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リニア騒動の真相19「急がば回れ」の意味は?

「みんな違って みんないい」  10月4日に開催されたリニア南アルプストンネル(静岡工区)の水環境問題で、静岡県とJR東海の会議を傍聴していて、なぜか、金子みすゞの詩「みんな違って、みんないい」の一節を思い出してしまった。  「わたしが両手をひろげても お空はちっとも飛べないが、とべる小鳥はわたしのように 地面をはやく走れない(中略) みんな違って、みんないい」  静岡県、JR東海は「わたしと小鳥」のように、全く別次元の世界で別々のことばで議論を交わしているようだ。ふつうのことばでは理解し合えない。ただし、だからといって「みんな違って、みんないい」と気楽な感想を述べたいわけではない。  今回の会議では、静岡工区のトンネル掘削は山梨、長野両県とも上り勾配で施工するため、先進坑が貫通するまでの間、山梨県側へ最大で約0・15㎥/秒(平均0・08㎥/秒)、長野県側へ最大で約0・007㎥/秒(平均0・004㎥/秒)流出することがトンネル工法上、やむを得ないのかを議論することだった。10カ月で山梨県側2百万㎥、7カ月で長野県側10万㎥の合計210万㎥流出してもいいのかが焦点だった。  静岡県は「トンネル湧水の全量戻し」を前提に、静岡県側からの下り勾配で掘削ができないのか、もし、上り勾配の工法しかないならば、湧水流出をおさえる代替工法の検討をしたのかどうかの説明を求めていた。そのために、トンネル工法の専門家を招請すると難波喬司副知事は明らかにしていた。  ところが、静岡県が出席を要請したトンネル工学の専門家、安井成豊・施工技術総合研究所部長の存在は、会議ではほとんど無視されてしまった。安井氏が発言を続けようとしても、さえぎられてしまう場面さえあった。  静岡県の思惑はどこにあるのだろうか? 「ルート変更」は「急がば回れ」?  9月30日静岡県庁で開かれた川勝平太知事の記者会見で、3人の記者がそれぞれに「知事はJR東海にルート変更を求めるのか」などと確認した。知事は「JR東海が直面しているのは、不測の事態、想定外の事態であり、そんな事態にあるのに現状のままでいいのかを求めた。『急がば回れ』の意味。ルート変更を求めたのではない」と否定した。  今月初旬、吉田町で開かれた会合で、知事が「JR東海はルート変更をしたほうがいい」などと述べたことに反応して、新聞、テレビは「知事がルート変更の必要性に初めて言及」などと報じた。それで、記者たちはあらためて、記者会見の席で知事の意向を確認したかったようだが、3人もの記者が同じ質問をするとは驚いた。  そもそも、昨年8月日経ビジネス「リニア特集」でも川勝知事は「もうルートを変えた方がいい。生態系の問題だから。水が止まったら、もう戻せません。そうなったら、おとなしい静岡の人たちがリニア新幹線の線路に座り込みますよ」という発言をしている。それ以来、知事は「JR東海はルート変更を考えたほうがいい」と何度も繰り返し発言してきた。  知事の発言が変わったり、同じ発言を強調して繰り返すことがしばしばある。行政の長ではあるが、政治家でもある。記者たちを煙に巻くこともあり、真実がどこにあるのか、見えない場合も多い。過去の発言を踏まえて、発言の真実がどこにあるのか、押さえておき、知事自身が説明した「急がば回れ」のメタファー(暗喩)はどんな意味があるのか、明らかにしなければならない。少なくとも、読者、視聴者を間違った方向に誘導してはならない。  なぜ、「リニアには賛成」なのか?  「ルート変更」発言とともに、知事は「リニアには賛成」と何度も同じことを述べてきた。それでは、知事の述べる「リニアには賛成」とはどう意味だろうか?  日経ビジネス「リニア特集」では、「ルートを変える―。リニアを知り抜いた川勝は、それが不可能に近いと分かっていて発言しているに違いない」として、知事発言の裏の意味を解明しようとしている。一体、知事はリニアの何を知り抜いているのか?  JR東海が進めているリニア計画の目的から考えれば、はっきりするだろう。目的は主に2つある。1つは「東海道新幹線の老朽化・経年化と予想される南海トラフ巨大地震に対応すること」である。  リニア開業は品川―名古屋間を2027年、大阪までを最短で2037年と見込んでいる。一方、南海トラフで発生する巨大地震の発生確率が高くなるのは2030年から2060年ころと想定。そのために、JR東海は巨大地震の影響の少ないルートを選び、リニア建設を急ぎたいのだ。  国の有識者会議による被害想定では、南海トラフによって引き起こされる巨大地震はマグニチュード9・1、最悪32万人死亡としている。赤石山脈をすっぽりと囲むように南海トラフ、駿河湾トラフが続くから、もし、巨大地震が発生すれば、静岡県内では大きな被害が想定される。2030年以降、毎年、発生確率は上昇していく。東海地震説が発表された1976年当時、多くの人が東海道新幹線で静岡県内に入ると、息をひそめて通過するのを待つ光景さえ見られた。2030年に入ると、同じことが繰り返されるかもしれない。  巨大地震が直撃する東海道新幹線の「う回ルート」として、リニア中央新幹線建設の目的は理解しやすい。  もう1つが、「時速500キロという高速化によって、品川―名古屋間を40分、大阪間を67分で結ぶ、移動時間の短縮化を図ること」。そのために、ほぼ直線である南アルプスルートを採用した。当初、長野県の茅野・伊那をう回するルートを沿線の地元は強く要望していた。静岡県の南アルプスを貫通する、直線ルート採用はJR東海の規定路線だった。直線ルートでなければ、品川―名古屋間を40分で結ぶことは不可能だからである。  巨大地震への対応は、茅野・伊那への「う回ルート」、つまり、川勝知事発言の「リニアのルート変更」でも可能だ。しかし、2つ目の「移動時間の短縮、品川―名古屋間40分」には対応できない。時速500キロ区間は直線ルートだから可能であり、「ルート変更」してしまえば、高速リニアの存在意義は失われる。そして、新幹線ではなく、リニアを採用したJR東海にとっては、世界最速の移動手段(地上)の目的がより重要なのだろう。  静岡県を通過しなければ、JR東海はその目的を果たせない。そのことを川勝知事は知り抜いて、「リニアには賛成」と発言している。 大井川水系全体の責任がJR東海に?  10月4日の会議に戻る。最初に、この日の議論は「JR東海が上り勾配でのトンネル工法を選択する理由について科学的に議論することに限る」と司会を務める森下祐一部会長が述べた。  ところが、会議が始まるや否や、突然、事務方は「トンネル湧水の処理等における静岡県等の疑問・懸念事項」という一枚紙を出席者全員に配った。「9月13日の意見交換会において、JR東海がトンネル工事中の表流水は減少しないといった内容の説明をしていましたが、私たちが問題にしているのは、トンネル近傍河川の表流水だけでなく、地下水を含めた大井川水系全体の少量です」と記されていた。  最後に「JR東海には、上記の疑問や懸念を払拭できる科学的根拠に基づいた資料を作成し提示願います」とあった。もし、本当に、その科学的根拠を示すとなれば、1年や2年で簡単に提示できるはずもない。  JR東海が提出した当日の資料「まとめ」に「9月13日の会議で説明した通り、工事完了後はもとより、工事のどの段階においても、大井川の河川流量は減少しない」と書かれていることに、森下部会長がかみついた。「河川流量」を問題にしているのではなく、「地下湧水すべて」を問題にしているなどと述べた。  これは、県作成の一枚紙「地下水を含めた大井川水系全体の少量という水環境問題」の認識をJR東海がまったく共有していないということになってしまうからだろう。部会長がJR東海の「気楽さ」に水を掛けたかっこうだ。そして、会議の囲み取材で難波副知事は「まともに対話する資質があるのか問いたい」などと批判のボルテージを上げた。  最初に書いた「みんな違って、みんないい」の詩が浮かんだ瞬間である。もう、議論どころではない。そもそもの認識論の問題であり、リニアの早期建設にこぎつけたいJR東海には、大井川水系全体の問題など頭にあるはずもない。大井川水系全体まで影響が及ぶかどうか、もし、本当にそうならば、すべての開発行為はできなくなるかもしれない。 厄介な問題「民意」を抱え込むJR東海  なぜ、このような状況に陥っているのか?過去の知事発言を見て行けば、その理由が分かるかもしれない。  大井川の水環境問題で協定を結ぶための議論が始まった2017年10月に戻ってみよう。  「JR東海道新幹線、東京と大阪を結ぶ、全走行距離のおおむね三分の一が通っている静岡県はJR東海にとって重要な経営基盤だ。にも関わらず、しっかりとした説明がないまま、ルートが設定され、静岡県には全くメリットがない」  「あたかも水は一部戻してやるから、ともかく工事をさせろという、そもそも極めて傲慢な態度で臨まれている。そういった態度であり、私の堪忍袋の緒が切れました」  「協定を結ぶことによって工事が進むことなんですが、工事によって何のメリットもない。すべてデメリットしかない、この工事を静岡県下ですることに対して、断固猛省を求めたい。考え直せということだ。370万人に何のメリットもないリニア新幹線など静岡県には要らない」  「誠意を示すことが大事」(具体的には?)「JR東海が考えるべきこと」  ちょうど2年前の知事の発言であるが、その趣旨は一貫して変わっていない。  沖縄の米軍基地問題や韓国の徴用工問題のように、国益の優先や国際社会共通のルールが決められていたとしても、民主主義社会では「民意」を無視するわけにはいかない。同じように、どこまでも科学的な議論を続けても、そこで「民意」と言えば、無視することはできない。「地下水を含めた大井川水系全体の問題」が「民意」としたら、JR東海は本当に厄介な問題を抱え込むことになる。  「急がば回れ」。「民意」とは「みんな違って みんないい」の世界でもある。その仲良しこよしの世界に引き込むためには、JR東海はまずは、「誠意」を示すしかないだろう。

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リニア騒動の真相18 山梨県はどう変わるのか? 

