者、視聴者を間違った方向に誘導してはならない。  なぜ、「リニアには賛成」なのか?  「ルート変更」発言とともに、知事は「リニアには賛成」と何度も同じことを述べてきた。それでは、知事の述べる「リニアには賛成」とはどう意味だろうか?  日経ビジネス「リニア特集」では、「ルートを変える―。リニアを知り抜いた川勝は、それが不可能に近いと分かっていて発言しているに違いない」として、知事発言の裏の意味を解明しようとしている。一体、知事はリニアの何を知り抜いているのか?  JR東海が進めているリニア計画の目的から考えれば、はっきりするだろう。目的は主に2つある。1つは「東海道新幹線の老朽化・経年化と予想される南海トラフ巨大地震に対応すること」である。  リニア開業は品川―名古屋間を2027年、大阪までを最短で2037年と見込んでいる。一方、南海トラフで発生する巨大地震の発生確率が高くなるのは2030年から2060年ころと想定。そのために、JR東海は巨大地震の影響の少ないルートを選び、リニア建設を急ぎたいのだ。  国の有識者会議による被害想定では、南海トラフによって引き起こされる巨大地震はマグニチュード9・1、最悪32万人死亡としている。赤石山脈をすっぽりと囲むように南海トラフ、駿河湾トラフが続くから、もし、巨大地震が発生すれば、静岡県内では大きな被害が想定される。2030年以降、毎年、発生確率は上昇していく。東海地震説が発表された1976年当時、多くの人が東海道新幹線で静岡県内に入ると、息をひそめて通過するのを待つ光景さえ見られた。2030年に入ると、同じことが繰り返されるかもしれない。  巨大地震が直撃する東海道新幹線の「う回ルート」として、リニア中央新幹線建設の目的は理解しやすい。  もう1つが、「時速500キロという高速化によって、品川―名古屋間を40分、大阪間を67分で結ぶ、移動時間の短縮化を図ること」。そのために、ほぼ直線である南アルプスルートを採用した。当初、長野県の茅野・伊那をう回するルートを沿線の地元は強く要望していた。静岡県の南アルプスを貫通する、直線ルート採用はJR東海の規定路線だった。直線ルートでなければ、品川―名古屋間を40分で結ぶことは不可能だからである。  巨大地震への対応は、茅野・伊那への「う回ルート」、つまり、川勝知事発言の「リニアのルート変更」でも可能だ。しかし、2つ目の「移動時間の短縮、品川―名古屋間40分」には対応できない。時速500キロ区間は直線ルートだから可能であり、「ルート変更」してしまえば、高速リニアの存在意義は失われる。そして、新幹線ではなく、リニアを採用したJR東海にとっては、世界最速の移動手段(地上)の目的がより重要なのだろう。  静岡県を通過しなければ、JR東海はその目的を果たせない。そのことを川勝知事は知り抜いて、「リニアには賛成」と発言している。 大井川水系全体の責任がJR東海に?  10月4日の会議に戻る。最初に、この日の議論は「JR東海が上り勾配でのトンネル工法を選択する理由について科学的に議論することに限る」と司会を務める森下祐一部会長が述べた。  ところが、会議が始まるや否や、突然、事務方は「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」という一枚紙を出席者全員に配った。「9月13日の意見交換会において、JR東海がトンネル工事中の表流水は減少しないといった内容の説明をしていましたが、私たちが問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の少量です」と記されていた。  最後に「JR東海には、上記の疑問や懸念を払拭できる科学的根拠に基づいた資料を作成し提示願います」とあった。もし、本当に、その科学的根拠を示すとなれば、1年や2年で簡単に提示できるはずもない。  JR東海が提出した当日の資料「まとめ」に「9月13日の会議で説明した通り、工事完了後はもとより、工事のどの段階においても、大井川の河川流量は減少しない」と書かれていることに、森下部会長がかみついた。「河川流量」を問題にしているのではなく、「地下湧水すべて」を問題にしているなどと述べた。  これは、県作成の一枚紙「地下水を含めた大井川水系全体の少量という水環境問題」の認識をJR東海がまったく共有していないということになってしまうからだろう。部会長がJR東海の「気楽さ」に水を掛けたかっこうだ。そして、会議の囲み取材で難波副知事は「まともに対話する資質があるのか問いたい」などと批判のボルテージを上げた。  最初に書いた「みんな違って、みんないい」の詩が浮かんだ瞬間である。もう、議論どころではない。そもそもの認識論の問題であり、リニアの早期建設にこぎつけたいJR東海には、大井川水系全体の問題など頭にあるはずもない。大井川水系全体まで影響が及ぶかどうか、もし、本当にそうならば、すべての開発行為はできなくなるかもしれない。 厄介な問題「民意」を抱え込むJR東海  なぜ、このような状況に陥っているのか?過去の知事発言を見て行けば、その理由が分かるかもしれない。  大井川の水環境問題で協定を結ぶための議論が始まった2017年10月に戻ってみよう。  「JR東海道新幹線、東京と大阪を結ぶ、全走行距離のおおむね三分の一が通っている静岡県はJR東海にとって重要な経営基盤だ。にも関わらず、しっかりとした説明がないまま、ルートが設定され、静岡県には全くメリットがない」  「あたかも水は一部戻してやるから、ともかく工事をさせろという、そもそも極めて傲慢な態度で臨まれている。そういった態度であり、私の堪忍袋の緒が切れました」  「協定を結ぶことによって工事が進むことなんですが、工事によって何のメリットもない。すべてデメリットしかない、この工事を静岡県下ですることに対して、断固猛省を求めたい。考え直せということだ。370万人に何のメリットもないリニア新幹線など静岡県には要らない」  「誠意を示すことが大事」(具体的には?)「JR東海が考えるべきこと」  ちょうど2年前の知事の発言であるが、その趣旨は一貫して変わっていない。  沖縄の米軍基地問題や韓国の徴用工問題のように、国益の優先や国際社会共通のルールが決められていたとしても、民主主義社会では「民意」を無視するわけにはいかない。同じように、どこまでも科学的な議論を続けても、そこで「民意」と言えば、無視することはできない。「地下水を含めた大井川水系全体の問題」が「民意」としたら、JR東海は本当に厄介な問題を抱え込むことになる。  「急がば回れ」。「民意」とは「みんな違って みんないい」の世界でもある。その仲良しこよしの世界に引き込むためには、JR東海はまずは、「誠意」を示すしかないだろう。

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リニア騒動の真相18 山梨県はどう変わるのか? 

