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現場へ行く

「大御所石垣公開プロジェクト」を目指せ!

駿府城再建運動盛り上がる  1991年駿府城再建を求める市民運動がスタートした。94年には小島善吉元県議が静岡市長選挙で「駿府城天守閣の早期建設」を公約にして、当選した。家康の死後に描かれた駿府城絵図を基に駿府城天守閣再建を求める運動は大いに盛り上がったが、肝心の設計図が発見されないことなどから、2010年「駿府城天守閣建設可能性検討委員会」(会長・志田直正静岡英和学院大副学長、副会長・小和田哲男静岡大名誉教授、委員・徳川恒孝徳川宗家18代ほか)は「現時点では再建すべきではない」との答申を市に提出した。  さて、今回の駿府城跡天守台発掘で「日本一の規模である天守台」が発見された。家康時代を語る証拠の石垣によって、駿府城再建運動の風向きは変わるのだろうか。(詳しい記事は「現場へ行く 駿府城天守台は”日本一” なぜ、国の史跡ではないのか?」) 大阪の「豊臣石垣公開プロジェクト」  大阪市の進める「豊臣石垣公開プロジェクト」をご存じだろうか?左の写真はプロジェクト推進パンフレットである。  豊臣秀吉が築いた大坂城は大坂夏の陣(1615年)で落城後、徳川幕府によって“豊臣大坂城”を覆い隠すように“徳川大坂城”が築かれた。  1959年秀吉の築いた大坂城が現在の大阪城(1931年再建)の地下に眠っていることが明らかになった。地下約9㍍に秀吉時代の野面積みの石垣が発見されたのだ。太閤贔屓の関西人は大喜び。しかし、“世紀の大発見”と呼ばれた石垣は調査が終わると、保存のために埋め戻されてしまった。 “世紀の大発見”を見たい!  太閤さんによる“ほんまもんの大坂城”を見学できる施設をという熱い願いを関西人は持ち続けていた。その願いに押され、「豊臣石垣公開プロジェクト」が2013年大きな期待を集めてスタートした。埋め戻された石垣をもう一度、発掘調査して、“世紀の大発見”にふさわしい展示施設建設を決めた。地上階をガイダンスルーム、地下に石垣展示ホールをつくる計画だ。  2015年「大阪夏の陣4百年天下一祭」開催に合わせて大阪城をおとずれたときには、予備的な発掘調査が行われていた。「太閤なにわの夢募金」が「ふるさと寄付金制度」の適用を受け、5億円を目標に始まっていた。2018年7月時点で約2億3千万円の募金が集まり、いよいよ、地下約9㍍への本格的な発掘調査も本年度末までに始まり、2021年3月をめどに施設完成を目指していく。 駿府城をよみがえらせたい  大坂城の”20世紀の大発見”と同様に、“21世紀の大発見”駿府城の「日本一の天守台石垣」は、現在のところ風雨などの影響を受けないよう埋め戻される可能性が高い。ことしは野面積みの中村一氏の天守台、金箔屋根瓦など多数の新発見があり、来年度の発掘調査でも、さらなる貴重な資料が見つかる可能性も高い。  それを見越して、大御所ゆかりの静岡市は太閤さんに負けないよう、「大御所石垣公開プロジェクト」をスタートすべきではないか。こちらは何しろ、「日本一」であるから、大坂城石垣展示ホールなど比べものにならない規模になる。設計図のない駿府城天守閣再建と違い、文化庁は支援するだろうし、天守台石垣は国特別史跡指定も確実だ。  1996年再建運動を進めるメンバーが作成した「駿府城物語」編集後記に、世話人代表が「いくらどんな絵図があっても、それが文書のなかに留まっているかぎり、人々は時間の経過とともに駿府城の存在を忘れてしまう。静岡に住む者として、かつて確かにあったように駿府城をよみがえらせなければならない」と書いていた。  今回の発掘によって、まさに、いま”かつて確かにあった駿府城”がよみがえったのではないか。わたしは現代版天守閣再建を目指すための「天守台」復元よりも、発見された4百年前の天守台石垣こそが貴重だと考える。  観光客は家康時代の“本物”を見るために訪れるはずだ。ぜひ、発掘調査での新発見を基に、「大御所石垣公開プロジェクト」議論がスタートすることを大いに期待したい。

ニュースの真相

リニア騒動の真相3 ”越すに越されぬ大井川”