リニアは地域振興の起爆剤か?  8月23日山梨県リニア見学センター(都留市)で開かれた「リニアフェス2019」には、多くの観光客らが詰め掛けていた。リニア南アルプストンネル工事は、静岡県では未着工だが、山梨工区はすでに始まっている。山梨県ではリニアへの期待が大いに盛り上がっている様子がうかがえた。その反面、南アルプス市の市民がリニア工事中止を求める訴訟を起こすなど、市民らの一部で反対運動も起きている。沿線では、工事による河川の減水だけでなく、リニア開通後の騒音、電磁波の影響などに不安を抱く市民も多いようだ。  また、『リニア騒動の真相15 リニアで「名古屋」衰退!』で紹介した「未来の地図帳 人口減少日本各地で起きること」(講談社)が予測したのは、リニア開業によって、ストロー現象(大都市と地方都市の交通網が整備され便利になると、地方の人口が大都市へ吸い寄せられる)が起き、名古屋の若い女性がこぞって東京へ行ってしまう暗い未来だった。ストロー現象は、東海圏の大都市、名古屋ではなく、リニア沿線の地方都市となる山梨、長野、岐阜でも起こりうるのではないか。  静岡県の川勝平太知事は、リニア沿線の各都府県がつくる「建設促進期成同盟会」入会を求めている。同盟会は沿線への新駅設置、地域振興が大きな目的である。JR東海が静岡県の南アルプスを貫通する直線ルートを採用したのは、品川―名古屋40分、品川―大阪間67分と最短で結ぶために必要だったからであり、山梨、長野など沿線地域の経済活性化をにらんでのことではない。果たして、リニアは沿線各駅の地域振興の起爆剤になるのか?それとも「ストロー現象」を起こして、衰退の道へつながるのか?  『リニア騒動の真相17 「破砕帯」に向き合う』取材のために黒部ダム、関電トンネル(大町トンネル)を訪れたあと、山梨県へ立ち寄った。 斬新な建物が増えたJR甲府駅周辺  まずは、甲府駅北口前に移転したという「山梨県立図書館」に向かった。JR甲府駅から徒歩3分という便利な場所にあり、静岡駅から遠く離れた静岡県立図書館に比べ、明るく開放的で最新鋭の施設、蔵書類等も充実しているように見えた。  施設は立派だったが、山梨県とリニアに関する最近の本は2冊しかなかった。1冊は「リニアで変わるやまなしの姿」(2018年1月、山梨県総合政策部リニア環境未来都市推進室企画・発行)。リニア開業から10年後の山梨県の姿を地元出身の漫画家吉沢やすみ氏が、わかりやすい漫画で紹介している。補足として大手銀行系のコンサルタントが数字などを使って、具体的に説明していた。(※今回のタイトル写真が表紙です)  もう1冊は、2019年4月に出版されたばかりの「甲府のまちはどうしたらよいか?」(山梨日日新聞社)。こちらは、2012年11月に開館した山梨県立図書館を設計、その他、最近出来たばかりの山梨県防災新館、山梨県庁の庭などを手掛けた、甲府出身の建築家山下昌彦氏(1952年生まれ)の著作。2017年山梨県図書館の来訪者は92万人で、図書館としては全国2位のにぎわいのある場所になっているという。甲府市内の多くの公共建築物に関わり、高校まで過ごした街だけに、リニアが開通することで「甲府をどのようにすべきか?」を温かい視線でとらえていた。  「リニアが通ると、山梨から若い人がどんどんストローみたいに吸い出されていなくなる―それはそうだと私も思います。しかし、東京、名古屋から入ってくる人もいる。交流人口もふえる」と「ストロー現象」について不安を抱くよりも、逆の見方をして、どのように交流人口を増やすかを考えたほうがよいという至極当然の意見だった。  フィレンツェ、コートダジュールなどの海外の事例を多く紹介して、街づくりをどうするか提案している。さらに「カンヌのように、山梨が世界の山梨になるというイメージを持つ必要」などとあり、結論は「歩いて楽しいまちを作る」。山梨県図書館の成功例をリニアの街づくりにあてはめたいのかもしれないが、具体性に欠ける部分が多かった。 「リニアで変わるやまなしの姿」はもう古いのか?  人口約80万人の山梨県はリニア開通によって、どのように変わるのか?山梨県庁を訪れた。県庁受付で、冊子「リニアで変わるやまなしの姿」裏表紙にある「リニア環境未来都市推進室」を探したが、見つからなかった。その代わりなのか、「リニア推進課」とあったので、そこに連絡した。受付で待つように言われ、そこへ「リニアフェス2019」で出会った職員がやってきた。リニアに関する山梨県のまちづくりの資料をもらえるのか尋ねると、リニア見学センターにあったリニア中央新幹線を紹介する資料しかないという。当然、その資料はすべてリニア見学センターでもらっていた。  それで仕方なく、「県立図書館には昨年1月発行の『リニアで変わるやまなしの姿』という山梨県作成の冊子があった。それを1部もらえないか」とお願いした。  「あの資料は現在とは違っているので、渡すことはできない」(担当者)、「漫画でリニア開業10年後の未来を予想しているのだから、違っていて当たり前、かまわない」、「リニア新駅に関するすべての計画は白紙で見直すことになった」(担当者)、「具体的な未来を示す漫画ではないから、構わない。ある意味、こどもたちに夢を与えるようなもの。銀行のコンサルタントによる説明も違うのか」、「それは違っていない」(担当者)、「昨年の資料だから、まだ残っているのでは。一部いただけないか」、「まだあるが、お渡しできない」(担当者)。首をかしげてしまった。  そうだ、しばらくして、ようやくわかった。山梨県はことし1月知事選があり、自民、公明の支援した長崎幸太郎知事が新しく誕生したばかりだった。昨年1月に発刊した「リニアで変わるやまなしの姿」は前知事時代の冊子だ。もし残っているならば、廃棄処分になるかもしれない。県庁受付ではなく、推進課へおもむき、いろいろ話しているうちに、どういうわけか(貴重な?)冊子をもらうことができた。(※タイトル写真の冊子)  前知事時代の計画等はすべて白紙にして、長崎知事主導で新たな計画をいちからつくり直す。いまからつくり直して、2027年開業に間に合うのだろうか? 「MICE」が飛び交う難しい会議  ことし7月26日、長崎知事を議長に「リニアやまなしビジョン(仮称)検討会議」が立ち上がったばかりだった。  リニア新駅は、甲府駅から南へほぼ直線方向に約10キロ、車で約20分の場所に設置される。全線の86%がトンネルというリニアだが、山梨県内83・4キロのうち、トンネル部分は56・3キロの68%で、新駅も地上にできる。リニアが開通すれば、新駅から品川駅まで25分、名古屋駅まで40分と非常に便利になる。現在、特急あずさで甲府―新宿間は約1時間半掛かっている。  一方、リニアのダイヤは明らかにされていないが、沿線の途中駅には1時間に1本しか停車しないと見られる。これでどれだけの乗客を見込めるのかは難しいところだ。2009年の山梨県調査で「1日の来県者が2万人増え、経済効果は年間140億円」という数字が出されたが、リニア駅設置だけで地域が活性化するほど甘いものではない、と長崎知事も見ているようだ。  検討会議委員は14人で、ほとんどが東京在住のシンクタンク研究員や大学教員ら。県立図書館、県庁別館などを手掛けた山下昌彦氏を含めて建築家は含まれていない。検討会議の下にワーキンググループが置かれ、そこで具体的な構想等を提案するようだ。第1回ワーキンググループは9月17日に開催、その議事録はいまのところ公表されていない。  第1回検討会議議事録では、委員がそれぞれの知見などを披露している。山梨県が誘致検討しているのは、1、大規模展示場・会議場、2、第4次産業の工科系大学・研究機関、3、最先端技術企業などであり、ほとんどの委員はMICE(観光視点を有した国際会議場などの複合施設)を念頭にした意見を述べていた。  難しいのは、山梨県同様に、品川駅、名古屋駅などでも大規模な国際会議場、コンベンションセンターなどリニア開業をにらんだ同じような計画をしており、それほど、大規模展示場や会議場が増えて、需要があるのかどうかわからないことだ。委員の1人は「他の県がやっていることと同じではダメだ」という意見を述べたが、新駅に多くの人が降りる目的地となるうまい方策は、第1回会議では出されなかった。 富士山をどのように生かすか  全国的に最近のインバウンド(訪日外国人)需要で観光客は大幅に増えている。山梨県でも、2010年約2600万人だった観光客が昨年には約3800万人と8年間で1200万人も大幅増加した。  山梨県出身者の検討会議委員が「山梨の強みは観光資源であり、そのほとんどは富士山周辺に点在している。これをいかに戦略化できるかが大きなカギ」と述べていた。富士山の近くに新駅ができれば、非常に多くの観光客が乗降することになり、15分おきくらいにリニアが到着しなければ間に合わないかもしれない、とも述べている。山梨県リニア新駅から富士山へは近い距離ではない。ただ、甲府盆地の山々から見える富士山は美しく、絶好の眺望をどのように生かすのか、そんなアイデアに使えるのかもしれない。  最後に、この委員は「知事は大胆なビジョンを掲げるべきだ」と述べた。これに対して、長崎知事は「次回までにそこをしっかりと整理して示したい。かなり大胆なことを考えている」と答えた。  リニア新駅と最も近い鉄道駅は身延線小井川駅。帰途、甲府駅から各駅停車を使い、停車した小井川駅で、その周辺をじっくりと眺めた。いまのところ、リニアの工事は行われていなかった。身延駅で特急を待ち合わせて、乗り換えた途端、激しい雷雨に見舞われ、身延駅を出発したところで延々とストップした。甲府―静岡間は特急で約3時間半。山梨県内で2時間20分も待機させられた。甲府から静岡まで6時間以上掛かってしまった。山梨県庁でもらった(貴重な?)冊子を読む時間が十分できた。何度読み返しても、まったく問題のない内容だった。1ページ目にある「知事あいさつ」の写真と名前(前知事)だけが問題かもしれない。そこに、現職知事の写真と名前を貼れば、今後も十分使える冊子である。  川勝知事はリニア沿線各駅にとって、新駅設置が「メリット」だと強調したが、「メリット」をどのように生かすか?そんなに簡単ではないようだ。