リニアは地域振興の起爆剤か?  8月23日山梨県リニア見学センター(都留市)で開かれた「リニアフェス2019」には、多くの観光客らが詰め掛けていた。リニア南アルプストンネル工事は、静岡県では未着工だが、山梨工区はすでに始まっている。山梨県ではリニアへの期待が大いに盛り上がっている様子がうかがえた。その反面、南アルプス市の市民がリニア工事中止を求める訴訟を起こすなど、市民らの一部で反対運動も起きている。沿線では、工事による河川の減水だけでなく、リニア開通後の騒音、電磁波の影響などに不安を抱く市民も多いようだ。  また、『リニア騒動の真相15 リニアで「名古屋」衰退!』で紹介した「未来の地図帳 人口減少日本各地で起きること」(講談社)が予測したのは、リニア開業によって、ストロー現象(大都市と地方都市の交通網が整備され便利になると、地方の人口が大都市へ吸い寄せられる)が起き、名古屋の若い女性がこぞって東京へ行ってしまう暗い未来だった。ストロー現象は、東海圏の大都市、名古屋ではなく、リニア沿線の地方都市となる山梨、長野、岐阜でも起こりうるのではないか。  静岡県の川勝平太知事は、リニア沿線の各都府県がつくる「建設促進期成同盟会」入会を求めている。同盟会は沿線への新駅設置、地域振興が大きな目的である。JR東海が静岡県の南アルプスを貫通する直線ルートを採用したのは、品川―名古屋40分、品川―大阪間67分と最短で結ぶために必要だったからであり、山梨、長野など沿線地域の経済活性化をにらんでのことではない。果たして、リニアは沿線各駅の地域振興の起爆剤になるのか?それとも「ストロー現象」を起こして、衰退の道へつながるのか?  『リニア騒動の真相17 「破砕帯」に向き合う』取材のために黒部ダム、関電トンネル(大町トンネル)を訪れたあと、山梨県へ立ち寄った。 斬新な建物が増えたJR甲府駅周辺  まずは、甲府駅北口前に移転したという「山梨県立図書館」に向かった。JR甲府駅から徒歩3分という便利な場所にあり、静岡駅から遠く離れた静岡県立図書館に比べ、明るく開放的で最新鋭の施設、蔵書類等も充実しているように見えた。  施設は立派だったが、山梨県とリニアに関する最近の本は2冊しかなかった。1冊は「リニアで変わるやまなしの姿」(2018年1月、山梨県総合政策部リニア環境未来都市推進室企画・発行)。リニア開業から10年後の山梨県の姿を地元出身の漫画家吉沢やすみ氏が、わかりやすい漫画で紹介している。補足として大手銀行系のコンサルタントが数字などを使って、具体的に説明していた。(※今回のタイトル写真が表紙です)  もう1冊は、2019年4月に出版されたばかりの「甲府のまちはどうしたらよいか?」(山梨日日新聞社)。こちらは、2012年11月に開館した山梨県立図書館を設計、その他、最近出来たばかりの山梨県防災新館、山梨県庁の庭などを手掛けた、甲府出身の建築家山下昌彦氏(1952年生まれ)の著作。2017年山梨県図書館の来訪者は92万人で、図書館としては全国2位のにぎわいのある場所になっているという。甲府市内の多くの公共建築物に関わり、高校まで過ごした街だけに、リニアが開通することで「甲府をどのようにすべきか?」を温かい視線でとらえていた。  「リニアが通ると、山梨から若い人がどんどんストローみたいに吸い出されていなくなる―それはそうだと私も思います。しかし、東京、名古屋から入ってくる人もいる。交流人口もふえる」と「ストロー現象」について不安を抱くよりも、逆の見方をして、どのように交流人口を増やすかを考えたほうがよいという至極当然の意見だった。  フィレンツェ、コートダジュールなどの海外の事例を多く紹介して、街づくりをどうするか提案している。さらに「カンヌのように、山梨が世界の山梨になるというイメージを持つ必要」などとあり、結論は「歩いて楽しいまちを作る」。山梨県図書館の成功例をリニアの街づくりにあてはめたいのかもしれないが、具体性に欠ける部分が多かった。 「リニアで変わるやまなしの姿」はもう古いのか?  人口約80万人の山梨県はリニア開通によって、どのように変わるのか?山梨県庁を訪れた。県庁受付で、冊子「リニアで変わるやまなしの姿」裏表紙にある「リニア環境未来都市推進室」を探したが、見つからなかった。その代わりなのか、「リニア推進課」とあったので、そこに連絡した。受付で待つように言われ、そこへ「リニアフェス2019」で出会った職員がやってきた。リニアに関する山梨県のまちづくりの資料をもらえるのか尋ねると、リニア見学センターにあったリニア中央新幹線を紹介する資料しかないという。当然、その資料はすべてリニア見学センターでもらっていた。  それで仕方なく、「県立図書館には昨年1月発行の『リニアで変わるやまなしの姿』という山梨県作成の冊子があった。それを1部もらえないか」とお願いした。  「あの資料は現在とは違っているので、渡すことはできない」(担当者)、「漫画でリニア開業10年後の未来を予想しているのだから、違っていて当たり前、かまわない」、「リニア新駅に関するすべての計画は白紙で見直すことになった」(担当者)、「具体的な未来を示す漫画ではないから、構わない。ある意味、こどもたちに夢を与えるようなもの。銀行のコンサルタントによる説明も違うのか」、「それは違っていない」(担当者)、「昨年の資料だから、まだ残っているのでは。一部いただけないか」、「まだあるが、お渡しできない」(担当者)。首をかしげてしまった。  そうだ、しばらくして、ようやくわかった。山梨県はことし1月知事選があり、自民、公明の支援した長崎幸太郎知事が新しく誕生したばかりだった。昨年1月に発刊した「リニアで変わるやまなしの姿」は前知事時代の冊子だ。もし残っているならば、廃棄処分になるかもしれない。県庁受付ではなく、推進課へおもむき、いろいろ話しているうちに、どういうわけか(貴重な?)冊子をもらうことができた。(※タイトル写真の冊子)  前知事時代の計画等はすべて白紙にして、長崎知事主導で新たな計画をいちからつくり直す。いまからつくり直して、2027年開業に間に合うのだろうか? 「MICE」が飛び交う難しい会議  ことし7月26日、長崎知事を議長に「リニアやまなしビジョン(仮称)検討会議」が立ち上がったばかりだった。  リニア新駅は、甲府駅から南へほぼ直線方向に約10キロ、車で約20分の場所に設置される。全線の86%がトンネルというリニアだが、山梨県内83・4キロのうち、トンネル部分は56・3キロの68%で、新駅も地上にできる。リニアが開通すれば、新駅から品川駅まで25分、名古屋駅まで40分と非常に便利になる。現在、特急あずさで甲府―新宿間は約1時間半掛かっている。  一方、リニアのダイヤは明らかにされていないが、沿線の途中駅には1時間に1本しか停車しないと見られる。これでどれだけの乗客を見込めるのかは難しいところだ。2009年の山梨県調査で「1日の来県者が2万人増え、経済効果は年間140億円」という数字が出されたが、リニア駅設置だけで地域が活性化するほど甘いものではない、と長崎知事も見ているようだ。  検討会議委員は14人で、ほとんどが東京在住のシンクタンク研究員や大学教員ら。県立図書館、県庁別館などを手掛けた山下昌彦氏を含めて建築家は含まれていない。検討会議の下にワーキンググループが置かれ、そこで具体的な構想等を提案するようだ。第1回ワーキンググループは9月17日に開催、その議事録はいまのところ公表されていない。  第1回検討会議議事録では、委員がそれぞれの知見などを披露している。山梨県が誘致検討しているのは、1、大規模展示場・会議場、2、第4次産業の工科系大学・研究機関、3、最先端技術企業などであり、ほとんどの委員はMICE(観光視点を有した国際会議場などの複合施設)を念頭にした意見を述べていた。  難しいのは、山梨県同様に、品川駅、名古屋駅などでも大規模な国際会議場、コンベンションセンターなどリニア開業をにらんだ同じような計画をしており、それほど、大規模展示場や会議場が増えて、需要があるのかどうかわからないことだ。委員の1人は「他の県がやっていることと同じではダメだ」という意見を述べたが、新駅に多くの人が降りる目的地となるうまい方策は、第1回会議では出されなかった。 富士山をどのように生かすか  全国的に最近のインバウンド(訪日外国人)需要で観光客は大幅に増えている。山梨県でも、2010年約2600万人だった観光客が昨年には約3800万人と8年間で1200万人も大幅増加した。  山梨県出身者の検討会議委員が「山梨の強みは観光資源であり、そのほとんどは富士山周辺に点在している。これをいかに戦略化できるかが大きなカギ」と述べていた。富士山の近くに新駅ができれば、非常に多くの観光客が乗降することになり、15分おきくらいにリニアが到着しなければ間に合わないかもしれない、とも述べている。山梨県リニア新駅から富士山へは近い距離ではない。ただ、甲府盆地の山々から見える富士山は美しく、絶好の眺望をどのように生かすのか、そんなアイデアに使えるのかもしれない。  最後に、この委員は「知事は大胆なビジョンを掲げるべきだ」と述べた。これに対して、長崎知事は「次回までにそこをしっかりと整理して示したい。かなり大胆なことを考えている」と答えた。  リニア新駅と最も近い鉄道駅は身延線小井川駅。帰途、甲府駅から各駅停車を使い、停車した小井川駅で、その周辺をじっくりと眺めた。いまのところ、リニアの工事は行われていなかった。身延駅で特急を待ち合わせて、乗り換えた途端、激しい雷雨に見舞われ、身延駅を出発したところで延々とストップした。甲府―静岡間は特急で約3時間半。山梨県内で2時間20分も待機させられた。甲府から静岡まで6時間以上掛かってしまった。山梨県庁でもらった(貴重な?)冊子を読む時間が十分できた。何度読み返しても、まったく問題のない内容だった。1ページ目にある「知事あいさつ」の写真と名前(前知事)だけが問題かもしれない。そこに、現職知事の写真と名前を貼れば、今後も十分使える冊子である。  川勝知事はリニア沿線各駅にとって、新駅設置が「メリット」だと強調したが、「メリット」をどのように生かすか?そんなに簡単ではないようだ。