静岡県は”切り札”を隠している?  「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」。そのためには「リニアのルートを変えることを考えたほうがいい」と“脅し”とも取れる発言をした川勝平太静岡県知事。  そんな強硬な発言とは裏腹に、日経ビジネス特集記事では「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面も見せていた。  知事の発言からは、静岡県はJR東海の「着工強行」をストップさせる“切り札”を持っていないようにも見える。しかし、JR東海は静岡県と協定書を結ぶために、知事の発言に沿うよう「全量を戻す」と発言、驚くほどの低姿勢に徹している。しかし、11月7日の記者会見で川勝知事は「全量回復」表明でようやく対話の段階に入ったと、さらにハードルを上げた。両方の綱引きを冷静に見れば、静岡県が何らかの許可権限を持っていると考えるしかない。 4百m地下トンネルと河川の関係   南アルプスを貫通するリニアトンネルは全25キロのうち、静岡市内10・7キロを通過する。  もう一度、大井川水系用水現況図を開いてみよう。リニア中央新幹線の南アルプストンネルは、大井川の本流(東俣川)と支流(西俣川)の地下約4百メートルを通過する計画である。  東海道新幹線では、大井川を鉄橋でわたるが、リニア新幹線の場合、地下約4百メートルの地中深くのトンネルを通過する。リニアトンネルの通過は深い地下のことであり、はるか上を流れる大井川とは全く無関係のように見える。  本当にそうなのか?  地下深くを通過するトンネルだとしても、河川に建設される工作物である。そんな事例は過去にあったのか。この点を調べていくと、思いもしなかった許可権限が明らかになった。 地下トンネルも河川法の対象  大井川は、中下流域約40キロまでを国土交通省、そこからの上流域約130キロを静岡県が河川法に基づいて管理している。となると、リニア建設予定地の大井川最上流部は静岡県が管理している。  静岡県河川砂防局に出向き、その法律について説明してもらった。  大井川の管理は国と都道府県が行い、河川区域内の土地を占用しようとする者は、河川管理者の許可を受けなければならない。これが基本だ。  河川区域内の土地に、工作物を新築する者は河川管理者の許可を受けなければならない。焦点は「河川区域内の土地」に、約4百メートルの地下も含まれるかどうかだ。  担当者ははっきりと「どんな深い地下でも含まれる」と回答した。 審査基準は「利水上の支障」  国土交通省にも確認した。こんな地下深くのトンネル建設は前例のないケースであり、そんな地下トンネルが河川法の対象になるなど、誰も考えなかっただろう。  橋や発電所だけでなく、地下深くのトンネルも河川管理者の許可を得なければ、建設できないと、法律が定めている。  JR東海は、静岡県との合意がなくても、静岡県内の南アルプス地域でリニアトンネル建設の着工はできる。しかし、いざ、大井川本流、支流部分に近くなり、その部分を貫通するためには、静岡県へ申請を行い、許可を受けなければならない。  静岡県と「水環境問題」で対立するJR東海は、この面倒な問題を抱えていることを十分承知しているのだろう。だから、川勝知事の強硬発言にも低姿勢を貫いている。  静岡県によると、JR東海から申請は出されていないとのことだ。申請書が提出されれば、静岡県はすぐにでも審査に入る。重要なのは許可のための審査基準となってくる。法律には「治水上又は利水上の支障を生じないものでなければならない」と記されている。 トンネル建設は完全にストップ  地下トンネルによって「利水上の支障」が生じるのかどうかは、現在の静岡県とJR東海の議論を見れば、一目瞭然である。  いま一度、JR東海と静岡県の争点をおさらいしてみたい。  リニアトンネルで想定される大井川の減少流量について、JR東海は約2トンと推定して、「1・3トンは導水路をつくって戻し、残りの0・7トンは必要に応じてポンプアップして戻す」という対策を説明、これに対して、知事は「減少流量を毎秒約2トンとした根拠が全く分からない。山梨県側に流れていくだろう湧水全量を戻せ」と主張、真っ向から対立してきた。毎秒2トンの根拠をすべて提出したうえで静岡県の有識者会議で精査するとまで言っている。JR東海は「大井川の中下流の水資源利用に影響はない」と主張してきたが、川勝知事は「静岡県民62万人の生命の問題」と反発、双方の入口が違うので折り合いはつかない可能性は高い。  JR東海は県と協定を結び、合意を図ることを目指しているが、実際には県との合意がなくても、トンネル工事に着手できる。日経ビジネスの記事に腹を立てたJR東海幹部の「着工強行」という発言が報道された。  しかし、JR東海がトンネル工事に入ったとしても、もし、静岡県が河川法に基づくJR東海の申請を「利水上の支障」に当たるとして却下できる。川勝知事が何度も繰り返す「県民の生命の問題」は立派な”大義名分”となり、「利水上の支障」を理由に許可しないだろう、とJR東海も見ているだろう。  いくら着工できても、肝心の許可が出ない以上、一歩も先へ進まない。リニアトンネル建設は”越すに越されぬ大井川”となる。  その時点でリニアトンネル建設は完全にストップしてしまうのだ。 JR東海の申請はこれから  リニアトンネル建設予定地の大井川本流は標高約1400m、支流の西俣川は標高約1450m辺りだ。2つの川は、中部電力の二軒小屋発電所近くで合流するまで、他の河川同様に滝のような急流なのだろう。  静岡県担当者に、それぞれの川幅はどのくらいあるのか聞いた。大井川本流は川幅8m、西俣川は川幅8~15mとの回答を得た。西俣川の源流部は烏帽子岳(標高2726メートル)の頂上付近まで伸びているが、実際にそんな場所へ行ったことのある人は数少ないだろう。そんな場所での問題だ。  万が一、川幅がたった1メートルだったとしても、静岡県が首を横に振れば、リニア新幹線の建設は1メートルのために前に進まない。JR東海が「着工強行」に踏み切れない理由はここにあった。  河川法の審査期間は標準28日間。担当者によれば、審査は、河川への影響対策が「十分」か「不十分」かについて判断する、という。いつJR東海が申請するのか、工程表が明らかにされていないので、その工事内容を含めて全く分からない状態だ。  一般的に、公共性の高い橋やトンネルを建設するのであれば、書類の要件が整っていれば「申請」の時点で、右から左へ「許可」が出される。  ところが、今回は全く事情は違う。「県民の生命の問題」として強硬発言をしてきたのだから、JR東海の対応によっては川勝知事は首を大きく横に振るだろう。 県知事はなぜ、沈黙しているのか  不思議なのは、川勝知事はこの許可権限を一言も記者会見で明らかにしていないことだ。記者たちの質問もないから、知事のほうから積極的にこの許可権限の存在を口にすることはない。沈黙に徹している。  先日、静岡県水利用課に出向いて、この許可権限の話をしたが、担当者は全く承知していないように振る舞った。取材していて、実際に担当者は知らないのかもしれない、と疑った。いくら担当課が違うと言ってもこれはおかしい。  多分、この水環境問題で重要なカギを握るのは、「難波喬司副知事」をトップに“オール静岡”と知事が呼ぶ、関係自治体の要請を受けた県庁組織なのだろう。そこでたたいているのかもしれない。  川勝知事は河川法の許可権限について沈黙を守っている。もしかしたら、この”切り札”ともいえる許可権限を“オール静岡”の戦略会議で、どのように使うのか、まだ固まっていないのではないかと疑ってしまう。  知事は記者会見で「鉄道のトンネル工事が計画通りにいかないことはよくある」とトンネル工事がいかに難しいかを承知している。JR東海の「『原則的に』静岡県内に湧出するトンネル湧水の全量を大井川に流す措置を実施する」という回答書の『原則的』の文言に不満を示したが、『原則的』が鉄道のトンネル工事ではやむを得ないことも腹の底では理解して、そう言っているとしか思えない。  知事はJR東海に一体、何を求めているのだろうか? 川勝知事の次の一手は?  「ニュースの真相 リニア騒動の真相3」で紹介したから、いずれ、この許可権限は表面化するだろう。もし、静岡県がストップを掛ければ、1分1秒の遅滞なく、東京、大阪間をリニアで結びたいJR東海だから、静岡県に政治的なプレッシャーを掛けてくるだろう。   ただ、川勝知事は記者会見で「日経ビジネスの記事がリニアの本質的な問題をついたから経済界に激震が走った。これでリニア推進という環境に変化が起きた」と話し、「2027年開通はJR東海の事情であり、単に企業目標」と、何よりも静岡県の水環境問題の解決を優先する姿勢を示した。たとえ、安倍首相の強い要請があったとしても、知事は柳に風と受け流すだろう。  もし、静岡県が不許可にすれば、JR東海は不服審査を国へ申し出る。国は静岡県の不許可理由を聞いた上で、もし、JR東海の申請に問題がないと判断すれば、意見を付けた上で申請を静岡県に差し戻す。それでも、静岡県が不許可と判断すれば、JR東海は法的措置を取るしかない。法廷闘争に移り、長い時間がさかれるだろう。  そんな悠長なことをやっている余裕がリニア建設にあるとは思えない。しかし、静岡県が黙って許可を出さなければ、実際にはそうなるだろう。リニアトンネル建設に際して、田辺信宏静岡市長は「140億円のトンネル」の“補償”をJR東海から勝ち取り、南アルプス観光の糸口をつけた。  JR東海は南アルプストンネルの直線ルートに決めたとき、静岡県の存在を全く考慮に入れていなかった。JR東海は長い間、静岡県を甘く見てきた。今度も「大人しい」静岡県は黙って許可を出すものと踏んでいたのかもしれない。いまや、「大人しくない」川勝知事がひと筋縄ではいかないことを痛感しているはずだ。  1970年代に始まったリニア計画。東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は期成同盟会をつくり、「交通大革命」リニア開業が中央沿線に大きな恩恵をもたらすと確信、積極的な役割を果たしてきた。  2011年5月、南アルプスを貫通する「直線ルート」の採用によって静岡もリニア地元県となった。しかし、リニア開業は静岡県の「衰退」に拍車が掛かると誰もが知っている。川勝知事の「深慮遠謀」に大いに期待したい。