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リニア騒動の真相17「破砕帯」に向き合う

山岳トンネル掘削は非常に難しい?  「(静岡県側に)湧水全量戻すことが約束だ。JR東海がやることはそれに尽きる」。川勝平太静岡県知事は10日の記者会見で厳しい口調で述べた。  リニア中央新幹線南アルプストンネル(静岡工区)を巡る大井川の水環境問題でJR東海は工事期間中の最大10カ月間は、山梨、長野県側に湧水が流出することはやむを得ないとするが、静岡県は「全く受け入れらない」と突っぱねている。JR東海の説明では、畑薙山断層の「破砕帯」に当たったとき、突発の大量湧水が出現する可能性があり、静岡県側から掘削すれば作業員の安全が確保できないから、としている。  トンネルを掘るとはどういうことか?  ナトム(NATM)工法に代表されるように山岳トンネルの掘削技術は過去とは比べものにならないほど大幅に進歩、地質工学、岩盤工学、土質工学などによる科学的な知見で多くのことが解明され、日本の先端的なトンネル技術は世界中から高い評価を受けている。  しかし、それでも山岳トンネルの工事は掘ってみなければ、特に複雑な地層が絡み合う南アルプスの特殊地山では一体、何があるのか、何が起こるのか予測できないとされる。それが、地上のトンネル工事と大きく違うようだ。JR東海との会議に、トンネル工事の専門家を招請して意見を聞く予定と、静岡県の難波喬司副知事が明らかにしたが、本当にそれで今回の山岳トンネル工事の危険性などすべてが分かるのだろうか?  そんな疑問を抱きながら、フォッサマグナ(大地溝帯)地域に当たる、北アルプスの赤沢岳(2678m)山腹にトンネルを貫通させる苦闘を描いた映画「黒部の太陽」の現場を訪ねた。 映画「黒部の太陽」が描いた「破砕帯」  「フォッサマグナに沿っているんだぜ」「な?なんだって、フォッサ…」「糸魚川ー静岡構造線です」「なんだい、そりゃ」「本来ならボーリングして、破砕帯を調査してから工事にかかるんですが、そのボーリング自体が不可能なところなもんですから」  この会話は、巨額の資金を拠出して製作に当たった石原裕次郎、三船敏郎という当時の2大スターが初めて顔を合わせる重要なシーンで交わされる。黒部ダム建設で建設資材を輸送するための大町トンネル(関電トンネル)建設工事をゼネコンの熊谷組が引き受けたのに対して、”トンネル屋”と呼ばれた下請けの岩岡組二代目が疑問を呈している。京都大学工学部出身で、専門知識を有する二代目役を石原が演じた。三船は「ボーリング自体が不可能」と話す関電の技術責任者を演じている。  会話はさらに熱を帯びてくる。石原は「糸魚川ー静岡構造線のごく近く、ほぼ平行している黒部川流域地帯には、どんな大きな断層や破砕帯がひそんでいるかわからないんですよ」「その1つが何十メートル、何百メートル続いているかわかりゃしない。まともに破砕帯にぶっつかたら、1日1メートルはおろか、1センチだって掘れやしない。落盤、出水……どうするんですか」「いまなら断れる」と、昔気質の父親で岩岡組社長(辰巳柳太郎)に強い口調で言う。  このシーンを見ていて、まるで、今回議論になっているリニア南アルプストンネル工事と非常に似ているのではないか、と思われるだろう。同じフォッサマグナ、糸魚川ー静岡構造線の地域であり、地質構造では大いに似通ったところがあったのだろう。 「破砕帯」は観光トンネルの目玉  「黒部ダムの秘密にせまる 黒部ダム河床(旧日電歩道)ハイキングと関電トンネル工事跡見学ツアー」に参加した。黒部ダムへの出発地は長野県大町市にある関電トンネル電気バスの発着点、標高1433mにある扇沢駅。  「関電トンネルは長野県大町市から16キロ、岩小屋沢に、その東坑口が設けられる」。映画のナレーションで説明された場所である。ことしから、トロリーバスに代わり電気バスが導入された。観光客らで大賑わいの扇沢駅は立山黒部アルペンルートの出発地点でもあり、電気バス、ケーブルカー、ロープウェイ、トロリーバスで標高2450mの室堂まで結んでいる。まずは、6・1キロ(トンネル部分5・4キロ)の道のりを電気バスで富山県立山町の黒部ダム駅へ。  電気バスの中で説明ナレーションが入り、作業員が何度も出水で流されてしまうことになる「破砕帯」(ブルーの照明が印象的だ)を通る。映画撮影では、420トンもの大量の水が10秒足らずで放出された。その出水シーンで三船、石原らも必死で逃げ、「破砕帯」の恐ろしさが描かれた。安全なシーン撮影のはずだったが、石原をはじめスタッフ約50人が病院に搬送された。この撮影事故で親指骨折、全身打撲などを負った石原は「気を失い、逃げる間もなかった」と一瞬、死ぬことまで覚悟したと回想している。  まさに、石原らの迫真の演技で、不可能とされた「破砕帯」を克服するシーンは大感動を呼び、最初の1年で観客動員数733万人という日本映画史上空前の大ヒット作となった。映画「黒部の太陽」によって、多くの日本人は「破砕帯」がどんなにひどいものか目の当たりにした。  映画撮影では辛くも逃げることができたが、実際の工事では、多くの作業員が犠牲になった。黒部ダム建設では171人が亡くなっている。黒部ダム湖のほとりに「六体の働く人物像」が殉職者慰霊碑として建立されている。雨のように水が沸き、予想もしない鉄砲水のような水圧で水が流出する「破砕帯」工事で何人が亡くなったのかバスの説明はなかった。同乗した若い人たちが、果たして「破砕帯」の意味をどれだけ理解できたか、お節介にもちょっと不安にもなった。 毎秒10~15トンの「観光放水」  黒部駅到着後、その先にある関電トンネル開通当初の工事跡(ケミカルトンネルと呼ばれる、薬品注入のためのトンネル)を見学した。そこで黒部ダム建設当時の記録映画を見た。トンネル周囲に残る掘削跡などに触れ、当時の工事の様子が残り、いかに厳しい工事だったかが実感できる。年間100万人以上の観光客が黒部ダムを訪れているが、この工事跡へは特別なツアー以外は入ることができないらしい。  ツアー参加した高齢の男性は「ここに来るとトンネルを掘ることの怖さがわかる」と感想を漏らした。削岩機の跡を含めて、まさに「暗く怖い」の表現がぴったりだった。  黒部ダム建設以前からあった旧日電歩道の急坂を降りて、河床部から黒部ダムの放水を見学した。中年の男性ガイドが「毎秒10~15トンの観光放水をするのが義務。発電ではないから、関電はいやがっているが、観光のための条件だから仕方ない」と話してくれた。  関電の関係者に真相を聞いた。6月26日から10月15日まで放水を行っている。実際は観光放水ではなく、黒部ダム建設当時、渇水期に地元と取り決めた黒部川への放水だという。もし、発電量に換算したら、年間約10億円になるとのこと。発電に当たっては、土地改良区とは表面の水を取水するなど取水温度等についても詳しく取り決めをしているらしい。 太田垣士郎関電社長の奔走と決断  小説「黒部の太陽」(木本正次著、講談社)では、映画とは違い、当時の太田垣士郎・関電社長について詳しく紹介していた。関電関係者によれば、太田垣が最も苦労したのは資金集めに奔走したことらしい。世界銀行から400億円の融資を受けて黒部ダム建設はスタートしたが、冬期の積雪など恐ろしい自然との闘い、特に破砕帯征服に最新のシールド工法を新たに採用したこともあって、最終的には530億円(現在の約1兆円に相当)まで工事費用は膨れ上がってしまった。  最も興味深かったのは、フランスのマルパッセダム決壊事故による世界銀行からの勧告だった。マルパッセダムは1952年に工事がスタート、54年に完成したが、5年後の12月、強烈な風雨がその地域を襲い、ダム決壊事故で、ふもとにある街が水没、421人が亡くなっている。  映画「黒部の太陽」に描かれた難所の関電トンネルは1958年5月に全面開通し、黒部ダム本体の工事が急ピッチで進められていた。1959年12月マルパッセダム決壊事故が起きると、その事故を重く見た世界銀行担当者が関電本社を訪れ、当初180mとダム高さを計画していたが、決壊事故を踏まえ、強度不足に不安を抱き、30m低くするよう勧告した。黒部ダム両岸の岩盤がもろいことがわかっていたため、関電でも180mの高さに耐えるよう強度を高めるさらなる処置を施す工法を検討していた。30m減の高さ150mでは発電量は半減、収入が大幅に落ち込むことを避けたかった。  最終的に、太田垣はダム直下の岩盤への衝撃を少なくするために、水を霧状に放流できる最新のバルブを採用した。マルパッセダムは1年間で満水にして事故を起こしたのに対して、ダム湖を満水にするのに9年間も掛けている。  ダム建設の記録映画は、「くろよんは今日も息づいている」というナレーションで終えた。長野、富山の県境という不便な場所に関わらず、100万人以上が訪れる一大観光地にもなった。太田垣は12歳のとき、誤って2本脚の金属鋲を飲み込んでしまう。鋲が入って6年目の18歳のとき、せき込んで、ぽろりと鋲が飛び出したのだという。戦争中には2人の子供を失っている。「いまの自分は何を失っても惜しくない、いくら金が掛かってもこのダムを完成させたい、日本の国に必要な電力のためだから」。太田垣の執念が見事に実ったのだ。日本一の堤高186mを誇る黒部ダムの放水は詰め掛ける観光客らの歓声とともに、いまも息づいているようだ。  さて、南アルプスではどのように「破砕帯」に向かうのか?JR東海のリニアトンネル工事は後世の人たちに大感動を与えることができるだろうか。 ※タイトル写真は、映画「黒部の太陽」のトンネルセットレプリカ(北海道小樽市の石原裕次郎記念館から移設)展示会場の「破砕帯」説明パネル

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リニア騒動の真相16 「筋違い」議論の行方?

狐につままれたような議論  9月12、13日、リニア南アルプストンネル(静岡工区)の大井川水環境問題を話し合うJR東海と静岡県側の有識者らとの会議が開かれた。JR東海の宇野護副社長、国交省の江口秀二技術審議官(鉄道)という担当責任者が初めて顔をそろえ、何らかの進展が図られるのか期待された。結局、前回の会議同様に静岡県専門部会のメンバーがそれぞれの科学的な知見から、JR東海の回答を批判するだけで全く収穫のない議論で終えた。  『JR東海に批判相次ぐ 県の連絡会議「データ不足」など指摘』(日経新聞13日付)の見出しが会議の様子を正確に伝えていた。12日の会議では「基本的なデータはすべて既存のものであり、新しいものではない」「畑薙山断層での鉛直ボーリング調査をやるべき」(塩坂邦雄委員)、「畑薙山断層西側でも3百メートルの断層がある。そこでも鉛直ボーリングをやるべきだ」「鉛直ボーリングを何本かやれ」(丸井敦尚委員)、「データを取る前に既存データの解析が行われていない」「新しいデータを出せ」(大石哲委員)など委員すべてが、「新たなデータ」を求める議論に終始した。  その要請にこたえるように、JR東海は南アルプストンネル近くの西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリングを行うことを明らかにしている。しかし、通常、鉛直ボーリングを行い、データをそろえるためには半年以上掛かる。となると、当然、委員らが求める科学的議論の場は新しいデータを得た上で行うことになる。この点を専門部会の会議をまとめる森下祐一部会長に尋ねると、「専門部会としては鉛直ボーリングの結果が分からなくても許可を出さないわけではない」。その答えに愕然とした。あれだけ「新しいデータを出せ!」と言っておいて、必ずしも新しいデータを必要としないというのである。「狐につままれた」とはこのようなことだろう。 「田代ダム」議論は「筋違い」  「田代ダム」の議論も同様である。静岡県の中間意見書では「戻し方として、導水路トンネル出口、及びポンプアップによる非常口出口から全量を戻すとしているが、上流部の河川水は、その一部が東京電力管理の田代ダムから早川へ分岐し、山梨県側へ流れている。このことを踏まえた上で、静岡県の水は静岡県に戻す具体的な対策を示す必要がある」。この文章は「田代ダムから山梨県側に流れる静岡県の水を何とかしろ」と求めているように読める。  12日の会議で、JR東海は東電に「取水の制限」を求める権利のないことを前提に、トンネルがない場合の流量を約12・1㎥/秒と想定、トンネルができた場合、JR東海は西俣非常口から約0・4㎥/秒を西俣川(大井川支流)に流して、約11・8㎥/秒を担保できるなどと回答した。  これに対して、静岡県の難波喬司副知事は「数字だけ羅列してある図では全く何か分からない。口頭で回答したことを文章にしてほしい」など求めた。  一体、この議論は何を求めているのかさっぱり分からなかった。「田代ダムから山梨県側に流れる水は静岡県の水だから静岡県に戻す対策を示せ」。中間意見書の主張そのものに無理があり、JR東海のトンネル工事とは全く関係のない話である。JR東海も、その質問の意図が分からないから、数字を入れた図を示したというのが本音だろう。  JR東海に「口頭で回答したことを文書に」と求めるならば、静岡県側は中間意見書の具体的な意味を示さなければ、科学的な回答のしようがない。  田代川第1、第2発電所は大井川から最大取水量4・99㎥/秒の水利権を持つ。富士川水系を含めると、11・34㎥/秒の水利権を有している。この水利権の許可権者は国交省である。東電は田代ダムに貯水される大井川の水を最大4・99㎥/秒使用できる。南アルプストンネル開設後、大井川表流水の減量分0・7㎥/秒のうち、JR東海は0・4㎥/秒を西俣非常口から西俣川に戻すとしている。その戻した水の一部は当然、田代ダムにも貯水されるだろう。  JR東海が戻した0・4㎥/秒の水を田代ダムから山梨県側に流さないようにしろとでも言っているのか?もし、そうならば、戻した水を特定することなど不可能である。  10日の定例記者会見で、川勝平太知事は「(田代ダムの水利権の話をJR東海に求めるのは)筋違い。数年前に田代ダムの現場に入った。(税収の少ない)早川町にとっては(電源立地地域対策交付金、固定資産税収入など)不可欠な施設。第三者のJR東海は何か言うべき立場にはない。JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と述べた。東電は早川町だけでなく、静岡県にも多額の費用(占用料)を支払っている。田代ダム水利権はJR東海ではなく、静岡県の問題であることを知事は十分に承知した発言だった。  知事会見を踏まえた上での会議のはずだったが、なぜか、狐につままれたような議論が繰り返された。 「湧水全量戻す」議論に尽きる  12日の会議で、JR東海の回答は大井川の利害関係者が納得できるものではないとして、「地球温暖化で将来、降水量が12~13%増えると予測されている。この予測に沿った大井川の将来像を示せ」、「水環境のために西俣川に地下ダムを何カ所かつくればいい」などさまざまな専門家の要請に、JR東海は丁寧に答えていたが、これらも「筋違い」ではないか。  さらに、13日の会議でレッドデータブック記載のヤマトイワナについてさらなるモニタリング調査をJR東海に求めた。西俣川支流の広範囲でヤマトイワナ保全を図るのは当然、自然保護を推進する静岡県、静岡市の役割でもある。どこまでの範囲がJR東海の責任なのかはっきりとさせた上で議論すべきだ。  川勝知事が10日の記者会見で、「JR東海がやるべきは湧水全量を戻すことに尽きる」と分かりやすい発言をした。JR東海の技術部門では、工事期間中は山梨・長野側に流出せざるを得ないという認識だったが、金子慎社長らの発言だけを見れば、「全期間、湧水全量戻す」約束と受け取ってもおかしくないだろう。  今回の会議では先進坑が貫通するまでの間、山梨県側へ最大で約0・15㎥/秒(平均0・08㎥/秒)、長野県側へ最大で約0・007㎥/秒(平均0・004㎥/秒)流出することに、難波副知事は「全く受け入れられない」と突っぱねた。今後の会議のテーマは、10カ月で山梨県側2百万㎥、7カ月で長野県側10万㎥の合計210万㎥(大石委員の試算)流出をどうするのかに尽きる。  もし、この問題が解決されれば、リニアトンネルから約130キロも離れた中下流域の地下水にまで影響が及ぶ可能性はほぼないと見るべきだ。「湧水全量戻す」問題の解決で、中下流域へのリスクはないのが通常の科学的な見解だが、これまでの「筋違い」の議論を見ていると、利水者らの理解を得るのは非常に難しいかもしれない。ただ、JR東海は、まず「湧水全量戻す」ことを至上命題として、その解決にさまざまな知恵をしぼるしかないだろう。 「正直」は美徳ではなく、「最善の戦略」  「筋違い」の議論ばかりが目立つ会議はこれからも続くのだろうか?  そうであるならば、地質構造・水資源専門部会は複雑な地質構造を持つ南アルプスで「新しいデータ」を求めるのが科学者本来の仕事と考えているようだから、この地域が糸魚川ー静岡構造線断層帯地域であることをいま一度、思い出してほしい。国立研究開発法人防災科学技術研究所(茨城県つくば市)の全国的な地震観測網「Hinet」は、危険地域として糸魚川ー静岡構造線断層帯地域に集中的な観測点を配備している。  米国で盛んに議論された地震の刺激誘発理論では、長年のうちに断層上の特定の個所に徐々にひずみが蓄積されていって地殻にほんの少しでも力が加わるだけで、蓄えられたエネルギーがいっきに放出され、プレートを動かして地震を引き起こすとされる。人為的な振動を起こし、弾性波を常時測定することで地下の地層状況変化を把握して、オイル資本はシェールガス掘削などに役立てている。  糸魚川ー静岡構造線断層帯地域の断層沿いにひずみが最大限に蓄積されている個所を偶然、ボーリングした場合、プレートを動かして地震を起こしてしまう可能性は否定できないだろう。その場合、南海トラフと連動するプレート上の長野県などに影響が及ぶかもしれない。  難波副知事によると、次の会議にトンネル専門家を招請とのことだが、地震学者も必要だとなるかもしれない。  リスク(将来の不確実性)には管理可能なものとできないものがある。まれにしか発生しないリスクまで予測しようとすれば、すべての開発は不可能になってしまうだろう。  会議のあとの囲み取材で、記者の一人が「これだけ自然破壊になるのに、なぜ、リニア工事を進めるのか」と宇野副社長に尋ねた。  宇野副社長は「失うものと得るものとを秤にかけた上で得るものがずっと大きいから」と答えた。2011年の福島第一原発事故以降、リスク対応のハードルは極端に上がっている。すべての開発は二律背反の関係にあり、リスク対応可能かどうかが分岐点になる。  ことし4月の池袋・母子死亡事故をはじめ年間約5千人のかけがえのない生命を奪う交通事故を解決するには自動車を危険物として、製造・販売・利用を禁止するしかないが、だれもが「得るものが大きい」として、自動車を危険物とは見なさないで、さまざまなリスクに対応している。  実際にはリニア計画には賛成だが、リニア南アルプストンネルは静岡県にとって「得るものはなく、失うものだけ」と川勝知事は発言してきた。立ち位置が違うだけで、「得るものと失うもの」の考え方は全く違う。  「Honesty is the best policy」。雷と電気が同一であることを立証して避雷針を発明した科学者であり、アメリカ独立宣言起草者の政治家ベンジャミン・フランクリンは「正直」は美徳ではなく、「最善の戦略」だと考えた。川勝知事は「Honesty is the best policy」を承知して、「正直」な発言をしている。ぜひ、最も重要な「失うものと得るもの」の議論を宇野副社長と闘わせてほしい。それが解決の糸口となるはずだ。