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リニア騒動の真相17「破砕帯」に向き合う

山岳トンネル掘削は非常に難しい?  「(静岡県側に)湧水全量戻すことが約束だ。JR東海がやることはそれに尽きる」。川勝平太静岡県知事は10日の記者会見で厳しい口調で述べた。  リニア中央新幹線南アルプストンネル(静岡工区)を巡る大井川の水環境問題でJR東海は工事期間中の最大10カ月間は、山梨、長野県側に湧水が流出することはやむを得ないとするが、静岡県は「全く受け入れらない」と突っぱねている。JR東海の説明では、畑薙山断層の「破砕帯」に当たったとき、突発の大量湧水が出現する可能性があり、静岡県側から掘削すれば作業員の安全が確保できないから、としている。  トンネルを掘るとはどういうことか?  ナトム(NATM)工法に代表されるように山岳トンネルの掘削技術は過去とは比べものにならないほど大幅に進歩、地質工学、岩盤工学、土質工学などによる科学的な知見で多くのことが解明され、日本の先端的なトンネル技術は世界中から高い評価を受けている。  しかし、それでも山岳トンネルの工事は掘ってみなければ、特に複雑な地層が絡み合う南アルプスの特殊地山では一体、何があるのか、何が起こるのか予測できないとされる。それが、地上のトンネル工事と大きく違うようだ。JR東海との会議に、トンネル工事の専門家を招請して意見を聞く予定と、静岡県の難波喬司副知事が明らかにしたが、本当にそれで今回の山岳トンネル工事の危険性などすべてが分かるのだろうか?  そんな疑問を抱きながら、フォッサマグナ(大地溝帯)地域に当たる、北アルプスの赤沢岳(2678m)山腹にトンネルを貫通させる苦闘を描いた映画「黒部の太陽」の現場を訪ねた。 映画「黒部の太陽」が描いた「破砕帯」  「フォッサマグナに沿っているんだぜ」「な?なんだって、フォッサ…」「糸魚川ー静岡構造線です」「なんだい、そりゃ」「本来ならボーリングして、破砕帯を調査してから工事にかかるんですが、そのボーリング自体が不可能なところなもんですから」  この会話は、巨額の資金を拠出して製作に当たった石原裕次郎、三船敏郎という当時の2大スターが初めて顔を合わせる重要なシーンで交わされる。黒部ダム建設で建設資材を輸送するための大町トンネル(関電トンネル)建設工事をゼネコンの熊谷組が引き受けたのに対して、”トンネル屋”と呼ばれた下請けの岩岡組二代目が疑問を呈している。京都大学工学部出身で、専門知識を有する二代目役を石原が演じた。三船は「ボーリング自体が不可能」と話す関電の技術責任者を演じている。  会話はさらに熱を帯びてくる。石原は「糸魚川ー静岡構造線のごく近く、ほぼ平行している黒部川流域地帯には、どんな大きな断層や破砕帯がひそんでいるかわからないんですよ」「その1つが何十メートル、何百メートル続いているかわかりゃしない。まともに破砕帯にぶっつかたら、1日1メートルはおろか、1センチだって掘れやしない。落盤、出水……どうするんですか」「いまなら断れる」と、昔気質の父親で岩岡組社長(辰巳柳太郎)に強い口調で言う。  このシーンを見ていて、まるで、今回議論になっているリニア南アルプストンネル工事と非常に似ているのではないか、と思われるだろう。同じフォッサマグナ、糸魚川ー静岡構造線の地域であり、地質構造では大いに似通ったところがあったのだろう。 「破砕帯」は観光トンネルの目玉  「黒部ダムの秘密にせまる 黒部ダム河床(旧日電歩道)ハイキングと関電トンネル工事跡見学ツアー」に参加した。黒部ダムへの出発地は長野県大町市にある関電トンネル電気バスの発着点、標高1433mにある扇沢駅。  「関電トンネルは長野県大町市から16キロ、岩小屋沢に、その東坑口が設けられる」。映画のナレーションで説明された場所である。ことしから、トロリーバスに代わり電気バスが導入された。観光客らで大賑わいの扇沢駅は立山黒部アルペンルートの出発地点でもあり、電気バス、ケーブルカー、ロープウェイ、トロリーバスで標高2450mの室堂まで結んでいる。まずは、6・1キロ(トンネル部分5・4キロ)の道のりを電気バスで富山県立山町の黒部ダム駅へ。  電気バスの中で説明ナレーションが入り、作業員が何度も出水で流されてしまうことになる「破砕帯」(ブルーの照明が印象的だ)を通る。映画撮影では、420トンもの大量の水が10秒足らずで放出された。その出水シーンで三船、石原らも必死で逃げ、「破砕帯」の恐ろしさが描かれた。安全なシーン撮影のはずだったが、石原をはじめスタッフ約50人が病院に搬送された。この撮影事故で親指骨折、全身打撲などを負った石原は「気を失い、逃げる間もなかった」と一瞬、死ぬことまで覚悟したと回想している。  まさに、石原らの迫真の演技で、不可能とされた「破砕帯」を克服するシーンは大感動を呼び、最初の1年で観客動員数733万人という日本映画史上空前の大ヒット作となった。映画「黒部の太陽」によって、多くの日本人は「破砕帯」がどんなにひどいものか目の当たりにした。  映画撮影では辛くも逃げることができたが、実際の工事では、多くの作業員が犠牲になった。黒部ダム建設では171人が亡くなっている。黒部ダム湖のほとりに「六体の働く人物像」が殉職者慰霊碑として建立されている。雨のように水が沸き、予想もしない鉄砲水のような水圧で水が流出する「破砕帯」工事で何人が亡くなったのかバスの説明はなかった。同乗した若い人たちが、果たして「破砕帯」の意味をどれだけ理解できたか、お節介にもちょっと不安にもなった。 毎秒10~15トンの「観光放水」  黒部駅到着後、その先にある関電トンネル開通当初の工事跡(ケミカルトンネルと呼ばれる、薬品注入のためのトンネル)を見学した。そこで黒部ダム建設当時の記録映画を見た。トンネル周囲に残る掘削跡などに触れ、当時の工事の様子が残り、いかに厳しい工事だったかが実感できる。年間100万人以上の観光客が黒部ダムを訪れているが、この工事跡へは特別なツアー以外は入ることができないらしい。  ツアー参加した高齢の男性は「ここに来るとトンネルを掘ることの怖さがわかる」と感想を漏らした。削岩機の跡を含めて、まさに「暗く怖い」の表現がぴったりだった。  黒部ダム建設以前からあった旧日電歩道の急坂を降りて、河床部から黒部ダムの放水を見学した。中年の男性ガイドが「毎秒10~15トンの観光放水をするのが義務。発電ではないから、関電はいやがっているが、観光のための条件だから仕方ない」と話してくれた。  関電の関係者に真相を聞いた。6月26日から10月15日まで放水を行っている。実際は観光放水ではなく、黒部ダム建設当時、渇水期に地元と取り決めた黒部川への放水だという。もし、発電量に換算したら、年間約10億円になるとのこと。発電に当たっては、土地改良区とは表面の水を取水するなど取水温度等についても詳しく取り決めをしているらしい。 太田垣士郎関電社長の奔走と決断  小説「黒部の太陽」(木本正次著、講談社)では、映画とは違い、当時の太田垣士郎・関電社長について詳しく紹介していた。関電関係者によれば、太田垣が最も苦労したのは資金集めに奔走したことらしい。世界銀行から400億円の融資を受けて黒部ダム建設はスタートしたが、冬期の積雪など恐ろしい自然との闘い、特に破砕帯征服に最新のシールド工法を新たに採用したこともあって、最終的には530億円(現在の約1兆円に相当)まで工事費用は膨れ上がってしまった。  最も興味深かったのは、フランスのマルパッセダム決壊事故による世界銀行からの勧告だった。マルパッセダムは1952年に工事がスタート、54年に完成したが、5年後の12月、強烈な風雨がその地域を襲い、ダム決壊事故で、ふもとにある街が水没、421人が亡くなっている。  映画「黒部の太陽」に描かれた難所の関電トンネルは1958年5月に全面開通し、黒部ダム本体の工事が急ピッチで進められていた。1959年12月マルパッセダム決壊事故が起きると、その事故を重く見た世界銀行担当者が関電本社を訪れ、当初180mとダム高さを計画していたが、決壊事故を踏まえ、強度不足に不安を抱き、30m低くするよう勧告した。黒部ダム両岸の岩盤がもろいことがわかっていたため、関電でも180mの高さに耐えるよう強度を高めるさらなる処置を施す工法を検討していた。30m減の高さ150mでは発電量は半減、収入が大幅に落ち込むことを避けたかった。  最終的に、太田垣はダム直下の岩盤への衝撃を少なくするために、水を霧状に放流できる最新のバルブを採用した。マルパッセダムは1年間で満水にして事故を起こしたのに対して、ダム湖を満水にするのに9年間も掛けている。  ダム建設の記録映画は、「くろよんは今日も息づいている」というナレーションで終えた。長野、富山の県境という不便な場所に関わらず、100万人以上が訪れる一大観光地にもなった。太田垣は12歳のとき、誤って2本脚の金属鋲を飲み込んでしまう。鋲が入って6年目の18歳のとき、せき込んで、ぽろりと鋲が飛び出したのだという。戦争中には2人の子供を失っている。「いまの自分は何を失っても惜しくない、いくら金が掛かってもこのダムを完成させたい、日本の国に必要な電力のためだから」。太田垣の執念が見事に実ったのだ。日本一の堤高186mを誇る黒部ダムの放水は詰め掛ける観光客らの歓声とともに、いまも息づいているようだ。  さて、南アルプスではどのように「破砕帯」に向かうのか?JR東海のリニアトンネル工事は後世の人たちに大感動を与えることができるだろうか。 ※タイトル写真は、映画「黒部の太陽」のトンネルセットレプリカ(北海道小樽市の石原裕次郎記念館から移設)展示会場の「破砕帯」説明パネル

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リニア騒動の真相16 「筋違い」議論の行方?