取材ノート

幻の駿府城 絵図はあくまでも絵図

浮世絵で知る新事実  3年前、浮世絵「東海道名所之内 久能山」(一蘭斎国綱画、大錦判)を購入した。文久3年(1863)14代将軍家茂の東海道上洛の様子を伝える全162景のうちの1枚である。明治維新まで25年を残し、この上洛は150万両(現在の約1500億円以上に相当)の経費を掛けた徳川幕府最後の国家的行事だった。  なぜ、久能山東照宮に家茂ゆかりの甲冑、陣羽織、胴着などが数多く残っているのか。そんな疑問を長い間、抱いていた。この浮世絵を手にして、初めてその理由がわかった。  江戸を出発後、22日間掛けて京都まで到着するのだが、三代将軍家光以来の229年ぶりの上洛であり、当然、久能山東照宮頂上付近にある家康の墓に詣で、自身に関わるさまざまな武具類を奉納したのだろう。久能山東照宮に残る金色に輝くユニークな「馬面」は、午年生まれ、馬顔、その上、乗馬が大好きだった馬公方とも呼ばれる家茂にふさわしいゆかりの品であり、ぜひ、久能山を訪れた際にはご覧になってほしい。 駿府の街並みには天守閣が似合う  浮世絵「久能山」とともに、同じ東海道上洛図の浮世絵、駿河の府中、駿府の街並みを描いた「東海道府中」(一光斎芳盛画、大錦判)を同時に購入した。長い行列の向こうに富士山が大きく描かれ、その左隅に2つの城があったのに興味を引かれた。駿府城の天守閣であろうか。東海道上洛図は、二代豊国(歌川国貞)を総帥として16人の絵師が将軍家茂一行に随行して描いているから、浮世絵らしいデフォルメ(誇張表現)はあったとしても当時の様子をほぼ正確に伝えているのだろう。  しかし、1635年に駿府城天守閣は焼失して以来、再建されていないから、その浮世絵に描かれた城郭は天守閣ではないのか。あるいは、絵師の創造力がいまはなき、天守閣を再現したのか。絵図は写真ではないのだから、本当に難しい。 駿府城外観に有力証拠?  さまざまな駿府城が描かれてきた。2011年10月30日付静岡新聞に「駿府城外観に有力証拠」という大きな記事が掲載された。日光東照宮所蔵、紀州東照宮所蔵の東照宮縁起絵巻に2人の絵師が描いた駿府城の構造、装飾が酷似しているというものだった。1640年ころの御用絵師による2つの絵図は、やはり、天守閣焼失以後の作品であり、どこまで史実に即しているのか難しい。  1707年ころに土佐光起によって描かれたとされる「駿府城下鳥瞰図」(駿府博物館蔵)に天守閣は存在しない。これは間違いなく正しい。 日本一の天守台を生かすには  極めつけは市民ら有志による駿府城天守閣再建を求める看板に描かれた駿府城は堂々たる構えで非常に美しい。水彩画の原画も見たことがあるが、画家の創造力と想像力のたまものである。  静岡市の田辺信宏市長は4年前、「正確な史料なしに天守閣は再建すべきではないという公式見解があったが、リセットする」と明言して、発掘調査を指示した。そして、「日本一規模の天守台」をはじめ、さまざまな新発見があり、どのように保存、利用するかの議論がスタートする。発掘によって得られた事実を基に、どのように対応するかを話し合うべきであり、絵図は絵図でしかない、絵師のたくましい想像力によって出来上がったものかもしれないのだ。そのことを肝に銘じて、議論にのぞんでほしい。

現場へ行く

日本平夢テラス 「稼ぐ」ことを意識せよ!

富士山の眺望が売り物  静岡県と静岡市が整備した日本平山頂シンボル施設「日本平夢テラス」(静岡市清水区草薙)に出掛けた。法隆寺夢殿を模した八角形3階建て展望施設は1階展示エリア、2階喫茶ラウンジ、3階展望フロア、大型モニターによる富士山映像、約2百㍍の展望回廊デッキがあり、入場は無料だ。    整備費用は約17億円で年間約30万人の入場客を見込んでいる。芝生庭園の東側に建立されている梅原猛氏「国土は富士なり」、中曽根康弘氏「富士山」の2つの石碑が展望施設のコンセプトを語っている。「富士山の眺望を世界にアピールしたい」。川勝平太知事の思いが詰まった施設である。日本平夢テラスからの富士山眺望は絶景であるが、年間を通して富士山を眺望できるのは150日程度である。せっかく富士山の眺望を期待して、日本平夢テラスを訪れてもがっかりする場合も多いだろう。 「まずすべきことが山ほどある」  小西美術工芸社のデービッド・アトキンソン社長はビジネス書のベストセラー「新・観光立国論」(東洋経済新報社)の中で「静岡県は2015年になってから、日本平に記念碑を建てるなどして眺望のよさを世界中にアピールしていますが、それよりもまずすべきことが山ほどあるのではないでしょうか」と厳しい意見を述べていた。  せっかくの観光資源を持ちながら「多様性」という発想がないばかりに、その魅力を引き出すことができず、外国人観光客も多く訪れていない。そんな観光資源の代表が「富士山」だ、とアトキンソン社長は指摘する。「多様性」という視点で、観光コンテンツを一つひとつ考え、戦略的に「観光立国」にしていくための整備をすべきだというのだ。  外国人観光客の関心が高い「日本文化の体験」や「神社仏閣という歴史的資産」をしっかりと整備、日本人が守ってきた「文化財」を整備することが重要だというのが、アトキンソン社長の持論だった。 説明にある「本物」を見たいが?  翻って、日本平夢テラスを見てみよう。1階は「日本平」の歴史などを紹介するコーナーだ。日本平の地形の成り立ちをプロジェクションマッピング(立体物をスクリーンとして映像で見せる技法)で紹介、日本語のナレーションの他に英語、韓国語、中国語の表示があったので押してみると、音声が替わるのではなく、映画のサブタイトルのようにそれぞれの言語の翻訳が表示されるだけだった。外国人観光客には期待外れだろう。  厳島神社の平家納経とともに平安後期を代表する装飾経・国宝久能寺経(清水区の鉄舟寺蔵)のていねいな紹介があり、その美しい画像と素晴らしい説明を読めば、多くの観光客はぜひ、本物を見たいと考えるだろう。ところが、久能寺経は現在、東京国立博物館に預託され、鉄舟寺に展示されていない。 既存施設への影響は?  2015年12月、日本平までのアクセス等の社会資本整備が遅れているため、日本平展望施設の完成によってこれまで久能山東照宮、日本平ホテル等へ訪れていた観光客が、新施設等を巡回することで時間的制約から既存観光施設への訪問客の大幅な減少が予想され、危機的な状況に陥る可能性を指摘、既存施設への影響等ないことを要望した。静岡県担当課は、既存観光施設への影響はほとんどないと断言していた。当然、当時の担当者はすべて入れ替わっている。  このため中途半端な施設になってしまったのか?施設そのものは民間の指定管理者に委託する。つまり、税金で運営されていく。アトキンソン社長は日本の観光地(文化財)はもっと「稼ぐ」ことを意識せよ、と言っていた。富士山の眺望にお金を支払うことはないのだろうが、日本平は「名勝」というれっきとした指定文化財である。「多様性」を持たせて整備していき、ぜひ、多くの外国人観光客に訪れてもらうとともに、「稼ぐ」ことのできる観光地にすべきだ。  2015年6月に開かれた「日本平山頂シンボル施設基本構想策定委員会」で、委員の一人が「日本のシンボル富士山にふさわしい日本一の施設にすべきだ」と発言していた。その議論を聞きながら、芭蕉の俳句「霧しぐれ富士を見ぬ日ぞ面白き」が頭に浮かんだ。富士山の眺望がなかったとしても、日本平夢テラスは「面白き」時間を過ごせる「日本一」の展望台になったのだろうか?