ニュースの真相

リニア騒動の真相15 リニアで「名古屋」衰退へ!

川勝・大村会談は予想通りの結果  未着工のリニア南アルプストンネル静岡工区を巡り、5日愛知県公館(名古屋市)を訪れた川勝平太静岡県知事は大村秀章知事との会談に臨んだが、最初から予想されていたように両者の溝をあらためてはっきりとさせただけで、大村知事の期待した2027年開業を目指すJR東海の早期着工は遠のいた感さえある。  JR東海の早期着工について、水環境問題の現状を説明、将来にわたり安全・安心を確保する基本協定締結の必要を訴える静岡県の立場を川勝知事が説明したのに対して、大村知事は「着工して問題があればそこで立ち止まって考えるわけにはいかないか。一歩でも二歩でも前進してほしい」など、JR東海・金子慎社長から負託された切実な思いを述べたが、川勝知事は「大井川の流量減少問題が解決されない限り、着工は認めない」とこれまでの姿勢を崩すことはなかった。  『川勝知事「計画見直す事態」』(読売)、『川勝氏、27年開業「非現実的」』(日経)、『27年開業「現実的でない」』(朝日)など地方版トップの扱いで、読売、朝日、日経がそろって、リニアに対する川勝知事の主張をあらためて紹介した。  その他各紙は『リニア「国調整を」一致』(静岡)、『リニア工事「国の関与必要」で一致』(毎日)、「国関与希望は一致」(産経)などと大きな見出しをつけた。  川勝・大村会談は全く予想通りの結果だった。今回の最大のニュースは、リニア着工を後押しする中部経済圏の代表の一つ、地元紙の中日があまりに地味な報道だったことだ。  会談が行われた名古屋市に本社、浜松市に東海本社を構える中日は、静岡新聞と並び、静岡県でも地元紙を標榜する。その静岡が1面トップ、社会面で大きく取り上げたのに対して、中日は社会面準トップのみで、内容もあまりに地味だった。「川勝知事 水問題理解深め 大村知事と面会 主張平行線」と他社が紙面を割いて大騒ぎしているのに対して、淡々とした記事で、これまでのリニア記事と比較して拍子抜けするほど小さな扱いだった。  リニア問題は、「考えるリニア着工」という「ワッペン」を付ける特別企画という位置づけで、知事、静岡市長、島田市長、川根本町長らのインタビュー記事を1面トップなどで大きく紹介、リニア問題を熱心に報道してきた。  一体、中日新聞に何があったのか? 名古屋の「暗い未来」予測したのは?   6日付中日1面トップは「京急衝突脱線、33人負傷」事故。準トップは「御前崎町の住民投票条例案可決」だった。1面のもう1本の大きな記事が「厚生年金パート加入促進」という見出しで、政府による規制の解除検討という地味な記事だった。「京急衝突脱線」は横浜市の神奈川新町駅近くの踏切で5日午前11時40分頃に起きた。首都圏の事故であり中部圏での事故ではない、それも5日付夕刊段階から報道されていた。地元紙ならば、注目の大村知事、川勝知事会談がトップに来るのが常識ではないか?  紙面を何度も見直したが、どうもわからない。  そして、1面記事下広告まで丹念に見ていった。「もしかしたら、これが理由かもしれない?」。とある書籍広告に目が釘付けになった。  中日は縦13段で記事を構成している。そのうち、縦3段、横半分の大きな書籍広告に目が止まった。「未来の地図帳 人口減少日本各地で起きること」(講談社現代新書)。「名古屋市」が黒地白抜きで目立つよう真ん中にあり、「リニア新幹線」と「広すぎる道路」が課題、と書いてある。つまり、2045年までに起こる変化の中で「リニア新幹線」が名古屋市にとっては大きな課題であり、人口減少の原因となると読める。  週刊誌の中吊り見出し同様に、これでは何か全く分からない。しかし、77万部のベストセラー「未来の年表」人気シリーズ最新作が、「名古屋市はリニア新幹線が課題」と大きく取り上げた。  新聞社では、当日紙面の広告欄をどこに配置するのかは重要な問題である。翌日の朝刊広告紙面は夕刊段階では決定しており、担当者は広告のみの紙面を編集局に提出、整理(見出しやレイアウトを担当)デスクはそのすべてをチェックしていく。  「名古屋市はリニア新幹線が課題」。「考えるリニア着工」というワッペン付き記事、愛知、静岡県知事の会談ニュースの下に、名古屋市の暗い未来を予測する「未来の地図帳」の書籍広告があれば、あまりに意味深に思えるだろう。当日になって、1面の半3段広告を差し替えるのは非常に難しいだろう。整理デスクは、その書籍広告を見て、リニア記事を1面から外したのではないか?  整理記者は「最後の記者」だからだ。 「最初の読者 最後の記者」とは  5日、「最初の読者 最後の記者」という書籍が届いた。2019年9月1日発行、非売品で2百部限定。著者は東京新聞(中日新聞)で整理部に約20年在籍、整理・校閲担当の編集局次長を5年余、2016年6月定年後からコラム担当の編集委員を務めている。同書は自社だけでなく、他社についても率直な紙面批判を展開したため、一般公開するのは不適切と思われ、「私家版」としたと著者は前書きで説明。そのくらいに内容は刺激的で業界の裏話が多い。  整理記者は「最初の読者」として、読者目線で原稿を読み、ニュースの大きさを判断、分かりやすい見出しとレイアウトを基本姿勢とする。朝刊担当の夜勤(午後4時頃から午前1時頃まで勤務)が多く、内勤記者は読者から見えない地味なポジションだが、外勤記者の活躍を知らせるためになくてはならない存在だ。  当然、さまざまな広告主への配慮も内勤記者ならではの仕事だ。新聞記者がいくら「社会正義」を唱えても、商業新聞である以上、スポンサーへの配慮は欠かせない。その重要な役目を内勤記者が受けている。公官庁を含めてスポンサー依頼の「ちょうちん記事」の絶妙な扱いも内勤記者に任されている。  「最初の読者 最後の記者」では、ある落語家の回想録について紹介している。ある日の新聞に映画通販の全面広告があり、彼の妻が調べてみると、ネットのほうが25%も安いことを発見、落語家は「買い物はよく考えてからするべきだ」という結論。ところが、「広告主は神様です」。広告収入が減少の一途をたどる新聞社にとって通販会社はお得意様であり、そのときも、あす掲載分の回想録を差し替えることは無理だったが、せめて、タイトルを「通販」から別のものに変えてしのぎ、幸い、スポンサーの目に触れず大事には至らなかったと書いている。ストレスのたまる仕事である。  さて、「リニア」を最大の課題とする「未来の地図帳」を早速、読んでみた。「大いなる田舎」名古屋市は現在、人口230万人を超え、さらに堅実に増加傾向にあると分析。ところが、最大の懸念材料が「リニア」。リニア開業後約40分で東京と結ばれると、「ストロー現象」(大都市と地方都市の交通網が整備され便利になると、地方の人口が大都市へ吸い寄せられる)が起きて、若い女性がこぞって東京へ行ってしまう可能性が高いのだという。名古屋市が人口減少に向かう最大の課題が「リニア」と記述している。  現在、東京ー名古屋間は新幹線のぞみ号で約1時間40分、それが1時間も短縮されるから、懸念通りに「ストロー現象」が起きるかもしれない。「リニア」は名古屋地域に大きな経済効果をもたらすとしてきたが、本当は、逆に人口減少による衰退へ向かうというのだ。その主張を「最後の記者」整理デスクは看過できなかったのか?  広告に最大限の配慮をする中日としては、広告とは別の紙面に話題の「リニア」記事を持っていき、地味に扱うしかなかったのかもしれない。 「他力本願」では解決しない  川勝、大村知事会談で「国の関与必要で一致」を毎日、静岡などが大きく報道した。すでに国交省の担当室長は8月中に3日間、JR東海、静岡県の専門家、利水者らとの会議に立ち会ったが、JR東海(愛知県)からすれば、期待外れに終わっている。  菅官房長官が6日の記者会見で「(2027年開業)予定に影響が及ばないよう、両者の間で客観的な議論が進むように国土交通省として必要な調整を行う」など政府として調整に乗り出すことを表明した。  「官邸」がどのように調整できるか興味深いところだ。  「最初の読者 最後の記者」に宗教から出たことばは、なぜか悪い意味に使われるので注意が必要とある。『「他人頼み」のことを「他力本願」と新聞で使うと、必ず本願寺派などの浄土真宗関係者から抗議が来るので、記者の原稿ならデスクは手直しするが、外部依頼原稿や識者談話で出てくると処置に困る』。実際に「他力本願」を「他人頼み」の意味で使った朝日新聞記事を紹介していた。  「他力本願」を辞書で調べると、「他人の力に頼って事をなすこと」は本来的な意味からは間違った用法とある。  川勝知事、大村知事とも両者の思惑はかけ離れている。問題解決の意味も全く違う。そこに官邸が調整に入り、双方が納得できる解決に導くことができるのかどうか?静岡県、JR東海とも「他力本願」で何とかなるなどと考えてはいないだろうが、間違った用法にならぬよう十分な注意が必要だ。  「名古屋市が人口減少に向かう最大の課題はリニア新幹線」。もし、それが真実ならば、2027年開業を急ぐほうが間違っていることになってしまう。本当かどうか”最後の記者”に聞いてみたい。