狐につままれたような議論  9月12、13日、リニア南アルプストンネル(静岡工区)の大井川水環境問題を話し合うJR東海と静岡県側の有識者らとの会議が開かれた。JR東海の宇野護副社長、国交省の江口秀二技術審議官(鉄道)という担当責任者が初めて顔をそろえ、何らかの進展が図られるのか期待された。結局、前回の会議同様に静岡県専門部会のメンバーがそれぞれの科学的な知見から、JR東海の回答を批判するだけで全く収穫のない議論で終えた。  『JR東海に批判相次ぐ 県の連絡会議「データ不足」など指摘』(日経新聞13日付)の見出しが会議の様子を正確に伝えていた。12日の会議では「基本的なデータはすべて既存のものであり、新しいものではない」「畑薙山断層での鉛直ボーリング調査をやるべき」(塩坂邦雄委員)、「畑薙山断層西側でも3百メートルの断層がある。そこでも鉛直ボーリングをやるべきだ」「鉛直ボーリングを何本かやれ」(丸井敦尚委員)、「データを取る前に既存データの解析が行われていない」「新しいデータを出せ」(大石哲委員)など委員すべてが、「新たなデータ」を求める議論に終始した。  その要請にこたえるように、JR東海は南アルプストンネル近くの西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリングを行うことを明らかにしている。しかし、通常、鉛直ボーリングを行い、データをそろえるためには半年以上掛かる。となると、当然、委員らが求める科学的議論の場は新しいデータを得た上で行うことになる。この点を専門部会の会議をまとめる森下祐一部会長に尋ねると、「専門部会としては鉛直ボーリングの結果が分からなくても許可を出さないわけではない」。その答えに愕然とした。あれだけ「新しいデータを出せ!」と言っておいて、必ずしも新しいデータを必要としないというのである。「狐につままれた」とはこのようなことだろう。 「田代ダム」議論は「筋違い」  「田代ダム」の議論も同様である。静岡県の中間意見書では「戻し方として、導水路トンネル出口、及びポンプアップによる非常口出口から全量を戻すとしているが、上流部の河川水は、その一部が東京電力管理の田代ダムから早川へ分岐し、山梨県側へ流れている。このことを踏まえた上で、静岡県の水は静岡県に戻す具体的な対策を示す必要がある」。この文章は「田代ダムから山梨県側に流れる静岡県の水を何とかしろ」と求めているように読める。  12日の会議で、JR東海は東電に「取水の制限」を求める権利のないことを前提に、トンネルがない場合の流量を約12・1㎥/秒と想定、トンネルができた場合、JR東海は西俣非常口から約0・4㎥/秒を西俣川(大井川支流)に流して、約11・8㎥/秒を担保できるなどと回答した。  これに対して、静岡県の難波喬司副知事は「数字だけ羅列してある図では全く何か分からない。口頭で回答したことを文章にしてほしい」など求めた。  一体、この議論は何を求めているのかさっぱり分からなかった。「田代ダムから山梨県側に流れる水は静岡県の水だから静岡県に戻す対策を示せ」。中間意見書の主張そのものに無理があり、JR東海のトンネル工事とは全く関係のない話である。JR東海も、その質問の意図が分からないから、数字を入れた図を示したというのが本音だろう。  JR東海に「口頭で回答したことを文書に」と求めるならば、静岡県側は中間意見書の具体的な意味を示さなければ、科学的な回答のしようがない。  田代川第1、第2発電所は大井川から最大取水量4・99㎥/秒の水利権を持つ。富士川水系を含めると、11・34㎥/秒の水利権を有している。この水利権の許可権者は国交省である。東電は田代ダムに貯水される大井川の水を最大4・99㎥/秒使用できる。南アルプストンネル開設後、大井川表流水の減量分0・7㎥/秒のうち、JR東海は0・4㎥/秒を西俣非常口から西俣川に戻すとしている。その戻した水の一部は当然、田代ダムにも貯水されるだろう。  JR東海が戻した0・4㎥/秒の水を田代ダムから山梨県側に流さないようにしろとでも言っているのか?もし、そうならば、戻した水を特定することなど不可能である。  10日の定例記者会見で、川勝平太知事は「(田代ダムの水利権の話をJR東海に求めるのは)筋違い。数年前に田代ダムの現場に入った。(税収の少ない)早川町にとっては(電源立地地域対策交付金、固定資産税収入など)不可欠な施設。第三者のJR東海は何か言うべき立場にはない。JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と述べた。東電は早川町だけでなく、静岡県にも多額の費用(占用料)を支払っている。田代ダム水利権はJR東海ではなく、静岡県の問題であることを知事は十分に承知した発言だった。  知事会見を踏まえた上での会議のはずだったが、なぜか、狐につままれたような議論が繰り返された。 「湧水全量戻す」議論に尽きる  12日の会議で、JR東海の回答は大井川の利害関係者が納得できるものではないとして、「地球温暖化で将来、降水量が12~13%増えると予測されている。この予測に沿った大井川の将来像を示せ」、「水環境のために西俣川に地下ダムを何カ所かつくればいい」などさまざまな専門家の要請に、JR東海は丁寧に答えていたが、これらも「筋違い」ではないか。  さらに、13日の会議でレッドデータブック記載のヤマトイワナについてさらなるモニタリング調査をJR東海に求めた。西俣川支流の広範囲でヤマトイワナ保全を図るのは当然、自然保護を推進する静岡県、静岡市の役割でもある。どこまでの範囲がJR東海の責任なのかはっきりとさせた上で議論すべきだ。  川勝知事が10日の記者会見で、「JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と分かりやすい発言をした。JR東海の技術部門では、工事期間中は山梨・長野側に流出せざるを得ないという認識だったが、金子慎社長らの発言だけを見れば、「全期間、湧水全量戻す」約束と受け取ってもおかしくないだろう。  今回の会議では先進坑が貫通するまでの間、山梨県側へ最大で約0・15㎥/秒(平均0・08㎥/秒)、長野県側へ最大で約0・007㎥/秒(平均0・004㎥/秒)流出することに、難波副知事は「全く受け入れられない」と突っぱねた。今後の会議のテーマは、10カ月で山梨県側2百万㎥、7カ月で長野県側10万㎥の合計210万㎥(大石委員の試算)流出をどうするのかに尽きる。  もし、この問題が解決されれば、リニアトンネルから約130キロも離れた中下流域の地下水にまで影響が及ぶ可能性はほぼないと見るべきだ。「湧水全量戻す」問題の解決で、中下流域へのリスクはないのが通常の科学的な見解だが、これまでの「筋違い」の議論を見ていると、利水者らの理解を得るのは非常に難しいかもしれない。ただ、JR東海は、まず「湧水全量戻す」ことを至上命題として、その解決にさまざまな知恵をしぼるしかないだろう。 「正直」は美徳ではなく、「最善の戦略」  「筋違い」の議論ばかりが目立つ会議はこれからも続くのだろうか?  そうであるならば、地質構造・水資源専門部会は複雑な地質構造を持つ南アルプスで「新しいデータ」を求めるのが科学者本来の仕事と考えているようだから、この地域が糸魚川ー静岡構造線断層帯地域であることをいま一度、思い出してほしい。国立研究開発法人防災科学技術研究所(茨城県つくば市)の全国的な地震観測網「Hinet」は、危険地域として糸魚川ー静岡構造線断層帯地域に集中的な観測点を配備している。  米国で盛んに議論された地震の刺激誘発理論では、長年のうちに断層上の特定の個所に徐々にひずみが蓄積されていって地殻にほんの少しでも力が加わるだけで、蓄えられたエネルギーがいっきに放出され、プレートを動かして地震を引き起こすとされる。人為的な振動を起こし、弾性波を常時測定することで地下の地層状況変化を把握して、オイル資本はシェールガス掘削などに役立てている。  糸魚川ー静岡構造線断層帯地域の断層沿いにひずみが最大限に蓄積されている個所を偶然、ボーリングした場合、プレートを動かして地震を起こしてしまう可能性は否定できないだろう。その場合、南海トラフと連動するプレート上の長野県などに影響が及ぶかもしれない。  