取材ノート

エリザベス・ホームズの正体を暴いたのは?

資産45憶ドル、最年少で成功した女性起業家   ことし4月から7月まで3か月間、アメリカに滞在した。6月半ばシリコンバレーに行った際、たまたま手にしたWSJ(ウォール・ストリート・ジャーナル)でエリザベス・ホームズと彼女が創業した、わずか一滴の血液で200種類以上の病気の診断が受けられるベンチャー企業「セラノス」を初めて知り、びっくりさせられた。ネットで調べるとさまざまな情報を得ることができた。  弱冠31歳で資産45憶ドル、スタンフォード大学化学工学部に進学したが、19歳で中退。2003年にセラノスを設立、彼女の発明した「痛くない血液キット」はアメリカの大手薬局チェーンと業務提携したことで急速に普及、10年間で医療費が約2千億ドル節約できると予想され、世界中から注目されていた。2014年度フォーブス誌の米国億万長者番付に「最年少で成功した女性起業家」に選ばれた。ホワイトハウス、米商務省などが協力して国際的起業を支援する機構メンバーにも選ばれていた。  しかし、日本ではほとんど知られていない。 FBIが詐欺容疑で起訴  その理由は、わたしが手にしたWSJはエリザベスを詐欺容疑で起訴する記事だったからだ。WSJのジョン・カレイロウ記者は2015年初めにセラノスを調べはじめ、さまざまな妨害を受けながらも、10月にエリザベスの”嘘”を告発、その後も報道し続け、とうとうことし3月証券取引委員会が50万ドルの罰金と経営権のはく奪、さらに6月にFBIが詐欺容疑で起訴した。9月にはセラノスが近く解散するという記事まで報道されている。血液検査での被害者はいないようだが、10億ドルもの損失を被った投資家が続出している。  先週、静岡市文化・クリエイティブ産業振興センターを訪れた。そのパンフレットで「文化・クリエイティブ産業」について、英国文化・メディア・スポーツ省が定義した創造産業13分野を指しているのだ、と説明してあった。ただ、それを調べていくと、同センターのパンフレットは20年も前の英国政府の定義が使われていた。当然、20年間もあれば、この分野の発展は著しく、英国だけでなく、日本の経産省でも「クリエイティブ産業を定義していない」として、知的財産権、著作権を有する産業を指し、多くのものがクリエイティブ産業になりうる可能性が高い、としている。 編集・批評・報道の役割  エリザベスはフォトジェニックな容貌を生かし、セラノスを投資家やマスコミに売り込んでいった。必要性もあったのだろうが、秘密主義をモットーに、アップルのスティーブ・ジョブスをまねてすべて黒の衣装に身を包み、カリスマ性を演出した。オバマ、クリントン政権の高官らはエリザベスのために名前を貸した。元国務長官らがセラノスの役員に名を連ねたが、セラノスの実態を知る者はいなかった。エリザベスの起業したセラノスは「研究・開発」分野で創造産業だが、彼女の場合、セラノスと彼女自身をどのように売りこんだのかというテクニックは、「広告」分野における抜群の創造産業にあてはめたほうがいいのかもしれない。ただし、その中身は虚飾にまみれていた。  WSJの経営者ルパート・マードックらもセラノスに個人的に投資していたから、ジョン記者への圧力は並大抵のものではなかっただろう。しかし、ジョン記者の鋭い批評精神に基づく徹底的な調査報道でエリザベスの正体が暴かれた。  ウイキペディアによれば、いまや、英国政府の定義した創造産業のひとつに「編集・批評・報道」が入っている。シリコンバレーで有名なことば「Fake it til you make it(できるまではでっちあげておけ)」の通り、エリザベスもだまそうとしたのではなく、実現するまでの時間稼ぎをしていたのかもしれない。シリコンバレーにはスタートアップ文化(はったり文化)がまん延している。偽物が多いが、それを見極めるのは大変だ。文化・クリエイティブ産業が振興していくためには、その正当な評価とともに、偽物を排除してふるいに掛ける「編集・批評・報道」が重要であることは間違いない。できることならば、このニュースサイトもそのひとつとしての役割を果たしていきたい。 ※エリザベス・ホームズの写真は「CNNenglish express2015年8月号」(朝日出版社)の記事で紹介されたものを使わせてもらいました。当時はタイム誌の「2015年最も影響力のある100人」選出など女性ヒーローだった。詐欺容疑での起訴にもへこたれず、最近でも彼女は新たな会社を立ち上げようとしているという報道もあるくらいで、相変わらず「最も影響力のある100人」なのかもしれない。  WSJのジョン・カレイロウ記者はことし5月「Bad Blood」(未翻訳)を出版、既に映画化の話も出ている。

静岡の未来

「MIRAI」の未来は? 厳しい5年後の運命

カリフォルニアのZEV規制  トヨタ自動車が静岡県に無償提供したFCV(水素自動車)「MIRAI」(約723万円)の無料貸出が10月からスタートした。さまざまなイベントで「未来の車」に試乗する子どもたちに、「MIRAI」は夢を与えるのだろうか?  ことし米国カリフォルニア州で非常に厳しいZEV(排出ガスゼロ車)規制がスタートした。5月から7月まで1カ月半、サンフランシスコやシリコンバレーに滞在、ナパバレーやサンフランシスコ市内の大渋滞を体験した。ZEVは大渋滞を避けることができる「規制適用の優先レーン」を利用できるだけに、時折優先レーンをすっ飛ばす高級車を見掛けた。ただ、街中でよく見掛けたのは、トヨタのハイブリッド車プリウスだった。  2018年規制では、自動車各社は販売する新車の16%をZEVにしなければならない。違反すると、1台当たり5千ドル(1ドル112円で56万円)という多額の罰金が課せられる。深刻なのは、ハイブリッド車は除外され、ZEVに含まれないことだ。カリフォルニア市場でもシェア1位のトヨタは義務付けられたZEVの台数が他社よりも格段に多いだけに「MIRAI」を一台でも多く売ることに必死なようだ。  ZEVはFCV(水素自動車)、EV(電気自動車)、PHV(プラグインハイブリッド車)/PHEV(プラグインハイブリッド電気自動車)の3種類のみ。  シリコンバレーで次世代カーの研究を行う三浦さんにZEVの事情を聞いた。三浦さんによると、ZEV規制は相当な効果があり、テスラ、リーフなどの数は日本の比ではないほど多く、充電スタンドもいつもいっぱいとのこと。ところが、水素自動車は非常に少ないという。アメリカ全土だけでなく、ヨーロッパ、中国でも同じで水素自動車は全く普及していないそうだ。 水素ステーション整備に5億円  その理由は、インフラ整備に問題が多いからだ。水素ステーション(圧縮水素供給スタンド)設立に4~5億円からの投資が必要で、年間約4千万円の運営費も掛かるから、簡単には手が出せない。現在、経営順調なガソリンスタンドでも年間売上は約2千万円というから、水素自動車がいくら普及したとしても水素ステーション経営は非常に難しい。  ドイツは2030年にガソリン車をゼロにする方針。世界中で環境規制はますます厳しくなるから、ガソリンエンジンの時代はいずれ終わりを迎えるだろう。中国だけでなくアメリカ、ヨーロッパでも次世代の車として“水素”には目をくれない。日本だけは事情が違うようだ。”水素”は国策であり、2020年東京オリンピックでも多くの水素自動車が走るようだ。  静岡県は、ことし5月から水素ステーション事業に最大1億円の補助金交付受付を行った。残念ながら、手を上げた事業者はひとりもいなかった。世界の趨勢から見て、水素自動車の未来は決して明るくない。  日本とカリフォルニア州はほぼ同じ面積を持ち、カリフォルニアの流行は5年遅れで日本の最新トレンドになっていく。とすると、5年後には電気自動車が大勢をしめ、水素自動車はお目に掛かれなくなっている可能性も高い。  ぜひ、いまのうちに「MIRAI」を体験しておくことをお奨めする。

現場へ行く

駿府城天守台は”日本一” なぜ、国の史跡ではないの?