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リニア騒動の真相14 誤解の根源「高慢と偏見」

「方策(方便、嘘)」と述べたJR東海社長?  29日静岡県庁で、リニア南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題について、利水に関係する市町、団体とJR東海の意見交換会が開かれた。朝9時半から始まり、午後4時終了予定でとことん意見を交換するはずだったが、どういわけか1時間以上も前倒しの午後3時前に閉会してしまった。相互の腹の内を十分に戦わせる「意見交換会」という名称にはほど遠く、市町の利水者があらかじめ用意した質問を口頭で述べ、JR東海は誠実に技術的な側面から回答していた。利水者側の質問者(静岡県の出向者及びOBばかり目立った)は初めから、JR東海の説明を理解して納得するような姿勢ではなかった。東京電力・田代ダムへの不満など、大井川への強い思い入れを利水者の一部が述べたが、直接的にはJR東海の水環境問題との関係は薄く、解決策を見つける糸口にはほど遠かった。  同じ日(29日)東京で開かれたJR東海の金子慎社長記者会見を伝えた30日付中日新聞見出し『JR東海社長「全量戻す提案は問題解決の方策」』に、「本当なのか」と驚いた。  本文記事を読むと、昨年10月「湧水全量戻す」提案は「話が進まないので、利水者の理解を得たいと方向転換した。河川流量の影響を特定し、回避できる方策があるならそれでもということだったが(実際は)なかった。問題を解決しようとした中で出てきた方策」と社長発言を紹介していた。見出し「問題解決の方策」は、JR東海社長の発言から取っているのも間違いない。  この見出し、記事は、「湧水全量戻す提案」は(利水者の理解を得る)問題解決のための「方策」と読める。つまり、できる、できないかは分からないが、とりあえず、利水者の賛同を得るためにJR東海は「湧水全量戻し」の「方策」を打ち出したのだ。「方策」には「計略(はかりごと)」の意味があり、通常、このような「方策」を「方便」と理解する。つまり「嘘も方便である」。中日記事を読む限りでは、JR東海の金子社長は昨年10月に「嘘」をついたことになる。  意見交換会後の囲み取材で、JR東海技術部門を代表する新美憲一リニア推進本部副本部長は「全量戻す」解釈について、想定を超える記者らの厳しい質問にしどろもどろになっていた。その同じ頃に、東京では、金子社長が「嘘」と認めてしまった、これは大変な話である。  なぜ、中日新聞は金子社長発言を1面トップで伝えなかったのか? リニアの電磁波影響は非公開?  中日記事の記者会見内容について、JR東海広報に確認すると、湧水全量戻し提案は「利水者の賛同を得る」問題解決ではなく、金子社長は「河川流量の影響」解決をはかるための「方策」として発言した、という。これは本当にわかりにくい。中日記事は、社長発言の重要部分を省略したのだという。まあ、これが本当ならば、「方策」はそのまま「対策」の意味に近いのだろう。  ただし、この通り「河川流量の影響」解決のためならば、川勝平太静岡県知事、染谷絹代島田市長らが求める「工事中に関わらず、山梨・長野への湧水一滴の流出はまかりならぬ」を守らなければならない。工事中にはできないという技術的な説明を省いてしまったからだ。工事中でも湧水全量戻しを技術的に解決するのは、前回の「リニア騒動の真相13 水一滴も流出させない」で書いた通り、本当にできるのか難しい話だ。JR東海が「湧水全量戻し」を「方策」として提案したとき、技術的にどの範囲まで考えていたのか疑問である。社内の意思疎通が図られていないあまりにお粗末な提案と言っても言い過ぎではないだろう。  先日(8月23日)、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア走行実験を初めて目の当たりにした。時速500キロ走行のリニアが一瞬の間に通り過ぎる。訪れた親子連れらは大きな歓声、シャッター押しが間に合わないと嘆き、そのスピードに本当に驚いていた。  リニアは超電導磁気浮上式による世界最速の陸上交通となるという。そのスピードとともに「キーン」という甲高い騒音を近くに住む人が耐えるのは大変だろう。その騒音を実感しようとリニア見学センターを訪れた。  しかし、「”悪夢の超特急”リニア中央新幹線 増補版」(旬報社、2016年8月)、「危ないリニア新幹線」(緑風出版、2013年7月)は「騒音」問題ではなく、目に見えない「電磁波」問題を大きく取り扱っていた。”リニア反対本”を読めば、多くの人たちはリニア乗車をやめようと考えるかもしれない。その一番の理由が、目に見えない「電磁波」による人体への影響だ。最近、静岡県内でも「電磁波測定」「電磁波対策」をキャッチフレーズにしたセミナーが盛んに開催され、子供たちを持つ親への不安を煽ることで多くの主婦らが詰め掛けている。まさにリニアは危険な「電磁波」の代表かもしれないのだ。  『リニア中央新幹線について、JR東海は積極的な情報公開をしない。なかでも、頑なと思えるほどに公開しない情報の一つが、「時速500キロでの走行中に車内でどれくらいの強さの電磁波が発生するか」』(「”悪夢の超特急”リニア中央新幹線」)。時速500キロのスピードのためにどれだけ強い磁界が発生されているのか、不安になる気持ちは理解できる。  「車内の電磁波」情報を公開しない。これを読めば、JR東海の情報公開は不審な点ばかり目立ち、強い不信はリニア対する「偏見」を生むだろう。 「車内の電磁波」情報を隠している?  リニア見学センターで配布されたリニア中央新幹線建設促進期成同盟会パンフレットには、「リニア中央新幹線から発生する磁界は人体に影響はないのか?」という疑問に、「国の基準であるICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)ガイドラインを大きく下回り、磁界による健康への影響はない」と回答している。しかし、その説明を裏付けるグラフや図はリニアから4メートル、6メートル、また8メートル高架下での測定を紹介しているだけであり、肝心の「車内の電磁波」情報は掲載されていない。  まさか、JR東海は「車内の電磁波」情報を隠しているのか?  JR東海HPを調べると、「磁界への対策」として「健康に影響しない超電導リニアの磁界」とあり、さらに小さな字の「磁界の健康への影響」という項目をクリックすると、「リニア車両内」について2013年12月調査時点の「超電導リニアの磁界測定データ」を得ることができる。  ICNIRPのガイドラインが400mT(ミリテスラ)以下に対して、車内で最も高い値が0・92mTだから、「磁界による健康への影響はない」説明は間違いないかもしれない。しかし、「リニア、電磁波」を検索すると、JR東海HP以外は「磁界による健康への大きなダメージ」ばかり数多くヒットする。JR東海HPが正しければ、それ以外はすべて「嘘」の情報となるのだがー。  JR東海は「磁界」という難しいことばを使う。「磁界」、「電磁波」を理解している人がどのくらいいるのだろうか?さらにガウス、テスラという単位が登場するが、それでは一般的な周波数の単位Hz(ヘルツ)とどう違うのか?「電磁波」の単位を理解するだけで頭が混乱して、「電磁波」イコール「健康への大きなダメージ」のみインプットされてしまうだろう。  身近にある危険「電磁波」を考えてみればわかる。「電磁波」の代表選手・電子レンジは生卵をたった30秒でゆで卵にしてしまう。便利だが、非常に危険な「電磁波」発生機械の一つだ。もし、大きな電子レンジの中にだれかが座っていれば、一瞬の間に大変なことが起こりそうなことだけは分かる。「磁界の健康への影響」がいかに世間の大きな関心であり、その1点のみでリニア反対に参加している主婦らも多い。それを考えると、JR東海HPはあまりに不親切である。  なぜ、JR東海は「電磁波」問題を丁寧にわかりやすく説明しないのだろうか? 「誤解」を解くことの難しさ  JR東海広報に聞くと、「いまのところ現在のHP説明で十分であり、2027年開業の近くなれば、さらに詳しいHP、パンフレットなどを用意するかもしれない」と説明した。多分、JR東海は「電磁波」問題に対する世間の関心を小さく見ているのだろう。もしかしたら、そのようなばかげた電磁波への「偏見」を軽視しているのかもしれない。つまり、「プライド(高慢)」がじゃましているのだ。  まさに、それは大井川の水環境問題と同じ姿勢だ。いま、まさに多くの人たちが関心あるテーマに丁寧にわかりやすく回答しなければ、ますます「誤解」が生じてしまう。時間がたてばたつほど、その「誤解」を解くことが難しくなる。  30日付中日新聞社長発言は単なる「誤解」だろうか?「湧水全量戻す」問題でJR東海に対する「偏見」が生まれ、金子社長発言に注視の目が向けられていた。「湧水全量戻す」がいかに難しいか、JR東海の技術者たちは最初から承知していたはずだ。その中で、あのような発言をすれば、「湧水全量戻す」とさえ言えば、「南アルプストンネル(静岡工区)の着工を認めてもらえる」と軽く考えていただろう、と邪推してもおかしくない。「方策」の裏側にそんな意図があったとしたら、あまりに「高慢」である。JR東海はプライドの高い企業かもしれないが、「わが社を信じてすべて任せてくれ」と言う時代はとうの昔に終わっているのだ。  英国の女性作家ジェイン・オースティン「Pride and Prejudice(高慢と偏見)」は「結婚」というハッピーエンドに絡みてんやわんやの大騒ぎが起こる小説。いくら時代が変わっても、プライド(高慢、尊厳)とプレジュディス(偏見、先入観)といった人間心理にじゃまされれば、ハッピーエンドにたどり着くことはなかなかできないだろう。 ※タイトル写真は山梨県リニア見学センターからのリニア実験線車両。車体が薄黒く汚れているのが気になった