難波副知事によると、次の会議にトンネル専門家を招請とのことだが、地震学者も必要だとなるかもしれない。  リスク(将来の不確実性)には管理可能なものとできないものがある。まれにしか発生しないリスクまで予測しようとすれば、すべての開発は不可能になってしまうだろう。  会議のあとの囲み取材で、記者の一人が「これだけ自然破壊になるのに、なぜ、リニア工事を進めるのか」と宇野副社長に尋ねた。  宇野副社長は「失うものと得るものとを秤にかけた上で得るものがずっと大きいから」と答えた。2011年の福島第一原発事故以降、リスク対応のハードルは極端に上がっている。すべての開発は二律背反の関係にあり、リスク対応可能かどうかが分岐点になる。  ことし4月の池袋・母子死亡事故をはじめ年間約5千人のかけがえのない生命を奪う交通事故を解決するには自動車を危険物として、製造・販売・利用を禁止するしかないが、だれもが「得るものが大きい」として、自動車を危険物とは見なさないで、さまざまなリスクに対応している。  実際にはリニア計画には賛成だが、リニア南アルプストンネルは静岡県にとって「得るものはなく、失うものだけ」と川勝知事は発言してきた。立ち位置が違うだけで、「得るものと失うもの」の考え方は全く違う。  「Honesty is the best policy」。雷と電気が同一であることを立証して避雷針を発明した科学者であり、アメリカ独立宣言起草者の政治家ベンジャミン・フランクリンは「正直」は美徳ではなく、「最善の戦略」だと考えた。川勝知事は「Honesty is the best policy」を承知して、「正直」な発言をしている。ぜひ、最も重要な「失うものと得るもの」の議論を宇野副社長と闘わせてほしい。それが解決の糸口となるはずだ。

ニュースの真相

リニア騒動の真相15 リニアで「名古屋」衰退へ!

川勝・大村会談は予想通りの結果  未着工のリニア南アルプストンネル静岡工区を巡り、5日愛知県公館(名古屋市)を訪れた川勝平太静岡県知事は大村秀章知事との会談に臨んだが、最初から予想されていたように両者の溝をあらためてはっきりとさせただけで、大村知事の期待した2027年開業を目指すJR東海の早期着工は遠のいた感さえある。  JR東海の早期着工について、水環境問題の現状を説明、将来にわたり安全・安心を確保する基本協定締結の必要を訴える静岡県の立場を川勝知事が説明したのに対して、大村知事は「着工して問題があればそこで立ち止まって考えるわけにはいかないか。一歩でも二歩でも前進してほしい」など、JR東海・金子慎社長から負託された切実な思いを述べたが、川勝知事は「大井川の流量減少問題が解決されない限り、着工は認めない」とこれまでの姿勢を崩すことはなかった。  『川勝知事「計画見直す事態」』(読売)、『川勝氏、27年開業「非現実的」』(日経)、『27年開業「現実的でない」』(朝日)など地方版トップの扱いで、読売、朝日、日経がそろって、リニアに対する川勝知事の主張をあらためて紹介した。  その他各紙は『リニア「国調整を」一致』(静岡)、『リニア工事「国の関与必要」で一致』(毎日)、「国関与希望は一致」(産経)などと大きな見出しをつけた。  川勝・大村会談は全く予想通りの結果だった。今回の最大のニュースは、リニア着工を後押しする中部経済圏の代表の一つ、地元紙の中日があまりに地味な報道だったことだ。  会談が行われた名古屋市に本社、浜松市に東海本社を構える中日は、静岡新聞と並び、静岡県でも地元紙を標榜する。その静岡が1面トップ、社会面で大きく取り上げたのに対して、中日は社会面準トップのみで、内容もあまりに地味だった。「川勝知事 水問題理解深め 大村知事と面会 主張平行線」と他社が紙面を割いて大騒ぎしているのに対して、淡々とした記事で、これまでのリニア記事と比較して拍子抜けするほど小さな扱いだった。  リニア問題は、「考えるリニア着工」という「ワッペン」を付ける特別企画という位置づけで、知事、静岡市長、島田市長、川根本町長らのインタビュー記事を1面トップなどで大きく紹介、リニア問題を熱心に報道してきた。  一体、中日新聞に何があったのか? 名古屋の「暗い未来」予測したのは?   6日付中日1面トップは「京急衝突脱線、33人負傷」事故。準トップは「御前崎町の住民投票条例案可決」だった。1面のもう1本の大きな記事が「厚生年金パート加入促進」という見出しで、政府による規制の解除検討という地味な記事だった。「京急衝突脱線」は横浜市の神奈川新町駅近くの踏切で5日午前11時40分頃に起きた。首都圏の事故であり中部圏での事故ではない、それも5日付夕刊段階から報道されていた。地元紙ならば、注目の大村知事、川勝知事会談がトップに来るのが常識ではないか?  紙面を何度も見直したが、どうもわからない。  そして、1面記事下広告まで丹念に見ていった。「もしかしたら、これが理由かもしれない?」。とある書籍広告に目が釘付けになった。  中日は縦13段で記事を構成している。そのうち、縦3段、横半分の大きな書籍広告に目が止まった。「未来の地図帳 人口減少日本各地で起きること」(講談社現代新書)。「名古屋市」が黒地白抜きで目立つよう真ん中にあり、「リニア新幹線」と「広すぎる道路」が課題、と書いてある。つまり、2045年までに起こる変化の中で「リニア新幹線」が名古屋市にとっては大きな課題であり、人口減少の原因となると読める。  週刊誌の中吊り見出し同様に、これでは何か全く分からない。しかし、77万部のベストセラー「未来の年表」人気シリーズ最新作が、「名古屋市はリニア新幹線が課題」と大きく取り上げた。  新聞社では、当日紙面の広告欄をどこに配置するのかは重要な問題である。翌日の朝刊広告紙面は夕刊段階では決定しており、担当者は広告のみの紙面を編集局に提出、整理(見出しやレイアウトを担当)デスクはそのすべてをチェックしていく。  「名古屋市はリニア新幹線が課題」。「考えるリニア着工」というワッペン付き記事、愛知、静岡県知事の会談ニュースの下に、名古屋市の暗い未来を予測する「未来の地図帳」の書籍広告があれば、あまりに意味深に思えるだろう。当日になって、1面の半3段広告を差し替えるのは非常に難しいだろう。整理デスクは、その書籍広告を見て、リニア記事を1面から外したのではないか?  整理記者は「最後の記者」だからだ。 「最初の読者 最後の記者」とは  5日、「最初の読者 最後の記者」という書籍が届いた。2019年9月1日発行、非売品で2百部限定。著者は東京新聞(中日新聞)で整理部に約20年在籍、整理・校閲担当の編集局次長を5年余、2016年6月定年後からコラム担当の編集委員を務めている。同書は自社だけでなく、他社についても率直な紙面批判を展開したため、一般公開するのは不適切と思われ、「私家版」としたと著者は前書きで説明。そのくらいに内容は刺激的で業界の裏話が多い。  整理記者は「最初の読者」として、読者目線で原稿を読み、ニュースの大きさを判断、分かりやすい見出しとレイアウトを基本姿勢とする。朝刊担当の夜勤(午後4時頃から午前1時頃まで勤務)が多く、内勤記者は読者から見えない地味なポジションだが、外勤記者の活躍を知らせるためになくてはならない存在だ。  当然、さまざまな広告主への配慮も内勤記者ならではの仕事だ。新聞記者がいくら「社会正義」を唱えても、商業新聞である以上、スポンサーへの配慮は欠かせない。その重要な役目を内勤記者が受けている。公官庁を含めてスポンサー依頼の「ちょうちん記事」の絶妙な扱いも内勤記者に任されている。  「最初の読者 最後の記者」では、ある落語家の回想録について紹介している。ある日の新聞に映画通販の全面広告があり、彼の妻が調べてみると、ネットのほうが25%も安いことを発見、落語家は「買い物はよく考えてからするべきだ」という結論。ところが、「広告主は神様です」。広告収入が減少の一途をたどる新聞社にとって通販会社はお得意様であり、そのときも、あす掲載分の回想録を差し替えることは無理だったが、せめて、タイトルを「通販」から別のものに変えてしのぎ、幸い、スポンサーの目に触れず大事には至らなかったと書いている。ストレスのたまる仕事である。  さて、「リニア」を最大の課題とする「未来の地図帳」を早速、読んでみた。