「秀吉の天守台」発見の意味は?  静岡市の駿府城公園で調査が進む家康大御所時代の駿府城天守台発掘現場へ行った。そこで配布された資料に『秀吉の天守台』と書かれていた。秀吉が駿府城を築城した事実はない。この意味は、中井均・滋賀県立大学教授コメントの「天正18年(1590)に豊臣秀吉によって駿府に入れおかれた中村一氏(かずうじ)が秀吉の支援を受けて築いたものであることは間違いない」によっているらしい。どう考えても、『秀吉の天守台』という表現は正確ではない。  1590年秀吉は小田原の北条を攻めて滅亡させ、家康は関東8カ国、近江・伊勢などの支配に配置替えにされる。8月家康は江戸城に入る。それに伴い、秀吉の重臣中村一氏が駿府17万5千石の大名となる。その後、1600年一氏の子、中村忠一(ただかず)は駿府より伯耆米子17万5千石に移る。1601年駿府城に内藤信成が入り、4万石大名となった。  秀吉に比べて、中村一氏の知名度が低いとはいえ、17万5千石の立派な大名であり、静岡市が作成した資料の『(秀吉の)子飼いの部下』や『秀吉の天守台』という表現は、中村一氏に少し失礼ではないか。  今回発掘の新発見は、中村一氏時代の駿府城天守台跡、そこに使われた「大量の金箔瓦」(約330点)だそうだが、金箔瓦の展示はなかった。ことし2月に報道された「日本一の大きさ」の天守台が気になっていて、今回はまず、家康時代の天守台跡を確認して紹介したい。 国指定の史跡として活用を  駿府城天守台発掘調査寄付金募集のパンフレットに「江戸城よりデカいかも?」というキャッチコピーが踊っていた。駿府城天守台は約68㍍×約61㍍あることが発掘調査でわかり、約45㍍×約41㍍の江戸城天守台より「デカい」ことがわかり、静岡市では「日本一」とPRしている。  駿府城再建を求める市民運動の声に押され、3年前、田辺信宏市長は天守台発掘調査事業をスタートさせた。発掘現場見学会で、テレビインタビューに男子小学生が「こんなすごいものがすぐ近くにあってびっくりした」と自慢げに答えていた。さまざまな新発見が続き、市民の関心は高くなり、駿府城史跡の歴史的意義は大きくなっている。  「日本一」について、「昭和6年(1931)大阪市民らによって建設された大阪城の下に埋まっている秀吉、秀頼時代の大坂城はもっと大きかった可能性もあるのでは?」と市担当者に質問した。担当者は「日本一」の定義を、「現在わかっている範囲で”日本一”」と訂正してくれた。  すばらしい発掘の成果にけちをつけるようで申し訳ないが、歴史事実は非常に難しい。ノーベル賞を受賞した本庶佑氏も「教科書にあることを頭から信じない」と述べた。教科書だからと言って鵜呑みにすることの危険性を述べたのだろう。ものごととは多角的な方向から検証すると、一つの事実だけでなく、さまざまな方向から違う“事実”が見えてくる。ときには、正反対の事実もある。  静岡市民にはいろいろな意見を持つ人がいる。駿府城天守台跡発掘によって、駿府城公園をどのように活用していくのか課題になるが、市民の誇れる場所として全国へ発信してほしい。現在の都市公園ではなく、”国宝”と同じ意味を持つ国史跡文化財とすべきではないか。一長一短があり、まさに議論がわかれるところだが、”日本一”の天守台を見るために全国から多くの観光客らが詰め掛ける場所にしてほしい。  

お金の学校

生命保険1 「積立利率3%」のなぞ?