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リニア騒動の真相13 「水一滴」も流出させない

JR東海「湧水全量戻せず」は”公約”破り?  リニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う大井川の水環境問題で静岡県の専門部会メンバーとJR東海との公開協議が8月20日開かれた。21日付の中日新聞、静岡新聞ともそろって1面トップで『JR「湧水全量は戻せず」 副知事反発』(中日)、『「湧水全回復一定期間困難』JR認識、県は反発』(静岡)とほぼ同じ内容の記事を大々的に報じた。品川ー名古屋間の2027年リニア開業を推進する国交省鉄道局から調整役を期待される担当者、森宣夫環境対策室長が出席、会議後に感想を求められた森室長は「科学的知見に基づいた議論。期待は大きい」など紛糾した議論とはかけ離れた意見を述べた。  専門部会メンバー、森下祐一静岡大学教授との意見交換の中で、JR東海が山梨側からのトンネル工事中に湧水が流出することに触れたのに対して、オブザーバーで、意見を言うべき立場にない難波喬司副知事が「全量戻せないと言ったが、認めるわけにはいかない。利水者は納得できない。その発言は看過できない」など厳しく反発した。その後の囲み取材でも、JR東海が工事中の湧水は一定期間、静岡県側から流出することを正直に認めた。その上で取材を受けた、難波副知事は「湧水全量が返せないことが明らかになった」などと述べたことから、”公約”破りを記者たちが確信したのだろう。日経、読売とも同じ内容を伝えている。JR東海が”公約”を破ったとしたら、当然、利水者たちも黙っていないだろう。  23日の記者会見で川勝平太静岡県知事は「湧水全量戻すことを技術的に解決しなければ掘ることはできない。全量戻すのがJR東海の約束だ」など「(静岡県の)水一滴」でも静岡県側から流れ出すことを容認できない方針を示した。  果たして、トンネル工事に際して、湧水の一滴でも山梨県側に流れ出さないことなど可能なのか?そもそも、「湧水全量戻せず」はJR東海の”公約”破りなのか? JR東海は毎秒0・32㎥流出を文書回答  7月12日、JR東海の宇野護副社長から難波副知事宛に提出されている「中間意見書に対する回答案」では、すでに「湧水全量は戻せない」ことを詳細に記している。  「中間意見書」の1水量「全量の戻し方」イとして「既に着手している山梨工区と長野工区におけるトンネル工事が先行することにより、静岡県内の水が県境を越えて山梨・長野側に流出する可能性がある。これについての評価と対策を示す必要がある」とあるから、当然、静岡県は山梨・長野へ流出する可能性を承知していた。  これに対して、トンネル掘削工事を山梨、長野工区で先行して掘削しなければならず、JR東海は「これまでも環境保全連絡会議でも説明したように、山梨県側で毎秒最大約0・31㎥、長野県側で毎秒約0・01㎥の湧水量流出を想定している。この湧水量をできる限り低減していく」などと回答案に記した。  トンネル湧水は毎秒2・67㎥流出するとJR東海は見込み、当初毎秒2㎥を導水路によって大井川に戻すと説明していたが、静岡県の厳しい反発を受けて、昨年10月17日に「トンネル湧水の全量を戻す」とJR東海は表明した。JR東海「湧水全量を戻す」は、工事後のことであり、工事中には合計毎秒最大0・32㎥流出することを環境保全連絡会議で説明していた。  静岡県は、山梨・長野へ湧水が流出する可能性を承知して、JR東海の見解を求めたのだ。JR東海は、流出する湧水量を毎秒最大0・32㎥と見積もり、その対応策を回答案で述べた。ただ、静岡県はJR東海の回答案について、「ほぼゼロ回答」などと低い評価をつけ、難波副知事は「これではダメだということで意見交換したほうがいい」とJR東海に改善を求めている。まさに”ダメ”なのが、この工事中の湧水流出を指しているのかもしれない。  しかし、冷静に見て行けば、工事中の湧水流出について静岡県、JR東海とも承知した上で、静岡県の中間意見書に対して、従来と同じかもしれないが、JR東海は毎秒0・32㎥の回答案を示した。  21日の会議では、JR東海側から工事中の湧水流出について唐突な発言があったため、オブザーバーの難波副知事が「看過できない」とイレギュラーな発言をした。当然、すべての会議に出席する難波副知事は毎秒0・32㎥を承知していて、その発言をしているはずだ。どう考えても、JR東海が”公約”を破ったわけではないが、難波副知事の発言で、あたかも”公約”破りのような印象が持たれ、中日、静岡などが翌日の新聞紙面で大騒ぎし、記者会見での川勝知事の「JR東海は湧水全量戻す約束を守れ」につながった。  本当にこれが「科学的な議論」(森室長)なのか。科学的な議論などではなく、単にレトリック(詭弁)を使った戦術ではないのか。  ああそうだ。この議論は、シェークスピア「ヴェニスの商人」の有名な裁判の場面とそっくりではないか。 「ヴェニスの商人」を彷彿させる戦略  「ヴェニスの商人」アントーニオはユダヤ人の金貸しシャイロックから3カ月、3千ダカットの金を借りる。返済できなかった場合、自分の肉1ポンドを切り取らせる契約をする。ところが、アントーニオは嵐で所有する貿易船が沈み、全財産を失い、借金を返すことができなくなってしまう。シャイロックは強硬に契約の履行を求め、ついには裁判となる。  そこに登場するのは、アントーニオの親友バサーニオの婚約者ポーシャ。彼女は裁判官として法廷に立ち、シャイロックの言い分通りにアントーニオの肉1ポンドを切り取ることを認める。だが、そのためには「血の一滴も流してはならぬ」と詭弁的弁論が始まり、「証文にないから、1ポンドに髪の毛一本の違いがあっても許さぬ」と言い渡した。  「血(水)の一滴も流してはならぬ」。ポーシャのセリフが難波副知事の発言と重なってしまった。  JR東海の「湧水全量戻す」は、果たして「(静岡県外に)水の一滴も流してはならぬ」となってしまうのかどうか。昨年11月21日静岡県庁で開かれた会議で、JR東海は「湧水全量を戻す」として、ポンプアップ設備で対応することなどを説明した。これはトンネル工事後のことであり、当然、工事中については「湧水全量を戻すことはできない」前提での説明だった。JR東海の認識は工事後を想定していた。  つまり、JR東海「湧水全量戻す」は工事中であっても守らなければならない”公約”ではなかった。ところが、21日の会議で唐突に、静岡県側から「湧水の一滴」も山梨、長野県外に流出することはまかりならんとさらなる難題を突き付けられた。「湧水全量返す」だけを聞けば、すべての場面で適用されるのかもしれない。ただ、実際には静岡県もそれが非常に難しいことを承知していたはずだ。  そもそも、本当に科学的にそんなことができるのか? 「人命の安全確保」を優先すべき  地質構造が複雑な南アルプス静岡工区を貫通するトンネルは長さ約10・7キロ、約4百メートルの大深度地下を通過する。弾性波試験、電気探査、湧水圧試験、水平ボーリングなど数多くの調査方法を駆使するだろうが、地層の大雑把な性格をつかむことができても、事前調査には限界がある。20日の会議で、JR東海は西俣非常口ヤード付近で鉛直ボーリング調査を実施することを初めて明らかにした。それで、さらに多くの情報が期待できるが、鉛直ボーリング1カ所で得られるのは”点”の情報でしかない。  地質工学、岩盤工学など先端的トンネル調査技術をもってしても、山岳トンネルの工事は何が起こるのかすべてを事前に予測できない。大地溝帯、中央地溝帯などと呼ばれる大構造帯(フォッサマグナ)では造山運動が常時進行し、糸魚川静岡構造線が通る南アルプス地域の地質構造は異常なほど複雑だからだ。  南アルプス静岡工区を施工するゼネコン『大成建設「トンネル」研究プロジェクトチーム』による「トンネル工法の”なぜ”を科学する」(アーク出版)では、褶曲(地層に横からの力が加わった場合、地層が波型に変形すること)によるグチャグチャに乱れた地層を指す「褶曲じょう乱帯」、褶曲作用や地殻に割れ目ができる断層作用によって岩盤が破壊され、それが帯状になった部分が「断層破砕帯」は水を通さない遮水層となることがあり、そこを突き抜けると「帯水層」に当たり、突然大出水する。「特殊地山」と呼ばれる山岳で、まさに南アルプスは「特殊地山」である。  映画「黒部の太陽」(日活配給)は黒部第四ダム建設のために、同じ大地溝帯にある北アルプスを貫通する関電トンネルに挑んだ実話をもとにしている。しかし、断層破砕帯、褶曲じょう乱帯の「特殊地山」の大破砕帯に挑み、大出水で多くの犠牲者を出した。リニア南アルプストンネルには関電トンネルとまさに同じ「特殊地山」が待ち構えている。掘ってみなければ、分からない難工事だ。そんなところで、どのような方法を取れば、湧水一滴も静岡県外に流出させずに済むのか。  静岡県では、掘削を静岡県側からも行い、山梨県境近くでいったんストップして、山梨県側からの掘削との距離を大幅に近づけた上で一挙に双方から貫通すれば、静岡県の湧水が山梨側へ流出するのを防ぐことができるのではないか、と考えているようだ。  静岡、山梨県境には「畑薙断層」が通っている。そのために山梨県側から掘削しなければ工事の安全を確保できないのがJR東海の立場だ。静岡側から掘削したら、断層破砕帯の大出水に見舞われたとき大量の水の貯留ができないからと回答した。川勝知事は23日の記者会見で「畑薙断層」がいかに厄介かを説明、「JR東海は大きな課題に直面している」と述べた。  JR東海は「人命の安全確保」と「湧水一滴の流出」を秤にかけた上で、工事中の湧水全量戻しはできない、と正直に話してきた。時速500キロのリニア実用化を成し遂げた技術力を持つのだから、工事中の湧水全量戻しも不可能ではないかもしれない。ただ、費用さえ掛ければできる簡単な話ではない。 リニア見学センターに沿線の着ぐるみ勢ぞろい  JR東海が工事中の湧水流出分を毎秒0・32㎥と想定したのは科学的な水収支解析の結果に過ぎず、実際には、掘削してみなければ分からない。施工は「大成建設」だが、掘削するのは”トンネル屋”と呼ばれる専門下請け業者である。いくらトンネル技術が進んでいるとしても、いまの段階で水環境のためとは言え、静岡県の要請にすべてをこたえていけば、トンネル工事に携わる技術者たちを危険な目に遭わせることになりかねない。この点を「大成建設」に質問書を送ったが、JR東海との守秘義務契約で一切回答できないと返ってきた。   毎秒0・32㎥程度、一定期間の湧水流出想定ならば、大井川の水がめとされる多目的ダム・長島ダム貯水量7800万㎥で調節できる手段を考えてもいいのではないか。また中部電力、東京電力、特種東海製紙など発電のための水利権を持つ企業は毎秒676㎥も使用できる。現在の議論からすれば、不思議な話である。  ところで、23日、山梨県リニア見学センター(都留市)でリニア建設促進期成同盟会加盟の神奈川、山梨、長野、岐阜などの着ぐるみが勢ぞろい、それぞれを宣伝するブースが登場した。はるばる奈良県のセントクンまでやってきた。残念ながら、「期成同盟会」入会を求める静岡県のふじっぴーは今回、仲間に入れてもらえなかった。  「期成同盟会」はリニアを中心に「地域振興」で手をつないでいる。川勝知事はそのことを承知して、「期成同盟会」入会を求め、リニア沿線駅同様の「地域振興」策をJR東海に求めたのだろう。その求めに応じたところで、長島ダムなど別の議論が始まるのかもしれない。  「血の一滴も流してはならなぬ」。詭弁的弁論でシャイロックは財産の半分を没収されてしまう。「ヴェニスの商人」は喜劇に分類されるが、シャイロックの立場からは悲劇である。静岡県、JR東海はそれぞれの立場で科学的な議論を続けるだろうが、国交省鉄道局はポーシャのような裁判官役を果たせないことが明らかになった。 ※タイトル写真は8月20日の専門部会メンバー森下祐一部会長とJR東海との意見交換会