「大いなる田舎」名古屋市は現在、人口230万人を超え、さらに堅実に増加傾向にあると分析。ところが、最大の懸念材料が「リニア」。リニア開業後約40分で東京と結ばれると、「ストロー現象」(大都市と地方都市の交通網が整備され便利になると、地方の人口が大都市へ吸い寄せられる)が起きて、若い女性がこぞって東京へ行ってしまう可能性が高いのだという。名古屋市が人口減少に向かう最大の課題が「リニア」と記述している。  現在、東京ー名古屋間は新幹線のぞみ号で約1時間40分、それが1時間も短縮されるから、懸念通りに「ストロー現象」が起きるかもしれない。「リニア」は名古屋地域に大きな経済効果をもたらすとしてきたが、本当は、逆に人口減少による衰退へ向かうというのだ。その主張を「最後の記者」整理デスクは看過できなかったのか?  広告に最大限の配慮をする中日としては、広告とは別の紙面に話題の「リニア」記事を持っていき、地味に扱うしかなかったのかもしれない。 「他力本願」では解決しない  川勝、大村知事会談で「国の関与必要で一致」を毎日、静岡などが大きく報道した。すでに国交省の担当室長は8月中に3日間、JR東海、静岡県の専門家、利水者らとの会議に立ち会ったが、JR東海(愛知県)からすれば、期待外れに終わっている。  菅官房長官が6日の記者会見で「(2027年開業)予定に影響が及ばないよう、両者の間で客観的な議論が進むように国土交通省として必要な調整を行う」など政府として調整に乗り出すことを表明した。  「官邸」がどのように調整できるか興味深いところだ。  「最初の読者 最後の記者」に宗教から出たことばは、なぜか悪い意味に使われるので注意が必要とある。『「他人頼み」のことを「他力本願」と新聞で使うと、必ず本願寺派などの浄土真宗関係者から抗議が来るので、記者の原稿ならデスクは手直しするが、外部依頼原稿や識者談話で出てくると処置に困る』。実際に「他力本願」を「他人頼み」の意味で使った朝日新聞記事を紹介していた。  「他力本願」を辞書で調べると、「他人の力に頼って事をなすこと」は本来的な意味からは間違った用法とある。  川勝知事、大村知事とも両者の思惑はかけ離れている。問題解決の意味も全く違う。そこに官邸が調整に入り、双方が納得できる解決に導くことができるのかどうか?静岡県、JR東海とも「他力本願」で何とかなるなどと考えてはいないだろうが、間違った用法にならぬよう十分な注意が必要だ。  「名古屋市が人口減少に向かう最大の課題はリニア新幹線」。もし、それが真実ならば、2027年開業を急ぐほうが間違っていることになってしまう。本当かどうか”最後の記者”に聞いてみたい。

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リニア騒動の真相14 誤解の根源「高慢と偏見」

「方策(方便、嘘)」と述べたJR東海社長?  29日静岡県庁で、リニア南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題について、利水に関係する市町、団体とJR東海の意見交換会が開かれた。朝9時半から始まり、午後4時終了予定でとことん意見を交換するはずだったが、どういわけか1時間以上も前倒しの午後3時前に閉会してしまった。相互の腹の内を十分に戦わせる「意見交換会」という名称にはほど遠く、市町の利水者があらかじめ用意した質問を口頭で述べ、JR東海は誠実に技術的な側面から回答していた。利水者側の質問者(静岡県の出向者及びOBばかり目立った)は初めから、JR東海の説明を理解して納得するような姿勢ではなかった。東京電力・田代ダムへの不満など、大井川への強い思い入れを利水者の一部が述べたが、直接的にはJR東海の水環境問題との関係は薄く、解決策を見つける糸口にはほど遠かった。  同じ日(29日)東京で開かれたJR東海の金子慎社長記者会見を伝えた30日付中日新聞見出し『JR東海社長「全量戻す提案は問題解決の方策」』に、「本当なのか」と驚いた。  本文記事を読むと、昨年10月「湧水全量戻す」提案は「話が進まないので、利水者の理解を得たいと方向転換した。河川流量の影響を特定し、回避できる方策があるならそれでもということだったが(実際は)なかった。問題を解決しようとした中で出てきた方策」と社長発言を紹介していた。見出し「問題解決の方策」は、JR東海社長の発言から取っているのも間違いない。  この見出し、記事は、「湧水全量戻す提案」は(利水者の理解を得る)問題解決のための「方策」と読める。つまり、できる、できないかは分からないが、とりあえず、利水者の賛同を得るためにJR東海は「湧水全量戻し」の「方策」を打ち出したのだ。「方策」には「計略(はかりごと)」の意味があり、通常、このような「方策」を「方便」と理解する。つまり「嘘も方便である」。中日記事を読む限りでは、JR東海の金子社長は昨年10月に「嘘」をついたことになる。  意見交換会後の囲み取材で、JR東海技術部門を代表する新美憲一リニア推進本部副本部長は「全量戻す」解釈について、想定を超える記者らの厳しい質問にしどろもどろになっていた。その同じ頃に、東京では、金子社長が「嘘」と認めてしまった、これは大変な話である。  なぜ、中日新聞は金子社長発言を1面トップで伝えなかったのか? リニアの電磁波影響は非公開?  中日記事の記者会見内容について、JR東海広報に確認すると、湧水全量戻し提案は「利水者の賛同を得る」問題解決ではなく、金子社長は「河川流量の影響」解決をはかるための「方策」として発言した、という。これは本当にわかりにくい。中日記事は、社長発言の重要部分を省略したのだという。まあ、これが本当ならば、「方策」はそのまま「対策」の意味に近いのだろう。  ただし、この通り「河川流量の影響」解決のためならば、川勝平太静岡県知事、染谷絹代島田市長らが求める「工事中に関わらず、山梨・長野への湧水一滴の流出はまかりならぬ」を守らなければならない。工事中にはできないという技術的な説明を省いてしまったからだ。工事中でも湧水全量戻しを技術的に解決するのは、前回の「リニア騒動の真相13 水一滴も流出させない」で書いた通り、本当にできるのか難しい話だ。JR東海が「湧水全量戻し」を「方策」として提案したとき、技術的にどの範囲まで考えていたのか疑問である。社内の意思疎通が図られていないあまりにお粗末な提案と言っても言い過ぎではないだろう。  先日(8月23日)、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア走行実験を初めて目の当たりにした。時速500キロ走行のリニアが一瞬の間に通り過ぎる。訪れた親子連れらは大きな歓声、シャッター押しが間に合わないと嘆き、そのスピードに本当に驚いていた。  リニアは超電導磁気浮上式による世界最速の陸上交通となるという。そのスピードとともに「キーン」という甲高い騒音を近くに住む人が耐えるのは大変だろう。その騒音を実感しようとリニア見学センターを訪れた。  しかし、「”悪夢の超特急”リニア中央新幹線 増補版」(旬報社、2016年8月)、「危ないリニア新幹線」(緑風出版、2013年7月)は「騒音」問題ではなく、目に見えない「電磁波」問題を大きく取り扱っていた。”リニア反対本”を読めば、多くの人たちはリニア乗車をやめようと考えるかもしれない。その一番の理由が、目に見えない「電磁波」による人体への影響だ。最近、静岡県内でも「電磁波測定」「電磁波対策」をキャッチフレーズにしたセミナーが盛んに開催され、子供たちを持つ親への不安を煽ることで多くの主婦らが詰め掛けている。まさにリニアは危険な「電磁波」の代表かもしれないのだ。  『リニア中央新幹線について、JR東海は積極的な情報公開をしない。なかでも、頑なと思えるほどに公開しない情報の一つが、「時速500キロでの走行中に車内でどれくらいの強さの電磁波が発生するか」』(「”悪夢の超特急”リニア中央新幹線」)。時速500キロのスピードのためにどれだけ強い磁界が発生されているのか、不安になる気持ちは理解できる。  「車内の電磁波」情報を公開しない。これを読めば、JR東海の情報公開は不審な点ばかり目立ち、強い不信はリニア対する「偏見」を生むだろう。 「車内の電磁波」情報を隠している?  