「生保の世界」は難しい   「90日間でお金に強くなる」。そんなキャッチフレーズで、自らの判断で金融商品とつきあうための基礎知識、セールストークに惑わされないポイントをアドバイスする会社(「bookee」)が創業された。専任コンサルタントが、各人の個人能力に合わせたカリキュラムをつくり、複雑怪奇となった金融の世界を“情報弱者”の素人でも理解できるよう指導するのがコンセプトらしい。このパーソナルトレーニングは3カ月で費用29万8千円(税別)。それだけ支払えば、さまざまな誘いに騙されることはないかもしれない。ただ、お金に十分な余裕がないと手は出せないかもしれない。  この会社の創業者は「貯蓄と掛け捨てが複雑に入り組んだ生命保険商品が理解できなかった」ことを嘆き、数十冊の本を読んで勉強し、それが会社をつくるきっかけとなった、という。  本当に「生保の世界」は難しい。そんな事例を1つ紹介しよう。 静岡市の外資系保険会社を訪問  「積立利率は最低保証3%」。生保のパンフレットに記された「積立利率3%」は非常に難しい表現だ。舞台は、静岡市の外資系保険会社支社である。  「将来に備えて貯蓄をしていきましょう。そういうお考えでこの保険に入ってもらいました」。シニアコンサルタント高村啓子さん(仮名、年齢40歳)。友人のA子(43歳)が昨年入った「積立利率変動型終身保険(米国通貨建)」を説明してもらっている。  「この保険は、おカネに保険を掛けていることにもなります。米国通貨建、ドル資産を持っていることがどんなに安全かを考えてください。この保険に加入していれば、どんなに円安ドル高になっても大丈夫です」とつけ加えた。啓子さんのセールストークは立て板に水だが、A子にはちんぷんかんぷんで全く理解できない。  啓子さんの名刺には、「シニアコンサルタント」だけでなく、「トータル・ライフ・コンサルタント(生命保険協会FP)、AD認定プロデューサー」とも書いてある。カタカナばかりで立派な専門家に見える。  A子は啓子さんの主催する食事会に参加、そこで啓子さんに勧められて保険に加入した。加入したのはいいが、彼女は内容が全くわからないので、わたしに助けを求めてきた。 19年目で利息がつく保険  啓子さんは“貯蓄”と言っているが、将来、どんなふうに貯まっていくのか、A子のためにつくられた運用実績例表を見た。  掛け金を年間約2800ドルずつ60歳まで18年間支払っていく。18年間で支払う保険料は合計約5万ドル(1ドル100円として計算で5百万円。以下、同じ計算)。その時点で解約した場合、返戻金はマイナスだが、19年目には5万8百ドル(508万円)、19年目になって、8百ドル(8万円)の利子がついてくる計算だ。  70歳で「6万1千ドル=610万円」、80歳で「7万5千ドル=750万円」、90歳で「8万7千ドル=870万円」になっていくから、年をとればとるほど貯まってくる。啓子さんの言う“貯蓄”とは、このことらしい。払い込んでいる期間中は貯まることはなくマイナスだが、70歳で110万円、80歳で250万円、90歳で370万円貯まるわけだ。  啓子さんのいう「将来」は、少なくとも30年先、40年、50年もあとのことだ。 為替手数料は別途支払う  「脳梗塞で倒れて全身麻痺になった場合、両手がなくなった場合、両足がなくなった場合、両目が見えなくなった場合など考えたことがありますか?死んでしまえば、そのすべてに当たりはまりますが、この保険では、どれか1つでも障害があればいいのです。このような状態を高度障害と言います。死ななくても、このうち、どれか1つでもあれば、保険金すべてがもらえる保険機能が付いています」  何かひどい状態になったら、保険金10万ドル(1千万円)がもらえる。最後に「人生にはいろいろなリスクがあるから安心ですね」と、啓子さんはきっぱりと言った。  A子はこの辺りのことを聞いて、加入を決めたらしい。さて、わたしが質問してみる。  「為替手数料はいくらですか?」「初回のTTSは50銭、2回目からは1円です」  「18年間で5万ドル支払うから、手数料約5万円。戻ってくる場合、同様に5万円を支払うから、約10万円が為替手数料ですね」 為替リスクは非常に高い  「為替リスクのことを話しましたか」 「当然、お話しました」  「たとえば、1ドル=120円でドルを買っていけば、5万ドルの保険料では6百万円支払うことになる。もし、19年目に解約した時、レートが1ドル=80円だったら、戻ってくるのは4百万円にしかならないから、差し引き2百万円も損してしまう」 「そんな極端なことはありません。ドル・コスト平均法ですから、平均値となるはずですが―」  「それはだれもわかりません」。為替リスクが高いことを頭に入れておく必要がある。ところが、A子は為替手数料や為替リスクについて、全く理解できていなかった。 保険の受取人は父親だった?  「そもそも、この保険がいちばんおかしいのは、保険金の受取人が彼女の父親になっていることでは?」  「他に適当な人がいなかったからです。結婚されて、子供が生まれれば、そちらに変えればいいのです」と啓子さんはきっぱりと言った。ただ、43歳のA子に、そんな予定はなく、いまのところ、これからも独身を貫くのだろう。  「じゃあ、保険もその時入ればいいのでは?」「早く入っていたほうが、保険料が安くなります」  「彼女の亡くなった時、父親が彼女の死亡保険金を必要と思いますか?ふつうに考えれば、70歳を過ぎた父親のほうが早く亡くなってしまう」  「他に受取人がいなかったから、仕方ありません」。啓子さんもこの点はおかしいと考えていたようだ。だから、啓子さんはA子に“貯蓄”として勧めていた。 ”貯蓄”がマイナスの場合も  彼女の保険は、払い込み期間中は貯まることなく、19年後の61歳になって、ようやく8百ドル貯まる。しかし、そこから為替手数料を引けば、まだマイナスだ。  もし、ドルを円に交換するとき、円高になっていたら、支払った保険料より受取額が少なくなってしまうこともある。何十年間ずっと“貯蓄”しても、マイナスになる可能性も高い。 保険の世界の「積立利率3%」  積立利率3%について啓子さんに聞いた。  「毎年積立ててくれれば、3%の利息がつくということです」  「毎年3%ずつ利息がついていくということですか」  「保険はそんな簡単じゃあありません。いろいろな費用が掛かりますから」  「それじゃあ、3%とうたうことがおかしくありませんか?」  「アメリカの国債を運用して、3%の積立利率がつくような保険です。現在では3・5%で運用されていますから、非常にお得なのです」  「でも、19年たって、8百ドル(8万円)しかついていないのはなぜですか」  「それは保険を運用するために、いろいろな費用が掛かるからです」  「3%の利率と大きく書いてある意味がわからないのですが」  「将来は最低3%の積立利率がつくのです」  やはり、頭を抱えてしまう。計算してみると、60歳までは利息はつかないが、70歳で610万円になる。原資500万円の2%強の利息か?さらに80歳で250万円、90歳で370万円が積立利率3%の根拠かもしれない。しかし、これも為替変動を考慮に入れていない。そして、30年も先の未来はだれにもわからない。  A子は、1年間支払ったが、この保険を解約してしまった。返戻金は非常に少なかったから、A子は20万円超の損失を出した。「死んだときがいちばんのお金持ちだと言われたくない」とその理由を言った。  「長期的に見れば、わたしたちはすべて死んでいる」(ケインズ「貨幣改革論」)。ケインズのことばをA子は知るずもない。しかし、その通りであり、A子が保険をやめた理由は正しい。「積立利率3%」という数字に惑わされないよう、くれぐれもご注意を!  