静岡の未来

「中国の夢」を託された子供たち

習近平「中国の夢」をかなえる豆記者日本訪問  8月5日から15日まで、静岡県と友好提携を結ぶ中国浙江省の8歳から15歳までの子供たち(男子14人、女子26人)で構成する浙江電視台(China Blue)主催「中国豆記者日本訪問団」を迎えた。浙江省は人口5477万人、杭州市797万人で、静岡県368万人だから規模的には中国に遠く及ばない。14億人の中国全土をカバーする浙江電視台は中国では有数の視聴率を誇り、訪問団メンバーは富裕層の子弟から選抜したようだ。  超大国中国はアメリカに次いで、世界第2位のGDPだが、現在のところ国民1人当たりのGDPは日本の4分の1程度。そのGDPが逆転して、「中国が日本より豊かな国となる」のはいまから30年後と予想される。今回、訪れた子供たちは、「中国が世界を指導する国になる」という習近平主席の打ち出したスローガン「中国の夢」がかなえられる世代の中心層として成長を期待される。  8月5日夜に来日後、6日に広島市で開かれた平和祈念式典に出席、被曝者インタビュー、翌日は愛知県のトヨタ自動車を見学後、静岡県に入り、8日に川勝平太静岡県知事インタビュー、9日につくば市でノーベル物理学賞受賞者の小林誠氏インタビュー、再び、静岡県に戻り、富士山体験など盛りだくさんのスケジュールをこなした。ちょうどお盆の時期で、当初の人選通りには行かず、静岡県と茨城県との往復では交通渋滞も重なり、予定通りこなすのもひと苦労だった。15日お茶の郷ミュージアムで茶道体験を行い、静岡空港から帰国する予定だったが、大型台風10号の影響で上海便は欠航、金谷での茶道体験をキャンセル、急きょ成田空港から帰国した。  わたしがつきあったのは、12日駿府城公園紅葉山庭園茶室での「着物(浴衣)体験」、森育子さん、理世さん(2007年ミスユニバース優勝者)主宰のダンススタジオでのダンス交流、13日平山佐知子参院議員インタビュー、国会見学の2日間だった。  浙江電視台はプロデューサー、カメラマン、記者、アナウンサーの4人(平均年齢35歳前後と推定)を派遣、日本各地で要人にインタビューする豆記者の様子を取材、編集して中国へ送っていた。最も重要なことは、その4人が子供たち40人の指導的な教育係を兼ねていたことだ。  「中国の夢」という国家の目的に貢献できる子供たちを教育する?たった2日間であったが、「自由」が当たり前の日本の子供たちと「中国の夢」を背負った子供たちとの違いを強く感じることができた。 35年前、中国の貧しい状況  1985年上海、武漢経由で、湖南省にある沼津市の姉妹都市岳陽、毛沢東の生地、長沙などを訪問した。当時、日本人旅行客がよく訪れていた桂林からの漓江下りなども楽しんだ。上海の屋外トイレ事情(公園にぽこっと穴があるだけで建物も壁も何もない)に象徴されるように「貧しい国」の現実を行く先々で経験した。帰途、香港に立ち寄り、そこで食べた中華料理が本場の中国とは段違いにおいしい(日本人の舌に合う)ことを実感した。  2002年4月NPO法人「中国の眼科医療を支援する会」を立ち上げ、眼科医師たちとともにしばしば中国を訪れることになる。静岡県内をはじめ、長野、山梨、千葉など眼科医らの予定を調整、毎年中国側の要請にもとづいて、日本の眼科医療機器(中古)などを持参した上で、白内障手術などの医療ボランティアに取り組んだ。眼科医療機器を中国の病院に寄付するとともに、中国人眼科医師の日本での研修受け入れを支援してきた。  1985年訪問から比べると、中国の発展ぶりは目をみはるばかりだった。つまり、中国本土で食べる料理と香港との違いは縮まり、ホテルやトイレ事情なども急速に改善された。  2007年静岡県と浙江省友好締結25周年記念で、浙江大学医学部眼科医局との交流を行ったことで、眼科医療ボランティアの使命が終わったことを実感した。日本と中国の医療レベルがほぼ同じでこちらのボランティアを期待する声が聞かれなくなった。中国への強いあこがれを持った眼科医らも高齢となり、南京にある中日友好記念病院から度々招待を受けたが、現在韓国で起きている状況などが続き、訪問を断念した。 日本はなぜ、中国にあこがれるのか?  日本人の中国へのあこがれについては、徳川家康をまつる久能山東照宮(静岡市)などで容易に見ることができる。拝殿に向かって、正面には「司馬温公の甕割り」、左側に「瓢箪から駒」、右側に「三賢人の水の味比べ」の色彩彫刻が施されている。司馬温公は中国北宋時代の政治家、儒者。子供のとき遊んでいた友人が水甕に落ちた際、他の子供たちが何もできないでいるのに司馬温公は落ち着いて近くの石を投げて、甕を割って友人を助けた故事に由来。  「三賢人水の味比べ」は、岡倉天心「茶の本」などに登場する、北宋時代の寓話。人生の象徴・神仙境の水を味比べをする三賢人、実際家の孔子は「何の味もない」、釈迦は「苦い」、老子は「甘い」と言う。老子の「甘い」に孔子、釈迦は瓢箪の水をもう一度、飲ませるように頼んでいるようである。天心は孔子(中国)、釈迦(インド)、老子(日本)に託して文明の違いを端的にこの寓話で言い表したのだが、いずれにしても中国からの精神性を尊ぶ姿勢に変わりない。  1616年4月に亡くなった初代将軍家康をまつる東照宮は、約19カ月後に久能山の頂上付近に建立されている。本殿につながる、その最も重要な拝殿に中国からの故事にちなんだ彫刻を施した。中国へのあこがれはこのようなかたちでさまざまな日本の文化の中に息づき、中国の高い精神性がいまも日本の中に残っている。  天心は英文著書「東洋の理想」で「アジアはひとつ」を唱え、西洋人が精神面よりも物質面を重んじ、人生の目的よりも手段に関心があると考え、アジアは精神性では優れていても物質面で遅れ、植民地化され、屈辱を味わい、近代化が遅れたと分析する。アジアの語源は古代ギリシャ語の「日が昇る地方」であり、世界の中心にほど遠かった。アジアが中心となる理念を「東洋の理想」として天心は唱え、現在、習近平は「中国の夢」に託す。 ”教育係”の厳しい姿勢が目立つ  川勝知事インタビュー、森理世インタビュー、平山参院議員インタビューを見ていて、あらかじめ創られたシナリオに基づいて入念なリハーサルを行い、もし、少しでも齟齬があれば、すべて終わったあと、主役の子供たちだけがもう一度、質問シーンを繰り返していた。その中で4人の”教育係”の子供たちへの厳しい姿勢が目立った。シナリオの言い間違いは許されない。選抜された子供たちは、そうでなかった子供たちよりも優秀でなくてはならない。”教育係”の厳しさは、暗記教育が得意な、ひと昔前の日本の教師に似ていた。教育にも中国、日本には共通点が多いのだろう。  子供たちは”教育係”の期待に応えるのに必死だった。そのように教育されていくことで将来どうなるのか。多分、習近平「中国の夢」を実践するエリートに成長するのだろう。  昨年4月に米国ニュージャージ州の小学校で、ホームステイ先の母親と一緒に「THE GREAT DEBATE(偉大な討論)」という特別授業を見学した。8歳の息子ナサニエルら3人、彼らと対立する意見を持つ3人が分かれて討論する。どちらの主張を支持するのかは、討論が終わったあと、傍聴した他の生徒及び父兄らが投票する。何よりも驚いたのはテーマで、「自由のための戦い」となっていた。副題に「自由のための戦いに生じる死の危険性に価値はあるのか?」とあり、独立戦争の戦いで犠牲者が出たことの是非について相互の立場で議論した。ナサニエルらは「価値がある」賛成派、相手の3人は「価値がない」反対派だった。  まず、それぞれが意見を披露し、その後議論となり、最後に結論に持っていく。自分自身、8歳のとき、ナサニエルらのような議論をした経験もなく、わたしたち世代の日本人には不得意な分野であると実感した。  「ディベート」に代表されるアメリカの自主性を重んじる教育と日本の暗記教育、そして中国のエリート教育のどちらがいいのか全く判断はできない。「偉大なアメリカ」(トランプ)や「中国の夢」(習近平)といった国家を担う政治家は強い経済力こそが自立、繁栄のために必要と訴え、それに貢献できる人材育成を目指す。   2020年頃に中国の総人口が減少に転じ、人類史上最大という中国の不動産バブルは崩壊するという予測は最近、現実味を帯びている。経済的に強い国家の存続は政治家に託すとしても、どんなに貧しい時代になったとしても高い精神性を持ち続けられる教育が求められる。 ※タイトル写真は、浙江省豆記者団に川勝知事があいさつ。子供たちの手の位置に注目してほしい。手の置き方まで指示されていたようだ

ニュースの真相

リニア騒動の真相12 政治力による「トンネル」

「100億円の負担」をチャラにした!  8月4日付中日新聞の「考えるリニア着工」ワッペンの付いた田辺信宏静岡市長インタビューで、「当初、総工費140億円のうち100億円の負担を求められた」と水面下でのJR東海との交渉を明らかにした。「政治とは利害調整。それができるのが政治家」などと述べ、何と「100億円の負担」をチャラにしたと言うのだ。「政治の力」には驚くべきものがあるようだ。  昨年(2018年)6月20日、田辺市長は、JR東海の金子慎社長とリニア南アルプストンネル(静岡工区)建設の円滑な推進と「地域振興」に寄与するための基本合意書を取り交わした。  その合意書に書かれた「地域振興」の目玉が、県道三ツ峰落合線の京塚橋付近(標高約690メートル)と県道南アルプス公園線の大沢戸橋付近(標高850メートル)の約4キロを結ぶトンネル。JR東海は、140億円事業費すべてを負担することに合意した。トンネル新設によって、井川地区と静岡市街地の距離が約10キロ短縮、約25分間掛かっていた山道を20分も短縮、5分で通過できる。「地域振興」策の代わりに、静岡市は、リニア工事に関わるあらゆる行政手続きを速やかに対応することを約束した。  その合意の約半年前、2017年12月6日の井川地区説明会で、JR東海は県道トンネルではなく、市道トンネル構想を約70人の地元住民らに示し、「50億円」の負担をすると表明している。  不思議な話である。当時は「100億円のうち、50億円負担するので理解してほしい」と述べたが、その後の交渉で、県道トンネルならば、JR東海「40億円」、静岡市「100億円」と負担額を下げてしまったようだ。事務方は一切承知していないし、地元への説明もない。いつ、どこで、そのような話し合いがあったのだろうか? 市道トンネルのほうが「地域振興」に寄与?  2017年12月井川地区の説明会で、JR東海は地元の要望する「県道トンネル」に触れ、時間帯が違うので工事車両が一般車両の通行に影響を与えない、またトンネルではなく一部拡幅など改良を行えば大きな支障はないなどの理由で「県道トンネル」の代わりに、井川地区と川根本町を結ぶ市道閑蔵線の約2・5キロトンネル新設を提案した。  こちらの費用が「100億円」。このトンネルによって、新東名島田金谷ICまで町道閑蔵線をはじめ国道362号、国道473号など二車線の高規格道路と接続、非常に便利になり、費用対効果が高いと力説した。  JR東海は、県道の改良工事とトンネル新設費用の半分「50億円」を負担するので、この提案を受け入れてもらえるよう求めた。しかし、「もし、静岡市が市道閑蔵線を整備するのであれば、半分を負担する」と仮定形であいまいな提案だった。住民から厳しい意見が続いた。静岡市との調整もできていないことも判明、JR東海担当者は「理解を得られるよう議論を引き続き行いたい」と言い、引き上げた。  そして、半年もたたないうちに、50億円「市道トンネル」から、一挙に3倍近い、大盤振る舞いとも言える140億円を負担する「県道トンネル」という、まさに地元住民が求めた「地域振興」に化けてしまった。JR東海は「市道トンネル」新設こそが、リニア工事を進めるのに大きな効果があると言っていたのだが、驚くべき「政治力」に屈したのだろうか?  一体、その半年間に何があったのか? 自民静岡市議団の「環境保全が絶対条件」  2013年9月、JR東海はリニアに関わる「環境影響評価準備書」を公開した。その公開を受けて、自民党静岡市議団は11月、工事予定地となる南アルプスを視察、井川地区の住民たちの意見を聞き、「南アルプスの保全が図れない工事計画は認めることができない」とする提言書をまず、田辺市長に提出している。  その提言書をもとに、2014年2月議会で「リニア中央新幹線建設事業に関する決議」を議員提案した。決議は全会一致で採択。その決議には「南アルプスの自然環境の保全、ユネスコエコパークの整合を図ることが絶対の条件」としている。「環境保全が絶対条件」と、まるでリニアに反対するような勢いである。  さらに、JR東海は環境影響評価書では「本事業による水資源への影響の程度は小さい」としているが、「毎秒2トンの水量減少が、流域全体の生態系や居住する住民生活にどのような影響を及ぼすのか、より詳細で多面的な調査・検討を行うべき」と、こちらは、いままさに静岡県とJR東海で行われている議論を彷彿させる。  このような決議で、自民党を中心とする市議会が全会一致でリニアへの強い懸念を表明したのは全国初だった。自民党を中心に超党派の国会議員が「リニア建設促進議員連盟」をつくっているだけに、リニア建設へストップを掛けるような異例な決議ととらえられてもおかしくなかった。  「環境保全が絶対条件」自民市議団は2017年12月の説明会後に、井川地区連合自治会長らとともに井川地区に向かう県道を視察した。自治会長は「国家プロジェクトとして進めるならば、JR東海は地域貢献についてよく考えてほしい」と要望、自民市議団はその要望実現のために粘り強く交渉することを約束している。  2018年3月7日、JR東海の柘植康英社長(当時)は名古屋市で開いた定例記者会見で井川地区から要望のあった県道トンネル整備に触れ、「折半ではなく、JR東海は一定の工事費を負担する。(トンネルを整備するかどうかは)静岡市が判断すべき」と述べた。3月の時点では、JR東海は全額負担で、県道トンネル整備を決めていなかったようだ。  3カ月後、急転直下、県道トンネル140億円全額負担というJR東海の「地域振興」策が示され、静岡市と合意書が結ばれたのである。  その3か月間にどのような交渉が行われ、どのような綱引きがあったのか?田辺市長が中日新聞インタビューで明らかにしたように、JR東海「40億円」、静岡市「100億円」負担が最初の提案であれば、その交渉は難航するのがふつうであり、そんな簡単に決着するはずがない。  その交渉過程に水面下で、「環境保全が絶対条件」自民市議らが名古屋に出向き、JR東海幹部と強硬に談判したといううわさが流れた。その仲裁に官邸も間に入ったというのだ。田辺市長の話同様に、水面下の話を確かめることはできないが、うわさといえ、まことしやかに取りざたされた。 「3兆円財投」の国家的プロジェクト  2027年開業を目指すリニア中央新幹線整備は国家的プロジェクトであり、その象徴が「財政投融資3兆円」のJR東海への貸し付けである。無担保で30年間元本返済を猶予という破格の条件なのだから、安倍総理の官邸がいかにリニア計画を後押ししているかはだれもが承知しているところだ。だからと言って、国が地方自治体にJR東海の要望通りにすべて協力しろと求めるわけではない。  静岡市は東俣林道の通行許可権限を有している。その通行許可、また工事許可がなければ、JR東海はリニア南アルプス静岡工区のトンネル工事だけでなく、その準備工事にさえ入ることはできない。「切り札」の許可権限をどう使うかが、「政治力」の背景にある。  JR東海は「国家的プロジェクト」なのだから、黙っていても静岡市が協力すると見ていたようだ。説明会の配布資料で「市道閑蔵線を工事用ルートとして使用可能にしたい、市道整備は、当社としてのメリットが大きい」とJR東海側の都合を述べている。だからこそ、「市道トンネル」新設が必要とはっきりと書かれていた。その上で「静岡市に相応の費用を負担するので、早急に市道閑蔵線の整備をお願いすると伝えた」。  JR東海の都合なのに、静岡市に市道整備の要請(折半の50億円負担)は上から目線でもある。この文書からは国家的プロジェクトだから、静岡市が協力するのが当然というニュアンスを読み取ることができる。その国家プロジェクトに、地元の強い抵抗に遭うなど思ってもみなかったのだろう。あまりにも甘く見ていたとしか思えない。  「環境保全が絶対条件」は、当然、自民市議団の駆け引きである。JR東海が高飛車な姿勢に出れば、自民市議団をはじめ市議会は一枚岩で戦える。2017年12月の地元説明会で、「当社のメリット」や「相応の費用の負担」など奥歯に何かが挟まったような言い方をしないで、「100億円の『市道トンネル』整備をすべてJR東海の負担で行うので、ご理解をしてほしい」と頭を下げれば、その時点で話は大きく違っていただろう。  JR東海は駆け引きに慣れていないのかもしれない。自分たちの主張をあくまでも通そうとするのは、静岡県との議論を見ていてもわかる。 静岡県民も「地域振興」求める  先日、静岡市街地から国道362号を使い、市道閑蔵線を使ってみることにした。新間トンネルを抜けると新東名静岡SAスマートICが左折方向すぐにあるので、362号は南アルプスエコパークに向かうのに便利な道路である。県道川根寸又峡線まで一部狭隘な区間もあるが、山道は県道三ツ峰落合線よりもはるかに短い。川根本町に入ると、長島ダム建設のおかげか周辺の道路は非常に広く、しごく快適である。  さて、新接阻峡橋の真ん中、川根本町と静岡市の境に到着した。ほんのしばらく行くと、大井川鉄道閑蔵駅付近から市道は急に狭隘な道の連続となった。約4キロ区間は対向車とすれ違うのさえ困難な場所が連続する。JR東海がどのようなトンネルを新設する計画だったのか明らかにされていないが、「市道トンネル」の必要性は十分理解できた。  JR東海の説明通り、市道トンネルによってSLの終点、千頭駅、寸又峡、接阻峡など川根本町の一大観光地と結ぶのだから、観光面では「市道閑蔵線トンネル」のほうが地域振興にふさわしいのだろう。しかし、井川地区の住民たちは生活道路として「県道トンネル」を強く要望、JR東海は「地域振興」の位置づけで地元の意向にこたえた。  ところが、静岡県がJR東海に「地域振興」を求めると、JR東海は「そのような要求は一切受け付けない」と切り捨てる。静岡市とどこが違うのか?  静岡県の場合、驚くべき「政治力」とつながっていないことは確かだ。  JR東海の金子社長と合意書を取り交わしたあと、田辺市長は「(毎秒2トンの水量減少を導水路トンネルによって戻すのは)現実的に対応可能な最大限の提案」とJR東海を褒めたたえ、蚊帳の外に置かれた川勝知事らが厳しく批判した。140億円県道トンネルを勝ち取った「政治力」を見せつける舞台だっただけに有頂天になったのだろう。実際には、140億円県道トンネルを実現した真の功労者がだれかは分からない。大きな「政治力」が水面下で働くのが国家的プロジェクトということだけは分かった。  JR東海が静岡県と決着するためには、静岡県民が納得できる「地域振興」を提案したほうが早道となるだろう。  ※タイトル写真は、8月4日付中日新聞の田辺信宏静岡市長インタビュー