リニア見学センターで配布されたリニア中央新幹線建設促進期成同盟会パンフレットには、「リニア中央新幹線から発生する磁界は人体に影響はないのか?」という疑問に、「国の基準であるICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)ガイドラインを大きく下回り、磁界による健康への影響はない」と回答している。しかし、その説明を裏付けるグラフや図はリニアから4メートル、6メートル、また8メートル高架下での測定を紹介しているだけであり、肝心の「車内の電磁波」情報は掲載されていない。  まさか、JR東海は「車内の電磁波」情報を隠しているのか?  JR東海HPを調べると、「磁界への対策」として「健康に影響しない超電導リニアの磁界」とあり、さらに小さな字の「磁界の健康への影響」という項目をクリックすると、「リニア車両内」について2013年12月調査時点の「超電導リニアの磁界測定データ」を得ることができる。  ICNIRPのガイドラインが400mT(ミリテスラ)以下に対して、車内で最も高い値が0・92mTだから、「磁界による健康への影響はない」説明は間違いないかもしれない。しかし、「リニア、電磁波」を検索すると、JR東海HP以外は「磁界による健康への大きなダメージ」ばかり数多くヒットする。JR東海HPが正しければ、それ以外はすべて「嘘」の情報となるのだがー。  JR東海は「磁界」という難しいことばを使う。「磁界」、「電磁波」を理解している人がどのくらいいるのだろうか?さらにガウス、テスラという単位が登場するが、それでは一般的な周波数の単位Hz(ヘルツ)とどう違うのか?「電磁波」の単位を理解するだけで頭が混乱して、「電磁波」イコール「健康への大きなダメージ」のみインプットされてしまうだろう。  身近にある危険「電磁波」を考えてみればわかる。「電磁波」の代表選手・電子レンジは生卵をたった30秒でゆで卵にしてしまう。便利だが、非常に危険な「電磁波」発生機械の一つだ。もし、大きな電子レンジの中にだれかが座っていれば、一瞬の間に大変なことが起こりそうなことだけは分かる。「磁界の健康への影響」がいかに世間の大きな関心であり、その1点のみでリニア反対に参加している主婦らも多い。それを考えると、JR東海HPはあまりに不親切である。  なぜ、JR東海は「電磁波」問題を丁寧にわかりやすく説明しないのだろうか? 「誤解」を解くことの難しさ  JR東海広報に聞くと、「いまのところ現在のHP説明で十分であり、2027年開業の近くなれば、さらに詳しいHP、パンフレットなどを用意するかもしれない」と説明した。多分、JR東海は「電磁波」問題に対する世間の関心を小さく見ているのだろう。もしかしたら、そのようなばかげた電磁波への「偏見」を軽視しているのかもしれない。つまり、「プライド(高慢)」がじゃましているのだ。  まさに、それは大井川の水環境問題と同じ姿勢だ。いま、まさに多くの人たちが関心あるテーマに丁寧にわかりやすく回答しなければ、ますます「誤解」が生じてしまう。時間がたてばたつほど、その「誤解」を解くことが難しくなる。  30日付中日新聞社長発言は単なる「誤解」だろうか?「湧水全量戻す」問題でJR東海に対する「偏見」が生まれ、金子社長発言に注視の目が向けられていた。「湧水全量戻す」がいかに難しいか、JR東海の技術者たちは最初から承知していたはずだ。その中で、あのような発言をすれば、「湧水全量戻す」とさえ言えば、「南アルプストンネル(静岡工区)の着工を認めてもらえる」と軽く考えていただろう、と邪推してもおかしくない。「方策」の裏側にそんな意図があったとしたら、あまりに「高慢」である。JR東海はプライドの高い企業かもしれないが、「わが社を信じてすべて任せてくれ」と言う時代はとうの昔に終わっているのだ。  英国の女性作家ジェイン・オースティン「Pride and Prejudice(高慢と偏見)」は「結婚」というハッピーエンドに絡みてんやわんやの大騒ぎが起こる小説。いくら時代が変わっても、プライド(高慢、尊厳)とプレジュディス(偏見、先入観)といった人間心理にじゃまされれば、ハッピーエンドにたどり着くことはなかなかできないだろう。 ※タイトル写真は山梨県リニア見学センターからのリニア実験線車両。車体が薄黒く汚れているのが気になった

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リニア騒動の真相13 「水一滴」も流出させない

JR東海「湧水全量戻せず」は”公約”破り?  リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題で静岡県の専門部会メンバーとJR東海との公開協議が8月20日開かれた。21日付の中日新聞、静岡新聞ともそろって1面トップで『JR「湧水全量は戻せず」 副知事反発』(中日)、『「湧水全回復一定期間困難』JR認識、県は反発』(静岡)とほぼ同じ内容の記事を大々的に報じた。品川ー名古屋間の2027年リニア開業を推進する国交省鉄道局から調整役を期待される担当者、森宣夫環境対策室長が出席、会議後に感想を求められた森室長は「科学的知見に基づいた議論。期待は大きい」など紛糾した議論とはかけ離れた意見を述べた。  専門部会メンバー、森下祐一静岡大学教授との意見交換の中で、JR東海が山梨側からのトンネル工事中に湧水が流出することに触れたのに対して、オブザーバーで、意見を言うべき立場にない難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。利水者は納得できない。その発言は看過できない」など厳しく反発した。その後の囲み取材でも、JR東海が工事中の湧水は一定期間、静岡県側から流出することを正直に認めた。その上で取材を受けた、難波副知事は「湧水全量が返せないことが明らかになった」などと述べたことから、”公約”破りを記者たちが確信したのだろう。日経、読売とも同じ内容を伝えている。JR東海が”公約”を破ったとしたら、当然、利水者たちも黙っていないだろう。  23日の記者会見で川勝平太静岡県知事は「湧水全量戻すことを技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すのがJR東海の約束だ」など「(静岡県の)水一滴」でも静岡県側から流れ出すことを容認できない方針を示した。  果たして、トンネル工事に際して、湧水の一滴でも山梨県側に流れ出さないことなど可能なのか?そもそも、「湧水全量戻せず」はJR東海の”公約”破りなのか? JR東海は毎秒0・32㎥流出を文書回答  7月12日、JR東海の宇野護副社長から難波副知事宛に提出されている「中間意見書に対する回答案」では、すでに「湧水全量は戻せない」ことを詳細に記している。  「中間意見書」の1水量「全量の戻し方」イとして「既に着手している山梨工区と長野工区におけるトンネル工事が先行することにより、静岡県内の水が県境を越えて山梨・長野側に流出する可能性がある。これについての評価と対策を示す必要がある」とあるから、当然、静岡県は山梨・長野へ流出する可能性を承知していた。  これに対して、トンネル掘削工事を山梨、長野工区で先行して掘削しなければならず、JR東海は「これまでも環境保全連絡会議でも説明したように、山梨県側で毎秒最大約0・31㎥、長野県側で毎秒約0・01㎥の湧水量流出を想定している。この湧水量をできる限り低減していく」などと回答案に記した。  トンネル湧水は毎秒2・67㎥流出するとJR東海は見込み、当初毎秒2㎥を導水路によって大井川に戻すと説明していたが、静岡県の厳しい反発を受けて、昨年10月17日に「トンネル湧水の全量を戻す」とJR東海は表明した。JR東海「湧水全量を戻す」は、工事後のことであり、工事中には合計毎秒最大0・32㎥流出することを環境保全連絡会議で説明していた。  静岡県は、山梨・長野へ湧水が流出する可能性を承知して、JR東海の見解を求めたのだ。JR東海は、流出する湧水量を毎秒最大0・32㎥と見積もり、その対応策を回答案で述べた。ただ、静岡県はJR東海の回答案について、「ほぼゼロ回答」などと低い評価をつけ、難波副知事は「これではダメだということで意見交換したほうがいい」とJR東海に改善を求めている。