ニュースの真相

リニア騒動の真相2 「140億円トンネル」ー南アルプス観光の象徴

よくやった!田辺市長  日経ビジネス8月20日号大特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」は川勝平太静岡県知事の発言をクローズアップ(「リニアの真相1」で紹介)、その対比で静岡市を“悪者”扱いしている。  「JR東海は、リニアの完成が遅れれば、収入のないまま巨額の投資を続けることになる。その焦りから、カネで解決しようとする。大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた。だが、その見返りに、地元住民が要望していた3・7キロのトンネルをJR東海が全額負担して建設する。その額は、140億円にも上る。しかし、県知事や市民団体から猛烈な批判を浴びると、市長は大井川の問題についての発言だけ撤回。結局、JR東海は巨額のカネを突っ込みながらも、着工のめどが立たない」。  記事中にある「そこで」とか「だが、」、「しかし、」という接続詞に注意してほしい。正しくない接続詞の使い方によって、記事が悪意に満ち、内容も正確性に欠ける。  静岡市が「140億円」の札束で、JR東海に屈したような印象を持たせる記事に仕立て上げた。そんなことは決してない。「140億円」のトンネル工事は、政治家、田辺信宏静岡市長のお手柄であり、面目躍如と言っておかしくない。  「よくやった!田辺市長」の声が、各方面から聞こえてくる。 ポイントは静岡市の道路使用「許可権限」  JR東海は静岡県と大井川の水量環境問題で合意形成を目指している。その話し合いが物別れに終わったとしても、水環境問題を理由にJR東海は「着工のめどが立たない」わけではなく、リニアトンネル建設の着工を強行できる。合意形成は単に道義的な責任問題であり、法律要件ではないからだ。川勝知事は怒り心頭だろうが、着工をストップさせる権限は静岡県及び大井川沿線の自治体にはない。  「大井川の水量問題で静岡県だけが工事に入れない。そこでJR東海は静岡市と工事連携の合意を取り付けた」わけではない。  静岡市は、リニアトンネル建設の工事車両を南アルプスエコパーク内(東俣林道)で通行させる許可権限を持っている。そのための合意である。水の問題とは全く違うのだ。記事は、あたかも田辺市長が「抜け駆け」して大井川の水環境問題で合意したかのような印象を与えている。  そもそも、静岡市は大井川広域水道の受水自治体(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原の7市)に入っていない。   JR東海が南アルプス地域でリニアトンネル工事に着工するためには何としても静岡市の道路使用許可が必要だった。日経ビジネスはその事実を全く書いていない。静岡市は、JR東海と水面下の交渉を続け、道路使用許可などの行政手続きを速やかに進める代わりに、山間地域・井川住民の求めていた、約4キロのトンネルを整備させることに成功した。工事を進捗させるための“補償”に見えるが、JR東海は「140億円」のトンネルをリニアトンネル建設車両通過のためとしている。  どちらであっても、静岡市民としては万々歳である。 トンネル建設で20分の時間短縮  知事はじめ大井川流域の首長はJR東海、静岡市の「基本合意」締結を批判したが、静岡市は地域住民の生活を守る役割を果たしただけである。  記者会見の中で、田辺市長が「(大井川の水環境問題で)現実的に対応可能な最大限の提案をしている」とJR東海の対応を高く評価してしまった。お互いに納得した上で基本合意にこぎつけたのだから、相手の取り組みを手放しで評価するのもうなずけるが、そこは大人の対応が必要だったかもしれない。  すぐに川勝知事は「水環境問題の本質を全く理解していない」と発言の撤回を要求、4日後に田辺市長は「問題が決着したかのような誤解を受ける発言だった」と知事の要求を受け入れた。この撤回に対して、川勝知事は「(田辺は)市民、県民の信頼を失い、県職員の信用を失った」と批判、撤回を厳しく要求しておいて、これも大人の対応ではない。  リニアトンネル建設予定地の南アルプス国立公園地域は静岡市域内である。  静岡市は貴重な自然財産・南アルプスを活用したかったが、アクセスに大きな問題を抱えていた。  約4キロのトンネル建設で、20分間の時間短縮を図ることができる。「140億円」のトンネル建設は、新東名静岡インターからのさらなるアクセス整備のきっかけにつながるはずだ。  日経ビジネス記事で、川勝知事は「おとなしい静岡の人たち」と表現した。田辺市長もその静岡人だから、川勝知事の厳しい批判に耐えて黙っていたのだろう。今回のJR東海との交渉では、静岡市長として田辺は政治的な役割を十分果たした。ふだんは頼りないように見えるが、評価すべきところはちゃんと評価したほうがいい。  大井川の水環境問題は、京都府出身で生粋の静岡人ではない、つまり、「おとなしくない」川勝知事が何とかしてくれるだろう。 知事の「井川地区ほったらかし」批判  2017年川勝知事は「静岡型県都構想」を提唱、静岡市を廃止して、「県都」として「特別区」設置を訴え、「特別区を設置して、身近な行政は身近な行政体がやるべき」と静岡市に挑戦状を投げつけた。「県庁所在地の静岡市に2人の船頭は不要」と発言をした。さらに浜松市に比べ、静岡市は自立心に欠け、二重行政で県におんぶに抱っこだとも批判した。田辺市長を「クン」呼ばわりするなど、早稲田大学後輩の田辺市長を何度も貶めた。  2017年5月県知事選の最中、川勝知事は次のように批判した。  「静岡市は人口70万人を切った。葵区は広く、南アルプスの裾野の井川地区はほったらかしだ」  そんな批判に、田辺市長はじっと耐えたのだろう。それが今回の基本合意につながり、井川住民の信頼を勝ち取った。それなのに、関係自治体の首長らは「抜け駆け」と批判、「寝耳に水」の川勝知事も怒り心頭だった。今回、JR東海との交渉を最後の最後まで川勝知事へ知らせなかったことが一番の怒りを買った要因だろう。ただ、もし、知らせていたら、基本合意はできなかったかもしれない。  「おとなしい」静岡人でもそのくらいの意地があったのだ。お互いに刺激しあうことで人口減少に悩む静岡市に南アルプス開発の夢を与えられる。基本合意だから、今後、具体的な協議に入らなければならない。南アルプスエコパーク内の工事に入る前までに、ちゃんと140億円トンネルをまとめてほしい。  JR東海との合意を生かして、“オクシズ”と呼ぶ山間地域へのさらなる支援につながっていくよう大きな期待が膨らむ。  ※日経ビジネス・大特集「リニア新幹線 夢か、悪夢か」(2018年8月20日号)                               パート1「速ければいいのか 陸のコンコルド」、パート2「安倍『お友だち融資』3兆円 第3の森加計問題」、インタビュー「どうにもとまらない 葛西名誉会長インタビュー」、パート3「国鉄は2度死ぬ」 各パートの題名の通り、リニア新幹線に対して多くの疑問、疑惑、反対運動などを紹介している。  著者の一人、金田信一郎氏は2016年6月「巨大組織が崩れるとき 失敗の研究」(日本経済新聞出版社)を発表。日経ビジネス記事には「JR東海は『平成』の終焉の象徴になるかもしれない。平成を跋扈したのは、民間の皮をかぶった政官財複合企業だった。(略)その経営が杜撰かつ無責任な状態に陥っていく。リニアはそんな『平成』が生み出した怪物」と「失敗の予感」さえ伝える。  1979年リニア建設を望んだ沿線9都府県(静岡県は入っていない)が期成同盟会を設立、92年に沿線学者会議も設立され推進に向けて地域一体となって積極的に取り組んできた。日経ビジネス記事の中には「東海道新幹線だって、最初は『世界の3バカ』と言われた」と紹介。静岡県は1964年の「世界の3バカ」東海道新幹線開通でさまざまな恩恵を受け、発展した。  2027年東京―名古屋、2037年頃東京―大阪が開通予定。交通大革命と呼ばれるリニア新時代が始まる。  日経ビジネス記事は「リニア新幹線が必要」と訴えてきた中央沿線の人々に冷や水を投げ掛けたことは確かだ。 ※掲載の新聞記事は静岡新聞2018年6月20日夕刊です。  