ニュースの真相

リニア騒動の真相11 南アルプスを世界遺産に!

知事”腹案”は南アルプスの「世界遺産」登録?  「考えるリニア着工」というワッペンの付いた中日新聞インタビュー(7月9日付)に、川勝知事は「リニア開業と南アルプス保全を両立させる腹案がある」と明かしたことで、7月26日の記者会見でも、その中身を明らかにするよう何人かの記者が求めた。2016年7月川勝知事が提唱した「環南アルプス・エメラルド・ネックレス構想(静岡、山梨、長野3県の10市町村の連携的な地域振興)」が、その腹案かという問いには「別個の脈絡で、リニアとは全く関係ない」と否定、”腹案”について「万機公論に決すべし」と述べるにとどめた。  川勝知事は「南アルプスとリニア新幹線なら南アルプスエコパークを選ぶ」と、6月静岡市で開かれた中部圏知事会議で述べ、強い決意を示した。その席には、リニア開業の遅れを懸念して静岡県の対応に不満を述べ続ける愛知県の大村秀章知事も出席していた。さらに、中日新聞インタビューで「(求めるのは)南アルプスの保全以上に具体的なものはない」と述べた。このような発言から、知事の”腹案”に「南アルプス」の世界自然遺産登録推進があるのではないか?  「ユネスコエコパーク」は日本国内のみの通称で、実際は「Biosphere Reserve(生物圏保存地域)」を指し、ユネスコMAB(人間と生物圏)計画の一事業。MAB国際調整理事会の審査・登録は、世界遺産委員会の審査・登録に比べるとはるかに緩やかであり、世界的な知名度も低い。リニア南アルプストンネル静岡工区は、ほぼMAB計画の移行地域(自然と調和した地域発展を目指す地域)に当たり、県自然環境保全条例のみで担保している。つまり、ほとんどの規制が掛からない地域である。  日本で最初に世界自然遺産に登録された、屋久島(鹿児島県)、白神山地(秋田、青森県)とも保護、保存に対する地元の自然保護家、研究者らの強い危機感がきっかけとなり、「世界遺産」運動が始まった。富士山の場合も同じで、1994年「世界一汚い山」を何とかしたいという数多くの人たちの熱意から世界遺産運動がスタートしている。(※「現場へ行く」7月21日「『世界一汚い山』富士山は変わったのか」で紹介)  南アルプスの場合はどうか? 静岡市などの世界遺産運動は消滅  2007年2月、静岡市、川根本町など静岡、山梨、長野3県の10市町村長が「南アルプス世界自然遺産登録推進協議会」を設立、行政主導型の世界遺産運動がスタートした。2010年3月研究者らで構成された「学術検討委員会」が自然景観・共生、地形・地質、生物多様性などさまざまな南アルプスの魅力を紹介する冊子を作成した。この冊子をきっかけに世界遺産登録に向けて学術的価値を高めるとしたが、2014年ユネスコエコパーク登録で所期の目的を達成したのか、南アルプスの「世界遺産」運動は消滅したようだ。  静岡市に問い合わせると、南アルプス世界遺産登録推進協議会はすでに存在せず、世界遺産運動は全く行っていないという。屋久島、白神山地、富士山などと違い、当時、南アルプス地域では保護、保全を求める動きそのものがなかった。  なぜ、南アルプスは世界遺産にならなかったのか?  簡単に言えば、富士山のように「過剰利用」による危機感もなく、また世界遺産登録に関わる専門家が推進協議会に参加していなかったからだ。当時の10市町村長らは「世界遺産」というブランドによって、南アルプスの魅力を高め、地域振興を図りたいという意向だけが強く、南アルプス地域をどのように保全していきたいのかコンセプトに欠けていた。 世界遺産レベルの保存管理のために  2013年9月JR東海が「リニア」に関わる環境影響評価準備書を公開、南アルプスを貫通する「リニア」によるさまざまな問題が明らかになると、山梨、長野、静岡3県で南アルプス地域の保全がいかに重要か、目に見えるかたちではっきりとした。  世界遺産運動はこのようなときに有効なのだ。「リニア」が南アルプスの地下を貫通したとしても、南アルプス本体の価値を損なわなければ、当然、世界遺産登録は可能だ。しかし、世界遺産レベルの厳しい保全管理計画が必要であり、それこそが川勝知事の求めているものではないか。  自然遺産の登録基準のハードルは文化遺産に比べて非常に高い。  自然遺産の場合、世界で一番高いとか、世界唯一の貴重な動植物が存在するとか、その基準は他との比較で、世界中でここだけという主張をしなければならない。当然ハードルが高いことが分かっていたはずだが、2010年当時、南アルプス学術検討委員会の冊子には、世界で一番とか唯一とかいう登録基準が話し合われた痕跡もなく、世界遺産運動にどのように取り組んでいくのか戦略も示されていない。単に南アルプスの魅力を日本人の目で紹介したにすぎない。  1996年富士市で富士山の「文化的景観(富士山が日本人に与えた文化的影響)」を話し合う「富士山国際フォーラム」を開催した。その席にベルトン・フォン・ドロステ世界遺産センター所長、IUCN(国際自然保護連合)のジム・ターセル世界遺産担当責任者、ICOMOS(国際記念物遺跡会議)のジョアン・ドミッセル副会長ら主要メンバーを招請した。日本からは版画家の池田満寿夫氏らが出席した。  その席で、ドロステ氏はじめ出席者全員が、コニーデ型の美しい火山は世界中にあるにも関わらず、富士山の世界遺産としての価値を認め、いかに保護、保全するかが重要な課題、すべて日本の国内問題だと指摘した。環境庁、文化庁の担当者らは世界遺産を審査するメンバーの意見を聞き、どのように取り組むべきか理解した。「過剰利用」富士山の保全について地元の理解を得るのに、それから15年以上も掛かり、紆余曲折を経て、2013年6月世界文化遺産に登録された。 世界遺産運動のために専門家結集を!   「リニア」との関係で南アルプスの保全がいかに重要か、いま全国から注目されている。もう一度、世界自然遺産運動に乗り出すことで南アルプスの価値とその保全の重要性をはっきりと内外に示すことになる。JR東海は世界遺産運動に全面的に協力することで、「リニア」の価値そのものを高めることができるはずだ。  南アルプスの場合、世界遺産の資格は十分にあるが、それが何かを世界に向けて分かりやすいことばで訴えていかなければならない。  ジョアン・ドミッセルICOMOS副会長は、なぜ、「ウルル・カタジュタ国立公園」が世界遺産として、すべてのオーストラリア人に大切かを話してくれた。悲しいことに、「ウルル」をいまでも日本人の多くが「エアーズロック」と呼んでいる。現地でその名前を使うことは非礼であり、恥ずかしいことである。エアーズとは当時の南オーストラリア統治者の名前だからだ。ウルル、カタジュタとも原住民アボリジニたちの聖地。植民地時代、各地で虐殺があり、信仰の土地だけでなく、その大切な名前さえ奪われた歴史をアボリジニの人々は忘れない。現在も「ウルル・カタジュタ」近くの特別区に居住するアボリジニは昔ながらの生活を守る。アボリジニの尊厳を守るために「ウルル・カタジュタ」を世界遺産(自然、文化の複合遺産)として、ドミッセルたちは大切に保全しているのだ。  ネパールのエベレストも同じで、英国人ジョージ・エベレストにちなんでいるため、世界遺産登録名は「サガルマータ国立公園」。過去の植民地時代の歴史に、日本人だけが無頓着では済まされない。  一方、「南アルプス」は明治時代初め、英国人ウィリアム・ガウランドが「Japanes Alpes」と呼んだことから、赤石山脈の通称として使われ始めた。北アルプス(飛騨山脈)は「中部山岳国立公園」が正式名称。ところが、南アルプスはそのまま、南アルプス国立公園だ。アルプスと言っても、ヨーロッパ・アルプスと区別して考えることができるのは日本人だけである。「南アルプス(英語名:Minami Alpes)」という呼称自体が世界遺産登録の際、大きな障害になるだろう。  ニュージーランドのトンガリロ国立公園(自然、文化の複合遺産)を取材したとき、マオリ族酋長のツムテ・ヘウ・ヘウ氏は「世界遺産はヨーロッパ人のヒューマニズムから生まれた。彼らの心に訴えるのが重要だ。わたしはその地域がマオリにいかに大切かしっかりと話した」と教えてくれた。  だからこそ、最も大切な地域を外国人の付けた通称で呼ぶことなどありえない。  もし、世界遺産登録を目指すならば、南アルプスの場合、日本人として本当にその名前でよいのか、議論するところから始めなければならなかった。静岡市などが取り組んだ世界遺産運動にはその分野の専門家が欠けていたようだ。  「『森は海の恋人』水の循環研究会」設置も、川勝知事の南アルプス保全への強い気持ちの現れだろう。ただ、その議論を聞いていると、「富士山の海底湧水に注目」(秋道智弥さん)、「富士山に降った雨が地下水となって、富士川となって駿河湾に流れ込む」(畠山重篤さん)など南アルプスの保全とかけ離れている。南アルプスの保全に軸足を置かなければならない。  JR東海が南アルプスの世界遺産登録推進に全面的に協力するならば、川勝知事の求める「地域振興」にもかなうのではないか。ぜひ、世論喚起を行い、川勝知事の”腹案”に沿うようにしたい。  ※タイトル写真は「大井川の源流(間ノ岳山頂近く)」(鵜飼一博さん提供)