まさに”ダメ”なのが、この工事中の湧水流出を指しているのかもしれない。  しかし、冷静に見て行けば、工事中の湧水流出について静岡県、JR東海とも承知した上で、静岡県の中間意見書に対して、従来と同じかもしれないが、JR東海は毎秒0・32㎥の回答案を示した。  21日の会議では、JR東海側から工事中の湧水流出について唐突な発言があったため、オブザーバーの難波副知事が「看過できない」とイレギュラーな発言をした。当然、すべての会議に出席する難波副知事は毎秒0・32㎥を承知していて、その発言をしているはずだ。どう考えても、JR東海が”公約”を破ったわけではないが、難波副知事の発言で、あたかも”公約”破りのような印象が持たれ、中日、静岡などが翌日の新聞紙面で大騒ぎし、記者会見での川勝知事の「JR東海は湧水全量戻す約束を守れ」につながった。  本当にこれが「科学的な議論」(森室長)なのか。科学的な議論などではなく、単にレトリック(詭弁)を使った戦術ではないのか。  ああそうだ。この議論は、シェークスピア「ヴェニスの商人」の有名な裁判の場面とそっくりではないか。 「ヴェニスの商人」を彷彿させる戦略  「ヴェニスの商人」アントーニオはユダヤ人の金貸しシャイロックから3カ月、3千ダカットの金を借りる。返済できなかった場合、自分の肉1ポンドを切り取らせる契約をする。ところが、アントーニオは嵐で所有する貿易船が沈み、全財産を失い、借金を返すことができなくなってしまう。シャイロックは強硬に契約の履行を求め、ついには裁判となる。  そこに登場するのは、アントーニオの親友バサーニオの婚約者ポーシャ。彼女は裁判官として法廷に立ち、シャイロックの言い分通りにアントーニオの肉1ポンドを切り取ることを認める。だが、そのためには「血の一滴も流してはならぬ」と詭弁的弁論が始まり、「証文にないから、1ポンドに髪の毛一本の違いがあっても許さぬ」と言い渡した。  「血(水)の一滴も流してはならぬ」。ポーシャのセリフが難波副知事の発言と重なってしまった。  JR東海の「湧水全量戻す」は、果たして「(静岡県外に)水の一滴も流してはならぬ」となってしまうのかどうか。昨年11月21日静岡県庁で開かれた会議で、JR東海は「湧水全量を戻す」として、ポンプアップ設備で対応することなどを説明した。これはトンネル工事後のことであり、当然、工事中については「湧水全量を戻すことはできない」前提での説明だった。JR東海の認識は工事後を想定していた。  つまり、JR東海「湧水全量戻す」は工事中であっても守らなければならない”公約”ではなかった。ところが、21日の会議で唐突に、静岡県側から「湧水の一滴」も山梨、長野県外に流出することはまかりならんとさらなる難題を突き付けられた。「湧水全量返す」だけを聞けば、すべての場面で適用されるのかもしれない。ただ、実際には静岡県もそれが非常に難しいことを承知していたはずだ。  そもそも、本当に科学的にそんなことができるのか? 「人命の安全確保」を優先すべき  地質構造が複雑な南アルプス静岡工区を貫通するトンネルは長さ約10・7キロ、約4百メートルの大深度地下を通過する。弾性波試験、電気探査、湧水圧試験、水平ボーリングなど数多くの調査方法を駆使するだろうが、地層の大雑把な性格をつかむことができても、事前調査には限界がある。20日の会議で、JR東海は西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリング調査を実施することを初めて明らかにした。それで、さらに多くの情報が期待できるが、鉛直ボーリング1カ所で得られるのは”点”の情報でしかない。  地質工学、岩盤工学など先端的トンネル調査技術をもってしても、山岳トンネルの工事は何が起こるのかすべてを事前に予測できない。大地溝帯、中央地溝帯などと呼ばれる大構造帯(フォッサマグナ)では造山運動が常時進行し、糸魚川静岡構造線が通る南アルプス地域の地質構造は異常なほど複雑だからだ。  南アルプス静岡工区を施工するゼネコン『大成建設「トンネル」研究プロジェクトチーム』による「トンネル工法の”なぜ”を科学する」(アーク出版)では、褶曲(地層に横からの力が加わった場合、地層が波型に変形すること)によるグチャグチャに乱れた地層を指す「褶曲じょう乱帯」、褶曲作用や地殻に割れ目ができる断層作用によって岩盤が破壊され、それが帯状になった部分が「断層破砕帯」は水を通さない遮水層となることがあり、そこを突き抜けると「帯水層」に当たり、突然大出水する。「特殊地山」と呼ばれる山岳で、まさに南アルプスは「特殊地山」である。  映画「黒部の太陽」(日活配給)は黒部第四ダム建設のために、同じ大地溝帯にある北アルプスを貫通する関電トンネルに挑んだ実話をもとにしている。しかし、断層破砕帯、褶曲じょう乱帯の「特殊地山」の大破砕帯に挑み、大出水で多くの犠牲者を出した。リニア南アルプストンネルには関電トンネルとまさに同じ「特殊地山」が待ち構えている。掘ってみなければ、分からない難工事だ。そんなところで、どのような方法を取れば、湧水一滴も静岡県外に流出させずに済むのか。  静岡県では、掘削を静岡県側からも行い、山梨県境近くでいったんストップして、山梨県側からの掘削との距離を大幅に近づけた上で一挙に双方から貫通すれば、静岡県の湧水が山梨側へ流出するのを防ぐことができるのではないか、と考えているようだ。  静岡、山梨県境には「畑薙断層」が通っている。そのために山梨県側から掘削しなければ工事の安全を確保できないのがJR東海の立場だ。静岡側から掘削したら、断層破砕帯の大出水に見舞われたとき大量の水の貯留ができないからと回答した。川勝知事は23日の記者会見で「畑薙断層」がいかに厄介かを説明、「JR東海は大きな課題に直面している」と述べた。  JR東海は「人命の安全確保」と「湧水一滴の流出」を秤にかけた上で、工事中の湧水全量戻しはできない、と正直に話してきた。時速500キロのリニア実用化を成し遂げた技術力を持つのだから、工事中の湧水全量戻しも不可能ではないかもしれない。ただ、費用さえ掛ければできる簡単な話ではない。 リニア見学センターに沿線の着ぐるみ勢ぞろい  JR東海が工事中の湧水流出分を毎秒0・32㎥と想定したのは科学的な水収支解析の結果に過ぎず、実際には、掘削してみなければ分からない。施工は「大成建設」だが、掘削するのは”トンネル屋”と呼ばれる専門下請け業者である。いくらトンネル技術が進んでいるとしても、いまの段階で水環境のためとは言え、静岡県の要請にすべてをこたえていけば、トンネル工事に携わる技術者たちを危険な目に遭わせることになりかねない。この点を「大成建設」に質問書を送ったが、JR東海との守秘義務契約で一切回答できないと返ってきた。   毎秒0・32㎥程度、一定期間の湧水流出想定ならば、大井川の水がめとされる多目的ダム・長島ダム貯水量7800万㎥で調節できる手段を考えてもいいのではないか。また中部電力、東京電力、特種東海製紙など発電のための水利権を持つ企業は毎秒676㎥も使用できる。現在の議論からすれば、不思議な話である。  ところで、23日、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア建設促進期成同盟会加盟の神奈川、山梨、長野、岐阜などの着ぐるみが勢ぞろい、それぞれを宣伝するブースが登場した。はるばる奈良県のセントクンまでやってきた。残念ながら、「期成同盟会」入会を求める静岡県のふじっぴーは今回、仲間に入れてもらえなかった。  「期成同盟会」はリニアを中心に「地域振興」で手をつないでいる。川勝知事はそのことを承知して、「期成同盟会」入会を求め、リニア沿線駅同様の「地域振興」策をJR東海に求めたのだろう。その求めに応じたところで、長島ダムなど別の議論が始まるのかもしれない。  「血の一滴も流してはならなぬ」。詭弁的弁論でシャイロックは財産の半分を没収されてしまう。「ヴェニスの商人」は喜劇に分類されるが、シャイロックの立場からは悲劇である。静岡県、JR東海はそれぞれの立場で科学的な議論を続けるだろうが、国交省鉄道局はポーシャのような裁判官役を果たせないことが明らかになった。 ※タイトル写真は8月20日の専門部会メンバー森下祐一部会長とJR東海との意見交換会