ニュースの真相

リニア騒動の真相1 ”塗炭の苦しみ”-嘘か真実か

JR東海の説明を受け入れない静岡県  日経ビジネス2018年8月20日号特集「リニア新幹線 夢か悪夢か」。川勝平太知事の真剣な表情をとらえた写真とともに「静岡県の6人に1人が塗炭の苦しみを味わうことになる」という発言が載った。リニア中央新幹線南アルプストンネル建設は「県民の生死に関わる」影響をもたらし、「ルートを変えることを考えたほうがいい」と提案。いまさら「ルート変更」ができないことを承知しての“脅し”に聞こえた。  なぜ、知事はそんな“脅し”めいた発言をしたのか?  南アルプストンネル建設予定地は、大井川の中下流域から百キロ以上も上流部に位置する。約百キロの間には、二軒小屋発電所から始まって20の発電所、畑薙第一、井川や長島など14のダムがひしめく。その中でも、2002年に完成した多目的用途の長島ダムは、知事が「塗炭の苦しみを味わう」と表現した約60万人へ水道用水を供給する。  「リニアのルートを変えろ」と求める静岡県に対して、長島ダムは“水がめ”の役割を果たせなくなると大騒ぎしていない。どう考えても知事の“脅し”には無理がある。  JR東海との綱引きを行う真相はどこにあるのか? JR東海はすべての資料を明らかにせよ  JR東海はトンネル建設に伴う大井川の減少流量を毎秒約2トンと推定、西側に導水路トンネルをつくり1・3トンを大井川本流に戻し、山梨県側に流れていく残りの0・7トンを「必要に応じて」ポンプアップで戻す対策を提案した。つまり、毎秒2トンの減少流量がなければ、ポンプアップの必要性がないというのがJR東海の説明。  これに対して、静岡県は、JR東海が毎秒2トンの減少流量を試算した根拠を公表していないことに不信感を抱き、大井川の減少流量2トン分だけでなく、山梨県側に流れるだろう地下湧水すべてを常時ポンプアップして戻せ、と訴える。  JR東海は工事着手後及び工事完了後にもモニタリングをした上で、何か不都合があれば改善していくと説明する。一方、静岡県水利用課は「本当かどうか分からない数字に基づいており、その対策が有効かどうかさえ疑わしい。JR東海側がすべての資料を明らかにした上で検討しなければ、いつまでも疑問は解決されない」と一歩も引かない。  JR東海が主張する通り、実際にやってみなければ分からないことも事実だ。 河川の正常な機能「維持流量」守る  そもそも、知事の発言に大きな疑問を抱くのは、百キロ以上も離れた中下流域のことであり、本当に中下流域に甚大な影響を及ぼすものだろうか?  大井川水系用水現況図を広げてみて、すぐに気づくことがある。  リニア新幹線南アルプストンネルからいちばん近いのは、二軒小屋発電所(中部電力)である。  同発電所は毎秒11トンの最大使用量を許可されている。来年3月末に水利権の更新を迎える。水利権で最も重要なのは、「維持流量」である。  維持流量とは、河川における流水の正常な機能を維持するために必要な流量とされ、当然、中下流域の水利用の影響を踏まえて決められる。発電できるのは、維持流量以上の流水がある場合に限られる。JR東海が計画する導水路は、二軒小屋発電所の下流にある椹島とつなぐのだから、大井川の流量減少の影響をもろに受けるのは、二軒小屋発電所となる。毎秒2トン減少したとしても、中電は維持流量を守らなければならない。  大きな影響を受ける中部電力が大騒ぎして、JR東海とこの問題で交渉している話は表面化していない。中部電力に問い合わせたところ、「その件はノーコメント」という回答。多分、名古屋に本社がある民間同士だから水面下での交渉を続けているのだろう。  発電量が減るようなことになれば、何らかの“補償”になるのかもしれないが、二軒小屋発電所は利水に対する義務は果たし、大井川の維持流量を守るだろう。 南アルプスから豊富な水を供給  大井川の本流は間ノ岳(3189メートル)を源流に駿河湾まで約168キロの長さ、流域面積1280キロ平方㍍の大河川だ。その間には日本第2位の高さ、白根北岳(3192メートル)、荒川岳、赤石岳、聖岳など3千メートル級の南アルプス13座の山々が連なり、北アルプスに比べて降水量も多く、リニア建設地から下流域の数多くの支流から本流に流れ込み、長島ダムなどに水を供給している。  山梨県側へ流れるという地下湧水が大井川本流部にどのくらい影響するのか、それはあまりに難しい話だ。また、山梨県側に流れ込む地下湧水は、いずれ富士川水系に入り、静岡県へ供給される。もし、西側へ地下湧水が流れ込んだとしても、いずれ天竜川水系に入り、これも静岡県を潤すのだ。  JR東海は少なくとも大井川の減少流量毎秒約2トンの対策を立て、国に環境影響評価書を提出、認可を受けた。環境影響評価書が科学的正確性を欠くのは、約4百メートル地下に建設されるリニアトンネルは工事以前には不明なことが多いというのが本当のところだろう。 国の長島ダムは“水がめ”の役割  1億トン以上の貯水量を誇る井川ダムを経て、国交省は大井川で初めての洪水調節、流水の正常な機能の維持を図り、水道、工業用水利用などを行う長島ダム(有効貯水量6800万トン)を建設した。もし、水量減少で“水がめ”の役割を果たせなくなる恐れがあるとしたら、長島ダムは真っ先に大騒ぎしなければならない。上水道への目的で利水関係7市に最大毎秒5・8トンを供給しているからだ。  国交省は「河川への影響が出ない対策をJR東海が採るべきだ」と話すが、今回の流量減少毎秒約2トンの対策については一応評価している。  「静岡県とJR東海の合意形成を図ってほしい」と話し、それが地下湧水の減少を常時ポンプアップすべきとまで話していない。これは、ポンプアップすることでの環境への負荷、その費用対効果の問題や地下湧水の減少が果たして大井川にどのような影響を与えるのかまで図りきれないからではないか。 リニア計画では“蚊帳の外”静岡  川勝知事の“塗炭の苦しみ”という表現には驚いた。  水量が大幅に減少、水道水として利用する下流域にある七市(島田、焼津、掛川、藤枝、御前崎、菊川、牧之原)約62万人が「泥にまみれ、炭火に焼かれる」(塗炭)ような、ひどい苦しみを味わうことになるというが、どうも過剰な表現のような気がする。  大井川だけでなく、天竜川、富士川、狩野川、安倍川の5大河川に恵まれ、富士山という自然の“水がめ”もあり、他県に比べれば、水はうらやましいほど豊かだ。  JR東海の対策について、川勝知事は「(地下湧水)全量を常時戻してもらわなければ、県民の生死に関わる」と握りこぶしを振り上げたが、他県の人たちから見れば、何とも説得性に乏しい。  2011年5月、国は「リニア中央新幹線」整備計画を決定、静岡県の南アルプスを貫通する「直線ルート」が採用された。  1970年代に始まったリニア計画。中央線沿線の東京、神奈川、山梨、長野、岐阜、愛知の各都県は、静岡を通過しない茅野、伊奈周辺の「迂回ルート」を強く要望した。ところが、蓋を開けてみると、最も採算性の高い東京-名古屋間を40分で結ぶ「直線ルート」を選択した。  40年以上も過ぎ、最後の最後に静岡もリニア計画の地元になった。長年さまざまに取り組んできた、静岡を除く各県は、リニア新駅設置で驚異的な恩恵を得るとして、各県民とももろ手を挙げての大歓迎ムードに包まれた。静岡県はお祭り騒ぎを黙って見ていたにすぎない。  しかし、いまや他人事ではなく、静岡県もリニア新幹線建設の地元県である。 厳しい要求を通す“権限”は?  川勝知事は南アルプスに登って現地を視察、リニア長大トンネルが静岡県に何ら利益をもたらさず、下流域に深刻な影響を与える可能性を知るや、JR東海と真っ向から戦うことを決めた。政治家として真っ当であり、地域のために、開発者に厳しい要求をするのは政治家の使命だ。  何よりも、リニア工事で道路使用の許可権限を持つ静岡市が「140億円の地域振興トンネル」をJR東海から勝ち取ったことに負けん気の強い川勝に火を付けた。  果たして、「山梨県へ流れ込む地下湧水の全量すべて戻せ」という静岡県の主張が通るのかどうか。政治家川勝平太がJR東海に最大限の譲歩を引き出すための切り札があるのか。  強硬な発言とともに、日経ビジネスの特集記事で「立派な会社だから、まさか着工することはないだろう」と弱気な一面を見せた知事。  つまり、利水者との間に法的な縛りはないから、道義的な問題に目をつむってしまえば、JR東海はリニアトンネル建設を強行できる。静岡県はそれをストップさせる権限を持たないと言うことだ。  本当にそれでいいのか?知事は“脅し”発言に見合う県の“許可権限”を隠しているのではないか?戦いはこれからだ。 ※知事の写真は日経ビジネス2018年8月20日号特集誌面からです。